巻ノ弐拾四 伊賀横断クイズ大会 の巻
大作、お園、藤吉郎のヘンテコトリオはウル○ラクイズごっこをしながら一路、伊賀を目指して歩く。
「じゃあ次の問題。伊勢神宮で一定の周期で行われる神宮式年遷宮は何年に一度行われる? A:十年 B:十五年 C:二十年 D:二十五年。今度は藤吉郎の番だぞ」
「う、う~ん。二十四年は無いのでござりますか。干支が二回りする二十四年の方が切が宜しゅうござりますぞ。しぃの二十年でござりますか?」
「ファイナルアンサー?」
たっぷりと時間を取って大作は『みの溜め』を行う。って言うか、これってウル○ラクイズじゃなくてミリオ○アじゃね?
大作に厳しい視線を向けられて藤吉郎の瞳に不安の色が浮かぶ。お園の表情がほんの少しだけ険しくなったことに大作は気付く。
「やっぱりでぃ~の二十五年に変えまする」
「ファイナルアンサー?」
「ふぁ、ふぁいなるあんさ~!」
「ぶっ、ぶぅ~~~! Cの二十年でした~」
大作が笑いながら顔の横で大げさに手のひらを揺らめかせて大声を出す。藤吉郎は心底から悔しがっているようだ。
そうは言っても戦国乱世のせいで九十年近く行われていないらしい。知らなくても無理は無い。
天正十三年(1585)に内宮の正遷宮が百二十四年ぶりに再開されるそうだ。
「惜しかったな~。藤吉郎はもっとメンタルを鍛えた方が良いぞ」
「それにしても大佐は本当に物知りでございますな。いったいどこでどのようにして学ばれたのでしょうか」
「何を言ってるのよ藤吉郎。大佐は銭一貫文が何文かも知らなかったのよ。すまほって言うのに書いてあるだけなのよ」
お園が十日以上も前の話を蒸し返す。細かいことを良くも覚えているものだと大作は感心する。だがそんなお園に藤吉郎が予想外の一言を投げかけた。
「銭一貫文って二千文でしたかな?」
「え~~~!」
「戯れにございます。お許し下され」
仲間になって三日目だというのに藤吉郎はすっかり馴染んでいるようだ。さすがは人たらしの達人だと大作は感心した。
とは言えこのままでは沽券に係わる。大作は威厳を取り戻すためガツンと一発言ってやろうと思う。
「だいたい銭や度量衡の単位がややこしすぎるんだ。お前らだってイギリスの単位を一度聞いただけじゃ覚えられないだろう。十二インチが一フィート、三フィートが一ヤード、千七百六十ヤードが一マイル、ついでに言うと十六フィート半が一ロッド、四ロッドが一チェーン、十チェーンが一ハロンだ。覚えられんだろう」
「十二いんちが一ふぃーと、三ふぃーとが一やーど、千七百六十やーどが一まいる、十六ふぃーと半が一ろっど、四ろっどが一ちぇーん、十ちぇーんが一はろんね。覚えたわ」
「え~~~!」
大作は思わず大声を出してしまった。何だこいつ。アスペルガー症候群? じゃなかったシャイ・ドレーガー症候群? 全然違う。何だっけ。サヴァン症候群! レインマンのダスティン・ホフマンだ。
まさかお園は今までに食べたパンの枚数とか覚えてるんだろうか。いや、パンは食べたこと無いはずだ。大作は完全に混乱していた。
「LEDがどうやって光るのか覚えてるか?」
「はんどうたいのぴいえぬせつごうぶででんしとせいこうがきんせいたいをこえてさいけつごうすると光が飛び出す。そのえねるぎーははんどうたいのばんどぎゃっぷにほぼそうとうする。光のえねるぎーはしんどうすうかけるぷらんくていすうだ。だからばんどぎゃっぷのえねるぎーによって光のはちょうも決まるって言ってたわね。意味は全然分からないけどちゃんと覚えてるわよ。蛍の光と同じなのよね」
大作は冷や汗が出るのを感じていた。お園、おそろしい子! とりあえず間違いは正しておこう。
「すまん、お園。ちょっとだけ勘違いしていた。蛍はルシフェリンという発光する物質がルシフェラーゼという酵素を触媒として酸化されて光るんだ。よく見かける黄緑色の他にも黄色や橙色もいるんだぞ。ホタルイカ、ウミホタルも同じ仕組みだ。それと、オワンクラゲには緑色蛍光タンパク質があって、興奮すると発光タンパク質イクオリンと細胞内のカルシウムが反応して一瞬青色に発光するんだ。その光で緑色蛍光タンパク質が緑色に発光するんだ。下村博士はその研究が評価されてノーベル化学賞を受賞したぞ。ついでに言うとヒカリゴケは光ってるわけじゃなくて、球みたいな形で奥の光が反射してるだけなんだ」
