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巻ノ百九拾九 牛若丸VS弁慶 の巻

 翌日、朝早くに大作たちは目を覚ました。一同は気合を入れて体を清め、身だしなみを調える。大作はお園に手伝ってもらってスキンヘッドを剃り直す。

 ついでに嫌がる氏政に対して頭を丸めるよう説得する。何だかんだと言い訳する氏政の抵抗は半端ない、だが、女性陣を総動員して煽てたり宥め賺したり脅したりした結果、ようやく剃髪させることに成功した。


「しかしまあなんですなあ、父上。やはりダンディーなお方はどんなヘアースタイルをされてもお似合いですな。『王様と私』のユル・ブリンナーみたいですぞ。って言うか、どっちかというと刑事コジャックみたいな? なあ、お園。お前からも褒めて差し上げろ」

「大佐、それはテリー・サバラスよ。それにしても、お義父様。坊主頭もとってもお似合いにございますよ。時につるつる頭だと怪我をしないってご存じにありましょうや? 毛が無いと怪我無いを掛けておるそうにございます」

「そうかのう、真に似合うておるか? まあ良いわ。今さら似合うておらなかろうが俄に生えてはこぬ。さすれば、いざ聚楽第へと参ると致そうか」

「いやいや、まだ朝餉を頂いておりませぬぞ。まずは腹ごしらえを致しましょう」


 その言葉を待っていたかのように静かに襖が開き、次々と膳が運ばれてきた。御飯は白米、漬物は千枚漬け、味噌は京風の白味噌、名前の分からない魚の干物も並んでいる。昨日の夕餉に比べれば幾分か質素だが大作たちにとっては十分にご馳走だ。

 いつになく真剣な顔でそれを味わっていたお園がちょっと首を傾げながら口を開いた。


「この白いお味噌汁、昨夜と違って何とも雅な味わいがいたします。何か工夫をされておられるのでしょうか?」

「おお、御裏方様。お気付きになられましたか。これには二番出汁を使うております。甘めの味噌には良く合うておりますでしょう」

「左様にございますか。左衛門尉様、お味噌汁、本に美味しゅうございました。(わらわ)はもう走れません。大佐。私、この白味噌と出汁が気に入ったわ。お土産はこれにしてちょうだいな。お願いよ」

「はいはい、分かりましたよ。大岡様、後で清算致します故、白味噌と昆布と鰹節を適当に見繕って頂けますかな。ああ、それと大根を三本ばかりご用意下さりませ。宜しゅうお頼み申します」


 大作が深々と頭を下げると酒井忠次が迷惑そうな顔をしながらも頷き返してくれた。

 食事を終えた一同は食器を台所まで運ぶと丁寧に洗って返す。梅さんは何だか呆れたような顔をしていたが空気を読んで何も言わなかった。




 大作と氏政は昨日に買っておいた白装束に着替えると屋敷の表へ出た。玄関脇にはオーダーした通りの磔柱が並べて置いてある。注文した通りに金箔を貼った張りぼて製だ。これなら非力な大作でも軽々と担ぐことができるだろう。って、違うやんか~!


「これって…… これって十字架形をしておりませぬぞ! まるでロシア正教会の八端十字架の出来損ないみたいじゃありませぬか」

「何を申されまするか、左京大夫様。磔柱と申さば斯様な形をしておる物ではござりますまいか。もしや、斜めにさし交わした物をお望みにござりましたか?」

「あ、あぁ~ いや、一般の方がこれを磔柱だと認識しておられるのならばこれで結構にございます。どっちにしろ今からでは作り直す時間もござりませぬ。無礼なことを申し上げて相済みませんでしたな。では、父上も担いで下さりませ」

