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巻ノ百七拾六 掘れ!はねくり備中 の巻

 はねくり備中のテストを兼ねたデモンストレーションのため、大作、お園、未唯の三人は舟木村を訪れていた。

 そこには綺羅星の如く居並ぶ…… とまではいかないが、着の身着のままの名主や村人たちが輪になって集まっている。

 だが、そのど真ん中で行われていた未唯の実演は残念な結果に終わりつつあった。


 ちょっと涙目をした未唯は仰向けの蛙みたいに引っ繰り返っている。大作はその手を掴んで起こしてやりながら声を掛けた。


「大丈夫か、未唯? 何か変な音がしてたぞ。救急車を呼んだ方が良いかも知れんな」

「お、御居処(おいど)がとっても痛いわ。こんなにしこたまぶつけたのは初めてよ」


 腰を屈めた姿勢でお尻を摩りながら未唯が恨めしそうな顔をしている。

 これは何か気の利いたことでも言わなきゃならんのだろうか? 大作は敢えて危険を承知で果敢に攻めに行く。


「もしかしてお尻が割れちゃったんじゃね? ちょっと着物を脱いで見してみ」

「もおぅ、大佐ったら! せくはらよ!」


 お園が大作の頭を豪快に叩きながら声を荒げた。こいつ、言葉より先に手が出るタイプなんだろうか?

 いやいや、今のはほとんど同着だな。写真判定レベルでも決着が付かないくらい同時だった。


「ごめんごめん、ちょっとしたジョークだよ。って、そんなことよりはねくり備中はどうなった? まさか壊れてないよな?」

「そんなことですって! 未唯の御居処はどうでも良いって言うの?」

「そういう意味じゃないよ。ただ、今日の目的ははねくり備中のテストだろ。その優先順位を忘れんでくれ。どれどれ……」


 大作は鍬の刃と柄を拾うと目を皿のようにして観察する。幸いなことにどちらにも欠損している箇所は無いようだ。

 ほっと安堵の吐息をつきながら辺りを見回すと少し離れたところに小さなパーツが転がっていた。


「良かった~ どこも壊れていないぞ。(かすがい)が外れただけみたいだな」

「何を言ってるのよ、大佐。それは(くさび)だわ。鎹っていうのはこんな格好をしているのよ」


 そう言いながらお園が手でコの字型を作る。

 言われてみればそうかも知れん。子は鎹とか言うもんな。また一つ、恥を掻いてしまった。大作は照れ隠しに大袈裟に驚いた振りをする。


「な、何だって~! またしてもJIS第二水準の呪いかよ! もういっそ漢字なんて廃止しちまうか? よし、一段落したらカナモジカイでも設立しよう」

「また阿呆なことを言い出して。大佐がちゃんと読み書きを覚えれば済む話でしょうに。今晩からでも私が教えてあげるわ」

「ありがとな、お園。それはともかく、柄をくっ付け直すぞ。えぇ~っと、金槌なんて持ってないよな? 未唯、そこの石ころを拾ってくれ」

「はい、大佐」


 未唯が握りこぶしくらいの石ころを拾うと恭しく差し出した。大作はそれをさも大事そうに受け取る。そして鍬と柄を組み合わせて鎹…… じゃなかった、楔を打ち込んで行く。

 それはそうと、この取り付け方法は改善が必要かも知れん。少なくとも今の構造のままだと安全性に問題があるような、ないような。


「本機のご使用にあたっては鍬と柄の接合部を必ず点検して下さい。異常なぐらつき等動作に支障がある場合はすぐに使用を中止し、取扱店または我が寺にご相談下さい。そのまま使用すると事故の原因となる恐れがあります。転倒や怪我に注意し、周辺の安全を十分に確認の上でご使用下さい」

「いきなり何を言い出すのよ、大佐?」


 唐突な大作の長ゼリフにお園が呆れた顔で相槌を打った。

 考えに熱中するあまり、またもや独り言を言っていたらしい。大作は照れ笑いしながら弁解じみた口調で応える。


「いやいや、取説には何て書いたら良いかなって考えてたんだよ。もし誤った使い方で怪我でもされたらPL法とかで賠償責任を負わされそうだろ」

「だったら、ややこを宿している(をみな)も使わない方が良いわね。私みたいに引っくり返ったら大事よ」

「そうだな。妊娠中の方はご使用をお控えくださいって書かなきゃならんな。電子レンジ猫訴訟みたいな目に遭ったら困るもん。さて、できたぞ。皆様、大変長らくお待たせ致しました! まもなく上演を再開致します! さあ未唯、リベンジ・マッチだ」


