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巻ノ参拾壱 火薬とくノ一 の巻

 大作はスマホをチラ見しながら話し始める。大作がスマホに関して何も説明しなかったので百地丹波は見て見ぬふりをしてくれた。

 スマホを持ち逃げされたら一巻の終わりなのだが大作はそのことに全く気が回っていなかった。


「そもそも火薬は今より千年も前に唐で作られました。文永の役や弘安の役でも用いられたと書物に記されております。煙硝は正しくは硝酸カリウムという硝酸塩の一種でございまして天然には硝石として産出します。明の国の内陸や天竺、シャムのような乾いた気候の地面に薄い層になって産する物にございます」

「ほうほう。地面に溜まっておるのでございますか。それを米の何十倍もの値で売り買いしておるとは驚きました」

「日本のような雨の多い国にては天然では得がたき物にござります。南蛮では高床式住居の床下にて鶏や豚を飼っておるそうな。その糞尿を目に見えぬほど小さき虫が喰らいまする。これらが何年もの歳月を経る間に発酵し熟成いたしますと煙硝となりまする。また、雨の多い国でも洞穴に大群をなして生息する蝙蝠(こうもり)の糞が煙硝と相成ることがございます」


 大作は話を一旦区切って百地丹波が話に付いて来ているか様子を探る。大丈夫みたいだ。そんな難しい話でも無い。大作は話を続ける。


「煙硝は明や天竺、シャムからの輸入に頼るしか無いとお思いでしょうか? そのようなことはござりません。我が国にも煙硝はございます。これらを集める技が今よりご説明する古土法にございます。メモのご用意は宜しいでしょうか?」

「めも?」

「何かに書き付けなくて宜しいですか? 少々ややこしいですぞ」

「左様にございますか。しからば」


 百地丹波は懐から紙と竹の先を細く削った棒を取り出した。角筆(かくひつ)という筆記具で紙面を直接へこませて書くらしい。大作はネットで読んだことはあったが実物を見るのは初めてだったので興味津々だった。


 大作はスマホから硝石の製法に関する情報を探すが大量にあるのでどれを選んで良いのか分からない。なにせ自分で作ったことなんてあるわけが無い。

 加賀藩の火薬製造に関するPDFが非常に具体的なので信用出来そうな気がした。少なくとも嘘っぱちってことは無さそうだ。


「古い家の床下にある黒っぽい土を鼠土と称します。これを上から掻き集めます。一、二寸から四、五寸まで家によって異なりますでしょうが見た目で判断して下され。これを呑み口を持つ桶に入れて水を加えて垂れ水を取ります。硝酸カルシウムという物が溶け出します。これを鉄鍋にて煮詰めた後に灰汁と混ぜ合わせると硝酸カリウムに変わります。木綿の布で濾し取った後に再び煮詰めます。後は静かに冷ましてやると硝石の結晶が出来上がります。床下土千二百貫目から十貫目の煙硝が取れるそうです。一度土を採ると二十年くらいは取れません」


 元が古文書なんだから著作権が問題になることは無いだろう。だが、用心深い大作は単語や言い回しを少しずつ変えながら読み上げた。


 一軒の家からどれくらい取れるんだろう。家の大きさが分からないので大作にはピンと来ない。とりあえずフェルミ推定だ。


 一平方メートルから厚さ八センチの土を集めると容積は八十リットル。土の比重を1.3とすると百キロくらいだ。

 平均的な家の大きさは皆目見当も付かない。ましてや床下の土ってことだから土間は含まない床面積なんて分かるわけ無い。

 とりあえず三メートル×四メートルの十二平方メートルと仮定すると千二百キロの土が採取できる。


 千二百キロの土から硝石が十キロ取れる。伊賀は十万石なので人口も十万くらいなのだろうか。昔は大家族だったので一軒十人だと一万軒なので百トンの煙硝が取れる。

 戦国時代に一番標準的だった火縄銃は六匁だろう。22.5gの弾丸を発射する。火薬の量が弾丸重量の三分の一だと仮定すると7.5gだ。

 黒色火薬の七十五パーセントが硝石だとすると火縄銃を一発撃つのに硝石六グラム弱が必要になる。硝石が百トンあれば千七百万発以上の火薬が作れるはずだ。鉄砲三千丁に六千発ずつ。思ってたより遙かに大きな数字が出た。

