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巻ノ弐百六拾弐 撃て!F的を の巻

 大作の思い付きで始まった『なんでも実験 in 岱崎出丸』は何が何だかわけの分からないままに終わってしまった。だが、ほっと一息付く暇もなく山中城主の松田康長から新たに無理難題が下される。それはミニエー銃で三百メートル先の的を撃てというお題だった。


 このおっさん、放っておいたらそのうち灰で縄を()えとか、打たずとも鳴る太鼓を持って参れとか言い出すんじゃなかろうな。まあ、やり方は良く知ってるんで何とでもなるんだけれど。


「どういうわけだか戦国時代に来てからこっち、鉄砲との縁が切れんなあ。もしかして俺と鉄砲って赤い糸か何かで結ばれてるのかも知れんぞ」

「そうかも知れんわね。そうじゃないかも知らんけど。とにもかくにも大佐。ちゃっちゃと片付けちゃいましょうよ。そうと決まればまずは的が入用ね。何か丁度良い物は無いかしら」

「何かって言われてもなあ。三百メートル先の着弾が視認できなきゃならんぞ。たとえば水を入れた壺とか(かめ)なんかどうだじゃろ? 当たると割れちゃうから良く見えるんじゃね? YouTubeとかでもよく缶ジュースとか西瓜とか撃ってるじゃん。ちなみに壺と甕ってどう違うか知ってたか。東大理学部人類学教室の長谷部言人(ことんど)先生は頸の直径が本体の三分の二以上ある奴を甕、それ未満だったら壺って定義したんだとさ。まあ、この人がそう言ってるだけだから陶芸家がそれに従う義理はないんだけどな」

「一つ当てる度に壺や甕を割っちゃうですって! そんな勿体無いことできる筈が無いでしょうに。もっと他にやりようは無いのかしら。たとえばだけど釣り鐘みたいな物があれば当たると大きな音がすると思うわよ」

「釣り鐘だって? そんな物がいったいどこにあるってんだよ? あったとしても重くて運んでこられんぞ!」

「何よ大佐ったら! 反論するんなら対案を出しなさいな! 力なき正義は無力よ!」


 議論が徐々にヒートアップして行き、大作とお園は金切り声を荒げる。見るに見かねたメイが二人の間に割って入った。その顔には『Break!』と書いてあるかのようだ。


「どうどう、大佐&お園。争いは同じレベルの者同士でしか発生しないのよ。遠くて的が見えないのなら小田原のお城でやっていたみたいに的の側に人を置けば良いんじゃないかしら。一発撃つ毎に棒で当たったところを指し示させるのよ」

「ナイスアイディア、メイ! そう言えばそんなことをやっていたっけ。んじゃ、ナントカ丸。的の側に立ってくれるかなぁ~!」

「いいと…… いやいやいや! 的の側に立つなど危のうござりましょう! もしも当たったら如何なされるおつもりですか」


 ドン引きといった顔のナントカ丸がメイの後ろに素早く隠れる。こいつ見掛けによらず意外と危機感知能力が鋭いな。大作はナントカ丸の評価を一段階引き上げた。

 とは言え、誤解は解いて置かねば。しかも可及的速やかに。大作は不気味なくらい露骨な笑みを浮かべると猫なで声を上げた。


「あのなあ、ナントカ丸。別にロビンフッドみたいに頭の上にリンゴを乗せろって言ってるんじゃないぞ。安全圏まで退避してから……」

「ねえねえ、大佐。リンゴって利宇古宇(りうごう)のことでしょう? だったらそれはウィリアム・テルよ。それに利宇古宇って一寸か一寸五分くらいしかないから的にするには小さ過ぎるわね」

「だ~か~らぁ~~~! 別にリンゴを的にしようって言ってるんじゃないんだからね! んじゃ、アレだアレ。F的で良いんじゃね?」

「ビフテキ(死語)ですって! それって美味しいの?」

「いやいやいや、ビフテキじゃなくてF的ですから。ほら、蒲生城の二の丸で鉄砲を撃ったじゃん。アレだよ、アレ。って言うか、いまどきビフテキなんて言葉使う奴は見たことないぞ。昭和かよ!」