 そう言うと大作は未唯にはねくり備中を押し付けて少し距離を取る。お園も未唯の肩を軽く叩くと大作の横に移動した。

 未唯はいまだに不安そうな顔をしているようだ。だが、小さくため息をつくと開き直ったかのように乱暴に鍬を地面に突き立てた。そして勢いを付けて全体重を掛けて飛び乗る。その動きには一切の迷いが無い。

 さっきと違って鍬の刃先が深々と地面を貫く。すかさず未唯は流れるような動作で柄に体重を掛けた。一瞬の後、硬く踏みしめられた地面が驚くほど簡単に掘り返される。


「おぉ! 斯様に(こは)い土を稚けなき()の子が耕すとは。これはこれは、真に魂消り申した!」


 名主の口から驚きの喚声が上がる。その顔からはさっきまでの小馬鹿にしたような表情が消えていた。普通に驚く、って言うか感心してくれたようだ。

 一時はどうなることかと思ったが誠意を持って接すれば何とかなるものだな。大作は思わず安堵の胸を撫で下ろす。未唯に近付くと軽く肩を叩いて労いの言葉を掛けた。


「素晴らしい、未唯君! 君は英雄だ! 大変な功績だ! バンバンバン、カチカチ あら?」

「ありがとう、大佐。でも、褒めたって何にも出ないわよ」

「そんじゃあ、その調子でこの広場を耕して貰えるかな? お園は時間を計ってくれ」

「お待ち下され、大佐殿! こんなところを穿り返されては困ります。せめて裏手の方でお願い致します」


 未唯が鍬を振りかぶった瞬間、血相を変えた名主が止めに入る。

 そう言えば、材木屋でも同じことを言われていたような。なんて学習能力の無い奴なんだろう。大作は他人事のように呆れた。

 まあ、本当に他人事なんだけれど。


「さ、左様にござりまするな。まあ宜しゅうございます。後はどうぞご自分で好きなだけお試し下さりませ。このはねくり備中は我が寺と舟木村との友好の証にございます。無償貸与させて頂きます故、是非ともご活用下さりませ」

「これを下さると申されまするか? これは有難きこと。努々粗略には致すまじく候らえば、大事に用うるべく……」


 名主の顔は一見すると有難がっているように見えなくもない。とは言え、実は内心ありがた迷惑だったりするのかも知れない。だが、とりあえず大人の対応をするつもりのようだ。

 って言うか、この時代はまだまだ鉄が貴重なはずなのだ。風呂鍬とかいって木の板に鉄製の刃先を被せたハイブリッド構造だったらしい。

 戦国時代の鋤や鍬の値段に関する資料なんて見たことが無い。十四、五世紀の資料ならあるんだが、それが鉄で作られていたとは思えないのだ。


「いやいや、これはフィールドテストにございます。不具合が無いか調べることが目的にござりますれば積極的にどんどん使って下さりませ。もしも欠けたり曲がったりしても無償で修理、又は交換させて頂きまするぞ」


 今回の目的は実運用下における問題点の洗い出しだ。丁寧に使われるよりか多少は荒っぽく使って貰わないと意味が無い。

 だが、名主にはさぱ~り意味が通じていないらしい。怪訝な表情で軽く頷くと小首を傾げた。


「ほほう、左様にござりまするか。さすれば態と壊してやれば宜しいのですかな?」

「全然まったく違いますぞ! 普通に使って下さりませ。普通って分かりますか? usual? ordinary? 尋常! そうそう、いざ尋常に使ってやって下さりませ。Am I making sense?」

「こ、心得ました。いざ尋常に使わせて頂きまする。ほれ、小助。お預かり致せ」

「へ、へえ」


 名主の脇に控えていた中年の小男が恭しげに鍬を受け取る。


「この鍬さえあらば女子供や媼でも一人で軽々と荒れ地を耕すことが叶います。あとは菜種とか木綿やお茶といった、いわゆる商品作物を作ってみては如何にござりましょう。我が寺が高値にて買い取らせて頂きますぞ。そういうのを引得の田畑とか申すのでしたかな? 節税対策にもなって一石二鳥にござりましょう」

