巻ノ弐百伍 誰が殺した飛鳥五郎 の巻
聚楽第における豊臣秀長との会談を成功裏に終えた一同は今小路を西に向かって歩いていた。
勇者の凱旋といった心持ちの大作は意気揚々と闊歩する。ミュンヘン会談を終えたチェンバレンもこんな気分だったんだろうか。想像しただけで頬が緩むのを押さえることができない。
だが、北野天満宮に差し掛かった辺りで大作は重大な忘れ物をしていたことを思い出す。
それは今回の上洛の主目的の一つ、中山九郎兵衛の首を渡すことだった。
「あのさあ、お園。今ごろになって言うのも何だけど、中山九郎兵衛の首ってどこにあるんだろうな?」
「首? それって何の話かしら。私、そんな物は預かっていないわよ」
「御本城様、首なれば此方にございます。此が如何致しましたか?」
風魔小太郎だか小次郎だかが音も立てず不意に真横に現れた。隣には見覚えのある若者が風呂敷包みを恭しげに差し出している。
こいつら一体いままで何処にいたんだよ。身のこなしはやっぱり忍者だな。大作は大袈裟に驚いた振りをした。
「うわぁ! びっくりしたなぁ、もう。出羽守殿、あんまり急に現れないで頂けますかな? それはそうと、その首って本当は豊臣に渡してこなければいけなかったんですよ。如何致しましょうかな」
「うぅ~む。他の物ならいざ知らず、首にござりますぞ。儂らが一走りして届ければ済むという物ではござりませぬな。やはり此は御本城様が自ら足をお運び頂くより他はありますまいか?」
「ですよねぇ~! とはいえ今から一キロも歩いて戻ったうえに秀長に面会を申し込むのもアレだなあ。たとえば堺に行く途中で大坂城に寄って預けるなんてどうでしょうかな? それかクール便の送料着払いで送るとか」
「大佐ったらまた阿呆なことを言い出して。時が惜しいからさっさと戻りましょうよ」
お園がそんなことを言いながら大作の手を掴んで軽く引っ張った。
こいつは戻りたい派なんだろうか。どうせ戻ればもう一度お菓子を貰えるかもしれないとでも思っているんだろう。
だが、大作としては甚だ顔を会わせ辛いことこの上ない。なにせ次は戦場で合間見えましょうなんて啖呵を切っちゃったのだ。顔を会わせずに済むならそれに越したことはない
大作は急に呆けた表情を作ると遠くに浮かぶ雲を見つめながら口を開いた。
「捨てっちまおう。こいつぁニセモンだよ。よく出来てるがな」
「これが? まさか……」
「いやいや、みんな知ってるだろ? 適当に中年男性の死体を見繕ったじゃん」
「そ、そういえばそうだったわね。でも、捨てるんだったら何でわざわざ小田原から運んできたのかしら?」
ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべたお園から鋭い突っ込みが入った。
相変わらず情け容赦ない奴だなあ。どう誤魔化したら良いんだろう。大作は頭を捻って無い知恵を絞る。閃いた!
「前にミンスミート作戦の話をしたのを覚えているかな? 英軍将校の軍服を着せた死体に偽装書類を持たせてスペイン海岸に流れ着かせるとかいう悪趣味な作戦だ。そんな阿呆みたいな計略にドイツの諜報機関はまんまと一杯食わされた」
「なんでそんな怪しげな話を軽々しく信じちゃったのかしら。ドイツのお方々って阿呆なんじゃないの?」
「現場レベルでは疑う者も多かったらしいな。って言うか、軍事的にはシチリア上陸が本命中の本命でサルデーニャ上陸なんて真面目に考える余地もない与太話だったそうな。ムッソリーニも散々にシチリアだって言ったのにヒトラーが聞く耳を持たなかったらしい。そもそもドイツ人って頭が固い? っていうか融通が効かないって感じだしな。それに折角手に入れた貴重な情報だぞ。頭から疑って掛かるよりも本当だったら良いなあって気持ちも分からんではないだろ?」
「それはそうかも知れないわね。でも、戦に負けちゃったら何にもならないわよ。戦は勝ってこそ華、負けて落ちれば泥なんだから」
吐き捨てるように呟くとお園が鋭い視線を向けてくる。いつの間にか大作がドイツを擁護してお園が扱き下ろす流れが完成してしまった。
