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巻ノ百八拾弐 そうだ 京都、行こう の巻

「ところでナントカ丸。いま、俺たちってどこにいるんだ?」


 話が一段落したところで大作はふと気になったことを聞いてみた。

 まだ幼さを残した小姓はちょっと呆れた顔で小さくため息をつく。その顔には『こいつとうとうボケやがったか』と書いてあるかのようだ。


「此は異なことを、御本城様。此処は小田原と決まっておりますまいか」

「いやいや、それくらいは俺だって分かってるよ。そんで? 小田原のどの辺りなんだ? 詳しい住所とか知らんのか?」

「じゅうしょ、にござりますか? それはその……」

「なんだよ、やっぱり知らんのか。この地図だとどの辺りだ?」


 大作はスマホに小田原の地図を表示させる。だが、その地図は二十一世紀の物だ。それを見たナントカ丸の顔が悔しそうに歪む。

 効いてる効いてる。大作は満足げに頷くと恩着せがましい態度でフォローを入れた。


「え、えぇ~っと。これが早川でこっちが酒匂川だな。んで、ここが小田原城。やっぱ俺たちは城にいるのかな?」

「左様。いま御本城様が御座しまするは本城の本丸御殿にございます」

「やっぱり本城なのね、御本城様だけに、ぷっ……」


 ナントカ丸の言葉尻を捉えてお園が駄洒落を言う。何だか知らんけど勝手に一人で大受けしているようだ。

 こいつ本当に単純なギャグが好きだよな。まあ、可愛いから良いんだけど。


「さて、それじゃあ面倒臭そうなのから順に片付けて行こうか。まずは北条氏政って奴はどこにいるのかな? 相模守って呼ばれてるらしいぞ」

「御隠居様を奴よばわりにございますか…… 大方、八幡山の新城にでも居られるのではござりますまいか?」


 ナントカ丸が半笑いを浮かべながら答えた。

 こいつもようやくびっくりインフレの境地に到達してくれたらしい。それともスカッドの洗脳なんだろうか。

 その口振りには大作のことを疑っているような気配は微塵も感じられない。


「よし! そんじゃあ、その御隠居様とかいう輩に突撃アポ無し面会だ。Here we go!」

「しょうがないわねぇ~!」

「御意!」


 何だか嬉しそうにお園が相槌を打ち、藤吉郎とナントカ丸がノリノリで後に続いた。




 本丸御殿とやらの外に出ると太陽はまだ低かった。って言うか、今日は西暦だと十一月三十日のはずだ。あと三週間で冬至なんだから低くて当たり前なんだろうか。

 そう言えば、ちょっと風が吹いているので随分と肌寒いような気がしないでもない。

 大作はバックパックからゴアテックスのレインウェアを取り出してお園に手渡した。


「お園、寒くないか? 良かったらこれでも着とけ」

「ありがとう、大佐。でも打掛の上からこれを着るのは難しいわね。折角だから気持ちだけ貰っておくわ」

「だったら持っててやるから一旦、打掛と小袖を脱いだらどうだ?」

「外で裸になれって言うの? こんなに寒いのに? って言うか、これの上に着物を着ろですって? そんなのお天道様が許しても巫女頭領の私が許さないんだから!」


 まるで火がついたようなお園のマシンガントークに藤吉郎とナントカ丸がちょっと引いている。

 と思いきや、一転してお園が無邪気な笑みを浮かべた。どうやら冗談だったらしい。


「はいはい、無理強いしないよ。でも、羽織るだけでも随分と暖かいぞ。ってか、よだれ掛けみたいに手前に羽織ったらどうだ? 袖を首の後ろで結ぶんだ。寒い時は首もとを暖めると良いって聞いたことあるぞ」

「私はそんな話、聞いたことも無いわよ。でも、折角だからやってみようかしら」


 そう言うと、お園が眩いばかりに煌びやかな色打掛の上から地味なレインウェアを羽織る。その違和感は半端ない。大作は思わず吹き出しそうになったが際どいところで我慢した。


「お園は何を着せても良く似合うなあ。馬子にも衣装だぞ」

「それってちっとも誉めてなんかいないわよねえ?」

「いやいや、そんなことはないぞ。どのように解釈するかは人それぞれだろう? それはそうと大昔は蘇我馬子とか小野妹子とか変な名前の人がいたんだよなあ。まあ、二十一世紀にもキラキラネームっていって変てこな名前を付ける親はいるんだけどさ」