「左様にござりますか。宜しゅうお頼み申します」


 さて、用は済んだし長居は無用だ。襤褸を出さないうちに撤退が吉だろう。大作は村人たちをぐるり見回すと名主に向き直った。


「先ほどもご覧頂いた通りに鎹…… 楔? 何か留め金みたいのがありますな? あれが緩まないようにだけはお気を付け下さりませ。時折は菖蒲を様子伺いに参らせます故、不都合がござりますれば言い付けて下さりませ。然らばこれにて」


 大作が深々と頭を下げるとお園と未唯もシンクロする。数舜の後、頭を上げた大作はくるりと踵を返すと脱兎の如く村を後にした。




 足早に村外れまで進んだところで三人は少し歩を緩めた。未唯が何か言いたそうにソワソワとしている。それに気が付いた大作はニヤリと微笑み掛けた。


「何か言いたいことがあるのか、未唯? 聞いてやるから言ってみ」

「どうやら生き残ったのは私たち三人だけらしいわね!」


 最高のドヤ顔をした未唯が胸を張って宣言する。大作は何とも形容できない疲労感に襲われた。


「はいはい、そうみたいだな。さて、これから何しようか?」

「えぇ~~~っ! 私、ちゃんとボケてるんだから大佐も突っ込んでよ!」

「だ~か~ら~! 若い娘が突っ込んでなんて言うもんじゃ無いぞ、はしたない!」

「もおぅ、大佐ったら。せくはらよ!」


 そんな阿呆みたいな話をしながら来た道を戻って行く。日は少し傾いているが日暮れまではかなり時間がある。


「さて、このまま材木屋ハウス(虎居)に戻ろうか? でも、二段ベッドを作るよう頼んだんだっけ? いま戻ったら手伝わされるかも知れんな。やっぱ適当に時間を潰そう」

「てきとう? それって何処に行くっていうの?」

「適当は適当だよ。そうは行ってもなぁ~ とりあえずあっち行ってみようよ!」


 舟木村に戻るわけにはいかん。材木屋ハウス(虎居)も駄目となると右か左しか無い。とは言え、右に行っても山道しか無いはずだ。

 大作は消去法的に左に進んだ。でもこっちってお城の方向だよな。面倒臭い奴に会わなければ良いんだけれど。


 そんなことを考えながら一行は通りを進んで行く。すると見知った顔が向こうから歩いてくるのが目に入る。それは誰あろう、弥十郎だった。

 それにしてもこいつ、本当にエンカウント率が高い奴だ。まさかとはおもうけど日がな一日、流しのタクシーみたいに城下をうろついてるんじゃなかろうな?

 会社をリストラされたことを家族に打ち明けられず公園のベンチで日がな一日を潰す中年サラリーマンかよ!

 大作はそんな失礼な考えをおくびにも出さず、軽く頭を下げる。


「これはこれは、工藤様? お久しゅうございますな」

「何を申されるか、大佐殿。昨日に会うたばかりではあるまいか。よもやお忘れか?」


 そ、そうだったかな? 新キャラが一遍に十人も増えたせいなんだろうか。脳の情報処理がさぱ~り追い付いていないような。大作は曖昧な笑みを浮かべながら揉み手をする。


「昨日? そんな昔のことは忘れ申しました。拙僧の記憶力はハンフリー・ボガード譲りにござりましてな」

「さ、左様か。それは失礼仕ったな」


 大作があまりにも堂々としらを切ったので弥十郎が思わず怯んだ。二の句が継げないといった顔で目を丸くしている。


「して、工藤様。今日は如何なされました?」

「おお、そうじゃったそうじゃった。他でもない、昨日に大佐殿が申しておった祁答院鉄砲隊の門出を祝うお披露目いべんとのことなのじゃ。先刻、儂のところに慎之介が参って申しておったぞ。聞けば大佐殿が鉄砲の撃ち手を出して下されるそうじゃな。それを若殿に申し合はせに参ろうかと思うておる。宜しければ大佐殿も同行頂けぬか?」


