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巻ノ弐百四拾四 私は束子 の巻

 大作はその場のノリと勢いだけで例に寄って考えなしに御本城様の座敷を飛び出した。食べ終わった膳を大事そうに抱きかかえ小田原城の廊下を当てもなく彷徨い歩く。

 ふと気配を感じて後ろを振り返って見れば同じように膳を抱えたお園がくっ付いてきていた。


「どうやら生き残ったのは俺たち二人だけらしいな」

「はいはい、お約束お約束。何はともあれ先ずはお膳をお返しましょうよ」


 朧げな記憶を頼りに台所を目指して廊下を進む。暫く行くと広々としたそれっぽい座敷が現れた。

 部屋の隅っこには使用済みと思しき膳や食器が大量に並べられている。二人はその隙間を通って次の間を目指す。

 隣にあったのはどうやら料理の間だったらしい。料理人のような格好をした男たちが寛いだ雰囲気で何やら食べている。

 これはいわゆる料理人の賄い飯って奴なんだろうか。見てくれはイマイチだが何だかとっても美味そうだ。


「じゅるる~ 私たちが食べた朝餉なんかよりよっぽどご馳走みたいね」

「そりゃあ誰だって美味い物が食べたいだろうからな。農家や漁師とかが一番美味しい物を自分たちで消費するのと同じなんじゃね?」

「そうかも知れないわね。そうじゃないかも知らんけど」


 突如として現れた来訪者に男たちは箸を休めて揃って怪訝な顔を向けてきた。大作は咄嗟に卑屈な笑みを浮かべながらぺこぺこと頭を下げる。お園も得意のビジネススマイルを振り撒くことで何とか乗り切った。


 襖を抜けてさらに奥の座敷へ入るとようやく炊事場っぽい部屋に辿り着く。正面の大きな棚にはきちんと整理整頓された包丁や俎板がずらりと並んでいる。左側には広々とした流し場や井戸があった。

 部屋の隅っこには上等そうな素襖を着た男が一人で座って食事をとっている。これってもしかして台所奉行みたいなポジションの人なんだろうか。所謂、ボッチ飯って奴なんだろうな。友達とかいないのかも知れん。だったらいっそトイレの個室で食えば良いのに。

 そんな失礼なことを考えながらも大作は深々と頭を下げる。お園がシンクロすると男も怪訝な顔をしながら軽く会釈を返してくれた。


 二人は洗い桶を借りると丁寧に食器を洗う。藁縄を束子(たわし)のように丸めた物があったので台所奉行みたいな男に一言断ってありがたく使わせて頂いた。

 碗や皿を一つひとつ洗っては軽く振り回して水を切り、食器棚の手前に並べて置く。ふと部屋の隅へと目をやれば壁に沿って大小の竃がずらりと並んでいるのが目に入った。

 ひい、ふう、みい…… 十個もあるぞ! これじゃあさぞかし光熱費とかが大変そうだなあ。秀吉を薪奉行に任命すればワンチャンあるんだろうか? そう言えば二宮尊徳にも鍋底の煤を落とすことで薪代を節約するとかいうエピソードがあったっけ。地元に因んだエピソードってことならそっちの方が良いかも知れん。いやいや、それよか山ヶ野で計画していた七輪の製造にトライしてみるのも悪くないぞ。そうだ、閃いた! 薪を……


「あのねえ、大佐。何をぶつぶつ言ってるのよ? 口なんか動かしていないでちゃんと手を動かしなさいな」

「はいはい、分かってますよ。それはそうと、やっぱ洗い物をする時には石鹸があった方が良いかも知れんな」

「石鹸ってシャボン玉の時に使ったぶよぶよのアレよね。月代を剃るのにも使えるんだったかしら」

「そうそう、それそれ。石鹸があれば髪を洗ったり洗濯にも使えるしな。指輪が抜けなくなった時とかにも役に立つぞ」


 洗い終わった食器を布巾で拭いて食器棚に返す。これでミッションコンプリート。大作はほっと安堵の胸を撫で下ろす。

 ふと視線を感じて振り返るとさっきの台所奉行みたいな男がちょうど食事を終えたところだった。

 何か声を掛けた方が良いんだろうか? ばっちり目が合ってしまったのに何も言わないのは気不味いなあ。大作は取り敢えず思い付いた言葉を口に出す。


「空いたお皿をお下げしても宜しいでしょうか?」

「お、おう。恐れ入り奉りる。して、和尚は何処の何方じゃ? 見知らぬ顔のようじゃが何処から参られた?」

「せ、拙僧でござりまするか? う、うぅ~ん…… 拙僧は拙僧としか申し上げようがござりませぬな。それ以上でもなければそれ以下でもありませぬ。強いて申し上げるなら…… 強いて申し上げるならば…… 何だっけかな?」

