巻ノ百九拾四 恐怖!巨大百足 の巻
大作と十九人の愉快な仲間たちは東海道を西へ西へと歩みを進める。気分はもうすっかり天竺にお経を貰いに行く玄奘三蔵だ。
だとすると猪八戒は誰だろうな。そんな失礼なことを考えかけた大作は頭を振って脳内から孫悟空を追っ払う。
「なあなあ、甲賀の里っていったいどんなところなんだ? やっぱ、忍者屋敷が建ち並んでいたり、忍者軍団が大手を振って闊歩してたりするのかなあ?」
大作は期待と不安でwktkしながらサツキとメイの顔色を伺う。だが、二人は曖昧な笑みを浮かべながらお互いの顔を見合わせた。
「さ、さてもやは…… 四十年前のことはさておき、今どうなっておるのかは分かりかねまする」
「だって、伊賀が滅んじゃったくらいなのよ。甲賀がどうなってるかなんて分かるわけがないでしょうに」
「う、うぅ~ん。さぱ~り分からんってことか。もしかして超高層ビルが林立し、透明なチューブの中を空飛ぶ車が行き交ってたりしてな。服装はみんな揃って全身タイツなんか着てたりするんだ。オラ、ワクワクしてきたぞ!」
そんな昭和の人が考えたみたいなレトロフューチャーな未来都市なら一周回ってむしろ格好良いかも知れん。
そこに住んでみたいとまでは思わない。でも、観光で訪れるだけなら楽しそうだ。まあ、嫌でも今から通るんだけれども。
しかし、そんな大作の阿呆みたいな期待は呆気なく裏切られる。一同の目の前に現れた風景は……
「騙したなぁ~! 何の変哲もないただの農村じゃんかよ~!」
大作の絶叫が辺り一面に響き渡り、みんなが揃って明るい笑い声を上げた。
遠くの方で畑を耕していた老人も怪訝な顔でこちらを振り向いている。大作は愛想笑いを浮かべながら軽く頭を下げた。
「うふふ、騙される方が悪いんじゃなかったかしら?」
「はいはい、そうですね。私が悪うございましたよ」
大作は懸命になって強がりを装う。だが、内心では歯噛みする思いを抑え込むのに精一杯だ。
山に挟まれた狭い平地には田畑が広がり茅葺きの民家が疎らに建ち並んでいる。どこからどう見ても変わったところなど何一つ無い田舎の村にしか見えない。
そもそも、見るからに怪しさ大爆発な忍者屋敷なんて建ってるはずはないんじゃね? 一見すると普通の民家に見えるけれども実は凄い仕掛けがしてあったりしてな。
まあ、心の底からどうでも良い話なんだけれど。大作は考えるのを止めた。
「それはそうと、甲賀って何でか知らんけど悪役のイメージがあるよな。そんで、なぜだか伊賀は正義の味方なんだ。豊臣vs徳川の代理戦争みたいな様相を呈しているのかな?」
「それもあるけどフィクションの影響も大きいんじゃないかしら。伊賀の影丸とか仮面の忍者赤影とか。あと、個人的には伏見城の裏切りが大きいと思うわよ」
得意気な笑みを浮かべながら萌が顎をしゃくる。
その勝ち誇ったようなドヤ顔を見ているだけで大作はモリモリやる気が削がれてきた。
「まあ、アレは完全に遅きに失しているんだけどな。どうせ調略するんなら開戦前から準備しとかなきゃならん。もし、関ヶ原の前にタイムスリップすることがあったら真っ先に手を付けよう。あそこで無駄にした時間と兵は関ヶ原の戦いに絶対に影響してると思うぞ」
「そうかも知れないわね。そうじゃないかも知れないけど。まあ、今の私たちは豊臣を倒すのが先決よ。そんなどうでも良いことは忘れましょう」
「どうでも良いなんて悲しいこと言うなよ! 俺、鳥居元忠って糞野郎だけは本当の本当に大嫌いなんだ。何が三河武士の鑑だよ。軍使だけは絶対に殺しちゃならん。絶対にだ! ハーグ陸戦条約違反だろ。ちなみに奴は小田原征伐では岩槻城攻めに参加するらしいな。何としてでも生け捕りにして戦争犯罪人として裁かねばならんぞ」
「それはどうかしら。私たちの作戦通りに進めば岩槻城攻めなんて起こりそうもないんだけどね」
それを言っちゃあお仕舞いじゃん。大作は心の中で小さくため息をついた。
街道に沿って緩やかに流れる野洲川を筏に組まれた木材が下ってくる。その上では船頭らしき男が暇そうな顔で流れに掉さしていた。
どうやらこの川も水運に活用されているようだ。これってビジネスチャンスじゃね?
