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巻ノ百八拾 未来からのライフライン の巻

 夕飯を食べ終わった大作はお園や藤吉郎と一緒に無駄話で時間を潰していた。

 過去の経験から言えばもうそろそろ帰還のタイミングがきてもおかしくない。って言うか、きてくれないと困る。本音を言えば早く帰りたくて堪らないのだ。


「知っているか、お園? ビスマルクは申された。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶってな。まあ、俺は自他ともに認める本当の愚か者だから経験にすら学ばないんだけどさ」

「だけど、賢者ひだるし伊達寒しって言うわよ。私、飢えるくらいなら愚者の方が良いと思うわ」

「そ、そう言えばそうかも知れんな。それに正位置の愚者(ザ・フール)って自由気ままとか天真爛漫みたいな良い意味があるんだっけ。雲のジュ○ザみたいで格好良くね? 『我が拳は我流!』ってさ」

「ふ、ふぅ~ん。そう、良かったわね。それで、これからどうするの。望遠鏡は手に入らないのかしら?」


 お園はこれで一件落着といった顔で強引に話題を切り替えた。

 ご馳走で満腹なお園の機嫌は悪くなさそうだ。大作は面倒ごとをさっさと片付けることにする。


「うぅ~ん。誠に遺憾ながら望遠鏡の入手は諦めざるを得ないようだな。今が1589年だとするとジャンバッティスタ・デッラ・ポルタが博学史に望遠鏡の話を書いていたころなんだもん。まかり間違っても遠く離れた日本で現物が入手できるとは思えん」

「しょうがないわねぇ~ まあ、美味しい物がお腹一杯食べられただけでも良しとしましょうか」


 意外なほどあっさりお園が引き下がったので大作は拍子抜けする。

 って言うか、お前の天文学に対する情熱ってそんな軽い物だったのかよ? がっかりだぜ!

 大作は心の中で逆ギレするが決して顔には出さない。


「そんじゃあ、腹も膨れたことだ。電気代が勿体ないからさっさと寝るか」

「でんきだい? 其は如何なる物にござりましょう」

「マジレス禁止! んじゃあ、お休み」


 ナントカ丸の突っ込みを軽く往なすと大作はバックパックから一人用テントを取り出す。

 畳の上なのでフットプリントは敷かなくて良いだろう。言うまでもないがペグを打ったりもしない。お陰で、あっと言う間に設営することができた。


「ねえ、大佐。なんで家の中でテントなんて張ったの?」

「だって少し肌寒いんだもん。って言うか、もうすぐ夏だっていうのに何でこんなに涼しいんだろうな?」

「は、はぁ? 何を申されまするか御本城様。今日は十月二十二日。もう冬でございますぞ」


 呆れた顔のナントカ丸が小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 その勝ち誇ったような表情に大作はイラっとした。だが、持ち前の強靭な精神力でそれを押さえ込む。


「じゅ、十月が冬だって! それってちょっと早くね? だったら七、八、九月が秋アニメになるぞ。そんで四、五、六月が夏アニメ? わけがわからないよ……」

「されど(いにしえ)より冬は十、十一、十二月と決まっておりましょう」

「いやいや、普通は冬っていえば一、二、三月じゃん。だって立春は二月上旬で春分は三月下旬なんだもん。っと思ったけど昔は違ったんだっけ? 王政ローマ時代の一年は冬至から始まっていたとか何とか。って言うか、今日は十月二十二日だっだんだな。知らなかったよ。教えてくれてありがとな、ナントカ丸。んじゃ、お休み!」


 そう一方的に宣言すると大作はお園の手を引いて逃げ込むようにテントに飛び込んだ。

 藤吉郎が助けを求めるような視線を送ってくる。だが、無情にもナントカ丸はその手を引くと何処へともなく連れて行った。


 大作の脳内でドナ○ナのメロディーが物悲しげに流れる。ちなみに『ドナド○』という単語は一般名詞と認められていないんだそうな。だから民謡『ド○ドナ』のフレーズの引用に当たるんだとか何とか。うっかり使うのと著作権法違反なってしまうというんだから恐ろしい。

 マジかよ! 作品タイトルに著作権は認められないんじゃなかったのかよ? ○ナドナ、なんて恐ろしい子!