「私に聞かれても知らないわよ。確か覆面調査官みたいなお方じゃなかったかしら」


 お園は台所奉行みたいな男から下げてきた食器を洗いながら他人事みたいに気のない返事を返す。まあ、本当に他人事なんだけれども。


「あぁ~あ。そう言えばそんな設定もあったっけ。拙僧は本社から派遣された覆面調査官の大佐と申します。以後、お見知りおきのほどを。宜しければお名前をお伺いしても?」

「儂か? 儂は台所奉行を仰せ付かっておる池田新右衛門と申す者じゃ。見知りおかれるが宜しかろう。して、大佐殿。ふくめんちょうさかん? 其れは如何なるお役目じゃ? 詳らかに申してみよ」


 おっちゃんが興味津々といった顔で食い付いてきた。とは言え、口から出まかせなので先のことは何も考えていない。大作はどう誤魔化したものだろうかと首を捻る。

 ポクポクポク、チ~ン。閃いた! 二宮尊徳を攻撃表示で特殊召喚! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。

 精一杯の糞真面目な顔を作るとおっちゃんの耳元に顔を寄せて囁くように話し始めた。


「此れは本来は機密事項に属することなのですが池田様にだけ特別にお教え致しましょう。近々、豊臣との大戦が始まることはご存じでしょうや? そこで御本城様は御城内のありとあらゆることを調べ上げ、効率化や最適化を図るようにと思し召されました。拙僧の見立てによれば、ここ台所だけでも改善の必要な問題点が数多とございますぞ」

「ほ、ほぉ~う! 此れは異なことを。儂がお預かりしておる台所の何処に斯様な『もんだいてん』があると申される?」


 眉値に皺を寄せたおっちゃんが不機嫌そうな声を上げた。

 もしかして人一倍に責任感が強い人なんだろうか。いやいや、そうじゃなくても不意にやってきた怪しい坊主が自分の仕事場にケチを付けたら良い気はしないだろう。

 こいつはフォローが必要だな。しかも可及的速やかにだ。


「た、例えばそうですなあ。う、うぅ~ん…… 閃いた! この鍋の底とか見て下さりませ。随分と煤がこびり付いておりますでしょう。見えますかな? こいつが断熱材みたいな効果というか何を何しております故、熱効率が大層と悪うなっておるのでございます。然るに、まずはこれを落とさねばなりませぬな。然すれば熱効率の改善も叶うことにござりましょう。更には薪の並べ方にもまだまだ改善の余地があるようですぞ。こんな風に適当に放り込んではNGです。こうやって三本の薪が均等に鍋底に当たるようにしてやれば宜しゅうございます。此れによって更なる熱効率の向上が期待できることにござりましょう。仮に一つの竈で毎日二本の薪が倹約できるとすれば台所全体では一年に七千三百本もの薪代を浮かせることが叶いましょう。素晴らしい、池田様! これは大変な功績ですぞ! バンバンバンバン、カチカチ、あらら?」


