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巻ノ百九拾 騙すより騙されろ の巻

 西の空に日が傾いたころ、大作たちはようやく下田に辿り着いた。


 やっぱ船は人類の至宝。まさに科学の勝利だな。阿呆な無駄話をしている間に七十キロも移動してしまうとは。

 京の都までは直線で三百キロ、実際の移動距離は四百キロくらいだろうか。

 とは言え、こんなに幸先が良いと後が怖いぞ。大作は緩みかけた気持ちを引き締める。


 船は下田城を左手に見ながら湾内を軽やかに北上する。やがて城の北東にある砂浜へと静かに乗り上げた。

 何だかまるでラ・ロシェル軍港に帰投したU・ボートみたいだな。想像しただけで思わず吹き出しそうだ。

 いやいや、それってみんな死んじまうじゃん。やっぱ、制空権の確保や対空火器の充実は大事だな。大作は頭を激しく振って想像上のU96を深度二百八十メートルの海底へと深く静かに潜航させた。


 船の上では強い北風に逆らって船を漕ぎ続けてくれた水主たちが肩で息をしている。屈強な海の男たちにとっても結構な大仕事だったらしい。大作たちは船の上を回って一人ひとりに丁寧に礼を言ってから船を降りた。


 海岸の北側にはこじんまりとした集落が川に沿って広がっている。どこからどう見ても鄙びた漁村の典型だ。

 港というのもおこがましい砂浜には漁船らしきちっぽけな船とそれなりに立派な軍船が並んでいた。

 二十一世紀の地図によるとペリー艦隊来航記念碑がこの辺りに建っているらしい。ってことは、二百五十年後にペリー提督が上陸するのも恐らくここなんだろう。


 大作は下田の様子を観察しながら、そんなとりとめのないことを考えていた。すると例の爺さんが近付いてきて話し掛けてくる。


「御隠居様、御本城様。今宵は是非、儂の館にお泊まり下さりませ」

「ごいんきょ? おや、父上。今までいったい何処に隠れておられたのですか?」

「……」


 大作が後ろを振り返るとげっそり窶れ果てた顔の氏政が死んだ魚のような目をして立っていた。良く見れば何だか足元も随分とふらついているようすだ。両脇からサツキとメイに支えてもらっている姿はまるで捕まった宇宙人みたいに見える。


「御隠居様は船に酔われたみたいよ。途中で何度も吐いておられたわ。夕餉は食べられないかもしれないわね」

「だったら代わりに私が頂くわ。安堵して良いわよ」


 横から話に割り込んだお園が得意満面の顔で答える。だけど、いったい何をどう安堵すれば良いんだろう。謎は深まるばかりだ。

 まあ、そんなことはどうでも良いや。大作は頭の中の氏政をシュレッダーに放り込んだ。


「さて、吉良殿。何度も申し上げたように、我らは急いで上洛せねばなりません。具体的に申さば夕飯を食べたらすぐにでもです。なるべく早く外洋航海に耐えられる大型船を二隻ご用意下さい。準備ができ次第、出港いたします。Hurry up! Be quick!」

「しゅっこう?」

「気になるのはそこでござりますか? 軍艦とかが不定期に港を出ることですな。ちなみに出航っていった場合は定期航路の出発を指すそうな。少なくとも海自では言葉を使い分けているそうですぞ」

「いやいや、如何に御本城様の仰せでもそればかりはなりませぬ。十月から一月までの四月は大層と風が強うございます。昼でも危きところを月の無い夜に進むなど、それこそ命が幾つあっても足りませぬぞ」


 今までになく強い調子で爺さんが声を荒げる。その心配は理解できなくもない。理解できなくもないのだが……

 突然の海難事故で主人公一同が死んじまうなんて阿呆な超展開があるわけないやろ~! サザ○さんの嘘最終回じゃあるまいし。

 大作は心の中で絶叫するが顔には決して出さない。そもそも、そんな説明で納得してくれるとも思えないし。


「別に真っ暗闇を進もうなどとは申しておりませぬぞ。夜半過ぎには月も昇って参りましょう。それにほれ、我らにはコンパスという文明の利器がございます。下田を出て進路を二百度くらいに保てば陸にぶつかる心配など万に一つもありますまい。石廊崎を回ったらひたすら西を目指します。駿河湾を横切って御前崎が見えてくるころには日が昇るんじゃありませんか? ね? ね? ね?」