「そ、そうなんだ……」


 二の丸、三の丸を通って南に向かう。幾つも門を潜り、幅の広い堀を渡るとようやく城の外にでることができた。

 もしかして帰りにもこれだけ歩かなきゃいけないのか? 無駄に広い城っていうのも困りものだな。掃除とか固定資産税なんかも大変そうだし。


「なあなあ、ナントカ丸。さっき言ってた八幡山の新城ってあとどれくらいだ?」

「あれに見えるが八幡山にございます。あと五町ばかりではござりますまいか」


 ドヤ顔の小姓が指差した遥か先の方には小高い丘が広がっていた。その中腹には幾つもの曲輪が見えている。まさに難攻不落の山城といった感じだ。その遥か向こうには箱根の山々が遠くに霞んで見える。

 って言うか、またもや山登りかよ。まもなく戦国時代も終わりだっていうのに。こいつらいったい何時まで山城なんかに拘ってるいるんだろう。


「固定要塞は人類の愚かさの記念碑って言葉を覚えているか? パットン将軍のお言葉だ。とは言え、ちゃんと保存して整備すれば将来は観光資源になるかも知れんがな。ジブラルタル要塞とか五稜郭とかみたいにさ」

「ふ、ふぅ~ん」


 お園が丘の上の方を見詰めたまま気の無い返事を返す。どうやらこれっぽっちも興味を得られていないようだ。

 まあ、大作としても山登りをする間の時間潰しに過ぎない。真面目に考えるだけ阿呆らしい。


「問題があるとすれば日本の城はすぐ燃えちゃうってことだな。江戸城、大阪城、名古屋城。節子でなくても『なんで城、すぐ燃えてしまうん?』って聞きたくなりそうだろ。まあ、五月十四日の名古屋空襲では五百ニ十四機のB-29が二千五百十五トンもの焼夷弾を投下したって話だからしょうがないんだろうけどな」

「じゃあ燃えないお城を建てれば良いんじゃないかしら。木材をホウ酸水溶液で難燃加工するって言ってたわよね?」

「そうなるとホウ素の入手が急務だな。質は悪いが中国…… 明だっけ? あそこから硼砂とかいうのを輸入できるはずだ。中性子補足材として制御棒にしたり、ホウケイ酸ガラスを作るのにも必要だし。うぅ~ん。こいつは忙しくなってきたぞ!」

「そう、良かったわね」


 何とか話を盛り上げようとする大作の熱意は虚しく空回りする。氷点下に冷え切った場の空気がチリチリと肌を刺激するかのようだ。


「そ、そうだ! ナントカ丸、俺って普段は氏政のことを何て呼んでたんだ? 御隠居様とか言ってたのか?」

「御本城様は御隠居様のことを父上とお呼びしておられました」

「妾は何とお呼びしていたのかしら?」

「御裏方様が御隠居様とお会いしておるところはあまりお見掛けしたことがございません。お義父様とお呼びしておったのではありますまいか?」


 何で疑問形だよ! 大作は心の中で突っ込みを入れるが決して顔には出さない。

 まあ、スカッドの言ってたことが本当なら何て呼ぼうが怪しまれることは無いだろう。

 大作が考えるのを止めたころ、ようやく西曲輪が見えてきた。


 スマホで確認すると本曲輪、東曲輪、西曲輪、南曲輪、鍛冶曲輪、藤原平、御前曲輪、百姓曲輪、エトセトラエトセトラ。どうやらそこら中が曲輪だらけらしい。

 障子堀や畝堀を横目に進んで行くと大きな門が姿を現す。その脇には格子縞の粗末な着物を着て股引みたいな物を履いた門番が二人で手持ち無沙汰に立っていた。その手には身長より少し長いくらいの槍を握っている。


