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巻ノ弐百参拾壱 子供・動物・ラーメン の巻

 戦略的再配置によって小田原城へと戻った一同は出迎えにきてくれた萌と一緒に本丸へ向かってとぼとぼと歩いていた。

 その道すがら大作は先ほどから気になっていたことを思い切って口に出す。


「時に政四郎殿。貴殿は何故に小田原まで参られたのでしょうかな?」

「さ、さあ。某にも何が何やらとんと見当が付きかねまする。気が付いたら浜におった次第にござりまして」


 首を大きく傾げた川村秀重が引き攣った笑顔を浮かべながら口を開いた。

 江戸城代、遠山筑前守景政の弟が何でまた小田原くんだりまでくっ付いてきちゃったんだろう?

 これってもしかしてもしかすると戦略的再配置に巻き込まれちゃったのかも知れんな。どうなんだろう。たぶんそうなんだろうなあ。

 まあ、どうでも良いか。所詮は他人事だし。大作は政四郎を頭の中のシュレッダーに放り込むとお園に向き直る。


「それにしても驚いたなあ、お園。鳥越郷を歩いていたと思ったらほんの一瞬で小田原に着いちゃったんだもん。こんな技が使えるんなら京の都から帰ってくる時にも使えば良かったんじゃね?」

「いっしゅん?」

「念々? 刹那? それこそ瞬きする間も無かったじゃん。って言うか、何でお前らはこんな超常現象に直面したっていうのにちっとも驚かないんだ?」

「念々ですって? 何を阿呆なことを言ってるのよ、大佐。私たち江戸城に泊めて頂いたじゃないの。とっても美味しい夕餉を食べたでしょう。それから大船に乗って丸一日掛けて帰ってきたのよ。それを何にも覚えていないですって?」


 不安そうな表情を浮かべたお園が覗き込むように大作の顔色を伺う。その瞳は本気で心配しているように見える。

 数舜の後、大作の脳裏にここ一日半の記憶がフラッシュゴードン…… じゃなかった。フラッシュダンス? フラッシュオーバー? う、うぅ~ん。何だっけ?


「大佐、それはフラッシュバックよ」

「そ、そうだよな。うんうん、そうだそうだ。って言うか、俺もだんだん思い出してきたよ。ここ一日半のことを」

「そう、良かったわね……」


 お園がほっと安堵の吐息をつくと満面の笑みを浮かべる。

 まあ、無事に戻ってこれたんだから些細なことには目を瞑ろう。大作は戦略的再配置のことを心の中のシュレッダーに放り込んだ。






 大作たちはそのまま連れだって御本城様の自室へと雪崩れ込む。

 座敷には藤吉郎、未唯、ほのかがちょこんと座って待っていた。三人は一同の姿を認めるとぱっと顔を綻ばせて駆け寄ってくる。


「大佐、ようご無事に戻られましたな。ご案じ申し上げておりましたぞ」

「おかえりなさい、大佐。私めのリュートを聴きたい? ねえ、聴きたいんでしょう? どうしてもって言うんなら聴かせてあげなくもないんだけどなぁ~」

「私のヴィオラ・ダ・ブラッチョも聴きたいわよね? それとも猫ちゃん(仮)を抱っこする? どうしてもって言うんなら抱っこさせてあげても良いんだけどなぁ~」


 久々に巡ってきた出番だからちょっとでも目立とうと必死なんだろうか。まるでがっつくように前へ前へと出てこられて大作は思わず後ずさる。


「どうどう、三人ともお留守番ご苦労さんだったな。後でたっぷり土産話を聞かせてやるから楽しみにしといてくれるかなぁ~? いいとも~!」

「時に大佐。其処なお方は何方様にござりましょうや?」


 後ろを振り返るとまるで捨てられた子犬のような表情を浮かべた政四郎が茫然と立ち尽くしている。もしかして行く当てが無いからってくっ付いてきちゃったのか?

