表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/516

巻ノ百六拾八 先ず隗より始めよ の巻

 普段よりちょっとだけ豪華な、それでいて随分と窮屈な食事が終わった。

 こんな混雑した部屋では食後の団欒もままならない。大作たちはまるで何かに追われるかのように急いで青左衛門の鍛冶屋をお暇する。


「青左衛門殿、本日はご馳走頂きありがとうございました。鉄砲やヘルメットの大量注文を楽しみにお待ち下さりませ。それでは今宵はここまでに致しとうござりまする」


 大作はそう言いながらヘルメットを被る。だが、浮張(うけばり)が張られていないのでスキンヘッドの地肌に鉄板が直に当たってちょっと痛い。仕方がないのでタオルを頭に巻いてガードした。


「いやいや、碌なお持て成しもできず申し訳ござりませぬ。大殿様や若殿様のこと、かえすがえすも頼みまいらせ候」


 弱々しい声でそう囁くと若い鍛冶屋は瞳をウルウルさせながら大作の手を力なく握りしめる。

 何か知らんけどこのセリフも随分と定着してきたようだな。大作は心の中でほくそ笑みながら鍛冶屋を後にした。




 虎居の城下はもう完全に真っ暗闇だった。職人や商人の家々はどこも固く戸締りをして道にはまったく人気が無い。そんな寂しい通りをLEDライトで足元を照らしながら大作たちは家路を辿る。


「ところで藤吉郎。取説はどうなってるかな?」

「仰せの通り百枚刷り終えております。次は如何致しましょう?」

「ご苦労…… じゃなかった、ありがとう。今や藤吉郎と菖蒲は印刷業界の将来を背負って立つ金の卵? そんな存在だな。二人には他にもいろいろやって貰いたいことがあるぞ。まずは四十丁の鉄砲を納品するためにも鉄砲の取説を急いで作って欲しい。それに百台の回転式脱穀機を村々に配って回らなきゃならんな」

「私と藤吉郎の二人ででございますか! 百台の脱穀機を?」


 それまで黙って話を聞いていた菖蒲が素っ頓狂な声を上げる。


「いやいや、本当に運ぶのは馬借だけどな。でも、一緒に行って使い方を説明したりしないといけないだろ」

「馬借に金を払って手伝って頂くわけには参りませぬでしょうか? 如何に大佐の命とは申せ、二人で百台は些か手に余りまする」

「そういやそうだな。一日一台だと二人が別々に動いても五十日も掛かっちゃうし。どっかで人手を探した方が良いかも知れないな」

「探すしか無いわよ。その間、印刷が止まっちゃうのは痛いわ」


 堪りかねたといった顔のお園が横から口を挟む。その口調はちょっとばかり呆れているように聞こえる。


「それもそうだな。こんなことに藤吉郎と菖蒲が忙殺されるなんて壮絶な人材の無駄だぞ。とはいえ、人なんてどこで集めたら良いのかな? まあ、これも青左衛門にでも聞いてみるか」

「聞くだけならタダよ。材木屋や轆轤師、窯元なんかにも聞いてみたら良いわ」

「それって全部、今日行ったところじゃんかよ。何で朝のうちに気が付かなかったんだろうな……」


 分かっていたことだが思い付きで行動するっていうのは効率が悪いことこの上ないらしい。とは言え、すべてが予定通りの人生なんて何が楽しいっていうんだ。

 大作は後悔はしても反省はしない。明日も適当に行き当たりばったりで行動してやるぞ。そう、心の中の予定表に極太明朝体で書き込んだ。




 食後の腹ごなしに丁度良いくらい歩いたころ、材木屋ハウス(虎居)が暗闇の中に姿を現した。

 真夜中に見る襤褸小屋はまるでお化け屋敷の様相を呈している。リフォームしようかって考えてたけれど、いっそ立て替えちゃった方が良いかも知れんな。大作は両案を天秤に掛けた。

 とは言え、この家って墨屋の紹介でタダで借りてるんだっけ。建物の資産価値が向上すると借地料を払えって言ってくるかも知れん。現状では孤児院がマトモに機能していない。そこを突っ込まれると言い逃れは難しいぞ。