「お、おう。何じゃ、思うておったより随分と軽いのう」


 最後にみんな揃って酒井忠次に深々と頭を下げると丁寧に礼を言う。

 氏政と氏直の親子は仲良く磔柱を担ぐと今出川通を東へ向かって歩き始めた。女性陣は例に寄って金魚の糞みたいに後ろにくっ付いている。

 いやいや、折角の綺麗どころだ。精々、客寄せパンダとして役に立ってもらわねば。それと相州乱破の連中も遊ばせておくわけには行かん。


「メイ、どっかその辺で笛を買ってくるんだ。そんで、何でも良いから明るい曲を吹いてくれるかな~?」

「い、いいとも~!」

「それと、ちゃんと領収書をもらってくるんだぞ」

「りょうしゅうしょね。メイ、わかった!」


 満面の笑みを浮かべたメイは小さくウィンクすると風の様に走り去る。本当に分かってるんだろうか。まあ、別にどうでも良いんだけれど。

 それはそうと、あいつの今のボディーはくノ一でも何でもないはずだ。確か敦姫とか言ったっけ。甲斐姫の義理の姉だか妹だか。それにしては運動能力が高いなあ。


 さて、今度は相州乱破たちだ。大作は風魔小太郎だか小次郎だかを手振りで呼び寄せる。


「出羽守殿、一つお願いして宜しいかな」

「へえ、御本城様。何なりとお申し付け下さりませ」

「風魔党の方々を先行させて噂を流して頂きたい。北条の現当主と前当主が揃って頭を丸め、死装束を着て磔柱を担いで聚楽弟に参内するといった体でお願い致します。それと、二人ばかり聚楽弟にやって様子を見張らせて下さりませ。何か動きがあれば小さなことでもすぐに知らせるようお頼み申します」

「御意」


 素早く風魔党が集合すると暫しのやり取りの後、全員が何処へともなく消えて行く。

 今の説明で本当にちゃんと分かってくれたんだろうか。激しく不安でしょうがない。とは言え、なるようにしかならん。大作は考えるのを止めた。


「サツキ、悪いけどちょっと野暮用を頼めるか? そこいらへんで餅でも干し柿でも何でも良いからちょっとしたお菓子を山ほど買ってきてくれ。そんで道端の人に配って回るんだ。駅前のティッシュ配りみたいにな」

「てぃっしゅくばり? 何故に斯様なことをなさるのでしょうか?」

「ちょっとでも北条のイメージを良くするためだよ。食べ物をくれる奴に悪い奴はいないだろ? まあ、何でも良いからLet's go!」

「御意!」


 サツキと入れ替わりに篠笛を大事そうに抱えたメイが息を切らせて戻ってきた。


「ごめんなさい、大佐。りょうしゅうしょは貰えなかったわ。斯様な物は置いておらぬの一点張りよ。京の都って存外と不便なのね」

「大丈夫、気にしなくても良いよ。よく領収書が無いと経費で落ちないとか言うけど、アレは嘘なんだ。支払っていなことを証明する義務は税務署の側にあるんだ。替わりに出金伝票に今日の日付、金額、店の名前、内容を書いておいてくれるかな。小田原に帰ったら経理に渡して清算してもらってくれ」

「分かったわ」


 本当に分かってるのかよ! 大作は何だか馬鹿にされているような気がしてしょうがない。だが、自分が阿呆なことを言っている自覚もそれなりにはある。そんなわけで黙って唇を噛み締めることしかできない。ここは大人な対応をしておく方が吉だろう。大作は考えるのを止めた。




 そんな阿呆なやりとりをしている間にも一行は相国寺の南側を通り過ぎる。暫く歩くと鴨川が目の前に迫ってきた。

 何か知らんけど例に寄って回りには田園地帯が広がり、人家も急に疎らになってしまう。

 二十一世紀の地図を見ながら進む大作は周囲に広がる景色との落差に混乱を禁じ得ない。


「もしかして、この道が平安京の東端だった東京極大路なのかな? 鴨川の川幅が広過ぎて良く分からんけど現代の河原町通に相当するとかしないとか。その辺りに大根焚寺として有名な法輪山(ほうりんざん)了徳寺(りょうとくじ)が建っていないかな?」