 それにしてもいったい何をそんなに怯えているんだろう。不安そうな顔はまるで迷子のキツネリスのようだ。


「ご、御本城様。某は如何すれば宜しゅうござりましょうや」

「窮鳥懐に入れば猟師も殺さずんば虎児を得ずんば何とやら。政四郎殿、もし宜しければ小田原にて拙僧の仕事を手伝っては頂けませぬかな? なら、同志におなりなされ。さすればララァも喜ばれましょう」


 史実だと確かこいつは小田原征伐の時、兄に代わって江戸城を任されていたんだっけ。歴史改変が上手く行けば江戸城なんて戦場の遥か後方にすぎない。だったらこっちで仕事を手伝って貰った方がよっぽど役に立つかも知れん。

 そんな大作の心中を知る由もない政四郎は深々と頭を下げると改まった口調で答えた。


「有り難き幸せにござります。某如きでお役に立てることがあらば何なりとお申し付け下さりませ」

「We welcome you! 雇用条件については…… メイ、お前に任せたぞ」

「分かったわ、大佐。任せて頂戴な。ばっちこ~いよ」


 自信満々といった顔のメイが威勢の良い返事を返してくる。だけど本当に任せて大丈夫なんだろうか。大丈夫だったら良いなあ。

 まあ、駄目なら責任はメイに取ってもらえば良いか。大作は考えるのを止めた。




 待つこと暫し。注文もしていないというのに夕餉が運ばれてきた。

 って言うか、お園はともかくとして萌やメイ、サツキ、藤吉郎、ほのか、未唯、ナントカ丸、政四郎たちまで一緒に食べるのか? まるで当然のことのように並べられる膳に大作としては戸惑いを禁じ得ない。

 とは言え、食卓は賑やかな方が良いか。それに土産話を聞かせるにも丁度良いし。

 大作はご飯を口に放り込みながらスマホで撮った写真を藤吉郎、未唯、ほのかに見せた。


「これが刎石山の堀切だぞ。此度の旅の最果ての地にして、次の戦における最前線だ。この狭い土地を巡って何万もの若者が無駄に血を流すことになることだろう。203高地やハンバーガーヒルみたいにな」

「はんば~が~? それって美味しいの?」

「切ったパンの間に焼いた挽き肉を挟んだやつだな。アメリカ人の国民食だぞ。美味しいかどうかは人それぞれだろうけど、まあ人気の食べ物といっても良いんじゃないのかな。機会があればそのうち作ってみよう。でも、アレを作ろうと思ったら……」

「はんば~が~っていう名前の由来は何なのかしら? 私めはその故を知りたいわ」


 元祖どちて坊やのほのかが話を遮るように口を挟んでくる。お前は疑問を口にしないと死んでしまう病かよ! 大作はちょっとイラっとしたが鋼の精神力でもって何とか平静を保つ。

 とは言え、これは無駄蘊蓄を披露するまたとないチャンスかも知れん。みすみす見逃す手は無いだろう。


「ドイツのハンブルク風ってことらしいな。そういうのって他にも沢山あるんだぞ。タルタルソースはタタール風ってことだし、マセドアンサラダだってマケドニアからきてるそうな。そういえば……」

「無駄蘊蓄はそのくらいにして貰えるかしら? それよりも先に大作が留守の間のことを教えてあげるわ。耳をかっぽじって良く聞きなさい」


 よっぽど言いたいことでもあるんだろうか。話を遮って萌が強引に割り込んできた。

 その得意気な表情は何だか知らんけど自信に満ち溢れているようだ。


「まずはミニエー銃ね。一昨日からライフリングマシンの零号機が稼働中よ。ライフリングのピッチや深さを変えながら十丁の加工が終わっているわ」

「へ、へぇ~っ。そりゃあ、大したもんだな。じゃあテストとかもガンガンやってるのかな? GUNだけに」

「残念ながら弾の方が足りてないのよ。玉鋳型を作るのっていかにも手間暇が掛かりそうでしょう? だけど、弾丸の形状や大きさの最適解がまだ分からないじゃない。だから少しずつ大きさや形状の違う弾丸を一つひとつ手作りしてテストを繰り返しているんだけど効率が悪いことこの上ないのよ」