 って言うか、あの歌を作詞したイツハク・カツェネルソンはアウシュビッツで妻や二人の息子と引き離されたうえ、1944年に死亡したとかいう都市伝説を思い出してしまったじゃないかよ。まあ、それは嘘っぱちらしいんだけれど。

 思い出したら何だかとっても悲しくなってきたぞ。変な夢を見なけりゃ良いけどなあ。

 大作はそんなことを考えながらお園と隣り合って横になる。


「おやすみ、お園。いい夢、見ろよ!」

「大佐もね。おやすみなさい」


 お園と二人っきりで床に就くのは久々だなあ。ところで、目が覚めたらいったい何処に出現するんだろう。

 そんなことを考えているうちにも大作の意識は夢の中へと引き込まれて行った。






「知らない天井だ…… っていうかインナーテントの内側じゃん」


 翌朝、目を覚ました大作の視界に飛び込んできたのは灰色の薄っぺらいリップストップナイロン生地だった。

 恐る恐るジッパーを開いて外の様子を伺って見るとそこに広がっていたのは昨晩と寸分違わぬ座敷だ。

 まさか一晩明けても元の時代に戻っていないとは。予想外の展開に大作は困惑を隠しきれない。

 だが、お園には少しも慌てた様子がない。まるでこの事態を予想していたかのように落ち着いた顔をしている。


「おはよう、大佐。朝餉は何かしらね。私、心許なくて良く眠れなかったわ」

「そ、そうなんだ。でも、ちょっとばかし 心配だな。もしこのまま戻れなかったら厄介なことになるぞ」

「厄介と申されましたか。其は如何なることにござりましょうや?」

「うひゃあ!」


 唐突にテントの外から掛けられた声に大作は思わず小さく悲鳴を上げる。

 恐々、振り返って見るとすぐ目の前にナントカ丸と藤吉郎がちょこんと正座していた。


「そりゃあアレだよ、アレ。今日って十月二十三日じゃん。これって確か名胡桃城が襲撃されて城主の鈴木重則とかいう人が切腹した日なんじゃね? ってことは、あと九か月足らずで北条は滅ぶ…… ぐぇ!」


 お園に思いっきり脇腹を突っつかれた大作が思わず仰け反る。


「いきなり何すんだよ! 理不尽暴力ヒロインは嫌われるんだぞ」

「何を言ってるのよ、大佐。ナンカト丸の顔を見てちょうだい」


 大作の耳元に顔を寄せたお園が鋭い声で囁いた。

 慌てて幼い小姓の顔色を伺うと思いっきり怪訝な表情をしている。


「お前なぁ~! そんなことで肘鉄を食らわせたのか? 勘弁してくれよまったく……」

「大佐。今、大事なのは朝餉よ。そういう阿呆な話は後にしてくれるかしら?」


 鋭い目付きのお園から発せられた言葉は一応は疑問の形を取っている。しかし、その口調は完全に命令そのものだ。これに逆らうのは無謀かも知れん。


「そ、そうだな。それじゃあ頂くとしようか」


 大作は考えるのを止めるとナントカ丸に向かって軽く頷いた。




 ナントカ丸は一旦、隣の部屋に引っ込んだかと思うとすぐに戻ってきた。

 後ろには膳を抱えた四人の若い男が金魚の糞みたいにくっついている。その顔ぶれは昨晩、夕飯を運んできた奴と似ているような似ていないような。

 こんなモブキャラの見分けなんて付くわけがないじゃん! 大作は心の中で逆ギレする。


 って言うか、膳が四つもあるぞ。もしかして藤吉郎やナントカ丸も一緒に食う気になったんだろうか。

 朝食のメニューは玄米の雑炊、蜆みたいな貝の入った汁物、名前の分からない魚の塩焼きなんかが並んでいる。昨夜に比べるとかなり質素だ。でも、朝からあんまり重い物もアレだしな。

