巻ノ弐百六拾四 許すな!ネタバレを の巻
山中城での野暮用を終えた大作たち一行は小田原城を目指して一路帰宅の途に着く。途に着いたのだが…… 道を間違えてしまった!
とは言え、いまさら引き返すのも格好悪い。仕方が無いので予定外の前線視察の旅でお茶を濁すことにする。だけども最高指揮官が最前線視察なんて阿呆なことやって海軍甲事件みたいなことになったら格好悪いなあ。大作にできることと言えばそんな羽目にならないよう祈るのみだ。
河原ヶ谷城、三嶋大社、谷田城、戸倉城、エトセトラエトセトラ。どういうわけだか何処に行っても人っ子一人としていない。
いったい何がどうなっているんだ? スマホを弄って調べた結果、大作は衝撃の事実に辿り着いた。
「ここは…… ここは地球だったんだ~!」
「もぉ~う、大佐ったら藪から棒に何を言い出すのよ!」
呆れた顔で視線を反らすお園を押しのけるようにメイが突っ込みを入れてくれた。大作は心の中で感謝しながらも慎重に言葉を選んで反論する。
「いやいや、衝撃の事実っていえばこれが定番中の定番なんだよ。ちなみに『猿の惑星』のDVDパッケージには自由の女神の前で項垂れるチャールトン・ヘストンを描いた奴もあるんだぞ。これって酷いネタバレだと思わんか? まあ、映画公開から半世紀以上も経ってるんだから今さらネタバレも糞も無いんだけどさ」
「そうねえ、その映画を見たことのない私ですら知ってるくらいなんですもの」
本当に知ってるのかよ?! 大作は心の中で激しく突っ込むが決して顔には出さない。
だが、捨てる神あれば拾う神あり。お園が不満そうな顔で口を挟んできた。
「それを言うなら『幸福の黄色いハンカチ』のポスターだって似たような物だったんじゃないかしら。アレも思いっきりネタバレしてたわよ。確か山田洋次監督が申されてたわ。映画に大事なのはオチじゃない、ドラマが大事なんだとか何とか」
「そうは言うがな、お園。これって『ポートピア殺人事件』のタイトルを『犯人はヤス!』って付けるくらいの暴挙なんじゃね? それに比べると『アラレちゃん』の『さようなら ガッちゃん!!』なんて上手いミスリードだったぞ。あんな風に視聴者の予想は裏切るけど期待は裏切らないのが真のクリエイターだと思うんんだけどなあ」
「そうかしら? そんなん言い出したら刑事コロンボなんて大抵が始まってすぐに犯人が分かっちゃうじゃないのよ。それでもちゃんと楽しめるようにつくってあるんですもの。まあ、この話はどうでも良いわ。それより私たちこれからどうするのよ。夕餉は何処で頂くの? 柔らかいお布団の上で寝れる…… 眠れるんでしょうねえ?」
お園の表情が僅かに曇り、語気が少しだけ荒くなった。これは要注意かも知れんなあ。大作は何とかして話をはぐらかそうと無い知恵を絞る。
「食欲と睡眠か。人間の根源的欲求って奴だな。マズローの欲求五段階説は知ってるよな? アブラハム・マズローは申された。人間は自己実現に向かって絶えず成長す……」
「そんな御託はどうでも良いわ! いま大事なのは夕餉のことよ、夕餉! Do you understand?」
またもやお園の瞳が攻撃色で真っ赤に染まる。やはり瞬間湯沸かし器の二つ名は伊達ではないな。大作は感心するのを通り越して面倒臭くなってきた。
だが、捨てる神あれば拾う神あり。例に寄ってドヤ顔を浮かべたナントカ丸が間に割って入る。
「どうどう、御裏方様。気を平らかになされませ。韮山城にさえ参れば必ずや持て成して頂けるに違いありますまいて」
「それもそうよね。確か韮山城では百日もの籠城戦になるんですもの。そんなお城が食べ物を用意していないなんてことがあり得るかしら? あるはずがないわ! 反語的表現!」
「はいはい、良かった良かった。話は変わるけど百日間の戦争って言えばフィンランドがソ連を相手に奮戦した冬戦争は外せんよな。あの戦争にクリストファー・リーも義勇兵として参加してたって聞いたことあるか?」
「それってスーパーマンのお方よねえ? 馬から落ちて首を折ったんだったかしら」
「いやいや、それはクリストファー・リーヴだから! 一字違いで大違いじゃん」
そんな阿呆な話をしながら一同はのんびりと狩野川の東岸を南東へ向かって歩いて行った。
戸倉城と韮山城は直線距離で二里といったところだろうか。標高四十九メートルほどの小高い山だが周りは平野なので良く見えている。