本当はこんな話をしたいわけでは無いんだけどなあ。何とかして本来の流れに戻さなければ。
「そうは言うがなお園。ドイツ人だって阿呆じゃないんだぞ。羮に懲りて膾を吹くって諺を知ってるよな? ちなみにどっちもJIS第二水準だ。んで、その後のドイツ人は一転して疑心暗鬼に陥ってしまう。ノルマンディー上陸作戦やマーケット・ガーデン作戦では本物の機密書類を入手するという幸運に恵まれた。なのにそれを無視するという愚行を犯したわけさ」
「つまるところ阿呆なんじゃないの。そんなんだから二度も続けて世界大戦に負けたんじゃないかしら」
「お前って負け犬相手には本当に容赦しないんだな。だけどドイツの諜報機関だって遊んでばっかいたわけじゃないんだぞ。こんな作戦を知ってるか? 第二次大戦が始まるより前の話だ。とあるドイツのスパイが身分を隠してソ連の諜報機関に接触した。ソ連軍内に潜む裏切り者の名簿を売ってやるとか何とか言ってな。嘘か本当か知らんけどそれがスターリン大粛清の切っ掛けになったとかならなかったとか。とにもかくにも、そうやってソ連軍に大打撃を与えると同時に大量のルーブル紙幣をゲットしたんだ」
「ふ、ふぅ~ん。紙幣って前に貰った紙のお金だったかしら。ドイツも存じの外やるもんね。感じ入ったわ」
お園が急に真面目な顔になると感心したように深く頷いた。どうやらこれで一件落着なんだろうか。大作はほっと安堵の胸を撫で下ろす。
しかし次の瞬間、萌が意味深な笑みを浮かべながら口を挟んできた。
「ねえねえ、お園。その話には続きがあるのよ。ドイツは代金として受け取ったルーブル紙幣をそのまま対ソ諜報作戦の資金に回しちゃったの。ソ連に潜入する工作員に持たせたり、現地の反ソ勢力に渡したりとかにね。でも、狡猾なソ連諜報機関はルーブル紙片の番号を一枚残らず記録していたのよ。だからドイツのスパイは一枚でも紙幣を使った途端に足が付いちゃったってわけ。めでたしめでたし」
「ぜ、全然駄目じゃん……」
がっくりと肩を落として落ち込む大作を女性陣や氏政、相州乱破たちは生暖かい目で見守っていた。
数分後、一行は北野天満宮の片隅に勝手に陣取ると円陣を組んでいた。
立ち直りが早いこと。それだけが大作の唯一の取り柄なのだ。
境内では神職が忙しそうに動き回っているのが見て取れる。漏れ聞こえてくる話によれば十月二十九日の今日、余香祭とかいうイベントがあったそうな。その後片付けで大忙しといった風情だ。
そんな騒ぎを他所に大作はバックパックから紙切れを取り出す。そしてナイフを使ってトランプくらいの大きさに切り取ると赤いボールペンで大きく『M』と書いた。
続いて『この者』と右側に、左側には『名胡桃城事件の犯人!』と書く。胡桃という字が思い出せなくてスマホをチラ見したのは誰にも言えない秘密だ。
「さぁ~てと、こんな物で良いかな?」
「いったい何なの、これは?」
「ふっ! 日本じゃあ二番目だな。怪傑ズバットがこんなカードを残していただろ? アレのリスペクトさ。飛鳥五郎という男を殺したのもコイツってことにしておこう。とにもかくにも、このカードと一緒に首をその辺に置いとけば誰かが拾って届けてくれるさ。なんせ北野天満宮と秀吉の間には切っても切れない深い繋がりがあるはずだからな。そうだ! 裏側にこう書いておこう。『これを拾われた方は聚楽第まで届けて下さい。お礼を差し上げます』ってな」
「そう、良かったわね……」
一の鳥居の側に立つ巨大な灯篭の足元に風呂敷に包まれた生首を放置する。大作たちは振り返りもせずに一目散にその場を逃げ去った。
取り敢えず現場から早急にも離れなければならない。一行は西大宮大路を足早に南へと下って行く。
スマホにあった情報によればこの通りは昭和初期くらいからは御前通と呼ばれるんだそうな。その理由は北野天満宮の前を通るということなんだとか。平安時代の昔には大内裏の西の端を通っている重要な道だったらしい。
しかし、この時代には賑やかなのは北野天満宮の回りだけだ。勘解由小路の辺りまで下るとあっという間に人家が途切れて一面の原野になってしまう。
