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巻ノ百九拾六 渡れ!遠すぎた橋 の巻

 走井の名水で喉を潤した一行は再び西へと歩みを進めた。南と北を高い山に挟まれた谷間の細道は人通りも疎らだ。

 走井餅が食べられなかったせいなんだろうか。みんなとっても不機嫌そうにしている。その顔を見ているだけで大作も気が滅入ってきた。

 とは言え、完全に自分で蒔いた種なので誰に文句を言うわけにもいかない。大作はひたすら太鼓持ちに徹してみんなに媚び諂った。


「それにしてもアレだな、アレ…… 今日のお園はいつもに増して美人だな」

「いつもにじゃないわ! いつにもよ」

「そ、そうなんだ…… って言うか、気になるのはそこかよ!」

「そも、今の私は督姫なのよ。見目を褒められてもあんまり嬉しくないわね」


 う、うぅ~ん。女心って複雑なんだなあ。って言うか、何て面倒臭い奴なんだろう。大作は考えるのを止めた。

 そんな阿呆な遣り取りをしながら緩やかな下り坂を十分ほど進んで行く。すると谷間の向こうに広々とした平野が姿を現した。


「これが? こんな物が京の都だっていうのかよ! 何だか田んぼや畑ばっかりだぞ。この時代の京都は人口三十万人の大都会じゃなかったのかよ?」

「だいとかい?」

「日テレで1976年から1979年にかけて放送された石原プロ制作のテレビドラマだよ。視聴率は良かったんだけど諸般の事情で惜しまれつつ終了しちゃったんだ。と思いきや、キャストやスタッフはそのままでタイトルを西部警察って変えてテレ朝に引っ越ししたんだ。ちなみにクリスタルキングに同じタイトルの有名な曲があるけど番組主題歌だったりはしないぞ。んで、話を戻しても良いかな? あんな原っぱが日本の首都だとは情けないな」


 大作は脳内のムッシ()吉崎にお引き取り頂くと素早く話題を転換する。

 だが、どちて坊やと化したお園の追撃は止まるところを知らないようだ。小首を傾げると新たな疑問を口にした。


「しゅと?」

「えっ? 首都って知らない? えぇ~~~っと…… capital city? 確か、最後に遷都の詔勅が出たのは延暦十三年(794)だよな。明治天皇が東京に行ったのだって建前上は行幸じゃん。ってことは二十一世紀に至るまで日本の首都は京の都なんだ。誰が何と言おうと絶対にだ!」

「どうどう、大作。落ち着きなさい。日本の首都が京の都なことに異論はないわ。だけれど、あそこに見えてるのは日本の首都なんかじゃないわよ。この違いが分かるかしら?」


 萌が意地の悪そうな薄ら笑いを浮かべて口を開く。もしかしてこいつ、禅問答でも始めるつもりなのか? 分からん、さぱ~り分からん。

 だが、馬鹿にされっぱなしでは毛利…… じゃなかった、何だっけ? ほ? ほ? そう、北条! 北条の沽券に関わるぞ。大作は余裕の笑みを浮かべると勿体ぶった口調で話し始める。


「知っているか、萌? 広い世界には首都の無い国だってたくさんあるんだぞ。シンガポールやモナコみたいな都市国家。ナウル共和国やバチカン市国みたいなミニ国家。かと思えば首都が複数ある国、名目上の首都と実質的な首都が異なる国もある。稀な例では昔のリビアみたいに季節によって二つの首都を使い分けていたような国すらも……」

「はいはい、もう沢山よ。取り敢えず行きましょうか。あんたの首都にね。ちなみに山科が京都市に編入されたのは昭和になってからよ。あの辺の人は今でも『京都に出かける』とか言うらしいわね」


