巻ノ百六拾 平等と公正 の巻
これといった目的も無く虎居までやってきたのは良いけれど、まさか肝心の金を持ってきていなかったとは。
いまごろになってそのことに気付いた大作は頭を抱え込んで道端にうずくまる。
「どうしたの、大佐。頭が痛くなったのかしら?」
「No problem. ちょっと屈伸運動したくなっただけだよ。さて、誰か山ヶ野まで金を取りにいってくれるかな~? いいとも~!」
こいつらの前で弱みを見せるわけにはいかん。大作は内心の焦りを隠して精一杯の虚勢を張る。
だが、少し俯き加減の未唯から呟くような答えが返ってきた。
「私、行かない。山ヶ野、遠すぎるもの……」
「それって私の真似かしら。ちっとも似ていないわよ」
「いやいや、意外と似てたぞ。一瞬、本物かと思ったよ。でも、どっちにしろ未唯に頼むのは無理だな。なにせ、六百匁の金だぞ。銭四百五十貫文にもなるんだ」
万一、落としたり無くしたりされたら堪らん。強盗に遭う可能性だってある。って言うか、こいつが持ち逃げする可能性だって無きにしも非ずだ。正直に言って未唯のことをそこまで信用していない。
だが、大作の言外の意を汲み取ったのだろうか。不意に未唯が表情を曇らせると悔しそうに表情を歪めた。
「もしかして未唯は見貶されてるかしら? 未唯にだってお使いくらいならできるわよ!」
「え~! 俺を責めるのか? 行きたくないって言ったのはお前じゃん!」
「未唯は行きたくないだけよ! だけど、行けない思われるのは癪だわ!」
腕組みした未唯が胸を張り、顎をしゃくり上げる。
逆切れかよ~! とっても挑戦的な目付きで睨みつけられた大作はちょっとイラっときた。
未唯の頭に手を置くと髪の毛をわしゃわしゃともみくちゃにする。ちなみに、東南アジアの国々では子供の頭に触るのは宗教的な理由からNGだ。
特に左手はイスラム教でもヒンズー教でも不浄とされている。絶対に触ってはならない。絶対にだ!
「お~ま~え~な~~~! 何て自分勝手な言い草なんだよ。ちょっと前まで『大佐様の御恩に報謝せんがため』とか調子の良いこと言ってたのは誰だ?」
「私、そんなこと言った気がしないんだけど?」
「きっと時と場所の指定まではしていないんじゃないの? つまり…… 未唯がその気になれば報謝するのは十年、二十年後ということもあるんじゃないかしら」
お園が助け舟を出すように適当な相槌を打つ。それにしても、未唯はもう完全にお園の子分になってしまったようだ。
大作は唇を噛み締めながら恨めしそうに睨み返す他は無い。
「ほのかとメイはどうだ。山ヶ野まで一っ走り頼めるかな?」
「今の私はリーダー代理よ。そんなこと、やってられないわ」
「私めもリーダー代理補佐だわ。誰か他に頼んでくれるかしら」
「他って藤吉郎のことか? う、うぅ~ん……」
大作は横目で藤吉郎の顔色を窺う。だが、その表情からはまるで感情が読み取れない。だけど、ここで藤吉郎に頼んだら絶対に未唯が拗ねるぞ。
まあ、良いや。戦いは、常に二手三手先まで読んで行わなきゃならん。大作は内心の不安を押し殺し、余裕の笑みを浮かべる。
実際には一手先すら読めていなかったんだけどな。そのことについては不都合な真実として目を瞑るしか無かろう。
「それじゃあこれからどうしよう? 反対するなら対案を出せよ」
「またそれなのね。でも、金が無くちゃ何もできないの? 金が無くても印刷の続きならやれるんじゃないかしら」
「いやいや、青左衛門には次に会った時に借銭を清算するって言ってるだろ。手ぶらじゃ顔を出し辛いぞ」
あいつには鉄砲製造技術やタップとダイスなんかを提供している。詐欺師だと思われたりはしていないだろう。とは言え、あれだけ大口を叩いておきながら金を持たずに顔を出すのは恥ずかしい。
「だったら材木屋や轆轤師、窯元なんかにも行けないわね。大殿にお会いして名主職のことをお願いしたらどうかしら?」
「みょうしゅしき? 何だっけそれ。いやいや、思い出した。でも、アレはくノ一の調査報告を待たなきゃならんだろ? だって、何だかとっても胡散臭いんだもん。他に良いアイディアは無いかな?」
「だったら、だったら…… 分かんない!」
未唯が両の手のひらを上にして肩の高さで広げる。ギブアップするの早過ぎだろ~! 大作は心の中で絶叫する。
黙ってそれを見ていたお園がやれやれといった顔でため息をつく。そして懐に手を入れると何かを取り出した。
「しょうがないわね~ こんなこともあろうかと私も金を一欠片だけ持ってたのよ。四十匁くらいはあるはずよ」
「お~ま~え~な~~~! 持ってたんなら早く出せよ~! 頼むぜまったく…… とは言え、でかしたぞ。これって銭三十貫文くらいにはなるんだよな? 青左衛門の借銭を清算したら、それだけでお仕舞いになっちゃうのか。だったら、だったら…… 銀細工屋へ行こう! 金貨のサンプルを作るんだ。きっと楽しいぞ!」
言うが早いか大作は先頭に立って足早に歩き始めた。すでに時刻は十三時を回っている。夕飯の支度とか考えると使える時間は四時間くらいだろうか。
何となく朧気な記憶を頼りに城下を歩くと見覚えのある銀細工屋が見えてきた。銀細工職人の爺さんは相変わらずの顰めっ面で何だか細かい作業をしているようだ。
こういうのって声を掛けるタイミングが難しいな。大作は小さく咳払いをしてみたり、遠慮がちに嚔をしたり、大きな欠伸をしてみたりして注意を引こうとする。だが、職人はまったく気付いてくれない。
とんでもなく物凄い集中力だな。ここは素直に感心するしかないか。とは言え、このままでは時間が勿体無い。悪いがその集中力を切らせて頂こう。
大作は邪悪な笑みを浮かべながらバックパックからサックスを取り出す。そして職人の真後ろに立つと唐突に大きな音で吹き鳴らした。
「うわらば!」
可哀想な年寄りがびくっと小さく飛び跳ねた。ちょっとやり過ぎたかも知れん。もし、心臓麻痺でも起こしたら過失致死になるんだろうか?