「だいこだき? それって何なのかしら? もしかして美味しいの?」

「食ったこと無いから知らん! 青首大根と揚げ豆腐を塩と醤油で味付けして大釜でじっくり焚くんだそうだぞ。まあ、お腹が減ってれば何でも美味しいんじゃね?」

「じゅるる~ 食べたいわねえ。ちょっと寄って行かない?」


 今にも涎を垂らしそうなお園が大作の手を強く引っ張る。だが、誤りは正さねばならん。可及的速やかにだ。


「とっても残念だけど十二月九日と十日だけの期間限定イベントらしいな。ちなみに食べると中風避けになるらしいぞ。スケジュールが空いてたら食べにくれば良いさ」

「何でなの? 何でその日じゃなきゃ食べられないのかしら。毎日作れば良いのにねえ」

「お釈迦様が悟りを開いたのが十二月八日だっていうから何か関係あるんじゃね? これってジョン・レノンが暗殺されたり、真珠湾が奇襲攻撃されたりで因縁深い日でもあるんだぞ」

「暗殺って…… ジョンは政治家でも宗教指導者でもないでしょうに。明らかに宗教とは距離を置いていたと思うわよ」


 黙って話を聞いていた萌が急に血相を変えて割り込んでくる。

 気になるのはそこかよ~! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。


「何かの本で読んだんだけどジョンは神道に嵌まってたそうだぞ。靖国神社や伊勢神宮にも行ったとか何とか」

「神社に行ったことがあれば暗殺扱いされるって言いたいの? そんなの屁理屈だわ。だったら私たちも暗殺されるってことかしら?」


 萌が口を尖らせながら独自の理論というかナニをナニする。お前の方こそ酷い屁理屈じゃないかよ! 大作は心の中でブーイングを浴びせるが決して顔には出さない。代わりに精一杯のドヤ顔を作ると渾身の決め台詞を発した。


「萌は死なないぞ、俺が守るもの!」

「大佐ったら酷いわ。私を守ってくれるんじゃなかったの?」

「いやいや、別に萌だけを守るなんて言ってないじゃんかよ。お園のことが本当に大事だからこそ敢えて省略したんだ。それを理解してくれるかな~?」


 顰めっ面のお園を宥め賺すように大作は必死の形相で食い下がる。

 その、あまりの慌てっぷりに呆れたのだろうか。不意にお園が表情を緩めると堪えきれないといった顔で吹き出した。どうやら冗談だったらしい。

 と思いきや、今度は凄い勢いでサツキとメイが詰め寄ってくる。


「私は? 私も守っていただけるのでありましょうや?」

「某は守って頂けますでしょうか?」

「ねぇ、私も守ってくれる?」


 今度は守ってくれる競争かよ! ってか、何でメイはこんな関西ローカルCMを知ってるんだろう。お釈迦様にも分からない永遠の謎だな。

 いやいや、冷静に考えたらくノ一たちは俺を守るために雇ったんじゃなかったっけ? 大作は考えるのを止めた。




 一同は暫しの間、守ってくれる競争を続けながら南へと歩みを進める。そしてそれが一段落したのを見計らってお園が口を開いた。


「それはそうと了徳寺はどこにあったのかしら? この辺りの何処にもお寺なんて見当たらないんだけれど」

「ああ、それはねお園。秀吉が来年、天正十八年(1590)に京の町並みを整備した後の話しなのよ。あちこちにあったお寺を寺町通の道沿いに集めたんですって。だから現時点では何にもない田園地帯なのよ」