 大作がそんなことを考えているとテントの外に出たお園から声が掛かった。既に膳の前でスタンバイしているようだ。


「大佐、早くテントを畳んでちょうだいな。せっかくの朝餉が冷めちゃうわよ」

「いやいや、俺は猫舌(ラング・ド・シャ)だっていつも言ってるだろ。まあ、食べたきゃお先にどうぞ」

「そうだったわね。じゃあ遠慮なく頂くとするわ」


 間髪を入れずにそう答えるとお園は箸を手に取った。だが、困惑したような顔のナントカ丸が懇願する。


「今暫くお待ち下さりませ。まもなく左馬助様と兵部少輔様が参られます故……」

「いやいや、片去り召されずとも結構。遠慮のうお召し上がり下されませ」

「うわらば!」


 不意に背後から掛けられた声に大作は思わず悲鳴を上げる。

 さっきから驚かされてばかりだな。心の中で悪態を付きながら振り返ると見覚えの無い初老の男が二人立っていた。

 二人とも萌黄色の小袖の上に紺色の肩衣を着ている。白髪頭の爺さんは短い腰刀を一本だけ差し、胡麻塩頭のおっちゃんは大小二本差しだ。


 もしかして、この爺さんたちと一緒に食べるんだろうか? 大作はナントカ丸に近付くと小声で囁き掛けた。


「なあなあ、こちらのお方々はどちら様なんだ? 姓名官職を教えてくれないか?」

「は、はぁ? まだ、昨日のお戯れの続きにござりまするか?」

「無論だ。依然として警戒態勢は継続しているぞ。もし、この人たちの中身が別人と入れ替わってたら大変だろ?」

「左様かも知れませぬな。此方におわすお方は美濃守様、彼方は播磨守様にございますぞ」


 ナントカ丸が得意気な顔で答える。だけど、その情報に何の価値があるっていうんだろう。大作はイラっとしたが決して顔には出さない。


「そんなんじゃ分からんぞ。もっと詳細な個人情報が必要だ」

「こ、こじんじょうほうにござりまするか…… 助五郎様はご隠居様の御舎弟様にあらせられますな。御本城様の叔父上にございますぞ。六郎様はご隠居様の姉上、穂徳寺様を娶られた北条御一門のお一人にございます。督姫様お輿入れの折、浜松城までお迎えに参られたと聞き及んでおりますが」

