巻ノ百六拾四 ヘンリー・フォードによろしく の巻
鍛冶屋の奥にある狭い座敷の中、大作たち十人は青左衛門と差し向かいで座っていた。二百匁ほどの金塊を手にした若い鍛冶屋は上機嫌でそれを弄んでいる。
「これだけあらば銭百五十貫文といったところにござりましょうか? 当分の間は事欠く恐れはありませぬな」
「それを聞いて安堵致しました。そんじゃあ二人は印刷の作業を続けてくれるかな~?」
「いいとも~!」
話が一段落した隙を突いて大作は藤吉郎と菖蒲を部屋から追い払う。いくら何でもこの狭い部屋に十一人は窮屈過ぎる。『十一人いる!』なのだ。
まずは膝の上に抱えていたバックパックをたったいま空いた余裕スペースにどさりと置く。そして青左衛門に向き直ると、なるべく申し訳なさそうな表情を作った。
「それでは続きまして悪い話と参りましょうか。四十丁の鉄砲の検品作業は滞り無く進んでおります。本日は木浦の村における害獣退治にて初の実戦投入を行いました。近日中にも問題点や改善提案を纏めたレポートをお見せできることでしょう」
「それを基に先行量産型の造りを改むるのでござりましたな。それの何処が悪い話にござりましょうか?」
「はぁ~? いやいや、覚悟はしておっても仕様変更って嫌な物ではござりませぬか? そんなこと無い? それは中々に立派な心掛けですな。その調子で改善をお願い致しますぞ」
「仕様変更など端から承知の上でございます。手代を増やしたるもそれがため。実を申さば某、一策を案じておりましてな。鉄砲を作る折、一つひとつの運びを一人ひとりで手分けして同じ手細工だけを施すことにしては如何でしょうや? 定まった容易い手細工のみで済むならば何年も掛けて弟子を育てずとも済むやも知れませぬ。長い修練を積ませずとも、誰しもが鉄砲を作れるという案配にござります」
一息にそう言い切ると青左衛門がこれでもかと言ったドヤ顔を決める。その自信に満ち溢れた顔は何だか小馬鹿にされているように見えなくもない。
大作は思わず思わずぶん殴ってやりたい衝動に襲われる。だが、強靭な自制心で何とかそれを押さえ込んだ。
はっきり分からんけど、こいつには暴力では敵わない気がする。だって人殺しの道具を作っているような反社会的な人間なんだもの。
何とかして得意のトークスキルだけで丸め込まなければ。勝機があるとすればそれしか無い。考えるな、大作! 感じるんだ!
ポクポクポク、チ~ン! 閃いた! 大作は針の穴を通すような際どいコースを果敢に突いて行く。
「ようするに青左衛門殿はT型フォードを作ったヘンリー・フォードみたいに流れ作業の分業制を鉄砲作りに導入しようと考えておられるわけですな」
「生憎、へんりいふぉおどとやらは存じ上げておりませぬ。されど、流れ作業や分業という言い様は某のやろうとしておることを上手く表しておるようですな」
調子に乗っている青左衛門は有頂天な顔で捲し立てた。
その得意気な鼻っ柱をへし追ってやるぜ。大作は軽く顎をしゃくると見下すような目付きをする。そして小馬鹿にした口調で冷たく言い放つ。
「実を申さばそのやり様は然程に目新しい物ではござりませぬ。たとえば扇子作りは大きく分けて二十、細かく見れば八十もの行程に別れているそうな。嘘か本当か存じませぬが和風総○家か何かで見たことがございますぞ。京扇子を作る折には八十七もの職人の手を経るのだそうな。それくらい分業体制が徹底しておるのでございます」
「さ、左様にござりましたか。遠い京の都のことなど存じておらぬ故、これは失礼をば」
折角のアイディアを頭から否定されたことで若い鍛冶屋はちょっと気落ちしているようだ。とは言え、ここは確実に止めを刺しに行った方が良いだろう。大作は少し斜に構えたまま次々と言葉を紡いで行く。
