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巻ノ弐百拾八 遡れ!隅田川を の巻

 翌朝、まだ日が昇らないうちに大作はお園に体を揺さぶられて目を覚ました。


「起きて、大佐。起きて頂戴な。日が昇る前に起こせって言ったのは大佐なんだからね!」

「うぅ~ん、頭がガンガンするんですけど。俺ってまたもや酒で失敗しちゃったのか? もういっそ、禁酒法でも作った方が良いかも知れんな」

「そうかも知れないわね。そうじゃないかも知らんけど。でも、お酒の好きなお方は決して納得しないんじゃないかしら」

「それよりかは高い税率を掛けてコントロールする方が良いかも知れぞな。タバコみたいにさ。だけど、それはそれで愛煙家から反発を買いそうだな。いやいや、愛煙家は関係無いのか?」


 そんな阿呆な話をしながら着替えや歯磨きを済ませ、手早く朝食をとる。

 食べ終わって茶を飲んでいると北条家臣団の一手役にして三家老が一人、江戸城代の遠山筑前守景政が若い侍を連れだって現れた。


「御本城様、川船の支度ができております。宜しければ道中の案内に弟をお連れ下さりませ」

「某、遠山筑前守景政が弟の川村秀重にございます。御本城様に拝顔を賜り恐悦至極に存じまする」


 男は神経質そうな細い眼をさらに細め、ほんの僅かに口元を綻ばせた。

 歳の頃は二十台前半といったところだろうか。地味だが動き易そうな小袖袴を着て防寒のためらしい胴服を羽織っている。


 大作は昨晩、遠山直景に関して調べた時の記憶を辿ろうと頭を捻る。

 確か小田原征伐の際に江戸城を川村秀重が守っていたと書いてあったはずだ。奴は政景の弟で直景の叔父に当たるとか何とか。だったら年齢的に合わないんじゃね? とは言え、その解説には『要出典』とも書いてあったような。そもそもWikipediaに『川村秀重』って項目が無いんだからどうしようもない。もはや何を信じたら良いかさぱ~り分からん。大作は考えるのを止めた。


「はいぃ? 川村殿と申されましたかな? 御兄弟なのに苗字が違うんですねえ。それって妙じゃありませんか。細かい所まで気になるのが僕の悪い癖でして」


 大作は鬼の首でも取ったかのようなドヤ顔で突っ込みを入れる。だが、若侍は曖昧な笑みを浮かべながら首を傾げるばかりだ。

 暫しの沈黙の後、耐え兼ねたように景政が口を開いた。


「弟は川村の家を継いでおります。おやおや、妙ですなぁ。お目見えを頂くのは初めてのことなれど、御本城様が其れを御存じない筈はござりますまい。是は如何なる由にございましょうや? 細かなことが気に掛かるのが某の悪い癖にござりまして」

「ぼ、僕としたことが迂闊でした。これで全てが繋がりましたな。最後に、もう一つだけ。御舎弟殿のことを何とお呼びすれば宜しゅうございましょうや? 諱でお呼びするわけにも参りますまい」

「さすれば政四郎とお呼び下さりませ」

「OK! 政四郎殿。Let's go together!」


 ぽか~んとしている景政と秀重を引き連れて一同は静勝軒を後にした。昨日に通った道のりを正反対に二ノ丸、三ノ丸を通って梅林坂を下って行く。

 本格的な山城に比べれば大したことないとはいえ、結構な距離を歩くなあ。早くも大作は面倒臭くなってきた。


「遠山殿、あの斜面にミュンヘン工科大学みたいな滑り台を作っては如何かな。降りてくる時やゴミを捨てる時にとっても楽ですぞ。バトルランナーっていう映画に出てきたような奴でございます」

「本丸から崖下まで滑り降りると申されまするか。されど、斯様な物を作っては敵が攻めてきた折は如何なさるおつもりで?」

「滑り台を昇ってくるような阿呆な奴には煮え湯か石礫でもお見舞いすれば宜しかろう。いやいや、火炎瓶や爆弾でもくれてやりましょう」


 砂浜まで降りると二艘の高瀬舟に三人ずつの船頭がアップを始めていた。大作、お園、サツキ、メイ、ナントカ丸、秀重が一艘に乗り込む。もう一艘には供回りに連れてきた御馬廻衆が乗り込んで先行して貰った。


