表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
170/516

巻ノ百七拾 最高の一日 の巻

 それほど広くも無い材木屋ハウス(虎居)の中は大作、お園、未唯、藤吉郎、くノ一たち、十人の謎の男たちで犇めき合っていた。

 その数は何と二十人にも及ぶ。この小屋に入った人数としてはたぶん過去最多記録だろう。芋の子を洗うような混雑っていうのはきっとこんな感じに違いない。


 起きて半畳、寝て一畳、天下取っても二合半。もしここで寝泊りすることにでもなったら混雑時の山小屋みたいに頭と足を互い違いに詰め込むことになりかねん。

 材木屋ハウス(虎居)にも二段ベッドが必要なんだろうか? それとも、ハンモックの開発を急ぐべきか? 布は恐ろしく高いから藁縄でも編んで作れば良いかも知れん。

 例に寄って大作の意識が妄想世界に逃避して行く。だが、急に発せられた男の声で現実に引き戻された。


「某のような小者が銭六十貫文もの高禄を食むとは身に余る光栄に存じます。されど、和尚は何故に某のことをご存じにござりました?」

「いやいや、ご謙遜を。猿飛佐助と申さば服部半蔵と並ぶ忍者の代表ですぞ。まあ、世界レベルではNARUT○なんかには負けるかも知れませぬが、あっちはフィクションですからな。ところで佐助様は戸隠で生まれた甲賀忍者で宜しかったでしょうか? 真田十勇士の筆頭と聞き及んでおりますが何故に斯様な筑紫島の果てにお出で下されました?」

「は、はぁ? とがくし? 甲賀にそのような地がございましたかな? 先ほども申し上げましたが某は阿山郡下柘植村の上月から参りました。よもや人違いではありますまいか」


 な、なんだってぇ~! が~んだな。木猿で佐助と聞いて勝手に舞い上がっていたようだ。

 今さら『間違えました。お帰り下さい』とは言えんぞ。大作は頭を抱えて小さく唸る。

 って言うか、勢い余ってくノ一の給料まで五倍に上げてしまうとは。佐助、恐ろしい子! 何とかして無かったことにできんもんだろうか。

 こうなったらアレか? 伝家の宝刀『民法第五百五十条』にお出まし願うしかないかも知れん。


 だが、無い知恵を絞ってそんなことを考えていた大作にメイが横から声を掛ける。


「ねえ、大佐。甲賀って伊賀から山一つ越えただけのお隣さんなのよ。それなのに私たち『とがくし』も『さなだじゅうゆうし』も聞いたこともないわ。それこそ『ふぃくしょん』なんじゃないかしら?」

「そ、そう言えばそうかも知れんな。そうじゃないかも知れんけど。まあ、どうでも良いや。話は変わりますが佐助様、これまでの仕事のキャリアで最高の一日を挙げるとしたら、それはどんな日でしたかな?」