 とはいえ非常に適当な概算値だ。一桁くらい余裕を見た方が良いだろう。


「伊賀の全ての家々の床下を掘り返せば火縄銃を百万発撃てるくらいの煙硝は取れるはずです。手間は掛かりますが商人から買うよりは安うございましょう。もっと沢山作る技もございますが出来上がるまで五年ほど掛かります。お教えいたしましょうか?」

「大佐殿のお話を疑うわけではございませんがそのような大事なお話を儂のような者に軽々と話して良い物なのでございますか。堺は煙硝の商いで儲けておるのでは?」

「ご心配にはおよびませぬ。煙硝の作り方なら…… 煙硝って硝石!? え~~~!」


 大作が唐突に大声を出したので流石の百地丹波も目を丸くして驚く。

 大作は頭を抱え込んで唸る。頭を剃っていなければ髪の毛を掻き毟りたいところだ。大作はスキンヘッドを両の手で撫で回す。


「如何なされました大佐殿。顔色が悪うございますぞ」


 百地丹波が心配そうに大作の顔を覗き込んだ。本気で心配そうな目をしている。


「ご心配めさるな。持病の(しゃく)にござります。No problem! もう大丈夫」


 大作は咄嗟に誤魔化した。癪で頭を抱えるのは変だがそれどころでは無い。

 火薬の調合法を話すつもりが硝石の製造法を話してしまった。古土法の説明だったけど家畜の糞尿から微生物の働きで硝石が出来るなんて話までしてしまったから下手したら自力で五箇山法に辿り着くかも知れない。

 とは言えここで硝石の作り方だけ説明しても火薬は調合できないので情報としての価値が低い。不味いことになったと大作は焦る。


 百地丹波、恐ろしい子。何気ない会話から重要情報を聞き出すとは。大作は普通のおっさんだと侮っていたことを真剣に後悔していた。断じて自分が間抜けだったわけでは無い。

 事ここに至っては正直に話すしか無いか。こっちから心を開かないと本当の信頼関係なんて得られない。大作は腹を括った。


「伊賀と堺は自由と民主主義、市場経済等の基本的価値観や利益を共有しております。それに伊賀も堺も天下を取ろうなどとは思うてもおりますまい。争うつもりが無い以上は手を組むのが道理にございます。拙僧は伊堺同盟の締結を提案いたします。伊賀と堺のいずれかが武力攻撃を受けた際、直接に攻撃を受けていない国が集団的自衛権を行使して共同で防衛に当たる約定を結んではいかがにござりますか。硝石の製法と火薬の調合方法は堺の誠意と受け取って頂きたい」


 堺を代表してるわけでも何でも無い俺が勝手に約束なんかして大丈夫か? いや、俺は単に提案したに過ぎん。騙さる奴が間抜けなんだ。大作は考えるのを止めた。


「大佐殿のお考え、(とく)と承りました。伊賀はまだ一枚岩とは言えぬ有様にござりますが儂が皆を必ずや説き伏せて見せましょう」

「それと申し訳ござりませぬが警備、って言うか護衛? 何者かに襲われた時に守ってくれる人を雇いたいのですが幾らくらい掛かりましょうか?」


 話が一段落したタイミングを見計らって大作はさり気無く本題を紛れ込ませる。


「忍びをご所望にございますか。それならば打って付けの者がおります。かすみ、あやね、参れ!」


 いったい何処から現れたのだろう。二人の若い女が突如として姿を見せたので大作は死ぬほど驚いた。何故に女? しかも二人も。

 このおっさんの頭の中では護衛=忍び=くノ一なのか? わけが分からないよ……

 もしかして宇宙人か未来人の仕掛けたトラップにまんまと嵌まったのだろうか。もっと警戒すべきだった。後悔するが時すでに遅しだ。


 二人ともかなりの美少女だ。お園には負けるけど。身長は大作より少し低いがこの時代の女性としては大柄な方だろう。

 これといって特徴の無い地味な着物を着ている。まあ、フィクションのような目立つ忍者装束を着ていたら目立ってしょうがない。


「これは目に入れても痛くないほどの自慢の娘にございます。見た目と違うてかなりの手練れ。二人掛かりで来られると儂ですら敵いませぬぞ。火薬調合の技の返礼にございます」

