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巻ノ弐拾 夢で逢えたら の巻

 街道から外れているので道がさっぱり判らないが二人は獣道みたいな山道をひたすら西を目指していた。

 お園が不安そうに大作の様子を伺いながら聞く。


「道に迷ってないわよね?」

「せいぜい百メートル、ってか五十間くらいか? こんな低い山で迷うはず無いよ。それに俺には水天宮様のご加護が付いてるんだ」

「水天宮様って水難と安産の神様じゃなかったかしら?」

「山で迷わなければ溺れたりしないし、子供だって元気で無事に育つだろ。全ての神様はリンクしているんだ。問題は無い」


 大作は山の怖さなんて全然知らないので気楽に答える。地図を見る限りでは断崖絶壁や滝に遭遇する可能性は無い。ひたすら西を目指せば何とかなるはずだ。

 西遊記の一向もこんな気分だったんだろうと大作は勝手な想像をした。


 一時間ほどで平野に出た。遠くに山が見えるので南側を通ることに決めて南西に向かう道を進む。小さな川を何本も歩いて渡ると二時間ほどで海沿いに出た。

 そこからは東海道ほどでは無いがちゃんとした道なのでずいぶんと楽になった。


 日が暮れる前に二人は太田川にたどり着いた。

 例によって川の流れが現代とは大きく異なっているようだ。かなり広い川が低地を蛇行している。

 スマホで確認すると浅羽湊とかいう港らしい。外洋から来た大型船から荷を十メートルくらいの小舟に積み替えている様子が見える。

 江戸時代初期に太田川の改修工事があったり、宝永四年(1707)に地震で陸地が二メートル上昇したりするらしい。どうりで地形が変わるわけだ。


 大きな川なので歩いて渡るのは難しそうだと思っていたら渡し船があった。

 お園がとびっきりの笑顔で頼んだおかげだろうか、日暮れ間際だったが何とか乗せてもらうことができた。大作は自分一人だったら危なかっただろうと思った。


 川を渡ったところで一泊することに決める。

 いつものようにテントを張ろうとする大作にお園が声をかけた。


「私にもてんとの建て方を教えてくれない? 前からやってみたかったの」

「うっ、う~ん」

「駄目?」


 大作は少し戸惑う。これ以上俺から仕事を奪わないで欲しいんだけど。でも何にでも興味を持つお年頃なんだろう。そんな顔で迫られたら断れない。


 初めての二人の共同作業はわずか五分で終わった。大作はお園が器用なのを改めて思い知らされた。


 夕飯は安倍川餅を作った時の残り物の黄粉を雑炊に入れてみたが微妙な味だった。こんな残念な結果になるくらいなら温存しておけば良かった。大作は激しく後悔したが後の祭りだ。


