巻ノ百六拾壱 無駄蘊蓄よ永遠に の巻
「金貨を制する者が世界を制す。どうか、この大佐めにお力をお貸し下さりませ」
そう言うと大作は額を床に擦り付けるように土下座した。
アドラーが言ってたっけ。命令口調ではなく、お願い口調とか『私』を主語にしてみるとかすれば随分と印象が変わるんだとか何とか。
だが、職人は首を傾げて眉を潜めるばかりでポジティブな反応が返ってこない。これはもう、駄目かも分からんな。大作は頭の中で早々と帰り支度を始めた。
冷静に考えてみると金貨は鍛造で作るって決めてなかったっけ? そうなると必要なのはやはり青左衛門の力だろう。
何から何まであいつに頼りっぱなしなのはちょっと癪だ。とは言え、物事は適材適所、って言うか得手不得手? もっとこう、バァーって動くもんな。
ドラッカーも言ってたっけ。『人事で重要なことは適材適所』とか何とか。
だけど、強みを生かすことだけを考えて短所を放置していると適応力が落ちるとも言うしなあ。
ここは一つ、この銀細工職人を千尋の谷に突き落としてみるか。大作は心の中で邪悪な笑みを浮かべるとスマホを起動した。
「金貨と申しますはこの写真のように金で作られた貨幣にございます。このように細かな細工は銀細工職人殿にしかできませぬ。是非ともお力をお貸し下さりませ」
「しゃしん?」
「南蛮の言葉でphotographと申しましてフィルムの上に…… いやいや、写真のことはどうでも宜しゅうございます。そんなことより、この金貨にご注目下さりませ。金地金は五百グラム未満だとスモールバーチャージと申す加工費が掛かることをご存じですかな? 地金金貨にはこれが掛かりませぬ。それ故に少額投資に向いているのでございます。また、五年以上に渡って保有してから売却すると長期譲渡と申しまして課税対象となる金額を半分にできます。無論、年間五十万円の特別控除後の金額ですぞ。つまり、税金を大幅に減らせるのでございます。金投資は長期に渡って少額ずつ行うのが必定。故にこれは大きなメリットとなりまする」
「は、はぁ。つまるところは御鳥目の如き物にござりまするか?」
分かったような分からないような顔で職人が首を傾げる。
だが、鳥目なんて言葉を知らない現代人の大作には意味がさっぱり分からない。
曖昧な笑みを浮かべながら職人と同じ方向に首を傾げ返した。
「おちょ、おちょうもく? そは、何でござりましょうかな。お蝶婦人ならば存じ上げておりまするが」
「大佐ったら、御鳥目も知らないの? 銭のことをそう言うのよ」
心底から馬鹿にしたような顔で未唯が鼻を鳴らす。
ちなみに、鼻を鳴らすという言葉には甘えた声を指す場合もある。だが、今の未唯からは見下されているような感情しか読み取ることができない。
大作は小さく鼻を鳴らすと助けを求める捨て犬のような視線をお園に送る。
一瞬の沈黙の後、お園も小さく鼻を鳴らした。もしかしてこれ、流行ってんのか?