「せっかくにございますが拙僧は万が一、伊賀と堺が争うことがあろうとも拙僧を守る覚悟を持った護衛を雇いたいのでございます。百地様の娘御にそのお覚悟が御座いますか?」


 大作が欲しいのはもっと普通の護衛だ。変なイベントを発生させたいわけじゃ無い。できればチェンジをお願いしたい。

 とは言え、百地丹波や二人の娘のプライドを傷付けるのは避けなければ。最大限に気を配りながら遠回しな表現で伝えてみる。


「これは(かたは)ら痛し。伊賀の忍びは雇い主には神掛けて(まつろ)う者。もし儂が大佐殿の命を狙おうとすれば二人は躊躇なく儂を殺めることにござりましょう」


 全然ダメみたいだ。これ以上断ったら角が立つ。まあ、護衛なんだから適切な距離を取って接すれば妙なイベントは起こらないだろう。

 それに、連れて歩くなら可愛い女の子の方が絵になる。いくら腕が良くても、むさ苦しいおっさんは御免だ。


「これはご無礼仕った。娘御をお借りいたします。拙僧が伊賀に逆心いたすことは御仏に誓ってござりません」


 その後は一転して和やかな雰囲気になった。大作は火薬の調合方法に関して懇切丁寧に説明する。事故で死人でも出すと大変なので混ぜ合わせた後の安全管理を特に重点的に説明した。静電気という概念が無いので厄介だ。