「明日もいろいろあるぞ。天竜川を渡ったり浜名湖を通ったり。豊橋、じゃなかった。この時代には吉田だったっけ。その辺まで行けるかな」

「吉田には何があるの?」


 出たよ。マジでもう勘弁して欲しいんだけど。ここは一発ガツンと言ってやろうと大作は覚悟を決める。


「聞けば何でも答えが返って来ると思うな! 自分の頭で考えろ!」

「え~~~!」

「ごめんごめん。実は何も知らないんだ。でも大きな町だからきっと何かあるよ。そこから船に乗ろうかと思ってるんだ」


 お園はちょっとふくれっ面をしているが本気で怒ってる訳では無さそうだ。

 明日もたくさん歩く。歯を磨いて川の水で体を洗ったら二人はとっとと寝りに就いた。




 気が付くと殺風景な白くて狭い部屋に萌が立っていた。これは夢だと大作は直感した。


「久しぶりね。元気にしてた?」

「まあ元気かな。お前も元気そうだな」


 夢と真面目に話してどうするんだ。そう思いながらも大作は返事をする。


「私は1920年のミュンヘンにいるわ。ヒトラーにも会ったわよ。あんたはどこにいるの?」

「なんでミュンヘンに? 羨ましいぞ。俺は1550年だけど秋葉原から動いてなかったんだ。歩いて浜松まで来たところだ」

「羨ましいのはこっちよ! 私と代わりなさいよ!」


 これって本当に夢なんだろうかと大作は思う。宇宙人だか未来人だかの力で萌とコミュニケーション出来ているのではないのか。だがそれを証明する方法が思いつかない。


 萌しか知らない秘密を聞いてそれが事実と証明できれば良い。だがどうやって答え合わせするのだ。頭の良い萌のことだ。すでにその可能性は考慮しているだろう。大作は考えるのを止めた。


「九州の龍造寺に行ってみようかと思うんだけど将来性あるかな?」

「あんたらしい微妙なチョイスね。リトアニアで第二次大戦を戦うよりはマシなんじゃ無い? 私なら断然毛利だけど輝元様が生まれる三年前か。元就に取り入るのはあんたには無理よね」

「元就と信長だけは死んでも嫌だぞ。龍造寺以外でマシなのあるか?」

「昔、良く考えたじゃない。菱刈金山を使いなさいよ」


 大作はとんでもない大物を忘れていたことに気付かされた。


 戦国○衛隊の序盤で伊○三尉は長尾景虎に佐渡金山の存在を教えている。そして佐渡島を支配する本間氏を海上自衛隊の哨戒艇で撃破するイベントが発生する。後にも先にも哨戒艇が活躍するのはあそこだけなのだ。


 菱刈町は江戸時代からの産金地だが菱刈金山が発見されるのは昭和五十六年(1981)だ。戦国○衛隊が発表された昭和四十六年(1971)にはまだ発見されていなかった。


「薩摩との本格的な戦闘まで四年あるわね。金を掘って戦力を整えるには十分な時間でしょ。1560年くらいまでに薩摩を打倒できるかしら。それと信長のような特定の勢力が強大化しないよう工作を行うのは基本中の基本よ。毛利を利用するつもりが無いなら厳島の戦いに介入して陶を勝たせるのも面白そうね」