だが、次の瞬間にまるで奪い取るかのような素早さでお園がタカラ○ミーのせん○いを引ったくる。そして相変わらずの達筆で鳥目と書いた。
「四角い穴の開いた一文銭って鵞鳥の目みたいでしょう? だから鳥目って言うのよ」
「へ、へぇ~ 鵞鳥を知ってるんだな。ってか、アレって昔から日本にいたのか。ちょっと驚いたぞ。いやいや、そんなことより鳥の目って四角かったっけ? 絶対に丸かったと思うぞ。鵜の目鷹の目とか丸かったもん」
「人の目と違って真ん丸だからじゃないの?」
「だったら魚の目でも良いんじゃないかな。あぁ~ でも、魚の目だったら足にできる奴と区別が付かないか」
鮪の目玉とかにはDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)が豊富に含まれている。そんな蘊蓄を傾けようかと大作は一瞬だけ迷う。だが、これ以上の脱線は危険かも知れん。断腸の思いで軌道修正を図ろうとする。
と思いきや、大作の手から溢れ落ちた話題をお園が拾い上げた。
「うおのめ? それって魚の目のことかしら。大佐の生国ではそんな物が足にできるっていうの?」
「医学的には鶏眼っていうんだったかな? 皮膚の角質層が異常に固くなるんだよ。別に日本人に限らず人間なら誰でもできると思うぞ。ドイツ語だと鶏の目とか烏の目とか言うらしい。んで、話を鳥目に戻しても良いかな? 夜目症ともいわれるこの病気の原因。その正体はなんとビタミンAの不足だったんだ」
「やにょうしょう?」
「夜尿症じゃないよ、夜目症! おねしょじゃないんだから。勘弁してくれよ、まったく」
まったく、こいつらは話を脱線させる天才だな。大作は自分のことを棚に上げて心の中で嘲り笑う。だが、決して顔には出さない。
何とかして仕切り直しせねば。まずはパチンと左手の指を鳴らして全員の注目をスマホに集める。
「申し訳ござりませぬが我々には時間の余裕がありませぬ。具体的に申さば、夕飯まで四時間ほどしか無いのです。ここからは脱線禁止でお願い致します。今日の日没までに三種類の金貨を作って頂きたい。セリヌンティウスが人質になっているつもりでやって下さりませ」
「さんしゅるい?」
「三通りの意にございます。サントリーではございませぬぞ。ちなみにサントリーの由来は太陽の下に創業者の鳥井をくっ付けたってご存じでしたかな。一方、ニッカウヰスキーは……」
「大佐、脱線禁止よ!」
お園が横からピシャリと話を断ち切る。大作はアイコンタクトを取り、軽く頷いて謝意を表した。
「まずは甲斐の碁石金みたいな重さ四匁の物。次に銭一貫文の値打ちの金。っていうと重さ一匁三分ほどですな。最後に銭百文の値打ちの金。重さ一分三厘ほど。この三通りを作って頂きたい」
銀細工職人が黙ったまま真剣な表情で頷く。どうやら話を先に進めろってことのようだ。ようやく真面目に話を聞く気になったらしい。
大作はお園からタカラ○ミーのせん○いを取り返す。そして下手くそな絵を描きながら話を続けた。
「基本的なデザインは共通です。表面に祁答院、入来院、東郷様の家紋を。裏面には四匁、銭一貫紋、銭百紋と刻印して下さりませ」
「紋ですと? この、紋とは如何なる意にござりましょうや?」
「話すと長くなりますので、その件はまた改めてさせて頂きましょう。それで、縁にはこんな風に斜めにギザギザを入れて頂けますかな?」
そう言いながら大作は財布から新五百円硬貨を取り出して職人に手渡した。
年老いた職人は舐め回すかのように目を近づけて硬貨を観察する。
こんなに年寄りなのに老眼とかじゃないんだろうか。もしかして近視なのかも知らんけど。
大作がそんなことを考えていると職人が不意に顔を上げて口を開いた。
「ぎざぎざ? この斜めの筋のことを申されておられるのでしょうか?」
「英語のギャザーが語源だという俗説がございますが真っ赤な嘘ですな。江戸時代の傾城酒呑童子とかいう浄瑠璃にキザキザって記述があるそうですぞ。刻むって言葉を重ねたのでしょうな。それが明治時代に入って……」
「大佐、脱線禁止よ!」
未唯が意地の悪そうな笑顔を浮かべている。お園ならともかく、こいつに言われると無性に腹が立つな。とは言え、文句を言う訳にも行かん。