「もしかして、あの筏に乗っけてもらえれば歩かなくて済むんじゃね?」
「私たち二十人もいるのよ。それに、あんなのに乗ったら足元がびしょ濡れになっちゃうと思うわ」
「ちょっとばかり濡れるくらいが何だよ。歩かなくて済むんだぞ。とは言え、やっぱ全員は無理か。もっと人数を絞るべきだったのかな」
歩き続けることおよそ六時間。太陽が頭の上を通り過ぎたころ、ようやく甲賀を抜けて栗太郡に入る。
空腹と疲労でみんなの表情は暗い。草臥れ果てた顔の氏政が呟くように口を開いた。
「のう、新九郎。儂はもうすっかり疲れてしもうたぞ。なんだか、とても眠いんじゃ」
「父上、拙僧はパトラッシュではござりませぬぞ。今少し御辛抱下さりませ。今晩は草津で宿を取りましょう。ゆっくり温泉にでも浸かってお休み下さりませ」
「何を言ってるのかしら、大佐。温泉で名に負ふ草津は上野国にあるのよ」
すかさずお園から鋭い突っ込みが入る。相変らず反応の素早いことだ。
「が~んだな…… 出鼻をくじかれたぞ。まあ、知っててわざとボケたんだけどな。あは、あははは……」
例に寄って大作は余裕の笑みを浮かべる。だが、もう誰も本気にはしてくれていないらしい。
本当に知っていたんだけどなあ。狼に育てられた少年もこんな気持ちだったんだろうか。まあ、死ぬほどどうでも良いんだけれど。
横田の渡しで野洲川の対岸に渡る。小さな渡し船には一度に二十人も乗れない。仕方がないので五人ずつ四回に分乗した。
埃っぽい道を三時間ほど歩くと緩やかに左に曲がって行く。六地蔵のお堂の前で一休みする。さらに小一時間ほど進むと追分道標が立っていて東海道に中山道が合流してきた。
道端の小さな屋台で年齢不詳のお婆さんが餅を並べて売っている。ちゃんと保健所の許可とか取ってるんだろうか。まあ、見たところ衛生面に深刻な問題は無さそうだけれど。
「これって草津名物の姥が餅じゃね? ってことは、このお婆…… 御婦人は福井とのさん?」
「し、知っているの? 大佐!」
「永禄十一年に六角義賢が観音寺城から追い出されちゃうだろ。その曾孫の乳母が草津に移り住んで餅を作って売ったんだとさ。それから半世紀近く経った大坂の陣の時…… 冬だか夏だかは知らんけど、それに赴く家康に八十四歳になった乳母が献上したって話があるぞ。嘘か本当か百二歳まで長生きしたらしい」
「お歳なんてどうでも良いわよ。早く頂きましょう。夕餉の前だし、一人一つずつで良いかしら?」
そう言うとお園はお婆さんから二十個の小さな餅を買った。そして一人ひとりに直接手渡して回る。
「はい、お義父様。慌てて召し上がって喉に詰まらせないようご用心下さりませ。出羽守様もどうぞ」
「これはこれは、御裏方様。真に忝うございます」
厳つい顔をした風魔党の面々がちっぽけな餅をさも有難そうに受け取る。たかがこんな物にそんな大袈裟にしなくても良いのになあ。
いやいや、米国農務長官が曰く『世界支配の近道は、世界の人々の胃袋を支配することである』とか何とか。
お園、恐ろしい娘。桃太郎もびっくりの人心掌握術を目の当たりにした大作はちょっとだけ背筋が寒くなった。
一同は受け取った姥が餅を頬張りながら街道を南西へと歩いて行く。するとすぐに草津川があった。あったのだが…… 水が流れていないぞ!
