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巻ノ弐百弐拾弐 それでも地球は回っている の巻

 翌朝、まだ薄暗い内に大作とお園はテントの中で目を覚ました。


「知らない天井ね……」

「あのさあ、お園。悪いけど俺のセリフを取らないでもらえるかなあ」

「あら、誰が大佐のセリフだって決めたのかしら? 何月何日何曜日? 地球が何回回った時?」


 お園が戯けた様子で唇を尖らせた。朝っぱらから随分とご機嫌だな。大作はどう切り返した物だろうかと頭を捻る。


「お前は小学生かよ…… 多分だけど四兆回くらいじゃないのかなあ。地球が誕生して約四十六億年だろ。原始地球の自転周期には諸説あるけど四、五時間くらいだったっていうのが有力なんだ。この意味がわかるな?」

「それが潮汐作用で四十六億年も掛かって今の二十四時間にまで遅くなったってわけね。当時の月は地球から二万キロくらいしか離れていなかったんでしょう? だったら見かけの大きさは四百倍近くもあったはずよ。さぞや明るく大きく見えたことでしょうね」

「Exactry! だから原始の海の干潮差は数百メートルもあったんだとさ。二万キロっていえば静止衛星軌道より内側だよな。ってことはアレか? 太陽と反対向きに動いて見えたってことじゃね?」

「あのねえ、大佐。二万キロだと公転周期は八時間くらいになるわよ。地球の自転周期が四、五時間なんだから地上から見た月の公転周期は十時間くらいに見えるんじゃないかしら」


 例に寄ってお園が重箱の隅を突っついてきた。大作は一瞬だけイラっとしかける。だが、嬉しそうな表情を見ただけでそんな不満は綺麗さっぱりと吹っ飛んでしまった。

 お園はこの話題がよっぽどお気に召したんだろうか。遠くを見るような目をして楽しげに話し続ける。


「そも、地球の自転周期と月の公転周期が近かったら潮汐ロックが掛かっちゃうからそこでお仕舞いなんじゃないかしら。冥王星とカロンみたいにね。とは言え、大きな大きなお月さまがいつも同じ所に浮かんでるなんてさぞや見ものでしょうね。私、一度で良いから見てみたいわ」

「だからといって四十六億年前にタイムスリップしたいとかは勘弁してくれよ。どう考えても人間が生存できる環境じゃないし。それに二万キロといえばヴァン・アレン帯の外帯に引っ掛かるんじゃね? アレを月が引っ掻き回したら地球環境に致命的な影響がでるかも知れんぞ。人類が誕生できたかも怪しい物だな。まあ、そんなわけで知らない天井ネタは俺専用ってことで良いかな~?」

「いいとも~! いやいや、そんなわけないでしょうに! とにもかくにも、そろそろ起きましょうか」


 そんな阿呆なやり取りをしながらテントを畳んで歯を磨く。暫くすると襖の向こうに人の気配が現れてナントカ丸の声が聞こえてきた。


「御本城様、御裏方様。お目覚めにございましょうや? 朝餉の支度ができておりますが如何なされまするか?」

「朝餉ですって! 急ぐわよ、大佐!」

「いやいや、朝餉は逃げないからさあ」

「逃げないなんて誰が決めたの? 何月何日何曜日? 地球が何回回った時?」


 四兆回くらいじゃないかなあ。お園に強く腕を引っ張られた大作は心の中で小さく呟くことしかできなかった。




 朝餉のメニューは特に代わり映えのしない物だった。川が近いからだろうか。名前も分からない焼き魚がメインディッシュらしい。

 山も近いからだろうか。これまた名前の分からない山菜が山盛りだ。どれも素材の持ち味を活かして調理されている。ちなみにご飯は玄米だ。

 まあ、今回はグルメ旅行ではない。タダ飯に文句を言ったら罰が当たるってものだろう。とか何とか油断していたら高額請求書が回ってきたりして。そんな阿呆なことを考えながらも綺麗に完食する。


 膳が下げられると間髪を入れずに茶が運ばれてきた。粗末な茶碗に入っているのはどうやら焙じ茶らしい。しかもデザートの一つも無いときたもんだ。

 何だか知らんけど何処から何処までも貧乏臭い城だなあ。とは言え、この時代の田舎なんてこんな物なんだろうか。京の都が豪華過ぎたのかも知れん。贅沢は素敵だ! 大作の胸中にやり場のない怒りが込み上げてくる。