「さ、されど……」

「吉良殿は何か勘違いをしておられるのか? 拙僧はお願いしているのではござりませぬぞ!」


 押してダメなら引いてみなって奴だ。大作は精一杯ドスの効いた声を上げながら射殺すような鋭い視線を投げ掛ける。

 だが、爺さんから返ってきたのは『ごめんなさい、こういう時どんな顔をすれば良いか分からないの』といった微妙な表情だった。

 見るに見かねたのだろうか。お園が二人の間に割り込むように入ってくる。


「どうどう、気を平らかにして大佐。制服さんの悪い癖よ。ことを急ぐと元も子もなくすわ。閣下が不用意に打たれた暗号を解読されたんじゃないの?」

「いやいや、そんなはずはないんだけどなあ。とにもかくにも、此度の上洛には北条が滅びるかどうかが掛かっておるのです。吉良殿、今一度申し上げますぞ。これは拙僧の機関の仕事にございます。吉良殿は船を必要な時に動かして下さればよい。無論、拙僧が政府の密命を受けていることもお忘れなく」

「で、ですから『せいふ』とは如何なる物にござりましょう……」


 気の毒な老人は力なく微笑む。しかし、答えが返ってこないと分かると水主たちに向き直って指示を出し始めた。






 いくら急かしたところで船と人員の手配にはそれなりの時間を要する。やはり当初の予定通り、出港は夜半過ぎに月が昇ってからということになった。

 そうなるとやはり下田湾の周辺を散策しつつ五ヶ月後の戦闘に夢を馳せるのが良いかも知れん。

 下田湾は東西と北の三方を険しい山に囲まれている。こういう谷間では日が落ちるのが早い。これは急いだ方が良さそうだ。

 大作は勿体ぶった仕草で一同の顔をゆっくり見回すと芝居がかった口調で話し始めた。


「さて、僕にはもう本当に時間がない。ちゃっちゃと片付けようか。一緒に山登りしてみたい人?」

「……」


 へんじがない、ただのしかばねのようだ。

 京への上洛には喜んで付いてくるのに山登りが嫌だとは。とんだ我儘を言ってくれるお姫様たちだ。

 こいつら今回の上洛をグルメ紀行か何かと勘違いしてるんじゃなかろうな。大作は心の中で大きなため息をつくが決して顔には出さない。


「あのなあ、いいかお前ら。ネットに書いてある話が本当だったら加藤嘉明とかいう輩が兵を率いて外ヶ浜に強襲上陸するんだぞ。そいつは村に放火したり武山出丸を攻め落としたりと迷惑千万なことこの上ない。そんで、武山に…… 武山っていうのは道の駅のすぐ北側にある険しい山だな。そこに大砲を運んで撃ってくるらしいぞ。まあ、あんな山の上まで簡単に運べる大砲なんてどうせ百匁か二百匁のチンケな物だろうけどな。そんな玩具が城まで届いたとは思えん。仮に届いても当たらなければどうということはないし。とは言え、豊臣勢は城の大手門にも攻め寄せたそうだ。って、誰も聞いてないのかよ!」


 スマホから顔を上げた大作の前には鼻水を垂らした子供や赤ん坊を背負った女の子、ヨボヨボの老人、エトセトラエトセトラ。物珍しそうな顔をした謎の集団が十重二十重に取り囲んでいた。

 あんだけ女性キャラがいるのにヤマンバギャル、じゃなかった。山ガールは一人もいないのかよ…… がっかりだぜ!