 大作は苦し紛れにネットで読んだフェイスブック採用担当の話を振ってみる。とりあえずは体勢を立て直すための時間稼ぎだ。この際は中身なんてどうでも良い。

 だが、若い猿楽師は怪訝な顔で首を傾げると疑問を投げ返してきた。


「某の伽羅(きゃら)で再興の一日にござりまするか?」

「これまでの佐助様の働きで極めて上無き良き日? そは何かと問うておられるのでございます」


 すかさずお園がフォローを入れる。だが、佐助の顔は困惑の度を増すばかりだ。

 しょうがない、ここは一つ助け舟を出してやるか。大作はお園の大きな瞳を真正面から見詰めながら優しく手を繋ぐ。


「ちなみに拙僧の最高の一日は最愛の妻と出会った日にござりますぞ。なあ、お園」

「石神井川の河原で出会ったのよね。あの日、あそこで大佐と会わなければ今頃どうなっていたのかしら。私の極めて上無き良き日もあの日だわ」


 そう相槌を打つとお園が満面の笑みを浮かべながら手を強く握り返してきた。

 ちょ、ちょっと痛いんですけど。大作は心の中で泣きを入れるが決して顔には出さない。

 だが、それに触発されたように女性陣が次々に声を上げる。


「私も大佐と会った日が至極の良き日よ。堺の港で会ったのよね」

「私めも大佐に出会った日が殊無き一日だったわ。天王寺屋だったわ」

「未唯も! 未唯もよ! 紫尾(しび)神社で愛姉さまや舞姉さまと一緒に会ったのよね」

「某も同じでございます。吉田の港でお会い致しましたな。望遠鏡を覗かせて頂きました」

「我らとて心地は一つ。しゃぼん玉を作りし日のことは決して忘れませぬ」


 今度は同じ競争かよ! もう、勝手にやってろ! 大作は心の中で小さくため息をつくと佐助に向き直る。


「まあ、そんな感じですな。それでは佐助様。先ほど申した条件にて今日から我が寺にて働いて頂けましょうか?」

「へ、へぇ。じょうけん、でございますな。宜しゅうお頼申します」


 神妙な顔をした佐助が深々と頭を下げた。

 大作は『ニセ佐助が仲間にくわわった!』というメッセージウィンドウを思い浮かべる。脳内では例の軽快なメロディーが流れていた。




 厄介ごとを片付けた大作はようやく人心地を付いた。みんなに適当に干し柿を配ると白湯を啜る。

 眉根を寄せたお園は腕組みしたり顎を撫でながら何事か考え込んでいるようだ。暫くすると大作に身を寄せて耳元で囁いた。


「ねえ、大佐。いきなり禄を銭五貫文にも上げちゃって良かったの?」

「ちょっとアレだったかな。でも、くノ一の手前もあるし、今さら無かったことにはできんだろ? まあ『先ず隗より始めよ』だよ。どこの馬の骨かも分からんニセ佐助を銭五貫文もの好待遇で雇う。するとその話を聞いて良い人材がどんどん集まってくるかも知れんだろ。集まってこないかも知れんけど」

「そうかも知れないわね。そうじゃ無いかも知れないけど。ところで巫女軍団にはどうして禄が無いのかしら。みなは月に銭五貫文もの碌を食んでいるよ。なんで巫女軍団には一文もやらないの?」


 お園は固い表情をくずそうとしない。隣でそれを聞いていた未唯は禿同といった顔で深く頷いた。

 くノ一や藤吉郎は口を挟むことなく遠巻きに見守っている。とばっちりに遭うのは真っ平だと顔に書いてあるようだ。

 思いも寄らない方向に話題が飛び火したので大作は言葉に詰まる。だが、何か返さなければ。考えて無かったと思われるのは不味い。


「そ、それはアレだよ、アレ…… 巫女たちは孤児じゃん。言ってみれば今のあいつらは俺達の扶養家族みたいなもんだ。そんな連中にタダ飯を食わせて遊ばせとけってか? 働かざる者食うべからずだろ」

「それってご飯と寝床の面倒だけ見るからタダ働きしろってことなのかしら? そも、労働基準法で十五歳未満の児童労働は禁止されてるんじゃないの?」

「いやいや、これは職業訓練みたいな物だろ。それともアレか? 家業の手伝い? どっちにしろ、くノ一が正所属だとするとあいつらはジュニアなんだ。まずは査定に通って準所属になってもらわんとギャラは出せないな」

「……」


 大作は独自の理論というかナニをナニする。お園は腕組みをしたまま顰めっ面を崩さない。だが、渋々ながら納得してくれたようだ。不承不承といった顔で頷いてくれた。

 だが、一難さってまた一難。今度は年配の武芸者っぽい男がちょっと苛立たし気に口を開く。


「先ほどからの話を伺っておると我らも月に銭五貫文の禄を食むということで宜しいのであろうか?」


 誰だっけ、このおっさん。大作は記憶を辿るがさぱ~り重い打線。鉄砲がどうとか言ってたような、言ってなかったような。

 大作はお園の耳元に口を近付けると囁き掛ける。


「こいつ誰だっけ?」

「丸柱村の音羽から参られた城戸弥左衛門様よ。音羽(おとわ)ノ城戸様って申されてたわね」

「さっきの話の流れだとこいつらも銭五貫文で雇わなきゃならんのかな?」

「そんなこと、巫女頭領の私は知らないわよ。大佐が決めて頂戴」


 けんもほろろといった顔でお園が横を向く。巫女軍団の件ですっかり気を悪くしているらしい。

 誰か味方になってくれそうな奴はいないのかよ。大作は助けを求めて視線を彷徨わせる。視線が合った途端に未唯が目を伏せた。


「そ、そうだ、ほのか。採用担当はほのかだったよな? 佐助様以外の方々に関してはお前に一任するよ。OJTとかそんなのを適当にやってくれ。即戦力としては期待していないからのんびりで良いぞ」

「おおじぇいてぃい?」

「On the Job Trainingだよ。やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、 ほめてやらねば、人は動かじ。こいつら、じゃなかった。この方々を一人前に鍛え上げてくれ。期待しているぞ」

