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巻ノ弐拾伍 クマッた一夜 の巻

 ヘンテコトリオは山道を進む。大作はクイズのネタも尽きたので二人にこれから行く伊賀の話をして時間を潰す。


伊賀国(いがのくに)はもともとは東大寺の荘園だったんだ。今は仁木氏って名前だけの守護がいるけど実際は伊賀十二人衆を中心に六十六家が伊賀惣国一揆って言って仲良くやってるらしい」

「六十六もお家があって仲良くできる物なのでござりましょうか?」

「争う理由が無ければ仲良くできるんじゃないかしら」


 藤吉郎とお園が思い思いに感想を述べる。

 実際問題、戦国時代の真っ只中で京の都の目と鼻の先にある伊賀がこんな状態にあるというのは二十一世紀の視点で見ると不思議だ。

 山の中にあって補給が困難だから大軍で攻め込むのは大変そうだ。落とせないことは無いがコストに見合うメリットが無いのだろうか。第一次や第二次世界大戦でスイスが戦禍を免れたのと似たような理由かも知れないと大作は推測した。


「だがこんな状態がいつまでも続くわけじゃないぞ。三十年もしないうちにどっかの大名が畿内を制圧するだろう。そうしたら伊賀が一つに纏まっても到底敵わないような大軍で攻め込んで来るぞ」

「お坊様は何故(なにゆえ)そのようにお考えになられるのでございますか」

「うひゃあ~!」


 突然背後から声を掛けられて大作は死ぬほど驚いた。

 この時代に来てからやたらと背後を取られているような気がする。

 俺が眉毛の太いスナイパーだったら何人殺してたか分からんぞ。バックミラーでも着けようかと大作は真剣に思案する。


 大作が振り返ると大柄な中年男性がにこやかな笑みを浮かべていた。だが目が笑っていない。地元の人にしてみれば面白い話では無かったのだろう。

 質素な着物で頭は総髪。手ぶらで武器も持っていないようだ。見た目は一般庶民だが気配を完全に消して背後を取るとは只者では無いのかも知れない。

 とりあえず何か言わなきゃ。大作はいつものように適当に誤魔化すことにした。


「明応の政変から始まった戦国乱世も既に六十年近く続いております。このようなことは日本の歴史でも珍しきこと。いつまでも続く物ではありません。強い者が弱い者を取り込んで行けばいずれは二百万石、三百万石の大大名が現れましょう。そうなれば行く手を阻む者は居なくなりましょう」

「それに要する年月が三十年でございますか」

「まあそれくらいにございましょう。二十年かも知れませんし五十年掛かるかも知れませんが。こんな乱世が百年も二百年も続くはずがございません」


 大作は言っていて詭弁のガイドラインに該当してることを自覚していた。

 『自分に有利な将来像を予想する』とか『主観で決め付ける』ってやつだ。

 とは言え参入障壁が非常に高くて新規参入が絶望的な業界だ。独占禁止法なんて無いのでこのまま寡占化が進むのは目に見えている。

 これで納得してくれることを大作は期待していた。だが男はなおも食い下がる。


「では伊賀国はいずれその大大名に滅ぼされるしか無いのでございますか?」

「十万石の国が独立を守るのは無理にございましょう。もう少し広い国なら戦いようはありますがこの狭さでは。そもそも敵は伊賀が欲しいのではありません。歯向かう者が目障りなだけ。殺し尽くし燃やし尽くすだけです。いっそ版籍奉還とか言って(みかど)に領地と領民をお返ししてはいかがかな」


 大作は伊賀の運命なんて心の底から興味が無いので適当な答えを返す。ヨーロッパにもモナコ公国やサンマリノ共和国みたいなのはある。だけどあれはヨーロッパが単一国家じゃ無いから存在できるんだろう。

 第二次大戦中のスイスみたいに中立を守り続けるなんて無理がありすぎる。枢軸国と連合国の間でスイスがどんだけ苦労したことか。


 とは言え、ハーツオブアイアンの小国プレイ好きとしては格好のお題だ。頭の体操のつもりでちょっと考えてみるか。

 十万石ってことは通常なら動員兵力は三千人ってところだ。第二次天正伊賀の乱では九千人を動員したって言うから第二次大戦末期の日本やドイツみたいに老人から子供まで掻き集めたんだろう。

 対する織田方は五万の大軍。戦力比5.5倍はかなり厳しい。ゲームによっちゃ戦力比六対一だと自動的に防御側敗北になったりする。

 伊賀は国土が狭いから敵を引きずり込んで伸びきった補給線を叩くなんて手も使えない。

 戦術レベルでどうにかなる話じゃ無いな。そうなるとやはり一人で六人分戦ってもらうしかない。

 元込め式のライフル銃があれば射程と発射速度の優位性で人数差を埋められる。でも数千丁の銃と数十万発の弾薬の予算をどこから捻出するんだよ。


 やっぱ戦術で戦略を覆すのは無理だ。生物兵器か化学兵器は? 食料は運んで来るだろうけど水は現地調達だ。遅効性毒物で汚染してやるか?