 あの野郎、弥十郎に丸投げかよ~! 大作は心の中で呆れ果てるが決して顔には出さない。

 って言うか、これってもしかして暇つぶしに持ってこいなんだろうか。それに、慎之介に任せていては纏まる物も纏まらんだろうし。


「それは宜しゅうございました。拙僧からも幾つかご注進したき儀がござりますれば喜んでご同行させて頂きましょう」

「左様か。では、いざ参ろう」


 弥十郎が鷹揚に頷くと先に立って歩き出す。大作たちは金魚の糞のように後ろにくっ付いて行った。






 若殿のお屋敷に着くと四人はすぐに座敷に通された。どうやら弥十郎はちゃんとアポを取っていたらしい。

 弥十郎が右側、大作が左寄り、左端にお園が座った。向こうから見て左上座だからこれで良いんだろう。未唯は廊下の隅に小さく縮こまっている。

 待つこと暫し。祁答院氏十三代当主良重の嫡男、重経が現れた。大作たちは慌てて平伏す。


「苦しゅうない。面を上げられよ」

「ははぁ~」


 大作が顔を上げると重経が畳の上にちょこんと座っていた。偉そうにしているわけでもなく、ふんぞり返っているわけでもない。

 だが、齢十二のちびっ子の癖に相変らず凄い貫禄だ。とてもじゃないが藤吉郎と同じ年頃の子供には見えない。

 馬子にも衣装ってやつなのか? いやいや、小さいとはいえ国人領主の嫡男という立場がそうさせているんだろう。


「ご無沙汰しておりました、若殿。ご機嫌麗しゅうございます」

「和尚も息災のようじゃな。五日ぶりになろうか。時に大佐殿、本を出版すると申しておったが滞りのう進んでおるのか?」


 えぇ~~~っ! アレを真に受けてたのかよ…… いまさら冗談だって言った怒るかな。

 とは言え、スウィフトのアレがある。一つ嘘をつくと、二十の嘘をつかなければならなくなるとかいうアレだ。

 しょうがない。ここはひとつ、一休さんやワシントンを見習って正直に打ち明けるとしようか。大作は精一杯の申し訳なさそうな顔を作る。


「申し訳ございません、若殿。真に残念ながら版元の都合により本の出版は暫くの間、見送らせて頂くこととなりました。現在、鉄砲の取説を優先して作っておるところにございます。拙僧の自伝に関しては時期を見て再考させて頂きます故、今暫くお待ちくださりませ」

「で、あるか。是非に及ばず。いと、心許ないことじゃな」


 いやあ、腹を割って話せば分かって貰える物だな。大作はほっと安堵の胸を撫で下ろす。

 とは言え、心許ないってどういう意味なんだろう? 古語辞典を調べてみようかな。どれどれ……

 なんだと! 昔は『待ち遠しい』って意味で使われていたんだと! また一つ勉強になっちゃったぞ。


 重経の追求を無事に逃げ切ったつもりの大作は心ここにあらずんば虎児を得ずだ。完全に妄想の世界に没頭する。

 だが、若殿の追求は終わっていなかった。不意に掛けられた言葉で大作の意識が現実に引き戻される。


「然れば、大佐殿。歯は如何なされた?」

「歯? 歯にござりまするか…… アレはアレですな。お、お陰様で歯は何ともござりませんでした。虫歯ではなく、歯茎に雑菌が入って炎症を起こしておっただけのようにございます。そう申さば、エジプトのファラオや源頼朝公も虫歯で苦しんだそうですな。若殿も歯磨きはきちんとやった方が宜しゅうございますぞ」

「うむ、それは何より重畳じゃったな。儂も歯には用心致そう」


 そう言うと若殿が何度も頷いた。歯医者とかが無かったこの時代、虫歯になったらマジで最悪だ。どうやら本気で心配しているらしい。


「そう申さば、木浦の村にて鹿や猪の害獣駆除を行っておるところにございます。猪の毛を使えば良い歯ブラシが作れるやも知れませぬな。次回訪問時には試供品をお持ち致しましょう。八十歳になった時に歯を二十本以上残す。8020運動を心掛けて下さりませ」

「お、おぅ……」


 追及が一段落した隙を大作は見逃さない。すかさず話題の主導権を取りに行く。


「さて、若殿。拙僧は今朝方、日高様とお会いして鉄砲のことを語ろうて参りました。四十丁の鉄砲の試し撃ちは滞りなく完了しておりますれば、大殿の御前にてお披露目を催されては如何にござりましょう」

「おお、そのことなれば儂も聞き及んでおるぞ。されど、お披露目とはどのようなことを致すつもりじゃ? 和尚には何か良いお考えがおありかな?」

「これは日高様のお考えにござりますがアトラクションショー的な物をやってみては如何にございましょう? 寸劇の如き模擬戦みたいなデモンストレーション? 敵に扮した一団を祁答院鉄砲隊の四十丁の鉄砲がボコボコに致すのでござります。大殿もさぞやお喜びになられることにござりましょう」