 さらに近付くとこちらの姿を認めた門番が直立不動の姿勢を取った。大作は背筋を真っ直ぐに伸ばすと右手を高々と掲げる。


「ヤルッツェ・ブラッキ()!」

「や、やるっつぇぶらっき()? ご、御本城様、御裏方様。此度の急な御出座し。いったい如何なるご用向きにござりましょう?」


 たとえ北条家の当主といえども目的を告げないと通して貰えないんだろうか? 中年の門番が恐る恐るといった顔で疑問を口にした。

 隣では若い門番が置物みたいに固まっている。


「火急の用件にて父上に御目通りせねばならんのだ。緊急事態につき私が臨時に指揮を執っておる。氏政…… じゃなかった、父上はどちらにいらっしゃる?」

「御隠居様なれば東曲輪においでではござりますまいか」

「で、あるか。ナントカ丸、道は知ってるな? そんじゃあ、Let's go together!」


 大作は門番に軽く手を振ると門を潜る。内側にも二人の門番が立っていて興味深そうにこちらを伺っていた。大作は右手を掲げてウィンクする。二人の門番はちょっと面食らったような顔をしながら深々と頭を下げた。


 一同は東曲輪とやらを目指して歩みを続ける。って言うか、父親に会うだけでこんだけ苦労しなきゃならんとは。何とかならんのか?

 今後、豊臣との全面戦争になるっていうのに氏政と氏直の意思疎通が悪いって致命的なんじゃね? 大作の胸中に急な不安感が込み上げてくる。


「Wikipediaによると去年の八月に氏規が上洛してくれたお陰で豊臣との関係は一時的に改善しているそうだな。氏政が事実上の引退を宣言したのもこの頃だって書いてある。とは言え、大河だと高嶋さんが最後まで実権を握っていたように描かれていたっけ。なあ、ナントカ丸。ぶっちゃけ父上って本当に隠居しているのか? 実は裏で実権を握り続けていて俺は操り人形に過ぎないんじゃなかろうな?」

「あやつりにんぎょう? 人形を操るのでございましょうか?」

「Puppet? Marionette? そうだ、傀儡子! アレなんて確か平安時代からいたんだろ? 木下弥右衛門は傀儡子だったって説があるくらいなんだからさ」

「木下弥右衛門? 其は如何なる御方にござりましょう。御本城様は傀儡をご所望でありましょうや?」


 呆けた顔のナントカ丸が首を傾げる。駄目だ。さぱ~り通じていない。

 と思いきや、捨てる神あれば拾う神あり。藤吉郎が怪訝な顔で話に食い付いてきた。


「木下弥右衛門と申さば某の御父(おとう)と同じ名ではありますまいか。されど某の御父は傀儡子なぞではござりませぬぞ」

「そ、そうなんだ。そんじゃあ何をされておられたんだ?」

「織田弾正忠様の足軽をしておりました。戦で足を悪うした後は大工や鍛冶師、針を売ったりもしておったようですな。いやいや、そう申さば会ったことはございませぬが爺様は山窩の出で木地師だったとも聞いたような聞かなかったような。さすれば傀儡子と関りが無いとも申せませぬな」

「松千代殿。貴殿の御父上様は侍大将を任じられてはおられますまいか。織田の足軽だったなどとは如何なる戯れにござりましょうや?」


 ナントカ丸が血相を変えて声を荒げた。その顔には疑惑の色が浮かんでいる。

 これはフォローが必要なんだろうか? 大作は足りない頭をフル回転させて無い知恵を絞った。


「どうどう、押さえて押さえて。良い男には秘密が付き物なんだ。それはともかく、お前って見掛けによらず複雑な家庭環境で育ったんだな。って言うか、秀吉の出自が謎だらけな原因が奴のせいだったとは思いもしなかったぞ」

「松千代殿のお家が斯様な仕儀にあろうとは思うてもおりませなんだ」

「他言は無用じゃぞ、ナントカ丸。死して屍、拾う者無しじゃ」

「御意!」


 そんな阿呆な話をしているうちにも一行はようやく東曲輪とやらに辿り着いた。

 そこそこ立派な瓦葺の建物が建っているが門番の姿は見当たらない。例に寄って玄関チャイムなんて付いていないようだ。

 仕方がないので大作は大声を張り上げる。


「頼もう! 拙僧は大佐と申します。相模守様にお目通り願いたく参上仕りました!」

「ちょっとお待ちなさいよ大佐。今の大佐は大佐じゃなくて御本城様なんでしょう。それに相手は御父上なのよ。相模守様なんてお呼びしたら妙に思われるんじゃないかしら?」

「そ、そうなのかな? でも、初対面の相手だぞ。最初はよそよそしいくらいが丁度良いかも知れん。それにもし……」


 その途端、唐突に真横から現れた男にいきなり肩を叩かれる。大作は心臓が止まるかと思うほど驚愕した。


「なんじゃ、新九郎ではないか! お督殿もご一緒か。相も変らず仲睦まじきことじゃな」

「うわらば!」


 大作の口から思わず変てこな悲鳴が零れる。目を血走らせながら振り返ると地味な格好のおじさんが立っていた。


 年齢は五十歳くらいだろうか。背は大作とそれほど変わらないようだ。ってことは、この時代としては大柄な方だろう。機嫌の良さそうな微笑みを浮かべた顔つきからはどことなく某ホテルマンを連想させられる。