 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。それより今はこのピンチをどう切り抜けるかだ。


「お呼びでない? お呼びでないね…… こりゃまた失礼いたしました!」


 大作はあらん限りの大声で絶叫する。そして唖然とした顔の人々を置き去りにしてBダッシュで逃げ出した。




 何とも形容し難い不思議な義務感に駆られた大作は取り敢えず武山を目指す。目指したのだが…… 稲生沢川に阻まれてしまった!

 幅が広いうえに流れの早い川には例に寄って橋なんて架かっていない。辺りを見回してみるが渡し船の姿も見えない。って言うか、対岸には切り立った武山が聳えているだけなのだ。そもそもこんなところを渡ろうとする人なんていないんだろう。

 もっと川下で渡っておかなかったのが敗因なのか? 正に後悔先に立たずんば虎児を得ずそのものだ。大作は肩をすくめながら両の手のひらを上にして左右に広げた。


 ちなみに現代なら川を越える下田ロープウェイに乗ればたったの三分で山頂まで行くことができる。往復券が千三十円、蓮杖写真記念館の入館料とセットだと千三百円とお得らしい。

 って言うか、蓮杖さんって誰なんだろう? 大作はスマホを取り出して情報を探す。どれどれ…… 下田出身の下岡蓮杖さんは日本における商業写真の開祖なんだそうな。アメリカ公使タウンゼント・ハリスに頼み込んで通訳のヘンリー・ヒュースケンから写真のことを学んだんだとか。

 先んずれば人を制す。いち早く写真ビジネスの将来性に気付き、人よりも早く事業を立ち上げるとは先見の明のある奴だな。


 ジョージ・イーストマンが『You Press the Button. We Do the Rest.』(あなたはボタンを押すだけ、あとは我々に任せて)をキャッチコピーに全米展開するのは明治二十一年(1888)のことだ。

 カルダーノが凸レンズを使ったカメラ・オブスキュラを発明したのは1550年頃だそうな。あとは感度の良い感光材さえあれば三百年ほど早く写真を実用化することができるかも知れん。

 そうなれば小田原征伐を写真で記録された世界初の戦争として歴史に残せるんじゃね? 夢が広がりング!

 とは言え、硝酸銀は何とかなるとしても臭化カリウムってどうやって作るんだろう。てか、臭素って臭いんじゃなかろうな。それは勘弁して欲しいんですけど。


 そんな果てしない妄想世界に大作は没頭して行く。お陰で背後から近付く人影には完全に無警戒だった。


「もおぅ、大作ったら! 急に姿を消したと思ったらこんなところにいたのね。みんな心配して探してるわよ」

「うわぁ、びっくりした! なんだ、萌かよ。丁度良いところにきたな。お前、臭化カリウムってどうやって作るか知ってるか?」

「しゅ、臭化カリウムですって? もしかして、写真乾板でも作るつもりなのかしら。そうねえ、二十世紀初頭の臭素は海水を塩素で酸化させてアニリンと反応させた物を沈殿。さらにそれを分解するっていうとっても手間暇の掛かることをやっていたらしいわね。その価格はなんとびっくり、同じ重さの金より高かったそうよ」

「それって中世ヨーロッパの胡椒かよ! 良くもまあそんな高価な物を食用にしたもんだ。人間の食に対する欲望って果てしないんだなあ」


 大作はタイムスリップして三か月にもなるが香辛料が欲しいなんて思ったことは一度もなかった。お園と違ってグルメじゃないので食事なんて腹が膨れればそれで満足するタイプなのだ。たかが胡椒ごときに大金を払う奴の気持ちなんてさぱ~り理解できない。

 だが、萌はお園ほどではないがグルメ派なんだろうか。大作の言葉を完全に無視するかのように小首を傾げて考え込んだ。


「ふ、ふぅ~ん。そうかも知れないわね。なにせ海水中の臭素濃度はたったの65ppmしかなんだもの。そりゃあ高価にもなるはずだわ。だけど、私たちには南関東ガス田から採れる鹹水があるのよ。その中にはなんと海水の二千倍ものヨウ素が含まれているらしいわ。臭素はそこまで豊富ではないんでしょうけど海水よりはマシなはずよ。これを電気分解すれば良いんじゃないかしら?」