それを待っていたかのように萌が口を開いた。
「ねえ、大作。そろそろ教えなさいよ。秀吉には会えたの? 話し合いは上手く行った? やっぱ秀吉は猿みたいだったのかしら?」
「いや、残念ながら秀吉はいなかったよ。大政所だったかな? 母親の病気見舞いに大坂に行ってるんだとさ。でも、留守だったのは向こうの都合だろ。北条の現当主と前当主が揃って頭を丸め、上洛までして礼を尽くしっていう事実は動かない。小田原に戻ったら『卑怯者の秀吉は仮病を使って会おうともしなかった』とか何とか吹聴して民衆の敵愾心を徹底的に煽ろう」
「えぇ~っ! それって趣旨が変わってるんじゃないの?」
ここぞとばかりに萌が絶叫したので大作は耳がキーンとなった。
そこまで驚くような話なんだろうか。豊臣との戦は不可避っていう方向性は全員の合意が取れていたはずなんだけどなあ。大作は心の中で苦虫を噛み潰すが決して顔には出さない。
「秀吉の代わりに対応してくれたのが秀長でさ。そいつと話をした感触から総合的に判断した上で出した結論なんだよ。奴は穏健派らしくて、あのままだと小田原征伐その物が無くなりそうな雲行きだったんだ。こういうのは現場の判断が優先されて然るべきだろ?」
「しょうがないわねえ~。一つ貸しよ」
「いやいや、貸しとか借りとかじゃないからさぁ~」
一行はそのまま進んで行くが周囲には延々と田舎道が続くだけだ。これといって見るべき物は何も無いので退屈でしょうがない。
半時間ほど歩くと四条大路に沿うように川が東から西に向かって流れていた。古い地図によると東洞院川が室町小路から西洞院大路を通って西洞院川に繋がっているらしい。
今にも壊れそうなボロい橋が架かっていたので戦々恐々としながら渡る。
「この橋、渡っても大事無いのかしら。今にも壊れそうよ」
「だったら真ん中を渡れば良いんじゃね? この端、渡るべからず。なんちってな」
「はいはい、繰り返しはギャグの基本ね。偉い偉い」
半笑いを浮かべたお園がツルツル頭を嬉しそうに撫でる。大作は悔しげに唇を噛み締めることしかできない。
ここは何とかして威厳を取り戻さねば。何かもっと面白いネタは無かったっけかな。思い出した!
「この辺りには西の離宮があったから西院って地名がついたらしいな。そんで『さい』が転じて何時の頃からかこの河原を『賽の河原』と呼ぶようになったんだとか」
「へぇ~! 賽の河原って本当にあったのね。私、なんだかちょっと怖いわ」
「でも、ボロいとはいえ橋が架かってるんだぞ。往来自在な三途の川ってちょっとアレだよな。そう言えばこの時代にはここが十五歳以下の子供の葬送地らしいぞ」
「もぉ~う、大佐ったら! 凄気なる話は聞き飽きちゃったわよ」
大作とお園はいつもの如く他愛のない話で盛り上がる。すると顔を曇らせた氏政が遠慮がちに口を挟んできた。
「新九郎よ。親子と嫁が揃って三途の川を渡るとは縁起でも無い話じゃな。儂も何やら恐ろしゅうなってきたぞ」
「父上、ご安堵下さりませ。拙僧は父上より長く生きて見せましょう。長生き致します。絶対にだ!」
史実ではたったの一年四カ月だけれど氏直の方が長生きする。決して嘘は言っていない。大作は心の中でほくそ笑んだ。
そんな阿呆な話をしながら進んで行くと西大宮大路と四条大路の交差点から南東の方向に大きなお寺が建っていた。
これって高山寺? いやいや、この時代にはまだ高西寺って呼ばれてたんだっけ。
このお寺も秀吉の御土居建設で強制移転させられるらしい。もういっそ被害者の会でも作ったらどうじゃろう。
「これが天下に名高い子安地蔵尊だぞ。『奴は京都六地蔵の中でも一番の小物。地蔵の面汚しよ!』とか言われてなきゃ良いけどな。安産と子授けのご利益もあらたかな有り難いお地蔵さんなんだとさ。銀閣寺を建てた室町幕府八代将軍に足利義政とかいう奴がいただろ? その奥さんの日野富子もここで祈願したお陰で男児に恵まれたとか恵まれなかったとか」