 が~んだな。穴があったら入りたいぞ。また一つ賢くなってしまうとは。人生、幾つになっても勉強だな。大作は素直に感心した。


 もう少し道を進んで行くと三条街道と伏見街道の分岐点が見えてくる。そこには古そうな道標がぽつんと立っていた。大作は道の脇に腰を降ろすと両の足を投げ出す。


「さて、ここが髭茶屋追分みたいだな。ちょっと一休みしようか。とは言っても、茶屋なんてないんだけどさ」

「追分ですって? いったい何と何の追分なのかしら?」

「こんなに大きく書いてあるじゃん! 真っ直ぐ伸びてるのが京の三条へと続いている三条街道だ。まあ、実体は東海道なんだけどさ。左に曲がると奈良へと続く伏見街道だな。何だったらいっそ、上洛は諦めてこのまま堺を目指すっていうのはどうじゃろ?」

「もおぅ、大佐ったらまた阿呆みたいなことを言い出したわね。どうせ戯れなんでしょう? 私、今度のグルメ旅行を心底から楽しみにしていたのよ。もしもその契りを違うつもりなら覚悟しておいてね。タイムスリップしてきたことを死ぬほど悔やませてあげるんだから」


 そう言うとお園はどす黒い笑みを浮かべた。大作は蛇に睨まれた蛙のように震え上がることしかできない。


「いやいや、勘違いしないでくれよ。俺は沢山ある選択枝の一つを提示しただけに過ぎないんだ。京みたいな内陸都市よりも堺みたいな港町の方が食文化も豊かなんじゃないかと思っただけなんだよ。南蛮貿易とかで変わった食材とかが入ってきてるかも知れんだろ? 京の都なんてスルーするのも一興だと思わんか?」

「せっかくだけど、それはないわね。あと、たったの二里も歩けば京の都なのよ。もうちょっとで着くっていうのに、それを素通りしても何の利も無いわ。京で美味しい物を食べた後に大坂を通って堺へ向かえば良いだけのことでしょう?」

「そ、そうだな。つまんないこと言って悪かったよ。それじゃあ、もうひと踏ん張りしようか」


 非常に緩やかな下り坂を一行は再びのんびりと歩き始める。

 この時代の山科は禁裏御料ということらしいが見た目は他の農村と特に変わったところはない。だが、門跡寺院とか神社が目に付くような気がしないでもない。

 それと、やたらと竹藪が多いよう多くないような。調べてみると竹製品を作ったり、素材として売ったりしているんだそうな。

 山科の中心部辺りまで進むと街道のすぐ右側に六角形の地蔵堂が見えてきた。


「これがかの有名な四宮地蔵だな。ずっと南に見えてるのが山科本願寺跡だ。天文法華の乱で灰燼と化して六十年。今では高い土塁の跡くらいしか残っていないみたいだな」

「法華宗が焼き討ちしたんだったかしら?」

「そうだな、あの時代の延暦寺は物凄い勢力だったらしいぞ。天文法難の時なんて六万の軍勢が京の都に乗り込んで日蓮宗二十一本山に火を掛けて回ったそうな。嘘か本当か知らんけど一万もの信徒が殺されたとか何とか。ナチスに例えると水晶の夜みたいだろ?」


 昔の話なんて大袈裟に書かれてるのが普通とはいえ動員兵力が六万とは凄いなあ。どれくらい統率が取れてたのかは知らんけど。でも、こんだけいれば信長だって瞬殺できそうな勢いだ。まあ、まだ生まれてもいないんだけど。

 大作がそんなことを考えているとメイが小首を傾げながら口を開いた。


「すいしょう? それって美味しいの?」

「今度はお前まで食いしん坊キャラかよ! いやいや、そんな物を食ったらお腹を壊すぞ。crystal? 六角柱に結晶した石英だな。本当は透明なんだけど不純物によっていろんな色になるぞ。宝石って奴らは大抵がそうなんだ。クロムが混じった赤いルビーとか鉄やチタンが混じった青色いサファイアとかさ」

