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巻ノ弐百四拾八 サツキとメイにおまかせ! の巻

 とある火曜日の午前、小田原城の御本城様のお座敷で大作、お園、萌、小次郎を抱っこした未唯たちはいつもと変わらぬ平凡な日常を送っていた。送っていたのだが……


「I'm sorry, I don't speak Japanese.」


 大作の発した何気ない一言が歴史の歯車を動かしそうな、動かさなそうな。そんな微妙とも言えない妙ちきりんな空気を醸し出す。

 重苦しい沈黙をぶち破って最初に言葉を発したのは常陸の不死鳥(フェニックス)こと小田氏治の庶子、小田友治その人であった。


「恐れながら御本城様が何を申されておられるのか某にはとんと分かりかねまする。今少しばかり詳らかに語らっては頂けませぬでしょうか?」

「え、えぇ~っ! マジレスにござりまするか…… ボケてくれないと困っちゃいますぞ。まあアレですな、アレ。真面目に解説いたしますならば『I don't speak Japanese.』っていうのは『私は日本語を話しません』といった意にございますな。されど『I can't speak Japanese.』だったら『私は日本語を話せません』になりまする。つまりは『できるけどやらない』と『そもそもできない』の違いだと思し召せ」

「ほほう。『やらない』と『できない』の違いにござりまするな。漸く合点が詣り申しました」


 小田友治が曖昧な笑みを浮かべながら何度も頷く。やっぱり腹を割って話せば分かって貰える物だなあ。どうやら危機は去ったらしい。

 と思いきや、大作がほっと安堵の旨を撫で下ろした瞬間にも突っ込みの第二弾が襲い掛かってきた。


「して、御本城様。我が父が戦国最弱とは如何なる由にござりましょう。何ぞ得心の行くように説いて頂かねば合点が参りませぬぞ。ご返答は如何に?」

「いや、あの、その…… 最弱は一条兼定ではござりませなんだかな? そもそも、乱世の世は間もなく終わります。って言うか、終わらせねばなりませぬ。然すれば最弱の定義も自ずと変わって参りましょう? ギレ()総帥も申されておられましたな。『これ以上戦い続けては人類そのものの危機である』とか何とか。そんなわけで友治殿? でしたっけ? ならばこそ同志になられませ。さすればララァも喜ばれましょうぞ」

「ららあ?」

「おでこに黒子(ほくろ)のあるお方にございます。千(まさ)夫みたいな?」

「せん()さお?」


 こうして今日も小田原城の平和な一日が……


「って、あかんやろ~~~! 話が全然前に進まないじゃんかよ! 無駄薀蓄禁止!」

「どうどう、大佐。気を平らかにして頂戴な。いつもいつも無駄薀蓄を始めるのは大佐の方じゃないのよ。いい加減にしてくれるかしら?」

「だ~か~ら~~~! みんながボケてどうすんだよ。ボケと突っ込みってお笑いの基本じゃん。俺がボケたらお園が突っ込む。お園がボケたら俺が突っ込む。良いコンビだろ? 違うか? お願いしますよ、神様、仏様、お園様……」


 両手を擦り合わせながら大作は拝み倒すように懇願する。こんなところで気が済んだのだろうか。お園は両手の平を上にして肩の高さで広げ、大きくため息をついた。


「はいはい、良く分かったからそろそろ機嫌を直しなさいな。それで? 一条兼定ってお方は何でそんなに最弱なのかしら?」

「それはね、お園。たった一代で土佐一条氏を滅ぼしちゃったからなのよ。だけどもそれはずっと後世の人が言い出したことなの。この時代ではそんなに悪くは言われていなかったはずだわ。長宗我部なんかは一条兼定のことをずっと警戒していたらしいわね」

「あのなあ、萌さんよ。俺とお園がボケと突っ込みを役割分担するって言ったよな? その連携も上手く行かないうちからトリオ漫才なんてハードルが高過ぎるだろ。悪いけどチャチャを入れないでくれるか?」

