巻ノ百八拾四 開け!小田原評定 の巻
東曲輪を後にした大作、お園、藤吉郎は小田原城の本丸御殿へと戻る。そこで待っていたのは変わり果てた姿の萌、サツキ、メイの三人だった。
まあ、変わり果てたとは言っても元と比べて勝るとも劣らない美人ではあるんだけれど。それに、サツキとメイの巨乳は相変わらず人間離れしたレベルだ。
しかし、再会を懐かしむ間もなく萌は思い出したくもない話を蒸し返す。大作が憑依? というかアレしている北条氏直は再来年の天正十九年(1591)十一月四日に疱瘡で死んでしまうという例のアレだ。
面倒臭いことを考えたくない大作は空疎な笑い声を上げ、残りの面々が引き気味に愛想笑いを浮かべる。
何だか微妙な雰囲気だなあ。大作がそんなことを考えていると唐突にナントカ丸が現れた。幼い小姓は淀んだ空気を吹き飛ばすかのように元気よく声を張り上げる。
「御本城様、評定の支度が整うておりますればお出で下さりませ」
「お、おう。ご苦労さん、意外と早かったな。それはそうと、これからは俺のことは大佐と呼んでくれるかな~? いいとも~!」
「た、たいさ? にござりまするか。されど、其は如何なる由にござりましょうや?」
「え、えぇ~っと。理由なんてあるのかな? そうだ! さっき俺と父上は頭を丸めるって言っただろ。だから法名? 法号? 何か知らんけどそんなのあるじゃん?」
大作は一瞬、野口英世やカーネル・サンダースの無駄蘊蓄を披露するか迷う。だが、これから重要会議だというのに時間を浪費するわけにもいかん。ここは涙を呑んで諦めるしかさそうだ。
「あ、あるじゃんと申されましても某には何のことやら。臨済宗では戒名で宜しいのではござりますまいか?」
「アルジャーノン? それって、あの有名なハツカネズミのことか? ちなみにハツカネズミって名前の由来は妊娠期間が二十日くらいだからなんだってさ。しかも二、三か月で成長するうえ、環境によっては年間を通して繁殖するんだと。だからネズミ算式に増えるなんて言葉もあるんだな。そういえば……」
「大佐、もうたくさんよ。それよりこれから評定なんでしょう? 奉行衆の方々をお待たせしては悪いわ」
「そ、そうだな。そんじゃ、Let's go together!」
大作はみんなの先頭に立って…… あれ? どこで評定を開くのか分からないぞ。仕方が無いのでナントカ丸の後ろに金魚の糞みたいにくっ付いて廊下を進む。
それにしても本当に分かり難い構造の建物だ。さぱ~り道順が覚えられん。こんなんじゃあ、おちおちトイレにも行けんぞ。もっと分かり易い案内板とか矢印を設置して欲しいもんだな。
もしかしてわざとなんだろうか? 敵に侵入された時とかを想定して迷路みたいな造りになっているのかも知れん。でも、このままだと火事になったら大変だぞ。こんなのが消防検査に通るなんて世も末だ。もしかして賄賂でも払ったんじゃなかろうな。
いやいや、今は目の前の会議に集中せねば。大作は頭の中の消防署検査官に丁重にお引き取りを頂く。
「なあなあ、ナントカ丸。小田原評定ってどんなメンバー…… 出席者? 参加者? 顔ぶれなんだ?」
「月二回の式日評定なれば奉行衆の十人にござります。伊勢備中守様、大和兵部少輔様、小笠原播磨守様、松田尾張守様、松田肥後守様、山角上野守様、山角紀伊守様、堀賀伯耆守様、安藤豊前守様、板部岡江雪入道様」
エトセトラエトセトラと大作は心の中で付け加える。って言うか、とてもじゃないが覚えきれん。
顔と名前の一致しない十人を相手に重要会議なんて取り仕切れるんだろうか。何だか知らんけど急にやる気が萎えてきたなあ。
そんな大作の心を逆撫でするようにナントカ丸が薄ら笑いを浮かべながら話を続ける。
「されど、此度は急なお召しにござりますれば御隠居様の御下知により陸奥守様、安房守様、美濃守様、播磨守様、江雪斎様に御出座し頂いております」
「そ、そうなんだ。美濃守と播磨守ってのは一緒に朝飯を食った爺さんだよな」