「その説明は分かり辛すぎるんじゃないかしら。この時代の人には玻璃(はり)って言えば分かると思うわよ。『瑠璃も玻璃も照らせば光る』って言うでしょう?」


 あまりといえばあんまりな大作の説明を見るに見かねたんだろうか。萌が話に強引に割り込んでくる。だが、その善意の行動は大作の安っぽいプライドをいたく傷つけた。

 もう、どうにでもなれ~! 大作は秘技、話のちゃぶ台返しを発動する。


「『照らせば光る』だって? それって犬飼首相暗殺の『話せば分かる』とちょっとだけ響きが似てるかも知れんぞ。それはそうと、何だって戦前の要人暗殺犯は軽い刑で済んじゃうんだろうな? 主犯の三上卓は禁固十五年の判決を受けたのにたった六年で仮釈放されちゃうんだ。原敬を刺殺した中岡艮一だって十三年で刑務所を出てるし」

「それは大衆からの強い助命嘆願があったかららしいわね。だけど、国民がテロを擁護するなんて世も末よ。その結果が軍部の独走を招いたんだから自業自得だわ。ヒトラーを選挙で選んだドイツ人を笑えないわね」


 そんなことを言いながらも萌の目は笑っている。まあ、気持ちは分からんでもない。どうせ他人事だし。


「サミュエル・スマイルズは自助論の中で申された。『政治は国民を映す鏡である』とな。国民には身の丈に合った政治しか手に入らんのだから……」

「もう、たっぷり休んだわね。そろそろ歩きましょうか」


 大作の言葉を遮るように立ち上がったお園は振り返りもせずに歩きだした。




 小一時間ほど歩くと大して広くもない山科を横切ってしまった。そこで東海道は北西へと向きを変える。右手に天智天皇陵を見ながら緩やかな坂道を上って行くと街道は徐々に山に挟まれた谷間へと入って行く。


「知っているか、お園? 九条山には平安時代から粟田口刑場ってのがあったんだぞ。ここでトータルすると一万五千もの人が処刑されたんだそうな」

「一万五千ですって! それって、ちゃんと数えていたのかしら」

「千人カウントするごとに建てた供養塔が十五あったっていうのが根拠なんだとさ。まあ、参考記録ってところじゃね。ちなみに秀吉は小栗栖に埋めてあった光秀の首を掘り返して胴体と再結合させ、それをもう一度斬首したそうだな。奴らしい悪趣味なエピソードだろ? 去年にも長崎でキリシタンを二十六人も処刑したらしいぞ」

「聞けば聞くほど秀吉とやらは非道の輩にございますな。某は聞いておるだけで腹が立ってなりませぬ。早う退治してやらねばなりませぬな」


 藤吉郎が分かったような分からんような顔で調子の良い相槌を打つ。

 だけど、秀吉は四十年後のお前なんだぞ。大作は吹き出しそうになったが際どいところで我慢した。


「そうだな、もし小田原征伐で秀吉を生け捕りにできたら奴をここで処刑してやろう。手足を牛馬に引き裂かせながら竹の鋸で寸刻みにして、さらに火で炙りながら遅効性の毒物を飲ませる。ついでに電流を流した熱湯風呂で釜茹でにするんだ。きっと楽しいぞ~!」

「火炙りと釜茹では一遍にやれなんじゃないかしら? ところで、争いは同じレベルの者同士でしか発生しないんじゃなかったの? 相手と同じレベルに落ちることはないと思うわよ」

「そ、そうは言うがな、お園。この時代には『拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取り扱い又は刑罰に関する条約』みたいなのは無いんだぞ。処刑は面白ければいいんだ、面白いものは連載される、当たり前だ!」

「面白いか面白くないかなんて人それぞれよ。私はそんな物、決して見に行かないから勝手にやって頂戴な」


 そう言うとお園は拗ねたように頬を膨らませた。その顔はまるで()かなクンの被っている帽子のようだ。ちなみにさ()なクンの帽子は実は五種類あるんだけれど。

 それにしても、取り付く島もないとはこのことか。どうやら交渉の余地はないようだ。大作は小さくため息をつくと素早く話題を変える。ちなみに、ワシの無駄蘊蓄は百八式まであるぞ!


