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巻ノ弐百参拾九 飲め!千本の針を の巻

 大作、お園、未唯のポンコツトリオは猫ちゃん(仮)を探し求めて広い広い小田原城内を当てもなく彷徨い歩く。そんな一同の前に突如として現れたのは政四郎の指揮の下で海水から臭素を分離回収する実験プラントだった。


「無煙火薬が量産の暁には豊臣などあっという間に叩いて見せまする!」


 大作は政四郎のほざく気宇壮大な大言壮語を右から左へと聞き流す。

 って言うか、そもそもあいつそんなこと言ってたっけ? さぱ~り重い打線。それ以前の問題として臭素から無煙火薬なんて作れないような気がしてならないし。

 とにもかくにも一同は臭素と無煙火薬の完成を祈りつつも掘っ立て小屋を後にした。どっとはらい。




 どうにかこうにか天守へと辿り着いた大作は自室を目指して迷路のような城内を彷徨う。これはもう本気で案内板とか整備した方が良いかも分からんな。それか床に矢印なんかを描いちゃうとか。

 半分くらい諦めの境地に入りかけたころ、ようやく廊下の先に見慣れた座敷が姿を現した。


「ごめんな、僕にはまだ帰れる場所があるんだよ。こんなに嬉しいことはない。わかってくれるよな? 未唯にはいつだって会いに行けるから……」

「藪から棒に何を言い出すのよ、大佐。気でも触れちゃったのかしら?」

「お前は何気に酷いことを言うんだなあ。こんな名セリフに対して失礼だぞ」

「未唯、マジレス禁止よ。大佐の名セリフにいちいち突っ込んでいたら埒が明かないわ。適当にスルーして頂戴な」


 お園が駄々っ子をあやすように優しい言葉でフォローした。だが、未唯は『退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!』といった顔で追及を続ける。


「する? 何をするのかしら? ねえねえ、何をするの?」

「だ~か~ら~~~!」


 その瞬間、お園の堪忍袋の緒がぷつんと音を立てて途切れた。お園の拳骨を食らった未唯が涙目で頭を擦る。これぞ瞬間湯沸かし器の面目躍如たるところであろうか。


 座敷に近付くと中から聞き覚えのある変てこな音が聞こえてくる。この曲って何だっけかな?

 様子を伺いながらゆっくり障子を開けると部屋の隅っこでほのかが一心不乱にリュートを弾き鳴らしていた。大作はなるべく演奏の邪魔をしないよう静かに御本城様の定位置に座る。

 それに気が付いたほのかは演奏の手を止めるとぱっと顔を綻ばせた。大作も笑顔を浮かべると手を振って応える。


「よっ、ほのか! 頑張ってるみたいだな。これって『禁じられた遊び』? じゃなかった、本当のタイトルは『愛のロマンス』なんだっけ。随分と上達してるからびっくりしたぞ。完璧なアルペジオじゃんかよ」

「そりゃあそうよ。大佐に褒めて欲しくって朝から晩まで一所懸命にお稽古したんですもの。それじゃあ今から聴いてくれるかしら?」

「ちょっと待ったぁ~! 残念ながら今はお取込み中なんだよ。後できちんと時間を作るからほんの少しだけ待って貰っても良いかな? な? な? な?」

「しょうがないわねえ~ 確と約したわよ。嘘ついたら針千本飲ますからね」


 ほのかはちょっと膨れっ面をしているが目が笑っているので本気で怒っているわけでは無いらしい。大作は演奏会のことを心の中のシュレッダーに…… じゃなかった、心の中のメモ帳に書き込んだ。

 この程度の些事で針千本なんて飲まされるのは真っ平御免の介なのだ。

 ちなみにここで言うハリセンボンとは吉本興業東京本社所属の女性お笑いコンビのことでは無い。

 だが、突然の突っ込みは大作が予想すらしていなかった意外な方向からもたらされた。


「ねえねえ、大佐。ハリセンボンってフグ目ハリセンボン科の魚だったわよねえ。それって美味しいの?」

「えっ? えぇ~っと…… 河豚の仲間なんだけど毒が無いからふぐ調理師免許を持っていなくても調理できるんだっけかな。棘ごと皮を剥げば鍋料理、味噌汁、唐揚げ、刺身、エトセトラエトセトラ。沖縄料理だとアバサー汁なんて有名だし。だけど棘が鋭いからよく気を付けた方が良いぞ。それと卵だけには毒があるから気を付けてくれよ。『どくいりきけん たべたらしぬで かい人21面相」って和文タイプライターで打った紙を貼っ付けといた方が良いかも知れんな。ちなみに猫は河豚を食べても平気って俗説があるけど嘘っぱちだぞ。普通に死んじまうから注意してくれよ」

