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巻ノ百九拾参 北北西に進路を取らずんば虎児を得ず の巻

 大作たちが屋敷の外に出ると東の空低くに痩せ細った月が昇り始めていた。一同は月明りとLEDライトを頼りに港を目指して歩く。船に着いてみると水主や村人たちが忙しなく出港準備に追われていた。


「Good evening! みなさまご苦労さまです。精が出ますなあ」

「おお、御本城様。お目覚めにござりまするか。間もなく支度が終わります。皆様方も船に乗ってお待ち下さりませ」

「相、分かり申した」


 待つこと暫し。船は真っ暗な夜の海を西北西に向かって滑るように進み始める。

 若干、北風に逆らって進んでいるので速度はそれほどは出ていないようだ。

 目標としている安濃津までの距離は五十キロくらいだろうか。船長の話によればお昼前には着く予定らしい。

 そこから京の都まで二日以上は歩きになる。大作たちは艫屋倉に籠って睡眠の続きに戻った。




 翌朝、大作が目を覚ますと船はまだ伊勢湾内を西北西に向かって進んでいた。

 正確な距離は知る由もないが遠くに陸地が霞んで見える。長かった航海もあと小一時間といったところだろうか。

 大作たちは昨日の夜に炊いたご飯と漬け物で手早く朝食を済ませる。


 そうこうしている間にも安濃津が目の前に迫ってきた。大作はバックパックから単眼鏡を取り出して観察する。


「な、なんじゃこりゃあ~! お城が建ってるぞ。あんなのあったっけ?」

「前に通った時にはあんな物は建っていなかったわよ。ねえ、藤吉郎?」

「某も見覚えがござりませぬ。辺りは見渡す限り荒れ果てておったような」


 記憶違いかと思ったが完全記憶能力者のお園が言うんだから間違いないだろう。って言うか、写真でも撮っておけば良かったかも知れん。

 と思いきや萌が素早くスマホを操作すると口を開いた。


「安濃川と岩田川の間に建っているんなら安濃津城じゃないの? 永禄年間に建てられたそうよ」

「そ、そうなんだ。ここって四十年前は廃墟だったんだぞ。ちょっとずつでも復興してるんだな」

「大津波から九十年も経っているのよ。そりゃあ復興もするでしょうよ。ちなみにあのお城は十年後、天下分け目の関ヶ原にも関わってくるって知ってたかしら。どうしても知りたいっていうなら教えて上げても良いわよ?」

「いやいや、別にこれっぽっちも知りたくなんかないぞ。まあ、どうしても話したいって言うんなら聞いてやらんこともないけどな」


 売り言葉に買い言葉とばかりに大作は安っぽい挑発に乗っかる。

 だが、そんな反応は完全に予想の範囲内だったらしい。萌は馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべると口を開いた。


「あらまあ、素直じゃないわねえ。まあ良いわ、特別の温情をもって教えてあげるわね。関ヶ原の一月ほど前に富田信高って人が東軍側についてあの城に籠城するのよ。当初、西軍は美濃を攻略しようと動いていたわけね。だけど伊勢を放置することもできないでしょう? それで西軍は三万もの兵で安濃津城を攻めたわけ。まあ、多勢に無勢で三日で瞬殺されちゃうんだけどね。でも、その間に福島正則が岐阜城を落としてしまいましたとさ。めでたしめでたし」

「それってナチスに例えるとバルカン作戦に手間取ってバルバロッサ作戦の開始が遅れたみたいなもんだよな。まあ、ロシアの大地なんて五月くらいにならんと泥んこなんだけどさ。ちょっとくらい開戦を繰り上げてもモスクワまで行けるかどうかが関の山だろうな」

「とは言え、モスクワまで進撃してクレムリンやレーニン廟を爆薬で吹っ飛ばすくらいならできるはずよ。想像しただけでwktkするわね。夢が広がリング! それで? これからどうするつもりなの」

「目立つのは避けたいな。城から見えない辺りまで北上して上陸ポイントを探そう」


 大作は船長のところへ行くとわけを話してお願いする。すると船長は船を僚船へと近付けた。そして声が届くほどの距離まで近付くと大声で僚船に指示を飛ばす。

 何度かの短いやり取りの後、船は北へと進路を変えた。


 こんなやり方じゃあ、戦闘中の意思疏通に問題ありありだな。やはり手旗信号か発光信号、あるいは旗旒信号の実用化を急いだ方が良いのかも知れん。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。