「分かったわ。蛍はるしふぇりんというはっこうする……」
「いや、覚えてもらえたんなら言わなくても良いよ」
ひとつ嘘をつくと二十の別の嘘をつかなければならなくなる。そんなスウィフトの名言を大作は思い出す。お園に嘘を付かなくて本当に良かった。
平安時代の伊賀は奈良・東大寺の荘園だった。
だが、地侍や土豪が力を持つようになると荘園制は崩壊する。
東大寺はそれら勢力を黒田の悪党と呼び、他の武装勢力に悪党追捕を依頼した。
しかし、それらの武装勢力も領地を勝手に支配して堀や土塁で囲み、館や平城を建てた。
その数は山に囲まれた九里四方の小さな盆地に六百を越えるとか越えないとか。
その結果、戦国時代の伊賀は他に例を見ない極端な群雄割拠となっていた。
そう言うと華々しい戦国絵巻を想像してしまうが、実際には二、三百人ほどの傭兵集団が緩やかな連合体を形成していたようだ。
大作はスマホで予習するがイマイチ実感が沸かない。散々考えた末、巨大ダンゴムシが出てくる例の映画の辺境諸国みたいな物だと思うことにした。
病床の国人領主の代理で国を治める美少女がいてイベントが発生したらどうしよう。大作は気を引き締める。
三人は伊賀街道をのんびりと西に進む。安濃津が栄えていた頃はこの街道も賑わっていたのだろうが今は寂しい荒れ道だ。どう頑張っても今日中に伊賀上野には着かない。山の真ん中で野宿することにならないよう。それだけを大作は心配していた。
本能寺の変に際して徳川家康は堺に滞在していたが、落ち武者狩りを回避しながら三河へ戻るため神君伊賀越えを行った。河内国四條畷から山城国宇治田原、近江国甲賀の小川城で一泊。伊賀国の山道を経て加太峠を越え伊勢国白子から海路で三河国大浜へ上陸。岡崎城へ帰還したとする説が一般的だ。
大作はそれより南のルートを取る。津から伊賀街道で伊賀上野に向かい大和郡山を通って堺に出ようとしていたのだ。
天正伊賀の乱はまだ二十八年も先の話なのでそれほど大きなリスクは無いだろう。大作は気楽に考えていた。
大作が予想していた通り、お園がもはやお約束になったセリフを言う。
「伊賀上野には何があるの?」
「まだ忍者屋敷なんて無いよな。ちょっと北に行けば信楽に焼き物があるけど。でも有名な狸の焼き物が作られるのは江戸時代だな。こんな山の中だから何にも無いよ」
「失礼ね! 甲斐も山の中だけど色んなものがあるわよ。ほうとう、ぶどう、鮑煮貝、それから……」
「食べ物ばっかだな。そんなんじゃお前、食いしん坊属性が付いちまうぞ」
お園はふくれっ面をしているが目が笑っている。これは堺に着いたら美味しい物でも食べさせてやらねばと大作は頭の中のto do listに書き込んだ。
山道に差し掛かるころ日が傾いたので野営することに決める。手分けして薪を拾ったり竃を作る。
「お園、火打石を藤吉郎にやってくれ。今日から火起こしは藤吉郎の仕事だ。お園には代わりにこれをやる」
大作はお園にBICライターを手渡す。お園は嫌な顔をするかと思ったがむしろ喜んでいるようだ。藤吉郎にも役割分担させて仲間意識を強めるという大作の意図を理解してくれたらしい。
お園から簡単な説明を聞いた藤吉郎はいとも簡単に火を起こして見る。
何度やっても火を起こせなかった大作は何とも言いようの無い気分になった。
藤吉郎はマグネシウムファイヤースターターやチタン製クッカーや浄水器を物珍しそうに見ていたが南蛮渡来の品だと思ったのだろう。いちいち質問してくることは無かった。
最初にガツンと言っておいたおかげだろうか。どちて坊やにならなくて助かった。
藤吉郎に使い方を説明しながら川で汲んだ水を浄水器で濾過する。クッカーで味噌で味付けした雑穀を煮込む。
藤吉郎は粗末な木の椀や箸や匙を持っていたので食器の問題は無い。お園はマグカップで、大作はクッカーの蓋で食べた。
「不可思議な味の味噌にござりますが、美味しゅうござります」
「藤吉郎は尾張の生まれだから八丁味噌か。これは黄色っぽいから多分、米味噌だろう。長靴一杯食べたいだろ?」