「???」


 ほのかがさぱ~り分からんといった顔で首を傾げて呆けている。こりゃあ駄目かも分からんな。大作は次なるターゲットをメイに切り替えた。


「メ、メイはどうかな。新人教育のトレーナーなんてお局様みたいで格好良いぞ。将来こいつらから先輩(パイセン)って呼ばれてみたくね?」

「こいつらって音羽様や上野様たちのことを言ってるのかしら? 私ごときにそんなことできる筈がないでしょうに。このお方々は伊賀十一名人のうちの十人なのよ。数多から選ばれし一番の忍びなんだから」

「それって変じゃね? 一番が十一人いるのかよ。って言うか、何で十一人の中の十人なんだ? あと一人は誰なんだよ? いやいや、それよりもこいつら、じゃなかった。この皆様方が伊賀の忍びだってえぇ~~~っ!」


 本当のことを言うと最初から何となくそんな気がしていたんだ。大作は心の中で深いため息をつきながら認めたくない現実を直視する。

 でも、いくら覚悟していたとはいえ受け止めるには時間が必要かも知れん。散々、首を長くして待っていた忍びがこんな草臥れたおっさんの寄せ集めだったとは。

 こんな奴らより国民(フォルクス)突撃隊(シュトゥルム)の方がよっぽど強そうに見えるんですけど。


 大作はメイの側までのそのそと這い進む。そして耳元に口を寄せて囁くような声で尋ねた。


「あのなあ、メイ。言い難いんだけど、こいつら、じゃなかった。この方々が忍びって本当かよ? どっからどう見ても普通のお百姓さんとか物売りや芸人にしか見えないんだけどなあ」

「大佐ったら分かってないわねえ。忍びっていうのは忍んでいるから忍びなのよ。一目で忍びって分かったら忍んでいないんじゃないの?」


 呆れ果てたといった顔でメイ首を傾げる。って言うか今、忍びって何回言った?


「そ、そうなのか。イマイチ納得が行かんけどメイを信じるしかないのかな。って言うか、メイを信じる俺を信じるよ。だけど、見た目だってとっても大事なんだぞ。刑事コロ○ボや金田○晴彦…… じゃなかった、金○一京助? ○田一耕助? あんな人たちはフィクションだから許されるんだ。何て言ったら良いのかな? こういうのは記号なんだよ。マッドサイエンティストにグルグル眼鏡とか、高飛車お嬢様に立て巻ロールとかさ。そのためにも忍装束は必須なんだ。これじゃあまるで便衣兵じゃんかよ。ハーグ陸戦条約に引っ掛かるんじゃね?」

「だったらどうしろって言うのよ! おでこに忍とでも書けば良いのかしら?」


 ナイスアイディア、メイ! 大作は心の中で賞賛するが決して顔には出さない。

 って言うか、メイはかなり本気で怒っているみたいだ。ここは戦略的撤退が吉かも知れん。何とかして引き分け(ドロー)に持ち込めない物だろうか。


「だったらさ。『鷲は舞いおりた』みたいに普段着の下に忍装束を着込んだら良いんじゃね? 戦闘が始まる前に上に着ている物を脱げば国際法には触れんはずだろ。映画でもそんなことを言ってなかったかなあ?」

「着物の下に着物を着るっていうの? 冬は良いけど夏は暑苦しそうよ。まあ、薄くて涼し気な着物なら何とかなるかも知れないわね。何とかならないかも知れないけど。でも、二枚分の着物代が掛かるわよ」

「ケチ臭いこと言うなよ。そのために月に銭五貫文も支払ってるんだぞ。って言うか、忍装束は制服だから年に一着は無料で貸与する。しかも、いま巷で話題のアルマーニ製だ。『流行りの服は嫌いですか?』ってな。ただし、洗い替えは自費で購入して貰う。ってことで、この件は一件落着。んで話は戻るけど、いくらこのお方々が優れた忍びでも俺たちの仕事は覚えてもらわんといかんだろ? ってことでメイ殿、トレーナーのこと返す返すお頼み申す……」


 例に寄って大作は上目遣いで卑屈な笑みを浮かべるとメイの手を弱々しく握りしめる。


「しょうがないわねぇ~ 分かったわ、大佐。一つ貸しよ」


 そう言うとメイは渋々といった顔で引き下がる。

 貸しって何だよ~! 忍びの教育なんてお前の仕事だろ! 大作は引き攣った笑みを浮かべながら心の中で絶叫した。




 大作は目の前に並ぶ男たちの顔を眺めながらぼんやりと考えていた。

 さて、これからどうしたもんじゃろう。って言うか、やり掛けの仕事って幾つくらいあったんだっけ? 伊賀から忍びがきたら始めようと思っていたプロジェクトも山ほどあった筈だ。さぱ~り重い打線。

