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巻ノ百七拾弐 今日も笑顔で の巻

 大作の核開発をテーマにした独演会は静かにその幕を下ろした。

 何だか最後の最後まで盛り上がらないままだったなあ。大作は激しい後悔の念に駆られるが時すでに遅しだ。

 そもそもアドリブが苦手なのに何の準備もしないで始めたのが失敗だった。次からはちゃんと準備してから話をしよう。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。


 大作がそんなことを考えていると佐助が遠慮がちに口を開いた。


「先ほどのお話に出て参りました『あめりか』とは如何なるところにござりましょうや」

「き、気になるのはそこでござりますか? 核開発じゃ無しに? えぇ~っと…… 船に乗って海を西へ西へと二千里ほど行ったところにございますな。そうだ! お園、地球儀はどうなった?」

「私に聞かれても知らないわよ! 未唯、地球儀はどうなったのかしら?」

「み、未唯は見てもいないわ。ほのか様なら知っているんでしょう?」

「私めも分からないわ。メイが持っているんじゃないの?」


 伝言ゲームかよ! 大作は心の中で苦虫を噛み潰すが決して顔には出さない。内心の動揺を押さえ込むとにっこり笑ってメイの顔色を伺った。

 だが、メイは少しも悪びれた様子を見せない。懐に手を入れると折り畳まれた紙風船を取り出して差し出す。受け取ったそれは例に寄って生暖かくてちょっと湿っていた。

 良く見るとちゃんと紙風船として作られているようだ。北極点に当たるところに穴が開いている。

 口を寄せて息を吹き込むと微かにメイの匂いがするような、しないような。思わず大作が鼻の下を伸ばし、それを見たお園が眉を顰めた。


「この細長い島が我らの住む日の本でございます。この端っこにある小さな島が我らが今いる筑紫島ですな。それで、海のずぅ~っと向こうにある大きなのが北アメリカ。下にあるのが南アメリカ。海を挟んでさらにずっと向こうにあるのが南蛮人たちの住んでいるヨーロッパ。こうやって見ると阿呆みたいに遠いでしょう? って言うか、地球儀って面白うござりましょう? ね? ね? ね?」

「さ、左様にござりまするな。この様な物は見たことも聞いたこともござりませぬ」


 そんなことを言いながらも佐助の顔にはちっとも驚いた様子は無い。未唯の時もそうだったが地球球体説に対するアレルギーみたいな物はこれっぽっちも無いらしい。

 きっと、当時の日本人には世界が平らだとか丸いとかいった概念そのものが無かったんだろう。

 って言うか、大作だって子供のころに地球が丸いって教わったはずだ。でも、その時に何の疑問も抱かず素直に受け入れたような気がしないでもない。


「ちなみに、この天辺に開いている穴からは地底人のUFOが出たり入ったりしておるそうですな。Xファイルにそんな話があったような、なかったような」

「えぇ~~~! それって真のことなの?」

「冗談だよ。息を吹き込むための穴さ。でも、今の未唯のリアクションはなかなか堂に入ってたぞ。その調子で精進してくれ。さて、それでは十年後の核開発完成を目指して…… repeat after me. 今日も一日、笑顔で頑張りましょう!」

「……」


 みんなそろってぽか~んと呆けている。大作はおどけた調子で手をひらひらさせながら全員の顔を見回した。


「repeat after me! 拙僧の申す通りに繰り返して頂けましょうか? 今日も一日、笑顔で頑張りましょう!」

「きょ、今日も一日、笑顔で頑張りましょう……」

「それでは皆様。皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ。各員一層奮励努力セヨ!」


 そう言うが早いか大作は弾かれたように立ち上がる。

 あまりにも突飛な大作の行動にみんなの顔が一瞬、虚を衝かれたように呆けた。

 大作はその隙を見逃さず脱兎の如く一目散に戸口を目指す。バックパックはあらかじめ背負っておいた。こういう時は初動が肝心なのだ。

 いくら凄腕の忍びやくノ一たちだって所詮は生身の人間にすぎん。隙さえ突ければどうということはないはず。だって、人間だもの。

 大作はそう思っていた。そう思っていたのだが……

 しかしまわりこまれてしまった!