 北風に完全に逆らって進むことになったので帆は降ろすしかない。水主たちが懸命に櫓を漕いでいるが船足は重い。

 陸地伝いに進むと志登茂川を越えた辺りで一面の原野が現れた。船は砂浜に乗り上げるように停泊する。


「さて、ここで重大なお知らせがある。ほのかと未唯はこのまま船に残って堺へ向かってくれるかな~? いいとも~!」

「えぇ~~~っ! どうして? なんで私めは一緒に行けないの?」

「こんなの狡いわ! 未唯は大佐の連絡将校なのよ。それに、ち~むのめんば~は平等じゃなかったのかしら?」

「だってしょうがないだろ。京まで百キロ、二十五里はあるんだぞ。それに結構な山道だしさ。お前らみたいな四、五歳児の足じゃあ足手まといも良いところなんだよ。その代わりと言っちゃ何だが、ほのか。お前は堺でリュートやヴィオラ・ダ・ブラッチョを探せ。未唯も何か好きな物を買って良いぞ」 

「未唯、分かった……」


 不承不承といった顔で未唯が頷く。


「しょうがないわねぇ~」


 それとは対照的にほのかは満面の笑みだ。

 とは言え、リュートやヴィオラ・ダ・ブラッチョなんて簡単に手に入るとは思えないんだけどなあ。大作は激しく不安になるが決して顔には出さない。


「そんじゃあ、みんな着替えてくれるかな~? いいとも~! ここからは歩きだ。前みたいに関銭を節約したいから坊主と巫女のコスプレをしよう」

「ねえ、大作。この時代にはそういう関所はもう無いんじゃないかしら?」

「そ、そうなの? でも、変装はした方が良いんじゃないのかな。だって、北条氏政と氏直の親子が歩いてたら目立ち過ぎるだろ? それにどっちみち頭は丸めなきゃならんのだしさ」

「まあ、あんたが良いって言うんなら良いんじゃないの。好きにしなさいよ」


 どうやら同意も得られたようだ。大作たちは大急ぎで着物を着替える。ついでにお園に手伝って貰って頭を丸めた。


「顔は違っていても、やっぱり大佐はこの『へあ~すたいる』が似合ってるわね。何だかしっくりくるわ」

「誉めたって何にも出ないぞ。それとも惚れ直したか?」

「そうねえ。今の大佐も悪くないけど、私は前の大佐の方が良かったわ。早く豊臣を滅ぼして山ヶ野に帰りましょうよ」

「あんたたち、朝っぱらから何を惚気てるのよ。いいからとっとと船を降りなさい」


 萌に急かされて梯子を伝って砂浜に降り立つと氏政が唖然とした顔をしている。


「何じゃ、新九郎! その頭は如何致したのじゃ?」

「申しませんでしたかな、父上? 我らは揃って頭を丸めると」

「いやいや、今やらんでも良いのではないのか?」


 氏政が半笑いを浮かべながら大作のツルツル頭を物珍しそうに撫で回す。

 ちょ、ちょっと止めて欲しいんですけど。大作は身を捩ってその手を振りほどく。


「今やらんで何時やるというのです?」

「じゃから、京に上ってから丸めれば良いと申しておろう」

「ま、まあ父上の好きにされるが宜しゅうござりましょう。それじゃあみんな、京の都に行きたいか~!」


 大作はバックパックからサックスを取り出すとスタートレックっぽい曲を吹いた。




 船を見送った一行は内陸方向へと歩き出す。

 大作、萌、お園、サツキ、メイ、藤吉郎に加えて氏政と三人の供回り。それを風魔党の護衛十人が周辺を警戒しつつ取り囲む。合計二十人もの大所帯だ。


 特に見るべき物も無い田舎道は退屈でしょうがない。大作たちはクイズ大会をやりながら歩みを進める。だが、大作ひとりではクイズのネタがすぐに尽きてしまいそうだ。仕方がないので順番に問題を出し会うことにして先を急ぐ。

