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巻ノ弐百八拾伍 ハンナ・ライチュによろしく の巻

 御馬廻衆が筆頭、山角康定上野介の指揮の下で行われたロケット弾の発射テストは予想外のトラブルに見舞われていた。

 突如として吹き付けた冬の突風にロケット弾の進路が大幅に変わってしまったのだ。

 哀れなロケット弾は河原から大きく左に外れて畑だか何だか分からない所へと落下する。

 固体ロケットの推進剤は既に燃え尽きているらしい。だが、高温になったノズル部分が枯れ草か何かに引火してしまっただろうか。小さな火の手が上がり始めたように見えなくもない。

 望遠鏡から目を離した大作はお園を伴ってロケット着弾地点へと急いだ。


 ちなみに本物のコングリーヴロケットには飛行を安定させるためにとっても長い安定棒が着いていたそうな。その長さは二十四ポンドのタイプだと十五フィートもあったんだとか。そんな無駄な重量や空気抵抗のお陰で射程は二マイルほどしかなかったらしい。

 だけども山角康定のロケットはスピン安定式なので羽の抵抗すらないのだ。お陰で一里もの射程が達成できていた。できていたんだけれども……


「一里って思っていたよりも随分と遠いんだなあ。この分じゃあ着くのに半時間くらいは掛かりそうだぞ」

「そうねえ、大佐。これじゃあ初期消火でも何でもないわよ。着いた頃には大火事になってるんじゃないかしら?」

「それどころかとっくに燃え尽きてると思うぞ。だったら行かなくても良いんじゃね?」

「そうかも知れんわね。そうじゃないかも知らんけど」


 そんな阿呆な話をしながらも二人は小走りで駆け続けた。だが、暫くすると後ろの方から馬の蹄の音が聞こえてくる。

 慌てて振り返ると馬から飛び降りた山角康定が駆け寄ってくるのが目に入った。


「御本城様! お待ち下さりませ御本城様!」

「おお、上野介殿ではございませぬか。斯様な所で如何なされましたかな?」

「『如何なされました?』ではございませんぞ。御本城様こそ急にどうなされました?」

「いやいや、言いませんでしたかな? 初期消火のため、ロケット弾の着弾地点へと向かっておるところにございますが。何か?」


 大作は勝ち誇ったように宣言すると顎をしゃくる。

 だが、返ってきたのは人を小馬鹿にしたような薄ら笑いだった。


「恐れながら御本城様、お心を平らかになされませ。消火なれば自衛消防団が疾うに済ませておりますれば案ずるには及びませぬ」

「そ、そうなんですか? だったら早く言って下さりませ。心配して損しちゃいましたぞ」

「始めに申し上げたと思うておりましたが違いましたかな? とにもかくにもお立ち返り賜りたく存じます。伏してお願い申し上げまする」


 そう言うと山角康定は本当にその場にひれ伏した。

 怪しいな。大作の胸中に仄かな疑念の炎が灯る。もしかしてこのおっさん、着弾地点に見られたら困る物でも隠してるんじゃなかろうな。

 だが、お園は早く帰りたい派だったらしい。大作の手を引くと今きた道を戻り始める。


「大佐、きっと私たちが向こうに行ったらロケット弾のテストが続けられないんだと思うわよ」

「そ、そうかも知れんな。そうじゃないかも知らんけど」


 大作は渋々といった顔で元いた河口の河原へと戻る。一同が帰り着いたのを確認した後、ロケット弾の発射テストが再開された。

 よく見てみれば発射地点は勿論、中間地点や目標地点には吹き流しが設置されている。風向や風速の細かい記録を取っているようだ。

 感心感心、大作は心の中で称賛を送ろうかと…… いやいや、ちゃんと口に出して褒めておいた方が良いかも知れん。褒める時は人前で、叱る時は誰もいない所でって言うもんな。


「しかしまあ何ですなあ、上野介殿。なかなかどうして大した物ですぞ。まさかちゃんとデータを取って頂いているとは思いもよりませなんだ。拙僧は心底から感心致しました」

「実を申さば萌殿が口を酸っぱくして申されたのでございます。ロケット弾は風の影響を受け易い故、とにもかくにも風のデータを取るようにと」

「いやいや、世の中の大概の人は口で言われたからといって急にこんなことは出来ませんよ。それをいとも容易くやってのけるとは。そこに痺れる憧れるぅ~っ!」

「で~す~か~ら~~~! 某は下知に従うておるばかりにございます!」


 とにもかくにも大作は上野介を褒めちぎる。ピグマリオン効果といって人は他人から期待されることによってパフォーマンスが向上することがあるのだ。反対にゴーレム効果というのもあって、人は周囲から期待されないとパフォーマンスが下がってしまうんだそうな。