 たとえば自然界最強の毒物ボツリヌス菌はたったの一グラムが百万人分の致死量だ。

 発症まで十八から三十六時間らしい。潜伏期間は四時間から八日で非常に幅がある。

 もっとも、オウム真理教が何度も散布したけど被害が出なかったって話だ。実戦データが無いのは辛いな。

 だいたい、そんな焦土作戦みたいなことをやるんなら攻め込まれるまで待つ必要ないぞ。商人に偽装して敵地の井戸や川を汚染すれば良い。

 もう、いっそのこと炭疽菌でも開発するか? 人から人に感染しないから制御不能にはならないだろう。

 って言うか、これはもはや戦争では無くて大量虐殺だな。まあ、無差別戦略爆撃みたいな物か。国家総力戦では民間人なんて概念は無い。赤子だろうが老人だろうが皆殺しだ。


 大作がふと我に返ると男が苦悩の表情を浮かべていた。他人事とはいえ適当なことを言い過ぎたかと大作は反省する。少しフォローした方が良さそうだ。


「そうは言ってもまだ三十年もあります。とりあえず今のような合議制を止めて一人の強力な指導者を選んで権力を集中するべきでしょうな。今のままでは敵は必ず組織の切り崩しから狙って来ます」

「その為に厳しい掟書を作り起請文を書かせておりますが」

「意思決定に時間が掛かることが問題にございます。何をするにも時間が掛かり、気が付いた時には既に手遅れとなりましょう」


 男は表情を僅かに和らげる。大作はもうひと押ししておく。


「周囲の情勢を見極めて将来性のありそうな勢力と早めに親密な関係を結んでおかれるのがよろしかろう。無視できなくなってから渋々従うより、余裕のあるうちに手を組む方がはるかにマシです」


 大作は昔に読んだニクソンの自伝か何かに書いてあった話を思い出す。

 副大統領時代のニクソンがフランス訪問の際にドゴール大統領に中国承認の話を振ったら『無視できなくなって渋々承認するより余裕のあるうちに承認した方がずっと良い』とか言われたとか何とか。

 うろ覚えだがそんなことを言ってたような言ってなかったような。全然自信が無いけどたぶん間違っていないだろう。


 まあ失敗しても歴史通りに伊賀の住民が皆殺しにされるだけだ。そもそも天下を取るつもりも無いのに天下人に逆らう方が悪いのだ。

 大作は信長が大嫌いだ。だが、勝ち目も無いのに信長や秀吉や家康に逆らって滅ぼされた奴らも嫌いだ。

 後の歴史を知っているというのもあるのだが時代の流れを読めない馬鹿にはイライラさせられる。


「お坊様のご慧眼に感服つかまつりました。申し遅れましたが拙者は百地丹波(ももちたんば)と申します。もしよろしければ今晩は我が家にお泊まり頂き、お坊様のお考えを郷の者達にもお聞かせ願えませんでしょうか?」


 それを聞いた瞬間、大作はまた変なイベントが発生したのだなと悟った。断れるのだろうか。RPGのNPCみたいに言うことを聞くまで無限ループするのだろうか。

 それはそうとモモッチって何だよ。随分とふざけた名前だな。大作はとりあえず言葉のジャブを打つつもりで話題反らしを試みる。


「拙僧は大佐と申します。モモッチとは珍しいお名前ですな。モン○ッチの親戚か何かでございますか?」

「生憎ともんち○ちという名に心当たりはござりませぬ。それよりも今晩は我が家にお泊まり頂けませんでしょうか?」


 やっぱりこいつはNPCだと大作は思った。とはいえ堺を目前にして変なイベントに巻き込まれるのは勘弁だ。このままでは娘と結婚しろとか言い出しかねない雰囲気がする。ここは一発ガツンと言ってやらねば。


「誠に申し訳ありませんが拙僧は明日の日没までにどうしても堺に辿り着かねばならぬ大事な用事がございます。用が済めば帰りにでも寄らせて頂きますので今日のところはなにとぞご勘弁下さい」