「ちゃちゃ? それって何なの?」

「うがぁ~~~!」


 もう辛抱たまらん! 遂に我慢の限界を突破した大作は仰向けにぶっ倒れるとそのままフリーズしてしまった。






 数分後、ケロッとした顔で大作は復帰していた。立ち直りが早いこと。それが大作の唯一と言って良いほどの長所なのだ。


「けろっと? それってどんな顔なのかしら? 何だか蛙みたいだわねえ。もしかしてロケットと関りがあるの?」


 どちて坊やと化したほのかが瞬時に新しい単語に食い付いてきた。だが、大作はガン無視を決め込む。こういうのをいちいち相手しているから話が進まないのだ。


「さて、小田友治殿。いや、八田左近殿とお呼びした方が宜しゅうござりましょうや?」

「如何なされました、御本城様。常の如く左近とお呼び下さりませ。其れよりも某、此度はお願いの儀があって罷り越しました。我が父より文が届きまして、年明けにも小田城を取り返さんと兵を上げるとの由。何卒、御本城様にも合力を賜りたく伏してお願い申し上げ奉りまする」


 おっちゃんはまるで米搗き飛蝗(こめつきばった)のように額を畳に擦り付けた。

 こいつにはプライドって物が無いんだろうか。多分ないんだろうなあ。大作は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さない。


「いやいや、お顔をお上げ下され左近殿。お願いしたいのはこちらでございます。豊臣に組する佐竹は今や我ら北条にとっても憎き敵。然れば互いに手を携えて多国籍軍を組織し、共通の敵に当たるが道理というもの。兵糧や武器弾薬の共同購入、共同配送によってコストダウンや効率化、環境問題の改善、エトセトラエトセトラ。良いこと尽くめにござりますぞ。我らに従い我が事業に参加なされませ。佐竹を倒し再び文化を取り戻すのだ!」

「お、おお! 御本城様、有難き幸せにござりまする。父に代わって厚く御礼申しあげます。して、此度は如何ほどの兵をお出し頂けまするか」

「千名ほどから成る鉄砲隊の派遣を検討しております。おや? 今、少ないと思われましたかな? そんなことはござりませぬぞ。軍事機密に関わることですので詳細にはお話できませぬが全員が全員、最新式の鉄砲を装備しております。故にその攻撃力は驚異的な物ですぞ。後ほど、その恐るべき威力をとくとご覧頂きましょう。未唯、関係者席のチケットを一枚手配してくれるかな?」

「かんけいしゃせきのちけっとね。未唯、分かった!」


 本当に分かってるんだろうか。分かってねえんだろうなぁ~ まあ、どうでも良いんだけれど。

 風のように走り去る未唯を見送った大作は小田友治に向き直ると卑屈な笑みを浮かべた。


「時に左近殿。戦場の近くに雨風を凌げる宿の確保をお願いできますかな? 真冬ですので野宿は些か厳しゅうございましょう?」

「い、戦をするのに兵を宿に泊めると申されまするか? まあ、小田城と手子生(てごまる)城は二里ほどしか離れておりませぬ。其方で寝起きして頂ければ宜しかろう。左様、手配り致します」

「それと兵糧は此方で用意しますので心配ご無用にございます。鍋はヘルメットを使えば宜しいですな。食器も各自で用意させましょう。あとは…… 薪! そうそう、薪をご用意頂けますか? 持って行くのは重たいですからな。無論、代金はお支払い致しますぞ。薪一束に銭十五文で宜しゅうございますか? ちゃんと乾燥させた物を適度なサイズにカットした上で運びやすい重さに纏めて下さりませ。それから……」


 大作はここぞとばかりに気合を入れて微に入り細を穿った取り決めを行う。小田友治はちょっと呆れたような顔をしながらも律儀に付き合ってくれた。付き合ってくれていたのだが……






