巻ノ百七拾八 探せ!望遠鏡を の巻
夕飯までの暇を持て余していた大作、お園、未唯の三人は弥十郎にくっ付いて祁答院の嫡男、重経の屋敷を訪れた。
だが、そこでの会話はイマイチ盛り上がらない。しかし、若殿はよっぽど暇をもて余していたのだろうか。気前の良いことに夕飯をご馳走すると言い出した。
これはもっけの幸いと大作は未唯を伝令に出す。そして、その帰りを待ちながら待ち時間を無駄話で潰していた。
しかし、そこに突如として現れた三の姫は鉄砲を構えると冷たい微笑みを浮かべる。
「意外と兄上も甘いようで……」
大作はお園に覆い被さるように耐爆防御姿勢を取りながら固く目を閉じる。
目を閉じたのだが…… 何も起こらなかった!
「What's happened? いったい今のは何だったんだろうな? って言うか大丈夫だったか、お園? どうやら生き残ったのは俺たち二人だけ…… って、あんた誰?」
大作が体を浮かすと仰向けに寝そべっている女の顔が目に入った。その姿格好はお園とは似ても似つかない。って言うか、結構な巨乳なんですけど。思わず大作の鼻の下が伸びる。
年齢は二十代前半といったところだろうか。派手な模様の入った上等な小袖を着て色打掛を羽織り、長い髪は大垂髪にしている。
良く整った顔付きの結構な美人さんだ。いや、かなりなんてレベルじゃないぞ。超絶美人といっても差し支えないかも知れん。お園には負けるけど。
ぱっと見は三の姫の十数年後に見えなくもない。あいつもアレで結構な逸材だし。だけど、そんな超展開ありなんだろうか?
いやいや、あんたも姫様じゃろうが儂らの姫様とだいぶ違うのぉ。大作は心の中で小さく呟いた。
「何を言ってるのよ、大佐…… って、あんたこそ何者よ!」
一瞬遅れて謎の美女も引き攣った顔で声を荒げた。怒った顔も可愛いな。もしかして、お園といい勝負かも知れん。いやいや、ギリギリの僅差でお園の方が可愛いけど。
って、それどころじゃないだろう。まずは跳び跳ねるように体を起こして距離を取る。そして敵意が無いことを示すため手のひらを見せながらひらひらさせた。
「せ、せ、拙僧は決して怪しい者ではござりませぬぞ。これは何ていうかアレですな、アレ? 善管注意義務ってご存じにありましょうや?」
「拙僧ですって? ひょっとして、あなた大佐なの?」
謎の美女が驚きの色を隠そうともせず意外な言葉を口にする。あまりにも想定外な展開に大作も困惑を禁じ得ない。
って言うか、これってアレじゃね? 何だっけ? アレだよアレ、閃いた! じゃなかった、思い出した!
「も、もしかして。僕たち……」
「私たち……」
大作はそこで言葉を区切るとアイコンタクトでタイミングを計る。謎の美女も目線でそれに答えた。
「せ~のっ」
「「入れ替わってる~~~?!」」(誰か知らん人と)
二人のユニゾンが広々とした座敷に響き渡る。大作とお園は映画の主人公とヒロインみたいに暫しの間、見詰め合っていた。
大作は眉間に皺を寄せ、腕組みをしながら考え込む。落ち着いて周囲を見回してみれば座敷その物もさっきまで居た若殿の座敷とは違っているような気がする。
もしかして、これは大変なことになったのかも知れん。いやいや、これまでにも似たようなことは飽きるほどあったっけ。お園と一緒&他人の体に乗り移るっていうのがちょっと目新しいだけだ。
って言うか、どうせ入れ替わるなら男女も入れ替わった方が面白かったんじゃね? いやいや、別にいやらしいことを考えてるわけじゃないんだけどなあ。誰に言うでもなく心の中で弁解する。
取り敢えずお園を安心させた方が良さげだ。大作は精一杯の爽やかな笑顔を浮かべながら努めて気楽そうに言葉を紡いだ。
「安心したまえ、あの石頭は私のより頑丈だよ。どうせすぐに元いたところに戻れるんじゃないかな? って言うか、戻れたら良いなあ」
「えぇ~~~っ! それって、若殿の夕餉はどうなるのよ! 折角のご馳走が食べられないなんて非道だわ! こんなのって……」
「どうどう、落ち着いて。お前の着物を良く見てみ。すっごい豪華絢爛じゃん。ってことはよっぽどの金持ちなんだろう。この部屋だって畳が敷き詰めてあるぞ。たぶんここは俺たちがいた時代より少し未来なんだ。あの時代には無かった美味しい食べ物があるかも知れんぞ」