「ねえねえ、大佐。さっき言っていた韮山のお城の戦ってどんな戦だったのかしら。良かったら詳らかに聞かせて頂戴な」
「うぅ~ん。良い質問ですねえ、メイ。知識を得ることは人生を豊かにしてくれるとか何とか言うもんな。んで、何の話だっけ? そうそう、韮山城の戦いだったっけ。えぇ~っと……」
大作はスマホを弄って情報を拾い読みすると適当に掻い摘んで話し始めた。
「来年の三月二十九日、山中城と同じ日に豊臣方の兵四万四千百人が韮山城を攻めてくるんだそうな。細かい内訳も知りたいか? 伊達文書によると右軍は蒲生氏郷が四千、稲葉貞通が千二百、その他を合わせて計八千四百。中軍は筒井定次が千五百、生駒親正が二千二百、蜂須賀家政が二千五百、福島正則が千八百、戸田勝隆が千七百の計九千七百。左軍は細川忠興が二千七百、森忠政が二千百、中川秀政が二千、山崎片家が千、岡本良勝等が千二百の計九千。旗本、織田信雄は一万七千を率いて高みの見物をしてたらしい。とにもかくにも総勢四万四千百といえばちょっとした大軍勢だろ? 甲子園球場なら満員御礼で札止めになるくらいの人数なんだもん」
「ふ、ふぅ~ん。こうしえんって随分と大きいのねえ」
さも感心したというようにメイが吐息を漏らし、サツキやナントカ丸も禿同といった顔で頷いている。
取り敢えず最低限の興味は持ってくれたんだろうか。気を良くした大作は調子に乗って話を続けた。
「対する韮山城守備軍は城主の北条氏規を始め、朝比奈泰栄、江川英吉らを合わせても三千六百四十の僅かな手勢に過ぎなかった。これって横須賀スタジアムすら一杯にできないくらいだろ?」
「私、よこすかすたじあむも知らないから良く分からないわ。とにもかくにも寄せ手が守り手の十二倍を超えていたっていうことね。攻撃三倍の法則を勘定に入れたとしても、その四倍も多いんだから多勢に無勢も良いところじゃないの。力攻めされたら一溜りもないわよ」
「ところがぎっちょん! 要塞レベルを10とかまで高めてやれば難攻不落も良いところなんだな。隣接プロヴィンスの数による制約があるし、師団の数が最高指揮官の指揮数を超えるとペナルティだって掛かる。そもそもAIだって阿呆じゃないからそんな悪条件下だと普通は攻めてこないんだ。みすみす兵を無駄に死なすだけなんだもん。とは言え、戦国時代にマジノ線並みの要塞を作れっていうのも無茶な話なんだけどさ」
「そも、要塞を攻めなければならない故なんてあるのかしら。取り囲んで放って置けばどうかしら。それか、知らぬ振りをして通り過ぎちゃえば良いんじゃないの?」
納得が行かないといった顔のお園が小首を傾げた。周りではサツキとメイやナントカ丸もが禿同といった顔で何度も頷いている。
「exactly! 正にその通りだな。史実でもたった二日間の戦闘で大損害を受けた豊臣方は戦力の三分の一だけを残して包囲戦に切り替えているんだ。んで、織田信雄は総大将を更迭されちまう。まあ、あいつは本当の本当に正真正銘の阿呆なんだもん。なにせ信長の野望とかでも大抵は知略が一桁しかないんだぞ」
「信雄って伊賀を攻め滅ぼした憎き敵よねえ? 女子供まで皆殺しにした悪逆無道の輩だったはずよ。私、その男だけは許すわけには行かないわ。大佐、伊賀の敵を討って頂戴な」
言葉尻に食い付いたメイが鋭い視線を向けながら詰め寄ってくる。大作は思わず一歩後退りながら両手でTの字を作った。
「どうどう、メイ。餅つけ。奴は殺すよ。絶対にな。なにせあの愚か者の血筋は無数にいた信長の子供の中でも江戸時代を大名家として生き延びた唯一の存在なんだ。言うなれば異能生存体みたいな特殊スキル持ちだぞ。是が非でも殺さにゃならん。そうでなければ織田の血筋を絶やすことは叶わんからな」
「それを聞いて安堵したわ、大佐。確と約したんだからね。約定を違えたら許さないわよ」
メイはドスの聞いた低い声で呟くように囁くと鋭い視線を向けながら詰め寄ってきた。
こりゃあ不味いぞ。またもや一歩距離を取ろうと…… しまったぁ~! 道の端まで追い詰められたぞ。
大作は心の中でロープを確りと掴むとレフェリーに向かってロープブレイクを強くアピールする。
原則として手首や足首がロープに届かないとロープブレイクにはならない。指先でちょっと触ったくらいだとロープブレイクと認められないのだ。