「チャップリンのモダンタイムスじゃあるまいし、今時、決まったことしかできない流れ作業の方こそよっぽど時代遅れにございます。これからのトレンドは多品種少量生産に対応したセル生産方式ですぞ。時代はライン工より多能工を求めておるのです」
「さ、されど一人で何でもこなせるまでに手代を育てるには時間も金も掛かりまする。簡単なことだけやらせておけば……」
「子供でもできるような簡単な仕事? 斯様な物を任された時、はたして人はやる気が出ますかな? モチベーションの低さは生産性にも直結しますぞ。それに従業員のスキルが低ければ製造行程の変更や欠員が出た時の対応にも難がありませぬか?」
大作は畳み掛けるように言葉を繰り出す。そのあまりの豹変ぶりに青左衛門はドン引きだ。思わず背筋を伸ばして距離を取った。
効いてる効いてる。大作はここぞとばかり果敢に攻めに行く。
「鉄砲の産地として有名なのは国友、堺、雑賀にござりますな。中でも国友の鉄砲作りは足利義晴様より直々に命じられて始まったそうな。確かな技術を持った職人が一丁一丁、丹念に張り立てて頑丈な筒を作っておられるそうにござります。対して堺の鉄砲作りは分業体制による大量生産を目指しておるとか。右も左も分からぬ新米が自分が何を作っておるのかも分からぬうちに鉄砲のパーツを作り、これまた別の新米が言われた通りに組み立てておるのです。その結果得られた物は安鉄砲だの饂飩捲き鉄砲などといった揶揄にございます」
国友が堺の鉄砲にネガティブキャンペーンを張ったのは事実らしい。とは言え、堺としても外見に装飾を施したりして見た目だけでも豪華にしたりといった努力はしていたそうだ。
肝心の銃身強度に関してはデータらしいデータが見当たらない。大作は自分が持って行きたい方向へ話を進めるため適当に話を盛る。だが、根が正直者な青左衛門は素直に信じたらしい。
「うぅ~む。それでは前に申しておられた安かろう悪かろうではござりませぬか? 我らが目指す物とは大きく異なっておるようですぞ」
「そうとばかりも申せませぬ。たとえばこのような話がございます。然るお方がゴディ○と森○のチョコレートの銘柄を伏せて食べ比べを行ったそうな。すると値段の差は八倍もあったにも関わらず評判は五分五分にござりました。つまるところ、品質さえそこそこなら人はブランドイメージで物を買うのでございます。品質改善や生産性向上を行うは企業として当たり前のこと。それより大事なるはブランドイメージにございます。その程度のことも分からずして生産性向上を誇らしげに語られるとは。青左衛門殿、貴殿には失望仕まつりましたぞ……」
そこで大作は一旦言葉を切って青左衛門の顔を鋭い視線で真正面から睨み付けた。
可哀想な若い鍛冶屋は瞳をうるうるさせて小さく縮こまっている。もしかして苛め過ぎたのか 大作はちょっとだけ反省するが今さら手遅れだ。
と思いきや隣にいたお園が耳元に口を寄せて小さく囁く。
「大佐、せくはら…… じゃなかった、ぱわはらよ」
「いやいや、これはどうしても必要な教育的指導なんだよ。それに今からちゃんとフォローするから。もうちっとだけ黙って見守っていてくれるかな~?」
「いいとも~! でも、そんなには待てないわよ」
ちょっと呆れた顔をしながらもお園が小声で応えてくれた。危機は去ったようだ。
とは言え、ここから話をどう纏めよう。そもそものきっかけが青左衛門のドヤ顔にムカついたからだなんて言い訳にもならん。
大作は撤退戦略の出口を探して頭をフル回転させる。だけど集中力の限界が近いらしい。何一つとしてマトモなアイディアが浮かんでこない。