 萌黄色の小袖の上には肩衣を羽織っていない。平日の午前中だというのに随分とカジュアルな格好をしていらっしゃる。やはり御隠居様だから悠々自適の生活なんだろうか。


 そんなことを考えながら大作は氏政らしき男の様子を観察し続ける。すると男が辛抱堪らんといった顔で首を傾げた。


「して、二人揃うて朝も早うから何の用向きで参ったのじゃ? また、ややこでも授かったのか?」

「いやいや、それってセクハラでは? それともマタハラ? そう言えばマタ・ハリっていうスパイが第一次大戦中のフランスにおりましたな。って言うか、用が無ければ参ってはならぬのでござりましょうか? 子が親に会うのに誰かの許可が必要だとでも? 裁判所から接近禁止命令でも出ておるのでござりましょうか?」


 何か知らんけど感じ悪いなあ。安っぽいプライドを傷付けられたような気がした大作は思わず声を荒げる。

 それはそうと、我ながら何でこんなに沸点が低いんだろう。そうか! たったの七十メートルとはいえ、山に登ったんだっけ。だから僅かながら気圧が下がっているんだ。

 慌ててスマホを取り出して計算すると高度七十メートルで九ヘクトパスカルほど気圧が下がるらしい。ってことは沸点は0.25度くらい低下するはずだ。


 それさえ分かればこんなところに用は無い。とっとと帰るか。大作は右手を軽く上げるとひらひらさせた。


「それでは父上、今宵はここまでに致しとうござりまする。See you later.」

「何を言っているのよ、大佐! 大事なる用向きがあったんじゃなかったの? 猪俣邦憲様とかいうお方が名胡桃城を奪ったんでしょう?」

「な、何じゃと新九郎! 猪俣が斯様なことをしおったじゃと! 其は真か! すぐさま詳らかに申してみよ」


 凄い勢いで食い付いてくるおっさんの顔を見ているだけで大作はお腹いっぱいの気分だ。とは言え、おっさんに加えてお園や藤吉郎、ナントカ丸までもが熱い視線を向けてくる。

 ここで退いたら芸人の沽券に関わるぞ。大作は小さくため息をつくとスマホを起動してWikipediaの名胡桃城の項目を探した。


「知らざあ言って聞かせやしょう。天正十七年十一月三日に沼田城代の猪俣邦憲って人が真田方の中山九郎兵衛とかいう者を寝返らせ……」

「大佐、今日は十月二十三日じゃなかったかしら? 昨日は二十二日だった筈よね。そうじゃなかったかしら、ナントカ丸?」

「たいさ? なんとかまる? 其は如何なることじゃ? 儂にも分かるように申してはくれぬか?」


 話から置いてけ堀にされた氏政が不安気な顔で大作とお園を交互に見やる。

 それはそうとあの怪談、釣った魚をその場で捌いてすぐに食っちまったらどうなるのかな? 代金を置いてけとか言うんだろうか。

 魚を捌くって言えば早川の向こう岸にある漁村でお園と竹輪…… 蒲鉾? アレを作ったっけ。あの時は苦労したけど、今となっては懐かしい思い出だ。あの時にレシピを教えた味噌売りは上手いこと商売をやっているんだろうか。


「もしもし、もしも~し。大佐? Can you hear me?」

「あ、あぁ? ごめんごめん。ちょっと考え事をしていたんだ。んで、何だっけ? そうそう、名胡桃城だったな。でもさあ、ほかならぬ名胡桃城に置いてあったパンフレットには事件が起こったのは十月二十三日だって書いてあるんだよなあ。だけど、Wikipediaの名胡桃城には十一月三日だって書いてあるし。かと思えば北条氏政の項目には名胡桃城奪取事件が起きたのは十月だって書いてある。まあ、たった十日の違いだ。三十九年もタイムスリップしてきた俺たちから見たら誤差みたいなもんじゃね?」