「ふ、ふぅ~ん。そうなんだ。でも、どこかにはあるんでしょう?」

「そ、そりゃあどこかにはあるんじゃあないかしら。どこかにはね」


 そんな阿呆な話をしながら大作たちは殺風景な細道をひたすら南に歩いて行く。周りには例によって田畑が広がっているのみだ。

 それにしても、この田畑の年貢とかは一体どうなっているんだろう。まあ、死ぬほどどうでも良い話なんだけれど。大作は考えるのを止めた。




 四条を過ぎた辺りで道が川に沿って少し右に曲がった。まだ下京惣構(しもぎょうそうがまえ)の外側だが段々と人家が増えてくる。

 大作はバックパックからアルトサックスを取り出してストラップで首からぶら下げた。


「そんじゃあこの辺で景気よくミュージックスタートと行こうか」

「何を吹くのかしら。聖者の行進、宮さん宮さん、ヤンキードゥードゥル、リパブリック讃歌、ボギー大佐。いろんな行進曲を教えて貰ったわねえ」

「いつの間にかメイのレパートリーも増えた物だな。でも、折角だから新しい曲に挑戦しようじゃないか。それは~~~ ドゥルルルルル~ ジャン! 田中穂積作曲の『美しき天然』でした~!」

「それってチンドン屋とかサーカスの曲よね。何だか今のあんたに似合い過ぎて笑っちゃいそうよ」


 ちょっと小馬鹿にしたような顔で萌が口を挟むが大作は華麗にスルーを決め込む。

 変な格好で町を練り歩くっていえば定番のメロディーなんだからしょうがない。


「俺とメイが演奏を担当する。お園は著作権を気にしながら適当に歌ってくれ。萌は踊り担当、サツキはお菓子を配る係りだ」

「えぇ~~~っ! 私、踊りなんてできないわよ」


 萌が不満げに口を尖らせながら大きな声を上げた。

 そう言えば、こいつが踊ってるところなんて見たことなかったっけ。もしかしてリズム音痴だったりして? 大作は上目使いに顔色を伺う。


「だったらお前がお菓子を配るか? 俺はどっちでも良いぞ。だけど働かざる者、食うべからずだ。何かしらやってくれるかな~?」

「はいはい、分かったわよ! 踊りゃ良いんでしょう、踊りゃ!」


 叫ぶように言うと萌は自棄糞気味に手足を振り回す。何だか知らんけどキレッキレの不思議な踊りだ。大作は見ているだけでMPを吸い取られそうな気がしてならない。とは言え、こういう時は褒めといた方が吉だろう。


「素直で宜しい。サツキ。ケチケチせずにどんどんお菓子をばら蒔け。足りなくなったら藤吉郎、その辺の店で適当に補充してくれ。そんじゃあ、Ready, go!」


 二人が演奏を始めた途端に周囲の空気がガラリと変わった。それまで遠巻きに見守っていた子供達が目をキラキラさせながら詰め寄ってくる。

 いや、違う。音楽の力じゃないな。どう見てもお菓子に引き寄せられているらしい。

 大作は心の中で子供たちに『Give me chocolate!』とアフレコして一人ほくそ笑んだ。


 四条大橋から五百メートルほど南下すると広い鴨川に架かった長い橋が見えてくる。この橋って例の超有名なアレじゃね?

 大作は演奏の手を止めると一同の方を振り返っていきなりアカペラで歌い出した。


 牛若丸 (童謡)  作詞 不詳  作曲 不詳


 京の五条の橋の上 大のおとこの弁慶は 長い薙刀ふりあげて 牛若めがけて切りかかる

 牛若丸は飛び退いて 持った扇を投げつけて 来い来い来いと欄干の 上へあがって手を叩く

 前やうしろや左右 ここと思えば またあちら 燕のような早業に 鬼の弁慶あやまった


 この曲は作詞者も作曲者も不詳だが明治四十四年五月に尋常小学唱歌(一)として世に出たらしい。

 大作は念のためにJASRACの作品データベース検索であらゆる著作権が消滅していることを確認する。大丈夫、PDって書いてある。


 歌い終わった大作は一同の顔をぐるりと見回すと不敵な笑みを浮かべた。


「知っているか、お前ら? あれがかの有名な五条大橋だぞ。牛若丸と弁慶が因縁のバトルを繰り広げたところなんだ」

「ふ、ふぅ~ん。それで、どっちが勝ったの?」

「えぇ~~~っ! 知らんのか? あの、歴史に残る一大バトルの勝敗を? お前らそれでも本当に日本人かよ!」


 驚きのあまり大作は暫しの間、言葉を失う。ゆとり世代はこれだから困るな。まあ、自分も人のことは言えないんだけれども。

 もしかして、これはアレか? 年寄りが『儂がお前らくらいの歳のころ、日本はアメリカと戦争しとったんだぞ』とか言ったら若者が『そんで、どっちが勝ったの?』とか返されちゃうみたいな?