 もし失敗した時に責任を取らされたくない。そう思った大作はさりげなく慎之介にすべての責任をおっ被せる。

 しかし、そんな浅はかな考えはすっかりお見通しのようだ。重経は年相応の無邪気な笑みを浮かべると問い返してきた。


「それは日高の考えではござらぬな。大佐殿のお考えであろう。何故、和尚は斯様に下り給わるのじゃ。もしや、父上のことを案じておられるのではあるまいな? 祁答院に仕えよとの仰せが斯様に迷惑じゃったのか?」

「いやいや、そのようなことはござりませぬ。ただ、拙僧は言うなればアレですな、アレ。みなし公務員? そんな感じの身分に属する故、アルバイトを禁じられておるのでござります。平にご容赦下さりませ」

「よいよい、分かっておる。大殿も申しておられた通りじゃ。大佐殿は祁答院には過ぎたる御仁。我らの手に余る」


 そう言うと重経がちょっと寂しそうに微笑んだ。

 でも、この場面でそれを言うんなら『俺のポケットには大きすぎらぁ』の方が合うんだけどなあ。大作は心の中でそう思ったが決して顔には出さない。


 何だか知らんけど重苦しく澱んだ空気が辛い。面白そうなネタは無かったっけ? 閃いた!

 大作はバックパックに手を突っ込んでゴソゴソと探し物をしながら口を開く。


「時に若殿は高価な買い物をされる時にどうやって支払われておりますかな? 異国には古より金貨と申す高額通貨があるそうな。そこで拙僧は…… 無い、無いぞ! 不味いな、落としちゃったのかも知れん!」

「どうどう、大佐。気を平らかにして。右のポケットに入ってるわよ」

「何だよ! 知ってたんならもっと早く教えてくれたって良いじゃんか」


 大作がバックパックの右ポケットを覗くとカロリーメイトの空箱と折り畳んだ紙風船が入っていた。

 こんなところに仕舞ったっけ? さぱ~り重い打線。まあ、あったんだから良いけど。


 箱の口を開くと手のひらの上に金貨を滑り落とす。そして、さも大切そうに勿体ぶって板の間にそれを並べた。


「綺麗に輝いておりますでしょう? 嘘のようにござりますな。死んでおるのですぞ。それで……」

「ほ、ほう。死んでおるのか」


 重経の顔が『わけがわからないよ』といったように歪む。疑わし気な目がちょっと不安そうに揺れている。

 効いてる効いてる。得意になった大作は頭を捻って更なる決めセリフを絞り出す。


「ここを見て下さりませ。脅えることはござりませぬ。こいつは始めから死んでおりまする」

「うむ、どれどれ。これは何としたことじゃ! 祁答院の重ね二枚扇ではないか。入来院の丸に十字や東郷の蔦紋まで入っておるぞ」

「大きい物は四匁、中くらいのは銭一貫文相当、小さいのが銭百文相当の金で拵えてござります。これを渋谷三氏において流通させ、商取引の決済や徴税等に用いては如何にござりましょう。事務手続き全般の画期的な効率化が叶いまするぞ。小銭で財布がパンパンになる憂いも無うなりまする」


 ここぞとばかりに大作は金貨のメリットを捲し立てた。重経は軽く頷きながら黙ってそれを聞いている。

 本来の目的は人足たちに支払う銭の不足に対応するためだ。とは言え、人足たちに金貨を受け入れて貰うには社会的信用が欠かせない。まずはその切っ掛けとして重経を丸め込まなければ。


 大作は舟形に折り畳まれた紙風船の上に三枚の金貨を丁寧に並べる。そして大袈裟な仕草で恭し気にそれを差し出した。


「この金貨セットを若殿に献上奉ります。誠に恐れ多きことながら何卒、大殿へのお口添えを賜りたく伏してお願い申し上げまする」


 そう言い切ると大作は額を床板に擦り付けるように土下座する。お園と未唯も見事にシンクロしているようだ。

 だが、重経から帰ってきた答えは予想外の物だった。


「時に大佐殿。その妙な紋様の紙は何なのじゃ?」

「き、気になるのはそこでござりまするか……」


 重経の目は紙風船の地球儀に釘付けになっている。どうやら金貨にはこれっぽっちも興味を持って貰えなかったようだ。

 こうなったらどんな卑怯な手を使ってでも興味を持って貰わねば。誰が何と言おうとコンコルド効果は絶対の真理なのだ。

 重経に金貨を売り込むためのアイディアを捻り出さねばならん。絶対にだ! 大作の灰色の脳細胞がアップを始めていた。


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