「そうなんだ~! かん水があればラーメンが作れるな。水戸光圀を百年以上も先回りできるぞ。それに副産物としてヨウ素が手に入るのも嬉しいな。将来、核兵器を作ろうと思ったら事故に備えて安定ヨウ素剤は絶対に必要だ。先回りして作っておかねばならん」

「だけど、京の僧侶が書いた蔭涼軒日録っていう日記の長享二年(1488)に経帯麺とかいうのを作って食べたって話が出てくるそうよ。それに、ガス田から汲んだかん水で作ったラーメンなんて食べて大丈夫かしら。それはそうと、何で急に写真なんて撮りたくなったの? 戦の役には立ちそうもないんだけど」

「再来年の天正十九年(1591)は初代の伊勢宗瑞が伊豆を平定して丁度百年だろ。これを記念して北条百周年史の編纂事業とかやってみるのも面白そうじゃん」


 大作は得意の口から出まかせで話を誤魔化そうとする。胡椒や写真なんて本当はどうでも良い。馬鹿どもには丁度良い目くらましだろう。

 そんなことより今はもっと大事なことがある。それは武山に登るという当初の目的が時間の経過と共に難しくなってきたということだ。何とかして有耶無耶に誤魔化さねばならん。


「あの山の天辺に岩があるのが見えるだろ? あれに開いた洞窟に役行者が住んでいたそうな。奴は四十過ぎから死ぬまでずっと洞窟暮らしだったらしいぞ。外国訪問時はいつもテント生活していたカダフィ大佐みたいじゃね?」

「役行者って伊豆大島に流されたのよ。なんで下田に住んだなんて伝説があるのかしら。まあ、毎晩のように海の上を歩いて富士山に登った人の考えることなんて常人には理解できるはずも無いわね」

「だけど、死ぬまで三十年も洞窟暮らしするなんて凄いよな。西郷さんですら死ぬ前の五、六日だぞ。ちなみにヒトラー総統も亡くなる前の十日間を地下壕で暮らしているな」


 そんな他愛のない話をしながらも二人はぶらぶらと川沿いを北に向かって歩いて行く。すると武山から北東に向かって山々がなだらかに連なっているのが見えてきた。


「あの山が仰向けに寝そべった女みたいに見えるから寝姿山って呼ばれているらしいぞ。そう思って見れば何だかエロいよな」

「さぱ~り分かんないわね。あっちの下田富士は富士山みたいに見えなくもないけど。そんなことより寝姿山っていうと日本で唯一のラムスデル鉱が採れる場所なんじゃない? 二酸化マンガンが手に入るわよ。それにカリウムを大量に含んだ流紋岩が一億トンもあるらしいわ。戦中から戦後に掛けて露天掘りしていたそうよ」

「カリウム? 黒色火薬でも作ったのか? まあ、木灰より手軽に入手できるのなら掘るのも悪くはないけどさ」

「そりゃあ、肥料にしたんでしょうね。豊臣との戦が終わったら掘ってみるのも良いかも知れないわね。さあ、こんなところで気が済んだ? 日が暮れる前にお城に戻りましょうよ」


 そう言うと萌は大作の手を掴んで足早に歩きだす。その強引さは相変わらずだ。

 これってまるで、ダスティン・ホフマンとキャサリン・ロスの『卒業』のクライマックスみたいだな。

 あの映画のラスト、バスの中でお互いに笑い合っていた二人が不安そうな真顔に戻って行くところが印象的だ。アレってニコルズ監督がなかなかカットをかけなかったせいだって読んだことがある。たぶん狙って撮ったんだろうけど。