 大作はスマホの電卓を叩くとドヤ顔でおっちゃんの目の前へと翳した。おっちゃんはぽか~んと口を開けて呆けている。

 一機撃墜! 大作は心の中で喝采を上げるが決して顔には出さない。勝って兜の緒を締めよ。人は勝利を確信した時ほど用心せねばならんのだ。


「まあ、そんなわけですからまずは鍋底の煤を擦り落としてやりましょう。この使い古しの束子を頂いても宜しゅうございますかな?」


 鍋底の煤なんて擦ったら真っ黒けに汚れてしまうに決まっている。そうなると食器用にはもう使えないだろう。大作は上目遣いで台所奉行の顔色を伺う。

 だが、おっちゃんから返ってきたのは予想もしない反応だった。


「たわしじゃと? 和尚が申しておるのは其の手藁のことか?」

「てわらですと? いやいや、束子は束子。んで、私は私にござりましょう。私はカモメ(ヤー・チャイカ)とは何の関係もありませぬぞ?」

「ねえねえ、大佐。その『たわし』っていうのはどんな字を書くのかしら? 書いて見せて頂戴な」


 お園がバックパックからタカラ○ミーのせ○せいを引っ張り出してきた。大作は先っぽが磁石になった例のペンを取る。ペンを取ったのだが…… どんな字だっけ? さぱ~り重い打線!

 慌ててスマホを取り出すと漢和辞典を開いた。


「こんな字を書くみたいだぞ。だけど『そくし』じゃないんだな、これが」

「ふ、ふぅ~ん。そうなんだ。だけどその字は(たば)とも読むわね。もしかして藁を束にするから『たばし』だったんじゃないかしら」

「そ、そうかも知れんな、そうじゃないかも知らんけど。んでもって()っていうのは接尾辞だろうな。椅子とか扇子とか言うだろ。まあ、そんなわけで。たばし、たばし、たばし、カバディ、カバディ、カバディ、たわし、たわし…… たわし?! ばんざ~い! ばんざ~い! って感じだな」


 大作は超ハイテンションで絶叫しながら両手を高々と掲げる。しかし、台所奉行は首を傾げながら思いもよらない答えを打ち返してきた。


「ばんざ~い? 其れは如何なる意なのじゃ?」

「ズコ~~~! カバディはスルーですか? まあ、それは次の機会にご説明致しましょう。んで、どれどれ…… 元々は持ち手藁と称したって書いてありますな。それが手藁(てわら)とか手藁(たわら)と呼ばれるようになったんですと。とは言え、それだと(たわら)と紛らわしゅうございましょう? それで間違えないように『たわし』って呼ばれるようになったんだとさ。めでたしめでたし。ちなみに地域によっては束子(タバシ)って呼ぶところもあるそうな」

「ほほぉ~う、藁を束ねるが故に束子(たばし)と申すようになったか。正に言い得て妙じゃな。あっぱれあっぱれ」


 何が壺に嵌ったんだろうか。おっちゃんは腕組みをすると感心したように何度も頷いた。これにて一件落着。大作はほっと安堵の胸を撫で下す。


「はてさてふふ~ん、どうやらご納得頂けたようですな。では、この束子を使わせて頂きますぞ。お園も手伝ってくれるかな~? いいとも~!」

「しょうがないわねぇ~ このお鍋の底を擦って煤を落としてやれば良いのかしら?」

「Exactly! 池田様もぼぉ~っと見ておらずにこっちへきてお手伝い下さりませ」

「わ、儂がか? 和尚は台所奉行のこの儂に鍋の底を手藁で擦れと申されるのか?」


 鍋と束子を押し付けられたおっちゃんは困惑気味の表情を浮かべて一歩後ずさる。

 だが、おっちゃんを完全にロックオンした大作は『退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!』と心の中で絶叫しながら一気に距離を詰めた。


「池田様も男なら聞き分けなされませ! 李下に冠を正さず? じゃなかった、先ず隗より始めよとか何とか申しますでしょう? あの太閤秀吉が出世の階段を登る切っ掛けになったのも薪炭奉行としての成功からですぞ」

「しゅっせのかいだん? 其れは如何なる……」

「いいから黙って鍋の底を擦れぇ~~~っ! これは台所奉行の仕事です。池田様は鍋底を必要な時に擦って下されば良い。もちろん拙僧が御本城様の密命を受けていることもお忘れなく!」

「お、おぅ……」


 御本城様の名前まで出されては逃げようが無くなったのだろうか。おっちゃんは苦虫を噛み潰したように不満気な顔をしながらも鍋底を擦り出す。大作とお園も仲良く並んで一心不乱に煤落としに没頭した。