「未唯、分かった!」


 急に話を振られた幼女は咄嗟に真面目腐った顔を作ると深々と頷いた。


「そうそう、ついでに言うとハリセンボンのトゲって本当は三、四百本くらいしかないらしいな」

「ふ、ふぅ~ん。そうなんだぁ~ 話半分どころか三分の一くらいしかないのね。それで大佐、ハリセンボンはいつ食べさせて貰えるのかしら? 食べられるのか、食べられないのか。それが問題よ」

「はいはい、マクベス乙。旬は秋らしいぞ。悪いんだけどそれまで待ってくれるかな~?」

「あのねえ大佐、ハムレットよ。とにもかくにも確と約したからね。嘘付いたらハリセンボンを食べさせて貰うんだから」


 それってどっちにしろハリセンボンを食べるってことじゃないのかなあ? 謎は深まるばかりだ。

 大作は今度という今度こそハリセンボンを心の中のステンレス製の鍵付き容器に保管する。そして築地の除毒場で焼却し、さらに苛性ソーダで中和して地下に埋めた。




 それはそうとさっきから何だかとっても寒いなあ。大作は首を縮こまらせてぶるぶるっと体を震わせた。

 日本家屋という奴は昔から夏のことを考えて作る物と相場が決まっている。だから冬はとっても寒いのだ。

 それに輪を掛けて部屋の中には火の気の欠片も無い。お陰で半端ない寒さだ。むしろ日当たり良好な外の方がよっぽど暖かかったんですけど。


「ほのか、お前こんな寒い部屋でよく平気でいられるな。手とか悴んだりしないのか?」

「私はくノ一なのよ。これくらいの寒さなんて平気の平左衛門だわ。もしかして大佐は寒いの? ねえ、寒いんでしょう? だったら私が暖めてあげましょうか?」

「べ、別に寒くはないぞ。寒くはないんだけど温かい方が良いと思わんか? だってせっかく火鉢と炭があるんだもん。火を入れたら良いのになあって思っただけだよ。まあ、一酸化炭素に気を付けなきゃならんけどな」


 って言うか、御本城様のお帰りだというのに誰も身の回りの世話とかしてくれる人はいないんだろうか。

 関取の付け人とか社長秘書みたいなポジションの人がいたって良いんじゃね? いなくても良いかも知らんけど。

 とは言え、そんな人を二十四時間三百六十五日雇っていたら人件費がいくらあっても足りんしなあ。それか週休二日の九時五時だけならワンチャンあるのか?

 いやいや、本当ならナントカ丸たち小姓がそういう役割だったんだよ。奴らに仕事を回したのが諸悪の根元なんだろう。いまごろ反省したって後悔先に立たずも良いところだ。

 大作が例に寄ってそんな益体もないことに思いを巡らせていると少し急かすような口調でお園が声を上げた。

 

「それで? 猫探しのエキスパートっていうのは如何なるお方なのかしら。早く教えて頂戴な」

「いやいや、急いては事を仕損じるんだぞ。慌てる乞食は貰いが少ないしな。慌てない、慌てない、一休み、一休み」

「あのねえ、大佐。こんなことをしてる間にも猫ちゃん(仮)は私たちの手の届かないところまで行っちゃうかも知れないのよ。Hurry up! Be quick!」

「はいはい、分かりました。今やりますよ。誰かある! 誰かある!」


 大作は両の手を打ち合わせながら大声を張り上げた。あまりにも突然のことにお園と未唯が思わず顔を顰める。

 待つこと暫し、遠くの方から小さな足音が聞こえたような気が…… と思いきや、待てど暮せど誰もやってこない。

 空耳かよ! 大作は自分で自分に突っ込みを入れると息を大きく吸い込んであらん限りの大声を出した。


「誰かある! 誰かある! 助けてくださ~~~い!」

「……」

「もしかしてそのエキスパートってお方は耳が遠いんじゃないかしら?」


 半笑いを浮かべた未唯が小馬鹿にしたような口調で茶々を入れてくる。

 大作はちょっとイラっとしたが鋼の精神力でそれを抑え込むと卑屈な愛想笑いを浮かべた。


「そ、そうかも知れんな。そうじゃないかも知らんけど。とは言え、聞こえてるのに面倒臭くて聞こえない振りをしてるのかも分からんぞ。それよかアレかも知れん。傍観者効果って聞いたことあるか? 例の『誰も消防車を呼んでいないからである!』って奴だよ。『誰かある』って言われても周りに人が一杯いたら誰も自分が呼ばれているとは思わんだろ?」