江戸時代には天井川となってしまう草津川だが、この時代には普段は涸れ川だったようだ。
そこから目と鼻の先にはちゃんとした宿屋が何軒か立ち並んでいる。さすがは東海道と中山道の合流点という交通の要衝だ。
関宿だって伊勢別街道や大和街道の合流点だったのになあ。やっぱ、東海道や中山道とはレベルが違うってことなんだろうか。
「お園、何処に泊まるかお前が決めて良いぞ。料理が一番豪華な宿屋に泊まったら良いんじゃね」
「それって、どこの宿屋なのかしら? 私には皆目と見当も付かないわよ」
「食べログとかミシュランみたいなので調べてみたらどうじゃろ。いくら戦国時代だってグルメランキングくらいあるんだろ?」
「そんなの、聞いたこともないんだけど」
日本人は昔から番付表みたいな物を作るのが好きだったって話を聞いたことがあったんだけどなあ。どうやら戦国時代にはまだそんな物は無いらしい。
仕方なく、適当に決めた宿屋に泊まろうとする。だが、どこに行っても二十人の団体は無理と断られてしまった。仕方がないのでチーム大作、チーム氏政、チーム風魔に分かれて宿を取ることになった。
「ねえ、大佐。私たちやお義父様が出羽守様やお連れの方々と別の宿に泊まっちゃったわよ。これで良かったのかしら。相州乱破は護衛のために連れてきたのよねえ?」
「そ、そうだった~! まあ、こんな片田舎の宿屋で命を狙ってくる奴なんていないんじゃね? もしいたとしても、くノ一トリオが何とかしてくれるさ」
「そうかしら? あの娘たち、言うほど役に立つとは思えないんだけれど。それにもしそうだったら相州乱破は要らなかったってことになるわよ」
「もう京の手前まできちゃたんだぞ。いまさらそんなこと言っても手遅れだろ。どうせ経費で落ちるんだから固いこと言うなよ。地方議員とかが海外研修って名目で観光旅行しているのと同じだろ。帰ってから全員にそれっぽいレポートでも書かせれば格好は付くよ」
大作は忌々し気に吐き捨てる。だが、マトモに相手にするのが阿呆らしくなったんだろうか。お園は小さくため息をつくと返事もせずに宿屋へと入って行った。
宿代は一人当たり一泊二食で銭四十八文の先払いだった。四十年前は大抵の宿屋が価格カルテルを結んだみたいに一泊二食が銭二十四文で統一されていたのになあ。
もしかして、ぼったくり? あるいはインフレの影響なんだろうか。それとも京の都が近いから物価が高いのかも知れん。とは言え、何でこんなに高いんですかなんて旅籠の人に聞く勇気は無い。
夕餉のメニューは白米の御飯と京都っぽい白味噌の味噌汁、魚の干物という内容だった。
ご馳走というには少し貧相かも知れん。だが、白米というだけで庶民の目から見れば十分に贅沢なんだろうか。さぱ~り分からん。
とにもかくにも、味はともかく量は十分だ。期待値が低かったお陰もあってお園の機嫌も悪くない。大作はほっと胸を撫で下ろした。
お膳が下げられるとすぐに就寝となる。灯明の油が勿体無いってことらしい。
布団はいったいどこにあるんだろう。大作は室内をきょろきょろと見回す。すると仲居さんみたいな中年女性が揉み手をしながら現れた。
「筵は一枚で銭二十文にございます。何枚ご入用でしょうか?」
「あ、いや、生憎と間に合っております。って言うか、もしかしてもしかすると、この部屋で雑魚寝ですかな? 個室とかあったら良いんですけど…… そんなもの無い? こりゃまった、失礼いたしました!」
たかが筵に銭二十文なんて払う気がしない。仕方ないので大作たちは銀マットやテント、フットプリント、フライシート、エマージェンシーシート、レインウェア、エトセトラエトセトラ。あらゆる物を総動員して床に就いた。
もしかして、氏政もこんな目に遭っているんだろうか。まさかとは思うけどあいらつだけふかふかの布団で寝ていたら腹が立つなあ。そんなことを考えている間にも大作は眠りに落ちた。
それから何年もの長旅の末、ようやく大作たち一行は天竺の都へと……
また例に寄って例のごとく変な夢だな。大作はすぐに気が付いた。
とは言え、この時代には既にインドでは仏教は衰退しているはずだ。有り難いお経なんて手に入るとも思えんのだが。
