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巻ノ弐百弐拾六 撃て!三段撃ちを の巻

 碓氷峠の視察を終えた大作たち一同は碓氷城(愛宕山城)に戻って夕餉をとっていた。

 大道寺政繁と愉快な仲間たちも同席したディナーミーティングの場において大作は碓氷城における防衛作戦を打ち上げる。

 だが、突如として話に割り込んできた和田信業によって議題はあらぬ方向へと脱線を始めていた。


「えぇ~っと、八郎殿? でしたっけ? しかしまあ、なんですなぁ~ 御父上の業繁殿を戦で失われたとはさぞや無念にござりましょう。されど、長篠の戦と申さば十四年も昔の話ではござりませぬか。世間一般では十年一昔などと申しますぞ。それに戦場での行為に殺人罪を問うのは些かナンセンスではござりますまいか? いやいや、そんな鬼みたいな顔をせんで下さりませ」

「某は憤ってなどおりませぬぞ。ただただ偏に、亡き父の仇が討てぬのが悔しいと申しておるだけにございます」


 信業は不満なのか諦観なのか良く分からん複雑な表情だ。その口調からも余り感情が読み取れない。

 一方で大道寺や愉快な仲間たちは我関せずといった顔で食事へと戻っている。その顔には他人の仇討ちに巻き込まれるのは御免だと書いてあるかのようだ。

 大作は口の中に残っていた焼き魚を咀嚼すると目一杯の愛想笑いを浮かべた。


「うぅ~ん、しょうがないですなあ。分かり申した。これは一つ貸しにござりますぞ、八郎殿。北国勢が碓氷を攻むるは来年の三月中旬でございます。されば八郎殿は初めは此れに合力をお願いできますでしょうか? んで、給料分だけ働いたら有給を取って山中城まできて下され。豊臣と徳川が攻めてくるのは三月二十九日にござりまする。八郎殿が此れに一私人として参加できるよう取り計らうことをお約束いたしましょう。こんなところでご納得を頂けませんかな?」

「某に山中城で戦をせよと申されまするか? されど、随分と遠くはござりませぬか?」

「いや、あの、その…… 分かり申した。交通費と宿代も当方で負担致しましょう。これで不満は無いですな? その代わり、みんなには内緒ですぞ。八郎殿だけ特別扱いしたってバレたらみんなが自分も、自分もって言い出すに決まってますからな。んじゃ、この話はこれでお仕舞い」


 大事の前の小事。非業の死を遂げた和田業繁さんには申し訳ないけれど、十四年も前に死んだ人の話にこれ以上の時間を割いている余裕は無いのだ。

 唖然とする信業を放置して大作は強引に話を打ち切る。大道寺政繁に向き直ってポンっと両の手を打ち鳴らした。


「さて、駿河守殿。シンキングタイムは終わりましたぞ。北国勢を妨ぐる為の何ぞ良い遣り様は思い付かれましたかな?」

「は、はぁ? 某の存念ならば既に申し上げた通りにござりまするが? よもやお忘れになられたのではありますまいな?」

「いやいや、ちゃんと覚えておりますぞ。武田勝頼の敗因を鉄砲不足だったと分析して六百丁も揃えたとか何とか。とは申せ、ただ数を揃えただけでは工夫が足りませぬぞ。それに三万五千もの敵に六百丁では些か心許ないとは思われませんぬか?」 

  

 大作は手のひらを上にして両手を広げる。ボールをお返ししますよといったジェスチャーのつもりだ。

 だが、大道寺政繁にはさぱ~り通じていないらしい。眉を潜めて小首を傾げると黙り込んでしまった。

 沈黙は金とか言うけれど、いざ黙り込まれてしまうと辛いなあ。大作は次なる展開を模索して無い知恵を絞る。

 暫しの沈黙の後、遥か下座に控えた男が辛抱堪らんといった顔で話に割り込んできた。


「恐れながら御本城様に言上奉りまする。狭い狭い碓氷峠で敵を迎え討たんと欲すれば数ばかり揃えても致し方ありますまい。そも、鉄砲の筒先から飛び出す火の粉が玉薬に燃え移っては一大事にござりますまいか。某共の鉄砲隊においても隣り合う鉄砲とは一間の間を開けよと定めておりまする。六百丁の鉄砲で敵を迎え討たんとすれば六百間、およそ十町もの幅が入り用となりましょう」