 日が大きく西の空に傾くころになっても大作と小田友治の打合せは続いていた。既に座敷から萌や未唯、ナントカ丸の姿は消えている。とっくの昔に仕事に行ってしまったのだ。

 お園だけがちょこんと隣に座って退屈そうに話を聞いている。いや、本当に聞いているんだろうか? 聞いていたら良いなあ。って言うか、聞いていてくれないと困っちゃうぞ。


「それでは薪百束に付き一束の抜き取り検査を行い、その中の不良品が二本以下ならば合格といたします。万一、不合格の場合はそのロットを全数検査して……」

「恐れながら御本城様に言上仕りまする。斯様に詳らかなことまでこの場で決めずとも宜しいのではござりませぬか? 薪くらいならば小田が幾らも支度を致します。御本城様は兵を必要な時に動かして下されば良い。もちろん某が我が父の密命を受けていることもお忘れなく」

「そ、それって大佐のセリフなんですけど……」


 偶然にも小田友治の口から飛び出した名セリフを前に大作は黙って唇を噛み締めることしかできない。

 ここは何か名セリフで切り返さなければ。何でも良いからセリフを言わねばならん…… しかしなにもおもいつかなかった!


「然らば御本城様、此度は此れにてお暇を頂戴仕ります。取り急ぎ父に文を書き(したた)めねばなりませぬ。さぞや喜ぶことにござりましょう」

「あっ、そう……」


 時間切れだとでも言いたそうな顔で小田友治は頭を深々と下げる。大作は昭和天皇の物真似で対抗するのが精一杯の抵抗だ。

 いったい何が間違っていたのだろうか。それほど広くもない座敷にぽつんと取り残された大作は敗因を探して頭を捻る。

 悪戯っぽい笑みを浮かべたお園が上目遣いに大作の顔を覗き込んできた。


「こう言ってやれば良かったのよ、大佐。『せいぜい難しい暗号をくむんだな!』ってね」

「そ、その手があったか~! う、うぅ~ん。残念!」


 大作が自分のスキンヘッドを軽く叩くと小気味の良い音が轟き響く。お園が大きな声を上げて笑い、大作もそれに釣られて大笑いした。






 夕餉の席で大作はその日あったことを一同に報告した。食べながら話すなんて行儀が悪いのは百も承知の助だ。とは言え、早く話をしたいんだからしょうがない。みんなは少しだけ冷たい目をしながらも黙ってそれを聞いていた。

 大作の話が終わるのを待っていたかのように一番最初にご飯を食べ終わったメイが口を開いた。


「それで? その小田城っていうお城を攻める兵は誰が率いるのかしら。もしかして大佐が自ら出陣するんじゃないでしょうね?」

「いやいや、俺は北条の最高経営責任者(CEO)みたいな立場にいるんだぞ。たかが一地方の小競り合いに顔を出すのは変じゃないかな。だいいち文民(シビリアン)統制(コントロール)の原則を無視するわけには行かんだろ? とは言え、ミニエー銃のテストを他人任せにもできないか。う、うぅ~ん。萌はどうだ? 一っ走り頼めないかなあ」

「無理に決まってるでしょう! 私がいったい幾つのプロジェクトを管理してると思ってるの? あんたが代わりにやってくれるんなら行っても良いけれど」


 萌が人を小馬鹿にしたような顔で鼻を鳴らす。取り付く島もないとはこのことか。ここは潔く諦めるしかなさそうだ。

 だからと言って、兵を指揮するなんて面倒臭いことまではやりたくないなあ。そうだ、閃いた!


「んじゃあ、俺はミニエー銃に関する技術顧問として参加するよ。ただし、部隊の指揮はサツキとメイの二人がやってくれるかな? 二人の初めての共同作業だ」

「わ、私とサツキが兵を率いるですって! そんなことできるのかしら?」

「できるかなじゃねえ、やるんだよ。だって女子挺身隊も国防婦人会も女ばかりのメルトラ()ディ状態なんだもん。指揮官も女がやった方が良いに決まってるんじゃね? そう思うんだけどなあ」

