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巻ノ弐百伍拾四 この風邪泣いています の巻

 翌朝、大作は喉と鼻の奥に酷い痛みを感じながら目を覚ました。いくら激しく咳き込んでもこれっぽっちも痰が切れない。もしかして扁桃腺でも腫れているんじゃなかろうか。ズキズキする頭の痛みを堪えながら目を開けると心配そうに様子を伺うお園と視線が交わった。


「大事ない、大佐? 何だかとっても顔が赤いわよ。もしかして熱があるんじゃないかしら」


 そう言いながら大作の額に置かれたお園の手のひらがひんやりと冷たい。大作は余りの気持ちよさに思わず目を細めた。


「うひゃあ! お園の手って凄く冷たいんだな。って言うか、いくらなんでも冷た過ぎるぞ。もしかしてお前、実は雪女だったみたいな超展開の始まりなんじゃなかろうな?」

「何を阿呆なことを言ってるのよ! どこからどう見ても熱いのは大佐の方でしょうに」

「や、やっぱそうなのかな? でも、俺。頭がぼぉ~っとして良く分からんぞ。こんなとき体温計さえあれば白黒付けられるのになあ。ゲホゲホゲホ……」

「ほうらね、やっぱり咳き病み(しはぶきやみ)を患うたのに違いないわ。今朝は随分と凍風(いてかぜ)が吹いていたから寝冷えしちゃったんでしょうね」

「それってアレだな。『どうやら風が街に良くないものを運んできちまったみたいだな』って奴だろ。オラ、ワクワクしてきたぞ! ゲホゲホゲホ……」


 身体を起こしかけた大作をお園が手で制して寝かしつける。丁寧に布団を被せると手早く火鉢に火を入れた。部屋が徐々に温まってくる。

 そうこうしている間も大作は空咳が止まらない。フィラリアとかだったら嫌だなあ。アレって人間にも感染することがあるんだとか。そんなんだったら格好悪過ぎるぞ。

 慌てふためく大作を見るに見かねたんだろうか。お園が心配そうに眉根を寄せて呟いた。


「これは拗らせる前に早く御祈祷でも受けた方が良いかも知れないわね」

「其れよりも御裏方様、待医(たいい)の田村安斎(栖)殿をお呼びしては如何にござりましょうや?」


 不意に背後から掛けられた声に振り向いてみればナントカ丸が廊下側の襖を小さく開けて顔を覗かせている。


「ああ、ナントカ丸か。おはようさん。ところでその(栖)ってのは何なんだ? ゲホゲホ……」

「そんなことよりナントカ丸、冷たい風が入ってくるわ。早く中に入って襖を閉じて頂戴な。それで? その『たいい』っていうのはどういうお方なのかしら?」

「気になるのはそこかよ~! 大尉っていうのは中尉の上で少佐の下だな。有名なところだとランバ・ラル大尉とかクワトロ・バジーナ大尉、シャリア・ブル大尉とかエトセトラエトセトラ。ゲホゲホ…… あと、アムロだって最後は大尉になってたよな。それにほら、あの葛城一尉の一尉だって大尉と同格なんだぞ。そう言えば、ゲホゲホゲホゲホ……」


 とうとう咳が発作のように止まらなくなってしまった。お園がそっと頭を撫でながら優しく口を開く。


「どうどう、大佐。悪いことは言わないから大人しくしていなさいな。それじゃあナントカ丸、今日の予定は全てキャンセルよ。その大尉とやらをすぐにお呼びして貰えるかしら? 可及的速やかにね。Hurry up! Be quick!」

「畏まりましてございます」


 足早に立ち去るナントカ丸を見送った大作はスマホを取り出すと田村安斎(栖)とやらに関する情報を漁る。


「どれどれ、ふふぅ~ん。どうやら待医っていうのはこんな漢字を書くらしいぞ。良く分からんけど侍医とは似て非なる物らしいな。ゲホゲホ…… 恐らくだけど侍医の下位互換なんじゃないかな。んで、田村安斎(栖)って輩は…… あった、あったぞ! 北条家のホームドクターらしいな。ちなみにホームドクターっていうのは和製英語だぞ。本当の英語ではファミリードクターって言うんだとさ。ゲホゲホゲホ……」

