表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
299/516

巻ノ弐百九拾九 許すな!アルハラを の巻

 七草粥を食べ終わった大作とお園は丁寧に食器を洗うと台所へと返した。

 お茶を飲んで一休みした後、連れ立って戦場視察と洒落込むことにする。風魔小太郎に頼み込んで相州乱波を十名ほど護衛に付けてもらった。


 手子生(てごまる)城を後にした二人は輪形陣に展開した護衛チームに守られながら北東を目指して進む。


「急に護衛なんてお願いして申し訳ありませんねえ。ひょっとすると、他に何かもっと大事な用事とかあったんじゃないですか?」

「滅相もないことでございます。御本城様の御身に万一の凶事あらば何と召されまするか」

「いやいや、だから護衛をお願いしてるんですけどね。まあ、なるべくなら楽しい時間を過ごすと致しましょうや」

「さ、左様にございまするか……」


 どこまでも田畑の広がるだだっ広い平地のど真ん中を道なりに進んで行く。

 黙っていると間が持たないなあ。大作はバックパックからサックスを取り出すと適当に吹き鳴らす。それに合わせてお園も即興で適当に歌う。

 相州乱波たちは不思議そうな顔をしていたが空気を読んで黙って聴いていた。


「ねえ、大佐。ジャムとセッションとジャムセッションってどう違うのかしら?」

「と、唐突に何を言い出すんだ? ジャムっていうのはパンとかに塗る奴だろ。んで、セッションっていうのはOSI参照モデルの第五層だな。アプリケーション層プロトコルで通信の開始から終了までを指す……」

「私は忠実立(まめだ)って尋ねてるのよ! 等閑(なおざり)なことを言わないで頂戴な!」

「いやいや、ちょっとした時間稼ぎのジョークじゃんかよ。えぇ~っと…… あったあった。ジャムっていうのは何も決めておかずに誰かが何かをやり始めたら後から合わせることを言うみたいだな。別に曲をやるって決まってるわけでもないらしいぞ。んで、セッションっていうのは…… 曲を題材にして自由に演奏することだ。本来の意味はスタジオミュージシャンとかがレコーディングに呼ばれた先で演奏することを言ったそうな。ミュージシャン同士でライブ演奏することもそう呼ぶらしい。ジャムセッションっていうのは二つをくっ付けたものだ」

「ふ、ふぅ~ん。何だか分かったような、分からんような。言葉の意味は良く分からんけど、何だか凄い自信ね」


 そんな答えで納得してくれたんだろうか。お園の顔がぱっと綻んだ。相州乱波たちも安堵の吐息を漏らす。

 まるで見えない垣根が取っ払われたように相州乱波たちも歌や踊りに参加してくれた。




 チンドン屋みたいに大騒ぎしながら半時間ほど歩いて行くと桜川が見えてきた。

 大作たちは小田城の真南にある小高い丘の上から望遠鏡で敵の様子を観察する。観察したのだが…… さぱ~り分からんのですけど。


「地図を見た感じだとアレが宝篋山とかいう山らしいな。南西尾根の麓に東西一キロ、南北七百メートルくらいの平山城があるはずなんだけど。現代…… って言うか、二十一世紀には水田が広がっているところが、この時代には湿地帯だったんだなあ」

「お城の周りには幾つも水堀があるわねえ。アレを攻めるだなんて随分と苦労しそうよ」


 大作はスマホを取り出すと資料写真を何枚か撮影する。ついでにお園や相州乱波たちと一緒に記念撮影をした。

 城の中心部には土塁や濠に囲まれた東西百二十メートル、南北百四十メートルほどあるという四角い主郭が見える。

 城の北に大手門があるそうだがこちらからは見えない。西、東、南の隅には背の高い櫓台が建っていた。周囲の郭には馬出しやら帯曲輪、濠だの土塁だの喰違い虎口、丸馬出しやら枡形、エトセトラエトセトラ。わけがわからないよ……


「さすがは常陸国守護の城だけあって立派な造りだなあ。小田氏治が意地になって取り返したくなるはずだぞ。んで、樋ノ口とやらはあの辺りなのかな。遮蔽物が何一つとして無いぞ。かと言って湿地帯だから塹壕を掘るのも難しそうだしさ」