「督姫ってお園のことか? 良かったな。お前にも名前があったんだ」

「I'm sure. そりゃあそうでしょう。無かったら困るわよ」


 お園が両手を肩の高さで開いて見せながら呆れたように苦笑した。だが、すぐに真顔に戻ると再び箸を取る。

 それを見た二人の老人はやれやれといった顔で苦笑を浮かべ、白髪頭の方が遠慮がちに口を開いた。


「今朝は御裏方様も共に朝餉を給わるのでござりましょうか?」

「え、えぇ~っと。そのつもりですが、何か問題でも?」


 大作は卑屈な笑みを浮かべながらお園と老人達の顔色を上目遣いで交互に伺う。


「いやいや、決して吝かでははござりませぬ。ご遠慮のうお召し上がり下され」

「されば、駿府左大将殿よりの返り申しを先に取り遣りましょうぞ。まずは此方の書状をご覧下さりませ。駿府左大将殿は……」


 老人たちが一方的に話を始める。だが、またもや登場した知らない名前に大作は辟易としてきた。


「なあ、ナントカ丸。駿府左大将って誰だ?」

「駿府左大将様は御裏方様の御父上にあらせられますぞ。御本城様の舅殿にござりま…… はて、何故この場に居られぬお方のことまでお訪ねになるのでございましょう?」


 得意満面で解説していた幼い小姓の顔が突如として訝し気に歪む。その瞳はまるで『細かい事が気になってしまう、僕の悪い癖』と言っているようだ。

 気が付くと二人の老人もいつの間にか話を止めていた。疑わしそうな表情で大作の顔を穴の開くほど見詰めている。


 お園が箸を止めると小さくため息をついた。そして苦笑を浮かべると大作の耳元に口を寄せて囁く。


「ねえ、大佐。もう、ギブアップした方が良いんじゃあないかしら。バレる前に謝った方が許して貰えるかも知れないわよ」

「そ、そうかも知れんな。うぅ~ん、これ以上は成り済ますのは無理っぽそうか。よし!」


 大作は老人二人に向き直ると居住まいを正して真面目腐った表情を作る。

 そんな空気を読んだのだろうか。老人やナントカ丸たちの顔にも緊張が浮かぶ。


「実はここで重大発表がございます。それは~~~ ドゥルルルルル…… ジャン! 拙僧は御本城様ではございません! えぇ~~~っ! な、なんだってぇ~~~!?」

「……」


 みんなから向けられた冷ややかな視線が痛い。

 ノリの悪いやっちゃなぁ。大作は黙って箸を取ると玄米雑炊を掻き込んだ。




 どう反応したら良いか迷っているんだろうか。それっきり二人の老人たちは報告を中断すると口を塞いでしまった。

 お通夜みたいに静まり返った座敷に大作とお園と老人たちが玄米雑炊を啜る音だけが響く。


 って言うか、どうすりゃ良いんだ? この変な空気を! ぎゅっと目を瞑ってぱっと開けたら元の時代に戻ってたりしないかな? そんな阿呆なことを考えた大作は試しにやってみる。だが、開いた目の前には相変らず顰めっ面の老人が座っていた。


 これはもう駄目かも分からんな。こうなったら最後の手段を使うしか無いか。切り札とはギリギリまで取って置く物なのだ。

 だが、大作が奥の手を繰り出そうとした瞬間にどこからともなく聞き覚えのあるメロディーが流れてきた。


「何だっけ、この曲? どっかで聞いたことあるような、無いような?」

「あるのか無いのかどっちよ! 私は知らないわ、こんな曲」

「うぅ~~~ん。絶対に聞いたことあるんだけどなぁ。ここまで出掛かってるのに気持ち悪いなぁ。って言うか、そもそもどこから聞こえてくるんだ?」

「大佐の袋の中からよ。開けてみたらどうかしら」


 お園が指し示した部屋の隅にはバックパックが置かれていた。って言うか、何で音のする方向が分からなかったんだろう。もしかして突発性難聴で片耳が聞こえていなかったら嫌だなあ。

 そんなことが気になった大作は片耳ずつ手で蓋をして音がちゃんと聞こえるか試してみる。どうやら特に問題は無いらしい。念のために両耳を塞ぐと音が聞こえなくなった。


「何をしているの、大佐?」

「もしかして片耳が聞こえていないのか心配になったんだよ」

「えぇ~~~っ! 其は大事ではござりませぬか。薬師をば召し出だしましょうか?」


 その途端ナントカ丸が血相を変えて擦り寄ってきた。どうやらその表情は本気で心配してくれているように見える。


「いやいや、No problem. ちゃんと聞こえているみたいだよ」

「そう、良かったわね。それより、何処から音が出ているのか早く見てちょうだいな。私、その音が気になってしょうがないわ」

「はいはい、今やりますよ。本当にお園はせっかちだなあ。急いては事を仕損じるぞ。Haste makes waste!」


 そんなことを言いながら大作はバックパックを開ける。何となく予想はしていたが音楽を奏でているのはスマホだった。その画面はと見て見れば『着信 スカッド』の文字が表示されている。


