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巻ノ百八拾九 戦艦大和によろしく の巻

「知らない天井だ…… って言うか、ここっていったいどこなのかしらん?」


 大作が目を開けるとそこは薄暗くて狭苦しい板張りの部屋だった。荒々しい木目の天井板はとっても低いように見える。

 なんだか独房みたいに陰気な部屋だなあ。そう言えば、ちょっと生臭いような。いや、これはきっと磯の香りなんだろうか。潮風だと考えればそんなに悪くもないような気がしないでもない。


 それはそうと、直前の行動と記憶の整合性が取れないっていうのはちょっと不味いんじゃね? いよいよ本格的にボケが始まったのかも知れん。

 大作は必死になって記憶の糸を手繰り寄せようと灰色の脳細胞に活を入れる。入れたのだが…… 何も思い出せなかった!


 ま、いっか。重い打線のだから考えてもしょうがない。大作はそろりそろりと体を起こす。その途端、背後から急に声が掛かった。


「やっと起きたのね、大佐。なかなか目を覚まさないから死んじゃったのかと案じていたのよ」


 大作は恐る恐る後ろを振り返る。するとそこには見知らぬ女が立って…… じゃなかった、これってお園が憑依している督姫じゃん!


「お前なあ~! それが心配してるって顔かよ。まあ、別にどうでも良いけどさ。んで、俺は何でこんなところにいるんだ?」

「えぇ~~~っ! 昨夜(よべ)のことを覚えていないの? 何にも? あんなに大騒ぎしたっていうのに?」

「いや、あの…… ニーチェは申されたそうだぞ。忘却はより良き前進を生むってな。って言うか、過去にばっか捕らわれていても良いことなんてないんだ。んで、本当は何があったんだ。怒らないから正直に話してみ?」

「怒りたいのはこっちよ! 大佐ったら御隠居様と一緒に大人しく夕餉を食べてたかと思ったら酔っぱらって大騒ぎするんですもの。挙句の果てに相手かまわず口吸いしたのよ。あんなのセクハラだわ!」


 と、取り返しのつかないことを…… 取り返しのつかないことをしてしまったぁ~~~! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。

 相手かまわずってことは、まさか未唯や氏政ともキスしたんだろうか。ちょっと確認する勇気が湧いてこないんですけど。


「で、でもさあ。俺って未成年だろ? 酒なんて飲むはずが無いんだよなあ。もしかして氏政が無理矢理に飲ませたんじゃね? だとしたら心神喪失状態に陥る原因を作った奴に責任があると思うぞ」

「そう、良かったわね。その言い訳でみんなが得心すれば。まあ、そんなわけで昨夜のうちに船に運んでおいたのよ。あとでみんなにちゃんと謝ってお礼も言った方が良いわ」

「そ、そうかも知れんな。善処してみるよ。んで? 氏政はどこだ?」

「寒いからって船底にいるみたいよ。サツキやメイが相手してると思うわ」


 何だか顔を会わせ辛いなあ。大作は素早く立ち上がると戸板と思しき板切れを開いて外に出る。周りを見回すと船は海のど真ん中を結構なスピードで進んでいるようだ。

 船の左側はどこまでも果てしなく大海原が広がっている。右側には山々が連なっており、進路の先の方に折れ曲がっていた。


「漸く寝起き給われましたか、御本城様。頃しも真鶴に差し掛かるところにございますぞ」

「うわぁ! びっくりした」


 急に背後から掛けられた声に大作は飛び上がって驚く。慌てて振り返ると焙烙頭巾を被った爺さんが悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。

 これって誰だったかな? そうそう、確か伊豆二十九人衆の筆頭にして評定衆の一員、伊豆水軍を率いる凄い爺さんなんだっけ。


「これはこれは、清水さん…… じゃなかった、吉良様でしたっけ?」

「真は上野介ですがな。まあ、御本城様さえ宜しければご随意にお呼び下さりませ。さても、良い塩梅に北風が吹いておりますな。斯くながら、夕刻までには下田に着きましょうぞ」