「大佐こそ何を言ってるのよ。今は天正でしょうに。そんなこと言い出したら……」


 大作たちがそんな阿呆なやり取りをしている間にも松田康長は何処からか紙や板、杭などを用意してくれた。それらの部材でメイが音頭を取ってF的を作る。

 一方でサツキは大作の持っていたJIS一級の十メートル鋼製巻尺を使って藁縄の長さを測り目印を付けて行く。瞬く間に長さ百メートルの荒縄が出来上がった。

 渋々といった顔のナントカ丸がF的を抱えて三百メートルの彼方に移動すると小一時間ほどで即席のシューティングレンジが完成した。


「さて、それじゃあまずは零点規制と参りましょうか。よく映画なんかでスナイパーみたいな人がライフルを組み立てたと思ったら試射もせずに一発で命中させたりしてるだろ? まあ、事前に何発も試射してたらそれはそれで絵面的に変だけどさ。んじゃ、お園。スコアラーを頼めるか?」

「後ろから望遠鏡で的を見て、弾がどこに当たったか教えれば良いんだったわね。だけどちゃんと見えるかしら」

「まあ、今回はナントカ丸が観的手をやってくれてるんだ。何とかなるんじゃね? ナントカ丸だけに」


 大作は勿体振った手付きで匙を取り出すとで火薬を計って筒先から入れる。何だかとっても茶色いなあ。もしかして萌の奴、褐色火薬の製造に成功したんだろうか。だったら教えてくれたら良かったのに。まあ、報告書をちゃんと読んでいなかったのが悪いんだけれども。

 続いて団栗みたいな形をした弾丸をいかにも大事そうに箱から取り出す。松田康長と間宮康俊の目の前に翳すと二人が揃って怪訝な顔で小首を傾げた。


「此れはまた、妙な形をした玉にございますなあ。何故に斯様な形をしておるのでございましょうや? 恐れながら御教授を賜りとう存じます」


 不意に背後から掛けられた声のする方を振り向くと興味津々といった顔の大有康甫と目が合った。そう言えばこの坊さん、山中城くんだりまでくっ付いてきちゃったんだっけ。よっぽど本業が暇なんだろうなあ。ちょっと待てよ、こいつは…… 伊達の関係者じゃんかよ!


「いや、その、あの…… この玉はアレですな、アレ。製造段階のマシントラブルか何かで不良品が混ざっちゃったんじゃないですかな。本来ならば検品作業で跳ねられるところですが、うっかりチェックを通り抜けちまったんでしょう。まあ、勿体無いから撃っちゃいましょうか」


 こんな言い訳で誤魔化せたんだろうか。漠然とした不安を感じながらも大作はミニエー弾にふっと息を吹きかけると素早く銃口から滑り込ませた。


「ねえねえ、大佐。どうしてそうやって玉に息を吹きかけるのよ? 息を吹きかけると何ぞ良いことでもあるのかしら?」

「え、えぇ~っと…… 映画とかでやってるのを見たことあるから真似しただけで特に意味は無いんだ。五郎丸選手のルーティーンみたいな物じゃね?」

「源五郎丸? もしかしてその女にも懸想していたんじゃないでしょうね?」

「いやいや、源五郎丸と五郎丸は別の人だから。ちなみに佐賀県に源五郎って地名があるらしいぞ。きっとご先祖様が源氏の五男とかだったんだろう」

「ふ、ふぅ~ん。そうなんだぁ~」


 そんな阿呆な会話にうつつを抜かしながらも大作は槊杖かるかでミニエー弾を銃身の奥まで押し込む。虎居で撃った出来損ないのヤーゲル銃モドキの時ほどは強い抵抗を感じない。きっと寸法精度が高いお陰なんだろう。手応えを確認しながら三回ほど軽く突いて様子を見る。

 火蓋を開いて火皿に口薬を盛って火蓋を閉める。火挟に火縄を挟んで…… しまった、火を点けるのを忘れていたぞ。

 大作はバックパックからBIGライターを取り出して火縄に火を点ける。松田康長や間宮康俊、大有康甫が一斉に好奇の視線を向けてくる。大作は激しく後悔するが例に寄って後の祭りだ。


