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巻ノ弐拾六 堺は燃えているか の巻

 大作の代わりに藤吉郎がテントに入って眠りに就く。お園と二人でテントで寝る藤吉郎に大作は嫉妬の炎を燃やす。

 こんなことになるんならモモッチの家に泊めてもらえば良かった。せめてもっと南のルートで名張を通っていればこんな目に遭わなかったのに。

 正に『後悔先に立たずんば虎児を得ずんば』だ。そう言えばイギリス女王エリザベス二世の夫はエディンバラ公だったっけ。

 いかん、寝ぼけて頭が回らんぞ。


 大作は二十二時から深夜二時までの不寝番を務める。火を絶やさぬように薪をくべたりLEDライトで周囲を照らす。

 気分はスタンド・バイ・ミーの眼鏡の少年だ。


 退屈だ。死ぬほど退屈だ。本当に熊なんて出るのか? 心配のし過ぎじゃね? スマホで音楽でも聞こうかとも思ったがそれだと不寝番の意味が無い。

 我慢して周辺警戒に全神経を集中させる。退屈で死ぬ前に何とか時間が過ぎたので大作はお園を起こした。


「おはよう大佐。私の番ね」

「熊が出たら直ぐに起こしてくれよ。ただし大声を出して熊を驚かせたら駄目だぞ。催涙ガスはどうする?」

「私には扱えないから大佐が持っていて。ちゃんと見張っているから安心して寝てて良いわよ」

「気を付けてな。おやすみ」




 そして幾年もの年月が流れた。長旅の末に三人は筑紫島に辿り着いた。

 お園との間に一男一女を授かり、藤吉郎も所帯を持って豊かで賑やかな日々が続くと思われた。


 だがそんな日常は突然に終わりを告げ……




「大佐、そろそろ起きて。朝ご飯よ」


 熟睡出来ないって辛いぞ。夢もマトモに見れないのかよ。山の中で野宿は二度としないと心に誓う大作であった。




 朝食もそこそこに三人は堺を目指して山道を進む。途中までは昨日と同じで大したこともない山道だった。だが、奈良盆地に入る手前で山道が急に険しくなる。道が曲がりくねっていてどっちに向かっているのかさっぱり分からん。昼前には何とか奈良盆地に出ることができた。


「ここが(いにしえ)の奈良の都だぞ。今は何も無い原っぱだけど昔はこの辺りまで平城京っていう凄い都があったんだ」

「『古の奈良の都の八重桜 けふ九重に匂ひぬる哉』ね」

「何でございますか、それは?」

「百人一首だろ。『ちはや○る』に出てきた気がするぞ」


 はたして『ちは○ふる』なんて単語にまで著作権があるんだろうか。大作は念のため伏せ字にした。


 奈良盆地は東西の幅は十五キロほどなので四時間もあれば通りすぎる。特に見るべき物も無いのでノンストップで通過する。

 とは言え最低限の観光案内はしておいた方が良いだろう。


「皆様、右手をご覧下さい。あちらに見えますのがかの有名な東大寺大仏殿にございま~す。今から十七年後に松永久秀によって放火され全焼してしまいま~す。左手をご覧下さい。あちらにぽつ~んと(そび)えておりますのが大和三山の一つ耳成(みみなし)山でございま~す」