無いかも知れんけどな。大作は心の中で呟くが決して顔には出さない。
正直に言ってこれはギャンブルだろう。でも、決して分の悪い賭けじゃないはずだ。だって、部屋も着物も明らかに立派なんだもん。
それに万一、ショボい料理が出てきたとしても料理人に責任を押し付ければ済む話だ。大作は考えるのを止めた。
「ふ、ふぅ~ん。分かったわ。それで? その、美味しい食べ物っていうのはどこにあるのかしら」
「ここではないどこかだよ。まあ、ディナータイムになったら誰か呼びにくるんじゃね? そんなことより俺たちは今しかできんことをやろう」
「それって例えばどんなことよ? 夕餉までにできることなのかしら」
「実を言うと俺は今まで何度も別の時代に行ったことがあるんだ。そしてそこからサックスとかレジュメとかいろんな物を持って帰ってきている。ってことは、この時代からも何か持って行けるんじゃね?」
大作は自信満々のドヤ顔でそう言い切った。これまでいろんな物を盗って…… 借りてきてるんだ。今回だって上手く行くに違いない。
だが、それを聞いたお園はがっくりと肩を落とす。そして、呆れ果てたといった顔で詰問するように問い掛けてきた。
「あれって黙って盗ってきていたの? 然ながら盗人の如きことね」
「いやいや、たまたま手に取ったらそのままタイムスリップしちゃったんだよ。これって未必の故意、じゃなかった。不可抗力じゃね? だって、返したくても所有者と連絡を取れないんだもん。俺は善意の第三者として管理しているだけなんだ。これが善管注意義務って奴だ」
「そう、良かったわね。それで? 今度はいったいどんな物を持って帰るつもりなのかしら」
これ以上の追求は無意味だと悟ったんだろうか。お園はあっさりと矛を収めると話題を変えてきた。
興味深そうに輝く大きな瞳にじっと見詰められた大作は思わず視線を反らす。って言うか、この大人っぽい美女の中身がお園だとはいまだに信じ難い。
もしかしてギャップ萌えってこんな感じなんだろうか。いやいや、全然違うんじゃね? 大作は自分で自分に突っ込みを入れる。
「ここが近未来だとすれば俺たちの時代には無い物が狙い目だな。あるか分からんけど金属薬莢を使った連発銃なんて手に入ったら面白そうだろ? 最低でも雷管くらいは欲しいところだな」
「そんな物を持って帰れても使ってしまったらお仕舞いじゃないかしら。同じ物が作れないとどうにもならないと思うわよ」
「そ、そう言えばそうかも知れんな。いやいや、サンプルがあるだけでも開発が随分と楽になるんじゃないか? って言うか、なったら良いなあ」
「そうかも知れないわね。そうじゃ無いかも知れないけど。でも、そんな物より私は望遠鏡が欲しいわ。反射式でも屈折式で良いから土星の環や木星の大赤斑が見られるくらいのよ」
そこで言葉を区切るとお園は嬉しそうに微笑んだ。まったく別人の顔をしているというのにその仕草はまるっきりお園そのものだ。
って言うか、こいつの天文学に対する異常な情熱はいったいどこから湧いてくるんだろう。
だったら真面目に相手をしてやらねば。大作はスマホを起動すると…… ってスマホはどこだ!
焦った大作は血走った目で座敷を見回す。だが、どこにも荷物は見当たらない。
「無い! 無いぞ! 俺の荷物は何処に行っちゃったんだ? あれがないと力がでないよ~」
「何を言っているのよ、大佐。背中に担いでいるそれは何なのかしら」
「ちょ、ちょっとしたジョークだよ。メガネを掛けたままメガネを探したりするみたいな? あれの応用さ。あは、あはは……」
苦し紛れの言い分けをしながらも大作はバックパックからスマホを取り出した。
良かったぁ~ 思わずほっと安堵の吐息が漏れる。
過去の経験から推測すれば、すぐに元の時代に帰れる可能性は高い。でも、万一にも戻れなかった場合はスマホ無しじゃ生きて行けない。『No smartphone, no life.』なんだからしょうがない。
取り敢えずは土星や木星に関する情報を呼び出してざっと目を通す。
