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巻ノ参百六 里見は揺れているか? の巻

 散々な結果となった流鏑馬の翌日、例に寄って例の如く定例の小田原評定が開かれた。

 居並ぶ重臣たちを前にした大作は小田城で起こった様々な出来事を精一杯に面白可笑しく脚色して話す。話したつもりだったのだが…… みんな物凄く退屈そうにしているんですけど!


「あの、その…… みなさん、拙僧の話は退屈でしたかな? 小田城の最後がどうなろうと知ったこっちゃないですか? だけどもアレでしょ。昔から人の不幸は蜜の味って言うじゃありませんか」

「いやいや、決して左様なことはござりませぬぞ。御本城様のお話を蔑ろになど致しませぬ。とは申せ……」

「とは申せ?」

「藤吉郎殿の瓦版新聞に詳らかな話が書き記してございました故、この場におって其れを知らぬ者は一人としておりますまい。代わりに何ぞ新聞に乗っておらぬ裏話の如き物はございませぬでしょうかな?」


 松田憲秀が手に持った紙切れをひらひらさせながら遠慮がちに口を開く。

 受け取って目を通すと一面に解像度の粗い白黒写真がデカデカと掲載されていた。コントラストが強すぎて分かりにくいがどうやら炎上する小田城を写した物のようだ。大きな字で『小田城に赫々の大戦果』のキャプションが付いている。


「そ、そうですか。お呼びでない? お呼びでないね。こりゃまった失礼致しました!」

「済んだことよりも御本城様。来月十六日(1590年3月21日)には里見を攻めると申されておられましたな。あと一月を切りましたが支度の方は滞りのう進んでおりましょうや?」

「はぁ? 何を他人事みたいに申されておられるのですかな? 里見攻めのことは誰かにちゃんと任せた筈ですぞ。誰だったかは忘れちゃいましたけど。そもそもあんな非合法のテロ作戦に拙僧が自ら参加する筈ないでしょうに。確か…… 確か相州乱破にお任せしませんでしたっけ?」


 大作は内心の不安を押し殺しながらきょろきょろと一同の顔を見回す。

 みんながさり気なく視線を反らす中、座敷の一番隅っこに控えていた大男が遠慮がちに答えた。


「御本城様の仰せの通りにございます。里見の件は我ら風魔にお任せ頂きました。然れども万事滞りのう進んでおりますれば、何一つ憂えることはござりませぬ」

「出羽守殿、それって本当ですか? 信じて宜しいんですね? 小田城の時と違ってこっちには拙僧はノータッチなんですけど?」

「テレピン油やロケット弾のコンバットプルーフは小田城攻めにおいて済んだと聞き及んでおります。硫酸タイマーを用いた鉛筆爆弾のテストも上首尾の様子。然らば頂いておるお役目は常日頃の火付け狼藉と何ら変わりませぬ。念には念を入れ、此度は儂が自ら手勢を率いて乗り込む所存。必ずや里見の船を焼いてご覧にいれましょう」


 風魔小太郎がこれ以上は無いといったドヤ顔を浮かべる。この根拠の無い自信はいったいどこから湧いてくるんだろう。謎は深まるばかりだ。

 とは言え、任せろって言ってるんだから任せて大丈夫なんだろう。それに、もし失敗しても責任を取ってくれるってことだし。

 大作は考えるのを止めると、里見攻めの件を心の中のシュレッダーに放り込んだ。




 女子挺身隊と国防婦人会が小田原に凱旋を果たしたのは翌日の夕方だった


「大佐! いった何処で油を売っていたのかしら? 私たち方方を探して回ったのよ!」

「お姿が見当たらず、随分と案じ申し上げました」

「ああ、サツキとメイじゃんかよ。お前らこそ何処で道草を食ってたんだ? いつまで経っても帰ってこないから心配してたんだぞ」


 こいつらのことを完全に忘れていたぞ。大作は必死のポーカーフェイスで誤魔化しを計る。しかしまわりこまれてしまった!


「私たちはちゃんと無線で小田原と定時連絡を取っていたわよ! そも、こんなことになったのは大佐の姿が急に見えなくなったらかじゃないの。帰るのがこんなに遅くなったのも彼方此方に人を走らせて探させていたからよ。黙っていなくなるなんて酷いわ!」

「いやいや、悪いとは思ってるんだ。だけどさ、何処をいつ通るか分かってたら敵に待ち伏せされるかも知れんだろ? 親しき中にも礼儀あり。敵を欺くにはまず味方から。こういうのはアドリブ感が大切なんだよ。あのスターリンだって自分でハンドルを握ってその日の気分で道順を変えてたとか何とか」

