表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
223/516

巻ノ弐百弐拾参 撃て!滑腔銃を の巻

 碓氷川と険しい山々の間には狭い平地が東西に広がっていた。大作たち一団は人家も疎らな荒れ野を西へ西へと歩みを進める。

 例に寄って例の如くの平常運転だな。って言うか本当に馬鹿の一つ覚えじゃんかよ。大作は心の中で小さくため息をつくと後ろを振り返った。


 すぐ後ろを馬に乗って付いてきているのは大道寺政繁だ。その後ろには養子の大道寺直英、長男の大道寺直繁、四男の大道寺直次とやらが続く。

 いやいや、それだけではない。さらに後ろにいるのは誰だっけかな。確か鉄砲大将っていっていたような、いないような。だけど残念ながら名前はさぱ~り重い打線。

 そんな大作の心を読んだのだろうか。お園が顔を寄せると小声で耳打ちしてきた。


「彼方のお方は鉄砲大将の源藤内蔵様、木部官兵衛様、矢野七郎左衛門様よ。その後ろにいるのは早川六左衛門様と木部官兵衛様。それと軍師の児玉五郎左衛門利久様ね」

「相変わらず大した記憶力だな。願わくはその記憶力を人類の平和と発展に役立ててくれたら助かるんだけど」


 言うまでもないが十人の騎馬にはそれぞれ馬の口取りが付いている。その後ろにはそれぞれの騎馬武者の槍持ち、弓持ち、鋏箱持ち、草履取り、エトセトラエトセトラ……

 遠くの方には旗持ちが掲げる揚羽蝶の家紋が染め抜かれた旗指物がひらひらと風に閃いていた。これはもう大道寺軍団と呼んでも良い規模かも知れん。


 もっと後ろには遠すぎてもはや観測することすらできないがサツキ、メイ、ナントカ丸、船頭たち、馬上の和田信業、その馬の口取り、旗持ち、槍持ち、弓持ち、鋏箱持ち、草履取り、エトセトラエトセトラ……

 って言うか、ちゃんと付いてきてたら良いんだけどなあ。

 知らない間にいなくなってたらびっくりだぞ。大作は想像して吹き出しそうになったが空気を読んで我慢する。


「もしかしてハーメルンの笛吹き男もこんな気持ちだったのかなあ」

「はあめるんのふえふきおとこ? 其れは如何なる者にござりましょうや?」


 何の気もない大作の独り言に大道寺政繁がいきなり食らい付いてきた。こいつはとんだ地獄耳(デビルイヤー)だぜ! 大作は心の中で苦虫を噛み潰すが決して顔には出さない。


「ハーメルンの笛吹き男と申すはアレですな、アレ。害獣駆除を請け負ったものの代金を踏み倒された腹いせに百三十人もの児童を誘拐した史上最悪の犯罪者ですな。もっとも一次資料にはそんなことは一言も書かれていないので丸っきりのフィクションみたいなんですけど。現在の定説では東方植民地への移民を斡旋する植民請負人とかいう人だとされております」

「大佐、そんな阿呆な無駄薀蓄を傾けるより、もっと実のある話をした方が良いんじゃないかしら。『僕にはもう時間がない』んでしょう?」


 ちょっと意地の悪そうな笑みを浮かべたお園がピシャリと大作の話を断ち切った。

 ですよねぇ~! 大作は心の中のガッテンボタンを連打する。


「そ、それもそうだな。え、えぇ~っと…… なんだっけかな? そうそう、駿河守殿。碓氷城? 愛宕山城? アレは今現在、どんな塩梅でしょうかな? あの城は此度の戦における最重要拠点だと拙僧は思うておりまする。態々こんな辺鄙な糞田舎…… じゃなかった、風光明媚で空気の綺麗なところまでやってきたのもあの城を見んがためにござりますれば」

「今、此度の戦と申されましたかな? うぅ~む、やはり豊臣との戦は避け難いと申されまするか。愛宕山の城には与良与左衛門を入れて堀や廓を西へと拡げておるところにございます。十町ばかり西にある羽石山にも深き堀切を拵えておりますれば、まずは此処にて敵を待ち受ける心積もりにございます」


