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巻ノ百九拾壱 届け!手旗信号 の巻

 むかしむかし おだわらのおしろに だいさくというなの ゆうかんなわかものが すんでおりました。

 あるとしのふゆ とよとみのぐんぜいがせめてくる といううわさがながれ ひとびとをふあんにおとしいれます。

 それをきいただいさくは なかまたちをつれ おおきなふねにのり きょうのみやこをめざすたびにでかけました。


 それっきり だいさくたちのしょうそくは とだえてしまいます。

 ななねんものときつきがすぎ しっそうせんこくがだされたころ おだわらのひとたちは だいさくたちのことを すっかりわすれていました。

 そんなとき ぼろぼろにこわれたおおきなふねが ひがしのうみからやってきたのです。


「おれは…… おれたちはせかいをひとまわりしてきたぞ! ぼくのなはだいさく。ちきゅうは…… ちきゅうはまるかったんだ~~~!」

「いやいや、マゼランが世界一周したのは六十七年も昔の話よ! 十六世紀末には地球が丸いなんて常識だわ。だって地『球』なんですもの。ってか、ひらがなばっかで読みにくいわよ!」


 萌が激しい突っ込みを入れながら大作の頭を軽く叩く。

 暴力反対~! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。

 精一杯の糞真面目な表情を作るとみんなの顔をぐるっと見回して声を張り上げた。


「これより本艦隊は戦闘海域へと突入する! 総員、対空対潜警戒を厳にせよ!」

「そうは言うけど、大作。航空機や潜水艦はいないんじゃないかしら? って言うか、対水上警戒は要らないの?」

「この時代に月の無い夜の海を航海しようなんて物好きは俺たちくらいだろ」

「そうだったら良いんだけどね。いろは丸みたいにならないように最低限の警戒だけはした方が良いと思うわよ」

「か、考えておくよ……」


 仲良く並んだ二艘の船は強い北風を帆に受けて結構なスピードで南南西へとひた走る。あっという間に下田の港が水平線の彼方へと消えていった。

 冬の太平洋は思ったよりは荒れていないようだ。黒潮の影響とか細かいことは大作にはさぱ~り分からないが出だしは順調らしい。


「ところでお園、氏政はどこ行ったんだ? 姿が見えんようだけど」

「御隠居様なら小田原へ帰られたわよ。船酔いが酷くてとても京へは上れそうもないって申されてたわ」

「えぇ~~~っ! 真面かよ~~~っ! 俺に一言の相談も無しにか? 練りに練った華麗な上洛プランが滅茶苦茶だぞ……」


 目の前が真っ暗になった大作は頭を抱えて小さく唸る。

 何のために下田くんだりまで船に乗ってきたっていうんだ。もういっそ、目的地を変更してどこか知らない土地でも目指すか?

 だが、暫しの沈黙の後にお園が堪えきれないといった顔で吹き出した。


「どうどう、気を平らかにして大佐。戯れよ。あっちの船に乗っているわ。サツキとメイ、それに藤吉郎も一緒だから安堵して良いわ」

「だ~か~ら~~~っ! 冗談は控えめにって言ってるだろ。せめて船の上では遠慮してくれるか。本当に重大事故に結び付き兼ねんからな」

「はいはい、分かったわ。一つ貸しよ」

「いやいや、貸しとか借りとかじゃないから」


 一時間ほど進むと船は伊豆半島の最南端に達した。石廊崎の沖を大回りして真西へと進路を変える。ほぼ、時を同じくして太陽が水平線に沈んだ。

 綺麗な夕日に見とれている間もなく、辺りはすぐに夜の帳に包まれた。


 暫くすると船長らしき中年の男が船室から円盤状の物を持って出てくる。上下に引っ張ると円盤は円筒形へと形を変えた。船長はそれに火を灯して船首と船尾に掲げる。

 目を凝らすと僚船でも同様なことをやっているらしい。真っ暗闇の中に小さな灯りが瞬いているのが辛うじて見えた。

 何だか戦闘機のフォーメーションライトみたいだな。って言うか、下田では水軍による夜間奇襲攻撃を予定している。だったら暗闇の中でも艦隊行動を取れるように訓練をしなければならないのか。考えただけで死ぬほど面倒臭いなあ。