「だったら『誰か』じゃなくてきちんと名をお呼びすれば良いんじゃないかしら。『お園!』とか『未唯!』って具合にね」

「そうそう、それそれ。救急救命士の講習で習ったぞ。『誰か救急車を呼んで下さい』とか言っても誰も呼ばないからちゃんと指名した方が良いんだとさ。んじゃ、呼ぶとしましょうか。風魔の小、小…… 小太郎だったっけ? 小次郎だったっけ?」


 急に不安に駆られた大作は上目遣いでお園の顔色を伺う。なるべくならあのおっさんの名前を間違えて呼ぶのは避けたい。だって顔が怖いんだもん。

 そんな大作の気持ちを知ってか知らずか、お園が不満そうに唇を尖らせて睨み返してきた。


「私がそんなの知るわけないでしょうに! 出羽守様とでもお呼びしておけば良いんじゃないの? 知らんけど」

「ナイスアイディア、お園! んじゃ、風間出羽守殿! いたら返事して下さ~い!」

「……」

「どうやら出羽守様もいないみたいね。うふふ」


 未唯が勝ち誇ったように薄ら笑いを浮かべた。悔しさと怒りのあまり、大作は力一杯に握りしめた拳をぷるぷると震わせる。

 だが、捨てる神あれば拾う神あり。こんどこそ廊下の向こうから足音が聞こえてきた。これは絶対に空耳ではないぞ。空耳では無い。絶対にだ!


 少しの間を置いてナントカ丸の色違いバージョンみたいな小姓が現れる。こいつらいったい全部で何人いるんだろう。謎は深まるばかりだ。

 いやいやいや、こいつは本物のナントカ丸じゃんかよ。作務衣みたいなのに着替えてたから見間違えちまったぞ。大作はちょっとだけ反省する。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、幼い小姓は大作の姿を認めると怪訝な表情を浮かべて小首を傾げた。


「誰かと思えば御本城様にございましたか。あのような大声を出されるとは何用にございましょうや? 御用がありますればあの紐を引いて合図してから伝声管にてお申し付け下さりませ」

「で、伝声管だって? そんな物、いったいいつの間に作ったんだよ?」

「御本城様が碓氷に行っておられる間に萌様の御申し付けにより作りし物にございますが?」

「そ、そうなんだ。それは知らなかったな。次からはそうするよ。んで、話は変わるけど風魔の小…… 出羽守殿は何処かな? 出羽守殿は何処(いずこ)~!、出羽守殿は居ずや~! ってな」


 澱んだ空気をちょっとでも明るくしようと大作はおどけた調子で囃し立てるように両の手をひらひらさせた。

 しかし、意に反してナントカ丸の顔色は困惑の度を深めるばかりだ。その顔には『もう帰っても良いですか?』と書いてあるかのようだ。

 って言うか、こいつは何でそんな沈んだ顔をしているのかなあ? その視線の先を追い掛けてみると……


「御本城様。風魔一党が頭目、風間出羽守。お召しにより参じましてございます。本日は如何なる御用にござりましょうか?」

「うわぁ! びっくりしたなあ、もう。ドキっとしましたぞ。いるんならいるって言って下さりませ。隠れてるなんて趣味が悪いですぞ」

「いやいや、隠れておったわけではござりませぬ。たまたま、お城に御用がございまして参っておった次第にござりまする」

「さ、左様にございましたか。まあ、この際それはどうでも宜しい。本日は……」

「然らば、御本城様。某は是にて失礼仕りまする。萌様より仰せ付かったレンズ研磨作業が残っておりますれば」


 強引に話に割り込んできたナントカ丸は言いたいことだけ言うと逃げるように立ち去って行った。

 何て逃げ足の速い奴なんだろう。大作は『いったいお前の雇い主は誰だと思ってるんだ~!』と心の中で絶叫するが決して顔には出さない。強靭な精神力で怒りを抑え込むと引き攣った愛想笑いを浮かべた。