「万葉集にも歌われている山ね。思っていたよりずっと可愛い山だわ」

「お二人は何でも知っておられるのございますな」


 藤吉郎が少し拗ねているようだ。これはフォローが必要だと大作は思った。


「全部スマホに書いてあることだ。これから藤吉郎も時間を掛けて学んで行けば良い。俺とお園が何でも教えてやるぞ」

「そうよ。学ぶのに遅いということはないわよ」


 お園も空気を読んで同意してくれている。どいつもこいつも手間の掛かる奴らだ。大作は心の中で悪態をついたが顔には出さなかった。

 まあ、藤吉郎を手懐ける為の必要コストだと思えば安い物だ。


 生駒山地に差し掛かると少しだけ山道が険しくなる。だがこれまでの山道に比べると中の下といったところだろう。

 半時間ほどの山道を通りすぎると大阪平野に入る。大和川の支流の石川には橋が掛かっていたので遠慮せずに渡る。

 日が暮れる前に三人は堺の外れに辿り着いた。


「あれが堺だ。二人とも見たことも無いような珍しい物が一杯あるだろうけど見物は明日にしよう。今日はゆっくり休もう」

「熊が出る心配も無いわね」

「あんな思いはこりごりでございます」


 堺からほど近い場所なので人通りが多くて落ち着かない。なるべく人通りの少ない空き地にテントを張る。

 さすがに日が暮れると人通りも少なくなったので落ち着いて夕食を取り眠りに就くことができた。




 三人とも昨晩に熟睡できなかったこともあって爆睡と言って良いほど良く眠れたようだ。

 大作はお園の寝相に悩まされることもなく翌朝に目覚めることができた。夢は覚えていなかった。


 朝食もそこそこに三人は堺を目指す。

 堺の西側は二十一世紀よりずっと海岸線が内陸寄りにあって港になっている。南北と東には幅十メートル以上の堀を巡らせた環濠都市だ。

 三人は堀に掛かった橋を渡る。橋のたもとには役人だか警備員だか分からないがスタッフらしい人が立っていた。通行料を取られる訳では無さそうなので軽く会釈して素通りする。

 町の規模は南北三キロ、東西一キロくらいはありそうだ。人口も六万人くらいらしい。十四年後にルイス・フロイスもやって来て東洋のベニスと記しただけのことはある。


「堺の町は会合衆(えごうしゅう)と呼ばれる豪商たちによって治められている。お城じゃなくて町が掘に囲まれてるなんて珍しいだろ。六万人も人が住んでるんだ。京や奈良よりは少ないけど山口と並ぶ日本有数の巨大都市だぞ」

「まるでお祭りみたいね。こんなに沢山の人が集まってるのを見るのは初めてだわ」

「某も同じにござります。なにやら恐ろしゅうなって参りました」


 こいつらに同人誌即売会の群衆を見せたらどんな反応するんだろう。初めて見たときは大作も驚いたものだった。


 気を取り直して大作はスマホで堺の年表をチェックする。明応三年(1494)南荘全域焼失、永正五年(1508)南荘千余戸焼失、大永六年(1526)二千七百戸焼失、天文元年(1532)北荘全域、南荘三分の一、四千戸焼失。

 日本の家は木と紙で出来てるとか言うけど、どんだけ燃えやすい町なんだ。火災保険料が大変なことになりそうだと大作は心配した。


 天文二十二年(1553)には全域の三分の二程焼失、同じ年に残りも焼失するそうだ。何があったのか書いて無いけど凄く気になる。

 大作は『パリは燃えているか』という映画を思い出していた。結局あの映画ではパリは燃えなかったのだが。


 今年の暮れには京に行く途中のザビエルも立ち寄るらしい。半年早く来てくれていたらあのユニークな髪型を生で見れたかも知れないと思うと実に残念だ。Wikipediaにはザビエルはトンスラじゃ無かったという説も書いてあるので物凄く気になっていたのだ。