さすがの大作も少しだけ反省する。何てったって、反省だけなら猿でもできるのだ。
唖然とした顔の職人がゆっくりと振り返る。その手には先の尖った銀色に輝く棒みたいな物が握られていた。
「大佐様、こは如何なる仕儀にござりまするか! こ、笄が、大事な笄が……」
こうがいって何だっけ? 大作は脳内の『こうがい』を検索する。郊外? 公害? 口外? 口蓋? 鉱害? 光害? 坑外? 後害? 慷慨? 校外? 梗概? 構外? 港外? 蝗害? 同音異義語が多すぎてさぱ~り分からん。
いやいや、思い出したぞ。それって笄じゃね?
「もしかして、女性の頭に挿す笄にござりますかな? 三の姫様の頭にでも挿すのでござりまするか?」
「は、はぁ? 女性の頭に笄を刺すですと? 何を阿呆なことを申されまするか。この笄は大殿の刀の鞘に挿しておくための物にござりまする」
「あぁ~あ、思い出した! 前田利家の笄斬りで有名なアレですな。ドラマではブックマーク代わりに使っておられましたっけ。まあ、そんな物はどうでも宜しゅうございます。これからは簪の時代にござりますぞ。古より一本の細い棒には神が宿るなどと申しますな。戦乱の世が終わり、安土桃山時代…… かどうかは存じませぬが天下泰平の世が訪れた暁には女性はみな、髪を結うことにござりましょう。さすれば公家や武家は言うに及ばず、商人や百姓までもが頭に簪を挿すのは必定。あっと言う間に簪の需要は鰻上り。先んずれば人を制す。是非とも積極的な設備投資をお勧め致します」
「か、かんざしですと? 大佐様は、それを女性が頭に刺すと申されまするか?」
年老いた職人が首を傾げながら鸚鵡返しした。その目には困惑の色が広がっている。
効いてる効いてる。この表情は堪えられん。大作は心の中でほくそ笑むとタカラ○ミーのせん○いに簪と書いた。ちなみにJIS第二水準だ。
「確か『小ぎつね』と申す歌の中に紅葉の簪が出てきますな。どれどれ、曲はドイツ民謡なので著作権は消滅しておりますぞ。あっちゃ~! 訳詞の勝承夫は1981年没なので著作権はJASRACに全信託されておりますな。またもやこのパターンかよ。文部省唱歌くらい自由に歌わせて欲しい物にござりますな。そもそもあれって文部省が税金で作った物にござりましょう? 勝承夫の偉大な功績を否定するつもりはござりませぬが、税金で作った文部省唱歌は国民の財産ではありませぬか? 非営利目的で歌うくらいは許されて然るべきでござりましょう!」
大作の胸中をやるせない思いが満たして行く。そのせいだろうか。ついつい口調が荒くなった。
それを見かねたのだろうか。お園が大作の肩を軽く叩きながら優しく微笑み掛ける。
「どうどう、大佐。気を平らかにして。だったらカエルの合唱の時みたいにドイツ語の歌詞を訳したら良いんじゃないかしら」
「そ、そうだなぁ~ でも、アレのオリジナル歌詞は日本語版とは似ても似つかない物だぞ。泥棒狐を鉄砲で撃つぞみたいな? そもそも簪なんて出てこないし。どうしたもんじゃろのぉ~」
「そも、それって歌わないと駄目なのかしら? それより簪ってどんな物なの? 髪を結うってどんな風に? 私めの唐輪髷は結ったうちには入らないのかしら?」
横から話に割り込んだほのかが怒涛のように質問の絨毯爆撃を加えてくる。またもや、どちて坊やの降臨かよ。大作は心の中の苦虫を噛み潰す。
「唐輪髷って言うのは、そのムーミ○のミイみたいな髪型か?」
「未唯? 未唯はあんな髷は結っていないわよ。それって男子が結う髪なんじゃないの?」
「そんなことないわ! そこはかとなく愛いでしょう? ねえ、大佐」
「そ、そうだな。ほのかの活発なイメージにぴったりだぞ。とっても似合ってるよ。その髷にぶすっと簪を挿してみたくないか? より一層と可愛くなること請け合いだ」
そう言うと大作はスマホに簪の画像を次々と表示させた。銀細工職人と女性陣が興味津々の表情でそれを覗き込む。しかし、藤吉郎だけが輪に入れずに居心地悪そうにしている。