 馬上の大道寺政繁がドヤ顔で踏ん反り返る。その顔には『褒めて! 褒めて!』と書いてあるかのようだ。

 自分がやったわけでもないのに何を偉そうに。自慢気な表情を見ているだけで大作のやる気がモリモリ削がれてきた。


「ほほう、其れは良うござりましたな。時に駿河守殿。拙僧は此度の戦においては鉄砲が勝敗を決めると思うております。んで、その堀切の向こう側ってどんな感じでしょうかな。今現在、小田原では鉄砲の有効射程を三百メートル…… 三町ほどに伸ばそうと日々努力しております。その圧倒的な長射程を活かして敵をアウトレンジ攻撃できるような地形になっておりましょうや?」

「あうとれいじ? 其れは如何なる物にござりましょうや」

「いやいや、アウトレンジにございます。長州征伐の小瀬川とかマリアナ沖海戦みたいな? と思ったけど、あんな阿呆みたいな作戦は参考になりませんな。忘れて下さりませ」


 迷える三隻の空母の魂よ安らかに。大作は激しく頭を振って大鳳、翔鶴、飛鷹を心の中のシュレッダーに放り込んだ。

 だが、捨てる神あれば拾う神あり。行列の後ろの方から予想外の相槌が返ってきた。


「恐れながら御本城様に言上仕りまする。三町も離れた敵に鉄砲を撃ち掛けよとの仰せにござりますが、其のように遠き敵に弾が当たるとは俄には信じがたきこと。湯水の如く弾があるならばともかく、我らには左様なゆとりはございませぬ。弾を無駄にするだけではござりませぬでしょうか?」


 ナイス突っ込み! 良くぞ聞いてくれました。大作は思わず心の中で称賛を送る。そして勿体振ってゆっくり振り返ると声の主を探した。


「え、えぇ~っと。鉄砲大将の木部官兵衛殿でしたかな?」

「いえ、源藤内蔵にございます。木部殿は此方にござりますれば」

「そ、そうでしたっけ? これは失礼をば致しました。拙僧は失顔症とか相貌失認とか申す病を患うておりましてな。人の顔を覚えるのが殊の外に苦手なのでございます。犬に噛まれたとでも思って諦めて下さりませ。ちなみにポール・ディラックやブラッド・ピットも……」

「大佐、脱線禁止よ」


 間髪を入れずお園から突っ込みが入る。お前は突っ込み警察かよ! 大作は心の中で愚痴るが決して顔には出さない。

 とは言え、突っ込みの切れ味はどことなく精彩を欠いているような、いないような。もしかしてここへきてまさかのスタミナ切れか? だとすれば付け入る隙きはあるかも知れんな。大作は少し斜に構えると薄ら笑いを浮かべた。


「へいへい、分かりやしたよ。んで、木部殿? 源藤殿? 何かその鉄砲大将殿。三町先の敵に弾が当たるかどうかがお尻に…… お知りになりたいんでしたな。答えはYesです。って言うかそもそも、何で鉄砲は三十間も離れると当たらなくなってしまうん? 節子でなくてもそんな疑問を抱いたことはござりませんかな?」

「疑問と申すは『何故に』との意にございます」


 木部だか源藤だかが首を傾げた瞬間、すかさずお園からフォローが入った。大作は右手を軽く掲げて謝意を示す。


「弓矢の初速って秒速六十メートルくらいでしたっけ? 昔の人って物凄い張力の弓を使っていたそうですな。だけど実戦用の鏃は重いからその位になるんじゃないでしょうか。それに比べると鉄砲玉の初速は秒速三百メートル以上はあるんですよ。しかも高密度でコンパクトな鉛玉は長くて空気抵抗の塊みたいな矢よりずっと遠くまで飛ぶはずでしょう? レイノルズ数って聞いたことございますよね? にも関わらず、遠距離での命中精度はさぱ~りですな。これはいったい何故でありましょう。お客様の中にこの理由がお分かりの方はいらっしゃいませんか?」

「某も常々、其れを不思議に思うておりました。もしやその故は鉛玉が歪なるが故にござりますまいか?」


 先ほどとは別な騎馬武者が馬から飛び降りると大作に近付いてくる。髭を生やした中年の男は恭し気に灰色っぽいビー玉のような物を差し出した。

 これって六匁の鉛玉なんだろうか。受け取った球体のずっしりとした重量感に大作はちょっとだけ驚く。

 って言うか、こんな物を普段から持ち歩いているとは随分と仕事熱心な人だなあ。もしかしてこいつもガンマニアなんだろうか?