「では、撃つと致しましょうか。誰か合図を送ってくれるかなぁ~?」

「私に任せて!」


 赤い布切れを先っぽに括り付けた棒をメイが振り回した。的の側に立っていたナントカ丸が慌てて物陰に退避する。


「んじゃ、お園。頼んだぞ」


 お園は素早く後ろに回り込むとしゃがんで望遠鏡を覗いた。

 大作は左手親指をペロッと舐めてから照星(フロントサイト)に擦り付ける。


「ねえねえ、大佐。どうせそれも映画で何方かがやっていたんでしょう?」

「あのなあ、お園。悪いんだけど照準動作に入ってから話し掛けるのはできたら遠慮してくれるかな。事故とか起こしたら怖いだろ?」

「そ、それもそうね。もう黙ってるわ。お口にチャック。射撃に集中して頂戴な」


 気を取り直した大作は筵を敷いた上に腹這いになる。銃には二脚(バイポッド)は付いていない。だが、メイが持ってきてくれた荷物の中にはライフルレストも入っていたので遠慮なく使わせてもらう。

 照門(リアサイト)はピープサイト式で縦長の四角い枠の中を小さな穴が空いた鉄板が上下に動くようになっている。左右から板バネで押さえられているらしい。力を入れて上に動かして『3』と書かれたところに合わせた。

 小さな穴から覗いたF的は米粒みたいに小さく見える。確かF的の高さは五十センチ、幅七十センチくらいだったはずだ。伏せた人間の絵が描いてあるはずなのだが何が何だかさぱ~り分からない。


「やっぱ点にしか見えんわな。そりゃ三百メートル先の五十センチなんて三百ミリ先の0.5ミリと同じだもん。シャーペンの芯を先から見てるのと同じだもんな」

「……」


 へんじがない、ただのおそののようだ。さっき話し掛けるなって言ったことをまだ根に持ってるらしい。

 って言うか、照星(フロントサイト)の幅より小さいんだから狙いようがないんですけど? 大作は心のなかでボヤキつつも照星の真ん中ら辺を適当に的に合わせた。

 元々の頬付け形の銃床(ストック)には肩付け形の銃床が強引に外付けされている。引き金(トリガー)の下には銃把(ピストルグリップ)が付いており、よく見てみればその表面には滑り止めのためらしい刻み加工(チェッカリング)まで施されていた。


「これってちょっとやり過ぎなんじゃね? 無駄にコストを掛けないんで欲しいんですけど。まあ、俺が払うんじゃないから別にどうでも良いんだけどさ」

「……」

「あのなあ、お園さん。いい加減に機嫌を直してくれよ。ほれ、この通り謝るからさ。本に済まんこってすたい」

「私は別に怒ってなんかいないわよ。それよりも早く撃っちゃいなさいな。みんなお待ちよ」

「へいへい、んじゃ撃ちますよ。みなさん耳を押さえて下さい。とっても大きな音がしますよ…… しまったぁ~! 耳栓を忘れてたぞ」


 照れ隠しに卑屈な笑みを浮かべながら大作はバックパックから手製の耳栓を取り出すと耳に詰める。

 ピープサイトの小さな穴から覗くF的は小さい。本当の本当に小さい。まるで点のようにしか見えん。

 シモ・ヘイヘがアイアンサイトを使って三百メートルでヘッドショットを決めたっていうけど本当なのかな。まあ、マサイ人みたいに視力が良かったら可能かも知れんけど。


『F的をセンターに入れてスイッチ』


 大作は心の中で呟くと銃握を握り締める。グリップセーフティーが作動して火蓋が軽やかに開く。絞り込むように引き金に力を入れると思っていたより軽いトリガープルだ。ストロークも随分と短い。これがスナイパー仕様って奴なんだろうか。もちろん撃ったことなんてないんだけれど射撃用の銃のトリガーは触ったか触らんか分からんくらいで作動するんだそうな。

 シアが外れると同時に火縄を挟んだ火鋏みが火蓋にパタンと倒れ込む。一瞬の間を置いて轟音が響き渡り、視界が白煙に包まれた。


「ゲフンゲフン、相変らず酷い煙だな。それはそうと、やったか?」

「やっぱり煙で何にも見えなかったわね。いくら望遠鏡でもあんな小さな玉が見えるわけないわ。だけどほら、ナントカ丸が何か言ってるみたいよ。ナントカ丸だけに」


 お園から手渡された単眼鏡を覗くとドヤ顔の小姓が顎をしゃくっていた。手にはハタキみたいにひらひらした布を先端に括りつけた竹竿を持っている。指し示しているのはF的の中心部だ。これぞ正にまぐれ当たりという奴なんだろうか。


「次弾装填!」


 気を取り直して濡らした布を先っぽに付けた棒で銃身内をクリーニングする。続いて乾いた布で銃身内を拭く。匙で褐色火薬を量って銃身に入れる。火皿に残った灰を吹き飛ばして口薬を盛る。火縄に息を吹きかけて火挟みに挟んで…… もう飽き飽きしてきたんですけど!