 志登茂川に沿って一時間ほど北西に歩くと目に見えて川幅が狭くなってきた。例に寄って橋なんて掛かっていない。仕方がないので浅そうなところを探して渡河する。

 田畑を横目に小さな集落を横切って西に向かうと安濃川にぶつかった。そのまま川に沿って街道を北北西に進む。


「そう言えば『北北西に進路を取れ』ってヒッチコック映画があったっけ。クライマックスにラシュモア山が出てくる奴だ。あのタイトルって何の意味があるのかなあ?」

「ああ、アレね。アレはそもそも原題の『North by NorthWest』なんて方位が実在しなの。それが伏線になってるのよ。それと、フランソワ・トリュフォー監督はハムレットの台詞との関連を指摘しているわね。あと『ノースウエスト航空で北へ』って説もあるみたいだけど根拠は無いらしいわ」


 萌が半笑いを浮かべながら即答する。

 得意の映画ネタで無駄蘊蓄を聞かせられるとは屈辱の極みだ。大作は悔しさのあまり歯噛みするが決して顔には出さない。

 余裕の笑みを装いながら精一杯に自然な風に話題を反らせた。


「ふ、ふぅ~ん。だから何だよって感じだな。さて、鈴鹿川が見えてきたぞ。あれを渡れば刃物で有名な関の町だ」

「刃物で有名な関は岐阜県よ。こっちの関は古代三関の一つ、伊勢鈴鹿関ね。伊勢別街道と大和街道が繋がる重要拠点よ。壬申の乱の時にも封鎖されたんだから。それと、関の山って言葉はこの町の夏祭りで使う山車からきてるらしいわね」

「だ~か~ら~~~! 俺の唯一の楽しみ、無駄蘊蓄を奪わないでくれよ~!」

「どうどう、大佐。気を平らかにして。大佐だって好きなだけ無駄蘊蓄を傾けて良いのよ。誰も人の頭に鍵を掛けることはできないんだから」


 そんなことを言いながらお園がドヤ顔でしゃくり上げる。

 何を良いこと言ったって顔をしてやがるんだ。大作は急に真面目に考えるのが阿呆らしくなってきた。


「とにもかくにも、関宿を過ぎると山道に入っちまう。日も傾いてきたことだし今日はここに泊まることにしよう」


 そう宣言すると一同は鈴鹿川を渡って関宿へと足を踏み入れた。




 物流の大動脈である東海道。その四十七番目の宿場、関宿は伊勢別街道や大和街道とも接続している。それもあってか宿場町は商人や旅人でたいへんな賑わいを見せていた。賑わいを見せているはずだったのだが……


「もの凄い寂れてるんですけど。って言うか、宿屋なんて見当たらないんですけど」

「宿場が整備されるのは徳川家康が宿駅制度を導入した慶長六年(1601)よ。残念ながら十年くらい早かったわね。まあ、関盛信が天正年間に道路改修してくれたお陰で道だけは何とかなってるみたいだけど」

「そ、そうなんだ…… そうなると今晩の寝床はどうしよう? どう詰め込んでもテントで寝れるのは三、四人だぞ。もう冬だから野宿は厳しいなあ。かと言ってお前ら巫女装束だろ。寺になんて泊めて貰えるもんじゃろか?」

「この時代は神仏混合なんだから何とかなるんじゃないの? むしろ、仏教間の宗派対立の方が煩いんじゃないかしら」


 その辺の事情なんて大作にはさぱ~り分からん。取り合えず当たって砕けろ。Go For Broke!

 とは思ったものの、ちょうど目の前に関神社。って言うか、この時代は熊野三所大権現と呼ばれている神社があったので鳥居を潜る。


「頼もう! 拙僧は大佐と申します。恐れ入りますが宮司殿にお目通り願いたい!」

「おやおや、お坊様が神社に何用にござりますかな?」

「は、はぁ? 坊主が神社を訪れることに何か障りでもございましょうか? 日本国憲法第二十条は信教の自由と政教分離原則について規定しておりますぞ。何でしたら読み上げて差し上げましょうか?」