「ってことは、相模湾を伊豆半島の東岸に沿って南下中ってことにござりますか。霞が掛かっていて三浦半島や房総半島は影も形も見えませぬな。もしかしてアレは三原山ですかな?」

「如何にも。大島にございます。天文の御神火の折は大事にござりましたが近頃は和らいでおるようで何よりですな」


 ごじんか? 昔の人は噴火のことをそう言ったんだろうか。そう言えば、あの山はしょっちゅう噴火するんだっけ。でも、次回の大噴火は百年くらい先だよなあ。

 大作がそんなことを考えているとお園が興味津々といった顔で話に割り込んでくる。


「大島には何か美味しい物はあるのかしら?」

「お前なあ。督姫にまで食いしん坊属性を付ける気かよ? まあ、別にどうでも良いけどさ」

「米は作っておりませぬが大麦や里芋、大根、大豆などを作っておるそうですな。そう申さば『くさや』とか申す魚の干物(からもの)がございますぞ。宜しければ夕餉にお出し致しましょう」

「じゅるる~ 今から楽しみでなりませぬ。吉良様、忝うございます」


 お園がオーバーリアクション気味にお礼を言い、爺さんが恭しく頭を下げた。もうすっかり吉良様が板に付いてきたようだ。

 それはそうと、アレがとてつもなく臭いって分かったらどんな顔をするんだろう。想像しただけで吹き出しそうだ。

 だが、お楽しみは夕飯まで取っておいた方が面白いかも知れん。大作は『くさや』をラップで二重に包んで心の中の冷蔵庫に仕舞い込んだ。


「それはそうと、大島っていうと源為朝って人が有名だな。風魔さんと比べたらちょい小さいけど身長が七尺もある大男だったらしいぞ。なんとびっくり、三百人乗りの大船を弓矢の一撃で沈めたっていう史上最強のアーチャーなんだとさ。保元物語によると五人張の強弓を十五束も引いたとか引かなかったとか」

「鎮西八郎様にございますな。随分と豪儀な話でありますが、如何な強弓とて矢で大船を沈めるなど真の話にござりましょうや?」

「マジレス禁止! そんな夢のないことを言うもんじゃありませんぞ。まあ、ランボーみたいに炸裂弾頭を装備した矢なら…… いやいや、それでも無理でしょうな。三百人を乗せようと思ったら最低でも二十トンくらいの船が入用ですか? とは言え、そんなボートピープルみたいに詰め込むはずはありますまい。そこで拙僧からのご提案です! それは~~~? ジャン! バリスタみたいな大きな弓にございま~す!」


 大作がスマホに画像を表示させると爺さんが身を屈めてそれを覗き込む。例に寄ってスマホ自体には何の関心も持ってくれていないようだ。

 だが、バリスタには興味津々らしい。小さな白黒写真を穴の開くほど見詰めている。そして、暫しの沈黙の後におもむろに顔を上げると口を開いた。


「御本城様はその『ばりすた』とか申す大弓を用うれば大船を沈むることが叶うと申されまするか? されど、矢で大船を沈むるなど儂には俄かには信じ難きこと。どれほど矢が大きかろうと小舟ですら沈みはしますまい」

「そりゃあ、爆発も炎上もしないキネティック弾頭なら難しゅうござりましょうな。だからといって威力を増すために初速を上げても貫通するだけのことですし。例えるならガンビア・ベイに命中したけど貫通しちゃった四十六センチ砲弾みたいな物でしょうか」

「あら、大作。その説は現代ではほぼ否定されてるわよ。Wikipediaにも大岡昇平のよた話だって書かれてるじゃない」


 どこから湧いて出たのだろうか。いきなり現れた萌が夢の無いことを言って話の腰を折る。

 そう言えばこいつ、幼稚園のころから『サンタさんなんていない』とか言ってたっけ。大作は心の中で苦虫を噛み潰す。だが、決して顔には出さない。


「そ、そうかも知れんな。まあ、仮に事実だったとしても結局は信管の設定ミスってことだし。とは言え、桜花だって駆逐艦スタンリーやシェイに命中したけど貫通しちゃっただろ?」