大作は無理矢理に引きつった笑顔を作る。だが、その微笑みはあまりにも不自然だったらしい。未唯は怯えたように視線を反らして俯いてしまった。
何か知らんけど一矢報いたような気がしないでもない。安っぽいプライドを満足させた大作は軽く咳払いすると職人に向き直って首を傾げる。
「話を戻して宜しゅうございますかな?」
「いやいや、話を反らされたのは大佐様にござりましょう!」
職人が眉間に皺を寄せて不満そうに声を荒げる。
えぇ~~~! 悪いのは俺かよ! 大作は心の中で大ブーイングを上げる。
まあ、普通に考えて悪いのは大作の方なんだけれども。
「とりあえずここに四十匁の金がございます。三個セットで作れるだけ作って下されば結構。手間賃は例によって適当に削って下さりませ」
「四匁と一匁三分と一分三厘だと五匁四分三厘ね。七揃い作れば三十八匁一厘になるわよ」
お園が間髪を容れずに即答する。さすがは人間コンピュータだ。
ちなみに間髪の正しい読み方が分かる人は九パーセントしかいないとか何とか。間髪を『入れず』と書くのも誤用だそうな。
でも、正解者が九パーセントしかいないって、もう言葉として終わってるんじゃね? そもそも短い時間を表すのに髪が間に入らないって表現としてどうなんだろう。
奇を衒って変な言葉を使うじゃなかったな。普通に一刹那とか思っとけば良かったのに。大作は激しい後悔の念に苛まれる。
ちなみに一刹那とは指をパチンと鳴らす時間の六十五分の一だそうな。また、一日の六百四十八万分の一とも言われている。ってことは七十五分の一秒だから約13.3ミリセカンドってことか。
昔の人にとっては一瞬なんだろうけど光速なら四千キロも移動する長い時間だ。二十一世紀ではフェムト秒、アト秒どころかゼプト秒スケールの実験的観測に成功したなんて話をネットで見た記憶がある。その先はヨクト秒だな。それでもプランク時間に比べれば果てしなく長い時間か。だったら……
「大佐! ねえ、大佐ったら! まさか、心の中で無駄蘊蓄を傾けてるんじゃあないでしょうね?」
妄想世界に遊離していた大作の意識がお園の言葉で現実に引き戻される。
うわぁ~~~! なんてこったい。何の因果で頭の中まで監視されなきゃならんのだ。もう嫌だ、こんな生活。こっちから願い下げだ。
無駄蘊蓄は世界でいちばん崇高で、一番知的な営みなのだ! 正に人類の叡智の到達点、不滅の金字塔。そして、ある民族が奴隸となっても、頭の中で無駄蘊蓄を語っている限り、牢獄の鍵を握っているようなものだから!
フランス万歳! 大作は心の中で絶叫する。
そして、小さくため息をつくと両の手のひらを肩の高さで開いた。
「そんじゃあ、後のことはリーダー代理と補佐にお任せ致します。お二人の初めての共同作業です。みなさま、盛大な拍手を!」
言うが早いか大作はBダッシュで銀細工屋から脱兎の如く逃げ出した。
大作はお釈迦様から逃げる孫悟空になったつもりで走って走って走りまくる。まあ、くノ一のほのかやメイが本気で追ってきたら逃げられる筈がないんだけれど。
だが、幸いなことに追っ手は掛からなかったらしい。もしかして、二人は責任感が強かったんだろうか。あるいは単に呆気に取られて初動が遅れたのかも知れない。
まあ、考えてもしょうがない。覚えてたら後で聞いてみよう。どうせ覚えてるわけ無いけどな。大作は考えるのを止めた。
ここまで逃げればお釈迦様でも手出しできんだろう。肩で息をつきながら振り返ると頬を膨らませたお園が睨んでいた。
「もぉ~う。大佐ったらいきなり走り出すんだもん。びっくりしたじゃない」
「しょうがないだろ。あれ以上あそこにいたら精神汚染でヤバかったぞ。それはそうと、孫悟空が頭に着けてる輪っかの名前を知ってるか?」
「孫悟空って西天取経物語の? 確かあれは緊箍児じゃなかったかしら。緊箍児呪って呪文を唱えたら輪が締まるのよね?」
が~んだな。唐突に振ったこんな話題を見事に打ち返されるとは思いもしなかったぞ。完敗も良いところだ。大作は悔しさに唇を噛み締める。
って言うか、西遊記が成立したのって十六世紀後半じゃなかったっけ? 何でそんなことを知ってるんだろう。
いやいや、それも気になるけれど、いま考えなきゃならないのはそれじゃないな。藤吉郎と未唯が追い付くのを待って大作は口を開く。