 大作は助けを求めるように上目遣いでお園の顔色を伺う。だが、返ってきたのは早く終われよと言わんばかりの冷たい視線だった。




 意味不明な義務感に突き動かされながらもどうにかこうにか十発の弾丸を無事に撃ち終わる。白い布切れを振り回して合図を送るとナントカ丸が穴だらけの紙切れをさも大事そうに抱えて戻ってきた。


「一、二、三、四……」


 大作は数を数えながら紙に開いた穴にボールペンで印を付けながらカウントする。


「七、八、九、十、全弾命中! どうよ? これって結構凄いんじゃね」

「もしかして零点規制なんてやることなかったんじゃないかしら」

「そ、そうかも知れんな。如何でしたかな松田殿、間宮殿。三百メートル先の的に十発十中。こいつが二千丁あれば豊臣など恐るに…… 恐るるにたらずでしょう? いやあ、来年の三月が楽しみですなあ」

「うぅ~む。確かに此の鉄砲、なかなかの出で映えにございますな。然れども豊臣の兵は二十万を越ゆると申されませなんだか? 如何に優れた鉄砲があろうとも容易く倒せるとは思し召されますな」


 何だか知らないが松田康長はとってもネガティブ思考な人らしい。隣では間宮康俊も禿同といった顔で激しく頷いている。

 楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する。慎重であることは指揮官にとって重要な適性だ。とは言え、トップが勝てないと思っているような戦で下が付いてくるとは思えん。

 ここはとっておきの隠し玉を披露して士気を上げておくべきかも知れんな。大作は意味深な笑みを浮かべると少しだけ声を潜めて話しを続ける。


「これは最重要機密に属する事柄ですがお二人にだけは特別にお話して置きましょう。絶対に絶対に他言は無用に願いますぞ。実はいま小田原では撒いただけで大層と良く燃えるテレピン油という油を大量生産しております。これをコングリーヴ・ロケットや飛行爆弾に搭載すれば一里先を火の海にすることも夢ではございません。ここ山中城は無論のこと、下田城を攻める豊臣の水軍も纏めて焼き払ってやる所存にござりますれば……」

「此れは此れは魂消(たまぎ)り仕りましたぞ、左京太夫様。其のお話、いま少し詳らかにはお聞かせ願えませぬかな? 叶いますれば其の『てれぴんゆ』とやらも僅かばかりでもお分け頂けませぬでしょうか? 伏してお願い申し上げまする」


 不意に背後から掛けられた声のする方を振り向くと興味津々といった顔の大有康甫と目が合った。

 えぇ~っ、こいつまだここにいたのかよ! まさかとは思うけど死ぬまで俺に付きまとうつもりじゃあるまいな? 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。


「いや、あの、その…… 今のは場を和ませようとしたちょっとしたアメリカンジョークにございますよ。良く燃える油もロケット弾も嘘っぱち。あの鉄砲だって本当を言うとカスタムパーツで組み上げた世界でただ一丁のワンオフ品でしてな。実は二つとして同じ物を作ることはできぬのですよ。こんなところでご納得願えませんか。ね? ね? ね?」

「は、はぁ?」


 こんな阿呆な言い訳で誤魔化せるんだろうか。いや、多分駄目だろうな。だったらいっそのこと始末しちまうか? さり気なくサツキとメイに視線を送ってみるが二人は揃って首を傾げている。


 とは言え、戦の四ヶ月も手前の段階で伊達の外交僧をぶっ殺したら小田原征伐の前に対伊達戦が始まっちまうんじゃね? いずれ折を見て伊達は滅ぼすつもりだった。だが、対豊臣戦の前に片付けるのは流石に負荷が大きすぎるかも知れん。

 それにここで歴史を大きく変えたら豊臣の対北条戦略も変わってしまうに違いない。大作は自分の手で歴史を変えたいのだ。他人の手で変えられるなんて真っ平御免の介。ここはやはり大人しくお引き取り願うしかなさそうな。


「一風軒殿、これは拙僧の機関の仕事にございます。伊達殿は必要な時に手を貸して下さればよい。無論、拙僧が政府の密命を受けていることもお忘れなく。では、これにて御免!」


 大作は得意の名セリフを吐くと後ろを振り返ることもなく脱兎の如くその場を後にした。


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