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巻ノ弐百八拾九 檄!小田原少女飛行隊 の巻

 大作とお園は暇潰しのネタを求めて当てもなく小田原城内を彷徨う。そんな彼らの前に現れたのは人類初の有人動力飛行を目指して厳しい訓練に励んでいる二人の幼女だった。

 こんなちびっ子が稀有壮大な夢を持っているとは感心なことだなあ。大作は柄にもなく感動してしまう。だが、お園の口から飛び出したのは意外な物言いだった。


「だったら三人で一遍に飛ぶのはどうかしら。そうよ、それが良いわ。そうしましょうよ」

「そうは言うがな、お園。この機体を短期間で三人乗りに改造するのはどう考えても無理だぞ。はっきり言って作り直した方が手っ取り早いんじゃね? それに上野介殿の申される通り、カタパルトまで仕様変更になるなら年が明けちまいそうだしさ。それかもういっそ1580年代のうちに人類を空に送るという壮大な夢を諦めちまうか?」

「うぅ~ん、何とかならないものかしら。って言うか、カタパルトは不味いんじゃないの? 動力飛行っていうのは自力で離陸するのが前提なんでしょう? 補助的とは言え、外部動力の助けを借りてしまっては後から物言いが付くかも知れないわよ」

「そ、それもそうだな。滑走の抵抗を少なくするために木製レールを敷いたり台車に乗せるのは無問題だろうけどさ。閃いた! そもそも別に三人が一緒に乗る必要なんて無いじゃんかよ。一人乗りの機体を三機作って同時に飛ばせば良いんじゃね? これだったら実現可能ですよね、上野介殿?」


 急に話を振られた山角康定が目を白黒させて職人たちの顔を見回す。周りに居並ぶ面々は揃いも揃って迷惑さを隠そうともしていない。暫しの沈黙の後、背後に並んだ滑空機を指し示しながら口を開いた。


「然らば予備機と試作機を使われては如何にござりましょう。此れならば三日もあれば手直しができまする。ロケット補助推進離陸《RATO》はテスト用が数多ござりますれば何の憂いもありませぬぞ」

「そうは申されまするが上野介殿。そうなると今度は三人分の練習機がありませんぞ。飛行訓練はどうすれば良いですかな? まさかシミュレーターとか言わんで下さりませ」

「し、しみゅれえたあにございまするか? 生憎と其れは存じ上げませぬが練習機は実機に改造致しませぬぞ。一機を代わる代わるお使い頂く他はござりますまい。ただし練習機を壊さぬようにだけはご用心下さりませ。もう予備機は残っておりませぬ故」

「そ、そうですか。ではお願い致します。そうそう、滑走レールも三本必要になりましたので作って下さりませ。スキージャンプになった奴ですぞ」

「御意!」


 これにて一件落着。もう大作としては思い残すことは何も無い。とは言え、お園とほのかと未唯の三人は今すぐにでも厳しい訓練に勤しむ気で満々らしい。

 このまま『はい、さようなら』とこの場を離れたい気持ちは山々だ。しかしこの状況で黙って消えるのもそれはそれで至難の技かも知れんぞ。何ぞ良い知恵はないもんじゃろかのう。

 ポク、ポク、ポク、チ~ン。閃いた! あの手で行こう。


「おっと! ブルった……」


 大作は葉月里緒菜になったつもりでポケットからスマホを取り出すと耳に当てる。


「しもしも~? おう、儂や儂や。ほうほう、そうけそうけ。いや、んじゃ今すぐそっちへ行くわ。んでなあ……」


 大作は一人芝居を続けながら左手を振ってお園の気を引くと軽く頭を下げる。三人娘から返ってきた冷たい視線を泰然と無視するとBダッシュでその場を後にした。




 この辺りまでくればもう大丈夫だろうか。大作は歩を緩めると後ろを振り返る。


「どうやら生き残ったのは俺一人みたいだな……」


 うぅ~ん、何だか知らんけど言ってて物凄く虚しいんですけど。って言うか、またもや一人ぼっちになっちまったじゃないかよ! いったい今から何処へ行けば良いんだろう? こんなことになるくらいなら飛行訓練に立ち会っていた方がちょっとは面白かったかも知れんなあ。後悔するが例に寄って後の祭りも良いところだ。だけども、いまさらノコノコと帰るのも恥ずかしいし。