「どういうことなのかしら? 私、大佐が何を言いたいのかこれっぽっちも分からないわ。つまるところ、どうやったら矢で大船が沈むっていうの?」

「ヒントはちゃんと出しただろ? ちょっとくらいは自分で考えてくれよ。大事なのは貫通せず目標に大きなダメージを与えるってことだ。とは言え、ホローポイント弾みたいに弾頭の変形によって標的に運動エネルギーを伝え易くしようって話じゃないぞ」

「……」


 とうとうマトモに返事が返ってこなくなった。どうやらこの話題が受けていないのは確定的に明らかだ。

 とは言え、今さら方向転換も難しい。ならば敢えて死中に活を求めるしかないだろう。大作は捨て鉢的な覚悟を決める。


「ワシの秘策は百八式まであるぞ。じゃが僕にはもう時間が無いんじゃ。なので今日のところは厳選して三つほど紹介しよう。一つ目は焼玉式焼夷弾の応用だな。あらかじめ鏃を真っ赤になるまで火で焼いてから射てやれば良い。突き刺さったところから火事になること請け合いだ」

「されど御本城様、海の上ならば水はいくらでもございますぞ。火など容易く消して仕舞えるのではありますまいか?」

「いやいや、そのためにテレピン油と申す阿呆みたいに良く燃える油を開発中にございます。こいつを壺にでも入れてトレビュシェットかマンゴネルで敵の船に投げ込んでやりましょう。本格的な油火災は水を掛けたくらいでは絶対に消えませぬ」

「だったら大佐、その油さえあれば弓も矢も要らないんじゃないかしら」


 ちょっと言い難そうにお園が相槌を打つ。その顔にはそろそろ話を終われと書いてあるかのようだ。

 いや、まだだ。まだ終わらんよ。ここで止めたらそれこそ阿呆みたいだし。大作は萎れかけたやる気に鞭を打って奮い立たせる。


「そ、そうかも知れんな。だが、まだもうちっとだけ続くんじゃ。辛抱して聞いてくれるかな? 二つ目のアイディアは魚雷だ。爆弾は空気中で爆発させると圧力が周囲に拡散しちゃうだろ? だけど水の密度は空気よりずっと大きい。だから舷側で水中爆発させれば船体に大ダメージを与えられるんだ。たとえば最後尾に爆弾をくっ付けた巨大な矢を敵船に射掛ける。鏃の付け根を適度に弱く作っておけばそこでポッキリ折れて爆弾は水面下だ。どうよ?」

「どうよってあんた、本気でそんなこと言ってるの? 誰もやらなかったことっていうのは、大抵は先人が思い付いたけどあえてやらなかったことなのよ。そんな兵器が実在しないのは上手く行くはずがないからに決まってるわ」

「は、はっきり言う。気に入らんな。だけど、そういう兵器が発明されなかったのは水中爆発の有効性に誰も気付かなかったからかも知れんだろ? 時代が少し下れば魚雷が大活躍する時代が必ずやってくるんだ。あの大和だって数発の魚雷を受けただけで戦闘能力を喪失している。それか、磁気信管で艦底爆発させることができたらどんな巨艦だってイチコロだぞ」

「まあ、この時代には鉄の船なんていないんだけどね。って言うか、魚雷って本当に憎たらしいほど威力が大きいと思わない? いろいろ理由はあったにせよ空母信濃なんて七万トンもある巨艦がたったの四発で沈んじゃうんだもの」


 腕組みした萌が顰めっ面をしながら首を傾げる。何だか知らんけど例に寄って話の趣旨が変わっているような。

 まあ、時間潰しの雑談だからどうでも良いんだけれど。大作は話の脱線にトコトンまで乗っかることに決めた。


「魚雷を完全に防ぐほどの分厚い装甲は重すぎて非現実的だ。かと言って戦車の空間装甲(スペースド・アーマー)みたいな空層防御では一発食らうと浸水しちまう。液層多重防御は強力だけどそれって最初から浮力を捨ててるのと同じだよな」

