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巻ノ弐百八拾七 開発しろ!土肥金山を の巻

 翌日から大作は心を入れ替えて仕事に励んだ。励もうと思ったのだが……

 いったい何をすれば良いんだろう。いくら考えてもさぱ~り思い付かないんですけど。

 まあ、どうでも良いや。適当に歩き回っていれば仕事なんて向こうから転がり込んでくるものと相場が決まっているのだ。

 そんなことを考えながらお園と一緒に小田原城内を適当にぶらつく。

 犬も歩けば棒に当るとは良く言った物だ。放浪すること暫し。とある座敷で見知った顔に出会うことができた。


「これはこれは御本城様。ご機嫌麗しゅう存じます」

「おお、上野介殿ではございませぬか。お連れの方はどちら様ですかな?」

「またまたお戯れを。備前守殿のお顔をお忘れにございますか?」


 知らんがなぁ~! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。その代わりに卑屈な笑みを浮かべながら上目遣いで揉み手をした。


「ちょ、ちょっとしたアメリカンジョークにございますよ。備前守殿、お初にお目に掛かります。以後お見知りおきのほどを。んで? 伊豆水軍のツートップが雁首を揃えて如何なされましたかな?」

「此れは異なことを承りまする。お初では無いと思われますが…… いやいや、此れも『あめりかんじょおく』とやらにございますな。我ら二人は来る大戦において如何にして豊臣の水軍を妨ぐるかを思案しておりました。真に恐れ多きことにございますが、もし宜しければ御本城様のお知恵を伺いとう存じます」

「伏してお願い申し上げ奉りまする。我らに策をお授け下さりませ」


 二人の爺さんが揃って深々と頭を下げる。

 渡りに船とはこのことか。絶好の退屈しのぎが棚ぼたで転がり込んでくるとは。

 うだつのあがらねぇ平民出にやっと巡ってきた幸運か、それとも破滅の罠か? 大作は心の中でほくそ笑んだ。




 大作とお園は座敷へ上がり込むと遠慮せず上座へ座った。


「それで? 何からお話しましょうかな。うぅ~ん…… そうだ、下田の件でも詰めましょうか」

「兼ねてより御本城様は戦わずして西伊豆を敵にくれてやると申しておられましたな。そのお心に変わりはございませぬのでしょうな?」


 長浜城主の梶原景宗が顔色を伺うように小首を傾げた。その顔色は内心の不満を隠そうともしていない。やはり武士にとって戦わずして逃げるというのは屈辱なんだろうか。

 一方の清水康英は他人事みたいな顔で微笑を浮かべている。下田が主戦場になるとはいえ、これをむしろ手柄を上げるチャンスだとでも思っているのかも知れない。


「備前守殿はまだご納得が行きませんかな? とは申せ、西伊豆での防戦はコストパフォーマンスが悪すぎるのですよ。申し訳ありませんがここは一つ泣いてくれませんか。その代わりと言っては何ですが、戦後復興の一環として土肥(とい)金山経営権の一部をお任せしても宜しいですよ」

「と、土肥金山にございますか? 然れども彼処は富永三郎左右衛門殿が手代、市川喜三郎とか申す者が差配しておるのではござりますまいか?」

「如何にも。とは申せ、土肥金山は開発するたびに採掘量が遥かに増す…… その機会をあと二回も土肥金山は残している…… その意味がお分かりでしょうな?」


 大作はドヤ顔で言い切ると二人の顔色を伺った。だが、爺さんたちはさぱ~り分からんといった顔で呆けている。


 土肥金山の採掘が始まったのは建徳・文中・天授(1370年代)だそうな。足利幕府が金山奉行を置いて直轄支配し、金を掘らせたらしい。

 その後、瓜生野(うりうの)や湯ヶ島、縄地といった金山も発見される。

 北条が本格的に金山開発を始めたのは天正五年(1577年)ごろのことで土肥大横谷、日向洞、柿山、鍛冶山、楠山を盛んに開発したそうな。

 しかし発見されている金鉱は全体の極一部でしかない。それに採掘や精錬の技術もまだまだ未熟だ。現状では可採埋蔵量の極一部しか採掘できていない。


「この時代の鉱山は山腹から斜め下に掘り進んで行って水が湧いてきたら掘るのを止めておったそうですな。でもこの方法だとそこから下が掘れないので損でしょう? そこで慶長六年(1601年)に金山を任された大久保長安は考えました。山腹の下側に横坑を掘削して金鉱脈を目指す横掘法を。これなら湧水を汲み出すのも楽ですよね? これを水抜法っていうらしいですな」

「み、水を汲み出すですと。それはまた大層な手間にございますぞ。いったいどれほどの手間が掛かるものやら見当も付きませぬな」

「でも、その方法で大久保長安は成功したって言うんですから何とかなるんじゃないですか? 知らんけど。続いて慶長十四年(1609年)にはバテレンの宣教師から水銀アマルガム法が伝わりました。これによって金の回収率は飛躍的に高まります。これが土肥金山の第一期黄金時代といえるでしょう。金だけに」


 そこで言葉を区切ると大作はいいことを言ったというドヤ顔で顎をしゃくる。

 だが、二人の老人から返ってきたのはちょっと呆れたような嘲笑だった。


「第一期と申されましたな。では第二期も控えておるのでござりましょうや?」

「き、気になるのはそこでございますか? えぇ~っと…… 飛ぶ鳥を落とす勢いの大久保石見守長安でしたが盛者必衰は世の定め。慶長十八年(1613)に呆気なく死んじまいます。後任の市川助衛門とやらも元和六年(1620)に亡くなると土肥金山は衰退の一歩を辿り寛永二年(1625)に惜しまれつつも休山となりました。普通なら休眠会社や休刊になった雑誌が復刊することなんてありませんよね? ところがギッチョン! 土肥金山は滅びぬ、何度でも蘇るさ! 何とびっくり、明治三十九年(1906年)に外国人技師の手を借りて探鉱に成功したのです。以後、昭和四十年(1965)の閉山までに採掘された金は四十トン、銀は四百トンにも達したそうな。その時代、佐渡金山に次いで日本で二番目の大金山だったのです」