 この言い訳なら暴君ディオニス王ですら納得だ。いやちょっと待てよ。藤吉郎を人質に置いて行けとか言われたらどうしよう。

 だが大作の心配は杞憂に終わる。


「こちらこそ無理なお願いをして申し訳ございませんでした。伊賀で百地丹波と言えば誰に聞いても分かります。伊賀にお立ち寄りの際は是非ともお寄り下され」

「必ずやお邪魔させて頂きます。ところで百地三太夫という名前に心当たりはございませんか?」


 大作は気になっていたことを聞いてみた。たしかゲームや特撮ドラマにそんなキャラがいたはずだ。


「三太夫といえば貴族や大名の家に仕える家令や執事のことにございます。そんな名前の者が身内におれば知らぬはずありませぬ」

「左様にございますか。拙僧の思い違いでしょう」


 フィクションと現実の区別が付かないとは我ながら情けない。大作は萌に散々馬鹿にされていたのを思い出して恥ずかしくなった。


 その後は当たり障りのない世間話をしながら歩く。昼過ぎには大和国(やまとのくに)国境(くにざかい)に着いた。

 男は立ち止まって軽く会釈する。


「然らば拙者はこれにて。道中お気を付けて」

「モモッチ様もお達者で」




 男の姿が見えなくなったころ藤吉郎とお園が口を開いた。


「あの百地という御仁、只者ではござりませんでしたな。某は恐ろしゅうて一言も口を開けませなんだ。あんな化け物を相手に堂々とお考えを述べられる大佐の胆力に感嘆いたしました」

「殺気は無かったけど(すさまじ)心勢(こころいきお)いだったわね。百姓や商人(あきびと)じゃないわよ。偉い侍じゃないかしら」

「普通のおっさんかと思ってたぞ。でも考えてみれば国境まで半日も世間話しながらブラブラくっ付いて来るなんて随分と暇な奴だな」

「大佐は豪胆なんかじゃなくて鈍いだけなのかも知れないわね」


 えらい言われようだが本当のことなので大作は何も言い返せない。


 それより今晩の寝床が心配だ。どう頑張っても伊賀と天理の中間辺りの山の中で野宿することになりそうだ。

 野宿は慣れっこなのだが山の中というのが気になる。南寄りのルートで名張を通った方が良かったのだろうか。でも今さらルート変更は不可能だ。それに遠回りだし。


「今晩は山の中で野宿になりそうだぞ。これだけ寂しい山道だと山賊の心配も無さそうだな」

「熊が出たりはしませぬでしょうか?」

「話が出来ないから山賊よりよっぽど怖いわよ」

「いくら何でも熊に襲われて死亡なんて視聴者置いてけぼりなラストは無いだろ。宇宙人か未来人が介入するんじゃね?」


 考えてもしょうがない。大作はやけくそ気味に言い捨てる。

 二人の『おまえは何を言っているんだ』という視線を大作は無視した。


 山の中では水の入手も難しそうなので早目に浄水を確保する。

 三人は覚悟を決めて進んで行くが意外と道は険しくない。心配して損した気分だ。


 日が暮れる前に原っぱの真ん中に野営地を決めると三人で集められるだけ薪を集める。夜通し火を焚くためだ。

 野生動物は火を怖がるという俗説は嘘っぱちだ。だが暗闇で敵が見えないと一方的に不利だ。

 テントの周囲に木の枝を立ててテグスを張る。鳴子の代わりにお園が持っていた鈴を結び付けた。

 催涙ガススプレーをバックパックから出していつでも使えるよう準備する。


「もし熊が出たら俺が催涙ガスで目を潰すから二人はバラバラに逃げろ。誰か一人が喰われても二人は助かるはずだ」

「え~~~!」

「冗談だよ。お園は死なない、俺が守るから」

「大佐に死んで欲しく無いけど私も死にたくないわ。藤吉郎が死んでくれないかしら」


 お園が真顔でサラっと凄いことを口にする。藤吉郎が目を剥いて驚く。


「戯れよ。早めに熊に気が付けば大佐の『さいるいがす』で目を潰して逃げれば良いんでしょ。交代で寝ずの番をしましょう」

「それが良いな。四時間ずつ三等分だ。最初と最後は続けて眠れるけど真ん中は夜中に起きないといけないな。大変だろうから俺に任せろ。二人は夜遅くまで起きてるのと朝早く起きるのはどっちが良い?」

「某は早起きは苦手にございます。お園殿は如何にございますか?」

「私は早起きは平気よ。それじゃあ最初は藤吉郎。次が大佐。最後が私で良いかしら」


 すんなり割り当ても決まったのでさっさと夕飯を済ませる。藤吉郎にLEDライトを渡して不寝番を任せるとお園と大作は眠りに就いた。




 そして幾年もの年月が流れた。長旅の末に三人は筑紫島に辿り着いた。

 お園との間に一男一女を授かり、藤吉郎も所帯を持って豊かで賑やかな日々が続くと思われた。


 だがそんな日常は突然に終わりを告げ……




 バイブにセットしたスマホのアラームで大作は目を覚ます。

 こんな目に遭うくらいならモモッチの家に泊めて貰えば良かったと深く後悔する大作であった。


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