巻ノ参百拾壱 下田城は燃えているか? の巻
萌、サツキ、メイに山中城攻防戦のパブリックコメント…… じゃなかった、パブリックビューイングを任せた…… というか押し付けた大作とお園は三ノ丸を後にした。
あいつらになら任せても大丈夫だろう。大丈夫だったら良いなあ。って言うか、大丈夫じゃなかったら困っちゃうぞ。主に俺が。
そんなつまらないことを考えながら二人は当ても無く小田原城内を彷徨い歩く。
暫く歩いて行くと蛇の道は蛇? 犬も歩けば棒に当たる? とにもかくにも見知った顔が現れた。
「おお、新九郎ではないか。昨日の山中城の戦は大勝利だったようじゃな。瓦版新聞に詳らかに書いてあったぞ」
「ご覧頂けましたか、父上。まあ、万に一つも負ける可能性はなかったんですけどね。碓氷峠の方も特に変わったことはないみたいですし。勝ちの決まった戦なんて退屈な限りですよ」
「そう申さば今宵は今宵で下田城において一戦あるそうじゃな。そちらの支度は如何なる塩梅じゃ? 何ぞ障りは無いのか?」
「さ、さあ…… どうなんでしょうねえ。まあ、今となっては上野介殿と備前守殿を信じるしかありますまいて」
いい加減に相手をするのが面倒臭くなってきた大作は強引に会話を打ち切りに行く。だが、何気なく発した最後の一言が返って氏政の警戒心を煽り立ててしまったんだろうか。見るからに不安気な表情はまるで迷子のキツネリスのようだ。
「うぅ~む…… まあ、彼奴らなら万に一つも仕損じることはあるまいて。とは申せ、敵の船は千艘を超え兵も二万と聞いておるぞ。よもや数で押し切られることはあるまいな?」
「父上、そんなに心配せずともお二人は勝ちますよ。そうだ! そこまで心配でしたら我らと一緒に実況でもしてみませんか? きっと楽しいですぞ」
「そうね、私もそれが良いと思うわ。ご一緒に実況して下さりませ、お義父さま」
調子に乗ったお園までもが話に乗っかってくる。どうせ暇でも持て余していたんだろう。氏政の表情もまんざらでもないといった顔だ。
「そ、そうかのう? まあ、実を申さば儂も実況には一家言あってな。宜しい、ならば実況じゃ。儂の華麗な実況を刮目して見るが良いぞ」
「ははぁ~! では、父上の実況をとくと拝見させて頂くと致しましょう。今宵は夜更しすることになります故、ちゃんとお昼寝しておいて下さりませ」
「昼寝じゃと? うむ、相分かった。たっぷりと寝ておくとするか」
ドヤ顔の氏政が自信満々な顔で言い切る。これはいまさら冗談でしたとは言えそうもない雰囲気だ。真面目に考えるのが阿呆らしくなってきた大作とお園は氏政と一緒に本丸御殿に戻る。仲良く布団を並べると夕方まで眠りに就いた。
太陽が西の空に傾いたころ、大作たちはスマホのアラームで目を覚ました。曲はもちろん『メロディーチャイムNo.1 ニ長調 作品17 大盛況』だ。
腹が減っては戦はできぬ。一同は大急ぎで布団を畳むと座敷に夕餉を運ばせる。
豪華ディナーに舌鼓を打っていると血相を変えたナントカ丸がA4くらいの大きさの紙束を持って駆け込んできた。
「漸う漸う寝起き給われましたか、御本城様。上野介様より急ぎの電信が何度も何度も届いておりまするぞ。下田城は長宗我部元親、九鬼嘉隆、脇坂安治、加藤嘉明らの率いる大安宅船や関船、小早、荷船など千艘もの船に十重二重に取り囲まれておるそうな。敵の片端は須崎の外を回って外浦の辺りで陸に上がった後、柿崎から出丸の武峰を攻めておる様子。また、下田富士の麓から攻め上り城下に火を放って山下郭に迫っておる者もおるとの由。間戸ヶ浜に上がった敵は寝姿山に大筒を運び上げ、盛んに撃ち掛けておりまする。如何さなれまするか?」
「いや、あの、その…… 何でそんな大事になるまで起こしてくれなかったんだ? ヒトラー総統の不眠症じゃあるまいし。まあ、史実だと清水康英は僅か六百の手勢で五十日間にも渡って籠城したそうだ。どうにかなるんじゃね? ならんかも知らんけどな。それよりも備前守殿の艦隊はスタンバってるのかな?」
「既に利島の東に集まっておられるご様子。下田までは僅か八里ほどにござりますれば日が暮れるのを待って出立する手筈となっておりまする」
「ふ、ふぅ~ん。まあ、せいぜい気を付けて航海するように伝えてくれ。もし、事故で損傷する船が出たら大変だろ? そうならないように最大限の注意を払わにゃならんのだ」
「御意!」
そんな阿呆な話をしながら大作たちは座敷の隣に設えられた中央指揮所へと移動する。
待つこと暫し、梶原景宗が率いる伊豆水軍の軍船、大小二百艘が利島から下田を目指して出発したとの通信が届いた。
「新九郎、瓦版新聞に載っておったが九鬼嘉降は大筒三門を載せた大安宅船が六隻もおるそうじゃな。我が方には大筒一門を載せた船が三艘と聞いたぞ。勝てるのか?」
「父上、何を弱気なことを申されまするか。『勝てるかなじゃねえ。勝んだよ!』と誰かさんも申しておられましたぞ。それに我らには秘策がございましてな。お尻になりたい…… じゃなかった、お知りになりたいですかな? どうしてもって言うんなら教えて進ぜぬことも吝かではござりませぬが?」
