巻ノ弐拾弐 天気晴朗なれど波高し の巻
「とりあえずこの船から行ってみようか」
「大きな船だわね。これくら大きければ三人くらい乗せてくれるかしら」
「船に乗るのは初めてのことにございます」
さっき単眼鏡で見ていた船からほど近い海岸に三人は歩いて行く。僧侶と歩き巫女と行商人風の子供というヘンテコトリオだ。
回りからはどう見られてるんだろう。さすがに藤吉郎を二人の子供だと思う奴はいないだろうがちょっと気になる。
浜辺では人足たちが小舟に荷を積みこんでいた。その傍で作業を指示している年配の男が船長だろうか。ちょっとユル・ブリンナーを思わせるヘアースタイルに親近感を覚えた大作は恐る恐る声を掛ける。
「お尋ね申し上げます。貴殿が船長でござりましょうか」
「いかにも、儂が船長にござります。お坊様が何用でございますか」
「こちらの歩き巫女は童を高野山に届ける道中とのことにございます。拙僧とは先ほど出会ったばかりにございますが話を聞けば道を良く知らぬとのこと。袖振り合うも多生の縁と申しますので拙僧が道案内を買って出たのでございます」
「ほうほう」
船長はとりあえず話を聞いてくれている。大作は最初の一隻目だから小手調べのつもりで気軽に話を続ける。
「無理なお願いで申し訳ありませんが我ら三人を安濃津の辺りまで乗せて頂けませんでしょうか。荷運びでも何でもお手伝いいたします」
「お安い御用にございます。儂らは四日市まで参りますので途中までお乗せいたします。少々狭苦しいでしょうがご勘弁下され」
やけにあっさりと乗船許可が出たので大作は返って不安になる。沖合いで身ぐるみ剥がされて海に突き落とされたらどうしよう。それとも宇宙人か未来人の干渉なのだろうか。
それはそうと四日市って地名は永禄年間(1558-1570)に四の付く日に市が開かれたのが由来って読んだことがあるぞ。ちょっとフライングじゃね? 時代考証ミス? まあ良いか。大作は考えるのを止めた。
「おお、まこと有り難きことにござります。船長に大日如来様のご加護がありますよう心よりご祈念申し上げます。これは僅かですが心ばかりのお礼にございます、とっておいて下され」
大作は大佐のセリフっぽい物をさり気なく紛れ込ませて礼を言う。手渡したのはさっき作った方位磁針だ。
船長は思いっきり怪訝な顔をしている。船長なのに方位磁石も知らないのだろうか。
「これは磁石と申しまして水に浮かべると北と南を指し示します。雲や霧でお天道様が見えずとも方位を見誤ることがござりません」
「ほうほう。それは珍しき物にござりまするな。そのような物を頂いてよろしいのでございますか」
「これは修行に出る僧侶が旅先で路に迷わぬようにと僧正様より頂いた物にございます。ですが使う機会があまりございません。船に乗られる方々の方がよほど役に立つでしょう。遠慮無くお納め下され」
「お坊様から物を頂くなど畏れ多きことにございますが、そのようなことでしたら遠慮無く頂戴いたします。道中のことは大船に乗ったつもりでご安心下され」
そう言うと船長は大声で笑った。三人も釣られて愛想笑いした。
船長の話によると昼過ぎに出港だそうなので大作と藤吉郎は荷物運びを手伝う。
船長は手伝わなくても良いと言ってくれた。だが、こういうのを言葉通りに受け取ってお客様みたいな顔をしてても良いことは絶対に無い。
お園もアドリブで航海安全のご祈祷を唱えていた。
二人の奮闘もあって予定より早く作業が終わったので昼前に小舟に乗って大船に渡る。
船長の話では渥美半島に沿って進んで今晩は半島の先端辺りで停泊する予定とのことだ。
この時代の船は陸地伝いに航海して夜には停泊するのが基本なのだ。
丁度良い具合の風に吹かれて船は滑るように渥美湾を西へ進む。
櫂で漕ぐ必要も無いので三人には手伝いもできない。とっても手持ち無沙汰だ。