「本当に銀閣寺を建てたのは大工さんなんだけどね。それはそうと日野富子っていえば三○佳子でしょう? あの人を見ていると男児に恵まれたなんてとてもじゃ無いけど言えないわよね」
萌が底意地の悪そうな笑みを浮かべながらさらりと毒を吐いた。
相変わらず際どいコースを攻めてくるなあ。大作は危ないネタには関わりたくないのでガン無視を決め込む。
「まあ、史実でも足利義尚って応仁の乱の元凶だしな。幕府衰退の切っ掛けを作った張本人なんだもん。とてもじゃないけど男児に恵まれたって感じじゃないよな」
「そう申さば新九郎とお督殿も未だ男児に恵まれておらぬな。さては是非、詣で仕らん」
氏政が急に眼を輝かせながら先頭に立って歩き出した。
だがちょっと待って欲しい。もしかしたらこれってマタハラじゃね? 大作は氏政の僧衣の袖を掴んで引き留める。
「お待ち下さりませ、父上。今のお言葉は聞き捨てなりませぬぞ。お園、じゃなかった。お督にはちゃんと娘がおるではありませぬか。何て言ったっけ? えぇ~っと…… あったあった、宝珠院殿と摩尼珠院殿の二人を産んでおるのです。男児が産まれないから恵まれておらぬ? そんな女性蔑視発言は企業コンプライアンスの観点から看過できませぬぞ」
「い、院殿じゃと? 其は戒名ではござらぬか? 縁起でも無いことを申すではないぞ」
気になるのはそこかよ~! いやいや、二人の娘ってあのチビッ子姫だよな。それを戒名で呼ぶのはさすがに不味いか。反省反省。
とは言え、摩尼珠院殿は文禄二年(1593)に夭折。宝珠院殿とやらも慶長七年(1602)に十八かそこらで没しちゃうそうな。
まあ、そんなことを言ったら氏直だってこのままだと二年後には疱瘡で死んでしまうんだけれど。
こんな阿呆な話、真面目にするなんて時間の無駄だな。大作は急にやる気が失せてきた。
「がっかりですな。父上には些か失望致しましたぞ。父上はナチスに例えるならばアドルフの父親、アロイス・ヒトラーみたいな立場にございましょう? その発言は下々の者どもらに北条の意思を体現する物と受け取られるのです。もっと自覚と責任を持って下さりませ」
「ちなみにアロイスは私生児として生まれ、父親が誰かも分からないのよ。だから四十歳くらいまでシックルグルーバー姓を名乗っていたんですって。もし継父が嫡出子として認知してくれなければヒトラーだってアドルフ・シックルグルーバーになるところだったんだから」
萌が鬼の首でも取ったかのようなドヤ顔を浮かべながら取って置きの無駄蘊蓄を披露する。
大作は無駄蘊蓄に関して萌と争う気はとっくの昔に消え失せていた。軽く頷きながら空虚な笑みを浮かべると相槌を返す。
「もしそうだったら六十年後にナチスの連中は『ハイル・シックルグルーバー!』と叫んでいただろうっていう有名なネタだな。でも、それくらいなら余裕でアリなんじゃね? ちなみにドイツで最も長い姓はオットーフォアデムゲンチェンフェルデって言うらしいぞ。ハイル・オットーフォアデムゲンチェンフェルデ!」
大作は背筋を伸ばすと右手の掌を下にして斜め上に掲げる。同時に踵を強く打ち合わせた。その瞬間、鈍い音が響く。
あっ痛たたた! 鋭い痛みに思わず顔を顰めた。草鞋を履いてこれをやっても良い音なんて出ないんだっけ。己の学習能力の無さに大作は激しく後悔する。
暫しの気不味い沈黙の後、曖昧な微笑を浮かべた氏政が様子を伺うように口を開いた。
「新九郎よ、気は飽いたか? しからば子安地蔵尊へと、いざ詣で仕らん」
「で~す~か~ら~~~! 子供がいないってそんなに悪いことですか? 『LGBTは生産性がない』みたいな? そんなん言い出したら、ヒトラー総統だって子宝に恵まれておらぬではありませぬか。父上には……」
「行きましょうよ、大佐。私、男児に恵まれたいわ」
突如としてお園が大作の反論を遮るように口を挟む。そしてみんなを引っ張るように先頭に立って歩き始めた。
「私だって男児に恵まれたいわよ!」
「某も同じにございます!」
「私も、私も! 今時分、男児に恵まれたくない者なんてそうはいないわよ」