「いやいや、決してそのようなことはございませぬ。用向きをお伺いしておるだけにございます」


 効いてる効いてる。宮司らしき中年男の顔に困惑の色が広がって行く。ここは一気に畳み掛けるべきか? 大作は次なる攻撃の一手を……


「然れば、暫しお待ち下さりませ。只今、宮司を呼んでまいります」

「ズコ~~~!」


 お前が宮司じゃなかったのかよ…… 大作が激しくズッコケ、一同はがっくりと肩を落とした。




 待つこと暫し。大作は現れた初老の宮司に一宿一飯を頼み込む。

 宮司の露骨に胡散臭そうな表情を見ているだけで大作の心は折れそうだ。

 だが、巫女軍団がビジネススマイルを浮かべながら現金を差し出すとみる間に態度を豹変させた。

 どいつもこいつも欲望に正直なことで。大作は心の中で小さくため息をついた。




 一同はさほど広くもない板敷きの座敷へと案内された。

 はたして急に二十人もの夕餉が用意できる物なのだろうか。インスタント食品とか出されたら嫌だなあ。大作は心配で心配で堪らなくなる。

 暫くすると神社の関係者と思われる神職や巫女が三々五々集まってきた。そして満を持して料理が運ばれてくる。

 どうやらメインディッシュは雑炊っぽい。大方、人数増に対応するために大慌てで水増しでもしたんだろう。大作は期待値のハードルを思いっきり下方修正した。


 日本古来の神道には肉食禁止というルールは無い。とは言え、仏教の影響もあってこの時代にはそもそも肉を食べる機会が少ない。

 そんなわけで出てきた夕食は精進料理のように肉類が欠けていた。名前も分からない魚のちっぽけな干物が唯一の動物性蛋白質だ。


 まるでナントカ航空の機内食じゃないかよ! これってはたして支払った代金に見合った価値があるんだろうか。

 大作が夕餉の値踏みをしていると突如として宮司が大声を張り上げた。


「静座、一拝一拍手!」

「うわらば!」


 思わず大作の口から悲鳴が零れる。だが、一同は続く宮司の言葉に平然とした顔で唱和する。


「たなつもの 百の木草も 天照す 日の大神の 恵み得てこそ」


 いったい何なんだ、この謎の呪文は? 思わずパニックになりかけた大作は必死に平静を装う。

 これってもしかしてアレじゃね? 風魔の立ちすぐり、居すぐりみたいに味方の振りをして忍び込んだ敵を炙り出そうとしているのかも知れんぞ。大作は警戒レベルをMAXまで引き上げる。

 だが、萌は何かに気付いたようだ。急に怪訝な顔をすると大作の耳元で囁いた。


「ねえ、大作。これって本居宣長が詠んだ歌よ。玉鉾百首に含まれているわ」

「それがどうかしたん?」

「時代考証ミスじゃないのよ! なんで十八世紀の人物の詠んだ歌を戦国時代の宮司が知ってるの? おかしいわよ」

「それってそこまで大事なことなのかな? 似たような歌がそれ以前からあったのかも知れんだろ。そんなことより知っているか、萌。映画監督の小津安二郎は本居宣長の子孫なんだぞ」

「そ、そうなんだ。それは良かったわね」


 ようやく無駄蘊蓄で一本取り返すことができた。これでもう思い起こす、じゃなかった。思い残すことは何も無い。

 そんなことを考えながら大作はそれほど美味しくもない雑炊を啜る。

 横目でお園の顔色を伺ってみるがこれといった感情は読み取れない。大満足でも無いが不満というわけでもないようだ。大作はほっと胸を撫で下ろした。




 食事が終わるとまたもや宮司が叫び声を上げる。


「端座、一拝一拍手!」

「………」


 今度は大作も少しばかりは覚悟していたので何とか悲鳴を飲み込んだ。

 それにしても心臓に悪いなあ。まあ、明日の朝餉では驚かないだろうけど。


「朝よひに 物くふごとに 豊受の 神のめぐみを 思へ世の人」


 一同が唱和するのに合わせて大作も口パクで誤魔化した。


 食事が終わると大作たちは食器の片付けや洗い物を率先して手伝う。お礼とお辞儀はタダなのだ。やっておいて損は無いかも知れん。

 神職や巫女が立ち去ると大作たち二十人はそれほど広くもない座敷に取り残される。どうやら寝床はこの座敷ってことらしい。


「そんじゃあ電気代も勿体無いことだし、とっとと寝るとしようか」

「こ、此処で寝るじゃと? 布団も無しでか?」

「ふかふかのベッドじゃないと眠れないとでも申されますか? 我らは旅の道中にござりまするぞ。贅沢を言うもんじゃあございません。それに船の中だって似たような物だったでしょうに」

「そ、そうは申すがのう……」


 半分涙目の氏政が不満そうに上目遣いで睨んでくる。いくら何でもこのおっさん、キャラが変わり過ぎだろ。

 大作は小さくため息をつくとバックパックから一人用テントを取り出した。


「しょうがないですなあ。特別に拙僧のテントを貸して差し上げましょう。父上はこちらでお休み下さりませ」


 そう言うが早いか大作は素早くテントを設営する。そして不安そうな表情を浮かべる氏政を半ば強引に中へと押し込んだ。




 それほど広くもない座敷で二十人が雑魚寝する。まあ、船の上と違って揺れもしなければ騒音も無い。多少は窮屈だが、冬だからむしろ暖かくてちょうど良いかも知れん。そんなことを考えている間にも大作は深い眠りへと落ちて行った。