 とてもじゃないが個人の能力では管理しきれないな。今こそ大幅な権限移譲の名目で仕事を人に押し付けるチャンスかも知れん。

 いやいや、それよりも目の前にいる新参者たちに我々の理念とか目的や目標を説明しておくのが先だろう。こういうのは最初が肝心なのだ。


 大作は手元に残っていた干し柿の切れ端を口の中に放り込んだ。それを咀嚼しながら灰色の脳細胞を徐々に活性化させる。そして、糞真面目な顔で居住まいを正すと腹の底から大声を張り上げた。


各々方(おのおのがた)に憚りながら言上仕る! この機会に我らのビジョンや理念、方針や目標をご説明させて頂きたい!」

「びじょん? りねん?」


 ニセ佐助、じゃなかった。本物の佐助が小首を傾げる。

 そこから説明しないといけないのかよ…… まあ、細かいことはメイに任せりゃ良いか。大作は一同をゆっくりと見回しながらドヤ顔を作る。


「ビジョンとは目指すべき理想像のことにございます。我らの思い描くあらまほしき世とは…… 何だろうな?」

「戦の無い世を作るって言ってたわね。民草の安寧とか、媼に読み書きを教えるとか、農業生産性の向上とか、エトセトラエトセトラ」


 言葉に詰まった大作にお園が相槌を打つ。そう言えばそんなことを言ったような、言わなかったような。大作はお園の目を見て軽く頷く。


「そうだな。そして理念っていうのは根底にある価値観? 基本的な方針とか規範のことにございます。我々の理念はフェアプレー精神ですかな」

「フェアって公平だったわね。ラテン語で休日っていう意味で展示会のことなんでしょう?」

「良く覚えてたな。偉い偉い。さて、天国から来たチャンピオンは申された。『悪評はライバルに押し付けろ。俺たちがルールを作ってフェアにプレーする人気チームになるんだ』とか何とか。そう言えば、ゲッベルスも申されたそうな。『戦いの勝ち負けなんかどうでも良い。大事なのは千年後の歴史でどう扱われるかだ』みたいなことを」

「勝ち負けがどうでも良い? そは如何なる仕儀にござりましょうや?」


 物売りみたいな格好をした若い男が不思議そうな顔をしている。こいつ誰だっけ? 大作は記憶を辿るがさぱ~り重い打線。

 女性キャラならともかく、男性キャラの名前なんて十人も覚えられるわけが無い。まあ、佐助だけ覚えておけ何とかなるだろう。


「ぶっちゃけ、戦国時代で誰が勝とうが負けようがどうでも宜しい。国家の平均寿命なんてたかが二、三百年ほどに過ぎないのです。交通革命によって地球が狭くなれば欧米との関係も変わってくるでしょう。さすれば国内の政治や文化も激変は免れません。その頃になれば大昔の戦の勝ち負けなど些細なこと。それよりもフェアだったかアンフェアだったかの方が遥かに人々の関心を集めておるに違いありますまい。たとえば弟を死に追いやった頼朝より義経の方がずっとずっと人気があるでしょう? 判官(はんがん)贔屓って奴ですな」

判官(ほうがん)贔屓でしょう? 常ならば判官(はんがん)って読むところだけど義経様だけは判官(ほうがん)って読むのよ」

「ふ、ふぅ~ん。そうなんだ。相変らず物知りだなあ」


 お園の無駄蘊蓄がピンポイントで話の腰を折る。だが、それを利用して大作は脱線しそうになっていた話題の軌道を強引に戻すことにした。


「さて、フェアなイメージを維持しつつ乱世を終わらせる。その方針。それを具現化するための方法とは何ぞや? その答えはイマヌエル・カントの『永遠平和のために』の中にございます。常備軍の全廃です」

「じょうびぐん? それって常備の軍だったわよね」

「そうそう、兵農分離をやらないってことだ。戦争が無くなると職業軍人が失業する。ってことは職業軍人がいなけりゃ戦争は無くなるってことだろ」

「ふ、ふぅ~ん。『戦争があるから職業軍人がいる』の対偶は『職業軍人がいなければ戦争は無い』だって言いたいの? なんだか合点が行かないんだけど。まあ良いわ。それで?」