 大作と萌は鄙びた漁村を横切ると下田城の大手門に辿り着いた。辺りはもう薄暗くなりかけているようだ。

 質素だが頑丈そうな造りの城門の脇に二人の門番が手持ち無沙汰に立っている。そのすぐ側に座り込んでいた童女が急に立ち上がると駆け寄ってきた。

 こいつの中身って確か未唯だっけ? 千姫だか万姫だか知らんけど何だか変てこな名前だったような。


「大佐、いったい今まで何処に行っていたのよ。みんなして随分と探し回ったんだからね」

「すまんすまん。それでみんなはどうしたんだ?」

「もう船に乗って行っちゃったわよ。急いで船を出せって言ったのは大佐じゃないの」

「え、えぇ~~~っ! 俺を置いてけ掘りにしてどうする気だよ……」


 あいつらだけでこのイベントが乗り切れるとはとても思えん。って言うか、そんなことになったら俺の存在価値が薄れるじゃないか。目の前が真っ暗になった大作は思わずその場にへたり込む。

 だがその途端、未唯が無邪気な笑い声を上げた。もしかして緊張で頭が可笑しくなったのか? と思いきや、ちょっと馬鹿にしたような顔で口を開く。


「安堵して、大佐。戯れよ。みんな、あの大きな船に乗っているわ」

「あ~の~なぁ~~~! ドキッとしたじゃんかよ。俺、前に冗談禁止って言わなかったっけ? 言ったような気がするんだけどなあ」

「騙される方が悪いのよ。東郷様をお訪ねした時にそう言ったのは大佐じゃないの」

「いやいや、どう考えても騙す方が悪いだろ! 騙された奴は阿呆なだけだぞ。別に悪いことは無いと思うんだけどなあ……」


 大作としてはそんなことを言った記憶は無い。だが、その場の勢いで言った可能性は大きい。自然とその口調も尻すぼみになってしまう。

 と思いきや、意外な方向から助け舟が現れた。萌が豪快に笑いながら大作の背中を何度も強く叩きながら口を開く。


「ドンマイ、ドンマイ。シェイクスピアも『お気に召すまま』に書いているわよ。大抵の友情は見せかけで、大抵の恋は愚かさだ。とか何とか」

「そ、そうだよな。それによく、騙すより騙されろとか言うだろ。そう言っておけば安っぽい自尊心が傷つかずに済むんだ。俺は馬鹿だから騙されたんじゃないぞ。ピュアな心の持ち主だから人を疑うことを知らないだけなんだ」

「そうそう。本人が本気でそう思ってるんならそれはそれで良いのよ。決して負け犬の遠吠えなんかじゃないわ」


 何だか馬鹿にされているような気がしないでもない。とは言え、萌や未唯に馬鹿にされたからといって何の実害も無い。大作は考えるのを止めた。






 三人で仲良く並んで船のところまで進んで行くとみんながキリンのように首を長くして待っていた。


「ごめんごめん、ちょっとばかり道に迷っちゃってな。もし萌がいなかったら二度と生きて帰ってこれなかったよ」

「大佐、もう知らないところを一人で出歩くのは止めた方が良いわ。必ず誰か一緒に付いて貰ってちょうだいな」


 お園は顔でこそ笑っているがその口調は有無を言わさぬ強い物だ。お前らが一緒にきてくれなかったからだろ~! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。卑屈な笑みを浮かべながら頭を掻くのが精一杯の抵抗だ。


「御本城様、足の速い船を二艘支度してございます。どちらにお乗りになりますか」


 爺さんの視線の先には大きな船が二艘浮かんでいる。形は一見すると弁才船みたいだが二十丁ほど櫓を備えている。船首の鋭く尖った一本水押がとっても速そうだ。良く見ると帆が木綿製らしい。この時代にそんな物を使っているってことは軍船で間違いない。


「おお、吉良殿。やけに早うございましたな。出港は夕餉の後と申されておりませなんだか?」

「夕餉ならもう食べちゃったわよ。大佐と萌の分は取ってあるから船の中で食べなさい」


 そう言うが早いか、お園は振り返りもせずに梯子を昇って船に乗り込む。夕暮れの下田を出港した二艘の船は折からの北風を帆に受けて南南西へと走り始めた。


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