「だったら密度が低い物を充填しておけば良いんじゃないかしら。フランスの戦艦でエボナイト・ムースとかいうのを詰めたのがいたわよね」

「何だっけそれ? あぁ! エボナイトを発泡させた奴か。水よりずっと軽いし不燃性なんだっけ。でも、問題は弾力性だな。それに水中弾には効果がないんじゃね?」


 そもそもフランスの戦艦って印象が薄いしなあ。答えに窮した大作は思わず天を仰ぐ。それを否定と受け取ったのだろうか。萌が顔色を変えて食らい付いてくる。


「だったら…… だったら、ヘッジホッグとかRBUシリーズみたいな対潜迫撃砲で迎撃することはできないの?」

「それこそ先人が思い付いたけどあえてやらなかったんだろうな。とは言え、千メートル先を百五十ノットで飛行する雷撃機を迎撃するより遥かに簡単かも知れんか。魚雷なんてたかだか三、四十ノットだろ。艦橋の天辺に二十五ミリ三連装機銃を二基ほど左右に向けて積んでみたらどうかな。上から撃ち下ろせば意外と効果があるかも分からん」

「そうね、戦艦一隻のコストや三千名の人命を考えればやるだけの価値はあるかも知れないわ。話は変わるけど前に朝日ソノラマの何とかいう本で読んだんだけど旧日本海軍でも磁気信管を誤作動させようとしてたそうよ。結果は散々だったらしいけど、方向性は間違っていないと思うわ。ちゃんと研究すれば成果が上がるかも知れないわね」

「それって『海上護衛戦』だな。うぅ~ん、夢が広がリング! それじゃあ下田に着くまでの間、みんなでブレインストーミングだ。さ~あ、みんなで考えよう!」


 大作は甲板に腰を降ろすと両手を広げた。お園、萌、爺さんも車座になって座り込む。

 唐突に始まった大討論会はいったい何処を目指しているんだろう。それは大作にもさぱ~り分からなかった。






 太陽が頭の上を通り過ぎたころ、船は初島を掠めるように通り過ぎる。伊東の沖を回った辺りで伊豆半島に沿って南西へと進路を変えた。遥か西には遠く天城山が霞んでいる。

 草臥れ果てた顔のお園が何十回目になるか分からない疑問を口にした。


「それじゃあ大佐は戦艦は何の役にも立たなかったっていうの? つまるところ、昭和の方々はどうしてそんな物に大金を掛けたのかしら」

「それは航空機の発達が想像を絶するほど急激過ぎたからだろうな。それに比べて対空兵器は悲しいほど役に立たん。最終時の大和には十二センチ高角砲が十二門、二十五ミリ機銃が三連装×五十二基と単装×六基で百六十二門、十三ミリ連装機銃が二基で四門もあった。こいつらが散々に撃ちまくった戦果がたったの撃墜六機だ。他にも五機が帰還後に破棄、被弾が四十七機。いくら何でもコストパフォーマンスが悪すぎるだろ」

「それは旋回速度も発射速度も遅くてマトモな弾幕を張れない十二センチ高角砲が悪いのよ。それと、たったの十五発しか入らない箱型弾倉なんて使っている二十五ミリ機銃も酷いわね。照準器も不出来だし、有効射程も短い。雷撃機は千メートル先で魚雷を投下するのよ。ボフォースの四十ミリをコピーできていれば良かったのに」

「そもそも米軍は最初に五インチロケット弾で対空砲を薙ぎ払うところから始めたそうだぞ。制空権が無い時点でどうもこうもならん」


 心底から悔しそうな顔をした萌が唇を噛み締める。もう、話の脱線は完全にアンコントロール状態も良いところだ。

 もう、どうにでもなれ~! 大作は心の中のリミッターを解除した。いやいや、とっくの昔に解除していたんだけれど。


「まあ、アレだな。アレ。艦対空ミサイルでもあれば何とかなるんじゃね? あるいは対魚雷の防御力を高めるとか、魚雷迎撃システムを作るとかすれば不沈艦は作れるかも知れん。んで、その不沈艦に何をさせるんだ? 戦艦同士の艦隊決戦なんて時代錯誤も良いところだ。かと言って射程四十キロの大砲では内陸部は攻撃できん。それに防御力を高めればただでさえ遅い船足はさらに遅くなるぞ。戦闘を望まない敵は余裕で逃げ回るだろう。もし俺が敵の立場だったら先回りして機雷を敷設しまくるかな。いくら防御力を高めても舵やスクリューはどうにもならんし。ダニガンも言ってたけどコストパフォーマンスまで考えると最強兵器は機雷なんだ」