 萌が懐から文字がびっしり書き込まれた紙を取り出すと目の前にずらりと並べた。

 大作は内容に目を通そうと試みるが数字の羅列を見ただけで脳が拒否反応を示す。せめて表とかグラフにしてくれたら良いのになあ。


「そ、そうなんだ…… だけど銃身と弾丸のクリアランスってそんなに微妙な物なのかなあ? どうしてソ連の迫撃砲が八十二ミリなのか知ってるだろ。鹵獲したドイツ軍の八十一ミリ砲弾を使えるようにするためなんだ。その代わり、自分たちの砲弾は敵に使えないようにってな。六匁の鉄砲って口径が十五ミリもあるんだから0.5ミリくらいの誤差ならどうとでもなるんじゃないのかなあ?」

「どうにもならないんじゃないの? ミニエー銃っていえば.58口径ってことになってるけど主流は.577(14.66ミリ)らしいわね。でも、その玉鋳型は.572、.575、.577、.58、.582、.585みたいな感じで千分の二、三インチ刻みに用意されていたそうよ。高い命中精度を求めるなら0.1ミリ以下の精密さが求められるわ」

「で、でもさあ。それは分かるんだけれど僕にはもう時間が無いんだよなあ。だって碓氷峠で戦闘が始まるのは四ヶ月後の三月中旬なんだぞ。鉄砲足軽の訓練期間を考えると二月末までに鉄砲千丁とミニエー弾が数十万発は是が非でも必要になるんだ。たったの数ヶ月なんだから残業とかで対応できんもんじゃろか」

「無茶を言わないでちょうだい。労基署を舐めて掛かると痛い目に遭うわよ。ただでさえ働き方改革関連法案で残業規制が強化されてるんだから。マンパワーを追加投入するか一日三交代で対処するしかないんじゃないかしら」


 徐々にヒートアップして行く議論をクールダウンさせようとで思ったのだろうか。萌が突如わけの分からんことを言い出す。

 このボケに突っ込んだ方が良いんだろうか。でも、突っ込んだら負けな気がするなあ。こういう時は君子危うきに近寄らずだ。まあ、君子なんかじゃ無いんだけれども。


「う、うぅ~ん。とにもかくにも締め切りは決まってるんだ。完成度は低くて良いから納期に間に合わせることだけを重視してくれるかな。ぶっちゃけライフリングさえ刻めればミニエー弾なんか無くても構わん。最悪、丸い弾丸をパッチで包んでやれば良いんだもん。知ってるか? ベイカー銃の有効射程は二百ヤードあったんだぞ」

「えぇ~っ! 三町先の的に当てられるミニエー銃はとっても大事なんじゃなかったの? そんなので敵に勝てるのかしら」

「そうは言うがな、お園。考えようによっては鉄砲の命中精度なんて適度に低い方が良いのかも知れんぞ。だって鉄砲の殺傷率が0.5パーセントだなんて低すぎると思わんか? 正面から見た人間の幅って三十センチくらいだろ。だとすると隣り合う兵が六十メートルも離れてるってことになるぞ。そんな筈は無いだろ?」

「それもそうよねえ、私も前から妙な話だと思っていたのよ。だからといって命中精度が低くても良いっていう話はどう繋がるのかしら。これっぽっちも合点が行かないわよ」


 お園は眉を顰めながら小首を傾げた。だが、知的好奇心よりも食欲の方が少しばかり勝っているらしい。箸を休めることもなくご飯を口に放り込み続けている。

 とは言え、話を聞く気も無くはないらしい。そうなると真面目に説明しないわけにも行かない。

 大作は小さくため息をつくと独自の理論というか何というか…… アレをアレした。


「答えは簡単なことさ。兵たちは意図的に狙いを外していたと考えれば合点が行くだろう? マトモな人間は誰だって殺人に対する忌避感があるはずだ。くわしくはデーヴ・グロスマン著『戦争における人殺しの心理学』とか読んでくれ。とにもかくにも兵たちがわざと敵に当たらないようにしているんなら対策は簡単だ。散布界を広目に取ってやれば良いんだ。そうすれば狙ってもいないのに偶然に当たることもあるって寸法さ。どうよ!」

「どうよって言われても私には分からないわ。大佐がそう思うんなら…… 以下略」


 お園は吐き捨てるように呟くとご飯を食べる作業に戻って行った。

 だが、捨てる神あれば拾う神あり。バトンタッチとでもいうかのように呆れ顔の萌が反応を返してくれた。


「なんだか論理無視の無茶苦茶な屁理屈ね。って言うか、アンタそれって認知的不協和に陥ってるんじゃないかしら。あの葡萄は酸っぱいとか言ってる場合じゃないわよ。当たる鉄砲と当たらない鉄砲があれば当たる鉄砲の方が良いに決まってるでしょうに」