だったら…… だったらイギリスのインド支配の妨害でもしてみるか? インドにおけるイギリスの存在感が無視できないほど巨大になる切っ掛けは1757年のプラッシーの戦いだろう。少なくとも十六世紀末の時点ではイギリスみたいな小国がインドみたいな大国に敵うわけがない。
大小五百五十以上もの藩王国が互いに足を引っ張り合い、厳しいカースト制度による階層間の対立、ヒンドゥー教徒と比べ圧倒的に少数だが裕福なシク教徒。
こういう歪な社会がイギリス人たちに利用されて……
「そろそろ起きて頂戴、大佐! もう、朝餉の刻限よ!」
「う、うぅ~ん。あと、五分……」
「朝餉を食べないと血圧が上がって脳出血のリスクが三十六パーセントも増すのよ! いい加減に起きなさいったら!」
「あっ痛たたた!」
両耳に激痛を感じた大作は思わず目を開ける。すると眼前には薄ら笑いを浮かべたお園の顔があった。
「暴力反対~!」
「いいから起きなさい。ようやく京の都に目と鼻の先まできたのよ。もう一踏ん張りで京懐石なんだからね」
「はいはい、起きりゃ良いんだろ。起きますよ」
白米の御飯と味噌汁の朝食を終えるとすぐに宿を立つ。街道に出るとチーム氏政やチーム風魔がスタンバっていた。
「おはようございます、父上。どうやら全員集合のようですな。長かった京への旅もあと半日といったところ。されど、百里を行く者は九十里を半ばとすとも申します。気を引き締めて参りましょう」
「それって何だかアキレスと亀のパラドックスみたいな話ねえ。その論法で行くといつまで経っても京に辿り着けないんじゃないかしら?」
「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな。って言うか、パレートの法則とも似てるかも知れんな。そのうち機会があれば検証してみよう。とにもかくにも、京の都を目指してLet's go together!」
俺たちの旅はこれからだ! 先生の次回作にご期待ください。大作は心の中で呟いた。
右方向の遥か遠くに琵琶湖を望みながら東海道を南西へと進む。辺りには見渡すばかりの田畑が広がっているのみだ。ところどころに茅葺屋根の古民家が建っているだけで見るべき物は何も無い。
暫く歩くと矢橋道への分岐点に差し掛かった。大作はみんなの方を振り返ると芝居がかった口調で話し掛ける。
「さて、皆の衆。こっちの道を行けば矢橋から大津へと矢橋渡しで琵琶湖をショートカットできるぞ」
「びわこ? それって近淡海のことかしら?」
「そうよ、形が琵琶に似ているでしょう? でも、そう呼ばれるようになったのは江戸時代中期だったわね」
お園の鋭い突っ込みに萌が適格なフォローを入れる。だが、今度は氏政が首を傾げながら口を開いた。
「えどじだい?」
気になるのはそこかよ~! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。
「江戸の時代ってことですな。まあそれはさておき、矢橋港から大津へと向かう船に乗れば湖上を五十町ほどにござります。他方、陸路だと『勢多へ廻れば三里の回り ござれ矢橋の舟にのろ』と詠まれる通りの大いなる回り道。どちらを選ぶのが宜しいと思われましょうや?」
「それって『武士の 矢橋の船は速けれど 急がば回れ 瀬田の長橋』のことよね? 急がば回れってことじゃないかしら」
「新九郎。儂はもうすっかり疲れてしもうたぞ。なんだか、とても眠いんじゃ。歩かずとも済むのであらばそれに越したことはないぞ」
氏政が草臥れ果てたといった顔でぼやくように呟く。ついさっき歩き始めたばかりだというのに軟弱な野郎だ。大作は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さない。
「父上、それは昨日もお聞きしましたぞ。されど、拙僧はパトラッシュではござりませぬ故、荷車にお乗せするわけにも参りませぬ。ま、それはともかくとして父上は船チームということで宜しゅうございますな。んで、拙僧とお園は陸路チーム。みんなは勝つと思う方に付いてくれるかな~?」