 もはや褒め殺しと言っても良いレベルで大作は褒めちぎる。山角康定もまんざらでもないと言った顔だ。


 そんな阿呆なやりとりをしている間にもロケット弾の発射テストは続いて行く。とは言え、一発目と何ら変わるところが無い。淡々と続くテストに大作とお園は飽き飽きしてしまう。十発ほど発射したところでテストは終了した。


「うぅ~ん、特にこれといった障りは無いようですな。このロケット弾が量産化の暁には豊臣などあっと言う間に叩いてくれましょう。いやいや重畳至極、楽しみがまた一つ増えましたぞ」

「御本城様の仰せの通りにございます。ロケット弾に関しては十分なデータが取れました故、然らば次のテストと参りましょうか。皆の者、滑空機の支度を致せ!」


 人足たちは忙しげに動き回るとグライダーのような物を引っ張り出してくる。こんな物をいったいどこから引っ張り出してきたんだろう。謎は深まるばかりだ。


「上野介殿、これは如何なる物にござりまするかな? 拙僧は何にも聞いていなかったんですけれど?」

「此れは滑空機にございますが何か? ロケット弾より遠くまで飛ばすためには斯様な形が入用だと萌殿から伺うております。もしやご存知ではありませなんだか?」


 山角康定はこれ以上は無いといったドヤ顔で胸を張る。例に寄って報告書なんか読んでいないい大作は寝耳に水も良いところだ。黙って唇を噛みしめることしかできない。


 長さ二十メートルほどもある木製レールの端っこに滑空機がセットされた。レールの反対側はスキージャンプ式にせり上がっている。


「では、御本城様。宜しゅうございまするかな? 宜しい? そうですか。では、放てぇ~!」


 固体ロケットに火が入った瞬間、辺りに轟音が響き渡る。滑空機は木製レールの上をガタガタと音を立てながら加速した。もうもうと白煙を上げながらふわりと大空に浮かぶ。

 ロケット弾に比べれば遥かにゆっくりだが安定した姿勢で飛行しているようだ。


「上野介殿、アレのペイロードは如何ほどですかな?」

「ぺいろ~どと申すはどれ程の荷が積めるかとの意にございましょうや。然らばおよそ十貫目ほどにございます。其れが如何なされましたかな?」

「いやいや、ひょっとすると人間が乗れるかも知れんと思いましてな。お園、お前の体重はどれくらいだったっけ?」

「たいじゅう? もしかして目方のことかしら。そんなことレディーに聞くもんじゃないわよ。それに私、そんなの計ったことがないから分からないわ」


 蛸みたいに口を尖らせたお園が不満そうに首を傾げる。

 大作はお園の頭の天辺から足の先までをジロジロと観察しながら頭をフル回転させた。


「そ、そりゃそうだな。だってこの時代には体重計なんて無いんだもん。でも、見た感じだと身長は百五十五センチくらい。体重は四十五キロくらいじゃないか? だとするとBMIは18.7だな。ってことはちょっと痩せ気味だけど痩せ過ぎってこともないぞ。とは言え、十二貫目くらいだから重量オーバーではあるんだけれどさ」

「どゆこと、大佐? もしかして私にアレに乗せれって言うんじゃあないでしょうね? 私、そんなの真っ平御免の介よ。だって落っこちたら大事なんですもの。それに二貫目もオーバーしてたら飛べないと思うわよ」

「お言葉にございますが御裏方様。二貫目くらいならば如何様にも致しましょうぞ。ロケット補助推進離陸(RATO)を用うれば離陸に障りはありますまい。一度空へと飛び上がれば後は滑空するだけのこと。まあ、多少は滑空比が悪くなることにござりましょうが」


 山角康定は袂から細長い板切れを取り出すと難しい顔をしながら伸ばしたり縮めたりする。これってもしかしてもしかすると……


「それって計算尺ですかな? 上野介殿」

「如何にも計算尺にございます。此れが如何なされましたかな、御本城様?」

「こんな物を何処で手に入れられました? もしやご自分で作られたわけではござりますまいな」

「いやいや、萌殿に頂いた物にございます。とにもかくにもペイロードを二貫目増やすと翼面荷重が十二パーセントほど増しますぞ。とは申せ、降下率も増えます故、速度も上がりましょう。然らば飛距離は然程は減らぬのではありませぬかな。まあ、詳らかなことは試してみねばわかりませぬが」


 そんな阿呆なことを話している間にも滑空機は見えないほど遠くまで飛んで行ってしまった。

 だけどもこれじゃあ飛距離が分からんのじゃないのかなあ。いやいや、後で纏めて確認するつもりのようだ。続けて弐号機、参号機が次々と発射されて行く。伍号機が発射されたところで作業は完了したらしい。