「どうやら危機は去ったようだな。さて、皆の衆。夕飯まで何して時間を潰そうか?」
「やっぱりノープランだったのね。そんなことだろうと思ってたわ。藤吉郎、未唯。ここは若い二人に任せて良いかしら? 二人の始めての共同作業よ」
「それってさっきの俺の真似じゃん。真似っこのマネリ○かよ!」
大作が脇腹をくすぐりながら突っ込みを入れる。
「きゃあ! 止めてよ大佐、くすぐったいわ!」
お園が笑いながら身を捩り、大作をくすぐり返す。そんな風にバカップルを満喫する二人を藤吉郎と未唯が生温かい目で見つめている。
視線を感じた大作は必死に真顔を作ると芝居がかった口調を取り繕った。
「現代戦で重要なのはInfomation(情報)、Decision(決心)、Action(行動)のIDAサイクルだ。知り得た情報を分析、作戦を決定、行動開始。この時間をできるだけ短縮しなけりゃならん。そのために重要なのは縦横の情報共有と大幅な権限委譲だな。そういうわけで、お前ら二人で相談して決めろ。全責任は俺が取る!」
「な、何をすれば良いの? 未唯には分かんないわ。藤吉郎が決めてくれる?」
「そ、某にもいったい何が何やら。皆目、見当が付きませぬ……」
二人がお互いに不安気に顔を見合わせて目を伏せる。こいつらデキてんのか? いやいや、さすがにそれは無いだろうけど。
それはともかく、これは無理かも分からんな。大作は早々と見切りをつけた。
ネットにも『仕事ができる人は、諦めが早い』とか書いてあったのを見たことがあるような、無いような。
「ゆっくり相談して良いぞ。三分間待ってやる。お園、ちょっと良いかな」
少し離れたところまで手を引いて移動すると大作は声を落として囁く。
「あいつらに任せてたら埒が明きそうも無いぞ。どうしたら良いかなあ」
「えぇ~! たった今、三分間待つって言ったじゃないの。あれは嘘だったの?」
「戦いは二手三手先を読む物だって言っただろ。ああいった手合いには、まず無理難題を押し付ける。そして、失敗したらフォローして恩を売る。そうやって精神的に依存させて支配して行くんだ。これはサイコパスが他人をコントロールする典型的な手口だぞ」
「ふ、ふぅ~ん。そんなに上手く行くのかしら」
お園が疑わし気な目をしながら首を傾げた。相変らず心配性なことだ。もっと楽観的になれば気楽に生きられるのに。大作は人差し指と中指をクロスさせて意味深な笑顔を浮かべる。
「まあ、駄目なら駄目で良いじゃん。話は変わるけど俺がお園と出会ってやっと八十日くらいだろ? 島津との戦って三年後を予定してるけど、本当にそんな日がやってくるのかな。もしかして、その前に俺たちの寿命が尽きるんじゃないかって心配になってきたぞ」
「何をしてたって三年は三年でしょう? 私、二十前で死ぬなんて真っ平御免よ」
「そうは言うがな、お園。毎日毎日、朝餉を食べただの、山ヶ野まで歩いただの、筵に包まって寝ただの。このところそんなのばっかりだろ。こういう本筋に関係の無い、無駄な描写が作品のテンポを悪くしてるんじゃないのかな? ばっさりカットして場面転換させた方がスムース…… スムーズ?」
「表記の揺れでしょう。どっちでも良いんじゃないかしら。って言うか、そういう細かなことに拘ってるから話が『smooth』に進まないんだと思うわよ」
お園がやけに流暢なネイティブ発音をする。もしかしてこいつ帰国子女なのか? いまさら、そんな裏設定があったらびっくりだな。
「うぅ~ん。でも、新婚の三年間をスキップしたくないって言ったのはお園だぞ」
「だからって、その三年を大佐の無駄蘊蓄で埋め尽くされてもちっとも嬉しくないわよ」
「たとえばだけど、ロビンソン・クルーソー漂流記の二十八年間が毎日毎日、朝起きて顔を洗って歯を磨いてご飯を食べてとか書いてあったら読む気がしないだろ? そんなのが一万日以上も続いたらぞっとしないか? ディケンズだったかO・ヘンリーだったか忘れたけどこんな話があるぞ。とある金持ちが亡くなってあの世に行く。何でも望みのままだって言われた男は立派な御殿にふかふかの寝床をリクエストする。そこで毎日毎日ご馳走を食べるんだ」