 考えれば考えるほど薮蛇になりそうな予感がする。それより理化学研究所に付帯施設として寮でも作った方がよっぽど良さげだな。大作は考えるのを止めた。


 その瞬間、メイが急に身構えると大作を手で制する。大作は一瞬、つんのめりそうになったが何とか転ばずに踏みとどまった。ほぼ同時にほのかが耳元に口を寄せて囁く。


「大佐、材木屋ハウス(虎居)に何者かの気配がするわよ」

「狡いわ! 私の方が先に気が付いてたのに!」


 口を尖らせたメイが急に身を寄せて反対側の耳元で囁く。二人の巨乳に挟まれた大作の頬が思わず緩む。それを見たお園の瞳が養豚場の豚を見るかのように変わった。

 お約束、お約束。大作は心の中で拍手するが決して顔には出さない。と思いきや、くの一四人組たちも遠慮がちに口を開く。


「私も気付いておりました。戸口がほんの少しだけ開いておりますれば」

「見慣れぬ大きさの足跡が増えておるような」

「板の隙間から此方を伺っておるようにも見受けられます」

「風に乗って日頃とは異なる臭いも漂って参ります」


 今度は私も気付いてた競争かよ。勝手にやってろ! 大作は心の中で苦虫を噛み潰す。

 話題に乗っかれない未唯と藤吉郎は恨めしそうに顔を歪めるばかりだ。


 それはそうと、この襤褸小屋は本当に呪われてるみたいだな。もう本気で処分した方が良いのかも知れん。

 大作は小さくため息を付くとム○カ大佐になったつもりで忌々しげに吐き捨てる。


「何だこれは! こんな所にまで! 一段落したらすべて焼き払ってやる!」

「えぇ~~~! 今宵はいったいどこで寝るつもりなの?」

「いやいや、一段落したらって言っただろ。早くても明日の朝御飯を食べてからの話だよ。こんな夜中に回りに連絡もせず家に火を点けたらたとえ自分の家でも非現住建造物放火だろ。それに家の中に誰かいるって分かってて燃やしたら普通に殺人罪だし」

「それを聞いて安堵したわ。じゃあ、朝餉を案じる憂いは無いわね」


 お園が心底から安心したように胸を撫で下ろす。

 気になるのはそこなんだ~! 相変わらず食い気が最優先なんだな。大作はお園の目の付け所にちょっとだけ感心する。


「さて、そうと決まれば誰か中の様子を見てきてくれるかな~?」

「……」


 へんじがない。お前らはただの屍かよ! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。にっこり笑うと藤吉郎の肩を軽く叩いて背中を押す。


「おいおい、しっかりしてくれよな。この中で男はお前一人なんだぞ。行って勇気を見せてみろ。骨は俺が拾ってやる!」

「いやいや、大佐とて男ではござりませぬか。先ず隗より始めよと申しますぞ。武勇を誇るなら大佐が手本をお見せ下さりませ」

「率先垂範って言いたいのか? でも『先ず隗より始めよ』って小さなことからコツコツやれって話なんじゃないのかな?」

「新たに事を始めるならば、まずは己が先に手本を示せってことじゃないのかしら? 私はそう思ってたわよ」


 ちょっと首を傾げながらお園が片手を上げる。

 このタイミングで物言いをつけるのかよ。大作はスマホの国語辞典を起動して意味を調べようかと一瞬だけ迷う。

 でも、こいつがそう思うんならそうなんだろう。こいつん中ではな! 大作は考えるのを止めた。


「分かった分かった、降参だ。正直に言うと怖いんだよ。だって、未知の現象に対する恐怖っていうのは人間の本能だぞ。危機管理能力が欠如した個体なんて普通に考えても生存率が低そうだろ?」