「ふ、ふぅ~ん。それにしても妙な話もあったものよねえ。ちゃんとした英語があるのに態々、間違った言葉を作るだなんて」


 例に寄って独特の視点でお園が疑問を呈する。大作は半ば無理矢理に痰を切るとゆっくりと呼吸を整えた。


「まあ、和製英語なんて大概が変てこな物だぞ。とにもかくにも、こいつはナチスに例えるならヒトラーの主治医を務めたモレル博士みたいな奴なんだろう。ちなみにモレル博士が藪医者だったっていうのは今日では俗説とされてるらしいけどな。ゲホゲホ…… ヒトラーが処方に従わず、勝手に飲む量やタイミングを決めたのが悪かったとか何とか。軍需大臣シュペーアは自伝でモレル博士が藪医者だって書いてたみたいなんだけどさ。ゲホゲホゲホ……」

「そ、そうなんだ。それを聞いて安堵したわ。だったら田村安斎(栖)ってお方も信じるに足るお方のようね」


 お園の顔が目に見えて綻ぶ。とは言え、これってそういう問題なんだろうか? 分からん、さぱ~り分からん。


「ところで氏政と氏照が仲良く揃って切腹したのはなんとびっくり、この人の家だったらしいぞ。小田原城の大手門からちょっと南に下ったところにあるんだとさ。ゲホゲホ……」

「えぇ~っ! 何でまた、そんなところでお腹を召されたのかしら。はた迷惑な話よねえ」

「たぶん病院で死ぬと検死とかの手間が省けるからじゃないのかな。もし自宅で死んだら警察で根掘り葉掘り取り調べを受けるって聞いたことあるぞ。家族が急死して悲しみに暮れているのに警察から容疑者扱いされてみろよ。物凄い腹立つらしいぞ。ゲホゲホゲホ……」


 またもや大作を激しい咳の発作が襲い、お園が心配そうに顔を覗き込む。

 ふと視線を感じて横を見やれば隣室との襖が僅かに開いて不安気な顔が縦に並んでいた。サツキ、メイ、のほか、未唯、藤吉郎、エトセトラエトセトラ。

 トーテムポールかよ! 大作は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さない。

 大作の視線に気づいたお園はゆっくり振り返ると肩の高さで両の手のひらを上にして掲げた。


「どうやら大佐ったら咳き病みを患うたみたいなのよ。悪いけどみんな、朝餉はそっちのお座敷で食べて頂戴な。そうそう、未唯。一っ走り台所に行って大佐の朝餉をお粥にするように言って貰えるかしら?」

「はい、お園様!」


 深々と頭を下げると足早に未唯が走り去る。他の面々は黙って引っ込むと静かに襖を閉じた。

 座敷の中に再び静寂が訪れる。と思いきや、今度は呼び鈴が激しい音を立てて鳴り響く。小さく舌打ちしながらお園が立ち上がった。


「もし? 何用ですか?」

「ああ、御裏方様にございますか。秀丸にございます。今しがた、一風軒様が参られまして御本城様にお目通りを願い出ておられます。如何致しましょうや?」

「あのねえ、秀丸。ナントカ丸から聞いていないのかしら? どうやら大佐ったら咳き病みを患うたみたいなのよ。今日の予定は全部キャンセルするように伝えた筈なんだけれど?」

「いや、あの、その…… 一風軒様は伊達左京大夫様の書状をお持ちになられておられます。某の勝手でお断りするわけにも参らず、及び無う(おぼ)しもかけぬすぢの事と思し召され……」


 思いもかけぬお園の鋭い突っ込みを受けた秀丸が思わずたじたじとなる。とは言え、どんな用事かも分からん客を小姓の一存で勝手に追い返されては堪ったものではない。問題は会うか会わないかだな。大作は暫しの間、沈思黙考する。