「それって北条氏規と小笠原康広じゃない。陸奥守は北条氏照、安房守は北条氏邦よ。江雪斎っていうのは外交僧ね。何だか凄い面子だわ。早く会いたいわね」
隣で黙って話を聞いていた萌が嬉しそうに相槌を打つ。名前を聞いた途端、目に見えてテンションが上がったようだ。
だけど、そんなマイナー武将の官位なんか覚えていて何のメリットがあるんだろう。こいつの考えていることはさぱ~り分からん。
まあ、幸いなことに取り敢えず氏政と爺さん二人の顔だけは分かる。そいつらを中心に話を回して行けば何とか襤褸を出さずに済むだろう。大作は考えるのを止めた。
そうこうしている間にも一同は殺風景な大広間に辿り着いた。
床には畳が敷き詰められ、地味な模様だが座り心地の良さそうな座布団も用意されている。
だだっ広い座敷の奥の方に氏政が偉そうに踏ん反り返り、手前には中高年の男が四人、真剣な顔で何事かを話し込んでいた。
「案内ご苦労、ナントカ丸。この会議の後に水軍の関係者と話がしたい。あと、忍びの関係者も呼んでおいてくれるかな~?」
「いいとも~! 水軍と乱破でござりまするな。上野介様と出羽守様で宜しゅうござりましょうか?」
「よ、良いんじゃないかな?」
「畏まりました」
幼い小姓は頭を深々と下げると足早に立ち去る。今度はいったい誰が出てくるんだろう。もしかしてガチャを引くってこんな気分なんだろうか? 大作はスマホゲーに課金なんて絶対にしない奴なので想像することしかできない。
いやいや、そんなことよりまずは目の前の会議を成功させなければ。大作は揉み手をしながら卑屈な愛想笑いを浮かべ、ハイテンションに捲し立てる。
「はいはい、皆さま大変長らくお待たせ致しました。まもなく開演となりますのでお席にお戻り下さい」
その途端、厳つい顔の男たちが一斉に鋭い視線を向けてくる。殺気すら籠ったような戦国武将の眼力は半端ない。
だが、大作は根っからの鈍感さで何とも感じない。そんな気を知ってか知らずか四人の男たちが同時に喋り出した。
「おお、御本城様。漸うと参られましたか。先ほどより御隠居様からことのあらましを伺うておりましたぞ。此度は大層と難儀なことと相なりましたな」
「御隠居様と二人して上洛されるとは真にござりましょうや?」
「もしや豊臣の軍門に降るおつもりではござりますまいな?」
「さても、何故に御裏方様が斯様なところに参られた? 後ろに控えしは下総守殿の娘子ではないか。いったい何用じゃ?」
一遍に喋るな~~~! 俺は聖徳太子じゃねえぞ~~~! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。
取り敢えず不信感を抱かれないように注意しながらこいつらが何者だか探らねば。大作は愛想笑いを浮かべながら頭をフル回転させる。
「え、えぇ~っと。この娘たちはアレですな、アレ…… 閃いた! 名胡桃城で起こりし大事を小田原に伝えんがため、早馬を仕立てて夜通し駆けて参った? ってことで如何かな? そうだろ、萌?」
「もえじゃと? 下総守殿の娘子は甲斐とか申さなんだかのう?」
「ぎくぅ!」
名前も分からないおっさんの突っ込みに大作は思わず悲鳴を零す。その顔にはまるで『細かい事が気になってしまう、僕の悪い癖』と書いてあるかのようだ。
だが、大作は内心の動揺をおくびにも出さない。少なくとも本人はそう思っている。って言うか、本人だけはそう思っていた。
ちなみに『おくび』とはゲップのことだ。漢字で書くと口編に愛。曖昧の曖なら常用漢字なのに、こっちはJIS第三水準なのだ。
ついでに言うと海外ではゲップはオナラよりも行儀が悪いとされているそうな。そう言えば、鼻を啜ったり歯をシーハーするのもマナー違反らしい。
まあ、ここでは南蛮人と会う機会なんてなさそうなんだけどな。大作は考えるのを止めた。
「いや、あの、その。これはアレですな、アレ。防諜対策? じゃなかった、防諜活動にござります。皆様方はTACネームって聞いたことありますか? 聞いたこと無い? そうですか。まあ、それはもかく拙僧のことは大佐と呼んで下さりませ。こいつらは萌の義理の妹のサツキとメイ。こっちの小姓は藤吉郎。以後、お見知り置きの程を」