「えぇ~っと、何の話でしたっけ? そうそう、出羽守殿に折り入ってお願いがありましてな。行方不明になった猫ちゃん(仮)を探し出して頂きたいのでございます。貴重な貴重な雄の三毛猫にござりますれば可及的速やかに非常線…… って言うか、夜の大捜査線を張って捜索に当たって頂きたい」


 スマホで撮った写真がなかったっけかな? 撮ったような気がするんだけどなあ。撮っていなかったっけ? 大作は画像フォルダを日付順に並べ直すがそれっぽい写真は一枚も表示されない。

 見るに見かねたんだろうか。お園が袂からスマホを取り出すと素早く操作して風魔小太郎だか小次郎だかに見せた。


「大佐、私が撮った写真があるわ。出羽守様、猫ちゃん(仮)はこんな人相風体をしております。今ごろは何処ぞでお家を聞いても名前を聞いても分からぬと震えておるやも知れませぬ。何卒、見付けて連れ戻して下さりませ」

「宜しゅうお頼み申します」


 お園が深々と頭を下げると神妙な面持ちの未唯も見事にシンクロする。

 これは同調しておいた方が良いんだろうか。少しだけ遅れて大作も愛想笑いを浮かべながら頭を下げた。

 ところが風魔小太郎だか小次郎だかはどことなく不満気な声音で返事を返してくる。


「ご、御本城様は某に猫探しをせよと申されまするか? 風魔一党が頭目、風間出羽守に猫を探せと?」

「べ、べ、別に出羽守殿が一人で探せと申しておるわけではござりませぬぞ。そんな鬼みたいな顔をせんで下さりませ。手下を使ってやらせれば宜しゅうございましょうに。それとも、もしかして猫探しみたいなつまんない仕事は阿呆らしくてやってられんとでも申されまするか? だけど、あの秀吉だって迷子になった飼い猫探しを浅野長政にやらせたんですぞ。ご存じでしたかな? 若狭国小浜八万石の国持ち大名が一匹の虎猫を探して駆けずり回ったんですぞ。ってことはアレですな。この猫探しさえ成功させれば出羽守殿にも出世のチャンスが巡ってくるってことなんですよ。『貧乏軍人の俺ですら久しく錆び付いてた野心が疼いてくらぁ!』ってな感じでやってみては如何でしょうかな? ね? ね? ね? 後生ですからやってみられませ」

「某が国持ち大名ですと! お戯れも大概にして頂きとうございます。然れど御本城様の御下命とあらばこの風魔小太郎、必ずや猫ちゃん(仮)とやらを探し当ててご覧に入れましょう」


 忍びの頭領は自信満々に言い切るとニヤリと笑った。耳まで裂けた唇の端からは鋭い牙の先端が姿を覗かせている。こいつは本当に人類の仲間なんだろうか。謎は深まるばかりだ。

 って言うか、こいつって小太郎だったんだ~! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。


「んで、出羽守殿。捜索に参加して頂ける相州乱破は如何ほどの人数にございますかな?」

「猫ちゃん(仮)とやらは城の外には出ておらぬのでしょうか? 其れならば十人もおれば日が暮れるまでに探せることにござりましょう」

「じゅ、十人ですと! たったの十人ぽっち? 風魔一党って二百人くらいいるはずですよねえ。なんぼ何でも稼働率が五パーセントって低過ぎませんか? 四式戦闘機疾風じゃあるまいし。まあ、アレは機体整備を軽視した陸軍が悪いんですけどね。知ってましたか? 良く言われてる八十七オクタンのガソリンが原因だなんてのは嘘っぱちなんですよ。あの有名な飛行第四十七戦隊なんて八十七パーセン卜もの稼働率を誇っていたそうじゃありませんか。キ84は飛ぶようにできている。これを飛ばせないのはおかしい。キ84が飛ばないというのは整備隊長の怠慢であり責任逃れにすぎない!」


 瞳をギラギラさせた大作は腕をグルグル振り回しながら自信満々の態度で断言するように言い切る。気分は例に寄って地下壕のヒトラー総統だ。

 風魔小太郎は余りの豹変ぶりにすっかり戸惑っているらしい。鋭く吊り上がった目を白黒させながら何とか相づちを返してきた。


「いや、あの、その、御本城様。恐れながら申し上げ仕りまする。皆それぞれの役目に就いておりますれば今すぐに動かせるのは十人が精々といったところにございます。どうか其れにてご勘弁下さりませ」