「そうかしら? 別に女ばかり、男ばかりじゃなくても良いんじゃないの? むしろ男女混合の方が男女共同参画社会を作るのに良いと思うんだけれども」


 お園が不満そうに口を尖らせる。だけど男女共同参画社会ってそんな物なのかなあ? 大作は頭を捻って無い知恵を振り絞る。


「いや、あの、その…… じゃ、じゃあ誰が指揮すれば良いっていうんだ? 男手なんて藤吉郎とナントカ丸、それから政四郎殿くらいしかいないんだぞ」

「その言い様は幾ら何でも政四郎様に御無礼じゃないかしら。政四郎様はやればできる子なのよ」

「あのなあ、お園。その言い様こそ政四郎殿に対して失礼なんじゃね? やればできる子っていうのは裏を返せばアレだアレ。やらないとできない子ってことだろ? 違うか?」

「全く以て違うわよ、大佐。その命題の対偶は『やらないならできない子』だわ。だけど、それって当たり前の話でしょう。やらないのにできたら誰も苦労はしないわよ」


 がっくりと肩を落としたお園が心底から呆れ果てたといった顔で大きなため息をついた。

 これはもう一押しで落ちるな。大作はポンと手を打ち鳴らすと余裕の笑みを浮かべる。


「では、小田城派遣軍の部隊指揮官をサツキとメイの二人に任せることを正式決定としても良いかなぁ~? だって、ほのかや未唯みたいなチビッ子じゃ無理だろ? 萌が駄目でお園も無理なら消去法的にお前らしかいないんだもん。いやいや、そんな顔すんなよって。消去法は言葉が悪かったな。この人選は君たち二人の能力を高く評価した結果なんだ。余人をもって代えがたい貴重な人材に恵まれるとは本当に北条はラッキーだぞ。感謝感激雨あられとはこのことだな」

「分かったわ、大佐。だけども私、クリスマスのチャリティーコンサートがあるから年内は手一杯よ。それが終わってからで良いのよね?」

無問題(モーマンタイ)無問題(モーマンタイ)。小田城攻めが一月中旬だとすると三週間近くも準備期間が取れるんだ。余裕たっぷりだろ」

「ふぅ~ん、そうなんだ。私はそれよりもチャリティーコンサートの方が心配よ。オーディションで選んだコーラス隊は揃いも揃って非家(ひか)ばかりなんですもの」


 さり気なくメイがコーラス隊の面々をディスる。こいつちょっとばかし音楽の才能があるからって思い上がってるんじゃね? 大作は何とはなしに腹が立ってくる。

 とは言え、面と向かって指摘するのも止めといた方が良さげだ。ここは気の利いた無駄蘊蓄で乗り切ろう。


「No problem! あの有名なロッキーのテーマを知ってるよな? アレのコーラスは何とラジオ局に勤めていたビル・コンティの奥さんとその同僚が歌っていたらしいぞ。予算が無くてプロを雇えなかったんだそうな。ギャラの代わりにランチを奢ったんだとさ。アナザーストーリーズで松(しま)菜々子が言ってたな」

「まつし()ななこ? まさか大佐、その女にも懸想していたの?」


 マトモに相手をするのが阿呆らしいと思ったんだろうか。お園が定番中の定番ともいえる渾身のネタをぶち込んできた。

 これは気の利いた返しをしなければならんぞ。出し惜しみは無しだ。大作はこれまで温存していた新ネタの投入を決意する。


「黙れ、ドン!」

「ドン? 何それ、美味しいの?」

「知らんのか? えぇ~っと…… 確か休日のことをオランダ語でZondag(ゾンターク)とか言うんだっけ。博多どんたくとか言うだろ? んで、土曜日が昼から休みの場合を半分ドンタクって意味で半ドンって言うんだよ。正午の合図に大砲をドンってぶっ放したからっていうのは俗説らしいぞ。どっかのクイズ番組で見たな」


 自信満々で無駄蘊蓄を披露した大作はドヤ顔で顎をしゃくった。だが、お園はまたしても深いため息をつくと両の手のひらを肩の高さで上に向ける。


「大佐の有識(いうそく)って何から何までクイズ番組からきているのねえ」

「今頃になって気付いたっていうのかよ。もしかして惚れ直したか?」


 大作は得意気な顔で踏ん反り返る。女性陣たちは曖昧な笑みを浮かべながら生暖かい目で見詰めていた。


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