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巻ノ参百七 打て!弔電を の巻

 天正十八年一月十九日(1590年2月23日)の朝食会に訪れたのは梶原景宗(かじわらかげむね)と清水康英(やすひで)の二人だった。


「御本城様、久方ぶりに吉報が届きましたぞ。漸う秩父鉱山で鉛が採れたとの知らせにございます。萌殿が申すには日に十貫目は採れるとの由。此れで鉄砲玉に労する憂いは無うなりましたな」

「日に十貫目ってことは月に一トンくらいですよね? 八千丁で均等に分けたら一丁当たり月に十発分にしかなりませんぞ。早急にも生産量を一桁増やす必要があります。36協定の特別条項を使って過労死ラインギリギリまで働かせて下さりませ」

「さ、左様にござりまするか。では、急ぎ使いを走らせねばなりませぬな」

「頼みましたぞ、上野介殿」

「御意!」


 清水康英が分かったような分からんような顔をしながらも深々と頭を下げる。

 これにて一件落着。大作は鉛の件を心の中のシュレッダーに放り込む。

 だが、一難去ってまた一難。今度は梶原景宗が人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら話題を振ってきた。


「時に御本城様、相州乱破より伝え聞いた話によれば今月十四日、京の聚楽第において朝日だか旭だかが身罷られたそうにございますぞ」

「十四日っていうとひい、ふう、みい…… 今日から五日前の話にございますな。朝日だか旭だかっていうと秀吉の妹でしたっけ? 秀吉の妹ってことはまだ四十代ですよね? まだ若いというのに病気だったんでしょうか? それとも事故?」

「長らく患っておられたそうな。とは申せ徳川は大戦(おおいくさ)を間近に控えておる故か喪を伏せておる様子。葬儀も内々だけで執り行った由にございます」

「いわゆる家族葬って奴だな。香典もご辞退申し上げますとかって書いてあったりしてな」

「御意!」


 梶原景宗が分かったような分からんような顔をしながらも声だけは元気良く返事をする。

 それはそうと『ごめんなさい。 こういうときどんな顔すればいいかわからないの』だな。

 この時代の大名間って冠婚葬祭の付き合いはどうしているんだろう。満更知らない間柄でもないからガン無視は不味いかも知れん。他のことは兎も角、慶事だけはちゃんとやっといた方が良さそうな気がしてならない。

 とは言え、考えたって分かるわけもないか。大作は得意の捨てられた子犬のような目をすると上目遣いでお園の顔色を伺った。


「これってやっぱ、弔電みたいな奴を出しといた方が良いのかなあ? あの鈴木貫太郎だってルーズヴェルトが死んだ時に哀悼の意を表したそうだぞ。その方が度量の大きな人物って感じがするだろ? な? な? な?」

「すずきかんたろう? それってどんなお方なのかしら?」

「気になるのはそこかよ! どんなお方って言われても一言で言い表すのは難しいなあ…… 閃いた! この人は国会議員じゃないのに総理大臣になった最後の人なんだぞ。凄いと思わんか? 明治憲法下だからこそできた荒業だな。だって現代だとどうやったって法律的に不可能なんだもん」

「ふ、ふぅ~ん。そうなんだ。ところでその『ちょうでん』って何なのよ。それってどうやって出すのかしら?」


 お前はどちて坊やかよ! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。

 こういう時は冷静さを失った方が負けなのだ。大きく深呼吸すると余裕の笑みを浮かべる。


「え、えぇ~っと…… 確か115だったはずだぞ? なんとびっくり、2009年に総務省告示『電気通信番号規則の細目を定めた件』が一部改正されたお陰でNTT東西の他でも115が使えるようになったらしいんだけどさ。ソフトバンク系の『ほっと電報』とか佐川系の『VERY CARD』とかいろいろあるだろ?」

「あるだろって言われても私、そんなの見たことも聞いたことも無いんだけれど? ほんのちょっとで良いから私にも分かるように話してくれないかしら?」


 眉間に皺を寄せたお園が不満そうに唇を尖らせた。だが、例に寄って目が笑っているので本気で怒っているわけでは無さそうだ。って言うか、そもそも真面目に聞く気が皆無なのは疑う余地すら無いだろう。