 だが、ここで喚き散らしてもどうにもならん。モンスタークレーマーだと思われるが関の山だろう。大作は黙ってバックパックから羊羹を取り出すと全員均等にナイフで切り分けた。

 ラングドシャな大作はふうふうしながら茶を啜る。飲み終わるのを見計らったように和田信業が目前に進み出ると妙に改まった態度で深々と頭を下げた。


「恐れながら御本城様にお願い奉りまする。此度の碓氷城への御検分。某も同行をお許し願えませぬでしょうか?」

「え、えぇ~~~っ! 一緒に行きたいってことですかな? 残念ながら今期の募集は既に終了しておりまして、キャンセル待ちも受け付けておりませぬ。次回の開催を楽しみにお待ち下され」

「其処を曲げてお願い申し上げまする。この信業、達ての願いにございます。何卒ご再考の程、伏してお願い致しまする」


 信業がまるでNPCみたいに同じ言葉を繰り返す。これってもしかして強制イベントなんだろうか。

 とは言え、あの高瀬舟はもう積載限界に近い。物理的なキャパシティーには逆らいようがないと思うんだけどなあ。大作は頭をフル回転させてもっともらしい言い訳を探す。


「それにアレですな、アレ…… あの舟、ぶっちゃけ物凄く窮屈なんですよ。今でも法律で定められた定員ギリギリでして。それにお恥ずかしい話ですけどライフジャケットとかも足りて無い有様みたいな? あんな物にすがって生き延びてなんになりましょう?」

「さすれば某は馬にて同行をば致しとうございます。此れならばお許し頂けまするでしょうか?」

「いやいや、八郎殿にはほとほと参りましたなあ。まあ、勝手に付いて参られるならば拙僧にはお止めすることもできませぬ。ご随意になされるが宜しかろう」

「有難き幸せにございます」


 ぱっと顔を綻ばせた信業が心底から嬉しそうに深々と頭を下げる。だけど本当に意味が分かってるんだろうか。

 勝手に付いてこいって言っただけなんだけどなあ。もしかして何か勘違いされてたら困るんですけど。


「言っときますけど宿代や食事代は自前ですぞ。それにもし事故等に遭われた場合も自己責任でお願い致します。その点だけはお忘れなきように」


 大作は精一杯の真面目腐った顔を作るとしっかりと釘を刺した。






 例に寄って例の如く二艘の高瀬舟に分乗した大作たちは烏川を遡って行く。川の右岸には険しい山が迫り、狭い平地には小さな田畑が並んでいる。

 川の左岸の狭い街道には馬に乗った和田信業が並走していた。馬の前には口取りが一人、その後ろに金魚の糞みたいにくっ付いているのは槍持ち、弓持ち、鋏箱持ち、草履取り、エトセトラエトセトラ。

 旗持ちが掲げる三つ引両に檜扇の家紋が染め抜かれた旗指物がひらひらと風に閃いている。

 あいつら、めっちゃ目立ってるんですけど~! 他人の振り、他人の振り。大作は連中を視界から追い出すと小さくため息をついた。


 って言うか、この時代の騎馬の武者って輩はああいう手合いをゾロゾロ連れているんだよなあ。アレを主人から切り離して戦闘部隊に編入できれば大幅な戦力アップに繋がるかも知れない。繋がらんかも知れんけど。だが、どうすればそんなことができるのかさぱ~り分からん。

 大村益次郎みたいに何の後ろ盾もない奴にそんなことができたのは長州征伐みたいな危機的状況があったればこそだ。とは言え、奴の急激すぎる軍制改革は激しい反発を産み、最後に待っていたのは非業の死だ。

 まあ、アレはアレでハッピーエンド? いやいや、どう考えてもバッドエンドなのか。でも、旧幕府軍から見れば奴は諸悪の根源だよな。だったらメリーバッドエンドってことにしておくか。そうなると……


「ねえ、大佐。さっきからいったい何をぶつぶつ言ってるのよ?」

「ん? もしかして俺、また独り言を言ってたか? これはアレだよアレ。小田原征伐編のラストをどう締めれば面白いか考えていたんだ。俺が北条の軍制改革を進めた結果、戦には勝つ。だけども既得権益を失った旧特権階級の恨みを買って謀殺される。そんなビターエンドってちょっぴり感動的じゃね?」