「なあなあ、あれって小田原提灯だよな。あれが発明されたのって江戸時代中期だと思うんだけどなあ。これって時代考証ミスなんじゃね?」

「コンパクトに畳んで懐に仕舞える提灯は天文年間(1532-1555)に小田原の甚左衛門って人が創ったって話よ。当時は(ふところ)提灯とか呼ばれてたみたいね。宿場町で販売されて全国的に有名ブランドとして広まったのが享保(きょうほう)年間(1716-1736)らしいわ。もしかして、これってビジネスチャンスなのかしら」

「そ、そうなんだ。おいら、また一つ賢くなっちまったよ」

「どうせすぐ忘れちゃうんじゃないの? 大佐って本当に物覚えが悪いんだから」


 隣で黙って聞いていたお園から鋭い突っ込みが入る。

 そりゃあ完全記憶能力者からみたら大概の奴は物覚えが悪く見えるんだろう。大作としては文句の一つも言いたいところだ。しかし、完全に本当のことなので何も反論できない。


「そ、そうかも知れんな。でも、今この瞬間だけは間違いなく一つ賢くなってると思うぞ」

「じゃあ小田原提灯がいつ創られていつ広まったのか言ってみなさいよ」

「て、て、天明? 天保? 天正? 何かそれくらいだろ。宇宙誕生から百三十八億年の歴史に比べたら誤差みたいな物じゃん。もう許してくれよん…… って言うか、風は北から吹いてるっていうのに船は西に向かって進めるんだな。戦国時代も末期になると和船もなかなかやるもんだ」


 旗色が悪くなったことを敏感に感じ取った大作は咄嗟に話題を反らした。

 するとどういう気の迷いか知らないが萌も上機嫌で話を合わせてくる。


「ネットで見かけた話によれば十七世紀の始めに出版された日葡辞書には横風帆走って意味の『(ひら)き走り』や逆風帆走を表す『間切(まぎ)り走り』っていう単語が載っているそうよ。一次資料に当たったわけじゃないから嘘か本当かは知らないけどね。当時の和船を復元した実験だと風に向かって六十度、横流れを込みでも七十度くらいには帆走できたらしいわ」

「やっぱ、ジャンクやスクーナーみたいな縦帆船には負けるな。でも、バーク型みたいな横帆船とは良い勝負ができるくらいか。そうなると帆の上げ下ろしが楽な分だけ和船も悪くないぞ」

「だけど、下より上の方が幅が広いっていう力学的に無理のある帆のデザインだけは許せないわね。そこだけ見ても外洋航海なんてする気にならないわ」


 どうやら萌は和船否定派らしい。とは言え、昔の人だって馬鹿じゃないはずだ。恐らくはデッキから綱を操作するだけでマストに上らなくでも帆桁を上げ下げできる機構に拘りでもあったんだろう。