「真に危うい技にございますな。慣れるまでは罪人にやらせて様子を見ることにいたします」


 百地丹波がさらっと怖いことを言う。

 説明しておいて何だが、大作は自分では絶対にやりたく無いと思った。


 日が暮れる前に一通りの説明が終わった。別れ際に百地丹波が大作にだけ聞こえるように耳打ちする。


「もしよろしければ二人に手を付けて下さっても構いませんぞ。子を孕んでくれれば大佐殿と儂は義理の親子。そうなれば堺と伊賀の結び付きは一層強固な物になりましょう」

「せ、せ、拙僧は御仏にお仕えする身ゆえ……」

「歩き巫女とは随分と仲が良さげでしたぞ」


 顔を引き攣らせる大作の背中を百地丹波が豪快に笑いながら強く叩く。今までと違って目が笑っているのに大作は気付いた。

 そんなことになったらお園はどんな顔をするんだろう。想像しただけで背筋が寒くなる。

 大作と百地丹波は再会を約して別れを告げた。




 天王寺屋に戻るとお園と藤吉郎が夕食を待っていた。


「どこに行ってたのよ大佐! みんな待ってたのよ!」

「そんなに怒るなよ。せっかくの美人が台無しだぞ。それに空腹は最高の調味料だぞ」

「次からはどちらにお出でになるのか某にも必ず伝えておいて下され。お頼み申します」

「安心しろ。俺には頼りになる護衛が二人も付いてるんだ」


 二人が『とうとうこいつボケやがったか』と言った目で大作を見ている。

 大作は捨て猫を拾って帰った子供ってこんな気分なんだろうかと思った。


「紹介しよう。今日から俺たちの護衛を務めて頂くお二人だ。自己紹介をどうぞ」


 大作は脇に寄ってくノ一コンビに向き直ると手振りで促した。


「じこしょうかい?」


 お園が鸚鵡(おうむ)返しする。くノ一コンビだけで無くお園と藤吉郎まで呆けた顔をしている。


「自己PRだよ。こんな個性の強い奴らの中だと自分をアピールしていかないと存在感が埋没するぞ。占いが趣味で苺のミルフィーユが好物とか。何かあるだろ」

「かすみと申します。以後お見知りおきのほどを」

「あやねだ。見知りおけ」

「あやね! 主様の前でその物言い。許さじとす」


 この二人って仲が悪いのか? 何か思ってたより面倒臭いやつらだと大作は呆れた。

 見た目が可愛いから受け入れたけど失敗だったかも知れん。でも今さらチェンジは言い出せないな。大作は考えるのを止めた。


「俺のことは大佐と読んでくれ。かすみとあやねは幾つなんだ?」

「私は十八、妹は十七にございます。大佐様」

「大佐で良い。あやねは俺やお園とタメか。二人ともタメ口で良いぞ。藤吉郎もだ。俺たちはファミリーだからな」

「ためぐち? ふぁみりぃ?」

「後で教えてあげるわ。早く大佐の言葉を覚えないと大変よ」


 二人とも人間離れした爆乳だが、どう見ても、あやねの方が一回り大きいようだ。大作は何カップか聞きたくて堪らなかったがセクハラ野郎だと思われるのも嫌なので遠慮しておいた。


 それはそうと大作は二人の名前を何とかしたかった。最初に聞いた時から二次創作みたいでやり難かったのだ。名前を聞く度にエロ同人誌が頭の中にチラ付いてしょうがない。


「ところで二人とも名前を変えて貰って良いかな? 忍びを本名で呼ぶのは不味いだろ」

「本名? 実名(じつみょう)にござりましょうか。無論、変えて頂いても障りございません。大佐様のご随意にお呼び下さいませ」

「様をつけるなよデコッパチ! タメ口で頼む。そんじゃ今から、かすみがサツキ。あやねはメイだ。その方がファミリーの一体感が増すだろう」


 藤吉郎が仲間になりたそうにこちらを見ている。

 大作としては男はどうでも良いんだが拗ねられても厄介だ。とは言え男性キャラの名前でこの時代でも通用しそうなのがあまり無いのだ。

 平成の狸が合戦する映画に青左衛門って奴がいたっけ。でも高○勲作品だよな。できたら宮○駿作品から選びたいんだけど。


「そんなことより、とりあえず夕飯を済ませよう」

「そうね、本当にお腹が減ったわ」

「そ、そんなことですと……」


 藤吉郎が悲しそうにこちらを見ている。

 そういえばサツキとメイの夕飯はどうしよう。宗達に頼んだら何とかしてくれるだろうか。とは言え居候が勝手に人数を増やしたら何て思われるだろう。

 大作は頭を抱え込む。考えても仕方ない。駄目ならテントを貸して野宿してもらおう。忍びならそれくらいで文句を言わないだろう。


「申し訳ございません津田様。データ集計の手伝いに二人ばかり人を雇いました。恐れ入りますが居候させて頂いて宜しいでしょうか?」

「左様にございますか。手伝いならいくらでも用意いたしましたものを。次からは先にご相談下さるようお願い申し上げます」


 大作のかなり無理のある言い訳を津田宗達は嫌な顔一つせずに聞いてくれた。ただし、思いっきり釘を刺されてしまった。

 夕食の豪華さにサツキとメイが感動している。大作はまるで自分のことのように嬉しかった。

 寝室はお園の部屋が十分に広かったので女三人で寝ることになった。




 床に就いた大作は今日の出来事の一人反省会を開く。

 行き当たりばったりに火薬の調合のつもりで硝石の製法まで教えてしまった。

 まあ、それは些末な出来事だと言って良いだろう。


 問題は旅の(なかば)にして早くもキャラが四人にもなってしまったことだ。自分もカウントすれば五人だ。

 ラノベのメインキャラは三人くらいにしておけって読んだことがある。長編なら五人くらいでも良いんだろうか。

 宇宙人だか未来人だかの視聴者が付いて来れているかが問題なのだ。


 まあ、藤吉郎は男だから女三人ならギリ許容範囲か? サツキとメイってちゃんとキャラの差別化が図れてるのか? せっかくの護衛だが適当な理由を付けて返品した方が良いのだろうか? まあ適当に弄んで飽きたらポイすれば良いか。

 いやいやいや、そんなことしたら百地丹波に殺されるぞ。


 その夜、大作はなかなか寝付けなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公、心が壊れていますね。 元から逝ってしまった心を持っているのか、それとも何か原因があるのか。 夢の中のもえさんの表情と言い、何度も続く変な夢といい、落ちに使われている数年後の話といい…
[一言] 率直に日本の言葉が下手
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