 だが、大作が答えを出す前に廊下側の襖が静かに開くと二人の爺さんが無遠慮に入り込んできた。


「おや、御裏方様。御本城様は如何なされましたかな? まだお休みにござりまするか?」

「これはこれは上野介様。かたじけのうございます。何とやら大佐は咳き病みを患うた様子にて、朝餉はご遠慮戴けましょうや?」


 お園がおっちゃんたちを制するように両手を掲げると二人はその場で踏鞴を踏んだ。

 ほぼ同時に伝声管からは秀丸の声が急かすように響く。


「御裏方様、一風軒様は如何致しましょうや?」


 一瞬遅れてナントカ丸がしょぼくれた初老の男を連れて現れた。爺さんは少し生え際の後退した髪をオールバックにした総髪だ。黒っぽい質素な着物を温かそうに何枚も重ね着している。

 チビッ子小姓がドヤ顔で顎をしゃくる。


「御裏方様、田村安斎(栖)殿をお連れ致しました」

「御本城様が咳き病みを患うたと伺い、取る物も取り敢えず掛け付けました。して、御容態は如何にござりましょ……」

「お園様、お粥をお持ち致しました! 大佐、未唯が食べさせてあげましょうか?」

「御本城様、今朝の申し送りは如何致しましょう? 大事なる案件が数多ございますれば……」

「うるさい! うるさい! うるさ~~~い!」


 突如としてお園が雄叫びを上げるように絶叫する。

 流石は人間湯沸かし器。相変わらずの沸点の低さだな。みんな完全にドン引きしてしまったぞ。大作は唖然とする面々を宥めるように愛想笑いを浮かべた。


「まあまあ、みなさん。取り敢えずは飯にしましょうや。空腹はダイエットの大敵と申しますぞ」

「あら、大佐。空腹は最高の調味料じゃなかったのかしら? だとするとダイエットの大敵は最高の調味料ってことになるわよ」

「何じゃ、その屁理屈は? だったら、だったらもう…… そいつの対偶はダイエットの大敵でなければ最高の調味料ではないってことなんじゃね?」

「何なのよ、それ? わけが分からないわ…… とにもかくにも朝餉にしましょうよ。未唯、こっちへ運んで頂戴な」


 呆気に取られる一同を放置してお園が場を取り仕切る。布団から無理矢理に放り出された大作は黙って唇を噛み締めることしかできなかった。






「ふぅ~っ、ふぅ~っ、ふぅ~~~っ! はい、大佐。あぁ~んして」


 お園が大きな匙で掬った粥を大作の口元に差し出した。座敷に集うギャラリーから向けられる興味津々の視線が痛い。大作は照れ臭さのあまり、卑屈な笑みを浮かべる。


「あのなあ、お園。これくらい自分で食べれる…… 食べられるよ。さあ、こっちへ匙を渡してくれるかなぁ~? ゲホゲホゲホ……」

「ほうら、もう。病を患うた時くらいは素直に人の言うことを聞きなさいな。あぁ~ん!」

「はいはい、あぁ~ん…… あ、熱っうぅ~! って言うか、アッ~!」

「御本城様? 御本城様! 宜しゅうございますかな? 此度、一風軒殿は如何なる御用で参られたのでございましょうや?」


 大作とお園のバカップルはもうお腹一杯といった顔の爺さんが口を挟んできた。

 こいつは確か…… 清水康英(やすひで)上野介だったっけかな? 下田城主にして伊豆水軍のトップだったような、なかったような。

 一緒に船に乗って京の都まで行って帰ってきた大切な仲間じゃないか。いくら大作が忘れっぽいとはいえ、そのくらいの記憶力はあるような、ないような。


「えぇ~っと、吉良殿…… じゃなかった、上野介殿でしたかな? 上野介殿は一風軒殿をご存じにござりましたか? 一風軒って何だかラーメン屋みたいなお名前ですなあ。あはははは……」