 この男は誰だっけ? 確か碓氷への道中でも鉄砲の話に口を挟んできたような、こなかったような。

 モブキャラだと思って名前も覚えていなかったけど鉄砲大将か何かの気がするんだけどなあ。いくら考えてもさぱ~り重い打線。大作は考えるのを止めた。


「仰る通りにございますな。ネットで見た話ですが火縄銃演武の折に火薬入れに火の粉が飛んで撃ち手の方が顔面に大火傷しちゃうこともあるそうな。ヨーロッパの資料とか見ても鉄砲隊が密集隊形を取れるようになったのは雷管が開発されてからですし。って言うか、そもそも横一列に並ぶ理由は何かあるんでしょうか? 二列や三列ではダメなんでしょうか? 長篠の戦においても信長は三段撃ちをやったとか、やっていないとか。やっぱ、アレって俗説なんでしょうかな?」

「さんだんうち? 其れは如何なる物にござりましょうや?」

小瀬甫庵(おぜほあん)信長記(しんちょうき)とか読んだことございませんか? 長篠の戦で信長が馬防柵(ばぼうさく)の手前に三千丁の鉄砲を三列に並べて代わる代わる撃ちかけたってアレですよ。お客様の中に長篠の戦をご存知の方はおられませんか? いない? いないんだぁ~」


 まあ、アレは織田徳川連合軍VS武田の戦だ。北条の人たちが詳しく知っている筈も無い。唯一の関係者である和田信業は当時まだ子供だから参戦していないし。

 一同の間に何とも言えない微妙な空気が漂う。淀んだ雰囲気をぶち壊すかのように先ほどの男が再び声を上げた。


「もしや其れは設楽原(したらがはら)の戦いではござりますまいか? 織田と徳川が二十町に渡って柵を築き数多の鉄砲を並べて散々に撃ち掛けたと聞き及んでおりまするが」

「し、設楽原ですと? そ、そうとも申しますな。とは申せ、三段撃ちと言えば長篠の戦い。長篠の戦いと言えば三段撃ちでしょう? Wikipediaにだって設楽原の戦いなんて項目はございませんぞ。だったら長篠の戦いで宜しいんじゃないですかな?」

「さ、さあ…… 其れは如何な物にござりましょう。某もこの目で見た訳ではござりませぬが長篠城と設楽原は一里ばかり離れておると聞き及んでおりまする。一つに纏めるには些か離れすぎておりませぬか?」

「いやいや、そんなん言うたら小牧長久手とかもそうでしょう? それか鳥羽伏見の戦いとかも。とは言え、古戦場の側に建ってるのは設楽原歴史資料館でしたっけ。だけど長篠合戦図屏風ってのもありますぞ。って言うか、長篠設楽原パーキングエリアなんていうのもありますな。うぅ~ん、しょうがない。ここは間を取って『長篠設楽原の戦い』ってことで手を打ちませぬか。Wikipediaにもそう書いてありますし。ね? ね? ね?」


 大作は例に寄って揉み手をしながら卑屈な笑みを浮かべる。上目遣いに顔色を伺われた大道寺政繁は居心地悪そうに視線を反らせた。


「御本城様の御随意に呼ばれるが宜しかろう。其れよりも鉄砲を二列や三列に並べるとは如何なる仕儀にござりましょうや。儂らにも良う分かるよう説いては下さりませぬか」

「いやいや、ぶっちゃけた話をすると三段撃ちは無かったっていうのが現代では定説でしてな。それに鉄砲三千丁というのも眉唾だっていうのが世間一般の見方にございます。実数は千五百丁かそこらだったのかも知れませんな。だとすると二千二百メートルに千五百丁ですから……」

「百四十七センチ毎に一丁となるわよ。もし三列に並べたら四メートル四十センチに三丁だわ。何だか随分と虚ろね。其れ式の横陣に敵わなかったなんて武田も大したことないわねえ」


 お園は嘲り笑うかのように鼻を鳴らすと底意地の悪そうな邪悪な笑みを浮かべた。

 そう言えばこいつ、武田に恨みがあるって設定だったっけ。この伏線って回収される予定はあるんだろうか。謎は深まるばかりだ。

 それはそうと相変らずの計算能力だなあ。大作はアイコンタクトを取ると軽く頷いて謝意を示す。


「やっぱそんなスカスカな防衛線なんてマトモに機能したとは思えませんな。ってことで、三段撃ちに関しては一旦忘れて下さりませ。今回、拙僧のご紹介するアイディアは~~~? ドゥルルルル~~~ ジャン! 真田丸でした~~~!」