 翌日の朝餉もこれといって代わり映えのする物は出てこなかった。

 大作にだって記憶力が無いわけではない。覚悟していたので例の立ちすぐり、居すぐりも卒なくこなすことができた。少なくとも本人はそう思っていた。




 大作たちは宮司や神職、巫女たち一人ひとりに丁寧に礼を言うと関神社を後にした。

 狭い道を西に向かって進むとすぐに東海道が見えてくる。そのまま進んで行くと急に道が北へと向きを変え、山の谷間へと入って行った。

 川に沿った山道の周りには僅かな平地があるのみだ。途中で沓掛や坂下に小さな集落があった他は特に見るべき物は何も無い。

 やがて箱根峠に次ぐ難所、標高三百五十七メートルの鈴鹿峠に差し掛かる。


「あ~ああ、山道って本当に嫌になっちゃうよな。もう少し日程に余裕があれば京まで船で行ったのにさ」

「でも、冬の紀州沖って大層な難所なんでしょう。それに北風に逆らって紀伊水道から大阪湾に向かうのよ。今ごろ船の方々は難儀してるんじゃないかしら」

「だからこそ俺たちは安濃津から歩きなんだけどな。船を二隻用意させたのもそのリスクを考えてのことだ。まあ、二隻とも沈んじまったら歩いて帰らなきゃならんけどさ」


 日が高く昇ったころ、ようやく谷間を抜けて平地に出る。そこには山と山に挟まれた狭い平地が西北西に向かって広がっていた。

 それを見たサツキ、メイ、ほのかのくノ一トリオが少し落ち着かない様子で顔を見合わせる。そして三人を代表するようにメイが口を開いた。


「ここって甲賀なんでしょう。だったら南に四里も行けば伊賀がある筈よ。四十年も先の世の伊賀ってどんな風になってるのかしら。一目で良いから見てみたいわねえ」


 wktkなメイの表情を見ていると大作は何と言って良いか迷う。大いに迷う。

 ここはビューティフルライフ、じゃなかった。ライフ・イズ・ビューティフルのお父さんみたいに優しい嘘で誤魔化すべきなのか?

 でも、どうせすぐにバレちゃいそうだしな。だったらアレだ。ヒトラー曰く『大衆は小さな嘘より大きな嘘の犠牲になりやすい』とか何とか。


「あ、あぁ…… 伊賀か。伊賀なら滅んだよ。天正伊賀の乱でな。赤子から翁や嫗、坊主に至るまで悉くが撫で斬りにされたそうだ。寺も村も残らず分子レベルまで焼き尽くされたらしいぞ。今では地表には僅かな地衣類が生えているのみでクマムシや線虫くらいしか生存していないんだってさ」

「え、えぇ~~~っ! 酷いわ! 何処のどいつがそんなことをやったって言うの? 私、決して許さないわよ! お天道様が許してもこのメイが……」


 効いてる効いてる。メイのみならず普段はクールなサツキまでもが怒髪天を突くといった顔だ。額に血管を浮かべ、血走った目は狐のように吊り上がっている。

 何だかジルを殺された時のナウ○カみたいだなあ。大作は吹き出しそうになったが空気を読んで必死に我慢した。


「どうどう、落ち着けって。残念ながらこれはもう済んだ話なんだ。今さらどうやっても過去は改変できない。それに、首謀者の信長は本能寺で家臣に殺されるっていう最高にみっともない最後を遂げているんだぞ。総大将の信雄だって来年には改易されて流罪になる。その後も赦免されたり改易されたり、また大名に復帰したりの忙しい人生だ。まあ、史実では来年の小田原征伐で韮山城を攻めるらしい。リベンジマッチなら、そこでできるんじゃないかな? なるべくなら生かして捕らえよう。そんで、じわじわとなぶり殺しにしてやろうじゃないか。きっと楽しいぞ~!」


 そう言うと大作は思いっきり邪悪な笑みを浮かべる。

 だけど、いったいどういうわけなんだろう。何故だかみんな揃ってドン引きしているようだった。


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