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巻ノ参 コミュニケーションスキル の巻

 そもそもここは何時代なのだ? 大作は娘と男を観察する。


 男は月代(さかやき)の無い総髪。ポニーテールみたいな茶筅髪(ちゃせんまげ)だ。

 この髪型は幕末に流行して坂本龍馬や近藤勇、徳川慶喜など様々な人がしていた。

 室町時代までは男性庶民の一般的な髪型だった気がする。


 武士が月代を剃る習慣が出来たのは戦国時代に兜を被る機会が増えたせいらしい。

 江戸時代からは庶民も月代を剃っていた。

 烏帽子は乗せていない。鎌倉から室町前半にかけては庶民ですら被り物がないと恥だったそうだ。

 博打で負けて身ぐるみ剥がされた男が烏帽子だけは勘弁して欲しいと懇願する話を聞いた事がある。


 娘は(まげ)を結っていない。セミロングくらいに伸ばした髪を巻いているようだ。

 垂髪(たれがみ)というやつだろう。ターバンみたいなのは桂包(かつらづつみ)と言っただろうか。


 大作はここが室町時代かそれより前だと推測した。少なくとも江戸時代っぽくは無い。


 幾分かは冷静さを取り戻した大作は方針を決める。

 味方が一人もいない状況で敵を作るのは全力で回避したい。

 できるなら二人とも味方にしたいくらいだ。

 方針が決まった以上、まずはコミュニケーションの確立だ。


 ヒューマンコミュニケーションにおいては表情や身振り手振りといった非言語コミュニケーションも重要な要素を持つ。

 特に今のようにお互いの信頼関係が全く無い状況では。


 大作は馬鹿にしていると誤解されないよう注意しながら無理やり笑顔を作った。

 口角を上げ、目を細める。緊張で頬がピクピクした。

 上手に笑えた自信はなかった。だが男が驚愕した表情で一歩引き下がったのは予想外だった。


 つい先ほどまで殺意を隠そうともしていなかった大作がいきなり笑ったのだ。

 男が驚くのも無理は無かったのだが大作はそこまで気が回らなかった。


 大作は右手のスタンガンを尻のポケットに入れる。

 ただし左手の催涙ガススプレーは臨戦態勢のままだ。

 そして敵意が無いジェスチャーとして手のひらを開いて胸の前でひらひらとさせた。


 大作は余り考えなしにこのジェスチャーを行ったが異なる文化圏で安易な身振り手振りは危険だ。

 親指や中指を立てただけで喧嘩になるような文化圏はたくさんある。

 幸いなことに男はこのジェスチャーに特に注意を払わなかった。


 まずは会話の主導権を握ろう。

 大作は右手の中指と薬指の間を開き、手のひらを男に向ける。

 そして精一杯の穏やかな声で言った。


中午好(ヂョンウーハオ)。争いは不毛だ。文明人らしく話し合いで解決しよう」

「いさ、()方無(かたな)し」


 男は『こういう時、どんな顔をすれば良いのか分からないの』という顔をしている。


 言語によるコミュニケーションが困難ってレベルではない。

 タイムスクープハンターになった気分だ。

『神様、お願いだから助けて!』と大作は心の中で必死に神に祈った。

 神様って三回くらいはお願いを叶えてくれるのが相場だろう。

 タイムスリップと女の子で二回だとしても最低あと一回は行けるんじゃないか。

 言葉が通じないのは不便すぎる。マジで神様、なんとかして欲しい。


 とりあえず時代劇っぽく言った方が良いのだろうか? 大作は口調を変えてみる。


「こんな小さな娘っ子を大の大人が大声出して追っ掛け回すとはどういう了見でぃ!」


『似合わねぇ~』と大作は心の中で自分に突っ込む。

 男は憮然とした様子で言い返す。


「儂は甲斐の国よりて弾左衛門様のところにそこな(めのこ)を連れ行くにごろなり。(さまた)ぐとあらばやるまいぞ」


 言語によるコミュニケーションに成功!

『神様ありがとう。ぼくにコミュニケーション能力をくれて』

 交渉はまだ始まってもいないというのに大作は肩の荷を降ろした気分だった。


「それにしちゃあこの娘、随分と怯えているじゃあねえか。どっかから拐かしてきたんじゃああるめえなぁ?」

「拐かしなどせざりたり。この娘は武田様が戦の折りに捕らえたる者なれば、儂が金出だして買ひき者にまま違ひなし」


 大作は『ゲ○戦記かよ!』と思った。

 ここが戦国時代である可能性が非常に高まった。

 萌が知ったら絶対に悔しがるだろう。

 意外と萌は1930年代のドイツに行っているのかも知れない。

 そうだと決まったわけでもないのに羨ましいと大作は思った。


 人身売買は平安中期の奴婢廃止令で公式には禁止されたはずだった。

 だが実際にはその後も人身は収まらなかったようで鎌倉幕府も嘉禄元年(1225)に人身売買禁止令を出している。

 その後も南北朝時代の混乱、統治能力の不足した室町幕府が続く。

 戦国時代になると乱取り(らんどり)と呼ばれる奴隷狩りが横行した。

 九州の奴隷輸出が有名だが信玄や謙信など名立たる大名も普通にやっていたらしい。

 この時代においてはごく一般的な商取引に過ぎないのだ。


 だが大作としてはここで『はいそうですか』と引き下がる訳にはいかない。

 ようやく巡ってきたフラグ構築のチャンスなのだ。

 これを逃せば次はいつになるのか。そもそも次のチャンスがあるのかすら判らない。


 やはり戦うしか無いのか。この人買いはともかく、弾左衛門様とやらまで敵に回す可能性は無いか。死体はどうやって始末する。そもそも戦って勝てるのか。娘はそれを見て引かないだろうか? 娘のためとはいえ、平然と人を殺しておいてフラグが立つだろうか? 別に殺さなくてもよいのでは? でも殺さなかったら追っかけて来るのでは?