 これは終わったな、完全に詰んじまったぞ。しょうがない、潔くギブアップだ。さっきの所へ戻ろう。素直に謝れば許してもらえる可能性はかなり高いかも知れんし。

 大作はくるりと踵を返すと今きた道を戻り始めた。戻り始めたはずだったのだが…… 道に迷ってしまった!


「うぅ~ん、小田原城内にこんな所があったっけ? こんなときGoogle MAPが使えないって不便だよなあ。まあ、無いものねだりしてもしょうがないか。とは言え、もしかして完全に迷っちゃったみたいだぞ。どうすれバインダ~!」


 完全に途方に暮れた大作は大声で喚き散らしながら当てもなく彷徨う。本当なら道に迷った時は無闇に動き回らず、その場に留まって救助を待つのが鉄則だ。とは言え、手持ち無沙汰なんだからしょうがない。

 倒れる時は前のめり。跪いて生きるより、立ったまま死を!

 だが、犬も歩けば棒に当たる? 藪をつついて蛇を出す? 歩く足には泥がつく? とにもかくにもそんな感じで見知った顔が姿を現した。


「おや、大佐ではござりますまいか。斯様な所で如何なされましたかな? もしや道が分からぬのでしょうか」

「いやいや、そんなわけがないだろう。それより藤吉郎、お前こそこんな所で何を油を売ってるんだよ。ちなみに油売りだったのは斎藤道三の父上らしいって噂だぞ」

「さ、左様にござりまするか。それは良うございましたな。某は萌殿に新たに作り直して頂いたカメラとフィルムのテストを致そうかと思うております。如何ですかな? 随分と軽く小さくなりましたでしょう? 新聞写真に使うのならば然程は高品位な写真は要らぬだろうとフィルムのサイズを小さくしたそうにございます」

「あぁ~あ、要するにフィルムベースや乳剤、現像液や定着液なんかを節約したかったわけだ。いかにも萌が考えそうなことだ」


 大作は藤吉郎からカメラを受け取ると針金で作られたスポーツファインダーを覗き込む。

 重さは一キロといったところだろうか。前回の漬物石みたいに重かったカメラとは雲泥の差だ。


「それで大佐。この辺りに何ぞ面白き被写体はござりますまいかな?」

「被写体? うぅ~ん、何か良い物があったかなあ…… 閃いた! 人類の歴史に永遠に残しておきたいとっておきのイベントがあるぞ。是非ともカメラの力で記録に残して後世の人々に伝えてくれ。だけど、問題はそれが何処だったかさぱ~り分からんってことなんだけどな」


 藤吉郎という強力な仲間を得た大作は広い小田原城内を当てもなくウロウロと歩き回る。しかしどこをどう進んでも一向に目的地へと辿り着くことができない。いったい何がどうなっているんだろう。わけが分からないよ……


「大佐、もしや我らは同じ所を堂々巡りしておるだけではござりますまいか? 何やらこの門には見覚えがございます」

「まさかとは思うけどリングワンダリング現象って奴じゃなかろうな? 八甲田山とかで有名なアレだよ。これって本気(マジ)でヤバい状況なのかも知れんぞ」

「方位磁石は使えぬのでしょうか? 真っ直ぐ南へと向かえばいずれは海に行き当たるに相違ありませぬぞ」

「ナイスアイディア、藤吉郎! やっぱりお前が一番頼りになるよな。方位磁石、方位磁石…… って、持ってないがなぁ~! おい、藤吉郎。お前は持ってるんだよな?」

「お、恐れながら某も手元にはございませぬ。大佐から頂いた大事なる物が故、失うことの無いよう大事にしまってありますれば……」

「あのなあ、いざという時に使えなきゃ持ってる意味ないじゃんかよ。そういうのを死蔵っていうんだぞ。太陽はどっちだ? 駄目だ、曇ってやがる。うぅ~ん、何ぞ良い考えはないもんじゃろか」