 とは言えザビエルを見るために半年も堺でのんびりしてる訳にも行かない。


 とりあえず三人で町を適当にぶらつく。大作は藤吉郎に頼んで釘や竹竿やお椀等の雑貨を入手してもらった。僧侶が銭で買い物するのは(はばか)られたからだ。

 南北三キロの町なので買い物がてら、のんびりと物見遊山しても二時間ほどで一回してしまう。

 堀のそばに小さな空き地を見つけて落ち着くと大作は二人に言った。


「二人とも手先は器用な方か? 今から図画工作の時間だぞ」

「何を作られるのでありましょうか」

「水平に磁針を保つ宙釣り式羅針盤を作るんだ。本当なら今から十年ほど先のイタリアで作られる物を先取りするぞ」

「前に藤吉郎の針で作った物ね。今度は釘で作るのね」


 大作はダイソーで買ったネオジム磁石を使って釘を磁化する。木片の上下をナイフで削って穴を開け、釘を中間辺りまで打ち込んでバランスを取る。

 藤吉郎は椀の底に穴を開けて竹串を刺す。

 お園が竹を割き、適当な所に穴を開けて竹串を刺す。椀の上から釘を押えるよう竹串の位置を調整する。


「できたわ。ちゃんと北を指してるのかしら」

「お天道様があちらです。間違いござりません」

「持ったままゆっくりぐるっと回ってみろ」

「凄いわ。傾けてもちゃんと南北を指してるわよ。水に浮かべるよりずっと見易いわね」


 できればガラスで蓋をしたいところだが今はこれが精一杯なのだ。ついでにもう一工夫しておこう。


「もうちっとだけ続くんじゃ」

「今度は何を作るのかしら。とっても楽しみだわ」

「早う教えて下さいませ。気が急いてなりませぬ」


 竹を割いた物で椀より一回り大きい輪を作る。椀と輪に穴を開けて竹串を通す。九十度ずれた位置にも穴を開けて竹串を通す。椀の底に重りになる石を(にかわ)で貼り付ける。

 お園と藤吉郎があからさまにがっかりしているのが大作にも良く分かった。


「たったのこれだけでございますか?」

「藤吉郎には分からないか。お園はどうだ?」

「輪が縦や横に傾いても椀が傾かない仕掛けね。輪を一つ付けたただけでこんなことができるなんて不思議ね」

「お園は賢いなあ。これが二軸のジンバルだぞ。藤吉郎も分かったか。これで羅針盤は完成だ。次はもうちょっと大変だぞ」


 竹を割いて幅一センチくらいの板を大量に作る。斜めにずらりと並べて縦横にボールペンで線を引く。


「まず九の段だ。九九八十一、九八七十二、九七六十三、九六五十四……」


 しまった! ボールペンが一本しか無い。それに二人は九九が判らないから手分け出来ないじゃないか! まあワンセット作ればコピーだけなら二人にも出来るだろう。

 大作はこれが九九であることを説明しながら竹の棒に文字を書く。

 十五分ほどでゼロの段まで十本の棒が完成した。あとはこれを何セット作るかだ。

 一時間あればあと四セット作れる。そんな物で良いかと大作は思った。


「二人とも読み書きは出来るな。じゃあ二人は交代で同じ物を二個ずつ作ってくれ」

「九九とやらが書いてあるのは分かりました。しかしこれで何をするのか皆目見当も付きませぬ」

「これはネイピアの骨の改良型だぞ。出来上がったら使い方を説明してやる。もうひと踏ん張りしてくれ」


 ネイピアの骨とは対数で有名なスコットランドの数学者ジョン・ネイピアが1614年に考案した計算道具だ。十九世紀にアリスモメートル計算機やオドナー計算機といった機械式計算機が発達するまで使われていたそうだ。


 英語には基数詞が一種類しか無いので語呂合わせ出来ないってwikipediaに書いてあった。

 ドイツ語の数詞はもっとややこしい。二十一を表現するのに一足す二十と表現するそうだ。

 フランス語はさらに面倒だ。八十一を表現するのに二十×四足す一と表現するんだとか。

 そんなわけで九九を言えない人が多いという話だ。だからこんな棒切れに頼っていたらしい。


 日本でも江戸時代には庶民も寺子屋で九九を学んだそうだが、この時代なら重宝してもらえる可能性はある。

 まあ駄目でも原価はタダ同然だ。失敗したら次の手を考えようと大作は開き直る。


 あとはこれを誰に売り込むかだ。

 大作は堺の商人と言えば一人しか名前を知らなかった。大河ドラマやゲームにも登場する今井宗久だ。


「それじゃあ今井って店を探すぞ! Let's go together!」


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