 だが、大作から見れば縦帆にさえすれば簡単に解決するはずの些末な問題だ。この件に深入りするつもりは毛頭無い。


「さて、夜も更けてきたな。今宵は此処までに致そうか。Good night and sweet dreams!」

「えぇ~っ! もう、寝ちゃうの? 対空対潜警戒はどうするつもり?」

「こんな真っ暗闇の中を進んでいるのよ。何かあったら怖いわ」

「船だってとっても揺れているわ。とてもじゃないけど安堵して眠れないんじゃないかしら」


 萌のブーイングを切っ掛けにお園と未唯が次々に不満を口にする。


「だったら好きなだけ夜更かししてくれ。殺人鬼なんかと一緒に居られるか! 俺は部屋に戻る!」


 一方的に宣言すると大作は唖然とした顔の女性陣を放置してその場を後にした。




 部屋っていったい何処なんだろう。そんなことを考えながら大作は帆柱の横を通って船の最後尾を目指す。すると思っていた通りの艫屋倉っぽい構造物があった。


「ノックしてもしも~し」


 ちょっと迷いながらも戸板を遠慮がちにノックしてみるが反応が無い。ってことは入っても良いってことなんだろう。大作は勝手に解釈すると引き戸を開く。

 ただでさえ暗い星明かりの下なので屋倉の中は本当に真っ暗で何も見えない。LEDライトで照らすと童女がとんでもない寝相で寝ていた。

 未唯はさっき見たばかりだ。ってことは、こいつはほのかなんだろう。正体さえ分かれば何も恐れることは無い。大作はほのかの寝相を適当に整えると筵に包まって横になる。

 強い北風の音、逆巻く波の音、舟板の継ぎ目のギシギシいう音、何ともいえない微妙な周期のローリング、ほのかの寝相、エトセトラエトセトラ。

 この夜、ありとあらゆる物に妨害された大作はなかなか寝付くことができなかった。






 その後、京の都へと上った大作たちは聚楽第で秀吉と会見を行った。

 交渉相手という観点から見れば秀吉は非常に手強い相手と言えるだろう。しかし、そもそも失う物など何も無い大作は真面目に交渉を行う気など毛頭無かったのだ。

 無駄蘊蓄や雑談でひたすら話を引き延ばし、結論の出ない話し合いをただただ繰り返す。人々は漠然とそんな当たり前の日々が永遠に続くと思っていた。思っていたのだが……


 だが、天正十八年一月十四日(1590年2月18日)秀吉の妹、朝日姫が没する。

 続いて秀吉の母、大政所の病状が悪化した。こちらは秀吉の必死の願いが天に届いたのだろうか。八月には一旦回復を見せる。

 と思いきや秀吉の最愛の嫡男、鶴松(棄君)が七月二十七日頃から体調を崩す。幸いなことに、この時はすぐに回復した。

 明けて天正十九年一月二十二日(1591年2月15日)には病気がちだった秀吉の弟、秀長が没する。

 さらに閏一月三日に鶴松の病気が再発。今度も暫くして回復するが秀吉は気が休まることがない。

 そして八月二日、またもや鶴松の病気が再発。懸命の看病も虚しく八月五日に没する。

 嫡男を失い悲しみに暮れる秀吉は甥の秀次を跡継ぎに指名した。

 そして運命の天正二十年七月二十二日(1592年8月29日)秀吉の母、大政所が息を引き取る。

 危篤の知らせを聞いて急ぎ大坂に戻った秀吉は死に目に会えなかったショックで卒倒したとかしなかったとか。お気の毒な話だ。


 んで、この話のオチは何なんだよ! いい加減にこれが夢だと気付いた大作は夢の中で絶叫する。

 いやいや、夢じゃない夢じゃない。ところがどっこい史実です! まあ、史実だと氏直も天正十九年十一月四日(1591年12月19日)に死んじゃうんだけどな。

 この夢はいったい何処まで続くんじゃろう。大作は小さくため息をつくと夢の続きへと戻って行った。




「大作! ねえ大作ったら! 起きてちょうだいな!!!」

「その声は萌か? まだ真っ暗じゃんかよ。いま何時だ」

「午前三時前よ。月が昇ってちょっとだけ辺りが見えるようになったわ。ちょうど御前崎の沖を通り過ぎるところみたいよ」

「そうか。そりゃあ良かったな。だけど、俺はもう一眠りするよ。お休み……」




 翌朝、大作が目を覚ますと艫屋倉の中は雑魚寝状態だった。戸板の隙間から差し込む僅かな光でも女性陣の寝相の悪さが良く見てとれる。大方、明け方まで対空対潜警戒して疲れているんだろう。