「だったら川を挟んで戦えば良いんじゃないかしら。ほら、第二次長州征討の石州口の戦いで益田川を挟んで撃ち合ったみたいにね。ミニエー銃の長射程を思う存分に活かせるわよ」

「うぅ~ん、そんなに上手く行くもんじゃろか。とは言え、他に良いアイディアを思いつかんしな。それで行くしか無さそうだ。史実通り小田方の軍勢に攻めて貰って敵を引っ張り出す。俺たちはそいつを横から狙い撃ちしよう。味方を撃たん様に注意せにゃならんけどな」

「梶原兄弟はそれで良いとして片野城からやって来る太田資正とやらはどうするのよ? 県道53号つくば千代田線っていうのは何処の辺りを通っているのかしら」

「目の前の街道がそうだよ。東に半里ほど行くと山道になってるのが見えるだろ? あの出口を先に押さえられれば楽勝だな。そっちは御馬廻衆の連中に任せるとしよう。馬鹿どもには丁度よい目眩ましだ」


 これにて一件落着。大作は小田城攻めを心の中のシュレッダーに放り込んだ。

 桜川に沿って南東へと進む。小一時間ほど歩くと川の対岸に藤沢城が見えてきた。小田城から東へ三キロといったところだろうか。

 川辺の湿地帯から少し離れた北の台地上に八百メートル四方はありそうな広大な城が建っていた。東西には谷、北には空堀や土塁によって周囲から隔絶されている。これって小田城なんかよりずっと強固な要害なんじゃなかろうか。


「あそこには行かなくても良いのかしら? あのお城だってとっても大事な所なんでしょう?」

「そりゃまあそうだけどさ。でも川の向こう側だぞ。橋も掛かっていなけりゃ渡し船もいないみたいだし。またの機会にしておこうよ」


 またの機会なんて永久に訪れないだろうけどな。大作は心の中で呟くが決して顔には出さなかった。




 物見遊山の旅を終えた大作たちが手子生城に戻ったのはお昼を少し回ったころだった。

 女子挺身隊や国防婦人会、御馬廻衆の面々は物資輸送の手伝い、陣地構築の準備、周辺地形の実地調査、エトセトラエトセトラ。みんなとっても忙しそうに働いている。

 そんな連中を尻目に二人は本丸へと戻った。昨日の板間に着いてみれば天庵(小田氏治)や彦太郎(小田守治)、八田左近たちが地図を囲んで何やら話し込んでいる。みんな何だかとっても難しそうな顔だ。


「如何なさいましたかな、天庵殿。って言うか、おやおやおや。それって猫ちゃんではないですか?」

「猫? ああ、虎丸のことじゃな。今年七つになる雄猫じゃ。ほれ、挨拶せい」

「にゃ~あ」


 氏治に頭を撫でられた虎猫が真ん丸な目でこちらを伺いながら小さな鳴き声を上げる。

 こいつ…… 動くぞ! 大作はドキッとしたが必死に平静を装う。


「これってもしかして天庵殿の肖像画に一緒に描かれている猫ちゃんですか? ネットで見たことありますよ。ほら、これこれ」


 大作はスマホに例の有名な肖像画を表示させる。それにチラリと目をやった小田氏治は途端に上機嫌な顔になった


「おお、此れが虎丸じゃ。よう描けておるじゃろう」

「やっぱそうでしたか。そう申さば小田原でも猫を飼っているんですよ。ほら、こんな感じの雄の三毛猫にございます。如何ですか? とっても可愛いでしょう?」

「か、顔映(かほは)ゆし? いやいや、左京大夫殿の猫も中々に麗しい猫じゃが儂の猫には敵わぬじゃろう。此奴は名を呼ばれるとちゃんと返答を致すのじゃぞ。なあ、虎丸」

「にゃ~あ」


 ドヤ顔の虎猫が顎をしゃくる。

 本気(マジ)かよ! こんなこと小次郎にできたっけ? いやいや、どう考えてもあいつには無理な芸当だ。

 とは言え、負けを認めるのは嫌だなあ。安っぽいプライドを刺激された大作は無い知恵を必死に振り絞る。ポク、ポク、ポク、チ~ン しかしなにもおもいつかなかった!