「遠山殿、此度は大変お世話になりましたな。一宿一飯の恩義、決して忘れは致しませぬぞ。小田原にお出での際は遠慮なくお訪ね下さりませ」

「泥鰌汁、美味しゅうございました。お園はもう走れません」

「御本城様、御裏方様。ご満足頂けたようで何よりにございます。お帰りの折にも是非お立ち寄り下さりませ」


 そんな阿呆な話をしている間にも高瀬舟は砂浜を離れて日比谷入江を南に下って行く。大作たちはお互いの姿が見えなくなるまで手を振って別れを惜しんだ。


「えぇ~っと、船頭の皆様方。拙僧は北条家当主の新九郎にございます。朝も早うから申し訳ござりませぬな。本日は宜しゅうお頼み申します。これは僅かだが心ばかりのお礼にございます。とっておいて下さりませ」

「いやいや、御本城様。斯様なお気遣いなどご無用にござりますれば……」

「まあまあ、そう申されずにお受け取り下され。覆水盆に返らずんば虎児を得ずんば何とやら。エディンバラ公と申されるはエリザベス二世の夫君にあらせられますぞ。ちなみに女王の夫のことを王配(おうはい)って言うって知っておられましたかな? そうそう、そう申さば……」


 舟は半島のように突き出た江戸前島に沿って南へと進んで行く。陸地が途切れて江戸湾に出たところで東へと転進した。

 お台場も夢の島もない江戸湾には所々に船が行き来している他にはな~んにも見当たらない。


「あの先っぽの辺りが未来の新橋らしいぞ。んで、対岸にあるのが愛宕山だ。向こうにぽつ~んと浮かんでるのは佃煮で有名な佃島かな」

「佃煮! それって美味しい……」

「ごめんごめん、この時代にはまだ佃煮なんて無いんだけどさ」

「恐れながら御本城様、人も住んでおらぬ斯様な沖つ州に名などありましょうや?」


 ちょっと遠慮がちな顔で船頭が口を挟んでくる。って言うか、そもそも佃島っていう名前は摂津佃村の漁民を寛永年間に移住させたから付いたんだっけ?


「まあまあ、名前なんて些末なことではありませぬかな? そんなことより船頭殿、浅瀬に注意して下さりませ」

「心得ております、御本城様。ここいらは儂らには庭の如き物にござりますれば。このまま入間川を遡って参れば宜しゅうございますな?」


 舟は巨大な砂州を避けながら北上して行く。東に見える巨大な湿地帯は深川の辺りなんだろうか。地形が変わり過ぎてさぱ~り分からん。


「いや、あの…… 大川だか隅田川だか知りませぬが最終的には利根川を上って頂きたいのですが。Do you understand?」

「ご安堵召さりませ、荒川とか浅草川とか呼ばれておりますが元を辿ればみな同じにございます。そも、利根川は会の川と浅間川が合わさった物なれど海に注いでおる辺りを隅田川と称しておりまする。大川とやらは存じませぬが古より住田河やら宮戸川やらとも呼ばれておったそうですな。伝え聞くところによれば武蔵国と下総国の境の川であったとか」


 うわぁ~ん! 船頭さんからまで無駄蘊蓄を聞かされるとは世も末だな。こんな目に遭うくらいなら萌を連れてきた方がよっぽどマシじゃんかよ。後悔先に立たずんば虎児を得ずとはこのことか。


「まあ良いや、ここらで気分直しに隅田川の歌でも歌おうかな」

「えぇ~っ! 隅田川の歌なんてあるの? どんな歌なのかしら。早く聴かせて頂戴な」

「ちょっと待てよ、いま調べるから。良い歌には時間が掛かるって言うだろ?」


 大作はスマホを弄って瀧廉太郎作曲の歌曲集『四季』の第一曲『花』の歌詞を探す。ちなみに作詞の武島羽衣(たけしまはごろも)は1967年没だ。

 

「うわぁ~! これってかなり際どいところだったんだなあ。知ってたか? 2018年6月29日の参院本会議でTPP関連法案が可決されたとか何とか。そのせいで著作権の保護期間が七十年に延長されちまったんだ。おかげで1970年に割腹自殺した三島由紀夫の保護期間なんて2040年末まで切れないんだそうな」