「ふ、ふぅ~ん。でも、そのせいで手勢も連れずに歩き回ってたら却って危ないんじゃないのかしら。知らんけど」

「次からは我らだけにでも何処に参るか告げてからお立ち下さりませ。伏してお願い仕りまする」


 二人とも言葉は穏やかだが目が笑っていない。これは逆らわん方が身のためだな。

 大作はまるで腫れ物に触るように慎重かつ大胆に話題の転換を計る。


「了解、了解。次からは善処するよ。ところで御馬廻衆の連中はどうなったのかな?」

「あの方々はもう少し掛かるみたいね。片野城を攻め落としたお陰でいろいろと後始末があるらしいわ。もしかするともう一つか二つばかり城を攻め落とすかも知れないんですって」

「いや、あの、その…… 関東軍じゃあるまいし、そんな風に勝手に戦線を拡大されたら困っちゃうんですけど? 東部戦線は不拡大って政府方針だったよな? これって完全に統帥権の干犯じゃんかよ。お天道様が許しても北条家当主の俺が……」

「大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね。とにもかくにも、御馬廻衆は女子挺身隊や国防婦人会とは指揮系統が別なのよ。私たちの知ったことじゃないわ。文句があるんなら自分で直に言って頂戴な。それじゃあ私たち、忙しいからもう行くわね」

「では、これにて失礼仕ります」


 取り付く島も無いとはこのことか。言いたいことを言い終わるとサツキとメイが風のように走り去る。

 何だかどっと疲れたぞ。大作は小さくため息をついた。




 小田原では翌日以降も退屈な日々が続いた。

 大作とお園はミニエー銃の検品を手伝ったり、火薬や弾丸の生産状況を見て回ったり、改良型ロケット弾の試射に立ち会ったり…… 細々とした雑用に忙殺されて目が回りそうだ。


 同時期、北条が対豊臣戦において小田原で籠城策を取ることが正式に決定した。合わせて軍事動員令も発令される。


 そのころ徳川は北条との関係を一方的に断交すると宣言した。督姫に対しても氏直と離縁して帰ってくるように指示する。小田原征伐の先遣隊の出陣も始めたそうな。

 さらに家康は三男の長丸(後の秀忠)を人質として上洛させた。


 だが、秀吉は人質など不要と言って長丸をすぐに帰させたらしい。

 同時に秀吉は家康に対して領内を軍勢が通過する際に便宜を図り、城の使用させるよう要請した。

 豊臣勢が効率的に移動できるよう橋や城、茶店、エトセトラエトセトラ…… 様々な整備が完了するには二月の末まで掛かったそうな。




 一月も終わりに差し掛かったころ、風魔小太郎から目通りを願いたいとの申し出があった。

 会って話を聞いてみればいよいよ相州乱破たちを率いて里見作戦に赴くんだそうな。

 僧侶や商人、物売り、エトセトラエトセトラ…… みんな違ってみんないい。一人ひとりが思い思いの扮装をしている。

 これってなんだかコスプレイベントみたいだなあ。大作は吹き出しそうになったが空気を呼んで必死に我慢する。

 プルプルと震わせた腕で風魔小太郎の手を弱々しく握ると力なくつぶやいた。


「風間出羽守殿、返す返す里見のこと頼み申し候……」

「必ずやお役目を果たして参ります故、吉報をお待ち下さりませ」


 鬼のような顔をした大男の表情は不敵な笑みを浮かべているような浮かべていないような。

 それにしてもこの根拠の無い自信はいったい何処から湧いてくるんだろう。まあ、忍者なんて職業はこれくらい楽観主義じゃないと務まらんのかも知れんけど。大作は考えるのを止めた。




 二月に入って暫くしたころ、小さな布袋を抱えた萌が何時になく上機嫌な顔で現れた。


「見て見て、大作。ようやく無煙火薬の量産が始まったわよ。もうテストしたんだけど、品質もマズマズと言ったところかしら」


 半ば無理やりに押し付けられた小袋の口紐を静電気に注意しながら解いてそっと開ける。中に入っていたのは裂きイカの出来損ないみたい細切れだった。何だか変な匂いがするなあ。

 って言うか、いきなり爆発したりしないんだろうか。急に怖くなった大作は慌てて袋を萌の手にに返す。


「素晴らしい、萌くん。君は英雄だ。大変な功績だよ。バンバン、カチカチ、あら? んで? 生産量はどれくらいなんだ?」

「現状では日産で四十キロってところかしら。水素の生産自体は順調なんだけれど足を引っ張っているのはアセトンなのよ。まあ、クロストリジウム・アセトブチリクムは発見できてるんで時間が解決してくれる問題ではあるんだけれどもね」

「ふ、ふぅ~ん。ってことは月産だと千二百キロだな。三月末までに二千四百キロ。仮に鉄砲を一発撃つのに四グラム必要だとして…… 六十万発分かよ。八千丁に均等割りしたらたったの七十五発だぞ。訓練だけで終わっちまうな。生産量の増加にはどれくら掛かりそうだ? せめて十倍くらいは欲しいな」