「いやいや、ここはワインバーグ先生に肖ろうよ。直せないなら機能にしてしまうんだ。知っているか、萌? 戦闘機のバルカン砲だって適当に弾が散るように調整されてるんだぞ。もし銃弾がレーザーみたいに一直線に飛んでったら精密に狙わないと一発も当たらないじゃん。当たらない鉄砲が無価値って言うんなら散弾も無駄か? そんなこと無いだろ? だから『当たらなくて良かった』ってな!」

「何なのよ、そのポリアンナもびっくりの良かった探しは! 私は認めないわよ。鉄砲は当たってこそ華、外れて落ちれば泥なんだから」


 真面目に議論するのが阿呆らしいとでも思ったのだろうか。萌は吐き捨てるように忌々し気に呟くと食事へと戻ってしまった。

 それっきり座敷はお通夜のような沈黙に包まれる。黙っていては間が持たない。大作は卑屈な笑みを浮かべながら上目遣いに顔色を伺った。


「ごめんごめん、やっぱ俺が悪かったよ。鉄砲なんて奴は当たった方が面白いに相場が決まっているもんな。うんうん、そうそう。さっきの失言は聞かなかったことにしてくれるかな~? いいとも~!」


 大作は両の手で鋏のようにチョキチョキしてからグシャグシャポイっとするジェスチャーをした。

 萌は暫しの間、仏頂面で睨み返してくる。だが、とうとう堪えきれなくなったんだろうか。不意に破顔すると大作の背中を何度も叩きながら爆笑した。


「はいはい、分かったわよ。アンタの話を真面目に聞いた私の方こそ悪かったわね。この件は引き分けにしましょう。んじゃ次はテレピン油よ。蒸留容器の零号機も完成してるわ。ただし、前回の失敗があるから耐圧試験を念入りにやっているの。数日中には稼働状態に入る予定よ。採取できたらすぐにでも燃焼試験をやりましょう」

「よっしゃ、よっしゃ。順調そうで何よりだな。そういえば無線の方はどうなってるんだ? ぶっちゃけ難易度でいえばアレが一番なんじゃね?」

「銅線の方は何とか目途が付いたわ。問題は硫酸かしら。何せ無線機一台にバッテリーが四十本も必要になるんだもの。無線機を十台作ろうと思ったらバッテリーが四百本よ。とりあえずテストするにも無線機は最低でも二台無ければ話にならないでしょう? 水銀開閉器やインダクションコイル、電解検波器、ブザーなんかはもう一通りできているわ。そんなわけでテストできるのは五日くらい先になりそうね」


 ドヤ顔の萌が小さな紙切れを眼前に翳す。例に寄って細かい字でびっしりと何かが書き込まれている。

 この文字みたいに見えてるのが全部、実は小さな蟻だったら怖いのになあ。

 例に寄って大作は自分自身の想像したことで気持ちが悪くなってきた。


「ひい、ふう、みい…… えぇ~っ! たったの六日でそこまで行ったのかよ。順調に行き過ぎて何だか怖いな。っていうかつまらんぞ。こういうのって苦労とか失敗とかあった方が盛り上がるものじゃん。HOIのAARなんかでも順風満帆なだけだと面白くも何ともないだろ?」

「そりゃあ『人の不幸は蜜の味』だからなんじゃないの? それともアレ? もしかしてわざと失敗しろとでも言いたいのかしら」

「いやいや、そういうのは駄目だな。あざとさが透けて見えた時点でアウトなんだよ。俺が言いたいのは…… たとえばだけどジャレド・ダイヤモンドに『銃・病原菌・鉄』って本があっただろ。一方でテレビ業界には三本の矢? 三種の神器? 三つ子の魂百まで? 何か知らんけど視聴率を取れる三つのテーマがあってな。それは子供、動物、ラーメンなんだ。そこで俺たちは……」

「獣の赤子が食するラーメンを作るっていうのね!」


 ほのかが突如として大作の話を遮るように大声を上げる。

 その発想は無かったわぁ~! 大作は心の中で激しくガッテンボタンを連打した。


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