「こんな寒い時分に比叡颪に煽られて船が引っ繰り返りでもしたら大事よ。私は瀬田の唐橋を渡るわ」
「私はどっちでも良いから大佐と一緒に行くわ」
「某も大佐と御供いたします」
どうやら思っていたよりもチーム大作の団結は固いようだ。一方の氏政にも供回りの三人が自動的に付いた。結果、人数調整のために風魔党は四人と六人に分かれる。ちなみに風魔小太郎だか小次郎だかはチーム氏政に付いた。
「では、いざ尋常に勝負と参りましょう。ゴールは逢坂関ですぞ。On your mark, get set, go!」
言うが早いか大作はお園の手を掴んで東海道を南西へと向かった。
東海道を南西に進むと徐々に琵琶湖が近付き、道沿いの家々も活気を帯びてくる。大作はみんなを振り返ると半笑いを浮かべながら口を開いた。
「さて、ここでボーナスクイズです。日本最大の湖は……」
「琵琶湖!」
問題を最後まで聞かず、食い付くようにメイが即答する。だが、大作は人差し指を立てると小馬鹿にしたような顔で左右に振った。
「ぶっぶぅ~!!」
「えぇ~~~っ! 何でなの? 琵琶湖って近淡海のことなんでしょう?」
「フライングだよ。問題はちゃんと最後まで聞かなきゃダメなんだ。日本最大の湖は琵琶湖ですが、この湖には百十九本の河川が流れ込んでいます。では、琵琶湖から流れ出る河川は何本でしょう?」
「……」
真顔で黙り込む面々の中でお園と萌だけが意味深な笑みを浮かべている。どうやらこいつらにはお見通しのようだ。大作は二人の方に手を掲げながら声を掛けた。
「回答権がお園・萌チームに移ります。回答をどうぞ!」
「ここでわざわざそんなことを聞くっていうってことは瀬田川の一本だけなんでしょう?」
「お園さんの正解です! 十ポイント獲得で一気に首位に躍り出ました!」
「はいはい、良かったわね」
矢橋道との分岐から一時間ほど歩いたところで道が緩やかに右に曲がった。今ごろ氏政たちは船の上なんだろうか。もしそうなら、こちらの勝ち目は絶望的といえそうだ。結局のところ勝敗の行方は船の待ち時間のみに掛かっているといっても過言ではない。まあ、勝とうが負けようがどうでも良いんだけれど。
いよいよ瀬田川が目前に迫ってくると道の南側にお寺と神社が建っていた。地図によればどうやら雲住寺と龍王宮秀郷社らしい。
「嘘か本当か知らんけど橋の下に龍王が住んでるそうだぞ。そんで龍王宮にはそいつが祀られてるんだとさ。んで、三上山を七巻き半もするような巨大百足を退治した俵藤太が秀郷社に祀られている。雲住寺には退治された百足や俵藤太が祀ってあるらしいな」
「その話なら聞いたことあるわよ。だけど、いくら相手が大きいからって龍王が百足退治を人に頼むなんて道理に合わないわね。そも、龍より強い強い百足なんているはずがないわ」
「俵藤太って平将門を討ち取った鎮守府将軍の藤原秀郷でしょう? 何でこんなところで百足退治なんてしていたのかしら」
「されど、山を七巻き半とはどれほど大きな百足にございましょう。よくもまあ退治できたものかと」
大作の無駄蘊蓄にお園、メイ、サツキが適当な相槌を返す。みんな反応が微妙過ぎて真剣なのか冗談なのかさぱ~り分からん。
それはそうと、世の中には蛇より強い蛞蝓だっているんだけどな。大作は心の中で呟いた。
「つまるところ、八巻(鉢巻)にちょっと足りないって駄洒落なんだから深く考えてもしょうがないよ。それに、いくら大きくたって所詮は虫けらさ。殺虫剤の威力には抗えないんじゃね? ちなみに百足の毒はタンパク質だから四十三度以上に加熱すると分解されてしまうらしいな。ただし、時間が経ってから温めたり、四十度より低いぬるま湯に浸けたりするとかえって酷いことになるから気をつけろ。あと、冷やすのは絶対にダメだぞ。絶対にだ! まあ、いざとなったらこのポイズンリムーバーがあるさ。もし、百足や毒蛇に噛まれた時はすぐに言うんだぞ」
大作はアマゾンで二千六百円で買ったポイズンリムーバーを得意気に見せびらかした。
それを目にした途端、ちょっと不安気だった女性陣の顔に少しだけ安堵の色が浮かぶ。
『だけど、巨大百足にも効果があるかは分からないわよ』
萌の小さな呟きは誰の耳にも届かなかった。