 いったい幾つくらいの鍋底を掃除したのだろうか。全ての鍋や釜を片付けた三人は勢い余って食器洗いまで一息にやってしまった。

 良い仕事をしたなあ。心地よい疲労感と充実感に浸りながら三人はほうじ茶を飲んで寛ぐ。

 ふと気が付くと既に日は徐々に西の空へと傾き始めている。料理人らしき男たちも戻ってきて夕餉の支度を始めようとしていた。


「さて、それではいよいよ鍋底クリーニングの効果測定と参りましょうか。煮炊きに掛かる時間と薪の消費量を測定して煤を落とさなかった鍋と比較検討を致しましょう」

「ちょっと待って頂戴な。煤を落とさなかった鍋って何処にあるのかしら?」

「な、無いの? 無いんだぁ…… 何で全部やっちゃうんだよぉ~! それじゃあどうやって対照実験を行えっていうんだ? 二重盲検法とかどうすれバインダ~! もしかして今日一日の仕事が無駄骨になっちゃうのか? 勘弁してくれよ~!」

「どうどう、大佐。気を平らかにして頂戴な。池田様、普段の煮炊きでは薪を何本使っておられますか? 所要時間はお分かりでしょうか? 過去のデータがあれば教えては頂けませぬでしょうか?」

「……」


 流石の台所奉行様もお園の無茶振りには返す言葉が無いようだ。

 大作は頭を抱え込むと小さく唸り声を上げる。お園は生暖かい目で黙ってその姿を眺めていた。




 数分後、鋼のメンタルで立ち直った大作は竈でご飯を炊いていた。立ち直りが早いこと。これが大作の唯一無二と言って良いほどの数少ない長所なのだ。まあ、実際に作業を行っているのはお園なんだけれども。


 まずはあらかじめ一時間ほど水に浸しておいた玄米を羽釜に放り込んで竈に掛けた。量は一升くらいだろうか。


「知ってるか、お園。一合くらいなら電子レンジを使えば十分くらいで炊けちゃうらしいぞ。あと、フライパンとかでも二、三合を十分くらいで炊けるんだとさ」

「まあ、ここにはどっちも無いだんけどね。いまここにある、この羽釜で炊くしかないわよ」


 釜に適当な量の水を流し込んで蓋を被せる。三本の薪を丁寧に並べて火を点けると小さな炎が小さく揺らめいた。


「なあなあ、お園。何でこんなに小さな火でご飯を炊くんだ? 凄い時間が掛かりそうなんですけど?」

「それはねえ、大佐。炊きムラが出ないようにするためよ。釜底を丁度良い塩梅に温めようと思ったら初めは余り強くしちゃあ駄目なんだから」

「ふぅ~ん。所謂、始めチョロチョロって奴だな」


 釜の温度が徐々に上がり、蓋の隙間から湯気が出始める。十分? 十五分くらいか? ちゃんと時間を計っておけば良かったなあ。例に寄って後悔先に立たずんば虎児を得ずだ。

 お園は割り木を放り込むと竹製の火吹き棒を大作の手に押し付けた。これを吹けってことなのか? 大作が小首を傾げるとお園は禿同といった顔で頷く。どうでも良いけどこれって棒じゃなくて管だよな。


「よかろう、火吹山の魔法使いと呼ばれたこの俺の火吹きテクニックに…… さあ、ふるえるがいい!」

「何でも良いから早く吹きなさいな。Hurry up! Be quick!」

「へいへい、分かりやしたよ。ふぅ~~~っ! ふぅ~~~っ!」


 新鮮な空気を供給された炎は一気に火勢が強くなる。こんな物で良いのか? 上目遣いで顔色を伺うとお園が鷹揚に頷いた。

 釜の脇まで炎が届くくらいの強火をキープして沸騰状態を継続させる。始めチョロチョロに続く中パッパの状態を十分から十五分くらい続けただろうか。湯気の勢いが激しくなって中身が吹き出してきた。


「はじめちょろちょろ中ぱっぱ…… 続きは何だっけ?」

「ぶつぶついうころ火を引いて、ひと握りのわら燃やし、赤子泣いても蓋とるな…… とか何とかね。これって著作権は大事ないのかしら」

「それは大丈夫だろ。どう考えても作者の死後五十年は経ってるからな。んで、火を引いてから藁を燃やせば良いんだな?」

「別に藁じゃなくても良いと思うけどね」


 手ごろな棒切れで薪を動かして燠火だけにする。蓋の隙間から湯気が吹き出しているってことはまだ水分が残っているんだろう。今のところは焦げ付かせる心配も無さそうな。そうなると弱火状態での温度管理が当面の課題だろうか。お園は湯気の出具合や蓋を触った感触で判断しているらしい。そんな特殊スキルを持っていない大作は隣にしゃがんで黙って見守ることしかできない。