 どんどん破綻して行く独自の理論にお園が情け容赦の無い攻撃を加える。お陰で大作のやる気は萎むばかりだ。


「それらを達成するためには具体的に目標を数値化する必要があるな。たとえば…… 三年後に島津を打倒。二年ほど掛けて反乱分子を鎮圧し、統治を安定させる。そんでもって相良や伊東を乗っ取る。ここでも反乱鎮圧と安定統治に二、三年。仕上げに大友、龍造寺、有馬を片付ける。ここまでを十年くらいでやりたいな。って言うか、やらなきゃならん」

「あとがつっかえてるものね。まあ、十年もあれば何とかなるんじゃないかしら。何とかならないかも知れないけど」

「まあ、何とでもなるだろうな。九州全体の石高は二百数十万石くらい。動員兵力は七万ってところだろう。そこからは一気にペースアップだ。中国、四国を同時に攻略。十五年後には畿内を制圧。北海道…… 蝦夷地までの完全制圧は二十年後ってところかな。信長や秀吉なんかを見ても分かるけど、こういうのは後に行くほど楽になるんだ。そんで、満を持して船の大量生産を開始する。二十五年後からはアメリカ日本化計画の本格始動だ。毎年四万人のペースで移民を送り込む。もし余裕があればハワイやオーストラリア、アラスカなんかにも手を付けたいな」


 そこで大作は一旦言葉を区切ると不安気な顔で一同を見回した。

 ちゃんと話に付いてきてくれているんだろうか。さぱ~り反応が無いので不安でしょうがない。

 その沈黙を相槌の催促とでも受け取ったのだろうか。不承不承といった顔でお園が口を開いた。


「それだと核開発を始められるのは伯耆国を押さえた十五年くらい先の話になるのかしら? 出来上がるのは何時ごろになるんでしょうね。大佐が生きてるうちだったら良いんだけれど」

「1942年9月に始まったマンハッタン計画はあれやこれやと試行錯誤しつつ1945年7月に原爆を完成させた。我々には技術力も工業力も無い。だけど、連中より七十年も進んだ知識がある。奴らは過早爆発を避けようと爆縮レンズの完成度に拘った。だけど俺たちはベリリウムとポロニウム210の中性子点火器なんて使わなくても良いんだ。コアに重水素と三重水素を入れてやるだけで早期発火なんて恐るるに足らず!」

「そうなの?」

「そうなの! 原爆なんて沢()研二にだって作れたんだぞ。俺たちだって作れないはずがない!」


 ちょっと疑わし気なお園の疑問に大作は自信満々で断言する。だってネットにそう書いてあるんだもん。


「そんなわけで、まずはウランの製錬だ。人形峠のウラン鉱石は品位0.06%って書いてあるからウランを百トンほど製錬しようと思ったら鉱石を二十万トンくらいは採掘しなきゃならんな。ちなみに地殻中のウランの存在量は銀より四十倍も多いんだぞ。そして石見銀山では年に三十八トンも銀を採掘してたそうだ。人、物、金を惜しげも無く注ぎ込めば五年くらいで何とかなるかも知れん」

「何ともならないかも知れんけどね」


 ほのかが悪戯っぽい目をして茶々を入れる。話に混ざれなくてイライラしてるのかも知れん。大作はアイコンタクトを取ると軽く頷いた。


「何とかなったら良いな。それと並行して純度の高い黒鉛を大量に用意しておく。そしてハンフォードのB原子炉みたいに二酸化ウランと黒鉛を並べて軽水で冷却だ。熱出力十万キロワット級ならプルトニウムが日産百グラムくらいか? 二月もあれば必要量が手に入る。あとはリン酸トリブチルを使ったピューレックス法でプルトニウムを分離するだけの簡単なお仕事だ」

「何万貫目ものウランの中から二貫目ほどのプルトニウムを取り出すっていうの? 考えたただけで面倒臭いわね。気が遠くなりそうよ」

「でも、濃縮ウランを作るよりかはよっぽど楽なはずなんだ。だって、ネットにそう書いてあるんだもん。ここまで十年とすると…… やっぱ完成は二十五年後かよ! どうやっても天下統一には間に合いそうもないか。できれば小田原の石垣山一夜城みたいに後世に語り継がれる派手なパフォーマンスをやりたかったんだけどなぁ……」


 そう言うと、大作はがっくりと肩を落として項垂れた。再び場が沈黙に包まれる。

 なんだか嫌な空気だなあ。こうなったらもう、ヒトラー総統みたいに逆切れして雰囲気をぶち壊すか?


 だが、その瞬間にお園が不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。


「美作国や伯耆国からウランを採る理由は何があるんでしょうか? 余所じゃダメなんでしょうか?」


 その発想は無かったわ。大作は心の中で小さくため息をついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