 みんなを起こさないように気を付けながらそっと引き戸を開くと眩しい光が差し込んでくる。外へ出てみると船は強い北風を受け、荒波の中を西へと進んでいるようだ。


「御本城様、漸うお目を覚まされましたか」


 声のする方を振り返ると一段高い見張り台のような場所に例の爺さんが立っていた。


「吉良殿もおひんなりまいたか。今は何処ら辺でござりましょう」

「御前崎を過ぎて二刻ほどなれば、あれに見えるは天竜川にござりますまいか?」


 何故に疑問形? てか、こいつ信用して大丈夫なのかよ。不安に駆られた大作はバックパックから単眼鏡を取り出すと遠くに霞む陸地を望む。

 だが、目に飛び込んできたのはどこまでも果てしなく続く砂浜だ。遠州灘ってずっとこんな感じなんだっけ。確か天竜川からの土砂が波や風で運ばれて堆積したとか何とか。

 途中に港らしい港が無いので天候が急変しても避難場所が無い。とは言え、砂浜に乗り上げるという緊急避難は可能だ。ここは一気に通り抜けるのが吉なんだろう。


「時に吉良殿、今日は風が騒がしゅうございますな。ゴルが風が匂うと言うとりますぞ。いい嵐なんじゃが、どうもおかしい」

「ご、ごる? いや、常と変わらぬ北風にございますぞ。匂いとやらは潮の香りではありますまいか?」

「マジレス禁止! ここは何か気の利いたネタで返して欲しかったですな。まあ、ケイン号の叛乱みたいにならないよう風の神様にでも祈っておきましょう」

「御意」


 分かったような分からんような顔で頷く爺さんを放置して大作は船首に向かう。そこでは小さな未唯が目を皿のようにして大海原を見詰めていた。

 まさか本気で対空対潜警戒をしてるんじゃなかろうな。阿呆な冗談を言うんじゃなかったと後悔するが時すでに遅しだ。


「お早う、未唯。何か面白い物でも見えるのか?」

「あ、大佐。漸う目を覚ましたのね。昨夜は良く眠れたのかしら?」


 未唯は質問に答えることなく別な質問で返してきた。質問に質問で返すな~! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。

 もうこうなったらとことんまで質問合戦だ! 大作は不敵な笑みを浮かべながら新たな質問を発する。


「まあまあかな。ところで未唯、パブロ・ピカソのフルネームを知ってるか?」

「い、いったい何なのよ、藪から棒に? それより大佐こそ知ってるかしら。上を見れば下にあり、下を見れば上にあり、母のはらをとをりて子の肩にあり。なぁ~んだ?」

「う、うぅ~ん。二よりも大きいすべての偶数は二つの素数の和として表すことができると思うか?」

「そ、それじゃあ…… 子子子子子子子子子子子子って書いて何て読むか分かる?」

「だったら、だったら未唯。えっと、えっと……」


 大作と未唯はお互い意固地になって思い付く限りの難問を出し合う。だが、どちらも難しい問題を出すのに夢中でさぱ~り答えることができない。

 って言うか、これじゃあ決着が付かないんじゃね? これ以上戦い続けては人類そのものの危機である。大作は考えるのを止めた。


「あのさあ、未唯。この辺で引き分けにしないか? って言うか、お前、朝飯はもう食ったのか?」

「まだよ。そう言えばお腹が空いたわね。朝餉は何なのかしら?」

「そんじゃあ豪華なブレックファーストを食いに食堂へLet's go! 食堂は何処にあるのかな~?」


 甲板上には艫屋倉の他にそれっぽいスペースが無い。ってことは船内にあるんだろう。艫屋倉の周囲を探すと船底に下りる穴が見つかった。見つかったのだが…… 食堂は無かった!

 船底に下りた二人は疲れ果てた顔をした船乗りたちに頼み込んで食べ物を分けてもらう。そのメニューは何とびっくりしたことに昨日のうちに炊いていたらしい冷え切った御飯だった。

 お園が目を覚ましたら激怒するんじゃなかろうな。大作は想像しただけで背筋が寒くなってくる。だが、食べてみると意外と美味しいかも知れん。やっぱ空腹は最高の調味料なんだろうか。