「それはそうかも知れないわね。でも、だからって藤吉郎に行かせるのも非道じゃないかしら」

「では、じゃん拳にて決めるというのは如何にござりましょうや? これならば何方も異存はござりますまい」

「じゃんけん? じゃんけんって何?」


 ほのかが大きな瞳をキラキラと輝かせながら話に食い付いてきた。久々にどちて坊やの発動か? こいつの発動タイミングだけはさっぱり読めんな。

 ここで対応をミスると果てしなく時間を取られてしまうかも知れん。とは言え、奴には下手な誤魔化しは通じない。誠意を持って対処した方が結果的には早く終わるはずだ。

 大作は素早く考えを纏めるとほのかに向き直って口を開き掛けた。

 だが、それを遮るように未唯が口を挟む。その顔には得意満面の笑みが浮かんでいる。


虫拳(むしけん)みたいな拳遊びよ。石、紙、鋏を手で表して勝ち負けを(きし)ろふの」

「ふ、ふぅ~ん。それが何で『じゃん』なの? じゃんって何なのかしら。私めはその故を知りたいわ」


 どちて坊やの本領発揮といった顔でほのかが身を乗り出して詰め寄る。大作は思わず一歩後退りながら言葉を選ぶ。


「ぶっちゃけ正解は良く分からないんじゃよ。両拳(りゃんけん)だとか鋏拳(じゃーちゅあん)だとか石拳(じゃくけん)蛇拳(じゃけん)猜拳(ちゃいきゅん)、エトセトラエトセトラ。ちなみにフランス語のジャンは英語のジョン、ドイツ語のヨハンに当たるんだ。十二使徒の一人、洗礼者ヨハネに由来するんだぞ」

「第十二使徒ですって! それってレリエルじゃなかったかしら?」

「違う違う、第十二使徒なんかじゃないよ。ただの十二使徒の一人さ。クックック、奴は十二使徒の中でも一番の小物。じゃん拳ごときで負けるとはキリストの弟子の面汚しよ。とか言われてるんじゃね? 話は変わるけど……」


 その時、大作の話を遮るように大きな音が響いた。音のする方に目をやると材木屋ハウス(虎居)の戸口がガタガタと揺れながらゆっくりと開いて行く。


「そ、総員待避ッ! 総員待避~~~ッ! 間に合うものか……」


 大作の絶叫を切っ掛けに全員が蜘蛛の子を散らす様に一斉に逃げ出した。




 大作はお園の手を掴んだまま暗闇を一心不乱にひた走る。お荷物にしかならないヘルメットは投棄だ。あんな物は後でいくらでも作り直せば良い。

 みんなはバラバラに逃げたのだろうか。辺りを見回しても誰一人として付いてきていない。

 くノ一は護衛のつもりで連れてきた筈なんだがこれっぽっちも役に立っていないな。大作は心の中で悪態を付く。

 いやいや、意外と囮になって敵を引き付けてくれているのかも知れん。だったら感謝くらいはしてやらんとバチが当たるかも分からんぞ。

 迷えるくノ一たちの魂よ安らかに。大作は心の中で合掌した。




「大佐、これくらい逃げれば大事ないんじゃない? 私、草臥れちゃったわ。もう、歩きましょうよ」


 お園に声を掛けられて我に帰った大作は歩を緩める。辺りを見回してみると随分と遠くまで逃げてきたような、きていないような。

 って言うか、ここはどこ? 私は誰? いやいや、僕の名は生須賀大作! 地球は狙われている! な、なんだって~~~!

 大作は心の中で見事な乗り突っ込みを決めるが決して顔には出さない。余裕の笑みを浮かべながらお園の顔を見つめた。


「怖い目に遇わせてすまんかったな。俺の不徳の致すところだ。まさか材木屋ハウス(虎居)にまで敵の手が及んでいるとは思いもしなかったよ」

「怖くは無かったけどびっくりしたわ。大佐ったら急に走り出すんだもの。ううん、やっぱり怖かったかも知れないわね。暗い夜道を走って転んだらどうしようかって憂えたわよ」

「そうだな、確かに俺もそれは怖かったよ。そう言えば青色防犯灯で犯罪が激減するとかいう記事を読んだことがあるぞ。余裕ができたら街灯を整備した方が良いかも知れんな。それはそうと、どうやら生き残ったのは俺たち二人だけみたいだぞ。これから先、どうしよう?」

「えぇ~~~! みんな死んじゃったって言うの!」


 元から大きかった瞳を一段と見開いたお園が絶叫を上げる。大作は周囲を見回すが人気が全然ないので近所迷惑の心配は要らないようだ。それを確認してほっと安堵の胸を撫で下ろす。


