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巻ノ弐百九拾 母の名は。 の巻

 翌日、大作たちが朝食をとっていると例に寄って例の如く見知った顔が現れた。

 小田氏治の長男、小田友治(八田左近)と御馬廻衆の筆頭、山角康定(上野介)の二人だ。


「これはこれは上野介殿、朝も早うから如何なされましたかな?」

「御本城様、今朝の瓦版新聞を拝見仕りましたぞ。皆人が我らの(いたず)きを知ることになるとは心ときめく思いにございまする」

「あの飛行機とやらは小田城を取り返す折にも必ずや用に立つことにござりましょう」

「そ、そうかも知れませんな。そうじゃないかも知れませんけど」


 二人の勢いに気圧された大作は思わず半歩だけ後退る。とは言え、ここで諦めたら試合終了だ。それだけは避けねばならん。絶対にだ!


「時にお二方はエアランド・バトルという言葉をご存知でしょうかな? 現代戦において戦場を支配するには航空機による制空権の確保が不可欠と言えましょう。そう、航空機は戦争のあり方を根底から変えてしまうのです」

「左様にござりまするな。人が空を飛ぶとは真に驚かしきお考え。慌てふためく敵の顔が目に浮かぶような」

「小田城攻めには如何ほど参らせ給われますでしょうか。今は未だ、三機しか支度が出来ておらぬと聞き及んでおりますが?」

「それは敵の出方にもよりますな。現時点では佐竹方に航空戦力は確認されておりません。三機あれば十分かも知れません。十分じゃないかも知れませんけど。さて、それでは今日も飛行訓練に励むといたしましょうか」


 大作はお碗に残ったご飯を口に放り込むとお膳を持って立ち上がる。お園と一緒に台所へ行って丁寧に食器を洗って返した。




 その後は昨日と代わり映えのしない退屈な飛行訓練が続く。山角康定だけならともかく、八田左近にまで纏わり付かれては流石の大作も脱出することができない。仕方がないので真面目に訓練に付き合うことにした。


「お園、無理に機首を上げるな! 失速するぞ!」

「分かってるわよ、だけども機首を上げなきゃ…… ぐぇ!」

「あぁ~あ、だから言わんこっちゃない。大丈夫か?」

「え、えぇ…… 大事無いわよ。私の頭は親方の拳骨より固いんですから」


 そんな阿呆な遣り取りをしながらも飛行訓練は続く。続くと思われたのだが……


「ねえ、大佐。私めは何だか飽きてきちゃったわ。そろそろ動力飛行に移れないのかしら」

「未唯もよ。もう訓練は飽き足りたんじゃないかしら。何時でも飛べると思うんだけどなあ」

「いやいや、古代ローマ人も言ってるぞ。訓練で汗を流しておけば実戦で血を流さずに済むってな」

「何を言ってるのよ、大佐。今は十二月の真冬じゃないの。誰も汗なんて流すはずも無いわ」


 で、ですよねぇ~! 大作は心の中でガッテンボタンを連打する。

 だが、その時ふしぎなことが起こった。背後から人の気配が近付いてきたのだ。気付いた大作が後ろを振り返ると見知った顔が立っている。背後には重そうな荷物を背負った何頭もの馬が並んでいた。