「まあ、電報なんて今どきの若い者には無縁だもんなあ。って言うか、本当を言うと俺も実物を見たことすら無いんだもん。取り敢えずは115に掛けてみたらどうじゃろな?」

「ズコッ~~~! 見たことも無かったとは…… とにもかくにも分かったわ。115ね」


 大作の冗談を真に受けたお園はスマホを取り出して電話を掛けようとし始める。


「いやいや、電報の受付時間は午前八時から午後十時だぞ。朝餉を食べてからでも良いんじゃね?」

「そ、そうなんだ。折角、弔電を打とうと思ったのに言うんだもんなぁ~!」

「だったら…… だったらインターネットから申込めば良いんじゃね? 確か二十四時間いつでも受け付けているはずだぞ。口頭でオペレーターに言うよりか住所とか名前を言い間違える心配も無いしさ。ちなみに料金はクレカ払い、電話代との合算のどっちでも可能だぞ」

「私、クレカは持っていないんだけど?」


 途端にお園の表情が曇る。もしかしてクレカを作ろうとして断られたことあるんだろうか? だったら悪いことを言ったかも知れん。とにかく話題の転換だ。大作はさり気なく話を反らす。 


「良かったら俺が建て替えておくよ。って言うか、俺の名義で弔電を送るんだから俺が払うのが筋かも知れんしな。話は変わるけど郵便局のレタックス電報っていう手もあるぞ。アレだと手書き原稿をFAXで送れば郵便局が電報にして送ってくれるんだ」

「それって直にFAXした方が早いんじゃないのかしら?」

「いやいやいや、ちゃんとした台紙とか付くんだぞ。弔電っていうのはそれの価値の方が大きいんじゃないのかなあ? 貰ったこと無いから知らんけど」

「ふ、ふぅ~ん」


 いかにも興味が無さそうなお園の相槌が大作の自尊心をいたく傷付ける。

 どげんかせんと、どげんかせんといかん! ポクポクポク、チ~ン。閃いた!


「ちなみにレタックス電報の料金は文字数に関係なく五百八十円とか九百円なんだぞ。とってもリーズナブルだろ? そう思わんか? な? な? な? それに、もし文字やイラストが苦手でも色々な例文集が用意されてるしな。弔電サービスとしては他にもKDDIの『でんぽっぽ』っていうのがあるぞ。メッセージと送料込み1,050円の台紙で350文字まで送れるそうな。画像(JPG,GIF,PNG)に変換した手書き弔電も可能だからイラストや寄せ書きなんかも送れちゃう。携帯三社のキャリア決済も可能だ。さっき言ったヒューモニーって会社が運営するVERY CARDはインターネット受付に特化してコストを削減してるらしい。全国一律1,280円で350文字まで遅れるぞ。KGSインターナショナルのe-denpoは非会員だとメッセージ代と送料込み1,250円で463文字まで送れちゃう。無料の会員登録で画像やロゴ、直筆サインまで入れられるそうだ。綜合警備保障会社が2010年から始めたのALSOK電報っていうのもあるぞ。一部を除き配達はALSOK社員が行うんだってさ。あと、セクションエッグのハート電報は銀行振込、コンビニ決済、携帯三社キャリア決済、ペイジーATM決済といった豊富な支払い方法を選べるぞ。プライムステージのFor-Denpoには純金電報やオルゴール電報、エトセトラエトセトラ。バリエーション豊かなオリジナル商品を取り揃えている。ソフトバンクのほっと電報にはコシノジュンコのデザインによるオリジナル弔電1,350円(文字別)があるぞ」

「こしのじゅんこ? 大佐ったらその女性(にょしょう)にも懸想してたんじゃないでしょうね?」

「はいはい、お約束お約束。んで、文字代は別料金で25文字まで703円から。3枚324円で写真やロゴも入れられちゃう。とにもかくにも料金システムがNTTみたいに『台紙代+文字代』なタイプと『台紙代のみ(文字数制限あり)』に別れているから好きな方を選んでくれ。ちなみに直接業者が配達する場合と日本郵便やヤマト運輸、佐川急便なんかに委託してる場合があるらしいな。まあ、どこが配達しようがよっぽどの僻地でもないかぎり問題はなかろう。だから台紙の柄とか料金、支払い方法、使い勝手とかで選べば良いと思うぞ。そうそう……」