「おやおや、妙な話ですなあ。百九十人ものその他大勢のみなさんはいったい何処で何をされておられるんでしょうねえ? 小さなことが気になってしまう。拙僧の悪い癖でしてな」

「其れならば萌様より給わったお役目にござりまする。萌様よりお預かりした箱根の山の絵図に里の者しか知らぬ獣道を書き加えたり、彼方此方に視覚通信システムとやらの絡繰りを拵えたり、沼津や清水、焼津の辺りまで草を放っておりますれば。とにもかくにも我ら風魔一党にはこれが精一杯にございます。何卒ご容赦下さりますようお願い申し上げ奉りまする」


 平身低頭といった感じの言葉からは何とはなしに誠意が伝わってくる。だが、その内容は弁解に終始していて一ミリ足りとも譲歩する気は無いらしい。

 う、うぅ~ん。取り付く島もないとはこのことか。何とかして条件闘争に持ち込めない物だろうか。とは言え、国持ち大名のポストをチラつかせても靡かなかいような奴だ。何を持ってすれば心を動かせるんだろうか。分からん、さぱ~り分からん。

 命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。

 そんなんだから最後は賊軍の将として命を落とし、靖国にも祀ってもらえないんだろう。大作は心の中で西郷隆盛のことを嘲り笑うが決して顔には出さない。


「それではこう致しましょう。今回は十人で手を打ちます。然れど間もなく始まる戦においては乱破の数が足らぬは火を見るよりも明らか。急ぎ増やさねばなりませぬ。取り敢えず一月先を目処に今の倍。四百人への増員を図って下さりませ」

「ば、ば、倍ですと? 僅か一月で二百もの渡り透波を集めよと申されまするか? 如何に御本城様の仰せとは言え其ればかりはご勘弁のほどを……」

「勘違いされますな。拙僧は相談しているのではございませぬぞ。って言うか、スパイはチビチビ作るより纏めて作った方が効率が良いんですよ。暫くの間、指導力のスライダーを諜報へ全振りして下さりませ。そうそう、無事に猫ちゃん(仮)が見つかったら出羽守殿にも抱っこさせてあげましょう。約束します。Trust me! 頼みましたぞ、未来の国持大名殿。では、お帰りはこちら!」


 大作はハイテンションに捲し立てると風魔小太郎の背中をバンバン叩く。当惑気味の苦笑を浮かべた大男は追い立てられるように座敷を後にした。




「さて、後は猫ちゃん(仮)発見の吉報を待つばかりだな。それまで何して時間をつぶそうか? 良いアイディアのある人?」

「だったら、だったら私めのリュートを聴いて頂戴な。だってさっき約したでしょう? ハリセンボンの」

「そうだった、そうだった。んじゃあ、ほのかの独奏会(リサイタル)と洒落込むといたしますか。ちなみにリサイタルとコンサートってどう違うか知ってたか? 一人だけで開くのが……」

「にゃ~~~ぁおう」


 その瞬間、どこからか不思議な鳴き声が聞こえてきた。

 これってゴルゴムの? いやいや、どっからどう聞いても猫の鳴き声じゃんかよ!


「こっちよ、大佐! この襖の向こうから聞こえてきたわ!」


 未唯が勢い良く襖を開けると毛繕いをしている猫ちゃん(仮)がびくっとした。

 驚かせて御免なさい。大作は心の中で猫ちゃん(仮)に頭を下げつつも未唯の顔を睨み付ける。


「どういうことだ? あんだけ探して見付からなかった奴が何でこんなところにいるんだよ?」

「あら、大佐。猫ちゃん(仮)なら大佐たちが帰ってくる前からここで寝ていたわよ。探してたんなら私めに聞いてくれたら良かったのに」


 半笑いを浮かべたほのかの口から衝撃の事実が告げられる。


「そりゃあここにいるんだから他を探しても見付かる筈がないわね。だって猫ちゃん(仮)はボース粒子じゃないんですもの。パウリの排他原理には逆らえないわよ。二重スリット実験は知っているわよね? 例えば猫ちゃん(仮)が……」


 まるで立て板に水の如くお園がわけの分からんことを喋り続けている。

 だが、その言葉は大作の耳には全く入ってこない。

 あんだけ大騒ぎしておいて風魔小太郎にいまさら何て言い訳すれば良いんだろう。


『どうすれバインダ~!』


 大作の魂からの叫びは誰の耳にも届くことはなかった。


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