表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
305/516

巻ノ参百伍 射れ!流鏑馬を の巻

 玉縄城で一泊した大作とお園は残る小田原までの道程を海路で辿ることになった。

 留守だった北条氏勝に代わって饗してくれた二人の弟に見送られ、舟で川を下って行く。小動(こゆるぎ)岬に辿り着いた二人の目の前に現れたのは呆れるくらいに小さな舟だった。


「こんなにちっぽけな舟で真冬の相模湾を行くだなんてちょっとアレだなあ」

「こうも頼りなさ気な乗るくらいなら陸を歩いた方がよっぽど良いんじゃないかしら。ねえ、大佐。そうしましょうよ」


 どうやらお園も同意見のようだ。禿同といった顔で激しく頷いている。だってさっきまで乗っていた川船の方がよっぽど大きいんだもん。

 だが、小舟に乗っていた初老の船頭がまるで土下座するかのように懇願してきた。


「何をお戯れを申されまするか。御本城様と御裏方様を小田原までお送りせよと殿より強く申し使っております。何卒あの舟にお乗り下さりませ。伏して願い奉りまする」


 まるで米つきバッタのように爺さんは頭を上げ下げした。その姿は滑稽を通り越して哀れですらある。

 うぅ~ん。もしかしてこの男にはプライドって物が無いんだろうか。きっと無いんだろうなあ。

 とは言え、こうまで必死に頼まれたら無下にもできないか。大作は心の中で小さくため息をつくと両の手のひらを肩の高さで掲げた。


「しょうがないなあ。これは一つ貸しですぞ」

「いやいや、貸しとか借りではございませぬから」


 そんな阿呆な話をしながらも二人は船頭の手を借りて小舟へと乗り込む。無論、レディーファーストだ。

 荒れた海に漕ぎ出した途端に小舟が大きく揺れた。こんなんで大丈夫なんだろうか。大丈夫だったら良いなあ。って言うか、大丈夫じゃないとこまっちゃうぞ。大作とお園は生きた心地がしない。

 と思いきや、小動岬の陰になっていた所から大きな船が姿を表した。これって二百五十石くらいはあるんじゃなかろうか。随分と立派な船だなあ。前に堺から日向まで乗った押送船にちょっとばかり似ていなくもない。こいつなら、こいつならきっと何とかしてくれるんじゃね?


「良かったぁ~! ひょっとして、船頭殿。この船に乗り換えるんですか? そうじゃないかと思ってたんですよ」

「無論にございます、御本城様。よもやこの小舟で小田原まで参るとでも思われておられましたかな?」

「そ、そんなわけありませんよ。あは、あはははは……」


 大船に乗り換えた大作は今や有頂天の心地だ。きっとタイタニックに乗ったジャックとローズもこんな気分だったんだろう。

 早速、二人は船首に行って…… さ、寒ぅ~~~っ! これは辛抱堪らん。例に寄って例の如く艫屋倉に潜り込んだ。


 水主たちが一斉に櫓を漕ぎ始めると船が滑るように軽やかに動き出した。風に逆らって進むことになるので帆は降ろしている。風力が当てに出来ない今はこの男たちの腕力だけが頼りなのだ。

 まあ、駄目なら駄目で陸に上がって歩けば良いんだけれども。


 そうこうする間にも江ノ島が段々と遠く離れて行く。船は茅ヶ崎と烏帽子岩の間を通って西へと進んだ。


「なあなあ、お園。茅ヶ崎は日本で初めてロケット火薬実験が行われた場所だって知ってたか? あそこには海軍の砲術学校辻堂演習場があって村田勉博士とかいう人が昭和九年(1934)に何だかやらかしたらしいな。聞いた話だと加山雄三さん家の目の前だったらしいぞ」

「そも、如何でかは斯様な所でロケットを飛ばさなきゃならなかったのかしらねえ?」

「元を辿れば江戸幕府が享保十三年(1728)にこの辺りに相州炮術調練場とやらを置いたんだとさ。今でも…… って言うか、二十一世紀にも鉄砲道っていう名前が残ってるくらいなんだもん」