 と思いきや、萌がちょっと小馬鹿にしたような顔で鼻を鳴らしながら口を開く。


「アレってそもそも一次資料が無いじゃない。義経記なんて義経が死んで二百年も経ってから書かれた物でしょう。しかも作者は不詳ときてるわ。アレは伝奇物語であって軍記物語ではないのよ」

「私、義経記なら読んだことあるけど五条大橋なんて出てこなかったわ。確か安元二年六月十七日の夜に弁慶が五條天神社で千本目の太刀が良い太刀だったら良いなあって祈誓していたのよ。それで南に向かって歩いていたら義経が笛を吹きながら通り掛かるの。だけど義経は六韜(りくとう)の秘術でひらりひらりと体を躱すばかりで勝負は付かなかったはずだわ」

「完全記憶能力のお前が言うんならそうなんだろうな。だとするとドローってことか。牛若丸って言うほどでもないんだな」


 そろそろこの不毛な会話にも飽きてきた大作は話を無理矢理に纏めようとする。だが、この話題はお園のハートにクリーンヒットしてしまったのだろうか。大きな瞳をキラキラ輝かせると、まるで立て板に水のように次から次へと言葉を繰り出してきた。


「でもね、大佐。弁慶は次の日に仕返ししてやろうって清水寺の山門で待ち伏せするの。そしたら義経に返り討ちに会っちゃうわけ。でも、牛若丸は十五で遮那王(しゃなおう)と名を変え、十六で元服して義経を名乗ってるわ。この時の義経は十八にもなった恥づかしき冠者よ。それなのに牛若丸なんて幼名で呼ぶなんておかしいんじゃないかしら」

「恥ずかしき患者? 間者? 分からん、さぱ~り分からん。わけがわからないよ……」


 恥ずかしいというのは見ている方が気恥ずかしくなるくらい立派という意味だ。しかし大作にはさぱ~りわけが分からない。取り敢えず曖昧な愛想笑いで誤魔化すのが精一杯だ。

 そんな大作の苦境を見るに見かねたのだろうか。やれやれといった顔で萌が助け舟を出す。


「ねえ、大作。そもそも平家物語だと弁慶なんてチラッと名前が出てくるだけで、その他大勢の一人に過ぎないのよ。そして、二人が五条大橋で出会ったって設定は能の橋弁慶や御伽草子の弁慶物語に初めて出てくるの。って言うか、そもそもあそこに見える橋は二十一世紀の五条大橋より三百五十メートルくらい北に架かってるんだもの。この道はもともと平安京の五条大路だったけれど、それを例の増田長盛が天正十八年(1590)に六条坊門通に架け替えて五条大橋って呼んだわけ。それで、そっちが五条通になっちゃって旧五条通の方が松原通って呼ばれるようになりました。めでたしめでたし」

「分からん。さぱ~り分からん。つまるところ何がなんだってんだ?」


 もうギブアップするしかない。大作は伝家の宝刀、捨てられた子犬のような目を使った。


「見りゃあ分かるでしょう。この通りから南には町なんか無いのよ。だって、ここが下京惣構の南側なんだから。この道だって東洞院大路や油小路の交差点にしか家が建ってないじゃないの」

「そ、そうなんだぁ~ んじゃあ、四条大路まで戻るか。な? な? な?」

「しょうがないわねえ~」


 大作は今きた道を引き返そうと、くるりとUターンする。その眼前には鼻水を垂らした子供や赤ん坊を背負った女の子、ヨボヨボの老人、エトセトラエトセトラ。

 なんじゃこりゃ~! 俺はハーメルの笛吹きかよ! 大作は心の中で小さくため息をついた。


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