「大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね。でも、どうせこれが済んだら私たち山ヶ野に帰るのんじゃなかったかしら? だったら大佐の好きにすれば良いと思うわよ」


 お園は心底からどうでも良いといった風にけんもほろほろ…… じゃなかった、けんもほろろに言い放った。ちなみに『けん』も「ほろろ』も(キジ)の鳴き声を表すオノマトペらしい。

 まあ、現実問題として残り四ヶ月で軍制改革なんてできるはずもない。そもそも鉄砲足軽なんて武士の中でも最下層の小物。侍の面汚しに過ぎん。大作は考えるのを止めた。




 一キロほど川を遡ると碓氷川との合流ポイントが現れた。大作たちの乗った舟は左の碓氷川へと進む。

 辺りには険しい山が途切れて青々とした田畑が広がっている。こんな時期に何かが植わっているってことは二毛作の麦なんだろうか。


 当然ながら川には橋なんて架かっていない。信業たち一団は烏川をじゃぶじゃぶと腰まで浸かって渡っている。ただ一人、馬に乗っている信業だけが余裕の表情だ。

 あの野郎、馬から落ちて落馬すれば面白いのになあ。大作は心の中で嘲り笑う。だが、乗馬が必須スキルの戦国武将にとってはこんなのは朝飯前らしい。信業は涼しい顔で川を渡ってきた。

 まあ、朝飯はもう済ませたんだけどな。大作は考えるのを止めた。


 川幅は一段と狭くなり、曲がりくねった川には中洲も増えてくる。時折、下ってくる舟との擦れ違いにも一苦労する有様だ。

 十キロほど遡ったところで今度は九十九川との合流ポイントが現れる。舟が進むのは左の碓氷川だ。またもや信業たち一団はじゃぶじゃぶと膝の上まで浸かって川を渡る。

 こんなことなら始めに右岸に渡っておけば良かったんじゃね? 大作は他人事ながらそんなことが気になってしょうがない。

 更に狭くなった川は曲がりくねっていて見通しも悪くなってきた。小さな舟は急流に揉まれて木の葉のように揺れる。

 この辺りがそろそろ限界なんじゃなかろうか。大作は遠慮がちに船頭の顔色を伺う。


「運転手さん…… じゃなかった、船頭殿。くれぐれも無理はしないで下され。限界だと思ったらいつでもギブアップして貰って結構ですぞ。って言うか、お願いですからして下さりませ」

「何を申されまするか、御本城様。船頭多くして船山に登ると申します。お召しとあらば碓氷峠すら越えてみせましょうぞ」

「いやいや、それって『三人寄れば文殊の知恵』の逆バージョンみたいな例えでしょう? どうしても登りたければご勝手にどうぞ。拙僧どもは適当なところで降ろしてもらいますから。ちなみにその名もズバリ、船山っていう山が飛騨高地の真ん中にあるそうな。千五百メートル近くもある山だから舟で登るとしたら大層な骨折りでしょうけど」

「せ、せんごひゃくめえとるにござりまするか! 其れは魂消(たまぎ)り仕りました。いやいや、鶴亀鶴亀」


 船頭が大袈裟に驚いた顔をしながらオーバーリアクション気味に首を振る。お前、本当に意味が分かってるのかよ。大作は心の中で激しく突っ込むが決して顔には出さない。

 船頭はすっかり意固地になってしまったんだろうか。我武者羅に艪を漕ぎ、サポート要員らしき男たちも竿を使って必死に舟を操る。どこのスプラッシュ・マウンテンだよ! まあ、大作は巨大遊園地になんて行ったこともないんだけれど。

 とにかくもう、マジで勘弁して欲しいんですけど。これはもう本気でタオルを投げ込んだ方が良いかも知れんな。大作がバックパックを探っていると右前方の山の上に城らしき建物群が姿を現した。


 今までにも山城はいろいろと見てきたけれど、これは割と大きな方に分類されるんじゃなかろうか。まあ、大軍を相手に一月も籠城しようと思ったら最低でもこれくらいは必要になるんだろう。

 大作がそんなことを考えているといつになく真剣な表情をした川村秀重が声を掛けきた。


「ご覧下さりませ御本城様、松井田城が見えて参りましたぞ。大道寺様をお訪ねになりましょうや?」

「だ、大道寺? ああ! カードキャ()ターさくらの知世ちゃんのお父様ですか? あれってぶっちゃけカード()ャプターさくら最大の謎ですよな。ちなみに作者インタビューによると父親の設定はあったそうですぞ」

