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巻ノ弐百伍拾九 登れ!湯坂路を の巻

 大作とお園と愉快な仲間たちは早川と須雲川に挟まれた険しい尾根をのんびりと登って行く。須雲川に沿った箱根八里は江戸時代に整備された物だ。戦国末期のこの時代にはまだ影も形も無い。

 湯坂山頂の尾根に沿って湯坂城が箱根湯本を見下ろすように建っている。確か大森氏とかいう輩が室町時代に建てた城なんだっけ。まあ、大森氏は明応四年(1495)に北条早雲に滅ぼされてしまったんだけれども。


 砦のような山城は前に通った時と特に代わり映えしていないような、しているような。分からん、さぱ~り分からん。こんなことなら写真でも撮っておけばよかったな。後悔するが時すでに遅しだ。

 とは言え、歴史と伝統は守らねばならん。大作は小さく息を吸い込むと忌々し気にお決まりの名セリフを吐き捨てる。


「フン、半年前と同じだ。なんの補強工事もしておらん」

「そんなことないわよ。前に通った時よりも堀切が増えているような気がするわ」

「そりゃそうだろ。豊臣との大戦が目前なんだもん。だけどもこの城、上に行くほど狭くなってるじゃん。そもそも西からの攻撃を防ぐようには設計されていないんじゃね? なんせこの城が役に立ったって資料が何一つとして残っていないんだもん。山中城を突破した豊臣勢は二日後には小田原城下まで来ちゃったらしいぞ」

「そうなの? でも、北条記の巻六には小田原の役の折に湯本口を千葉介様が固めたって書いてあるわよ」


 お園の口から飛び出した衝撃の発言に大作は思わず息を飲む。掲げられたスマホに目をやれば確かにそんなことが書いてあるような、いないような。いやいや、書いてあるんだけれど。


「千葉介って屁の人だよな? 確か四年前に刺殺されたんじゃなかったっけ」

「屁のお方は千葉邦胤様ね。その御子息、千葉新介重胤様ってお方らしいわよ。まだお若かったから御名代が八千余騎を率いたとか何とか」

「それって絶対に嘘だろ! こんな狭い城に八千騎も入れる筈が無いじゃん。って言うか、そんな戦力があるなら山中城に回せよ! そもそも湯本口っていうのは小田原城惣構の湯本方面ってことなんじゃね? だから湯本城とは違うと思うんだけどなあ。それにほら、これを見てみろよ。毛利家文書の『小田原陣仕寄陣取図』には千葉殿(直重、氏政の七男、氏直の弟)が湯本口じゃなくて北西の要衝・水ノ尾口を守衛して宇喜多勢と対峙したって書いてあるぞ。北条記の記述なんて当てになるのかなあ?」

「そんなん私に言われたって知らないわよ! 私は書いてあるって教えてあげただけじゃないの! 信じようと、信じまいと大佐の勝手でしょうに!」


 目をギラギラと光らせたお園が髪を振り乱しながら絶叫する。またもやヒトラー最後の十二日間かよ。いくらあの映画が好きだからってこう何度もやられたら飽きちゃうぞ。まあ、あのヒトラーは映画史上最高のヒトラーといっても過言ではないほどの出来だったから無理も無いけどさ。

 それはそうとブルーノ・ガンツといえばアルムおんじ役もやってたっけ。バルトの楽園ではドイツ軍青島総督役もやってたし。そう言えば……


「もしもし、大佐。もしも~し! もおぅ、大佐ったら! Do you hear me?」

「へぁ? 何だお園か。急に大声なんか出してどしたん?」

「どしたんじゃないわよ。何方かご挨拶に見えられたみたいだわ。ねえ、ナントカ丸。彼方のお方はどちら様なのかしら」


 言われた方に目を向けてみれば二人の男が供回りを引き連れて此方へと歩いてくる。両方とも年の頃はアラフォーといったところだろうか。揃って地味だが高そうな小袖の上にこれまた上等そうな肩衣を羽織り、腰に差している刀の鍔も見事な細工が入った高級品らしい。どうやらこいつらは只者ではなさそうな。