「私たちを放って置いて何処へ行くつもりなのかしら?」

「まさか私めに二日続けてお留守番組をやれっていうの?」

「頼まれた地球儀はちゃんと作ったわよ。こんなの狡いわ!」

「未唯は連絡将校だから大佐にくっついてなきゃいけないのよ!」


 なんと、藤吉郎も起き上がり仲間になりたそうにこちらを見ている!

 呆れた顔のくノ一四人組や忍びたちとは対照的だ。


「いやいや、これはみんなに自主的に動いて欲しいっていうアレだよ、アレ。親心みたいな? って言うか、いま気が付いたんだけど、今日は何をしたら良いんだっけ? 未唯、今日の予定を教えてくれるかな」

「えぇ~! 未唯が考えるの?」

「考えるんじゃないよ、感じるんだ。じゃなかった、スケジュールって物があるだろ? 今日やらなきゃいけないことを管理するっていうのも秘書の大事な仕事なんだけどなぁ……」


 隣でお園が睨みを効かせているので大作もあまり強気に出られない。まるでそれを見透かすかの様に未唯は半笑いで首を傾げている。

 まあ、良いか。大作はバックパックに丸めて放り込んであったテントをおもむろに取り出す。そして、それを綺麗に畳み直しながら言葉を選んで話し始めた。


「そんじゃあみんなで考えるか。えぇ~っと、まずは回転式脱穀機だ。取説は印刷できたんだから次は配送の手配だよな。だとすると取説を轆轤師に持って行って…… いやいや、もしかして馬借と交渉か?」

「その前にどこの村に送るか決めなきゃいけないわよ。いったい、祁答院の御領内にはどれほどの村があるのかしら。その中から木浦村と舟木村を別にして九十八の村を選ばないといけないわね」


 お園は落ち着いた顔で淡々と言葉を紡ぐ。大作は軽く頷いて謝意を表した。


「いいか、未唯。お前も早くこんな風にすらすら答えられる様になってくれよ。期待してるぞ。頑張れ! 頑張れ! できる! できる! 未唯なら絶対できる!」

「み、未唯、頑張るわ!」

「とは言ったものの、九十八の村ってどうやって選べば良いんだろうな。そもそもリストって何処にあるんだ? まあ、弥十郎にでも聞いてみるしかないか」


 いきなり壁にぶち当たってしまったな。とりあえずは棚上げで良いだろう。

 大作は気を取り直すと次なる予定を探して思案する。


「それから何だっけ? そうだ、二段ベッド! 材木屋で板を貰って大工に作って貰ってくれ。それから…… コークス炉や蒸留塔は乾燥待ちか。珪藻土の採取は次に山ヶ野に戻るタイミングでやろう。運搬に馬借を手配しなきゃならんな」

「山ヶ野に荷を運んだ帰りに運んでもらいましょう。手間が省けるわ」

「そうだな。未唯、覚えといてくれよ」


 真剣な目をした未唯が黙って深々と頷いた。その様子に大作は反って不安になる。

 大丈夫かよ、こいつ。本当に大丈夫かな? 今度こそ大丈夫だったら良いなあ。

 まあ、期待しないでおこう。期待しなければ失望することもない。


「はねくり備中の柄は半日も掛からんだろう。昼すぎにでも顔を出して完成していたらテストだ。やっぱ、近場だと舟木村がベストだろうな。お次は…… 鉄砲の取説! 完全に忘れてたぞ。慎之介のところに行って原稿依頼だ。こいつは締め切りだけ決めて内容はお任せで良いかな。その時ついでに鉄砲お披露目イベントの打ち合わせも済ませよう。これも基本は慎之介にお任せだ」

「何から何まで人任せなのね。そんなんで大事は無いかしら」

「俺たちの仕事ってアニメの制作進行みたいな物だからな。自分達で何か作るんじゃなくて手配とか調整が中心なんだ。でも、それって大きな組織で仕事をする時には凄く大事なんだぞ。駕籠(かご)に乗る人、かつぐ人、そのまた草鞋(わらじ)を作る人って言うだろ。んじゃ、今度こそ状況開始だ。Let's go together!」