「え、えぇ~っと?」

「矢野七郎左衛門にございます」

「そうそう、矢野様でしたな。中々に目の付け所が宜しゅうございますぞ。滑腔(スムースボア)銃から発射された弾丸にはほとんど回転は掛かっておりません。そこへきて表面にはこんな風に湯口(ゲート)やパーティングラインがゴツゴツと残っております。さすれば弾丸は野球のナックルボールのように何処へ飛んで行くやらさぱ~り分からんわけですな」


 大作は鉛玉を返しながら手をひらひらさせて弾が曲がって飛んで行くようなジェスチャーをした。

 矢野七郎左衛門と名乗った男は暫しの間、目を細めて小首を傾げる。だが、数瞬の後に不意に目を見開いた。


「然れば、たぎたぎしき玉の表を滑らかにしてやれば弾は遠くまで真っ直ぐ飛んで行くと申されまするか?」

「まあ、やらんよりはナンボかはマシになるでしょうな。とは言え、何万発もの鉛玉の湯口(ゲート)やパーティングラインのバリ取りを一発一発やってられますか? ガレキを組んでるわけじゃあるまいし。とてもじゃないですけど阿呆らしくてやる気にならんでしょう? ちなみにYouTubeで見た鋼球を作る動画ではフラッシングマシンと申す絡繰りを用いておりましたな。輪のような溝を付けた二枚の板の間でゴロゴロと回してバリを削り取ってやるんだそうですぞ」


 大作は両の手のひらを合わせると交互にグルグルと回す。

 その仕草が壺に嵌ったんだろうか。お園が口元に手を当てると肩を震わせて笑った。


「大佐、意地悪しないで答えを教えて差し上げれば? 筒の内に螺旋の溝を彫れば良いんでしょう?」

「いやいや、それは数ある解決策の一つに過ぎんぞ。実際問題、二十一世紀の戦車砲ではライフル砲より滑腔砲の方が主流じゃん」

「そうなの? じゃんって言われても私には何が何やらさっぱりだわ」

「そうなの! 今どきライフル砲を使ってるのなんてイギリス軍のチャレンジャー2くらいなんだもん」


 銃じゃなくて砲の話。しかも戦車砲に限っての話なんだけどな。大作は心の中で小さく呟くが決して顔には出さない。

 って言うか、そのチャレンジャー2だって近代化改修で滑腔砲に換えようとしたらしい。それが中止になったのは単に予算が足りなかっただけなんだとか。

 こうやって戦車砲の世界からもライフル砲が消えてしまうんだろうか。何だか絶滅危惧種みたいだなあ。大作の胸中を何とも言えない寂しい風が吹き抜けて行った。


「んで、何でしたっけ? そうそう、滑腔銃の命中精度を高めるんでしたな。先ほど申し上げたように玉の真球度を上げるというのは基本中の基本です。余談ですがボールペンのボールを地球サイズに拡大しても表面の凹凸は富士山より低いくらいにしかならないそうですぞ」


 大作は心の中で『できるかな? じゃねぇよ。やるんだよ』と呟きながらボールペンを目の前に翳した。だが、誰一人として元ネタを知らないので何の反応も返ってこない。

 お呼びでない? お呼びでないね。こりゃまた失礼いたしました! 大作はボールペンを仕舞い込むと話を戻す。


「他のアプローチとしては戦車のAPFSDSみたいに羽根を付けるという方法があります。FSって言うのはFin Stabilizedって意味ですな。迫撃砲だって大抵は滑腔砲ですけど砲弾には羽根が付いておりますでしょう?」