「おいおい、ナントカ丸。それでもこの世で最も邪悪な一族と言われた末裔か!! どうした化物、さっさと答えんか!」

「ば、化け物? 如何に御本城様とは申せ、些か無下にござりませぬか? 彼方、髭のお方は千葉刑部少輔清胤様にあらせられまする。千葉邦胤様の兄君にございます。此方のお方は東下総守直胤様にあらせられますぞ。下総東氏のご当主ですな」

「ふ、ふぅ~ん。いつもながら大したもんだな。お前さんの頭の中にはどんだけの人物データが入ってるんだ? 一遍で良いから開けて中を見て見たいもんだぞ」

「いやいや、其ればかりはご勘弁下さりませ」


 薄ら笑いを浮かべながら幼い小姓が両手で頭を押さえる。なかなか良いリアクションだ。大作はナントカ丸の人物評価を一段階引き上げた。


「やっぱりねえ! 北条記に書いてあることの方が真だったじゃないの。毛利家文書なんて信ずるに値しないわ。どう? 得心したかしら、大佐」


 見たこともないようなドヤ顔を浮かべたお園は勝ち誇ったように顎をしゃくる。たかが二分の一の賭けに勝っただけの奴が何を偉そうに。大作は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さない。


「はいはい、そうですねえ。私が間違っておりましたよ。だがな、お園。人間は間違いから成長するんだぞ。ビスマルクは申された。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶってな」

「それって我こそが愚者だっていってるようなものよ、大佐」

「それがどうした? どうせ俺は正位置の愚者(ザ・フール)さ。あの雲のように自由気ままに生きるんだ。け、拳王の…… ク・ソ・バ・カ・ヤ・ロ・ウ…!」


 調子に乗った大作は言いたい放題に口から出まかせを並べる。そのせいで周囲に対する警戒が完全に散漫になっていることに気付かなかった。


「此れは此れは御本城様、陸奥守様。ご尊顔拝し奉り恐悦至極に存じまする。斯様な所へお出でとは如何なされましたかな?」

「うわぁ! びっくりしたなあ、もう」


 突如として横から掛けられた声に振り返ってみれば髭のおっちゃんが深々と頭を下げながら愛想笑いを浮かべていた。隣に並んだおっちゃんも柔和な笑みを浮かべている。

 縮地か? 縮地なのか? いったい何てリアクションしたら良いんだろう。虚を衝かれた大作は考えが纏まらずフリーズしてしまう。

 余りに狼狽えた御本城様の姿を見るに見かねたのだろうか。いつの間にか馬から降りていた氏照がフォローするように口を挟んできた。


「此度、儂が山中城を預かりしことは存じておられるか? 因って御本城様にも御検分頂き、何ぞ良い知恵でも拝借しようかと思うておるのじゃ」

「おお、御本城様が御自ら御出座し頂けるとは有難きことにござりまするな。宜しければ某もお供させて頂いても宜しゅうございますか? 御本城様の御知恵とやらを直に拝見致しとう存じまする」

「何卒お許し頂きますよう伏してお願い申し上げます」


 変なスイッチでも入ったかのように二人のおっちゃんが交互に頭を上げ下げし始める。その奇妙に同期したリズミカルな動きを見ていると大作は何故だかガスト式機関砲を連想してしまった。


「ガスト式ですって? 機関砲っていうんだから食べ物じゃなさそうね。それってどんな絡繰のかしら?」

「第一次大戦末期のドイツで考案された連装機関砲さ。二門の機関砲をシーソーみたいなリンクで平行連結して装填と発射を交互に行うんだ。旧ソ連の23ミリや30ミリ機関砲なんかが有名だな。まあ、そんな話はどうでも宜しい。それよりも刑部少輔殿と下総守殿でしたっけ?」