「な、何を申されまするか御本城様。一風軒殿なれば既に幾度も何度もお会いしておりますでしょうに。よもやお忘れになられたとでも申されまするか?」

「いや、あの、その…… 吉良、じゃなかった。上野介殿こそお忘れかな? 拙僧は失顔症とか相貌失認とか申す病を患うておりましてな。人の顔を覚えるのが殊の外に苦手なのでございますぞ。ポール・ディラックやブラッド・ピットも……」


 そんな阿呆な話で時間を稼ぎながら大作はスマホを弄って一風軒とやらの情報を漁る。


大有康甫(だいゆうこうほ)(1534~1618)

伊達稙宗の十三男。政宗の大叔父。伊達家の外交僧として諜報活動等に暗躍。一風軒と号す。東昌寺十四世住職。政宗の師に虎哉宗乙を推挙。エトセトラエトセトラ……


 何じゃこりゃ~ぁ! 役に立ちそうな情報がこれっぽっちも載っていないんですけど。大作は小さく呻き声を上げると頭を抱える。

 いやいやいや、虎哉和尚だと? それって超有名人じゃん! って言うか、伊達家の外交僧?

 伊達といえば北条と同名を結んでいた癖に小田原征伐が始まった途端に裏切りやがった卑怯者だよな。そんな奴がノコノコと小田原くんだりまで何しにきやがったんだ? わけが分からないよ……


 慌てふためく大作を尻目に大有康甫とやらは書類ケース的な細長い木箱の蓋を静かに開ける。中から書状らしき紙片を恭し気に取り出すと頭を低く下げ、両手で高々と掲げた。

 だが、大作は書状なんかよりも木目も荒々しい無骨な作りの木箱が気になってしょうがない。興味津々といった顔で口を開いた。


「一風軒殿と申されましたかな? その箱をちょいと見せて頂いても宜しゅうございますか。なあに、取って食おうというのではござりませぬ。ほんの一瞬、チラッと見せて頂くだけで結構。後生ですからお願い致します」

「き、気になるのはこちらでございますか? 伊達左京大夫様の書状よりも文箱(ふばこ)の方が気になるとは北条左京大夫様も中々にお目が高うござりまするな」


 坊さんは言語明瞭意味不明瞭なことを言いながらも細長い木箱を大作の方に差し出した。

 受け取った大作はまるで舐め回すように詳細に観察する。made in chinaとか書いてあったら面白いのになあ。そんな阿呆なことを考えながら蓋を開けて中を見たり、引っく返したり。

 まるで麻薬調査犬のように入念な調査を行うがこれといって怪しい物は発見できない。やがて木箱に興味を失った大作は坊さんに木箱を返却した。


「流石は伊達者の呼び声も高い伊達左京大夫様ですな。同じ左京大夫でも拙僧なんかとは大違いでございますぞ。んで? 文箱と申されましたかな。もしかして材質は桐でしょうか。これはかなりの上物にござりまするぞ。結構、良い値段がしたんじゃございませんか? 話は変わりますがアタッシュケースって本当はアタッシェケースだって知ってましたかな? アタッシェって言うのはフランス語で外交使節団の職員って意味でしてな。外交文書とか運ぶのに使ったそうですぞ」

「ほ、ほほぉ~う。あたっしぇけ~すにございますか。其れは存じませなんだ」


 坊さんが曖昧な笑みを浮かべながら相槌を打つ。その間も手に持った書状を高々と掲げた体勢は維持している。ちょっと引き攣った顔には『取りあえずなんでも良いから早く書状を受け取ってくれ』と書いてあるかのようだ。

 だが、大作は公然とそれを無視した。こいつは本気の我慢比べなのだ。無駄薀蓄の在庫を掻き集めてでも乗り切らねばならん。絶対にだ!