やっとの思いで口を開くと適当に言葉を紡ぐ。
「国友と堺。この差は如何なる故に生じた物でしょう。それはビジネスモデルの差から生じておるのではありますまいか? 受注生産の国友はオーダーメイドの仕立屋さん。店頭販売する堺はユニク○みたいな物ですな」
「な、なれば我らはゆに○ろとやらを目指す訳には参らぬのでしょうか?」
「残念ながらそれは無理と申す物。鉄砲なんて戦の折にしか売れぬ旬の物にございます。それを吊るしの服のようにただ陳列しておるだけではあっという間に陳腐化してしまうでしょう。シーズンオフにバーゲンセールで買い叩かれるのが関の山にございます。七つの無駄の中でも在庫の無駄は諸悪の根元と忌み嫌われておるのをご存じでしょう?」
大作は言葉を一旦区切ると青左衛門の出方を待つ。頼むからここで折れてくれ。でないと、もう集中力が続かない。
大作の脳内ではけたたましい警報音が鳴り響き、活動限界を告げるタイマーが目にも止まらぬ速さで減って行く。
「で、では某は一体、何を致せば宜しいのでございましょうや?」
「それはジャストインタイムによるリードタイムの短縮にございます」
「じゃすといんたいむによるりいどたいむのたんしゅく……」
生気の無い虚ろな目をした青左衛門が呪文のように鸚鵡返しする。若い鍛冶屋の精神力は残り僅からしい。だが、それと引き換えに大作もダウン寸前だ。
このままダブルノックアウトになってしまうのか? いや、まだだ! まだ終わらんよ! 大作は僅かに残った気力に鞭を打つ。
「注文を受けてから出荷するまでの時間短縮。これが最優先です。製品は勿論、部品の在庫も極力減らす。注文がくる前に売れるどうかも分からん商品を山ほど作るなぞ、それこそ阿呆のすることですぞ!」
「は、はぁ…… 某の考えが及ばず、申し訳次第もござりませぬ」
「って言うか、そもそも製造を社内で行う理由は何があるんでしょうか? 外部委託じゃあ駄目なんでしょうか? 青左衛門殿はファブレス経営と言う言葉をご存じですかな。我らの目的は鉄砲を売ること。自ら鉄砲を作らねばならぬ故などござりますまい。そも、製造や組み立てのような付加価値の低いことを自社でやらねばならぬ道理がありませぬ。最も付加価値の高いのはブランドイメージの維持とアフターサービス。極論すればこれのみを手掛けておれば宜しいのです」
「ぶらんどいめえじ? それを手にしようと思わばひたすらに良い品を作り続けるしか他はありますまい。違いましょうか?」
青左衛門が力なく微笑む。掛かった! 勝利を確信した大作は余裕の笑みを浮かべて勝負を決めに行く。
ここからは詰め将棋みたいな物だ。手順さえ間違えなければ敗けは無い。これで勝つる!
「無論、良い品を作らねばなりませぬ。それは言うまでも無きことにござりましょう。されど、それだけでは済めば誰も苦労致しませぬ。提案型営業はもう古い! これからはコンサルティング営業の時代にございますぞ」
「えいぎょう? そう申さば、以前に大佐様は永劫に回ると申されておりましたな。我らにも鉄砲を売って回れとの仰せにございまするか?」
「左様、優れた営業とは製造現場を知る者にございます。真に物作りを理解した者なれば客からの要望に対して納期やコストの見積りをその場で出すことも叶いましょう。非現実的な要望に対して現実的な解決策を提示することもできるのでございます」
尽き掛けた気力を振り絞って大作はドヤ顔を決めた。僅かに開いた口元から覗く白い歯がキラリと光る。
だが、消えたと思っていた青左衛門の瞳に再び炎が灯る。
馬鹿な、動ける筈が無い! まかさ? 再起動!