「ふぅ~ん、そうなんだぁ~ それでそれで? 隅田川の歌っていうのはどんな歌なのかしら?」


 お園の脳内ではTPP関連法案の優先度は非常に低いらしい。あるいは保護期間延長に賛成の立場なのかも知れない。まあ、どっちでも良いか。いまさら法律が引っ繰り返ることはあり得ない。大作は考えるのを止めた。


『春のうららの 隅田川

 のぼりくだりの 船人が

 (かい)のしづくも 花と散る

 ながめを何に たとふべき』


「春の隅田川の歌なのね。今は冬だけど。夏や秋、冬は無いのかしら? もしかして二番が夏だったりしないの?」

「ちょっと待ってくれ、いま探すから。えぇ~っと……」


『見ずやあけぼの (つゆ)浴びて

 われにもの言ふ 桜木(さくらぎ)

 見ずや夕ぐれ 手をのべて

 われさしまねく 青柳(あおやぎ)


 錦おりなす 長堤(ちょうてい)

 くるればのぼる おぼろ月

 げに一刻も 千金の

 ながめを何に たとふべき』


「駄目だな。春しか無いみたいだぞ。だって考えてみたらタイトルが『花』なんだもん」

「そうかしら。夏や秋、冬の花だってあると思うわよ」

「知らんがな~! 文句があるんなら武島羽衣に言ってくれよん! 話は変わるけど川の歌って他にも沢山あるんだぞ。神田川とかイムジン川とかさ。ボルガの舟歌とかローレライ、渡良瀬橋なんかも川の歌だしな。クラシックにも『美しく青きドナウ』って名曲があるじゃん」


 そんな阿呆な話をしている間にも舟は河口に近付いて行く。流れが変わったのだろうか、不意に大きく舟が揺れて大作は肝を冷やした。

 川岸にはあちこちに海苔を取るための物らしい粗朶(そだ)が立っている。ぶつからないよう注意しながら川を遡って行くと右岸の高台に浅草寺が見えてきた。

 この辺りには門前町のような家屋も多く建ち並び、それなりに人々で賑わっているようだ。


「見ろよ、お園。あれって雷門じゃね? この時代には例の巨大提灯は掛かっていないんだな」

「かみなりもん? 何なのそれ? 美味しくはなさそうね。私、そんなの見たことも聞いたこともないわよ」

「それってもしかして雷の門じゃないのかしら?」

「大きくて立派な門ではありますがいったい何処が雷なのやらちっとも分かりませぬ」


 お園が不満そうに頬を膨らませ、メイやサツキがさぱ~り分からんといった顔で首を傾げる。だが、答えは簡単なことだ。大作は人差し指をゆっくり左右に振りながら舌打ちを三回した。


「風神と雷神がいるからじゃね? とは言え、それって風神の立場が無いよな。まあ、奴は旅人の上着を脱がせることすらできないような小物。神の面汚しだからしょうがないか。ちなみに二十一世紀の雷門は松下電器が寄進した鉄筋コンクリート製だって知ってたか?」

「だ~か~ら~~~! かみなりもんなんて知らないって言ってるでしょうに! それで? どうせ通り道だからお参りして行くの?」

「いやいや、今日のところは先を急ごう。取り敢えず舟の上から『南無観世音菩薩』って言っとくだけでもちょっとくらい御利益あるかも知れんぞ」


 参拝客を満載した小さな渡し船をやり過ごすと川の中州に浮島社らしき建物が建っていた。すぐ先で川が二つに分岐…… いやいや、今は川を遡っているんだっけ。ってことはここが入間川と隅田川の合流する千住曙町の辺りなんだろうか。だとすれば右の隅田川で決まりだな。


「運転手さん、じゃなかった。船頭殿、そこを右に行って下さりませ」

「恐れながら御本城様、この辺りの川筋ならば全て諳んじております。大船に乗ったつもりでお任せ下さりませ。まあ、十五石積みの小舟ではござりますがな」


 船頭が豪快に笑いお園やメイ、サツキ、ナントカ丸が控え目な愛想笑いを浮かべる。

 もはや何川だか分からなくなってきた川を二キロほど遡って行くと堀や土塁で囲まれた建物群が遠目に見えてきた。木の柵や高い櫓が建ち並んでいるところから見てどうやら平城のようだ。