 そんな阿呆な話をしながらも二人は歩き続ける。動かない方が良いと分かっていても歩き回ってしまうのが遭難者の心理なんだからしょうがない。

 だが、ここへきて運命の女神様は大作の味方をしてくれたようだ。突如として遠くの空に見えてきたのは何あろう滑空機の姿だった。


「見ろ、藤吉郎! あっちだぞ」

「ほほぉう、被写体とはアレにござりまするか。おや! もしや、人が乗っておるのでしょうか?」

「ああ、そうだ。前にも話したことがあっただろう? アレこそが人の作り出した究極の汎用人型滑空絡繰の初号機。我々人類の最後の切り札だぞ」

「うぅ~む、これは魂消り仕りました。人が空を飛ぶとは俄には信じ難き話にござりまするな。いやはや、鶴亀鶴亀」


 目的地は意外と近くにあったようだ。五分と掛からぬうちに大作と藤吉郎は何とか無事に三ノ丸へと辿り着く。

 お園、ほのか、未唯の三人娘は相も変わらず代わる代わる滑空機の訓練を続けていた。


「あら、大佐ったらもう戻ったのね。随分と早かったじゃないの」

「ねえねえ、未唯の飛ぶ所を見ててくれた? 凄かったでしょう?」

「私めも、私めも! 私めだって飛んだわよ。ちゃんと見ていてくれたんでしょうね?」


 一遍に喋るなぁ~! 大作は心の中で苦虫を噛み潰すが決して顔には出さない。


「あ、ああ。さっきのは間違い電話だったよ。それとお前らの飛ぶところなら嫌というほど見ていたから安心してくれ。本当を言うとお腹一杯でもう勘弁して欲しいくらいなんだ。そんなことよりみんなに良い知らせがあるぞ。喜べ! 藤吉郎が我々の活動をカメラで記録してくれることになったんだ」

「写真を撮るってことかしら。だけども、動力飛行はもう少し先の話でしょうに」

「いやいや、いわゆるメイキング映像って奴だよ。華やかな成功の影には数々の失敗が隠れているっていうのも貴重な記録だろ。映画やドラマのNG集みたいなもんだな。まあ、そんなわけでみんなはカメラを意識しないで訓練を続けてくれ。んじゃ、藤吉郎。なるべく面白い写真を撮ってくれるかな。良い写真が撮れたら記事にも使えるだろ?」

「御意!」


 藤吉郎は素早く三脚を組み立てると写真撮影を始める。


「どうだ、藤吉郎。もしかしてお前も空を飛んでみたくなったりしてないか?」

「いやいや、某は遠慮いたしとう存じまする」

「そんな悲しいこと言うなよ。飛行機っていう乗り物はあらゆる公共交通機関の中で最も安全だと言われているんだぞ。自動車事故で死ぬ確率って五千分の一くらいだろ? でも飛行機事故で死ぬ確率は一億分の一より低いんだとさ。とある統計によれば一生の間で雷に打たれる確率は一万三千分の一くらいだそうな。飛行機事故で死ぬ心配するよりは蜂に刺されて死ぬ心配をした方がよっぽどマシらしいな」

「そ、そう申さば萌殿も似たようなことを仰せになられておられましたな。米運輸省の交通統計データによればテロリストが飛行機で事件を起こす確率はおよそ千六百五十五万フライトに一回だそうな。鮫に食われる確率の方がよっぽど高いと聞き及んでおりますぞ」


 大作と藤吉郎はそんな阿呆な話で時間を潰す。そんな間にも三人娘たちは日が傾くまで無心に飛行訓練を繰り返していた。




 翌日、朝刊の一面トップには小田原少女飛行隊の訓練風景を報じた記事が掲載された。


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