だが、残念ながらお園はプロレスのルールなんてこれっぽっちも理解していないらしい。小首を傾げると大作の必死のアピールを軽く無視した。
「そ、そ、そうだな。とは言え、あの臆病者はどうせ戦場から遥かに離れたところで偉そうにふんぞり返っているだけだぞ。ミニエー銃の射程距離まで出てきてくれないと殺したくても殺しようがないんだけどなあ。どうしたもんじゃろなぁ~」
「どうしたもんじゃろなぁ~じゃないわよ。それを考えるのも大佐のお役目でしょうに」
「そうは言うがな、メイ。この生須賀大作。こと信雄を殺すことに限り虚偽は一切言わぬ。殺す…… 殺すが…… 今回、まだその時と場所の指定まではしていない。そのことをどうかメイも思い出していただきたい。つまり…… 俺がその気になれば信雄を殺すのは十年、二十年後ということも可能だろう…… ということ!」
決まったな。大作は名セリフを噛まずに言い切ったことで有頂天になる。
だが、残念ながらメイには何の関心も持ってもらえなかったらしい。大きな目を見開きながらさらに一歩近付いてきた。
ちょ、おまっ…… そこまで近付いたら巨乳が当たってるんですけど。目のやり場に困った大作は視線を彷徨わせながら精一杯に仰け反る。
目まぐるしく表情を変えながらメイが早口で捲し立てた。
「えぇ~っ! 私、そんなに待てないわよ。って言うか、大佐ったらいったいいつまで小田原にいるつもりなの? 豊臣を倒したらとっとと山ヶ野に帰るんじゃなかったかしら」
「いやいや、帰る…… 帰るが…… 今回、まだその時と場所の指定まではしていない。そのことをどうかメイも思い出していただきたい。つまり…… 我々がその気になれば山ヶ野に帰るのは十年、二十年後ということも可能だろう…… ということ!」
「はいはい、良かったわね。忠実立って語らった私の方が阿呆だったわ。大佐は大佐の好きなようにしなさいな。あの雲のようにね」
半笑いを浮かべたメイは突き放すように言い捨てるとそれっきり黙り込んでしまう。
何をどう間違えたんだろう。大作は歩きながら無い知恵を絞るが例に寄って答えは出てこない。
そうこうしている間も一同は狩野川に沿って下田街道を南下する。
「何か知らんけど狩野川の位置が地図とは丸っきり違っているみたいだな」
「それって珍しいことじゃないんでしょう? 何か故があるんじゃないかしら」
スマホを弄って情報を漁ると答えはすぐに見つかった。
「どうやらこの川は昔から田方平野の中をあっちこっちへ移動していたらしいな。きっとナイル川みたいに定期的に氾濫して周辺の土地に肥沃な堆積物だか何だかを運んできてくれてたんじゃね? それが現在…… じゃなかった、二十世紀の位置に固定されるのは昭和三十三年の狩野川台風を切っ掛けに堤防が作られたせいなんだとさ」
「そう言えば、どのお家にも軒先に船が吊るしてあるわよ。何だか知らないけど随分と難儀なところなのねえ」
韮山が真横に見えた辺りで左折して十八丁畷と思しき道に入る。周りには見渡す限り田んぼが広がっている。それも所謂、深田と呼ばれる底なし沼みたいな泥んこだ。いったいどれだけ深いんだろう。これは考えようによっては水堀なんかよりずっと強力な防御施設といえそうだ。
韮山城、恐ろしい城! 大作は聳え立つ韮山を見上げながら顎をしゃくった。
「ここがあの女のハウスね!」
「あの女って誰よ? まさか、その女にも懸想していたんじゃないでしょうね?」
「はいはい、お約束お約束。歴史と伝統は守らなきゃならんもんな。それはそうと、あの有名な韮山反射炉はここから二キロくらい南にあるらしいぞ。時間があったら後で見に行こうな」
「いま行ったってどうせ無いんでしょうけどね」
一同の眼前に鎮座ましましている韮山城はどこからどう見ても典型的な平山城のようだ。本体となる城だけを見ればわりと小規模な城にあたるだろうか。だが、伊豆支配の重要拠点として北条家累代が次から次へと拡充を続けたお陰で韮山本城の後ろに聳える天ヶ嶽に多数の砦が作られたんだそうな。江川砦、土手和田砦、和田島砦、金谷砦、天ヶ岳砦、エトセトラエトセトラ。
何だか違法増改築を繰り返して迷路みたいになった某温泉旅館みたいだなあ。火災で大量の死者を出したりしなければ良いんだけれど。大作は他人事ながら気になってしょうがなかった。