「いま全力でやってるわ。でも、一ヶ月は見て欲しいわね。そこからフル稼働させれば三月末に一丁当たり四百発程度は確保できるかしら。でも、テストや訓練の時間が全く取れないわよ」

「うぅ~ん…… 開戦直前に全面更新するのは危険が危ないか。とは言え、折角完成しても使えなければ正に宝の持ち腐れって奴だぞ」


 何だか知らんけど取り返しが付かないほど無駄なことをやってるような、やっていないような。頭を抱えたくなりそうな、そうでもないような。

 そもそも無煙火薬ってそこまで重要な代物なのかなあ。もう、心底からどうでも良くなってきたんですけど。大作は考えるのを止めた。


「よし、分かった。全軍に行き渡らせるのはすっぱり諦めた。あんな物に頼って生き延びて何になろう。取り敢えず女子挺身隊と国防婦人会にでも使わせて様子を見だな」

「碓氷峠や山中城には間に合わなくても使う機会は幾らでもあるわよ。ドンマイ、ドンマイ」


 何故に萌に励まされなきゃならんのだろう。大作はちょっとだけムカっときたが鋼の精神力でもって何とか抑え込んだ。




 待ちに待った二月十六日(1590年3月21日)の夜遅く。予定通り相模トラフがスロースリップして大地震が起こった。

 一緒に寝ていたお園が布団から飛び起きると血相を変えて抱きついてくる。


「うっきゃあぁ~っ! 魂消ったわぁ~! 真におびたたしき(おほ)地震(なゐ)()ったわねぇ!」

「古き言い伝えはまことであった……」


 ドヤ顔を浮かべた大作は大ババ様になったつもりで芝居がかった嗄れ声(しわがれごえ)で呻く。

 一瞬の後、襖が勢いよく開くとほのか、美唯、サツキ、メイ、エトセトラエトセトラ…… 次から次へと人が飛び込んできた。


「大佐、(おほ)地震(なゐ)よ! (おほ)地震(なゐ)()ったわ!」

「びっくりしたわよねえ。私、こんなに(おほ)いなる地震(なゐ)は初めてよ」

「私も私も、私だって初めてだったわ」

「見て見て、大佐。猫が…… 猫の小次郎ったら(おほ)地震(なゐ)()るちょっと前に気が付いていたみたいよ。獣って不可思議な力があるのかも知れないわねえ」

「予め聞いていたから心構えができていたけれど、もしも急にだったらさぞや慌てたでしょうねえ」


 みんなが口々に勝手なことを言い合っている。聖徳太子みたいなヒアリング能力を持っていない大作には何が何だかさぱ~りだ。


「どうどう、餅つけ。取り敢えず地震に遭った時は火の始末だ。火災が発生したら目も当てられんからな。それと巨大地震で停電が発生している場合はブレーカーを落とせ。通電火災って言って、倒れたり壊れたりした電化製品が通電再開と同時に発火する危険があるんだ」

「美唯、分かった! ぶれ~か~を落とせば良いのね。それから?」

「そ、そうだなあ…… エレベーターに乗っていて地震に遭った時は全部の階のボタンを押せ。んで、とまったらすぐに降りるんだ。閉じ込められたら最悪だからな。それと災害時には電話が繋がりにくくなるだろ? そんな時は『災害伝言ダイヤル』や『災害伝言板』などを効果的に使うと良いぞ。あと、沿岸部にいる時は津波警報に注意だ。良く分からん時はとにかく頑丈そうな建物の三階以上に退避しろ。それから…… 簡易トイレの作り方を教えてやろう。これを見てくれ……」


 大作はスマホを見ながら無駄薀蓄を傾ける。みんな地震の恐怖や興奮もあるんだろうか。誰一人として寝ようとしない。その晩、一同は車座になって朝方まで地震談義を続けた。




 やがて一人二人と寝落ちする者が現れ、東の空が白み始めたころには全員が寝付いてしまった。

 翌朝、大作と愉快な仲間たちは夜更しの反動で久々に寝坊してしまう。

 外がすっかり明るくなったころ、小姓の秀丸が発見したのは座敷で雑魚寝している面々だった。


「御本城様、斯様な格好で寝ておると咳き病(しはぶきや)みを患いまするぞ」

「いやいや、昔から馬鹿は風邪をひかないって言うだろ? 言わないか?」

「左様な話は聞いたことがござりませぬな。真にございまするか?」

「マジレス禁止~~~!」


 大作の絶叫が広くもない座敷に響き渡る。雑魚寝していた面々は揃いも揃って迷惑そうに顔を顰めた。


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