「お言葉ながら、大佐様。自ら品を売って回る鍛冶屋など聞いたこともござりませぬぞ。それでは商人と代わぬではありませぬか? 我らにも鍛冶屋の矜持という物がございます」
「ですから、その熱意は研究開発や商品企画に傾けては如何かと申しておるのです。深センやシリコンバレーでは質より量が求められておるそうな。そのために必要な物はひとえに速さでしょう。一年掛かって完璧な物を作るよりも中途半端で良いから一月で市場に出す。まずは使ってみなければ問題点もわかりませぬ。その上でブラッシュアップして行けば良いのです。蟲毒という物をご存じですかな? 底辺を支える膨大な量の積み重ね。それが頂点の質を支えておるのです。山ほどアイディアを出してもヒットする物は氷山の一角どころか針の先ほどに過ぎませぬ。失敗を恐れずLet's try! 我らは山ヶ野と青左衛門殿は一心同体少女隊にございますぞ!」
「は、はぁ……」
限界を越えた長広舌で大作の脳は酸欠状態だ。最後の方は自分でも何を言っているのかさぱ~り分からない。
だが、時を同じくして青左衛門の瞳から僅かに残った光が完全に消えて行く。何だかプレス機で潰されるターミネーターみたいだな。想像すると吹き出しそうだが空気を読んで何とか我慢する。
勝ったどぉ~~~! 大作は心の中でガッツポーズ(死語)を取りながら真っ白に燃え尽きた。
青左衛門が再起動するまで暫らく猶予があるはずだ。その待ち時間を利用して大作はくノ一たちに指示を飛ばす。いまだにこの部屋はとっても窮屈なのだ。可及的速やかに人口密度を下げなければ。
「楓はスピーカーや聴音機が担当だったよな。材木屋に行ってパラボラ作成の必要資材について語らってくれ。仕様書は持ってるな? 俺も後で借銭を算用しに行くから」
「楓、分かった!」
楓と思しき娘が颯爽と走り去る。あれって未唯の真似なんだろうか? まあ、それで気持ち良く働いてくれるんなら何も言わんけど。
それはそうと、今もって紅葉との区別がつかないのは公然の秘密だ。
だが、この状況なら自信を持って断言できる。もう一人残っているそっくりさんは間違い無く紅葉のはずだ。
「紅葉は紙と印刷が担当だったな」
「いいえ、さっき走っていったのが紅葉にございます」
「ち~が~う~だ~ろ~~~! 『楓、分かった』って言ってたじゃん! まさか、まだ戯れごっこをやってるのか? 仕舞いには本気で怒るぞ!」
「も、申し訳ござりませぬ。前に『絶対にするな』は『やれ』の意だと仰せになられておりました故……」
楓、じゃなかった、紅葉が恨めしそうに唇を噛み締めた。その表情は悔しさを圧し殺そうと歪んでいる。
俺、そんなこと言ったっけ? 必死に記憶を辿るがさぱ~り重い打線。まあ、どうでも良いか。大作は考えるのを止めた。
「話を戻すけど楓、じゃなかった、紅葉は紙と印刷が担当だったよな。すると藤吉郎を手伝っている菖蒲は何なんだ?」
「農機具の担当ね。菖蒲は印刷を手伝ってるんじゃ無いわ。回転式脱穀機の取説作りを手伝ってるのよ」
「そ、そうだったんだ~! まあ、良いや。あっちは奴等にまかせておこう。んじゃあ、まずは材木を粉砕してチップからパルプを作る。これを目標にして行こう。砕木機、蒸解釜、抄紙機の順に青左衛門に作って貰うんだ。とりあえず材木屋から端材を安く譲って貰えないか交渉してくれ。早期に実験プラントを稼働させる」
「紅葉、分かった……」
何だかとってもテンションが低いな。こんなんじゃあモチベーションも上がらんぞ。
や、やるき~ だせ~~ 大作は心の中で絶叫する。しかしなにもおこらなかった……
「も、もうちょっとやる気を出してくれよ。紙が量産の暁には室町幕府なぞあっという間に叩いてみせるぞ。紙オムツ、紙おしぼり、紙ナプキン、紙ふうせん。建築界のノーベル賞とも言われる米プリツカー賞を受賞した坂茂さんに至っては何とと紙管を構造材にした建物を作っておられる。紙は人類の最も偉大な発明の一つなんだ」
「……」
不承不承といった顔で頷くと紅葉が音も無く消え去る。
もう知らん! 勝手にせい! 大作は紙作りプロジェクトを心の中のシュレッダーに放り込んだ。
「さて、牡丹の担当は蒸留塔とエタノールだったな。窯元の様子を見てきてくれ。こっちも後で借銭を算用しに行く。焼酎も買い付けなきゃならん」