 大作の視線の動きに気付いたのだろうか。秀重がドヤ顔を作ると嬉しそうに口を開いた。


「御本城様、あれに見えまするが葛西城にございますぞ」

「葛西城? ここって葛飾区の辺りですかな。こんなところに城なんてありましたっけ? いやいや、そう申さば環七通り沿いに葛西城址公園っていうのがありますな。中川の蛇行を天然の堀に使った平城ですか。虎居城も同じコンセプトで作られておりますぞ」

「もし宜しければ是非ともお立ち寄り頂けませぬでしょうか? 城の者もさぞや喜ぶことにござりましょう」

「政四郎殿、葛西城には何か美味しい物はございますでしょうか?」


 小首を傾げたお園が期待半分不安半分といった表情を浮かべながら話に割り込んできた。きっとハードルを上げ過ぎて後でがっかりするのが嫌なんだろう。

 予想外の方向から話を振られた秀重は一瞬だけ言葉に詰まる。だが、すぐに立ち直ると満面の笑みを浮かべた。


「美味い物にござりまするか。そうですなあ…… 先日、彼の城を訪ねた折には(スッポン)とやらを饗されましたぞ」

「鼈ですって! それって美味しいの、それとも美味しくないの。それが問題よ、政四郎殿?」

「いや、あの、その…… うぅ~む、某が食した物は鶏肉かと見紛うばかりのさっぱりとして癖の無い淡泊な味わいでしたな。されど是は某の口に合うただけのことやも知れませぬ。ここは一つ、御裏方様にも是非ともご賞味を賜りたく存じます」


 真剣な表情の秀重にグイグイと詰め寄られたお園は若干引き気味な顔をしている。だが、大作へと向けられた視線には飽くなき食への拘りが籠められているような、いないような。


「ちょ、ちょっと宜しいかな、政四郎殿。我らは先を急いでおります。どうせ今から行っても鼈なんてすぐには食べれれませんよね? 美味しい料理には時間が掛かりますからな。だったら帰りに寄らせて頂くってことで如何でしょうか。ね? ね? ね? ちなみにトイレが詰まった時にカポカポやる奴のこともスッポンっていうって知っておられましたか? ラバーカップっていうのは先っぽのゴムの部分のことでしてな。柄も含めて全体を指す場合はプランジャーっていうんですよ。知らなかったでしょう? 一つ賢くなっちゃいましたな。アハ、アハハハハ……」

「帰りには必ず寄って頂戴ね。確と約したわよ。嘘ついたら針千本飲ませるんだから」


 お園が悪戯っぽい笑みを浮かべる。いくら何でもお昼前にぶらりと立ち寄ってすぐに鼈を食わせろなんていうのが非常識だというのはちゃんと分かっているようだ。大作は帰りに葛西城に寄ることを心の中のメモ帳に……