「どうどう、落ち着いて。マジレス禁止。現状では敵の正体や規模がちっとも分からん。味方の損害もさぱ~り不明だから最悪の事態を想定しただけだ。こんな時は下手に動かず、情報が揃うまで待機した方が良いんじゃよ」

「ふ、ふぅ~ん。待機って例えば何をするの?」

「果報は寝て待てって言うだろ。もう遅いし寝よう。一晩寝たら良いアイディアが浮かぶかも知れんし」

「それもそうね。浮かばないかも知れないけど」


 薄ら笑いを浮かべながらお園が皮肉っぽい返事を返す。それを華麗にスルーして大作はバックパックからテントを取り出した。

 目の前を流れている川は恐らく川内川だろう。道の側から見て草葉の陰になっているところを探して手早くテントを張る。

 もう随分と夜も更けてきたようだ。二人はすぐに中に入ると横に並んで床に就く。LEDライトを消すとテントの中は漆黒に包まれた。


「今思い付いたんだけど、このまま薩摩に政治亡命するってのはどうかな? 夜が明けたら川を下る舟にヒッチハイクで乗せて貰おう。川内から串木野に抜けて鹿児島へ脱出するんだ。チャウシェスク大統領夫妻の愛の逃避行みたいでロマンチックだろ?」

「大佐ったらまた変なことを言いだして! 前にもそんな話をしてたわよね。どうせ本意ではないんでしょう?」

「いやいや、今度という今度は本気だぞ。ちゃんとした理由があるんだ。聞きたいか? どうしてもって言うんなら教えてやらんでもないぞ」


 大作はこれ以上はないというドヤ顔を作る。だが、テントの中は真っ暗なのでお園には見えていない。

 暫しの沈黙の後にお園からまったく感情の籠っていない棒読みで答えが返ってきた。


「うわぁ~ どんな故なのかしら。私、とっても知りたいわぁ~ さあ、これで飽き足りたかしら?」

「う、うぅ~ん。何かもうちょっと言い様がないのかなあ。まあ、良いけどさ。要はこのまま渋谷三氏と蒲生が三千丁の鉄砲で武装したら島津なんてあっという間に瞬殺しちゃうんじゃないかってことだよ」

「楽に勝てるならそれに越したことはないんじゃないの。それの何処が困ることなのかしら?」

「そうは言うがな、お園。主人公って奴には苦労とかピンチって物が必須になるんじゃよ。それに俺って判官贔屓だろ? そうかといって舐めプや接待プレイも嫌味だし。って言うか、その戦いにおいては双方が共倒れに近いくらいの大損害を出して欲しいんだ。その機に乗じて一気に俺たちが勢力を伸ばす。そのためにも島津に梃入れしちゃおうって話だよ」


 ここで大作は一旦言葉を区切ってお園の反応を伺う。しかし何の反応も返ってこない。もしかして寝ちゃったんだろうか?

 不安になった大作は軽く脇腹を突っついてみる。するとお園がくすぐったそうに身を捩った。


「もお~ぅ。ちゃんと聞いてたわよ。でも、今からのさのさと島津様に行って相手にして貰えるのかしら」

「のさのさ?」

「緩緩してて良いのかしらって言ってるのよ。私たちの顔は祁答院様や入来院様に東郷様、蒲生様や肝付様のところにまで知られている筈よ。今から島津様のところをお訪ねしても怪しまれるんじゃないの?」

「だったら俺は山伏にでもジョブチェンジしようかな。お園もモリコになったら良いんじゃね? これなら今まで通りに夫婦で行動できるだろ。写真や指紋なんて無い時代なんだ。俺が別人だって言い張れば証明する方法なんて無いよ」


 大作は気軽に言ってのける。ちなみに山伏の作法とかはさぱ~り分からん。でも、どうせコスプレに過ぎんのだ。見よう見まねで何とでもなるだろう。

 そのことはお園も良く分かっているらしい。面倒臭いことには触れず、気楽な調子で相槌を打ってきた。


「ふ、ふぅ~ん。それで? 島津様にどうやって取り入るつもりなのかしら」

「聞いて驚け。こんなこともあろうかと取って置きのネタを温存しておいた。パンツァーファウストみたいな個人で携行できる無反動砲を作るんだ。これなら尾栓や駐退機が要らんから軽量化できる。威力も射程も凄く中途半端な代物だけど十六世紀の中頃ってタイミングならそれなりに重宝するんじゃね?」