「さ、真田! 真田と申されましたか? 御本城様は甲斐一乱で彼奴等から散々に煮え湯を飲まされたことをお忘れか? 如何にして……」

「どうどう、駿河守殿。お気を静められませ。憎しみは人の目を曇らせると申しますぞ。例え憎き敵の名が付いておろうとも役に立つ物ならば用うれば宜しかろう。何処に憚る謂れがござりましょうや?」


 そんなことを言いながら大作はスマホ画面に大河ドラマ真田丸のオープンセットの画像を次々と表示させた。

 胡散臭そうな顔をした大道寺政繁と愉快な仲間たちはキリンみたいに首を伸ばして画面を覗き込んでくる。数舜の後、先ほどの鉄砲大将らしき男が遠慮がちに口を開いた。


「ほほぉ~う、上と下で二つの段に分かれておりますな。鉄砲を二階建てにするとは驚かしきこと。此れならば一列に並べるより倍の人数(にんじゅ)が揃えることが叶いまするぞ」

「おやおや、お気付きになられましたか。中々に目の付け所が鋭うございますな。されど拙僧はこれを更に高密度化してはどうかと考えました」

「こうみつどか?」

「先込め銃は筒を立てねば玉を込めることが叶いませんな。なれば撃ち手と装填手を分業にしてやれば撃ち手は伏撃ねうちが可能でしょう? そうすると一段当たりの高さは二尺もあれば何とかなりそうじゃありませんか? これなら六段重ねにしても高さ二間にしかなりませぬぞ」


 大作はタカラ○ミーのせ○せいにカプセルホテルの出来損ないみたいな絵を描きながら力説する。

 こんな(うなぎ)の寝床みたいな所に閉じ込められたら閉所恐怖症の人には辛いだろうなあ。まあ、そんな豆腐メンタルな奴が戦場で役に立つとも思えないないんだけれど。


「うぅ~む、そう申さば先ほど隣り合う鉄砲の間を開けねば危ういと申し上げましたな。されど、御本城様が描かれた如く筵か衝立で間を仕切ってやれば一人当たりの幅を二尺くらいに詰め込むこともできましょう。これならば幅二十間ほどの谷間に六十人の鉄砲隊を並べることが叶います。これを縦に六段重ねにすれば……」

「三百六十人を詰め込むことが叶いまするな。さらに後方の空間を広めに取って装填手の作業スペースに致しましょう。一人当たり二丁の鉄砲を交互に撃てば発射間隔が三十秒だと仮定して毎分七百二十発は撃てます。近代的な心理学やオペラント条件付けを応用した超リアルな訓練により殺傷率を十パーセントに高められれば毎分七十二人を殺傷することも夢ではござりません。とは言え、そのペースだと一時間に四千三百二十人しか倒せませんな。一万人を処理しようとしたら二時間二十分も掛かっちゃいますぞ」


 スマホの電卓を叩いた結果を見て大作はがっくりと肩を落とす。これって結構な長時間じゃね? 新幹線や特急が二時間遅れると特急料金が払い戻しされちゃうくらいだ。

 だが、ちょっぴり落ち込む大作に追い打ちを掛けるようにお園が突っ込みを入れてきた。


「そんなに手早く撃ち続けられるものなのかしら。半時もすれば草臥れちゃうと思うわよ」

「どうなんじゃろ。ニコ動で『ベイカー銃を五分に十三発撃つ』とかいう動画を見たことあるから何とかなるんじゃね? とにもかくにも銃に比べて人手だけは沢山あるんだ。適当なタイミングでローテーションさせれば半日やそこらは何かならないかなあ。どっちみち労働基準法では六時間を超える勤務には四十五分の休憩が必要になるんだし」

「そも、敵だって阿呆じゃないのよ。そんなに上手く行く筈が無いんじゃないかしら。殺されると分かっているのに次から次へと押し寄せてくる筈が無いわ」


 一の膳を食べ終わったお園は人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべながら次々と突っ込みを繰り出してくる。