お園は小舟にしか乗ったことが無い。藤吉郎に至っては船に乗るのが初めてらしい。二人とも極度に緊張しているのが大作にも良く判る。
大作は歌でも歌って元気付けようと思った。こんな時の歌はあれだろう。
海行かば 作詞 大伴家持(785年没) 作曲 信時潔(1965年没)
海行かば 水漬く屍
山行かば 草生す屍
大君の 辺にこそ死なめ
かへり見はせじ
ちなみに最後の部分が『長閑には死なじ』という別バージョンもある。
歌いだしてから気付いたけど、これってラジオの大本営発表で玉砕を伝える時のオープニングじゃないか。縁起でもないぞ。大作のテンションが一気に下がる。
「これって万葉集の大伴家持の長歌よね。何でそんな悲しい歌を歌うのよ」
お園の鋭い突っ込みが入る。それにしても何でお園が万葉集を知って知ってるんだろう。やはりただの百姓娘では無いのだろうかと大作は思う。
「ごめんごめん。でも別に悲しい歌じゃないぞ。大君の為に命を投げ出す覚悟を歌っているんだ。それにお園は死なないぞ。俺が守るから」
「大佐も死なないわ。私が守るもの」
「な、な、何にござりますか、それは?」
藤吉郎がおいてけぼりを食らったような顔をしている。仲間はずれは不味いな。
大作は何か適当なことを言おうと頭をフル回転させる。だが咄嗟のことで何も思い付かない。やっとのことで桃園の誓いを口にする。
「我ら三人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん」
「前に二人で誓った時とはだいぶ違うわね」
「そりゃあ二人と三人じゃ内容だって変わるよ。それにお園との約束だってちゃんと覚えてるぞ」
あんな適当に言ったことを覚えていたのかと大作は感心した。あんまりいい加減なことを言ってるとまた逆鱗に触れるかもしれない。十分に用心しよう。
それはそうと大作はお園と一緒に船の舳でタイタニックごっこをやりたくてしょうがなかった。中学校の修学旅行で船に乗った時に萌に頼んで本気で殴られたのは悲しい思い出だ。お園ならきっと嫌な顔はしないだろう。
とはいえ人目が多すぎる。藤吉郎に頼んで全員の注意を後ろに集めてもらおうか? まあ船旅はしばらく続くのでチャンスはあるだろう。
三人がそんなことをやっている間にも船は順調に進んで行く。日が暮れる前に渥美半島の先端近くの漁村に船が滑り込んだ。
大作は地図を見て計算する。速度は三ノットといったところか。こんな流体力学に喧嘩を売るようなデザインの船にしては凄い速度だ。潮流と風向きがよっぽど良かったんだろうか。
この時代の船ってこんなもんだっけ? 大作はスマホで関連情報を探す。江戸時代初期には大坂から江戸までは地乗りと言われる陸岸沿いの航海で一月掛かっていたらしい。
それが江戸時代の末期には一週間くらいに縮まったようだ。かなりの無茶と好条件が重なったんだろうが寛政二年(1790)には西宮から江戸まで五十八時間で行ったという記録もある。
戦国時代以前の筵の帆では風に向かってジグザグに進むのは不可能では無いが非常に困難かつ非効率だったらしい。
江戸時代初期から普及した木綿製の帆は画期的な改善と言える。ただし、帆柱は一本だけで横帆という和船の特徴は幕末まで変わることはなかった。
大作は考える。大量輸送や兵力の迅速な展開には帆船の画期的な改善が必要だ。特に重火砲の運搬には必須となる。
戦国時代の日本では大砲も大型帆船も活躍する機会はほとんど無かった。
もし大型で快速の帆船に射程の長い強力な兵器が搭載できれば画期的な戦果が期待できるぞ。
揮発油を搭載した模型グライダーを黒色火薬の固体ロケットで飛ばせば良い。コストは知れてるから命中精度は度外視だ。
まずは木綿製の縦帆を備えたスクーナー船だな。木綿はもちろん、滑車とロープも大量に必要になる。いくらくらいするんだろう。