「ははぁ!」

「残念ながら今期の受付は全て終了しております。次回の開催を楽しみにお待ち下さりませ。ご希望に沿うことができず申し訳ございません」


 大作が深々と頭を下げるとお園やナントカ丸も素早くシンクロした。頭を下げたままゆっくり三つ数えた後、ぱっと顔を上げる。


「然らばこれにて御免!」


 呆気に取られた顔の千葉コンビを放置して大作はBダッシュで坂道を駆け上る。


 俺はようやく登り始めたばかりだからな。この果てしなく遠い湯坂路をよ…… 未完

『生須賀大作の次回作にご期待下さい』


 大作は心の中で小さく呟いた。






 箱根の山は、天下の(けん)

 函谷關(かんこくかん)も ものならず

 萬丈(ばんじょう)の山、千仞(せんじん)の谷

 前に(そび)え、後方(しりへ)にささふ


 明治三十四年(1901)発行の中学唱歌に掲載された『箱根八里』をみんなで合唱しながら急な湯坂路を登って行く。

 まあ、この時代には箱根八里なんて影も形も無いんだけれど。

 ちなみに作詞は鳥居忱(とりいまこと)(1917年没)、作曲は瀧廉太郎(たきれんたろう)(1903年没)だ。


 しばらく進むとそれほど広くはないが平坦な原っぱが現れた。地図で確認すると城山の山頂辺りのようだ。標高は七百メートルといったところだろうか。遥か前方には沢山の山々が連なっている。

 大作が肩で息をついているとお園が遠くを指差しながら大声を出した。


「大佐、チェックシックス! 後ろを見てみなさいな」

「何だって? 俺は過去を振り返らない主義なんだけどなあ」


 そんなことを言いながらも大作が超信地旋回してみると眼前には見事な景色が広がっていた。今まで登ってきた険しい尾根が麓まで一直線に伸び、その先には早川が相模湾に注ぎ込む。遥か彼方には薄靄に霞んだ三浦半島も伺うことができる。


「本に見事なる景色よねえ。どう、大佐? 偶には過去を振り返るのも良いものでしょう」

「偶には良いかもな。前に通った時には景色なんて眺めている余裕はなかったし」


 大作たちは絶景ポイントを探すと記念写真を何枚か撮影した。

 小休止の後、北に向かって尾根伝いを進んで行くとすぐに浅間山頂に着く。ここも四十年と特に変わったところは無いようだ。相も変わらず何にも無い見晴らしの良い原っぱが広がっている。北の方を見やれば小涌谷や強羅、仙石原の辺りまでが見渡せた。上空には良い具合に靄が掛かり遠くの空には綺麗な虹が掛かっている。


「なあなあ、ナントカ丸。虹が二重になって見えてるだろ。内側の虹が主虹、外側の虹を副虹っていうんだぞ。知ってたか?」

「ほほう、内側が主にございまするか。左様な名があるとは露ほども存じませんでした」


 さも関心したようにナントカ丸が深く頷く。だが、突如としてお園が無駄薀蓄大会に乱入してきた。


「主虹は内側が紫なのが分かるかしら? だけど副虹は外側が紫でしょう? これは主虹の雨粒の中で光が一回反射、副虹は二回反射してるから逆になっているのよ。ここ、試験に出るから覚えときなさいね」

「こ、心得ました」


 ちょっと困惑気味のナントカ丸が曖昧な笑みを浮かべた。

 こいつは負けてはおれんぞ。大作も無い知恵を絞る。


「主虹と副虹の間の空をよぉ~っく見てみろ。ちょっとだけ暗くなってるのが分かるかな? わっかんねぇだろぉ~なぁ~ あれをアレキサンダーの暗帯っていうんだぞ。ここも試験に出るから覚えておくんだぞ」