「輝元はどうなっても良いのか?」

「どうせ輝元様は天下人の器じゃ無いわ。駄目な子だから可愛いのよ」


 母性本能をくすぐられるってやつなんだろうと大作は納得する。俺の方の問題は解決した。萌は何か計画とかあるんだろうか。


「萌はどうするんだ? やっぱ核開発か?」

「あんた本当に核兵器が好きね。ドイツから戦争を始めなくてもソ連は強大化するしアメリカとの覇権争いもあるから結局は誰かが作るわね。やるしかないわ」

「俺には出来そうも無いから代わりに作ってくれ。頑張れ! 頑張れ! 出来る! 出来る! 萌なら絶対出来る!」


 大作は上機嫌で囃し立てる。自分が開発できないのは残念だが萌がやってくれるだけで十分に満足だ。だが、萌は浮かない顔をしている。


「問題は予算よね。石油も石炭も安い時代だから原子力発電の経済的優位性はアピールできないわ。こっちにも未発見の金山が無いかしら」

「原油はどうだ。サウジのダンマン油田やクウェートのブルガン油田は1938年発見だぞ」


 萌の表情が暗いことに大作はまったく気付かず有頂天だ。萌が何だか申し訳なさそうに口を開く。


「ところで、言い忘れてたけど菱刈金山は露天……」

「うわらば!」




 大作は頭に激しい痛みを感じて目を覚ました。お園が痛そうにおでこをさすっている。寝相が酷いとは思っていたがよりによってヘッドバットかよ! 頭が割れるかと思ったぞ。

 それはそうと別れの挨拶もせずに夢から覚めてしまった。萌に変に思われていないだろうか。でも電話と違って掛け直すこともできない。次に会った時に謝らないと。

 とはいえ助かった。大作はお園に礼を言っておこうと思う。


「ありがとう、お園。おかげで夢を忘れずにすんだ。萌の夢を見たんだ」

「萌?」


 お園の表情が曇る。正直に夢の内容まで話す必要は無かったと大作は後悔したがすでに手遅れだ。


「化粧は全然して無かったぞ。すっぴんも良いとこだった」

「そんな言い訳しなくて良いわよ。気にして無いから」


 じゃあなんでそんなに悲しそうな顔をしてるんだよ。お園に化粧道具を買ってやった方が良いのだろうか。でも僧侶が化粧道具を買ってたら店の人にどう思われるんだろう。

 例によって大作の勘違いはとんでもない方向へ向かっていた。


 時計を見るともうすぐ夜明けだったので少し早いが起きることにする。

 薄暗い中で朝食を済ませて日が登るころに出発した。


 西に二時間ほど歩くと天竜川に着く。毎度のごとく現代とはかなり地形が異なっている。洪水の度にしょっちゅう河道が変化していたらしい。家康の時代に大規模な治水工事が行われるはずだ。


 河口に近いせいもあって大井川と同じくらい巨大だ。一キロくらいはある。とはいえ浅いし流れも緩やかなので二人は大した苦労も無く渡ることができた。

 それにしても昔の人はなぜ川に橋を架けないんだろう。二十一世紀では税金の無駄遣いみたいな橋が一杯あるのとは対照的だと大作は思った。


「お園は今まで渡った川の数を覚えているか?」

「急にどうしたの大佐? 覚えてないわ」

「ネタにつきマジレス禁止って言ってこういう時は何か面白いことを言ってボケないといけないんだ。何でも良いからボケてみそ」

「え~ 百から先は覚えてないわ。大佐は覚えてるの?」


 凄い! これが本物の天然ボケって奴なのかと大作は感心した。ちなみに元ネタは世紀末っぽい格闘漫画だっけ?


「聞きたいか? 昨日の時点で六万五千五百三十六だぞ。お園、今日の川は?」

「そんなの知らないわよ。大佐の生国は川だらけだったのね」


 小休止の後、北西に向かうと半時間ほどで東海道にぶつかった。この辺りで東海道が大きく南下しているのだ。

 ここであえて東海道を通らずにそのまま北西に向かうと半時間ほどで浜松城の横を通る。この時代は引馬城だか曳馬城だかいう名前で呼ばれていたらしい。

 今川に仕えている飯尾乗連とかいう人が城主だそうだ。しかしWikipediaを見ても桶狭間で死んだのか死ななかったのかも判らないような人物だ。


 北北西に向かって二時間ほど歩くと三方ヶ原の辺りを通る。家康が信玄にボロ負けしたという例の台地だ。

 大作は家康も大嫌いだった。う○こたれ蔵の分際で偉そうにしやがって。あそこで死んでたら面白かったのにと思ったがお園にそんな話をしても通じないので黙っていた。




 大作は東海道を通らず浜名湖の北を通って本坂峠を越える道を選んだ。当時は本坂道、本坂街道、本坂通りなどと呼ばれていた。幕末には姫街道と呼ばれるようになる道だ。


 浜名湖はもともとは名前の通り湖だった。遠州灘とは浜名川で繋がっており川には浜名橋が掛かっていた。しかし明応七年(1498)に起きたM8.2~8.6の巨大地震で砂州が大規模に決壊して海と繋がってしまう。この決壊した部分を今(最近)切れたから今切(いまぎれ)と呼んだ。