 その後、暫しの間に渡って大作は弔電について語る。語ったのだが…… 


「あのねえ、大佐。無駄薀蓄はそれくらいにして早く食べちゃいなさいな。ぐずぐずしてたら私が食べちゃうわよ」

「はいはい、食べますよ。って言うか、いま食べようと思ったのに言うんだもんなぁ~!」


 大作はお椀に残ったご飯に汁物を掛けると口に放り込んだ。




 朝餉を食べ終えた大作とお園は食器を台所に持って行くと丁寧に洗って返す。

 ほっと一息つくとお茶碗を借りてきて熱いほうじ茶をふぅふぅしながら飲んだ。


「んで、大佐? 弔電はどうするのよ?」

「えぇ~っ! お前、その話をまだ引っ張る気かよ。なんぼなんでも引き際って奴を誤ってるんじゃね?」

「だったら弔電は打たないつもりなの? あんだけ長々と話をしておいて?」

「しょうがないじゃんかよ。105に繋がらないんだからさ。その代わりに…… 閃いた! 弔電の代わりに瓦版新聞に弔意記事? 何かそんなのあったよな? とにもかくにも訃報欄にお悔やみ記事でも載せてもらうことにしよう」


 そうと決まれば善は急げだ。二人は急ぎ足で座敷に戻ると美唯を探す。

 幼女は隣の部屋の隅っこで三毛猫を相手にリュートの練習をしていた。


「探したぞ、美唯! こんなところにいたのかよ。実は藤吉郎に急な話があるんだ。悪いんだけどひとっ走り呼んできてもらえるかな~?」

「えぇ~っ! 何で私がそんなことしなきゃならないの? 私はリュートのお稽古をしなくちゃいけないんだけどなあ……」

「そんな悲しいこと言うなよ。ちゃちゃっと行ってパパっとアポを取ってくるだけの簡単なお仕事だろ。って言うか、そもそもお前は俺の連絡将校じゃんかよ。本来の任務は俺のスケジュール管理なはずだぞ。違うか?」


 だが、美唯はリュートを弾く手を止めることもなく薄ら笑いを浮かべている。その表情はこれっぽっちも真面目に話を聞く気が無いことを表明しているようだ。軽く鼻を鳴らすと人を小馬鹿にしたように顎をしゃくった。


「そうかも知れんわね。そうじゃないかも知らんけど。でも、藤吉郎だったらこの時間は編集会議をやってるはずよ。いくら大佐だからって急にそこに割り込むのはどんなものかしらねえ」

「間違えるな! 私は相談しているのではない!」

「あ、そう。じゃあ自分で藤吉郎の所に行って頂戴な。場所くらい分かるでしょう? さっきも言ったけど私はリュートの修練でとっても忙しいのよ。一日休んだら取り戻すのに三日掛かるんですからね」


 取り付く島も無いとはこのことか。美唯は視線すら合わせてくれない。

 大作はがっくりと肩を落とすと力なく微笑むことしかできなかった。




 二人はその足で編集会議中という札が掛けられた座敷を訪ねた。

 遠慮がちに中を覗くと車座になった五人の男と二人の女が激論を戦わせていた。


「その記事はまだ裏が取れておりませぬ。言い切るのは危のうございますぞ」

「ならば見出しの最後に『?』を付けておくのが宜しかろう。此処と此処…… それと此処じゃな」


 藤吉郎が筆を取ると原稿らしき紙に朱を入れた。その真剣な表情は瓦版新聞の主筆に相応しい貫禄を感じさせる。

 ここに割り込むのは勇気がいるなあ。やっぱ大人しく終わるのを待った方が吉なんだろうか。大作は急に真面目に考えるのが阿呆らしくなってきた。

 だがその時、歴史が動いた! 


「おお、大佐ではござりますまいか。如何なされましたかな?」

「ああ、藤吉郎。悪いんだけど明日の朝刊に訃報を載せてもらえるか。秀吉の妹、朝日だか旭だかが亡くなったそうなんだ。享年四十七歳。晩年は病気がちだったそうだな」

「ほほぉ〜う。朝日だか旭だか知りませぬが某の妹と同じ名にございますな。何やら他人のような気がしませぬぞ。畏まりました。腕によりを掛けて立派なお悔やみ記事を書かせて頂きまする。お任せ下さりませ」


 だって本人なんだもん。大作は心の中で呟いたが決して顔には出さなかった。


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