 お前はどっちの味方だよ~! 大作は心の中で絶叫するが口に出す勇気は無い。

 って言うか、たぶんどっちの味方でも無いんだろう。


「そうは言がな、お園。万の軍勢なんて一旦動き出したら簡単には止まれない物なんだぞ。それにこの時代には碌な通信手段も無いから前線の状況はなかなか後方に伝わらん。ようやく司令部が事態を把握して攻撃中止命令を下したところで今度はそれが前線に伝わらん。第一次大戦におけるソンムの戦いが丁度そんな感じだな。イギリス軍は初日、ただ機関銃に薙ぎ倒されるためだけに兵力を投入し続けて八万人近い死傷者を出したんだ」

「だけど、先鋒の兵が次々と倒れたら後からくる兵は怯むんじゃないかしら。私だったらそんなところに攻め込む気はしないわよ」

「いやいや、ところがそうじゃ無いんだな。さっき毎分七十二人を倒すって見積もっただろ。ってことは毎秒にすれば一人と少々くらいじゃん。何千と兵がいればあっちで一人、こっちで一人と倒れたところで然程のダメージには感じられんだろ? 茹でガエル現象と同じで人は緩やかな変化には鈍感なんだ。そして大損害が出ているって気付くころには完全に手遅れって寸法さ」

「そんなに上手く行くのかしら。そも、鉄砲ってただでさえ大層と煙が出るじゃない。そんなに沢山の鉄砲を狭い所に押し込めたらきっと煙で何も見えなくなっちゃうわよ」


 まるで鬼の首でも取ったかのようにお園がドヤ顔で顎をしゃくった。

 ファンタジー世界にリアリティーを持ち込むのは止めて欲しいんだけどなあ。大作は心の中で小さくため息をつく。


「だ、だったら…… だったらもう、多々良でも用意したらどうじゃろか。たたら製鉄の語源にもなった何人もの人間が体重を掛けて踏む巨大な(ふいご)だよ。もの()け姫にも出てきたじゃん。古事記や日本書紀にも出てくるくらい歴史と伝統のある鞴なんだぞ。マンパワーだけは有り余ってるんだから後方に何機か設置して送風管を通して強制換気すれば良いんじゃね? 知らんけど」

「知らんけどじゃないわよ! 散々に苦労してそんな物を作っておいて、いざ戦という時に役に立たなかったら骨折り損の草臥れ儲けじゃないの」

「だからこうやって提案してるんだろ。取り敢えず三段三列くらいの小規模なテスト環境を作って実証試験してみるってことでどうかな?」

「ふぅ~ん」


 丁度そのタイミングで運ばれてきたニの膳にお園の興味は移ってしまったらしい。気の無い返事をすると同時に食事へと戻って行った。

 だが、捨てる神あれば拾う神あり。今度は与良与左衛門が小首を傾げながら口を挟んでくる。


「先ほど御本城様は幅二尺に六段も鉄砲を重ねると申されましたな。されど、それしきの幅では後ろで玉を込める者共の動きが取れませぬぞ。縦に並んで玉を込めたとして、如何して鉄砲を撃ち手へと渡す所存にござりましょうや?」

「そ、それはその…… 気合と根性で何とかなりませんかな? だったら…… だったらもう下三段と上三段の間に仕切りを拵えちゃいましょう。上の者はそこを足場にして作業してもらいます。鉄砲は樋みたいなのに小さな台車を乗せて滑車とロープで受け渡しすれば宜しかろう」

「斯様に狭きところで多くの者が玉薬を込めておってはうっかり火縄が触れてしまうやも知れませぬぞ。其れは如何なさる所存で?」

「いやいや、ならば火縄は射手のブース内だけで取り扱うようにすれば如何でしょうかな? 装填エリアは火気厳禁に致しましょう。鉄砲を装填手に渡す時は火縄を外して渡せば良いんですよ。って言うか、この話はそろそろお仕舞いにしません? 文句ばかり言っていないでまずはテストして下さりませ。とにもかくにもPDCA。改善提案は結果を見てから考えましょう」


 与左衛門は首を傾げながらも渋々といった顔で引き下がってくれた。もしかしてマトモに相手をするのが阿呆らしいと思われたのかも知れん。

 それにしても何でこいつら今頃になって急にリアリティーに拘り出したんだろう? 今さらそんなこと言われても完全に手遅れなんですけど。

 大作は考えるのを止めると二の膳に並んでいた干し(あわび)を箸で摘まむと口の中に放り込んだ。


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