「あら、大作ったらこんなところにいたの。精が出るわねえ。どう? 飛行訓練の方はちゃんと進んでいるのかしら」

「おう、萌じゃんかよ。お前こそどういう風の吹き回しだ? こんなところにお出ましとは珍しいこともあったもんだな」

「感謝しなさいな。メインエンジンとロケット補助推進離陸(RATO)の燃焼試験が一通り完了したのよ。だからわざわざ私が持ってきてあげたんですから」

「ま、本当(マジ)かよ…… やけに早かったな。ちゃんとテストしたんだろうな? 爆発とかしたら怖いぞ」

「あのねぇ~! そんなはずが無いでしょうに! って言うか『私、失敗しないので!』よ。んで、どれを飛ばすのかしら?」


 萌が馬子たちに身振り手振りで荷物を降ろすように指示を出す。

 いったいどこから現れたのだろうか。山角康定が人足を引き連れてやってくるとロケットを担いで素早くどこかへ立ち去った。

 その様子を伺っていた小田原少女飛行隊の三人娘が次々に口を開く。


「ねえねえ、大佐。もしかしてもしかするとすぐに飛べるのかしら? ねえ、飛べるんでしょう?」

「未唯、そんなにすぐに飛ぶことになるとは思ってもいなかったわ。だからまだ心構えができていないんだけど……」

「わ、わ、私めも今はちょっと勘弁して欲しいかも知れないわねえ。明日か明後日にしてもらえたら助かるんだけどなあ」

「あのなあ…… お前らさっきまでと言ってることが丸っきり正反対じゃんかよ。訓練は飽き飽きだったんじゃなかったのか? 小田原飛行少女隊が聞いて呆れるぞ」


 大作は小田原少女飛行隊の余りの豹変ぶりを心の中で嘲り笑う。図星を指された三人娘はちょっとイラっときているようだが本当のことなので反論することもできない。照れ臭そうに頭を掻くのが精一杯といった顔だ。

 そうこうする間にも大勢の人足たちの手で滑空機…… じゃなかった、メインエンジンとRATOを搭載した航空機が運ばれてきた。


「おや、上野介殿。もう完成していたんですか? 数日は掛かると聞いておりましたが」

「萌殿がロケット弾や滑空爆弾用の固体ロケットの標準規格を定めて下さりました。此れを束ねて用いれば良いと申されましてな。お陰様で設計や製造、テストの手間を大きく縮めることが叶いました。それに滑走路が不要になったことも大きゅうございますな」

「か、滑走路を使わないですと? そんな話は聞いておりませぬぞ。カタパルトは使えぬと申し上げましたな? 滑走路なしで如何にして離陸速度を得るおつもりで? 此度の航空機はVTOLじゃないんですけど」


 余りにも予想外の成り行きに付いて行けない大作は思わず助けを求めるように萌の顔色を伺う。だが、返ってきたのは例に寄って人を小馬鹿にしたような薄ら笑いだった。


「それはねえ、大作。ゼロ距離発進(ZELL)を使うのよ」

「ぜ、ぜる?」

「知らざあ言って聞かせてあげるわ。ZELLっていうのは冷戦下に検討、実験が行われた戦闘機の発進方法よ。敵は開戦と同時に滑走路を狙ってくるでしょう? だけどもし滑走路が破壊されても戦闘機を発進させて作戦行動と可能にする必要があるじゃない。そこでRATOを使ってF-84GやF-100D、F-104Gなんかを滑走路無しで離陸させようとしたのよ。RATOにはマタドールっていう巡航ミサイル用のブースターを転用したそうね。ちなみに着陸に関しては割と強引だったらしいわ。F-84Gはアレスティングフックで減速してゴムマットで受け止めるつもりだったんですって。F-100Dの時はそんなの無理だと思ったんでしょうね。機体を捨ててパラシュート降下するつもりだったみたいよ」

「ふ、ふぅ~ん。高価な戦闘機を消耗品扱いするとは随分と勿体無い話だなあ。まあ水上機の晴嵐なんかもフロートを捨てた後は着水できないから機体を使い捨てにするしかなかったらしいけどさ。だけど俺の…… 俺たちの航空機はどうやって着陸させるんだ? って言うか、俺たちの航空機って名前はまだ無いのかなあ?」


 大作の口から突如として新たな疑問が飛び出す。だって史上初の動力飛行に成功した機体の名前が『航空機』だと格好が付かないんだもん。

 だが、それまで黙って話を聞いていたお園が口を挟んできた。


「確かライト兄弟のお作りになった航空機もFlyerって名前だったんじゃなかったかしら? Flyerって空を飛ぶ物ってことだから航空機って言ってるのと同じよ。だったら私たちの航空機の名前も航空機で良いと思うんだけれど」

「いやいや、あれの正式名称は『Wright Flyer号』なんだぞ。日本語で言えば『ライト式飛行機』みたいな感じじゃね? ちなみに揚げ物調理器はfryer、チラシやビラはflierだぞ。間違い易いから気を付けてくれ。あと、friarは托鉢修道士だな」