「着信だと? ってか、ここって電波入るんだ! って言うか、機内モードにしていなかったっけ?」


 そう言いながら大作は画面に表示された受話器アイコンにタッチして着信する。


「Hello,Can you hear me?」

「もしもし、生須賀くん? 俺だよ、俺、俺!」


 スマホから聞き覚えのある男の声が返ってくる。

 誰だっけ、この声? いやいや、画面にスカッドって表示されてたやん! 大作は自分に自分で突っ込みを入れる。


「スカッドさん、よく私の携帯番号を知ってましたね? って言うか、ここって電波入るんですか?」

「ああ、これは携帯の電波じゃ無いんだ。WiFiを使ってGoogleのハングアウトで掛けてるんだよ。だから電話代も掛からないんだ」

「ふ、ふぅ~ん。そりゃあ便利ですね。てか、ここWiFi使えるんですか?! そもそも機内モードにしてるんですけど?」

「冗談だよ。ご都合主義の超テクノロジーさ。そんなことより本題に入っても良いかな?」


 会話の内容が気になるのだろうか。お園が耳をくっ付けるように体を寄せてきた。老人やナントカ丸も訝し気な顔で様子を伺っている。

 大作はみんなにも聞こえるようスピーカーのアイコンを押してハンズフリーに切り替えるとスマホに向かてって呼びかけた。


「きこえますか…… きこえますか…… スカッドさん…… 今…… あなたの…… 心に…… 直接…… 呼びかけています……」

「いやいや、普通に聞こえているから。生須賀くん。アハハハ……」


 ややウケといった感じの笑い声がスピーカーから零れた。

 それを聞いた老人やナントカ丸が目を丸くしている。その顔には『小さな板切れから声が!』と書いてあるかのようだ。

 これは適当に誤魔化してやらなければ。大作は心の奥底に封じ込めていた悪戯心を解放する。


「実はこのお札の中には一寸法師が封じ込められておりましてな。時折、こうやって話し掛けてやらねば機嫌が悪うなるのでございます」

「これは魂消(たまぎ)り仕りました。御本城様がこのような物をお持ちとは。今の今まで存じませんでしたぞ」

「いったい何処で斯様な物を手に入れられたのでござりましょう? 一寸法師は中からは出てこられぬのでしょうや?」

「どうどう、落ち着いて下さりませ。その話はまた後で宜しゅうございますか? まずは先に片付けねばならぬことがありましてな」


 老人たちは少し不満そうな顔をしているが取り敢えずは黙って頷いてくれた。

 と思いきや、スピーカーからスカッドの声が響く。その声には僅かに苛立ちが含まれているような。


「生須賀くん、そろそろ本題に入って良いかな? 実を言うとあまりのんびりもしていられないんだ。このままだと来年の七月には北条は滅びちゃうんだよ」

「そんなことよりスカッドさん。一つ教えて下さいよ。さっきの着メロは何て曲だったんですか?」

「そ、そんなこと? 北条が滅びるかも知れぬと一寸法師は申しておられますぞ! 其れより大事なるとことなどありようもござりますまい!」


 目を吊り上げた白髪頭の爺さんが声を荒げる。

 こいつら何でこんなに気が短いんだろう。大作は心の底からどうでも良くなってきた。

 小さくため息をつくとお園のスマホを借りて情報を探す。なにせ大作のスマホは通話に使っているのだ。

 大作は適当に目に付いた情報を拾い読みする。こんなことになるんなら寝る前に予習しておけば良かった。後悔先に立たずとはこのことか。


「北条は滅びんよ。何度でも蘇るさ。それが人々の夢だからだ! ぶっちゃけた話、豊臣はあと二十五年で滅びます。されど、北条はすぐに復活いたしますぞ。氏直は疱瘡でコロっと死んじゃうそうですが氏規って人が河内国に所領を貰うんですと。そして狭山藩一万石の大名として明治維新を生き延び、子爵として華族に列せられたんだとか。早いうちに新政府に付いたおかげで官軍にもなれたそうですぞ。まあ、財政が破綻してたせいで藩知事は辞任しちゃうんですけどね」


 その途端に胡麻塩頭のおっさんが怖いくらいに真面目な顔で詰め寄ってきた。

 ちょ、ちょっと近すぎるんですけど。大作は思わず身をのけ反らせる。


「御本城様、氏直とは御本城様の諱ではござりませぬか。然てまた氏規は儂の諱にございますぞ。よもやお忘れではありますまいな?」

「そ、そうだったんだ~! 拙僧、また一つ賢くなっちゃいましたな。てへぺろ!」


 大作は舌を出しながら拳骨で自分のこめかみ辺りを軽く小突く。

 だが、そのジェスチャーは怒りの炎に油を注いだだけだったらしい。老人二人は鬼のような形相で黙ったまま睨み付けてくる。


 そんな微妙な空気は電話の向こうには通じていないのだろうか。相変わらずの呑気な声がスマホから零れてくる。


「もしもし。聞いてるかい、生須賀くん。この着メロは稲田康さんってお方が作曲した『ニ長調 作品17 大盛況』って曲なんだよ。たぶん君にはファミマの入店音って言った方が分かり易いかも知れんね。まあ、パナソニック電工のドアホンとかに使われていた曲なので天気予報なんかにも使われてたんだけどさ。ちなみに著作権なら心配いらないよ。稲田さんはお心の広いお方でね。非営利目的で常識の範囲なら使って良いっておっしゃってられるんだ。そう言えばこんな話もあるぞ……」


 頭を抱え込んで唸る大作を他所にスカッドの無駄蘊蓄は止まる所を知らないようにスピーカーから流れ続けていた。


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