「尻に蓋の無い大筒のことね。でも、それだと随分と火薬が入用になるんでしょう? まあ、良いわ。大佐の好きにやってみなさいよ」

「あ、ありがとう。きっとそう言って貰えると思ってたよ。考えてもみたまえ。シュタールヘルムを被った渋谷三氏とパンツァーファウストを抱えた島津の兵が戦うところを。想像しただけでカオス過ぎて笑いが止まらんだろう?」


 返事が無い。もしかして本当に寝ちゃったんだろうか。ってことは了承なんだろうな。

 ここは勝手な解釈で納得しておこう。大作は安堵の胸を撫で下ろすと安らかに眠りに就いた。




 翌朝、大作は爽やかに目を覚ました。例に寄って夢は覚えていない。

 ほとんど同時にお園も目が覚めたようだ。こちらを向いて微笑み掛けてきた。


「おはよう、お園。今日は…… じゃなかった。今日も一段と美人だな」

「おはよう、大佐。ありがとう。大佐だって今日も殊更に天離(あまざか)益荒男(ますらを)よ」


 言葉の意味は良く分からんけど褒めてくれているんじゃなかろうか。大作は何だかとっても良い気分がしてきた。

 だが、突如としてお園が真剣な顔になると声を潜めて囁く。


「然ても大佐、外に誰かいるみたいよ」

「えぇ~~~! またかよ~! もしかして呪われてるのは材木屋ハウス(虎居)じゃなくて俺だったのかな? いやいや、意外とお園が呪われてるのかも知れんぞ。お祓いとかしてもらったらどうだ?」

「人を呪わば穴二つって言うわよ。二人とも呪われてるってことで良いんじゃないかしら。それよりも外のお方はどうするの?」


 うぅ~ん。タッチの差かよ。起きたら朝一番で舟に乗って逃げるつもりだったのに。大作は悔しさのあまり唇を噛み締める。

 事ここに至っては腹を括るしかないんだろうか。まあ、どうせ一度は捨てた命だ。潔く飛び出して華々しく散るのも悪くない。

 大作は捨て鉢的な覚悟を決めるとお園の目を真っ直ぐに見詰めて口を開いた。


「どうやら俺たちの悪運もこれまでみたいだな。こうなったら強行突破しかないぞ。俺たちがテントから飛び出すと同時に物凄い数の銃声がして『明日に向かって撃て!』のラストみたいにストップモーションになるんだ。ちなみに『新幹線大爆破』のラストってアレのオマージュだよな? でも『俺たちに明日はない』のボニー&クライドみたいに八十七発もの弾丸で蜂の巣にされたうえに死体がアップで映ったら嫌だなあ」

「そんなの私だって嫌よ。常の如く大佐が空言で欺いて紛らわすことはできないのかしら」

「それって何気に酷くない? いつも俺が嘘ばっかりついてるみたいじゃん。俺って適当に誤魔化すことは多いけど、言い逃れできないような嘘はあんまりついていないつもりなんだけどなあ」


 大作は地味に傷ついたが本当のことなのであまり強くも言い返せない。とは言え、常に嘘をついているという点についてだけはキッチリと否定しておくことを忘れない。

 だが、その瞬間にテントの外から大きな声が聞こえてきた。


「大佐に告ぐ、直ちに降伏せよ! お前達の父母兄弟は国賊となるので皆泣いておるぞ!」


 声の主は女みたいだ。何だか聞いたことのある声だなあ。大作は思い出そうと必死に記憶を手繰るが……


「これってメイの声よ!」

「そうか! きっと無事に逃げ出して俺たちを見付けてくれたんだ。でも、なんで降伏せよなんて言ってるんだ?」

「きっと戯れよ。さあ、朝餉にしましょう。私、とってもお腹が空いたわ」


 お園に突っつかれた大作は恐る恐るテントから顔を出す。

 だが、その目に飛び込んできたのは見知ったくノ一たちの後ろに立つ大勢の見知らぬ男たちだった。

 大作は静かにテントの入り口を閉じると黙って頭を抱え込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