「ふ、ふぅ~ん。そういえば戦艦バウンティ号の乗組員にJohn Fryerっていうのがいたわね。航海長を解任されちゃう人よ」

「だ、だったら…… 米海軍のガトー級潜水艦にUSS Flier(SS-250)っていうのがいるな。日本郵船の白山丸を撃沈してサイパンから疎開する女子供を三百人も殺した奴だぞ。だけども因果応報、バラバク海峡で機雷に触れて沈んじまったんだ。あっという間に七十二人が艦と運命を共にしたらしいな。生き残ったのは僅か十四人。朝までに六人が死んだから最終的に生き残ったのは八人だけだったんだとさ」

「やっぱり機雷は怖いわねえ。って言うか、旧日本海軍の対潜能力の酷さには呆れるわ。連合軍との差が激しすぎるんじゃないかしら。潜水艦の脅威を過小評価していたのかも知れないわね。そうだ、閃いた! 広い広い太平洋を哨戒するには飛行艇が不可欠よ。だから飛行艇を運用できる母艦を……」


 こうして一同は米潜水艦に対抗するための方策を検討し始め…… って、あかんやろぉ~っ!


「あのなあ、俺たちが今やらなきゃならないのはそんなことじゃないだろ! 史上初の動力飛行を行う航空機の名前を決めなきゃならんのだぞ。誰でも良いから何か面白い名前を考えてくれよ。ネバーエンディングストーリのお姫様になった気分でさ。な? な? な?」

「そ、そうねえ。未唯はAnonymousが良いと思うわ。だって大佐は前に言ってたでしょう。名前なんて所詮は記号に過ぎないって。だから……」

「そんなの駄目よ、駄目駄目だわ! それよりも一般公募してみたらどうかしら? 小田原だけに留まらず、広く北条の領内からご意見を募集しましょう。んで、採用されたお方には豪華粗品を差し上げるのよ。きっと盛り上がるに違いないわね」

「いや、あの、その…… 今はまだインターネットとか無い時代なんだぞ。そんなことしてたら何日掛かるか分からんぞ。1580年代に初飛行するって夢が間に合わんじゃないかよ」


 変な方向に向かいかけた話の進路を大作は必死に引き戻す。その思いが通じたんだろうか。ようやく萌が重い腰を上げて助け舟を出してくれた。


「どうどう、大作。餅付きなさいな。だったら、だったらもう…… アレで行きましょうよ。広島にリトルボーイを投下したB-29は機長ティベッツ大佐の母親にちなんでエノラ・ゲイって名付けたんですって。だけども副機長を務めたロバート・A・ルイス大尉は物凄く不満だったらしいわね。長崎にファットマンを投下したボックスカーは本来の機長だったフレデリック・ボックにちなんだBock's car(ボックの車)とboxcar(有蓋貨車)を引っ掛けた駄洒落だったそうよ」

「さ、流石は萌だな。何の役にも立たない無駄薀蓄を語らせたら天下一品だぞ。と思ったけど、機長の母親の名前っていうのは意外と使えるかも知れんか。お園、お前のお母さんの名前は確かお代乃だったっけ? 結構イケてるんじゃね。ほのかのお母さんはゆきほだったよな? 未唯のお母さんの名前はなんだっけ?」

「優よ。未唯が小さいころに亡くなっちゃったから顔も覚えていないんだけどね……」


 不意に未唯の顔色が曇る。それにしても愛、舞、未唯の母親の名前が優だとはなあ。こうなると父親の名前も気になってくるぞ。いやいや、今は目の前にある問題を着実に解決して行かねばならん。


「いいか、未唯。これは亡くなられたお母さんにとって何よりの供養になるんだぞ。知ってるか? チベットとかに行くと鳥葬って言って亡くなった方の亡骸を鳥に食べさせるそうな。そうすると魂が天に帰れるとか何とか。俺たちの飛行機も何となくそれに近いような気がしないでもないだろう? そんなことないかなあ」

「そ、そうかも知れんわね。そうじゃないかも知らんけど……」


 溢れる涙を拭いながら未唯がちょっと寂しそうに微笑む。

 これにて一件落着! 大作は心の中で絶叫した。


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