「で、あるか。じゃが、評定の場に女性や小姓を連れて参るとは思いもよらなんだぞ。まあ良い、さすれば評定を始むると致そうか」
「御意!」
氏政の言葉に男たちが声を揃えて答えた。それに気を良くしたのだろうか。おっさんは鷹揚に頷くと話を続ける。
「沼田城代は猪俣能登守とか申したな。さすれば新太郎の配下であろう。かねてより豊臣との戦も止む無しと申しておったが、よもやお主の差し金ではあるまいな?」
氏政が差し向かいに座っている見知らぬ男へ声を掛ける。
って言うか、新太郎っていったい誰なんだろう。そもそも何でナントカ丸をどっかにやっちまったんだろう。
こんなことになるんなら予習しておけば良かったなあ。後悔するが時すでに遅しだ。
それはそうと、会議を勝手に仕切るな~! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。
とにもかくにも、何があろうと会議の主導権を取り戻さなければ。絶対にだ! こいつらに任せていては纏まる物も纏まらん。
「いやいや、父上。済んだことを気にしてもしょうがありませぬぞ。倒れるときは前のめり。だって、後ろ向きに倒れたら怖いじゃないですか。そんなわけで我らはこれからのことを語りましょうぞ。皆様方、宜しゅうござりまするか?」
「お、おぅ。そうじゃな、何なりと申されよ」
「さすれば、まずは拙僧の腹案をお聞き下さりませ。拙僧と父上は頭を丸めて上洛し、豊臣に臣従を誓おうかと思うております」
「心中?」
名前も分からない髭ぼうぼうのおっさんが怪訝な顔で首を傾げる。
臣従が分からんだと? ちょっと慌てた大作は必死に言葉を選ぶ。
「Homage? commendation? vassalage? 何か違うな。服ふ?」
「な、何と申されまするか! 戦わずして豊臣に降るですと? 然も御隠居様のみならず御本城様までもが頭を丸めるなどと…… 斯様な話、到底みなが甘心致しますまい」
「いやいや、これは敵を欺くための謀にて、猿関白如きに仕える気など毛頭ござりませぬ。皆様方は第二次上田合戦の有名なエピソードをご存じにありましょうや? 上田城に篭城した真田昌幸を徳川秀忠が攻めた時の話にございます。表裏比興の者と呼ばれた彼のお方は申されたそうな。『大人しく城を明け渡しますからちょっとだけ待ってね』と。ところが散々に引き延ばした挙句に『ようやく戦支度が整いましたので何時でも戦えますよ~』なんて挑発したんだとか。頭に血が上った秀忠は家来が止めるのも聞かずに力攻め致します。されど、入念な準備をしていた真田の兵にボコボコにやられてしまいましたとさ。どっとはらい。我々はこのエピソードを横取り致します」
大作は一息にそう言い切るとドヤ顔で踏ん反り返る。だが、十年以上も先の出来事を知っている奴などいる筈も無い。おっさん連中はドン引きの表情だ。まるで汚い物でも見るかのように少し距離を取られてしまった。
「ちょ、ちょっとお待ち下さりませ、皆様方。和平交渉と戦争準備を並行して行うことは国際法上、何の問題も無い行為ですぞ。大日本帝国なんて真珠湾攻撃のニ十分前に交渉打ち切りをアメリカに手渡すつもりだったそうな。ちなみに第一次攻撃隊が空母を発艦したのはその九十分も前にござります。まあ、ちょっとした手違いで宣戦布告が一時間も遅れてしまったのですが」
「そうは申されまするが、御本城…… 大佐様でしたかな? 和議を申し入れながら戦支度を進めるなぞ余りに非道ではござらぬか?」
朝食で同席した胡麻塩頭のおっさんが心中の不満を隠そうともせず顔を歪める。
こいつは確か氏政の弟なんだっけ? 名前は氏規とか何とかいったような。上洛して秀吉と交渉したこともあるんだとか。どうせ豊臣の力を肌で感じた結果、和平派になったとかそんなんだろう。
まあ、その気持ちは大作としても分からんでもない。もし戦になればこれまで数年間に渡って続けてきた和平交渉が全て無駄になってしまうのだ。これもコンコルド効果の一種なんだろう。