「大佐。夕餉が出来たわよ」
お園の声で大作は妄想の世界から現実に引き戻された。
夕食は船長の好意で船乗りたちと一緒に頂くことができた。
高野山の名前を出した手前、大作は般若心経を唱えるはめになったが何とかボロを出さずにすんだ。
明日は早朝から船を出すとのことで速やかに眠りに就く。
船乗り達が見ているのに、お園と一緒のテントで寝るのはさすがに不味い。
大作は誰も見ていない間にお園にテントを渡しておいた。
お園はそれを一人で張って寝る。張り方を教えておいて良かったと大作は思った。
大作と藤吉郎は地べたに銀マットを敷いてエマージェンシーシートに包まって寝た。
その夜、大作はテントからの話し声で目を覚ました。非常に小さな声だがお園のはっきりとした話し声がする。寝言だろうか。もう十日も一緒に寝ているが今まで気付かなかったぞ。盗み聞きしている訳では無いが聞こえてくるものはしょうがない。
「チェックメイト・キングツー。定点観測員三百四十号より定時報告。リトルエイプは偶然を装って被験者との合流に成功。三人で予定していた船に乗船。渥美半島先端の伊良湖岬にて夜営中。ここ数日の被験者の深層心理分析の結果は……」
「いったい何の話をしてるんだ?」
「三百四十号通信を切れ、生須賀さんが起きているぞ!」
藤吉郎が叫ぶ。何がどうなっているんだ? 大作は混乱して過呼吸になりそうだ。頭がクラクラする。目の前もチカチカしてきた。お園の声が聞こえる。
「落ち着いて下さい生須賀さん。ゆっくり浅く呼吸して下さい。いま神経接続を解除しています。三十秒で外に出られますよ」
「お前らは何者なんだ! 俺に何をした! 誰か助けてくれ~!」
「落ち着いて下さい。ここは病院です。これは心理治療なんですよ」
「嘘だ~! さっき被験体って言ってたぞ!」
大作は起き上がろうとするがお園と藤吉郎と思われる二人に押さえつけられて身動きできない。左腕に注射のような鋭い痛みを感じる。数秒で大作の意識は闇に飲み込まれた。
翌朝、大作の目覚めは最悪だった。頭に鈍痛がする。左腕を見ると虫に刺されたような痕があった。
これまでも変な夢を何度も見たが昨晩の夢は異質だ。というか本当に夢なのか。
スタートレ○クの新シリーズのどれかで夢なのか現実なのか何だか判らない話があった気がする。
萩尾○都のマンガでも何度も何度も夢から覚める話があったっけ。あの手の話って最後はどうなるんだっけ。
まさか夢オチの伏線か? ラノベで夢オチはタブーなんだったっけ。大作は小学生のころに読んだ手塚○虫の『マ○ガの描き方』を思い出す。
たしか『何でもかんでも夢オチってのは悪い例』って言ってるだけで夢オチ自体を否定してた訳じゃなかったはず。
だったら夢オチだって許されるんだろう。大作は考えるのを止めた。
それにしても大声を出したのは失敗だった。今となってはあれが現実なのか確認しようが無い。
気づかれないよう静かに腕に文字でも書けば良かったと反省するが手遅れだ。お園も藤吉郎も警戒しているだろうから二度と隙は見せないだろう。
まあ、いまさら取り返しが付かんからどうでも良いか。
「おはようお園、良く眠れたか?」
「てんとを一人で使って悪かったわね。広々としていてとっても良く眠れたわ」
「俺はお園がいないと思うと寂しかったぞ」
「えっ!」
肌寒いからといって男と一緒に寝るなんて寂しすぎる。大作は早く船旅を終えてテントで寝たいと心の底から思っていた。
とはいえ、俺とお園がテントで寝て藤吉郎だけ外で寝るのか? あいつ拗ねるんじゃなかろうか。でも、一人用テントに三人で寝るなんて中国雑技団かよ!
どうやったら藤吉郎に疎外感を抱かせずにお園と二人でテント寝るか。そんなことに頭をフル回転させている大作はお園が嬉し恥ずかしそうに喜んでいることに全く気付かなかった。