 この時代には新居と舞坂間の二十七町(約三キロ)を今切渡(いまぎれのわたし)が二時間ほどで結んでいたらしい。

 ちなみに新居と舞坂間の距離はその後の津波の被害で元禄十二年(1699)には一里、宝永四年年(1707)には一里半に広がったそうだ。


 たった三キロの気軽な船旅のようだが川の渡し船と違って海では太平洋の荒波が直撃する。『法螺でない荒井の津波路』と言われる危険な難所だったのだ。


「これが浜名湖だぞ。日本で十番目に大きな湖だ。汽水湖(きすいこ)って言って海と繋がってるから少し塩辛いんだ」

「それって湖じゃなくて海なんじゃないの? 入江と汽水湖ってどう違うの?」

「知らん!」

「も~ 大佐っていつもそれね」


 お昼前に浜名湖の北西に着いた。

 都田(みやこだ)川の手前には十メートルほどの小高い丘があり、その先っぽに刑部(おさかべ)城という砦と言った方が良さそうな小さな城が建っていた。

 渡し船に乗せてもらって都田川を越える。葭本(よしもと)川との間に大きな三角州があり、その中に堀川城が見える。


 永禄十一年(1568)に家康はこの城を攻める。わずか一日の戦闘で城に逃げ込んだ老若男女併せた農民たち千人が殺された。

 さらに半年ほど後に捕えた七百人を斬首して都田川の堤にずらり並べたらしい。


 大作はスタンリー・キューブリック監督のスパルタカスという映画のラストを思い出す。

 こういう悪趣味な話は大嫌いだ。信長は本能寺でみっともなく死んでるから因果応報で良い気味だが家康は天寿を全うしているのでムカつく。最優先排除対象は信長だが、次点は家康だなと大作は頭の中のto do listに記入した。


 浜名湖の北岸を西に向かって三時間近くも歩く。浜名湖の大きさが実感できる。浜名湖には多くの川が流れ込んでいるが小さい川が多いので苦労はしない。

 遙か遠くに高い山が見えて来る。


「あの山を越えるぞ。本坂峠ってところだ」

「あんなに遠いのに大きく見えるってことは険しい峠なの?」


 大作はスマホで確認する。三百二十八メートルだと! 相良油田に行ったおかげで標高二百五十二メートルの小夜の中山をスルーできたと思っていたのに。まあ箱根峠の八百四十六メートルに比べたら屁みたいな物だ。頑張るしか無い。


「箱根峠の半分も無いよ。元気出して行こう」

「大佐こそ元気出してよ。頑張れ! 頑張れ! 出来る! 出来る! 大佐ならきっと出来る!」


 うわ~。励ますつもりが励まされてしまったぞ。っていうかお園のノリの良さに大作は感心する。


 湖を通りすぎて平野を一時間ほど歩くと徐々に道が険しさを増す。時刻は十五時過ぎていた。

 険しいとはいえ山道自体は六キロほどなので何とか山を越せそうだ。怪我して動けなくなったりしないようにだけ注意して慎重に歩を進める。


 本坂峠の真下には大正四年(1915)に旧本坂トンネルが作られる。正式名所は本坂隧道。全国でも有数の心霊スポットだ。

 トンネル内で車のエンジンを止め、ライトを消して、クラクションを三回鳴らすと出るらしい。

 まあ真昼間だし大丈夫だろう。そもそもトンネルができるのは三百年以上も先の話だ。


 曲がりくねった山道を抜けて平野に降りる。日が暮れる直前に嵩山(すせ)に滑り込むようにたどり着いた。

 北側の山に月ヶ谷城(わちがやじょう)が見える。例によって典型的な山城だ。


 小川のほとりに二人でテントを張り、夕飯を作る。


「吉田には着けなかったわね」

「思ってたより山道が長かったな。油断してたよ。明日は吉田で托鉢しよう。ついでに伊勢国(いせのくに)へ行く船を探そう」

「いよいよ船に乗るのね。渡し船より大きな船に乗るの初めてだから楽しみだわ」


 ここから三十キロも進めば織田や斉藤の支配地域だ。現在も今川と散発的な戦闘を繰り返しているので進むのは危険だ。

 船旅も安全とは言えないが外洋に出る訳では無いので戦闘地帯を歩くよりはマシだろう。

 それに、織田信長との遭遇なんてイベントは絶対に避けたいと大作は考えていた。


 今日も山道を歩いて非常に疲れたので二人はすぐに横になった。もし夢で萌に会ったら昨日のことを謝った方が良いのだろうか。そんなことを考えているうちに大作は眠りに就いた。


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