「とは申せ、やはり仕舞には掘り尽くしてしもうたのですな。うぅ~ん……」


 心底から悔しそうな顔の梶原景宗が口元を歪ませる。

 お前はどんだけ欲深いんだよ。大作は心の中で顔を顰めるが決して口には出さない。


「いやいや、農産物や海産物じゃないんですから掘り尽くせば無くなるのが道理でしょう。石油には無機起源説なんていうのもありますけどね。だけど掘っても掘っても金が湧いてくるなんてありえませんから。とは申せ、金山は掘り尽くした後にも使い道があるんですよ? 分っかるかなぁ~? 分っかんねぇ~だろぉ~なぁ~っ!」

「さ、さあ…… 某にはとんと分かりかねまする。宜しければご教授下さりませ」

「それは観光目的の再利用ですな。閉山後の土肥金山も観光用に坑道を整備して操業当時を再現しております。砂金採り体験コーナーとか当時の坑夫を再現した電動人形、ギネスにも載っている重さ二百五十キロの巨大金塊、巨大な金鉱石、金塊の重さ体験コーナー、エトセトラエトセトラ。こういった観光金山は他にも沢山あるんですよ。佐渡金山、九州の鯛生金山や串木野金山。何せ国内で稼働している金山が菱刈金山くらいしか無いんだからしょうがありません」


 そう言えば、山ヶ野金山の人たちは今ごろどうしているんだろう。順調に産金量を増やしてくれていれば良いんだけどなあ。不意に懐かしさで胸が一杯になった大作は遠い目をする。


「もしもし、大佐。もしも~し! 俄に黙り込むなんていったいどうしたのかしら。もしかしてお腹でも痛くなったの?」

「いやいや、ちょっと考え事をしていただけだよ。それより何の話だっけかな? 何で俺たちは金山博物館の話をしてたんだっけ? さぱ~り重い打線ぞ」

「えぇ~っと…… それは備前守様に西伊豆で防戦していただくことをご辛抱頂くためじゃなかったかしら。確か土肥金山の経営権を一部譲渡するとか何とか言ってたと思うわよ」

「あぁ~っ、そうそう。段々思い出してきたよ。とにもかくにも金山は莫大な権益を生み出します。今時大戦の莫大な戦費も一気に解決してくれるほどの。如何ですかな、備前守殿。我ら北条は必ずや豊臣を下します。そして伊豆のお方々にも決して損はさせません。何卒ご安堵下さりますようお願いいたします」


 大作は言葉を区切ると卑屈な笑みを浮かべて上目遣いに梶原景宗の顔色を伺う。

 だが、どういうわけだか隣に座った清水康英が不服そうな視線を向けて来た。


「えぇ~っと…… 上野介殿、貴殿は下田城において思う存分に戦働きして頂いて結構ですぞ。って言うかしてもらわないと困っちゃいますから。いやいや、そもそもその話をしたかったんじゃなかったでしたっけ? 違いますかな?」

「そうは申されますが御本城様。某も金山経営とやらで必ずやお役に立ってご覧にいれましょう。何ぞ金山に纏わるお役目を頂くこと叶いませぬでしょうか。伏して、伏してお願い申し上げ……」

「上野介殿、それは戦に勝ってからゆっくりとお話いたしましょう。今は如何にして戦に勝つか。それだけを考えて頂きたいのです。宜しゅうございますかな?」

「あの、その、いや、御本城様…… ですからそのために策をお授け下さりますようお願いしておるのですが? もしやお忘れになられましたかな?」


 清水康英の顔は『こんな時、どんな顔をすればいいか分らないの』といった感じだ。

 大作は『笑えばいいと思うよ』と心の中で絶叫するが決して顔には出さない。


「で、ですから拙僧は始めから申しておりましたな? 如何にして下田に置いて豊臣の水軍を妨ぐるか。その方策をお話したいと。言いましたよね? ね? ね? ね?」

「そうかも知れませんな。そうじゃないかも知れませぬが?」

「御本城様が左様に思われるのな左様なのかもしれませぬな。御本城様のお心の内にございましては」


 梶原景宗と清水康英は揃って不敵な笑みを浮かべる。

 大作は心の中で『こんな時、どんな顔をすればいいか分らないよ』と呟くことしかできなかった。




 だが、捨てる神あれば救う神あり。ここに来てお園からまさかの助け舟が入る。

 一体何処から用意したものか二十万分の一の地形図を前にして下田沖を戦場にした艦隊決戦のプランを説明し始めたのだ。


「決戦の日は四月一日。あらかじめ大島の東に戦船を集めておき、日が暮れた後に下田の灯りを目印に船を進めて頂きます」

「一日ならば月は出ておりませぬな。真っ暗闇の中を進まねばなりませぬぞ」

「しかも風や潮の流れを読んで何百もの船が互いにぶつからぬよう間を取って真っ直ぐに進まねばなりませぬ。並大抵のことではござりませぬぞ。左様なことが出来ましょうか?」

「できるかなじゃねえ、やるんだよ!」


 突如として大作は大声で話に割り込んだ。お園、梶原景宗、清水康英の三人は口をぽか~んと開けて呆けている。


『お呼びでない? お呼びでないね。こりゃまった失礼致しました!』


 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さなかった。


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