 そう宣言すると大作は今度こそ材木屋ハウス(虎居)を後にした。




 小屋の外に出ると頭上には抜けるような青空が広がっていた。雲も少しはあるがこれは快晴といっても良いだろう。

 って言うか、気象庁に言わせれば雲量が二から八は晴れ。雲量が九から十が曇りなのだ。

 空の八割に雲が広がっていても晴れだと? 気象庁! なんて恐ろしい子!


 そんな他愛のないことを大作は眉間に皺を寄せて考え込む。すると、ほのかが不思議そうな表情を浮かべた。


「どうしたの、大佐? もしかして道が分からないのかしら」

「いやいや、今日も良い天気だなって思っていただけだよ。って言うか、雨の日って少ないよな。これって空梅雨って奴じゃね?」

「唐露? 何それ! 美味しいの?」


 例に寄ってお園が目を剥いて食い付いてくる。大作は両手で押さえ込むジェスチャーをした。


「どうどう、落ち着いて。前にも言っただろ、梅雨っていうのは五月雨のことだよ。(つゆ)からきてるらしいな。江戸時代初期っていうから百年もすればみんながそう言うようになるはずだ。そんで、あんまり雨の降らない梅雨が空梅雨さ。この時代は灌漑設備が未発達だろ? だから、夏場に十日ほど雨が降らなかっただけで雨乞いしなきゃならなかったそうだな。ネットで見たことあるぞ」

「かんがいせつび? それがあれば雨が降らなくても困らないの?」

「ため池を作って水を溜めたり用水路を整備するんだよ。この時代だってあるところにはあるんだろ? 大干ばつとかは困るけど、十日やそこらの日照りで雨乞いする必要は無くなるな。農閑期になったら百姓を雇って作らせよう」

「えぇ~~~っ! それって日当を払うってこと? どうしてそんな物に大佐が万金を積まなきゃいけないのかしら。いったい何の得があるっていうの?」


 不満そうな声でお園が声を荒げる。禿同といった顔でみんなも深々と頷いた。

 大作は少しも慌てず余裕の笑みを浮かべながら全員の顔を見回す。


「いやいや、だって誰かが金を出さんとみんな自主的に動いたりしないだろ? そりゃあ、最初は俺の持ち出しになるだろうな。でも、食料生産を安定させることは中長期的視野に立てば非常に重要なんだぞ。それに、大規模公共投資で日当をばら撒けば地域経済も活性化するんじゃね? ナチスのアウトバーン建設みたいなもんだ」

「ふ、ふぅ~ん。やっぱり、なちすの話だったのね。そんなことだろうと思ってたわ。まあ、好きにしなさい。きっと大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね」


 取り付く島もないとはこのことか。お園がばっさりと話題を切り捨てる。

 まあ、こんなつまんない話は早く終わらせた方が良さげだ。大作は次なる話題を探して頭を捻る。捻ろうとしたのだが……

 不意に横から掛けられた男の声で思考が強制終了させられた。


「して、大佐様。いったい我らは何処へ向こうておるのでしょうや?」


 声の主は百姓みたいな格好をした若い男だ。こいつ誰だっけ? 記憶を辿るが思い出せる筈も無い。大作は考えるのを止めた。


「さ、さっき申し上げませんでしたかな? 言ってない? 言ったような気がするんだけどなあ…… 新左衛門…… 信三郎? あいつの名前は何だっけ?」

「日高慎之介様よ。いい加減に覚えてあげなさい。散々お世話になってるんだから」

「いやいや、どっちかっていうと俺の方がお世話してやってる気がするんだけどなあ…… 鉄砲大将になれたんだってほとんど俺のお陰みたいなもんだろ? それはともかく、その何とか様のところに参ります。若くして祁答院の鉄砲大将に任じられた立派なお方ですぞ。皆様方も粗相の無いようお願い致します」