「はっちょうみそ?」
「岡崎城の八丁(約八百七十メートル)ほど西に八丁村って村があるんだ。そこの二軒の味噌蔵で作ってるって聞いたぞ」
室町時代初期から作られてたらしいのだが八丁味噌というブランドはまだ無名なんだろうか。
まあ、お園も美味しいって言ってたし、竹輪とは良いトレードだったな。
食器を洗って歯を磨き川の水で体を洗う。藤吉郎に手伝ってもらってテントを張る。小脇に抱えられるほど小さなスタッフバッグからあっと言う間にテントが出来上がった。藤吉郎は声も出ないほど驚いているようだ。
問題はこの中で三人が寝られるか否かだ。テントの中は奥行二百十八センチ、幅は奥が七十六センチで手前が百八センチの台形をしている。
とりあえず一番背の高い大作が真ん中、お園は右、藤吉郎が左に横になった。お園と藤吉郎がくっ付いて寝るのは何だか悔しい気がしたのだ。お園も藤吉郎も小柄なので意外と快適だ。お園との密着感が増したのは嬉しい誤算と言える。
「かなり狭いけど我慢してくれ。それにこれだけくっ付いて寝れば寒くないぞ」
「野ざらしで寝るのかと心配しておりましたが安堵いたしました。薄くて滑々した布にござりますな。これが絹と言う物でございますか?」
いきなり何か聞かずに自分なりの推測を言うあたり教育の効果が現れてる。とは言えまたもや難しいことを聞かれた。
「内側の布は透湿ULリップストップナイロンとポリエステルメッシュ、外側と敷物はシリコン・ポリウレタンコーティングULリップストップナイロンだ。リップストップっていうのは破れ難いってことだぞ。ナイロンって言うのは石炭と水と空気から作られ、鋼鉄よりも強く、クモの糸より細い糸だ」
「そのような糸で布を織り、棒に被せただけで庵を作ってしまうとは感服いたしました。やはり大佐は驚嘆すべき天賦の才をお持ちの御仁にございます」
「別に大佐が作った物じゃ無いんでしょ」
せっかく藤吉郎の尊敬が得られそうなのにまたもやお園が茶々を入れる。
まあ、未来の文物で尊敬を得ようなんて驕り高ぶった考えは身を滅ぼす元だ。大作はお園がそこまで考えて諭してくれているんだと思うことにした。
考えてみれば大作だってタイムスリップや転生の小説を読んでいて主人公に対して同じことを思ったことがある。
二十一世紀なら中学生レベルの知識に関心されて得意気になってる奴等を見ると滑稽というより哀れみすら感じる。
所詮は人の褌で相撲を取るに過ぎないのだ。
「明日もたくさん歩くからもう寝よう。おやすみ」
「おやすみなさいませ」
「おやすみなさい」
二人と三人だと随分違うものだと大作は実感していた。
そして幾年もの年月が流れた。長旅の末に三人は筑紫島に辿り着いた。
大作は早くも夢だと気付いた。こんな序盤で夢に気付いたのは初めてだ。何だって好きなようにできるぞ。
お園の寝相でいつ中断されるか判らないけどな。
お園との間に一男一女を授かり、藤吉郎も所帯を持って豊かで賑やかな日々が続くと思われた。
だがそんな日常は突然に終わりを告げる。天正十四年(1586)に豊臣秀吉が九州平定を開始したのだ。
それっておかしく無い? 藤吉郎はここにいるのに。同姓同名の別人だったのか? そういえば木下姓について確認してなかったっけ。
商売道具を担いで歩いていた大作は突然現れた侍たちに引き倒される。
「大佐!」
お園の魂を絞りだすように呻く悲しげな叫び声が大作の心をかき乱す。
『すまない、お園。お前を幸せにしてやれなかった』
大作は心の中で謝る。いったい何が間違っていたのだろう。
侍の振り上げた白刃に日光が煌めく。
このまま切られて死んだらつまんないぞ。何でも良いから面白いこと言わなきゃ視聴者にがっかりされる。
「ひ……秀吉の……ク・ソ・ッ・タ・レ……
俺は…… 俺はなんだっけ? ざまあみさらせ秀吉!!
俺は最期の最期まで生須賀大佐だ!!」
直後に大作は全身から血を噴き出して壮絶な死を遂げた。
翌朝、大作が目を覚ますと二人が眠そうな顔をしていた。
藤吉郎が遠慮がちに聞いてくる。
「ひでよし、とはどなたでござりますか?」
お園の寝言を心配してたけどまさか自分が寝言を言ってたとは。大作は穴があったら埋めたいと思った。