映画とかでも駐米経験のある山本五十六や栗林中将なんかはアメリカの実力を正確に把握していたように描写されるもんな。大作は一人で勝手に納得した。
「大佐で結構、様は不要にございます。それはさておき、この程度のことは国際社会においては日常茶飯事にございますぞ。たとえば、第二次大戦末期の日本はソ連を和平仲介の唯一の窓口として頼っておりました。ところが彼奴らは不可侵条約を一方的に破棄して奇襲攻撃してきたのでございます。それも卑怯なことにモスクワの駐ソ連大使に宣戦布告を手渡しながら、日本宛の電信を遮断したのですぞ。ロシア人の悪辣さは想像を絶しておりますな。そもそも国連憲章の第五十一条は国家の自衛権を認めておるのです。自衛戦争に宣戦布告など不要。さすれば我ら北条は何ら憂えることはござりませぬ」
「されど、御本城様。豊臣と事を構えて勝てましょうや? 一昨年の九州攻めにおいて豊臣は二十万を超える大軍で海を渡ったそうですぞ」
胡麻塩頭のおっさんが宥めるような口調で相槌を打った。その顔にはちょっと小馬鹿にしたような笑みが浮かんでいる。これってもしかしてマトモに相手にされていないんだろうか。
「Wikipediaによりますれば此度の秀吉は二十二万の兵を集めておるそうな。そのうち二万は九鬼や毛利の水軍にございます。対する我ら北条は八万二千と書いてありますが相違ありませぬかな?」
「う、うぅ~む。五十貫文に付き騎馬武者一人、旗持一人、鉄砲持一人、槍持二人じゃから…… 六万くらいじゃろうか?」
さっきとは別の知らないおっさんが首を捻りながら答える。もしかしてWikipediaが間違っていんだろうか? 大作は不安感を押し殺しながら平静を装って聞き返す。
「其は真にござりましょうか? 小和田先生は後北条氏の軍役は七貫文につき一人って書いておりましたぞ? この時期、北条の石高は二百四十万石くらいではござりませぬか? 四石=一貫だと六十万貫くらいでしょう? ね? ね? ね?」
「もしや、馬の口取り一人と鎧櫃持一人を加えておるのではござりますまいか? さすれば……」
「八万四千となるな。然ば、我らは北条は一人で豊臣方の兵を三人相手に致さねばならぬぞ。勝てるのか?」
「勝てるのかじゃねえ、勝つんだよ!!!」
大作は氏規の口から零れたセリフに即座に食い付く。この名セリフを拾わんで何を拾えと言うのだ!
だが、そのあまりにも鋭い語気に一同が気圧されたように黙り込んでしまった。これはどげんかせんといかんのか?
「いや、あの、その。しかしまあ、何ですなあ。北条家人数覚書とか関東八州諸城覚書なんかには馬上衆が三万四千騎くらいって書いてありませんでしたか? そうすると歩侍や足軽がその三倍くらいだとすれば合わせて十四万くらいにござりましょう? 1945年のドイツ軍みたいに根こそぎ動員を掛ければこれくらい行くんじゃありませぬか? って言うか、行けば良いですなあ」
「うぅ~む、十四万もの兵を揃えると申されるか? 十五の冠者から七十の老人まで掻き集めれば或いは出来得るかも知れぬが。されど、田畑は如何なさるおつもりじゃ?」
「そこで拙僧は従来とは全く異なった観点からのアプローチをご提案致します。それは~~~ ドゥルルルルル…… ジャン! 農業生産性の向上でした~! 例えば田植定規を使った正条植えを行えば草取りに田打車とかが使えるので画期的な省力化が期待できましょう。稲刈りも随分と楽になるって徹子さんが申されておられましたぞ。他にも回転式脱穀機とか唐箕。あと、塩水選で種籾を選別とかやってみても良いかも知れませぬな」
「儂には百姓のことは良う分からん。そのようなことで、いったい如何ほどの人数が集まるのじゃろうな」
気の無い返事をする氏政の顔にはさぱ~り分からんと書いてあるかのようだ。
大作は心の中で『その厳つい顔をフッ飛ばしてやるぜ!!』と絶叫するが決して顔には出さない。