 脳が処理能力の限界を越える。

 大作は考えるのを止めた。


「あんた、この娘を幾らで買った?」






 バック・トゥ・ザ・フューチャー2というタイムマシンを扱った映画がある。

 その中でドクという男がどの時代に行っても困らないよう、あらかじめ様々な年代の紙幣を用意していた。


 大作はそれを見た瞬間、このアイディアは使えると確信した。

 そして中学校に上がった頃に入学祝いやお年玉貯金をはたいて銀を二キログラム購入したのだ。

 親戚に銀細工屋がいたので頼み込んで四十三匁(約百六十一グラム)に切り分けてもらった。

 一グラムあたり六十円ほどだったので十二万円くらい掛かったが大作は大いに満足したのを覚えている。

 四十三匁の銀塊が十二個。それが大作の全財産だった。






「銭二貫文なり」


 男は胡散臭そうな顔をしながら答えた。


 大作は当時の通貨制度に関する記憶を必死に思い出そうとした。

 だが残念ながらさっぱり思い出せない。

 頭の回転が速くて記憶力も人並み以上な大作だが興味の無いことはすぐ忘れてしまうのだ。

 なぜ銀を四十三匁に切り分けたのかも全く記憶に無い。


「銭一貫文が四千文だったっけ?」


 口に出してしまった瞬間に男が目を剥いて驚いてるのに気付き大作は激しく後悔する。

 肩越しに娘もがっくりと項垂(うなだ)れているのが分かる。


「一両は銭二貫文?」


 大作は腰の辺りを掴む娘の手が震えているのに気付く。

 男の視線が呆れ果てたといった感じに変化する。

 そんな目で俺を見るな。そもそも昔の貨幣制度が複雑すぎるのが悪いんだと大作は思う。


 たとえば甲斐武田の甲州金は四進法と二進法の組み合わせだ。

 一両=四分 一分=四朱 一朱=朱中×二 朱中=糸目×二 糸目=小糸目×二 小糸目=小目糸中×二

 いったい誰がこんな馬鹿げたシステムを構築したんだろう。

 二十一世紀になってもヤードポンド法を使っている国もまだまだあるくらいだし文句を言ってもしかたない。


「銭一貫文は千文なり。銭二貫文は銀十両なりや」


 見かねた娘が小声で答える。


「分かっておったわ。おぬしらがグルではないか試しただけじゃ」


 大作は精一杯の言い訳をしながら二人に交互に目を向ける。

 二人とも非常に疑わしげな目をしている。

 そんな視線を務めて無視して大作は問いかける。


「それで銭二貫文は銀だと何匁になるのじゃ?」


 娘の視線が『駄目だこいつ…… 早く何とかしないと……』に変わる。

 『早く何とかしたいのはこっちだよ』と大作は思う。


「銀四十三匁なり。分かりせばとうとう、いづちへも行け」


 男は吐き捨てるように言うと一歩距離を詰める。


 だが大作はそれを聞いてようやく思い出した。

『謎はすべて解けた!! そのために四十三匁に切り分けたんだ!』

 中学生の頃の大作は戦国時代にタイムスリップした場合を最重要視していた。

 それさえ分かればこっちのものだ。

 大作はバックパックから銀塊を一個取り出すと男の目の前に差し出す。


「これで良いかな?」

「え~~~!」


 娘が大声を上げる。

 耳が痛い。大作は思わず顔を顰める。


 男は一瞬虚を突かれたがすぐに気を取り直す。


「甲斐よりの道中の関銭やら路銀が掛かりたるけれ。此にては足らず」


 それはもっともな話だと大作は思う。

 ここは大佐に肖ろう。

 バックパックから銀塊をもう一個取り出して差し出す。


「僅かだがこれは心ばかりのお礼だ、とっておいてくれたまえ」


『しまった、値切らなきゃ!』

 差し出してから気付いたがもう遅い。

 エロゲーに換算したら一本くらいだと思って気軽に払ってしまった。

 こんなにあっさり出したら幾らでも出てくると思われる。

 せめてこれ以上要求されないようにしなければ。


「これですっからかんだ。もう一文も持ってない」


 信じるか分からないが大作はこれ以上は一文も払うつもりが無いことを表明する。


 男は欲深く無いのか、そもそもそれくらいの利益で満足したのか分からないが銀塊を受け取る。

 そして穴の開くほど観察し、匂いを嗅ぎ、舐めた。

『おまえは岸辺○伴かよ!』と大作は心の中で突っ込んだ。


「何とやら、(まこと)の物なり」


 当たり前だ。というか舐めた物を返品されても困る。とりあえず取引成立らしい。


「りょ、領収書もらえますか?」

「りょうしゅうしょ? 証文のこなど?」


 男は懐から小さく畳んだ紙を取り出すと差し出した。

 受け取って開いて見るがミミズののたくったような字が書いてあって読めない。

『読めない!! 読めないぞ!!』

 これはたぶん大佐でも読めないだろう。そもそも文字なのかも分からない。

 娘に渡して確認してもらおうと大作は思った。


「これに相違ないな?」

「すは、しつるは!」


 とりあえずこの娘は字が読めるらしい。

 コミュニケーションは大変そうだが。


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[気になる点] 時代考証かなんか知らんが、ライトノベル如きに悩ます会話使うな。
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