例に寄ってみんなが付和雷同する。相変らず主体性の無い奴らだ。それにしても男児ってそんなに望まれている物なんだろうか。
そう言えば赤毛のアンでも最初、マリラは男の子が欲しいって言ってたんだっけ。でも、マシューは最後『わしは一ダースの男の子よりも、アンの方がいいよ』と言ってたような。やっぱ、長年一緒に暮らしていれば情も移るって物なんだろう。
そもそもスペンサー夫人は本当に手違いでアンをカスバート家へ行かせたんだろうか? 大作は長年それを疑問に思っていた。
まさかとは思うけれど確信犯なんじゃなかろうか。男の子を希望する里親のところにも最初は女の子を行かせる。手違いだと分かって引き取りに行くまでの数日間で情が移ることもあるだろう。そしてそのまま引き取ってしまう里親もいるに違いない。策士策に溺れずんば虎児を得ず。
スペンサー…… 恐ろしい夫人……! 感心のあまり大作はガラスで出来た仮面の白目になってしまった。
お園の後ろに金魚の糞みたいにくっ付いた一行は小さな山門を潜った。すぐ脇に目をやると涎掛けをした巨大なお地蔵さんが立っている。境内には他にも涎掛けをした小さなお地蔵さんがたくさんならんでいた。
「ここがかの有名な浄土宗高山寺だぞ。この時代にはまだ高西寺なんだけどな。川端康成の『古都』や日本最古の漫画とも言われる国宝『鳥獣人物戯画』とかで有名だろ?」
「大作、それって残念ながらどっちも栂尾山の高山寺よ」
「そ、そうだったな。まあ、高山寺なんてよくある名前だ。みんなも気を付けてくれよ」
「大佐こそ気を付けて頂戴ね。さっきからちょっと間違いが多いみたいよ」
今度も大作は黙って唇を噛み締めることしかできない。もう無駄蘊蓄は萌にバトンタッチした方が良いのかも知れんな。いやいや、無駄蘊蓄は唯一の楽しみ。心のオアシスであり明日への活力でもあるんだ。それを捨てるなんてとんでもない!
閃いた! わざと嘘を交えて話せば良いんじゃね? そうすれば間違えたのか嘘だったのか誰にも分からん。もちろん自分にもだ。よし、それで行こう。大作は考えるのを止めた。
ぶっちゃけ子宝になんて恵まれたくも何とも無い。どうせ豊臣を倒したら山ヶ野に戻るはずなんだし。大作は適当にお参りすると足早に寺を後にする。
まずは西大宮大路に戻ると再び道を南下した。そのまま道を真っすぐに進んで行くが見事なまでに何も無い。時折、道沿いに西七条村や梅小路村、唐橋村といった小さな村が姿を現す他は田畑か原野が広がるのみだ。
みんな退屈で退屈で死にそうだ。おまけに腹は減るは足も疲れるはで倒れそうだ。一同揃って顔色は暗く、口数も少なくなってくる。
日が西の空に傾いたころ目の前に神社が現れた。どうやら今日はこの辺りが限界のようだ。鳥居を潜ると参道の端っこを通って本殿を目指す。
「どうやらここが吉祥院天満宮らしいな。今晩はここに泊めてもらおうか。頼もう! 宮司殿にお目通り願いたい!」
「これはこれはお坊様方、今日は如何なるご用向きにて?」
白装束を着た神職らしき若い男が中から現れる。こいつが宮司なんだろうか? 何だか随分と若く見えるんですけど。
「拙僧は大佐と申します。ロボットにより通信回路が破壊されて難儀しておりましてな。どうか、一夜の宿をお借りできませんでしょうか? 雨露をしのげるだけ結構でございます。拙僧が政府の密命を受けていることもお忘れなく」
「ろぼっと? にございますか。それは難儀なことにございましたな。さあさあ、遠慮無うお上がり召されませ。時にお坊様方は北から下って参られましたな。道々、怪しげな者どもに会われませんでしたかな?」
「怪しげな者どもですと? 盗人でも現れましたかな?」
「いやいや、何者かが北野天満宮の真正面に生首を置いていったそうな。都中が上を下に返して慌て騒いでおるそうですぞ。つい先ほども所司代の侍が血相を変えて走り回っておりました。そうそう、先ほどは……」
またやってしもたぁ~! 顔を歪めた大作がツルツルのスキンヘッドを抱えて唸り、女性陣や相州乱破は呆れ顔でそれを見守る。
神職はまるで他人事のように楽しそうに噂話に興じていた。