「ふ、ふぅ~ん。鉄砲道だなんて物騒な道もあったものねえ」

「広い世界には電車道とか馬車道とかいろいろあるんだよ。だって全ての道はローマに通じてるんだもん」


 二人がそんな阿呆な話をしている間にも船は平島の脇を掠めると相模川の河口沖を進んで行く。視界の先には大磯ロングビーチがどこまでも広がってきた。


「前にも言ったけど、ここ大磯には明治十八年(1885)に日本初の海水浴場が開かれるんだぞ。歴代の総理大臣八人を始めとして各界の著名人も住んでいた凄い所なんだ」

「そう、良かったわね。だとすると、もしかして土地の安い今のうちに買い占めておけば大儲けできるかも知れないわよ」

「うぅ~ん。なんだか金の匂いがしてきたな。帰ったら藤吉郎に相談してみようか」


 大作は慌てて心の中のメモ帳に書き込んだ。




 秋の日はつるべ落とし。徐々に日が傾いてくる。まあ、今は真冬なんだけれども。

 船が酒匂川の沖を通り過ぎるころには太陽が箱根山系の陰へ完全に隠れてしまった。

 これはもう駄目かも分からんな。いやいや、諦めたら試合終了じゃんかよ。大作は頭を激しく振って嫌な考えを頭から追い払う。

 辺りが薄暗くなり、大作が諦めの境地に達したころ船はどうにかこうにか小田原の海岸に滑り込んだ。

 梯子を伝ってえっちらおっちらと砂浜へ降りる。いったい何処から集まってきたのだろうか。辺りには十重二重と黒山の人だかりが取り囲んできた。


「おお、御本城様! よう、ご無事に戻られましたな。ところで儂の倅、四郎左衛門の姿が見当たりませぬが如何致しましたかな?」


 突如として掛けられた声に振り返ると見知らぬ爺さんが小首を傾げている。


「え、えぇ~っと…… 失礼ですがそういう貴方はどちら様でしたかな?」

「大佐。此方は山角定吉様よ。御馬廻衆で軍奉行をされておられる山角康定様のお父上じゃないの。前にお会いしてるわよ。もしかして忘れちゃったのかしら?」

「あ、あぁ~っ! あの山角さんですか。はいはい、覚えていますとも。んで、四郎左衛門がどうしたかですって? あのお方ならアレですな、アレ。えぇ~っと……」


 助けを求めるようにお園の顔色を伺う。だが、返ってきたのは例に寄って屠殺場へ送られる家畜を見るような冷たい目付きだ。

 これはもう駄目かも分からんな。どうでも良くなった大作は考えるのを止めると心底から悔しそうに顔を歪めた。


「もろちん…… じゃなかった、もちろん。今回の調査で我々は…… いや、今回も……… くっ……」


 そこで目一杯にタメを作ると魂を振り絞るように切なげなうめき声を上げる。


「なんの成果も! 得られませんでしたぁ~!」

「そ、そうなの? 私たちいろんな物を食べたわよ。川魚とか草片(くさびら)とか。どれもとっても美味しかったじゃないの」

「いやいや、マジレス禁止。まあ、此度の戦で死人は出ておりません。四郎左衛門殿とやらもその内に帰ってくるんじゃないですかな? 知らんけど」

「さ、左様にございまするか。それを伺って安堵致しました」


 そんな答えで納得したんだろうか。爺さんは急に安心したような顔になると黙って引っ込んだ。

 だが、捨てる神あれば拾う神あり。代わって人混みから見知った顔が現れた。


「おめでとうございます、大佐。お味方の大勝利にございますな。お陰様で瓦版新聞の売上も鰻登りに伸びておりますぞ」

「見て見て、大佐。猫の赤ちゃんが食べられるラーメンと毬藻ができあがったわよ。食べてみる ねえ、食べてみたいでしょう?」

「私はリュートの新しい曲が退けるようになったわ。聴いてみたい? ねえ、聴いてみたいでしょう?」


 雁首を揃えて並ぶ藤吉郎、美唯、ほのかの三人が口々に言いたいことを話し出す。


「どうどう、餅つけ。お前らいったいどないしたん? こんな所で?」

「お迎えに参上仕りました。皆様方が城にてお待ちにございますぞ。土産話を伺おうと首を長くしておられます」

「そ、そうなんだ。でも今日は疲れてるからゆっくり休みたいんだけどなあ。できれば……」