 小走りで戻ってきた山角康定はこれ以上はないほどの上機嫌な顔をしている。


「飛距離と方位は後ほど検分をば致します。然れども御本城様、此れに人を乗せるとなれば彼方此方に随分と手を入れねばなりませぬな。そも、此れに人を乗せるなどとは夢にも思うてもおりませんでした故」

「いやいや、上野介殿。『飛べ!フェニックス』っていう映画でドーフマンが言ってたでしょう? 有人飛行機は模型飛行機よりも技術的には難易度が低いんですよ。何でだか分かりますかな? 有人機は人が操縦できるけど無人機はそれが無いでしょう? だから非常に高度な安定性が要求されるんですよ」

「う、うぅ~ん。其れは確かに御本城様の申される通りにございますな。人が乗りて動きを操れば迎え角の自動制御装置も不要となりましょう。然らば二貫目くらいの軽量化は容易いことかも知れませぬ」

「迎え角の自動制御装置? アレにそんな物が付いていたんですか。ふ、ふぅ~ん」


 あの素朴な手作り感の溢れた木製グライダーにそんな物が付いていたとはなあ。大作は素直に驚いたが決して顔には出さない。いやいや、そんなことよりも操縦のことを忘れていたぞ。人を乗せるのは良いとして操縦はどうすれバインダ~?


「えぇっと、上野介殿。その迎え角制御装置っていうのは昇降舵を操作しているんですよねえ? だとするとそれを手動操作に改造するのは簡単でしょうか?」

「然程の手間ではござりますまい。二、三日ほど頂けますれば仕上げてご覧にいれましょう」

「ねえねえ、大佐。そんな面倒なことをしなくても体重移動で制御すれば良いんじゃないかしら。ハンググライダーみたいな感じでね。ほら、こんな具合かしら」


 お園は大作のバックパックを漁ってタカラトミーのせんせいを取り出すと下手糞なイラストを描いて説明する。説明したのだが…… さぱ~り分かんないんですけど。


「これってちょっと怖くないかな? これだと着陸の時、パイロットが機体の下敷きになっちまうだろ」

「だったら機体を軽く作れば良いんじゃないかしら。それが嫌ならナウシカのメーヴェみたいに上に乗るしかないわね」

「だけどそうすると今度は安定性が悪くなるしなあ。着陸だって死ぬほど難しそうだしさ。これに乗るのはお園なんだぞ。お前、そんなの操縦できるのかよ?」

「ちょっと待って頂戴な、大佐! 私は乗るなんて一言も言っていないわよ。そも、私が乗る必要はあるのかしら?」


 そ、その発想は無かったわ。お園、恐ろしい娘! 大作は思わず頭を抱え込む。

 とは言え、お園の扱いになら多少の自信はある。こんな時はひたすら低姿勢でお願いすれば大抵のことは何とかなるはずなのだ。


「いやいや、さっきから言ってるじゃんかよ。テストパイロットは軽くなきゃならんのだって。アレだよアレ。ほら! ライトスタッフって映画があっただろ?」

「あっただろなんて言われたって私は知らないわよ! そんなのお天道様が許しても巫女頭領の私が許さないわ! そも、私より軽い娘なんて未唯やほのかがいるじゃないの!」

「ちょっと待てくれよ。あんなちびっ子に世界初の有人動力飛行の名誉を譲っても良いって言うのか? お前にはプライドって物が無いのかよ」

「だったら…… だったら藤吉郎はどうなのよ? あの子も私よりかは軽そうだわ。そうよ、それが良いわ!」

「そうじゃないだろ、お園。お前はナチスに例えるとハンナ・ライチュみたいな立場なんだぞ。ちなみに彼女も身長百五十五センチくらいの小柄な女性だったらしいな。とにもかくにもお園には今後も女性初のヘリコプター、ロケット戦闘機、ジェット戦闘機の搭乗者として続々と活躍してもらわなきゃならんのだ。乗るなら早くしろ、でなければ帰れ!」


 大作は唐突に碇ゲンドウのサングラスを掛けると冷たく言い放つ。

 しかし渾身のエヴァネタをお園は事もなげにスルーされてしまった。


「あっ、そう。だったら私は帰るわよ。って言うか、私は絶対に乗らないんだからね。絶対に乗らない! 絶対にだ!」

「ちょ、おまっ…… お待ち下さりませ御裏方様、御裏方様!」


 取り付く島も無いとはこのことか。振り返ることもなくお園は足早に立ち去った。

 慌てた顔の八田左近が小走りで追い掛けて行く。


 どこで何を間違えてしまったんだろう。後に残された大作は捨てられた子犬の様な目で山角康定の顔色を伺うことしかできない。

 だが、おっちゃんは人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮べると素早く視線を反らせる。

 どうすれバインダ~! 例に寄って例の如く、大作の心の中の絶叫は誰の耳に届くこともなかった。


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