「いや、あの、その…… 然程は知りたくもござらぬが。まあ、お主がどうしても話したいと申すなら聞いて進ぜぬでもないぞ?」
人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべた氏政が顎をしゃくる。大作はイラっときたが強靭な精神力を持って何とか抑え込む。余裕のポーカーフェイスを作ると顎をしゃくり返した。
「ご安堵召されませ、父上。我らが伊豆水軍は今現在、第三国の国旗を掲げて下田へと向かっております。豊臣の水軍を攻め掛かる直前に北条の旗印を揚げ直す所存。ぶっちゃけた話、いわゆる騙し討ちって奴にございますな。然れどもこれは万国公法では認められた立派な戦法なんですぞ。あの有名な宮古湾海戦でも使われたそうな。まあ、結果は大敗だったんですけども」
「うぅ~む、旗印を謀るとは何とも卑怯な戦いぶりじゃな。とは申せ、戦は勝ってこそ華。負けて落ちれば泥と申すもの。何が何でも勝たねばならぬぞ」
「ナントカ丸、攻撃開始までに間違いなく旗印を上げ直すよう現場に徹底してくれ」
「ぎょ、御意! 急ぎ『げんばにてってい』をば致します」
ドヤ顔を浮かべたナントカ丸が安請け合いする。こんな頼りなさ気な奴に任せていて大丈夫なんだろうか。まるで真珠湾攻撃の一時間後に対米覚書を渡した来栖特命全権大使と野村大使みたいじゃんかよ。突如として縁起でもないことを思い出した大作はブルーな気持ちになる。
とは言え、あいつらがどうなろうと知ったこっちゃないか。どうせ他人事だし。大作は考えるのを止めた。
ほうじ茶を飲みながら一同は食後のデザートを楽しんで時間を潰す。
午後九時を少し回ったころ、攻撃艦隊を率いる梶原景宗からの通信が届いた。
例に寄って例の如く、鳴り響くベルの音を通信員が記録紙に書き留める。暗号班が乱数表と首っぴきで解読する。大作は目の前に差し出された通信文を引ったくるように受け取った。
『伊豆水軍は間もなく赤根島より半里ほど真南に着かんとす』
それを傍受したのだろう。待ちかねたように下田城の清水康英からの返信が届く。
『これより豊臣水軍に向けてロケット弾を射ち掛けんとす。後に続く者を信ず』
下田の湾内は奥行きも幅も二キロくらいしか無いはずだ。いまごろは赤根島を取り囲むように千艘にも及ぶ豊臣水軍の軍船が犇めき合っていることだろう。
現地気象班からの報告によれば弱い南風が吹いているんだそうな。南から接近する攻撃艦隊からの火攻めさえ成功すれば豊臣水軍に逃げ場は無い。これは赤壁の戦いみたいな一方的な結果で確定だろう。大作は燃えさかる軍船を想像して一人ほくそ笑む。
「のう、新九郎。下田では今どうなっておるのじゃ? 敵の船は燃えておるのか?」
「父上、それを言うなら『パリは燃えているか?』でしょうに」
「ぱ、ぱり? 其れは何じゃ? ぱりとやらも燃えておるのか?」
「マジレス禁止~っ! とにもかくにも今はただ報告を楽しみに待ちましょう」
だが、いくら待っても続きの報告がさぱ~り入ってこない。もしかして無線機が壊れちゃったんじゃなかろうな? 壊れかけのRadioじゃあるまいし。まったくもう、勘弁して欲しいぞ。
大作は頭を抱え込んで小さく唸る。その時、歴史が動いた! 無線機からベルの音が鳴り響いたのだ。
『・・ー・・ ・・・ ・・ー・・ ・・・ ・・ー・・ ・・・』
「トラ、トラ、トラ…… 我、奇襲に成功セリだ! やった、やった! やりましたぞ父上、備前守殿がやってくれましたよ。いやぁ~! 良かった良かった良かったなぁ~」
「そ、そうなのか? 今のが勝ったという知らせなのか? 儂には何が何やらさぱ~り分からんぞ」
「いやいや、まだ奇襲に成功したってだけなんですけどね。とは言え、敵には有効な反撃手段が殆どありません。今ごろ豊臣方の軍船は炎に焼かれ、哀れな兵どもは海に飛び込んでるんじゃありませんかね。『海の底にも都はありまぁ~す!』とか言いながら」
大作は懐かしの小保方さんの物真似を披露する。だが、残念ながら氏政にはこれっぽっちも通じていないらしい。怪訝な顔で小首を傾げると心底から疑わし気な声音を発した。
「海の底に都じゃと? 真に左様な物があるものかのう?」
「ですからマジレス禁止~っ! ぶっちゃけた話、海底都市なんて仮に技術的には可能であったとしても経済的合理性がまったく無いんですもん」
「大佐! 海底都市はロマンよ。経済的合理性なんて小者みたいなことを言わないで頂戴な。人類全体の未来を見据えて考えてくれるかしら?」
「お、おう…… それもそうだな。俺もちょっと感情的になって言い過ぎたかも知れん。前言撤回だ。海底都市ばんざぁ~い! これで納得してくれるかな? な? な? な?」
お園が鷹揚に頷く。どうやらお許しが出たようだ。大作はほっと安堵の胸を撫でおろした。
天正十八年四月一日(1590年5月4日)の深夜。下田の湾内に集った豊臣方の水軍、約千艘はテレピン油を使った焼夷弾攻撃による奇襲攻撃を受けた。二万を越える兵たちはその悉くが焼け死に、生き残った者は一人もいなかったそうな。
一方そのころ遠く離れた小田原では大作、お園、氏政の三人が日本初の海底都市建設計画の話題で盛り上がっていた。