「ささ、こちらでございます。手を煩わせないで頂けますかな?」


 有無を言わせぬ勢いの藤吉郎に迫られた大作は黙って連行されることしかできなかった。




 三十分後、小田原城の本丸に再建された天守の一角で大作は萌の審問を受けていた。


「それで? ミニエー銃のコンバット・プルーフは無事に成功したのかしら?」

「なんの成果も! 得られませんでしたぁ~!」


 大作は悪びれもせず同じネタを二回使う。だって繰り返しはギャグの基本なんだもん。

 だが、萌は完全にスルーするつもりのようだ。渾身のネタをガン無視すると言葉を続けた。


「そうは言っても小田城は落とせたんでしょう? 瓦版新聞にはそう書いてあったわよ」

「いや、あの、その…… 新聞に書いてあることなんて嘘ばっかりだぞ。聞いた話だとサツキやメイが早まっちまったみたいでさ。手順を無視して初手からテレピン油のロケット弾攻撃を行っちまったらしいんだ。だもんで俺が寝坊してる間に全部燃えちまったんだそうな。本当に参っちゃうよなあ」

「うぅ~ん…… 大作、あんたには失望したわ。まさかミニエー銃を使わずに小田城を落としちゃうとはねえ。こうなったら里見攻めの計画を見直すしかないのかしら」

「俺、思ったんだけどさ。戦いは何も生み出さないぞ。争いなんか止めて平和共存の道を模索してみるのも面白いかも分からんぞ」


 改めて考えてみれば豊臣や里見にこれといって恨みがあるわけでもない。何の因果で殺し合わなきゃならんのだろう。大作は前から疑問に思っていたことを萌にぶつけてみた。

 だが、返ってきたのは半ば予想通りの答えだった。


「やるなら早くしなさいな。でなければ帰れ!」

「帰るってどこに? って言うか、いまやろうと思ったのに言うんだもんなぁ~!」


 大作は小さくため息をつくと里見攻め計画の焼き直しに取り掛かった。取り掛かったのだが……




 翌、正月十七日は弓始めだった。これは所謂、流鏑馬(やぶさめ)という奴だ。

 鎌倉時代から連綿と続く伝統行事だが十七日に行うと決まったのは室町時代の中期からだそうな。

 ちなみに寛正六年(1465)の『親元日記』や大永五年(1525)の『年中定例記』によると夕方以降の遅い時刻に行われていたらしい。

 何の因果でこの糞寒い季節、しかも照明も無いのに夜になってからやらねばならんのだろう。謎は深まるばかりだ。


 それはそうと流鏑馬と言う言葉には馬という字が入っている。だから騎射なんだと思っていたのだが…… 正月行事の流鏑馬は基本的に徒歩で矢を射るんだそうな。

 騎馬で矢を射るという実戦形式ではなく、正月の弓始めという物はその年の吉凶を占う為にやっているんだとか。だから騎射する必要はこれっぽっちも無いらしい。


「それにしても徒歩の流鏑馬って変な話だなあ。そんなんが許されるんなら『刮目して聞け!』とか『ドイツに渡米』とかもアリなんじゃね?」

「どうなのかしらねえ。とにもかくにも大佐、とっとと矢を射っちゃいなさいな」

「いやいや。俺は御本城様なんだぞ。それにこれからは鉄砲の時代なんだしさ。って言うか、そもそも流鏑馬で矢を射るのは御本城様の仕事じゃないだろ? だよなあ?」

「いいから早く射なさいな。『射るなら早くしろ。でなければ帰れ!』よ」

「はいはい。射れば良いんだろ、射れば。いま射ろうと思ったのに言うんだもんなぁ~!」


 わけの分からない不思議な義務感に突き動かされながらも大作は黙々と矢を射つ。

 だが、生まれて初めて射る矢はさぱ~り的に当たらない。とは言え、大事な正月行事を途中で止めるわけにも行かない。

 これって何だか罰ゲームみたいだなあ。って言うか、こんなので本当に吉凶なんて占えるのか? そもそも占いなんて迷信じゃんかよ。


「うがぁ~! やってられんわぁ~!」


 この年、諸般の事情もあって小田原における流鏑馬の吉凶判断は行われなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