「いやいや、お戯れも大概になされませ。大道寺様は早雲公が若かりし頃からの御由緒家にして三宿老ございますぞ。如何に御本城様とは申せ、率爾なきよう願い奉りまする」


 こいつがこんな風に釘を刺すってことは冗談の通じない相手なんだろうか。できることならユーモアを解さん奴とはお近付きになりたくないなあ。だったらこのままスルーしちまった方が良いのかも知れん。

 とは言え、大道寺はこの辺り一帯を支配してるんだっけ。挨拶も無しに素通りというの失礼すぎるんじゃなかろうか。

 そんな大作の心中を察したんだろうか。普段とは別人みたいに糞真面目な顔のナントカ丸が口を挟んでくる。


「碓氷に入らせ給ひるに、大道寺様を無沙汰する訳には参りますまい。是が非にもお立ち寄り下さりませ」

「あんな大きなお城なら夕餉も当てになりそうよ。ここはナントカ丸の申される通り大道寺様の気色をお窺いした方が良いんじゃないかしら?」


 目を輝かせたお園が食い付き気味に話に割り込んできた。まだ午前中だというのにもう腹が減ったんだろうか。


「お前の行動理念は食だけかよ~! でもなあ、まだお昼前なんだぞ。こんなところで今日の移動を終えたら時間の無駄が多すぎるじゃん。そうだ! 今は簡単な挨拶だけしておいて帰りに一泊させて頂こうよ。だって、美味しい料理には時間が掛かるんだもん」

「それもそうね、空腹は最高の調味料でもあるんだし」


 どうやら無事にお園の了承を得ることができたようだ。大作はほっと安堵の胸を撫で下ろす。

 手を振り回してもう一艘の高瀬舟を呼びつけると川が大きく右にカーブしたところで左岸に上陸した。

 舟の動きから事情を察したのだろうか。和田信業と愉快な仲間たちも集まってきたので今後の予定を簡単に説明する。

 御馬廻衆に先触れを頼み込むと五人の若者たちは北の方へ足早に走り去った。


「そんじゃあ俺たちものんびり後を追い掛けるとしようか。船頭の皆さま方はここで待機して下さりませ。と思ったけど、それって地獄の黙示録に例えるとシェフみたいな立場ですな。いやいや、それだとカーツ大佐に殺されちゃいますぞ!」


 大作は無造作に放り投げられる船頭の生首を想像して思わず吹き出しそうになった。だが、空気を読んで決して顔には出さない。


「うぅ~ん、皆様方に万一のことがあれば帰りが大変ですな。しょうがない、皆さま方も一緒にきて下さりませ」

「へい、畏まりましてございます」


 大作を先頭にお園、サツキ、メイ、ナントカ丸、船頭たち、馬の口取り、馬に乗った和田信業、槍持ち、弓持ち、鋏箱持ち、草履取り、エトセトラエトセトラ…… ミニ大名行列かよ!

 本当に参ったなあ。こういうのが嫌だから可能な限り少人数編成にしたつもりだったのに。長大な金魚の糞みたいにくっ付いてくる集団を背に大作はツルツルのスキンヘッドを抱えて小さく唸った。






 今から大道寺政繁と会うっていうのに松井田城のことを全然知らないっていうのも不味いかも分からんな。大作はスマホを取り出すと城に関する情報にざっと目を通した。

 あの城は碓氷川から一キロほど北にある山の尾根に沿って作られた典型的な山城だ。城のすぐ北を通っている東山道を支配し、徳川との境である碓氷峠からの侵入を防ぐ重要拠点でもある。

 元々あの山には二つの城が建っていたらしい。それを永禄元年(1560)頃に安中氏がリフォームしたそうな。その後、武田に奪われるが武田が滅ぶと一時的に北条が占拠。すぐに滝川一益に奪取される。だが、本能寺の変から半月後に神流川の戦いで滝川一益を敗った北条氏直が取り返す。そして大道寺政繁を城代に据えたんだとか。


「へぇ~っ、このお城って氏直が分捕ったんだな。予習しておいて良かったぞ。あやうく大恥を掻くところだったよ」

「何を呆けたことを仰せになられますか、御本城様。甲斐一乱なれば僅か七年前のことにござりますぞ。よもやお忘れになられたのではありますまいな?」


 後ろの方から掛けられた声に振り向くと和田信業がちょっと呆れた顔で首を傾げていた。


「それって天正壬午の乱のことでしたかな? 八郎殿はそのちょっと前に北条に寝返って…… 北条に同心されたんでしたっけ。ふむふむ、謎は全て解けた! 大体のことは分かって参りましたぞ」