「牡丹、分かった!」
「悪いんだけど返事は『Sir, yes, sir.』でお願いできるかな。なるべく元気良く頼む」
「さ、さぁ、いえっさぁ?」
怪訝な顔の牡丹が首を傾げながら答える。大作が軽く頷き返すとにっこり笑って風のように走り去った。
一時は十一人もの人間がいた鍛冶屋の狭い座敷。その住人も今や大作、お園、未唯、ほのか、メイと青左衛門の六人にまで減ってしまった。
何だか人口減少の続く日本の未来を見ているようだ。大作は自分で人を追っ払ったことも忘れて物悲しい気分にうちひしがれる。
この調子で減っていくと最後にはだれもいなくなってしまうんだろうか。
まさに『そして誰もいなくなった』だな。あの作品って何度も映画化されてるけどラストのオチが原作と全然違う凄いのがあったっけ。
そんなことを大作が考えていると青左衛門の瞳が徐々に生気を取り戻してきた。
「予想通り、自己修復中だな」
「そうじゃなきゃ単独兵器として役に立たないわよ」
横からお園がボソッと突っ込む。こいつが単独兵器として役に立つかは大いに疑問だ。しかし大作はそれを華麗にスルーした。
がっくりと項垂れていた青左衛門がゆっくりと顔を上げる。その様子は動き出すゾンビみたいでちょっと怖い。
と思いきや、その表情はまるで憑き物が落ちたように晴れやかだ。
良かった~! どうやらヘンリー・フォードの精神支配から無事に解放されたようだ。大作は安堵の胸を撫で下ろすと青左衛門の肩を揺する。
「青左衛門殿! 青左衛門殿! 拙僧が誰だか分かりますか?」
「は、はぁ。大佐様ではござりませぬか。某は一体、どうしておったのでしょう?」
「ヘンリー・フォードの精神汚染による一時的な記憶の混乱ですな。処置が早かったことが幸いでした。安静にしておれば直に治るでしょう。後遺症の心配もありますまい」
大作は青左衛門の混乱を助長するような話をして煙に巻く作戦を取る。
「聞くところによればヘンリー・フォードと申す男は従業員の賃金を上げたり世界初の週休二日制、週四十時間労働を導入したりといった労働者の待遇改善に努めたそうですな。されど組合活動は絶対に認めず、暴力を使ってでも叩き潰したとのこと。また、ガチガチの反ユダヤ主義者としても有名で、その著書はヒトラー総統にも影響を与えたとか与えなかったとか。ヒトラーは尊敬する人物としてフォードの名を上げたとの話も伝わっておりますな」
「よ、良う分かりませぬが危ういところをお救い頂いたということにござりますな。有難や有難や」
口ではそんなことを言っているが青左衛門の表情は全然有難そうに見えない。もしかして内心ではいまだに流れ作業に拘っているんだろうか。
もう、勝手にせい! 大作はこの件を心の中のシュレッダーに放り込む。
「さて、それでは大変お待たせいたしました。本日のメインイベントと参りましょう。実は青左衛門殿に急ぎ作って頂きたい物が二つほどございます。一つは金貨にございます」
「き、きんか…… にございますか?」
「まずは今ある圧延機を使って金塊を薄板に加工。それを丸く打ち抜き、型に合わせてコインに鍛造して金貨を作って頂きたいのでございます」
話を聞いていた青左衛門の目が興味深そうに輝く。その嬉しそうな表情に大作は微かな違和感を覚えつつも話を続ける。
「それと並行してヘルメットを作って頂きたい。軟鉄の薄板を直径二尺ほどの円形にカット。プレスで碗のように加工して下さりませ。浮張を付けるのは我らで致しましょう」
「畏まりました。今すぐにでも取り掛かりましょう。しかし、大佐様のお陰で次から次へと新しい物を作ることができまするとは。某は幸せ者にございますな。では、直ぐにも取り掛かると致しましょう。ささ、こちらへどうぞ」
満面の笑みを浮かべた青左衛門は待ちきれないといった顔で立ち上がった。そして大作の手を引いて作業場へ向かおうとする。
大作の中の違和感が確信へと変わった。やっぱりこいつは別人に間違い無い。激しいストレスに耐え兼ねて交代人格が表に出現してしまったのか? えらいこっちゃ!
とは言え、新しいことに積極的なこいつの方がこっちとしては助かるかも知れん。うん、そうしよう。
青左衛門の元の人格さん、安らかに成仏して下さい。大作は心の中で手を合わせて般若心経を唱えた。