「うぅ~ん。大赤斑を見るんなら口径十二センチは欲しいかな。まあ、昔は光害や大気汚染なんて無いから十センチでも見えるかも知らんけど。でも、大赤斑ってこの時代にもあるのかな。って言うか、そもそも今は西暦何年なんだ? カッシーニが発見したのは1665年だけど、その前の状態なんて誰にも分からないんだよな。Wikipediaにも1714年から1830年には存在しなかったって書いてあるし。ちなみにカッシーニは1682年に長さ四十六メートルもある空気望遠鏡でカッシーニの間隙も発見したんだとさ。こいつを見ようと思ったら口径八センチ以上が欲しいな」
「口径八センチね。分かったわ。それくらいなら二人で持って帰れそうよ。それじゃあ望遠鏡を探しに行きましょう。Let's go together!」
さも決定事項のようにお園が一方的に宣言する。そして有無を言わせぬ勢いで大作の手を掴んで立ち上がった。
「ちょっと待ったぁ~! そこまで急がんでも良いんじゃね? 夕飯は逃げないぞ。って言うか、美味しい料理には時間が掛かるんだ。それよりもちゃんと作戦を立ててだな……」
「そんなこと言っても私たち、いつ元に戻るのか分からないんでしょう? もし目の前で夕餉を食べ損なうなんてことになったら私、神掛けて許さないんだから」
思った通り、お園の興味は望遠鏡より夕飯の方を向いているらしい。だけど、大作はたかが食事のために無用なリスクを冒すなんて真っ平御免の助なのだ。
ここはガツンと言ってやらねば。大作は揉み手をしながら卑屈な笑みを浮かべる。そして腫れ物に触るように慎重に言葉を選んだ。
「そうは言うがな、お園。アルキメデスの亀? じゃなかった、アリストテレスの亀って知ってるか? とっても遅い亀をダッシュで追い掛けてるのに何故だか追い付けないってパラドックスが……」
「それってアキレスの亀よね? 亀との隔たりの真ん中まで進む間にも亀はちょっとだけ前に進む。そこから真ん中まで進む間にも亀はちょっとだけ前に進む。だからいつまでたってもアキレスは亀に追いつけないって言うんでしょう?」
「そうそう、それそれ。だから俺たちも夕餉にありつけない…… って、それじゃあ食べられないじゃん!」
「ありがとう、もうたくさんよ。大佐のアホ面には心底うんざりさせられるわ。あまり私を怒らせない方が良いわよ。当分、二人っきりでここに住むんだから」
悪戯っぽい笑顔を浮かべながらも毅然とした態度でお園は部屋の端まで進む。そして有無を言わせぬ勢いで襖を開けた。
お園には未知の物に対する恐怖っていうのが無いんだろうか。それとも食欲が何物にも優先しているんだろうか。
きっと人類で最初に河豚を食べた人もこれくらい好奇心旺盛だったんだろうな。大作は一人で勝手に納得した。
襖を開いた向こう側にもそっくり同じような座敷があった。誰もいないし調度品も無い殺風景な座敷だ。ただ、欄間がやたらと豪華な細工になっているのが目を引く。その真ん中にあるのは家紋のようだ。
横に並んだ二つの三角の上に三角が積み重なっている。なんでまた、トライフォースがこんなところにあるんだろう。大作は首を傾げて考え込む。
これってもしかして三つ鱗ってやつじゃね? ちび○子ちゃんのCMでお馴染みのエネルギー関連企業だ。石油製品、LPガス、煉豆炭や石炭から住宅機器やミネラルウォーターなどの製造販売までやっているんだそうな。
ぼお~っと大作が欄間の家紋を眺めているとお園もそれに気付いたらしい。隣に並ぶと一緒にそれを見上げながら口を開いた。
「これって三つ鱗よね。北条様の家紋じゃないかしら」
「北条? 北條じゃなしに? って大河ドラマにもなったアレか? 北条時宗! それって元寇とかの時代なんじゃね? もしかして過去にきちゃったっていうのか?」
取り敢えず時間稼ぎに適当な相槌を打つ。なぜなら、大作はあの番組をほとんど見たことが無かったのだ。和泉元彌が主役だったことくらいしか記憶に無い。そもそも三十二歳で死んじゃった人の大河ドラマってどうなんだろう? とは言え、ヒトラーも言ってるぞ。凡人の一瞬の閃きは、天才の一生に勝る! いやいや、逆だよ逆!