 まあ、これはアレだな。『私作る人、僕食べる人』って奴だ。あのCMが流れた昭和五十年には女性差別だと散々に叩かれたらしい。だが、今は戦国時代の真っ只中。『そんなの関係ねえ~~~!』なのだ。

 大作がそんな失礼なことを考えているとは知る由も無いお園は不意にドヤ顔で振り返った。


「後は『赤子泣いても蓋とるな』ね。まあ、ここには赤子なんていないんだけど。早く食べたいけれど、もうちょっとの辛抱よ」


 目を輝かせてそう呟くお園の口調はまるで自分で自分に言い聞かせているようだ。

 竈の中にはまだ燠火が燻っているのでかなり高温らしい。釜の蓋はコトコトと動き続けている。

 十五分か二十分は経っただろうか。不意に蓋がピクリとも動かなくなった。ようやく蒸気の圧力が下がったらしい。

 その間もお園は頻繁に釜から漏れ出てくる匂いを嗅いでいる。


「なあなあ、お園。そんなにお腹が空いてるのかよ?」

「嫌あねえ、大佐。焦げちゃわないか憂いているだけよ。さて、丁度良い頃合いかしら。もう一遍だけ藁を燃すわね。余った水気を飛ばせば炊きあがりよ。楽しみねぇ~ じゅるる~」


 辛抱堪らんといった顔のお園が涎を啜る。蓋の隙間から漏れ出てくる香りも丁度良い塩梅の香しさだ。

 取り敢えずは悲惨なことにはなっていないらしい。大作に言わせればご飯なんて黒焦げになってさえいなければそれなりに美味しく召し上がれる物なのだ。芯が残っていようがお焦げがあろうが腹に入っちまえば一緒じゃんかよ。


「やっとさっとこご飯が炊けたみたいね。だけどもうちょっとだけ待って頂戴な。ご飯粒が急に乾くと硬くなっちゃうからもう暫くの辛抱よ。あと五分か十分ほど蒸らせば食べれる…… 食べられるわね」

「ところでお園、俺たちって今日は何か大事な用事ってなかったっけかなあ。何か知らんけど鍋底を擦ってご飯を焚いただけで一日が終わっちまった。そんな気がしないでもないんだけれども」

「それこそが大事なることなんじゃなかったのかしら? つまるところ鍋底を擦って薪の並べ方を変えたことで熱効率はどれほど良くなったのよ? 定量的なデータを提示して頂戴な」


 羽釜の蓋を開けた途端、勢いよく湯気が立ち昇ると同時に美味しそうな匂いが部屋中に広がる。お園は杓文字で優しくご飯を掻き混ぜると食器棚から出してきた茶碗へ山のように盛り付けた。

 それを恭し気に受け取りながらも大作は適当な言い訳を探して頭をフル回転させる。しかしなにもおもいつかなかった!


「確かワインバーグも言ってたな。こんな時は三割程度の改善が確認できたってことにしておくのが良いらしいとか何とか。それ以上の改善をしちまったら前任者の無能を責めてるみたいじゃん。だから適当なところでお茶を濁しておくと角が立たないんだとさ。鍋底の煤落としと薪の並べ方改善によって炊飯時間や薪の消費量を三割改善。これで良いんじゃね?」

「ふ、ふぅ~ん。そんなんで良いのかしらねえ。まあ、私の知ったこっちゃないわ。さあ、とっても美味しく炊けたみたいよ。食べましょうな」

「そ、そうだな。食べるとしましょうか。池田様もお召し上がり下さりませ。底を綺麗にした釜で炊いたご飯のお味をとくとご賞味あれ!」

「お、おう。ありがたく頂戴致そうか」


 三人は炊き立てのご飯に舌鼓(したづつみ)…… 舌鼓(したつづみ)? とにもかくにもスタッフで美味しく召し上がった。


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