「話は変わりますがブリーフケースって言葉もありますよね。アレってブリーフを入れてるわけでもないのに何でブリーフケースって言うか分かりますかな? わっかるかなぁ~? わっかんねえだろうなぁ~~~」

「……」


 坊さんは目が点というか、開いた口が塞がらないというか。とにもかくにも、ぽか~んとしている。


「知らざあ言って聞かせやしょう。brief(ブリーフ)っていう英語は古ラテン語の形容詞brevis(ブレウィス)からきてるとか、きていないとか。その意味は短いってことだったそうですな。それが訓示とか書簡みたいな意味で使われるようになり、やがて書類カバンをブリーフケースというようになったんだとさ。ちなみにパンツのことをブリーフっていうのは股下が短いってところからきてるんですよ。そうそう、パイロットなんかが出撃前に行う短い打ち合わせもブリーフィングって申しますでしょう? お分かり頂けましたかな? 一風軒殿」

「は、はぁ…… 良う分かりませぬが取り敢えずは分かったことにしておきましょう。其れよりも我が殿よりお預かりした此の書状。お受け取り頂けませぬか?」


 坊さんの腕は小刻みにプルプルと震え、顔には脂汗が浮かんでいる。

 この辺りが潮時かも知れんな。やり過ぎても面白いことにはならんだろうし。大作は小さくため息をつくと大有康甫の手から、さも有り難そうに書状を受け取った。


 細長く折り畳まれた紙を開いて開いて開いてみるとA4より二周りほど大きい横長サイズになった。

 何故だか分からないが文章らしき縦書きの文字は紙の下半分にのみ書かれている。とは言え、例に寄って達筆過ぎる崩し字なので大作にはミミズがのたくったようにしか見えない。

 これって竪紙(たてがみ)って奴なんだろうか。いやいや、折紙(おりがみ)って奴かも知れんな。

昔は紙が貴重だったから、上下二つの横長に折って裏を礼紙の代わりに使ったとか何とか。

 要するに単なる節約ってことだな。だけれど、大名間での遣り取りでそんなケチ臭いことするもんだろうか。

 閃いた! もしかして、これは引っ繰り返してここに返事を書けってことなんじゃね? 言うなれば戦国時代の往復ハガキ的な?

 良く分からんが、とりあえずそういうことにしておこう。大作は考えるのを止めた。


 紙には殆ど光沢がなく、柔らかい手触りが心地よい。繊維に沿って僅かに墨が滲んでいるのも和紙らしくて良い風合いだ。製造工程で出来たと思われる荒々しい()の目なんてまるでドイツ戦車のツィンメリット・コーティングみたいで格好良いなあ。まあ、連合軍は磁気吸着地雷なんて使わなかったから完全な骨折り損の草臥れ儲けなんだけれど。

 いやいや、プライベートライアンでミラー大尉がくっつき爆弾を作ってたじゃんかよ。でも、あれは磁気じゃなくてグリスのベトベトで吸着させるんだからツィンメリット・コーティングでは防げんかも知れん。って言うか、恐らく防げないだろうな。だったらもう……


「お待たせいたしました、御本城様。ささ、どうぞお飲み下さりませ。麦門冬(ばくもんどう)と申す咳を鎮める薬湯にございますぞ」

「は、はぁ?」


 突如として掛けられた声に我に返ると田村安斎(栖)とかいう待医だか侍医だかが目の前に座っていた。

 しゅ、瞬間移動か? こいつ、まるでテレポーテーションみたいに急に現れたぞ。断じて俺がぼぉ~っとしてたからじゃないような、あるような。

 爺さんが大事そうに抱える碗には妙な色合いの液体が並々と注がれ、温かそうに湯気を立てている。


「ささ、お熱いうちに一息にお飲み下さりませ。どうぞどうぞ」

「あの、その、これって健康保険とかは使えるんでしょうか? って言うか、拙僧は猫舌(ラングドシャ)でしてな。あんまり熱いものは…… いや、ちょ、おま! アッ~~~!」


 大作の発する身の毛もよだつような絶叫が座敷に響き渡る。何故だかお園はぎゅっと目を瞑ると黙って十字を切った。


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