「それこそ何の解決にもなっていないわ。だったらいっそ五十万トン戦艦を作ったらどうかしら。第十雄洋丸事件ってあったじゃない? 大型タンカーって驚くほど沈みにくいわよ」

「そこまでやるくらいなら氷山空母だろ。アレならいくら壊されても凍らせるだけで復活するぞ。そもそも二百万トンの氷なんてちょっとやそっとじゃ壊せんだろう」

「だ、だったらもう四千メートル級のメガフロートでも作ったら? アレこそ核でも使わないと沈まないわよ」


 議論と呼ぶにはあまりにも低レベルな言い合いはどんどんヒートアップしていく。だが、それまで黙って話を聞いていたお園が辛抱堪らんといった顔で割り込んできた。


「どうどう、二人とも気を平らかにしてちょうだいな。黙って聞いていたけれど大佐も萌も為ん方無きことね。大戦まであと五月しかないんでしょう? もうちょっと実のある話をしたらどうかしら」

「え、えぇ~っ! せっかく盛り上がってきたところなのになあ。まあ、良いか。そろそろ下田に着くころだ。京までの往復で時間は有り余ってる。続きはまた今度にしようか」

「御意!」

「藤吉郎、おまえどっから沸いて出たんだ? てか、話に全然参加してなかったじゃんかよ!」


 大作の突っ込みにその場にいた全員がどっと笑う。そうこうしているうちに大討論会は有耶無耶に終わってしまった。






 日が傾いたころ、船は須崎半島の南端を回り込んで北へと進路を変えた。完全に逆風となってしまったので帆を降ろして水主たちが懸命に艪を漕ぎ始める。

 少し進むと真正面に下田城が見えた。距離は一キロ足らずだ。下田湾に北西から南東に向かって張り出した鵜島の尾根に大小の曲輪が並んでいる。地図によると海抜六十メートルほどらしい。

 城の北には小さな集落があり、北から流れてくる稲生沢川に沿って狭い平地が広がっているようだ。


 海に突き出した山城なんて初めて見る光景にお園は興味津々の顔だ。大作はここぞとばかりに無駄蘊蓄を傾ける。


「史実では来年の四月に長宗我部元親や脇坂安治が率いる豊臣水軍が一万の兵で城を囲む。守るは清水康英が率いる六百の兵。これって吉良殿のことだな。五十余日に及ぶ籠城の末、開城に至るって寸法だ」

「そは真にござりましょうか? 兵が僅か六百しかおらぬとは俄かには信じ難きことにござります」


 すぐ側で話を聞いていた爺さんが目敏く話に食らい付いてきた。利いてる効いてる。大作は心の中でほくそ笑む。


「その歴史を改変するのが拙僧の任務です。吉良殿は兵を必要な時に動かして下されば良い。無論、拙僧が政府の密命を受けていることもお忘れなく」

「せ、せいふ? にござりまするか」

「日が沈むまで間がありますな。夕飯前にちょっくら現地調査と洒落込みましょう。小舟と人手の用意を頼めますかな?」

「御意!」


 例によって行き当たりばったりに大作は下田城とその周辺調査を企画する。

 実を言うと最初に地図を見た時から思っていたのだ。狭い湾内に集結した豊臣水軍に対し、陸上と水軍が連携して夜襲を仕掛けたらどうじゃろうと。

 当日は月も出ていない。潮流とかまで事前に調べて完璧に奇襲すれば壊滅させるのも夢じゃないかも知れん。

 赤壁の戦いばりに大炎上する豊臣水軍を想像しただけで思わず吹き出しそうだ。


 そんな大作をお園と萌は少し離れたところから冷ややかな目で見付めていた。


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