「話は変わるけどもうちょっと歩くと蹴上ってところを通るんだ。この地名の由来を知ってるか? 嫌がる罪人を蹴り上げながら刑場へ押しやったからなんだとさ。とは言え、どうせ殺されるんなら死ぬ気で抵抗すれば良いと思わんか? 屠畜場に運ばれる家畜じゃあるまいしさ」

「さ、さあ。どうなのかしらね。歯向かうって言ったって多勢に無勢だとどうにもならないんじゃないかしら」

「だったら潔く自決すれば良いんだよ。罪人として処刑されるよりよっぽどマシなんじゃね? 俺だったらそうするぞ」

「私、そんな目に遭うつもりはこれっぽっちも無いから心底からどうでも良いわ。そんなことより、もっと楽しい話は無いのかしら? 無いんだったらちょっと黙ってて欲しいんだけど」


 どうやらこの話題もお気に召さなかったらしい。まあ、残酷な処刑の話で盛り上がるような女なんてこっちから願い下げなんだけどな。

 きっと、京の都で美味しい物を食べれば機嫌も直るだろう。大作は考えるのを止めた。




 谷間を一キロほど歩くと山が途切れ、道は再び西へと向きを変えた。ここから三条大橋までは真新しい立派な直線道路が続いている。この道が整備されたのは信長か秀吉の時代とのことだ。道沿いには刀鍛冶が何軒か並んでいて、もうもうとした煙と騒々しい音を立てていた。

 そこからさらに一キロほど進むと南北に流れる幅の広い川に行き当たった。


「さて、いよいよゴールの三条大橋が見えてきたぞ。思えば本当に長い旅だったなあ。ポルフィもびっくりだよ」

「何を言ってるのよ、大作。あれが…… あんなのが三条大橋だって言うの?」

「急にどしたん、萌? そりゃあ、三条大路に架かってる橋なんだから三条大橋だろ。アレが五条大橋だったら牛若丸や弁慶が困っちまうぞ」

「そうじゃないわ。三条大橋と呼んで良いのは来年、天正十八年(1590)に秀吉が架け替える石柱の立派な橋からなのよ。そもそも三条大路が寺町通から三条大橋まで延長されたのだってそのタイミングなんだし。それと、実際に架け替えたのは増田長盛なんだけどね」


 満面の笑みを浮かべながら萌が得意気に解説する。やっぱり無駄蘊蓄競争では萌に勝てないんだろうか。大作はちょっとイラっときたが必死にポーカーフェイスを作った。

 まあ、別に良いんだけどさ。無駄蘊蓄っていうのは結局のところ無駄でしかないんだ。そんなこと知っていたからといって偉くも何ともない。

 と思いきや、例に寄ってお園が言葉尻に食い付いてくる。


「それって元大津城主のお方よね。伏見城攻めで甲賀衆を寝返らせたんだったかしら。あんなに見事なる橋を作るなんて、さぞや秀でたる大工だったんでしょうね」

「はいはい、繰り返しはギャグの基本だな。ちなみに二十一世紀に架かっているコンクリート製の橋は昭和二十五年に架け替えられた物らしいぞ。そんでもって、これがかの有名な鴨川だ。見ての通り、この時代には二十一世紀の高瀬川の辺りまでの広い幅を幾筋もに分かれて流れていたんだとさ。こいつが改修されて狭くなったのは昭和十年の水害の後だそうな」