「ナントカ丸、帰りに葛西城に寄ることを覚えていてくれるかな~?」

「いいとも~!」


 大作は葛西城と鼈を纏めて心の中のシュレダーに放り込んだ。




 舟は葛西城を素通りすると庄内古川とやらを遡って行く。だだっ広い平野には果てしなく田畑が広がるのみだ。

 偶に小さな集落や貧相な城らしき建物が遠くに現れる。その他は単調な景色がゆっくり流れて行くだけの退屈な時間が延々と続いた。


「この辺りに見るべき程の事をば見つ。今はただ自害せん」

「何を阿呆なことを言ってるの、大佐?」

「だって死ぬほど暇なんだもん。んで、今晩は何処に泊まれば良いのかな? まさかノープランじゃないよな?」

「えぇ~っ! 大佐が考えてるんじゃなかったの? 川を遡れって言いだしたのは大佐じゃないの。何とかして頂戴な」


 みんなが揃いも揃って呆れ果てた顔で盛大なブーイングを上げる。だが、大作は全員から向けられた冷たい視線を強靭な精神力でもって華麗に無視した。


「ふん、大声で言いたいことを喚き散らして気は済んだか? 文句を言うだけの奴らは楽で良いな」

「何も考えていない大佐だって楽で良いわね」

「いやいや、著作権とか鼈とかいろいろ考えていたじゃん。何も考えていないは言い過ぎじゃないのかなあ」

「恐れながら御本城様、関宿城を訪ねてみては如何にござりましょう。日も傾いて参りました故、丁度良い頃合いに着くかと存じます」


 秀重が遠慮がちな表情で話に割り込んでくる。その顔には『こいつらに任せていては纏まる話も纏まらん』と書いてあるかのようだ。

 元より異論のあろうはずもない大作としてはこの話に乗っかる他は無い。鷹揚に頷くと勿体振った顔で答えを返す。


「で、あるか。良きに計らえ」

「御意! 御馬廻衆の方々にお頼み申す。関宿城への先触れをお願い致しまする」


 秀重から詳しい話を聞くや否や御馬廻衆を乗せた舟が先行して行った。

 船頭の話によると関宿城までは二時間くらいは掛かるそうだ。あっちの舟の船頭が死ぬほど頑張れば十分や十五分は先に着けるかも知れん。着かないかも知らんけど。


「さて、政四郎殿。それでは関宿城に関する予習といたしましょうか。そこにはどんな文明、どんば生命が待ち受けているんでしょうな? 詳らかにお聞かせ願えませぬか?」

「おやおや、妙ですなぁ。御本城様は関宿城主、簗田(やなだ)平四朗様のことをご存知ないと申されまするか? 簗田様ほどのお方ならば正月の挨拶で目通りしておるのではござりますまいか? いやいや、細かなことが気に掛かるのが某の悪い癖にござりまして」


 口調だけは丁寧だが秀重の表情には疑念の色がありありと浮かんでいる。

 うぅ~ん、参ったなあ。こいつがこんなに面倒臭い奴だとは思いもしなかったぞ。大作は適当な言い訳を探して頭を捻る。しかしなにもおもいつかなかった!


「政四郎殿、考えるな、感じるんだ! 拙僧は貴殿をそんな理屈ばかり捏ね回す頭でっかちな大人に育てた覚えはございませぬぞ」

「いやいや、大変恐れ大きことなれど御本城様に育てて頂いた覚えはございませぬが」

「だから、育てた覚えは無いと申しておりましょうに。とにもかくにも僕には時間がないのでございます。早う簗田平四朗とやらに関するデータを提供して下さりませ。隠すとお家のためにもなりませぬぞ」


 大作はそこで一旦言葉を区切ると精一杯の真剣な表情を作った。意を察したのだろうか。お園やサツキ、メイがシンクロする。

 暫しの沈黙の後、秀重は観念したように苦笑すると記憶を辿るように遠い目をして話し始めた。


「簗田の家は桓武平氏の流れを汲む鎮守府将軍平維茂様の御子息、良衡様を祖と聞き及んでおりまする。前九年の役の折、義家公に従い、後に下野国簗田御厨に住したとやら。代々に渡って関東公方様の奉公衆を務めておられましたが古河公方様の縁続きとなったのを切っ掛けに筆頭家老にまで上り詰め、関宿城に入られたそうな。関八州を治めんとした先々代の太清軒様(北条氏康)は三度に渡る関宿合戦の末、洗心斎(簗田晴助)を水海城に追い払いました。されど彼奴等は未だ北条に従う気は無いように見受けられまする」

「いや、あの…… つまるところ洗心斎っていうのは何者にございますかな? ってか、政四郎殿の説明って分かりにくいですなあ。ぶっちゃけ話が下手って人に言われたことはございませぬか?」


 大作はちょっと小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべながらわざと皮肉っぽい口調で話す。

 だが、秀重から返ってきたのはそれを倍返ししたような露骨な嘲笑だった。


「此れはしたり。御本城様には少々難しゅうござりましたかな。洗心斎と申すは簗田の先々代当主、簗田晴助にございます。して、今の関宿城主は簗田平四朗は腹違いの弟。此方は洗心斎と違うて早うから北条に従うております。此処まではお分かりにござりましょうか?」


 嘲り笑うような顔をした秀重が鼻を鳴らす。その表情を見ていると不意に大作の胸中に激しい殺意が沸いてきた。

 もういっそ、ここでこいつを始末しちまうか? くノ一が二人で不意打ちすれば殺れんことはないだろう。

 いやいや、船頭たちは景政が用意してくれた連中だ。口止めは無理だろうから殺るとすれば纏めて殺るしかない。でも、そうなったら誰が舟を漕ぐんだろう? そんなの真っ平御免の助だぞ。どうすれバインダ~! 大作の灰色の脳細胞が唐突にハングアップした。


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