「だぁ~かぁ~らぁ~~~っ! でしょうって言われても知らないわよ! 『はくげきほう』っていうのは迫撃する砲なのかしら?」

「そうなんじゃね? 知らんけど。いやいや、分解して敵の側まで運んで行けるからそんな名前が付いたんだっけかな。日露戦争の時に現地で急造した擲弾発射機を誰かがそんな風に呼んだんだとか。敵に迫って撃つから迫撃砲ってな。駐退復座機も砲尾の閉鎖機も要らないから軽量で簡素。それでいて速射能力の高い迫撃砲はマストな選択にございますぞ。ちなみに英語のmortarは臼って意味のフランス語からきてるんだぞ。んで、建築資材のモルタルも臼で練り混ぜるからそう呼ばれるんだとさ」


 大作はタカラ○ミーのせ○せいに迫撃砲と書いてお園に見せる。馬上の大道寺政繁がキリンみたいに首を伸ばしてそれを覗き込むとさも感心したかのように声を上げた。


「うぅ~む、敵に迫りて此れを撃つ。正に言い得て妙と申せましょう。これぞ真の北条武士。三町も離れて敵を狙い撃つなぞ卑怯者の所業。左様な振る舞いは武士にあるまじきことにござりまする」

「いやいや、駿河守殿。話の趣旨はお分かりですか? どうやったら滑腔銃で射程を伸ばすかって話をしておるのですぞ。答えは簡単、フレシェット弾っていうダーツの矢みたいなのを作って弓矢みたいにスピン安定させてやれば宜しいのです。ジャイロ効果ってご存知ですよね?」


 大作はスマホの中から情報を漁ってフレシェット弾の画像を探し当てる。

 いつの間にやら大道寺政繁を始めとする武士の面々は馬から降りていたらしい。肩越しにスマホの画面を覗き込むと大袈裟な歓声を上げた。

 だが、お園はこれっぽっちも納得が行かなかったらしい。小首を傾げると不満気に口を尖らせる。


「だけども大佐、それだと玉鋳型で弾が作れないんじゃないかしら。とてつもないコストアップになる筈よ。丸い玉のバリ取りをした方がよっぽど安上がりだと思うんだけれど」

「そ、そりゃそうだけどAPFSDSの貫通力は圧倒的なんだぞ。あの米軍だってベトナム戦争のころ十二ゲージの実包に二十発のフレシェット弾を詰めたショットシェルを開発したそうな。散弾って貫通力はからっきしだろ? ところがフレシェット弾ならボディーアーマーだって余裕で撃ち抜けるんだ。コストに見合うだけの殺傷効果があれば十分にペイできると思うんだけどなあ」

「大佐がそう思うんならそうなんでしょう。以下省略」

「いやいや、そこは決めゼリフなんだからちゃんと言ってくれよ。まあ、冗談はこれくらいにしてそろそろ本題に入りましょうか。滑腔銃の命中精度を画期的に高める奥の手。そぉ~れぇ~はぁ~~~っ? ジャン! スラッグ弾でした~!」


 一同が大作の背後に回るとスマホに表示された写真を胡散臭そうな表情で覗き込む。その不満気な顔を見ているだけで大作は心が折れそうだ。

 これはもう駄目かも分からんな。いや、まだだ。まだ終わらんよ。滑腔銃の力こそ人類の夢だから!

 とにもかくにも最低限、話のオチだけは付けておかなければならん。


「銃身に螺旋の溝を彫る理由は何かあるんでしょうか? 弾丸の方に溝を彫っちゃ駄目なんでしょうか?」

「そ、それはそうだけれど…… でも、弾に溝を彫るってどうやるのかしら? 玉鋳型が随分と厄介なことになりそうね」

「鉛は柔らかいからプレスで対応できないかなあ。ちなみにスラッグ弾の最大飛距離は七百メートル、有効射程は七十メートルから百メートルにも達するって書いてあ…… な、なんだってぇ~~~! 全然ダメじゃん……」


 驚愕の事実を目にした大作は大きく肩を落としてがっくりと項垂れた。

 大道寺政繁と愉快な仲間たちは掛ける言葉が見付からないといった顔で遠巻きに取り囲む。


「ドンマイ、大佐!」


 不意にお園が人を小馬鹿にしたような半笑いを浮かべながら大作のスキンヘッドを撫で回した。ちょっとだけ伸びかけた髪の毛による抵抗感がチクチクと程良い風情だ。


「やっぱ滑腔銃に未来は無いか。あんな物に頼って生き延びて何になろう……」


 集中力が完全に底を付いた大作は考えるのを止めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