「まあまあ、そう急かれまするな。拙僧の対豊臣迎撃プランは二百五十六式までござりますぞ。まあ、それは冗談ですが。さて、此度の戦は攻めてくる豊臣を我らが迎え撃つことになりますな。そして戦いの主役は鉄砲。その意味がお分かりにございましょうか?」
「互いに離れたところから鉄砲を撃ち合うということじゃな。故に数多き方に大きな利があるのではないのか?」
「Exactly! じゃなかった、全然違いまするぞ! 攻撃三倍の法則ってご存じですよね? 聞いたことない? ないんだぁ~ だけど、旅順要塞や第一次大戦の塹壕戦を見てもお分かりになりましょう。砦や要塞に籠る兵は歩いて攻め寄せる兵に比べて圧倒的に有利なのでございます。なぜならば、塀に開けた穴から銃口を突き出して撃つだけの簡単なお仕事なんですもん。対する敵は隠れる物も無い野原を歩いて進まねばなりませぬ。弾を込める折にはしゃがむことすら叶いません。こんなの三倍どころか五倍、十倍でも余裕だと思いませんか? ね? ね? ね?」
「されど、大佐。その話と数多の兵を集めることに何の関りがあるのかしら? 小さなことが気になってしまう。私の悪い癖なのよ」
それまでほとんど口を挟まなかったお園が突如として話に割り込む。それも、よりにもよってこのタイミングとは。
もしかしてこいつ、狙ってやってるのか? 大作はお園の真意を図りかねる。
とは言え、話を戻すには丁度良い切っ掛けだ。これに乗っかるのが吉かも知れん。凶かも知れんけど。
「いやいや、そこにこの話が繋がってくるんだよ。野戦ではなく籠城戦で鉄砲を撃つだけなら女子供や翁、媼でも引けは取らんだろ? 拙僧は氏直政権の成長戦略として『女性の活躍促進』を掲げようかと思うておりまする。とある調査によれば女性の社会進出度合で日本はOECD加盟二十九ヶ国中の二十八位という惨憺たる結果となっておるそうな。これを十六世紀の内にベストテン入りさせるのが拙僧の悲願であります。ご理解とご協力のほど何卒よろしくお願い申し上げます」
「戦で女性に鉄砲を撃たせるつもりなの? そんなこと誰もやりたがらないんじゃないかしら」
「やりたがらないじゃねぇ、やるんだよ! 女だから戦に行きたくない? そんな我儘は許されん! ダイバーシティって言葉を知ってるか? 我ら北条は人種、性別、年齢、宗教は勿論のこと障がい、政治、性的嗜好といった多様な価値観を尊重し合って成り立っているんだぞ。そこでクオータ制とかアファーマティブ・アクションみたいな仕組みを導入しようかと思う。男が八万人なら、取り敢えず女を三万人ほど動員してみようじゃないか。合わせて十一万人だから豊臣の半分にもなるだろ。ぶっちゃけ、防衛戦で二対一なら普通に勝てるぞ。むしろ負ける方が難しいんじゃね?」
大作は無責任な楽観論で議論を煙に巻こうと試みる。だって、こんなのどうせ他人事だし。
いま、大切なのは何をさて置いても上洛することだ。京、大坂、堺に行って美味しい物をお園に食べさせてやらねば。
その後の展開は状況を見て適当に決めれば良い。もういっそ、朝鮮半島に渡って現地勢力に協力するとかどうじゃろう? 知識チートで作った最新兵器で秀吉の朝鮮出兵を迎え撃ってボコボコにしちゃうとか。夢が広がリング!
そのためには何としてでもこの会議で上洛プランの承認を得なければ。だが、残された時間はそれほど多く無い。
よし、ここはア○カに肖って乗り切ろう。大作はオーバーリアクション気味に呆れた表情を作ると声を張り上げた。
「皆様方は阿呆にござりましょうや? わけ分かんない連中が攻めてきているのでござりますぞ。降り掛かる火の粉は払いのけるのが当然ではござりませぬか?」
「さ、左様じゃな。御本城…… 大佐の申される通りじゃ。豊臣なぞ降り掛かる火の粉に過ぎんか。猿関白など恐るに足らず!」
そう言うと氏政が豪快に笑い、四人の男たちも愛想笑いを浮かべた。
だが、大作の心は深く暗く淀んで行く。
それを言うなら『恐る』じゃなくて『恐るる』な。大作の小さな呟きは誰の耳にも届いていなかった。