「御意!」


 忍びたちが声を揃える。返事だけは良いけどみんな分かってるんだろうか。まあ、いきなりタメ口を利いたりしなけりゃ大丈夫だろう。


「ところで皆様方。一つお伺いしても宜しゅうございますかな?」

「何なりとお尋ね下さりませ」

「拙僧が百地様に文を出してから二週間…… いや、半月ほどしか経っておりませぬ。くノ一たちの時は文を出してからこちらにくるまでに一月も掛かっておりました。いったいどうやったら僅か半月でここまでこられたのでござりましょうや。不思議な話ですなあ? いやいや、小さなことが気になるのが拙僧の悪い癖でしてな」


 そこで大作は一旦言葉を区切る。そして曖昧な微笑を浮かべて佐助の顔をじっと見詰めた。

 若い忍びは暫く考え込むような仕草をした後、仲間達の顔を見回す。

 ややあって武芸者風の年配の男が軽く咳払いした。そして、おもむろに口を開く。


「くノ一らは筑紫島まで船に乗って参ったそうですな。我らは道程の大方を山の中を駆けて参りました。淡路や四国に渡る折りには船を使いましたが。風任せの船より余程に早うござりましょう?」

「えぇ~~~っ! 四国と九州の山の中を走って参られたのでござりまするか? ずう~っと?」

「儂らは常より一昼夜で三十里を行き来しておりますれば雑作も無きことにございます。伊賀からこちらまで五日程で辿り着いておりますれば」

「さ、左様にござりまするか……」


 マジかよ~~~! ちょっぴり疑っていたけれど、やっぱこいつら本物の忍者だったんだ。大作は感心を通り越して呆れ果てた気分になる。 

 スカウターみたいな便利な道具は持っていない。だからこいつらの戦闘力とかはさぱ~り未知数だ。しかし、少なくとも体力に関してだけは常人離れしているらしい。あとは体力馬鹿じゃないことを祈るばかりだ。


 大作はそんな失礼なことを考えながら忍びたちをゆっくり見回した。すると傀儡師っぽい男と視線がぶつかる。

 その男は視線を反らすこともなく、意味深な笑みを浮かべると口を開いた。


「大佐様、儂からも一つお伺いして宜しゅうございましょうや?」

「様は結構でございます。大佐とお呼び下され。くノ一たちもそうしておりますれば。一つと言わず幾つでも何なりと訪ねて下さって結構ですぞ。対話の窓は常に開かれておりますれば」

「た、たいわのまど…… にございますか。では遠慮無く言上仕りまする。山ヶ野とやらには二百もの人足が働いておるそうですな。その中に怪しげな輩はおりませぬでしょうか? 薩摩には山潜(やまくぐ)りとか申す忍衆がおると聞き及んでおります。常には山伏の格好をしておるそうですが、人足に化けて忍び込んでおるやも知れませぬぞ?」


 傀儡師はそこで言葉を区切る。そして上目遣いで大作の顔色を伺うように見詰めた。

 何か気の効いたコメントを求められているんだろうか? だとすると阿呆みたいな反応を返すと失望されるな。とは言え、山潜りなんて聞いたことも無いんですけど。

 ここはライフライン発動が吉なのか? 思わず助けを求めるように視線をさ迷わせる。

 すると、たまたまメイと目が合った。大作は『メイ、君に決めた!』と心の中で絶叫する。


「そのあたりはどうなってるのかな、メイ? お前はナチスに例えれば国家保安本部のヒムラー長官みたいな立場だろ。対島津の防諜対策はどうなっているのかな?」

「ぼうちょうたいさく?」

「密か事を調べて回ることを諜報っていうんだ。それを防ぐのが防諜だな」

「だったら防諜対策っていうのは防諜を妨ぐることにならないの? 語彙が重複しているわよ」


 言葉尻を捉えてお園が横から鋭い突っ込みを入れる。大作は悔しさに唇を噛み締めながらも必死に平静を装ってスルーするしかない。

 メイはといえば小さく肩を震わせて笑いを堪えている。だが、暫くすると真顔に戻って手振りでほのかを指し示した。


「採用担当はほのかよ。ほのかが大事無いって採用したんだから大事無い筈だわ。大佐、私を信じないで! 私が信じるほのかを信じて!」

「それって責任転換、じゃなかった。責任転嫁じゃね? まあ良いや。要するに何にも防諜対策、じゃなかった。防諜活動を行っていないってことだよな。だそうですぞ。ご納得頂けましたかな?」