 そこからは延々と退屈な時間が続いた。目に見える物は周りを囲む海と遥か水平線に霞む海岸の砂浜のみ。時折、遠くを擦れ違う船くらいしか変化が無いのだ。

 船尾に行ってみると僚船は右後方に百メートルほど離れて追走している。単眼鏡を覗くとサツキやメイ、藤吉郎の姿が見えた。


「お~い! お~~~い!」

「どうしたのよ、大佐。いきなり大声なんか出して」

「お前も手を振れ! 向こうもこっちを見てるみたいだぞ」

「そうなんだ。お~~~~~い!」


 二人はあらん限りの大声を上げる。だが、吹きすさぶ風音にかき消されてさぱ~り届いていないらしい。向こうも何か言っているようだがどんなに耳を澄ましても何も聞こえない。


「うぅ~ん、駄目だなこりゃ。やっぱ無線機が必要かも知れん。艦隊内通信用なら低出力で済むから急いで作らなきゃ。取り敢えずは陸に上がったら京まで歩く間を利用してみんなに手旗信号でも覚えてもらおうか」

「だったら未唯にも教えてね。手旗信号はまだできないけどきっと覚えるわ!」

「阿呆なこと言うもんじゃないぞ! また闇ん中へ戻りたいのかぁ? やっとお日様の下に出られたんじゃないか。まあ、嫌でも覚えてもらうけどさ。てか、今すぐ覚えろ。覚えられんと夕飯抜きだぞ! んで、陸に上がったらお前がみんなに教えりゃ良いんだ。こうやって手旗信号の輪がみんなに広がって行くんじゃ」


 格好の暇つぶしを思いついた大作は残った時間で未唯に手旗信号を教えることに決めた。

 とは言っても、大作は手旗信号なんて覚えていない。まずはスマホでそれっぽい情報を探す。


「未唯はカタカナが読めたよな。だったら二十五文字は簡単に覚えられるらしい。ってことで残り二十五文字から先に覚えて行こう。まずはシとソとンだ」

「ソとンって似てるわよね。シとツも似てるけど」

「いいから、まずはシだ。こうやってクロスさせてからレってやってみ。シって字とはちょっと違うけど覚えられんこともないだろ?」

「こうやって…… こうね。未唯、覚えた!」


 遠州灘沖を西へ西へと進む船の上。大作と未唯、二人だけの手旗信号教室が始まった。






 それから僅か二時間ほどで未唯はすっかり手旗信号を覚えてしまった。

 どいつもこいつも記憶力の宜しいことで。大作は心の中で嫉妬の炎を燃やすが決して顔には出さない。


「それじゃあ、大佐。今から未唯が文を送るわよ。何て言ってるか当てて頂戴ね」

「ばっちこ~い!」


 大作は自信満々といった顔で自分の胸を叩く。叩いたのだが…… 未唯の手旗信号の意味がさぱ~り分からない。

 覚えられんと夕飯抜きだなんて言うんじゃなかった。これで自分が覚えられなかったら格好悪いなあ。反省するが時すでにお寿司…… じゃなかった、遅しだ。

 いやいや、こういう時は自分だけは別枠なんじゃね? 手旗信号を終えた未唯が嬉し恥ずかしそうに微笑みながら返信を待っている。

 早く何か答えないと阿呆だと思われてしまうぞ。大作は無い知恵を絞って必死に言葉を捻り出した。


「名選手、名監督にあらずって聞いたことあるだろ? 本当のことを言うと俺は手旗信号を教えてやることはできるけど何て言ってるかは分からないんだ。そんなところでどうじゃろう?」

「どうじゃろうじゃないわよ! 未唯は大佐のために気張って手旗信号を覚えたのよ。それなのに、こんなのって酷いわ! お天道様が認めても、連絡将校の未唯が許さないんだからね!」

「どうどう、考えてもみろよ。視覚通信でしか使えない手旗よりモールス信号の方がよっぽど汎用的に使えるんじゃね? 回光通信機を使った発光信号とか汽笛を使った音響通信とか。夢が広がりング! そんじゃあ、未唯。モールス信号を覚えてくれるかな~? いいとも~!」

「……」


 がっくりと肩を落とした未唯は大きなため息をつきながら黙って目を反らした。


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