「そ、それは良うござりましたな」


 地図によると城は南北に一キロ、東西に一キロ半ほどもあるらしい。なだらかな北側には枝葉のように広がる尾根に数々の郭が作られ、南は急な断崖となっているそうな。その中でも中核となるのは東西方向に伸びる比高百三十メートルほどの尾根が城郭化された部分だ。

 そんなところまで登るのは大変そうだなあ。考えただけで早くも面倒臭くなってきたんですけど。何とかしてあそこに行かずに済ませられない物だろうか。そんなことを考えながら大作はさり気なく牛歩戦術を取る。

 すると見覚えのある若侍が小走りに坂道を駆け降りてきた。これって御馬廻衆の誰かだよな。誰かは分からんけど。


「御本城様、駿河守様は補陀寺に御座すそうな。彼方でございます」

「補陀寺? それって遠いのかな?」

「西に十町ほどにございます」


 どうやら山登りしなくて済んだらしい。距離はちょっと遠いけどどうせ碓氷へ行く途中だから回り道にもならん。大作はほっと安堵の胸を撫で下ろすと進路を西へと変更した。

 それはそうと、これって地獄の黙示録に例えると何処に相当するんだろう。もしかしてカーツ大佐の作った王国とか? だったら大道寺政繁はスキンヘッドのマーロン・ブランドに当たるのか? 不安に駆られた大作がスマホを弄って情報を漁ると狩野興信の手による政繁図とかいう絵が見付かった。


「ねえねえ、大佐。その絵はいったい何方様なのかしら?」

「これが今からお会いする大道寺駿河守政繁殿らしいな。ちなみにマーロン・ブランドってセリフが全然覚えられなかったらしいぞ。だからいつもカンペを見てたんだってさ。ゴッドファーザーの撮影時にはロバート・デュバルやジェームズ・カーンにまでカンペを持たせてたなんて凄いエピソードがあるくらいなんだ」

「そ、それは難儀なことねえ。大道寺様はそんなお方じゃなければ良いんだけど」


 少し不安そうな表情を浮かべたお園が小首を傾げた。そんな顔をされると大作も妙な胸騒ぎがして気が気ではない。

 いやいや、映画の通りなら大丈夫だろう。カーツ大佐はウィラード大尉にぶっ殺されるし王国だって爆撃で破壊されちゃうんだ。何も心配する必要なんてあるわけがない。大作は首を擡げそうになる不安感を強引に押し殺した。




 寺へと向かう道の両脇にはごちゃごちゃと粗末な家屋が建ち並んでいた。大半の家は板葺きで屋根の上には重しの岩が乱雑に並べてある。見た感じはとっても貧乏臭い。それに比べると茅葺の建物は少し大きくて心持ち立派な感じだ。

 大して広くもない通りを道なりに進んで行くとようやくお寺の山門が見えてきた。その手前には例に寄って侍っぽい人たちが整列している。

 揚羽蝶の家紋がプリントされた素襖直垂を着て真ん中に立っている一番偉そうな爺さんが大道寺政繁なんだろうか。はたして中の人はどこの誰なんだろう。そもそも大河ドラマに大道寺政繁なんて出てきたことあったっけかな。顔を良く見ようと目を凝らした大作は驚愕のあまり絶叫する。


「えぇ~っ! あれってもしかして『ささきい()お』さんなんじゃね? 何でだ? 何でこんなところにおられるんだ?」

「し、知っているの! 大佐? あのお方を」

「知らいでか~~~! 此方に御座すお方を何方と心得る。畏れ多くも数々のヒット曲を持つアニソン界の大王様にあらせられるぞ。ちなみにキャッチコピーは和製プレスリーだそうな。アニソン四天王のお一人だけど絶対に小物ではないぞ。俺的には間違いなく一番の大物だ。分かった! これって2009年の大河ドラマ『天地人』じゃんかよ。いやいや、こんなところでお会いできるとは感激だなあ。お願いします、握手して下さりませ!」


 感激のあまり大はしゃぎする大作は周りがこれっぽっちも見えていない。お陰で周りのみんなからの生暖かい視線にもまったく気付くことはなかった。


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