「ぎょ、御意……」


 不安そうに瞳を泳がせているナントカ丸の顔を見ているだけで大作はお腹一杯の気分だ。

 そもそもこんなこと知っていて何の役に立つんだろう。まあ、暇つぶしにはなったから良いか。大作は考えるのを止めた。


 一同は和気藹々といった様子で急な山道を進んで行く。そのまま坂道を登り切ると道は西南西へとぐるりと方向転換した。緩い坂路の先には南北方向に鷹巣山頂がなだらかに広がっている。


 鷹巣山は以前に通った時の面影をまったく残していないほど変わり果てた姿だ。幾つも連なる曲輪には掘っ立て小屋みたいな建物が所狭しと並び、あちこち作られた深い堀切はいかにも山城といった風情を醸し出している。

 急に立ち止まったお園が手で指し示しながら口を開いた。


「あれが鷹巣山だったわね。テレビ版第三使徒サキ○ルの時にN2地雷で吹っ飛んだ山で、ト○ジの妹が怪我したのはその時だったかしら」

「流石は完全記憶能力者だな。だけども今は鷹の巣城とやらが建ってるみたいだぞ。まあ、あの城は山中城が落ちたその日の内に落とされてるんで何の存在価値もなかったんだけどさ。強いて上げれば家康があそこに一泊したくらいだな」

「ふ、ふぅ~ん。何だか阿呆みたいな話ねえ。敵を泊めてやるために城を建てただなんて。どうにかして一泡吹かせてやれないのかしら」


 お園は小首を傾げると眉間に皺を寄せて考え込む。しかし、ここは何か違った方向に持っていく場面じゃないのかなあ。大作は例に寄って無い知恵を振り絞る。


 確か史実だと徳川と北条の対立が決定的になった段階で家康は氏直と督姫を離縁させようとしたんだとか。だが、督姫はそれに逆らって小田原に残ったそうな。愛する夫と二人の娘を選んだってことなんだろう。奮戦虚しく小田原城が落ち、氏政と氏照が切腹。氏直が高野山に送られると督姫は一時、徳川の元に戻ったそうな。翌年、氏直が赦されて大坂に移ると督姫との再開を果たす。残念ながら数か月後に氏直は疱瘡で死んじまったんだけれども。

 とにもかくにも、こんなドラマチックな設定を丸っきり無視しちまうなんて勿体無いお化けが出そうな話だぞ。どうにかして感動エピソードの一つもでっち上げねば。 


 素早く考えを纏めた大作は上目遣いでお園の顔色を伺いながら口を開いた。


「あのなあ、お園。家康って一応は督姫の父親って設定なんだぞ。争う夫と父の板挟みになった女の悲哀みたいな? そこのところにもうちょっだけフォーカスした発言をしては貰えんじゃろかのう」

「そんなこと急に言われたって知らないわよ。だって私、その家康ってお方に会ったこともないんですもの。こうなったらもうアレで良いんじゃないかしら。『癩病患者収容所』って立て看板でも置いておけば? 光明皇后様がお建てになった悲田院や施薬院みたいにね」

「うぅ~ん、豊臣との戦が始まればどうしたって負傷兵や戦災孤児も増えてくるよな。パリ廃兵院みたいな施設を作ってみるのも一興か? いやいや、それにしたって癩病だけは不味いだろ。ハンセン病に対する差別や偏見を助長する恐れがあるんじゃね? 冗談でネタにするには重すぎるテーマだと思うんだけどなあ」

「何を言うのよ、大佐。散々っぱらアウシュビッツや原爆をネタにしておいて今さら常識人を気取るつもりなの? そも、ハンセン病は感染力が非常に弱いし大抵の人には自然の免疫があるんじゃなかったかしら。だから『最も感染力の弱い感染病』なんて言われてるそうよ。広く民草にハンセン病に関する正しい知識を広め、理解を深めて行くのも御本城様の役目と違うかしら? そのためには……」


 そんな話をしている間にも一同は鷹巣城の正面に近付いて行く。大手門らしき粗末な作りの城門脇には足軽風の初老の男が一人で暇そうに突っ立っていた。怪訝な顔でこちらを観察していた門番らしき男は氏照の顔に気付いた途端、深々と頭を下げる。