「ギブアップです、天庵殿。お宅の猫ちゃん、虎丸殿のお利口さんぶりには感服仕りました。うちの小次郎に爪の垢を煎じて飲ませたいですな。そうそう、猫の爪と申さば天庵殿は如何して猫の爪を切っておられますか?」

「つ、爪切りじゃと? もしや左京大夫殿は猫の爪を手ずから切っておられるのか?」

「そりゃそうですよ。前足はともかく後ろ足なんて切ってやらないとどんどん伸びちゃいます。肉球に食い込んじゃったら痛そうですからね。これを見て下さいな。うちではこういうギロチンタイプの爪切りを使っておりますぞ。この穴の中に爪を入れてから切ってやるんですよよ。これならハサミタイプと違って爪が割れたりし難いんですよ。慣れないとちょっと怖いですけどね。それに気を付けないと深爪になりやすいんですし。そうだ! 此度の戦のお礼に一本プレゼントさせて下さいな。お贈りしますんで是非使って下さいな。ね? ね? ね?」


 大作はスマホにギロチンタイプの猫用爪切りの画像を表示させる。小田原の鍛冶屋に大金を払って作らせた逸品だ。


「うぅ~む、何とも面妖な形をしておるな。然れど斯様な物で真に猫の爪が切れるのかのう?」

「天庵殿。信じようと信じまいと、これは事実なのです。って言うか、未唯はこれで毎週のように爪を切ってるんですぞ。天庵殿! 拙僧を信じないで下さい、拙僧が信じる未唯を信じて!」

「み、未唯?」

「気になるのはそこかよ~!」


 それほど広くもない板間に大作の絶叫が響き渡り小田氏治や守治、八田左近たちが揃って顔を顰めた。




 その日の夜、手子生城の本丸において盛大な歓迎の宴が催された。

 女子挺身隊や国防婦人会、御馬廻衆の連中にもご馳走とまでは行かないがそこそこ良い夕餉が饗される。

 兵たちの士気でもチェックしておこうかなあ。大作はみんなのところをご機嫌伺いに回った。


「やあやあやあ、サツキにメイじゃないか。今日はどこで何をしてたんだ?」

「あのねえ、大佐。私たちは桜川の南側に防御陣地を構築するっていうとっても大事なるお役目を果たしたのよ。大佐みたいに遊んでたわけじゃないんですからね」

「いやいや、遊んでたなんて失礼なこと言うもんじゃないぞ。それに仕事ばかりで遊ばないと今に気が狂っちゃうんだ。働きアリの法則ってあるだろ? パレートの法則とか80:20の法則とも言うな。アレがアレすると……」

「はいはい、御託は結構よ。明日はちゃんと大佐も役に立って頂戴ね」

「ぜ、善処致します……」


 引き攣った愛想笑いを浮かべた大作は力なく呟くことしかできなかった。




 逃げ去るようにサツキやメイたちの元を後にした大作は板間へと戻る。


「おお、左京大夫殿。漸くお戻りになられましたな。ささ、まずは一献」


 目敏くこちらの姿を認めた小田氏治が巨大な盃に溢れそうなほど酒を注ぐとにじり寄ってきた。

 だが、このような事態はとっくの昔に想定していたことだ。大作は少しも慌てず騒がず懐を弄る。取り出したのは保健・医療推進センターが配布していたアルハラカードだった。


「いや、あの、その…… 天庵殿。日本人の四割はアルコールを代謝するアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)の活性が低いか全く無いんですぞ。そういう人にアルコールを強要するのは大変危険な行為とか何とか。傷害罪、傷害致死罪、傷害現場助勢罪などに問われる可能性すら……」

「まあまあ、そう申されまするな。それとも、儂の酒が飲めぬと申されるか?」

「いや、だから、んがんぐ……」


 例に寄って例の如く無理矢理に酒を飲まされた大作の意識は中途半端なところで途切れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