 大作は傀儡師に向き直るとにっこり笑って気楽な調子で答えた。

 だが、男は納得が行かなかったらしい。その表情に困惑の色が増して行く。


「そ、そのようなことで大事ありませぬのでしょうか? 三年の後には島津との戦が控えておると申されておりませなんだか?」

「だからと言ってどうせよと? 片端から間者を燻し出して始末せよとでも申されまするか? 素人が書いたフィクションみたいに? ああいうのは阿呆のすることですぞ。敵の警戒レベルを上げるだけで何のメリットもござりませぬ。能ある鷹は爪を隠す。わざと泳がせて敵を油断させた方がよっぽどお得でしょうに。それに、偽の情報を流して混乱させるって手もございますぞ」

「に、にせのじょうほう?」


 そう鸚鵡返しする傀儡師の瞳が不安気に揺れる。

 こいつ、忍びのくせに意外とメンタルが弱いんじゃね? 大作は心の中で嘲笑うが決して顔には出さない。


「例えばノルマンディー上陸作戦に際して連合軍は徹底的に偽情報を流したそうにございますぞ。事前の爆撃においてノルマンディーより遥かに多い量の爆弾をカレーに投下したそうな。殴打事件で前線を離れていたパットン将軍を架空の部隊の司令官に据えたりもしておられたとか。敵を欺くには味方からなどと申しますな。故に、間者に嘘を教えるは非常に効果的な情報撹乱と申せましょう」

「うぅ~む。儂には良う分かりませぬが、そのような物にござりましょうや?」


 いまいち納得が行かないといった顔で傀儡師が首を傾げる。

 ここは角度を変えて攻めた方が効果的かも知れん。大作は取って置きの無駄蘊蓄を捻り出す。


「そう申さば、こんな話もございます。知()泉にゲストでこられた産廃処理業者の女性社長が申しておられました。そのお方は始め、見映えが悪かろうと産廃処理施設を高い塀で囲んでおったそうな。されど、隠されれば隠されるほど見たくなるのは必定。村人たちは何ぞ怪しげな物でも隠しておるのではないかと疑うたそうにございます」

「そりゃあ、隠されたら隠されるほど誰だって見たくなるわよねえ」


 なるほどといった顔で未唯が相槌を打つ。

 大作は勿体ぶってタメを作ると両手を広げてひらひらと振り回した。


「そこで彼のお方は逆の手を打つことに致しました。塀を取り払うのは無論、産廃処理施設にガラス張りの見学コースを作って村人たちを招待されたのでございます」

「がらすばり?」

「気になるのはそこでござりますか! 透明? 向こうが透けて見える板? そうだ! 氷みたいな物ですな。無論、溶けてしまったりはしませぬぞ」

「水晶の如き物って申し上げればお分かり頂けるんじゃないかしら」


 見かねたお園が横から助け船を出してくれた。

 ナイスアシスト、お園! 大作は軽く頷いて謝意を表す。


「そういうわけですので大きなガラス板…… 板ガラス? どっちだろう?」

「そんなのどっちでも良いんじゃ無いかしら」

「まあ、名前はどっちでも宜しい。問題は作り方だな。確かドロドロに溶けた錫の上にこれまたドロドロに溶けたガラスを浮かべるんっけ? このフロート法っていうやり方がイギリスで発明されたのは…… 1959年かよ! ってことは核兵器開発より難しいってことじゃん。勘弁してくれよ、まったく……」


 大作はがっくり肩を落とすと恨めしそうな視線をお園に向けた。

 優しい目で微笑みながらお園が黙って大作の肩を叩く。その瞳は『Don't worry!』と言っているようだった。


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