 厄介事に巻き込まれたくない一心の大作は黙って素通りする気で満々だった。満々だったのだだが…… こんな風に頭を下げられたら知らんぷりするわけにもいかんよなあ。


「お勤めご苦労様にござります。どうかあなたに神のご加護がありますように。インシャアッラー……」


 意味深な笑みを浮かべながら胸の前で十字を切る。唖然とした門番の顔を見られただけで大作はもう思い残すことは無い。そもそもこんなところでロスタイム…… じゃなかった、アディショナルタイムを食ってる場合じゃないのだ。例に寄って例の如く、脱兎のようにその場を後にした。




 鬱蒼とした林の中、曲がりくねった山道をのんびりと歩いて行く。谷間に真っ直ぐ延びる幅の広いゆるやかな坂を登り切るとようやく下り坂が現れた。大作はスマホの地図で現在位置を確認する。


「どうやらここが国道一号線の最高地点らしいな。たぶん標高は八百七十四メートルくらいのはずだ。ちなみに一般的に箱根峠といえばここから南南西に四キロほどの地点を指すらしいんだけどさ」

「最高地点っていうことは此処が一番高いってことよ。ナントカ丸、疲れてるでしょうけどもう一踏ん張りよ」

「は、はい。督姫様……」


 青白い顔をしたナントカ丸が力なく微笑む。

 百メートルほど進んで行くと道の左手に高さ二メートル半はある石造の五輪塔が仲良く三基並んでいた。


「ナントカ丸、アレがかの有名な曽我兄弟の墓だぞ」

「兄弟なのに何で三つあるのでございましょうや?」

「な、何でだろうな? 実は団子の三兄弟だったとか?」

「左の二つが曽我十郎と五郎のお墓よ。右の少し小さい塔は十郎の妻、虎御前のお墓らしいわね」


 横から割り込んできたお園がさも当然のように答える。無駄蘊蓄を横取りされた大作は黙って唇を噛むことしかできない。

 さらに百メートルほど進むと今度は数々の石仏が掘られた大きな安山岩が現れた。


「見て見ろ、ナントカ丸! これが二十五菩薩石仏群だぞ。誰が一体、何の目的で彫ったのか謎だろ?」

「でも、大佐。二十六あるみたいよ」

「そ、そうなのか? ひい、ふう、みい…… 本当だ! んじゃあ、何で二十五菩薩なんだろな。分かった! どれか一つが菩薩様じゃないのかも知れんな」

「そうかも知れんわね。そうじゃないかも知らんけど。そんなことよりナントカ丸。アレがかの有名な二子山よ。テレビ版第五使徒ラミ○ルや新劇場版:(じょ)の第六の使徒をポジト○ンライフルで超長距離狙撃したヤ○マ作戦では下二子山に増設変電所が作られたんですって。あっちに見える駒ケ岳は第六の使徒の反撃で吹っ飛んだそうね。エ○ァ初号機の狙撃ポイントはもう少し行ったところだわ」


 何てこった! 大作は頭を抱えて小さく唸る。前に通った時に聞かせた解説をそっくりそのままパクってやがるじゃないかよ。とは言え、こんな物に著作権が主張できるはずもないし。黙って泣き寝入りするしかないのかよ。