「毎日のご馳走ですって! どんな物なのかしら? そこをもっと詳しく教えてちょうだい」
それまで退屈そうにしていたお園が急に目の色を変えて話に食い付く。お前の関心は食い物だけかよ! 大作は心の中で激しく突っ込む。だが、決して顔には出さない。
「細かいメニューまでは分からんけど海外の話だから洋食だろうな。まあ、そこは重要じゃ無い。ともかく、男はくる日もくる日も新聞を読んだり数え切れないほどの大金を数えたりして過ごすんんだ。でも、百年もすると飽き飽きしてくる。そんで……」
「あぁ~あ。それはリヒャルト・レアンダーの『天国と地獄』ってお話ね。ちなみに、百年じゃなくて千年よ」
お前はお話博士かよ! 大作は心の中で激しく突っ込むが決して顔には出さない。必死に平静を装って余裕の笑みを浮かべる。
「ごめんごめん。ちょっとお園の記憶力を試させて貰っただけだよ。相変らず大したもんだな」
「褒めたって何も出ないわよ。スマホに入ってたお話を読んで覚えていただけなんだから。『ふしぎなオルガン』に収録されてたわ」
「ふ、ふぅ~ん。そうなんだ~ 俺、あんまりびっくりしたんで何を言いたかったのか忘れちゃったよ。えへへ……」
「気に病まなくて良いわよ。大佐が忘れっぽいのは今に始まった話じゃ無いし。忘れちゃうくらいだから、どうせ大したことじゃ無かったのよ」
お園が半笑いを浮かべながら気楽に言ってのける。まあ、たぶんそうなんだろうけど。とは言え、そうもはっきり言われると良い気はしない。
こうなったら何でも良いから見直して貰えるような面白いネタを出さねば。大作は頭をフル回転させる。ポクポクポクチ~ン。閃いた!
「普通にやったら三年は掛かるはずの対島津戦までの時間を有意義に過ごす裏技があるんだけど聞きたくないか? 本当は秘密なんだけど、お園がどうしてもって言うんなら教えてやらんでもないぞ」
「大佐ったら素直じゃないわねえ。本当は話したくて溜まらないんでしょう? いいわ。聞いてあげるから話してみなさいよ」
「嘘でも良いから『聞きたい』って言ってくれよ。まあ、嘘をつかれても嬉しくないけどさ。その驚きの方法とはモンタージュ技法だ!」
「もんた~じゅぎほう?」
お園がいつもの小馬鹿にしたような半笑いを浮かべる。どうやら、これっぽっちも本気で聞く気は無いらしい。なかなかの学習能力だな。大作はちょっと感心する。
「面倒臭いだけの特訓シーンとかを手っ取り早く表現できる技法だよ。たとえばロッキーなら、あの有名なテーマ曲が掛かる。そしてスタローンが腕立てしたり、腹筋したり、パンチングマシーンを叩いたり、街を走ったり、生卵を食べたり。そういった場面をフラッシュバックのように次々と流して行く。曲が終わる辺りで階段を駆け上がってばんざーいしたらムキムキマッチョになってるわけだ」
「ふ、ふぅ~ん。私、ろっき~を知らないから良く分からないわ」
「俺たちで例えるならテーマ曲は何だろな。どんぐりころころで良いか。そんで、曲をバックに青左衛門が鉄砲を作ったり、お園が美味そうに朝餉を食ったり、巫女軍団が煙硝を採ったり、お園が美味そうにお菓子を食べたり、慎之介が鉄砲足軽を訓練したり、お園が美味しそうに夕餉を食べたり。入来院で船を作ったり。そんな短いカットで繋いで行く。どんぐりが無事に山に帰って曲が終わる。するといきなりシーンが切り替わって俺たちの数千人の鉄砲隊が島津の兵と向かい合ってる場面だ。どうよ!」
「何で私は食べてばっかりなのかしら? って言うか、そんなので上手く行ったら誰も苦労しないわ。どうして大佐はそんなに思慮が足りないんでしょうね。私、そんな風に育てた覚えは無いわよ」
ほとほと呆れ果てたといった顔のお園がひときわ大きくため息をついた。
謝れ! エイゼンシュテインに謝れ! 大作は心の中で絶叫する。
いやいや、いま気にしなけりゃならないのはそんなことじゃないか。
「俺、お園に育ててもらった覚えは無いんだけどなあ……」
「だから、育てた覚えは無いって言ってるでしょう。あはは、うふふ」
お園がしてやったりといったふうに顔を綻ばせる。
ズコ~! 盛大にズッコケる大作を姿を見て藤吉郎や未唯も大声を上げて笑い出す。
そんなことをしている間にも日は徐々に傾いて行った。