 どうやら十一月三日説が主流で十月二十三日説の方が少数派のようだ。って言うか、ぶっちゃけ資料が少ないのだ。

 そもそも、あの事件を詳細に記述した一次資料ってあるのか? 事件の真相にしたって謎が多すぎる。どの程度まで氏政や氏直が関与していたのか分からん。猪俣の暴走? 真田や豊臣の陰謀? 何を信じたら良いのかさぱ~り分からん。

 極端な説になると名胡桃城事件そのものがでっち上げだなんていうのまである。そもそもこういう陰謀ってトンキン湾事件や盧溝橋事件みたいに真相が詳しく分かる方が珍しいんじゃなかろうか。


 そんな思索に耽る大作の意識がお園の呼び掛けで現実世界に引き戻される。


「何を言ってるのよ、大佐! もう起こったことなのか? それともこれから起こることなのか? これってとっても大いなる違いよ。天と地ほどの差があると思うわ」

「『天と地と』? それって上杉謙信の話だよな? 奴はもう十年以上も前に死んじまった筈だぞ。って言うか、天って言うのが大気圏のことを指しているんだとすればそんなの薄っぺらい物じゃね? 地球儀に例えると紙の厚みくらいしかないんだ。そんな物が……」

「大佐、お願いだからもうちっとばかし忠実立ってちょうだいな。もしも、その名胡桃城とやらが攻め落とされる前ならばそれを妨ぐることもでき得る筈よ。さすれば戦をする大義もなくなるんじゃないかしら?」


 珍しくお園が真剣そうな顔でマトモなことを口にした。そのシリアスな雰囲気に大作も思わず引き込まれてしまう。


「そ、そうは言うがな、お園。スカッドが俺たちに期待しているのはアレじゃね、アレ。圧倒的な兵力の豊臣軍が北条の寡兵に翻弄されるっていうフィクションで定番の展開だと思うんだけどなあ。例えるならば長州征伐とか中越戦争みたいな。戦を回避するなんて誰一人として期待していない筈だぞ」

「そうかしら? 前に大佐は乱世を終わらせるって言っていた筈よ」

「おいおい、お園。お前は何を言っているんだ? 歴史改変は面白ければいいんだ。面白ければ連載される。当たり前だ。だが、君たちの歴史改変は面白くない!」


 大作は某編集長になったつもりでドヤ顔を決めた。だが、その一世一代の名セリフをお園はガン無視する。


「じゃ、じゃあさあ、大佐。反論はしないから対案を出しちょうだいな。そこまで大口を叩いたってことは何か良いアイディアがあるんでしょうね?」


 半笑いを浮かべたお園が挑戦的な口調で捲し立てる。あまりの勢いに氏政や藤吉郎、ナントカ丸はドン引きの顔で固まっているようだ。

 ここは対案を出さない作戦で行くか? 暫しの間、大作は逡巡する。でも、それだと何も考えていなかったことがバレてしまうぞ。お園はともかくとして氏政やナントカ丸にまで阿呆だと思われるのは嫌だなあ。

 こうなったらしょうがない。時間を稼ぎつつ選択肢をなるべく多く残す。これで行こう。


「まずは何をさて置いても事実確認が先決だな。北条には伝馬の継立みたいなのがあったとか無かったとか。もし、名胡桃城で何かあったとすれば明日には情報が届くはずだ。それを見てから今後の方針を決定することになるだろう」

「それで? それでもし、まだ城が落ちていなかったらどうするつもりなのよ。妨ぐるのかしら?」

「カレンダーによれば天正十七年の十月は三十日まであるらしい。ってことは十一月三日までは十日も残っているってことだ。史実では名胡桃事件の知らせを受けた秀吉は首謀者の処罰と氏政の即刻上洛を要求してくる。そこで俺たちは先手を打って中山九郎兵衛の首を持って上洛しよう。トランプ・金の米朝首脳会談みたいなトップ外交を仕掛けるんだ!」

「……」


 へんじがない、ただのしかばねかってんだよ! 全員が揃って口をぽか~んと開けて呆けている。

 ここで笑わんと、もう笑うとこ無いよ~! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さなかった。


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