 いやいや、座して死を待つよりは打って出ろだ。大作は素早く頭を切り替えると無い知恵を絞った。


「なあなあ、ナントカ丸。『ウルトラセブン』に地球防衛軍極東基地って出てくるだろ? アレのウルトラホーク1号の発進口も二子山にあるって知ってたか?」

「それは存じませんでした。魂消(たまぎ)り仕りましたぞ」

「ところがぎっちょん。地球防衛軍極東基地は静岡県の富士山麓にあるんだとさ。だからこの二子山じゃないんだ。残念!」

「さ、左様にござりまするか。真に口惜しい限りにございまするな」


 二百メートルほど行くと精進池の畔に源(多田)満仲の宝篋印塔が建っていた。すぐ隣には八百比丘尼の墓と伝わる宝篋印塔も並んでいる。

 大作が近くまで寄って穴の開くほど観察すると観応元年(1350)の銘が刻まれていた。


「八百比丘尼って八百年も生きたといかいう若狭国の女の人だよな? そのお墓がなんでこんなところに建ってるんだろうな。っていうか、1350年の八百年前っていうと550年ごろか。それってまだ任那日本府とかあった時代だぞ。会ってみたかったなあ」

「まあ、大佐ったら。とうとう八百比丘尼にまで懸想しちゃったのかしら?」

「あのなあ。お園。ちゃんと話を聞いてたのか? 二百四十年も前に死んじゃった人なんだぞ。年上にもほどがあるだろ?」

「あのねえ、大佐。戯れに決まってるでしょう。マジレス禁止よ」


 大きな安山岩に掘られた大小2つの地蔵菩薩や高さ三メートル半もある大岩に掘られた地蔵菩薩坐像の前で記念写真を撮る。

 曲がりくねった道を下って行くと大きな大きな芦ノ湖が見えてきた。


「確かエ○ァ初号機の狙撃ポイントはこの辺りだったわよねえ。特務機関NE○Vが作った使徒迎撃専用要塞都市、第三新東京市は芦ノ湖の北のあの辺りだわ。ラミ○ルや第六の使徒もあそこから撃ってきたんですって」

「……」


 さっきから遠い目をしているナントカ丸は黙って頷くのみだ。どうやら完全にドン引きしちまっているらしい。前回、大はしゃぎしていた自分も傍から見れば同じだったのだろうか。珍しくもちょっとだけ反省した大作は自然と無口になる。


 芦ノ湖の南を通り過ぎ、箱根峠を抜ける。江戸時代に箱根関が作られるであろう狭い平地には物資の集積所のような建物が作られ、警備員的なポジションらしき人が暇そうにたむろしていた。

 暫く軽い坂道を登って行くと急に曲がりくねった下り坂が現れる。残すは僅か一里といったところだろうか。日は既に西の空に傾き、全員の顔に深い疲労の色が浮かんでいる。気分はモスクワから撤退するナポレオンといった感じで足取りも重い。とにもかくにも一同は疲れた体に鞭打って歩みを進めた。


 歩くこと一時間。こんな目に遭うんなら小田原城で寝ていれば良かったなあ。大作が本気で後悔しはじめたころ、ようやく目の前に門らしき建築物が現れた。

 山中城の正面は南側のはずだからこっちは搦手口なんだろう。お世辞にも立派とは言えないが裏口に贅沢してもしょうがない。そもそもこれは軍事施設なんだし。大作は一人で勝手に納得した。


 予め先触れを走らせていたのだろうか。貧相な搦手門の脇には歓迎委員と思しき人たちがズラリと並んでいる。

 例に寄って例の如く、一人として見知った顔はいない。だが、全員が全員、正装に身を包んだ偉そうな男たちだ。一番手前にいる爺さんが山中城主の松田康長とかいう人なんだろうか。

 いやいや、珍しく女がいるぞ。しかも若くて綺麗な女が二人も並んでいる。これは要チェックや! 大作は無遠慮に好奇の視線を向けると…… アレ?


「サツキとメイじゃんかよ! お前らこんなところで何してんだ? って言うか、小田原城で留守番してたんじゃなかったっけ?」

「ドッキリ大成功! 私たち大佐を驚かせたい一心で裏道を駆けてきたのよ」

「驚いて頂けてなによりにございます。懸命に山道を駆けた甲斐がございました」

「もしかしてお園は知ってたのか? 知ってたんだ! まったく勘弁してくれよ……」


 一同はひとしきり笑うと粗末な搦手門を潜って山中城の中へと入って行った。


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