「幅は広いけど浅くて流れも緩やかね。歩いて渡れそうよ」

「とは言え、橋が無いと荷駄が通れないだろ? まあ、そんなわけで木の橋を架けたんだろうな。うぅ~ん。確かにこれじゃあ大橋とは言えんか」


 素朴というか質素というか、何だか手作り感溢れるチープな橋を渡って行く。この橋を渡ると洛中ってことらしい。道理で人が多いはずだ。


「この河原も処刑場として有名なところなんだぞ。五年後には石川五右衛門が釜茹でにされる。六年後には秀次の妻、幼子、側室、侍女、エトセトラエトセトラ。なんと合計三十九人もが一遍に処刑されるんだ。十一年後には石田三成が六条河原で斬首され、ここに首が晒される。ずぅ~っと未来には近藤勇も板橋で斬首され、ここで首が晒されるんだ」

「あのねえ、大佐。もしかして私がそういう話が嫌いだって分かっていてわざとやってるのかしら? これから美味しい物を食べようって時にご飯が不味くなるような話は止めて欲しいんだけど」

「いやいや、俺は良かれと思って観光案内をしてやってるんだぞ。ところで今頃になって言うのも何だけど、氏政ってどこでどうしてるんだろうな?」


 大作は話題を反らそうと先ほどから気になっていたことを聞いてみる。だが、返ってきた答えは丸っきり予想の範囲内だった。


「えっ? 氏政ってお義父様のことよね。だったら逢坂関で待っておられるんじゃなかったかしら?」

「いやいや、逢坂関ってとっくの昔に通り過ぎちゃったじゃんかよ。例の公衆トイレの建ってたところだよ」

「そんなの建っていなかったわよ。そんな物があったらちゃんと覚えていたはずだわ」

「そうじゃない、そうじゃない。二十一世紀にはちゃんとした公衆トイレが建ってるんだよ。う、うぅ~ん、どうすれバインダ~! 今からでも戻った方が良いのかな?」


 このままでは責任を取らされかねない勢いだ。素早く危険を察知した大作は判断の丸投げを試みる。しかしまわりこまれてしまった!

 それまで黙っていたメイが小首を傾げながら疑問を口にする。


「でも、大佐。つまるところ公衆トイレは建っていなかったんでしょう。だったら御隠居様たちにはどこが逢坂関なのか分からないはずよ。そこに行っても待っておられないんじゃないかしら」

「私もそう思います。今から戻っても待ってはおられますまい」

「某も同じ思いにございます。行くのは止めた方が宜しゅうござりましょう」


 サツキや藤吉郎が尻馬に乗るように同意する。今度は同じ思い競争かよ! こいつらには主体性って物が無いんだろうか。きっと無いんだろう。

 とは言え、今から三時間掛けて戻るなんて大作だって真っ平御免だ。そもそも、奴らがそこで待っている可能性は非常に低い。だったらもうひと押しすれば面白い意見が出てくるかも知れん。って言うか、出てきたら良いなあ。


「そ、そうは言うがな、お前ら。反対するなら対案を出してくれよ。そもそも、今回の上洛は氏政と氏直が揃って秀吉に面会するっていうのが肝なんだ。俺が一人で行ったって相手にしてもらえるか怪しいぞ。だいいち、俺一人じゃ心細いじゃんかよ。こうなったらもうアレだな、アレ。うぅ~ん。閃いた! 氏政たちは矢橋の渡しで琵琶湖をショートカットしたんだよな? ってことは状況から考えて折からの比叡颪に煽られて船が転覆した可能性が高いと言わざるを得ん」

「えぇ~っ! 船が引っ繰り返ったって言うの! この寒い冬の最中に? 御隠居様ったら死んじゃったんじゃないかしら」

「だ~か~ら~~~! これは例えばの話なんだよ。取り敢えず思考実験してみようじゃないか。もしも父上が身罷られたとして……」

「さ、相模守様が身罷られたですと! そは、真にござりまするか?!」


 それまで一言も私語を発することのなかった相州乱破たちが血相を変えて詰め寄ってくる。

 大作は捨てられた子犬のような目で女性陣の顔を見回した。だが、全員が示し合わせたように素早く目を反らしてしまう。


『どうすれバインダ~!』


 大作の心の叫びは誰の耳にも届いてはいなかった。


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