大作がそんな益体も無いことを考えているとお園から鋭い突っ込みが入る。
「でも、それだと畳が敷き詰めてあるはおかしいんじゃないかしら? 三百年近くも昔にそんな物は無かった筈よ。知らんけど」
「いやいや、マジレス禁止。北条は北条でも後北条って奴だろ? さすがの俺だってそれくらいは知ってるぞ。って言うか、こっちがボケてるんだからちゃんと突っ込んでくれよ」
「大佐、年頃の男が突っ込んでなんて言うもんじゃないわ。はしたないわよ」
まるで勝ち誇ったかのようにそう宣言するとお園がしてやったりという顔で大爆笑した。大作は悔しさに唇を噛み締めながら黙って拳を握り締めるしかない。
それがよっぽど嬉しかったのだろうか。お園は上機嫌で立ち上がり、つかつかと襖の側まで歩いて行くと振り返る。
「ま、それはともかく先を急ぎましょうよ。私、早く望遠鏡を見つけたくて堪らないわ」
「だ~か~ら~~~! もうちょっと慎重になれって言ってんだろ! ブービートラップとか仕掛けられてたらどうすんだよ? キューブっていうカナダ映画を知らんのか?」
「そんなの私が知るわけないでしょうに。だったら大佐が先に行ってよ!」
まるで聞く耳を持たないといった様子のお園は猪突猛進の勢いで襖を開く。そして力任せに大作の背中を押した。
あまりに突然のことに思わず勢い余って踏鞴を踏む。もうちょっとで派手に引っくり返りそうになりながらも大作は何とか踏み止まった。
ちなみに踏鞴というのは『もの○け姫』なんかにも出てきた足踏み式の大きな鞴のことを指す。踏鞴製鉄という言葉の語源も実はアレを使うからなのだ。
隣の座敷に入った大作は素早く周りを観察する。そこもやはり似たような造りになっていた。って言うか、くりそつ(死語)過ぎて違いがさぱ~り分からない。
まさかとは思うけど何処まで行っても同じ部屋がずぅ~っと続いてたら怖いなぁ。それこそキューブの世界じゃんかよ。
そんな妄想世界に現実逃避していた大作はふと視線を感じて振り返る。座敷の隅を見るとそこには小さく蹲った一人の少年がフリーズしていた。
年の頃は藤吉郎くらいだろうか。何だか知らんけど阿呆みたいにド派手な色の肩衣袴を着ている。
頭を見ると何だかとっても個性的なヘアースタイルをしていらっしゃる。月代を剃っているが長く伸ばした前髪をぐるっと後ろに引っ張って髷に編み込んでるようだ。これって角前髪とか言うんだっけ。
千手丸や虎丸みたいな小姓の色違いモンスター? って言うか、あいつらの上位互換っぽく見えなくもない。ってことは交渉の余地ありなんだろうか?
とにもかくにもまずはコミュニケーションだ。大作は例に寄って手のひらを開いて敵意が無いことを表明する。そして少年の顔色を窺いながら精一杯の穏やかな声を出した。
「せ、拙僧は怪しい者ではござりませぬ。実はトイレをお借りしたのですが、帰り道に迷ってしまったようでしてな。出口は何処にございましょうや?」
「拙僧ですと? されど、其元様は御坊には見えぬようですが……」
小姓みたいな身なりの少年は大作が見せた小さな隙を見逃さない。目敏く言葉尻に食らい付くと疑念の籠った視線を向けてきた。
その瞳はまるで『細かい事が気になってしまう、僕の悪い癖』と言っているようだ。
それを見かねたのだろうか。お園は大作の耳元に口を寄せると小声で囁いた。
「用心して頂戴、大佐。こんなことで望遠鏡が手に入らなくなったら私、怒るわよ!」
「分かってるって。だけどお園こそ、もうちょっと慎重に行動してくれないかな? 見ていて冷や冷やすんぞ」
だが、その瞬間に小姓っぽい少年が血相を変えて詰め寄ってきた。どうやら、二人の内緒話は丸聞こえだったらしい。
「大佐とお園様ですと! 何故にその名をご存じにござりまするか? お二人が何処におられるかご存知ありませぬか?」
こいつ、何て地獄耳なんだろう。大作は警戒レベルを引き上げながら少しだけ距離を取った。
「此方こそどうしてそれをお尻に…… じゃなかった、お知りになりたいのでしょうかな? そもそも此方は何方様にございましょうや?」
「これは申し遅れました。某は藤吉郎と申します。お二人とは……」
「と、と、と、藤吉郎だと? お前、藤吉郎だったのかよ!」
お園がいたんだから藤吉郎だっていても不思議はない。って言うか、この流れからするとメイやほのかも当然のように出てくるんじゃなかろうか。
くノ一や巫女軍団もゾロゾロと出てくるっていうお約束の匂いがプンプンするんですけど。大作は心の中で小さくため息をつくと少年の前に腰を降ろして口を開く。
「分かるか、藤吉郎? 俺だよ。俺、俺!」
「も、もしや大佐にございましょうや? されど、何故にそのような…… 何と申しましょうか。あの、その……」
「安心したまえ、あの石頭は私のより頑丈だよ。詳しいことは歩きながら話そう。とりま、望遠鏡と美味い夕飯を探すぞ。here we go!」
そう言うと大作は入ってきたのと反対側の襖を勢い良く開く。そこにあったのはそれまでと同じような座敷だった。
冗談抜きに同じ部屋が何処までも続いてるんじゃなかろうな。あるいは三部屋ほど先が最初の部屋の反対側に繋がってループしてるとか。
「よし! まずは我々の居る世界が閉じているのか開いているのかを確認するぞ。お園、藤吉郎、手伝ってくれ!」
「はい、大佐!」
「それで? 私はいったい何をすれば良いのかしら?」
ポンコツトリオたちの冒険はまだまだ始まったばかりであった。