ちょっとフォローしておいた方が良いかも知れん。大作は藤吉郎の総髪に手をやると髪の毛を掴んでくるっと捻る。そして精一杯の笑顔を浮かべた。
「これなんかどうかな? 藤吉郎に似合いそうだぞ。男だって簪を挿して良いんだ」
「そ、某がこれを髪に挿すですと? はたして似合いますでしょうか?」
「知らんがな~! それはそうと、この先っぽを見てみ。物凄く鋭く尖ってるだろ? こいつを首に突き刺せば飾り職人の秀みたいに敵を殺すこともできるんだ。それに反対側には綺麗な飾りが付いてるだろ。しかも先っぽが耳掻きになっている。便利…… じゃなかった。何だその、重宝するぞ!」
「は、はぁ……」
大作はここぞとばかりに簪のメリットをアピールする。だが、藤吉郎の心にはちっとも届いていないらしい。曖昧な笑みを浮かべながら視線を反らされてしまった。
だが、職人の方は少しだけ感心を持ってくれたらしい。食い入るように見つめていたスマホ画面から顔を上げると遠慮がちに口を開いた。
「何やら恐ろしげなお話にござりますな。されど、何故に簪とやらには耳掻きが付いておるのでしょう?」
「それは、幕府が贅沢品の禁止令なんかを出してきた時の言い訳にござります。これは簪じゃなくて耳掻きだって言い張ることができますでしょう? とは申せ、幕府が贅沢耳掻き禁止令を出してきたらどうするつもりだったんでしょうな?」
「ばくふ? それって花の御所のことだったかしら。でも、室町殿が民草の耳掻きのことなんていちいち気にされるのかしら」
胡散臭そうな顔でお園が横から茶々を入れる。たぶん、この話に飽き飽きしているんだろう。って言うか、何の因果で耳掻きの話になってるんだ?
そろそろ話を本題に戻した方が良いかも知れん。何てったって時間は有限なのだ。大作は頭の中のギアを一段シフトアップする。
「きっとアレだな、アレ。隣の芝生は青く見える、みたいな? 偉い人にはそれが分からんのだろう。話は変わりますが、皆様。耳掻きはともかく、爪切り鋏が無いのは不便だと思われませぬか?」
「爪切り鋏って爪を切る鋏のことなのかしら。大佐の生国では、わざわざ鋏で爪を切るの?」
「普通の人はそうするな。この時代の人たちこそ何で小刀や鑿で削るなんて物騒なことをしてるんだ? 怪我とかしたら怖いだろうに。徳川四天王の中でも最弱。譜代大名の面汚しって言われてる本多忠勝を知ってるか? 奴だって夜中に爪を切ったせいで死んだってもっぱらの噂だぞ。まあ、あくまで噂レベルの話だけどな」
「ふ、ふぅ~ん。爪を切るのも命懸けね。桑原、桑原」
首を竦めたお園が両の手のひらを上にして肩の高さで広げた。もしかして、流行ってるのか? このジェスチャー。
こうなったらターゲットを変更してみよう。大作は真正面からメイの目を見つめながらそっと優しく髪に触れる。
「メイのポニーテールにも簪は似合いそうだぞ。って言うか、ジブ○のキャラにはポニーテールが一杯いるよな。千尋とかアリエッティ、紅の豚のフィオ。オソノさんもそうだっけ」
「お園さん? 私の髪はただの垂髪よ。『ぽにいている』っていうのはメイの根結い垂髪みたいなのを言うのかしら?」
「見た目が馬の尻尾みたいだろ。ポニーは仔馬、テールは尻尾のことだ。ま、それはともかく。ほのかやメイは簪を挿してみたくないか? きっと似合うぞ。な? な? な?」
何とかして感心を持って貰おうと大作は必死の形相で熱弁する。
だが、必死になればなるほどみんなが引いていくのは何故だろう。ほのかとメイがちょっとずつ後退りしていく。
だが、捨てる神あれば拾う神あり。未唯が興味津々といった顔で詰めよってきた。
「ねえ、大佐。どうして、ほのかやメイにだけ薦めるの? 私やお園様には似合わないのかしら?」
「いやいや、お前らは巫女だろ。垂髪って言ったっけ? そのヘアースタイルに簪は無理なんじゃね?」
「それは聞き捨てならないわよ。やってみなくちゃ分からないんじゃないの? 私たちはファミリーで、チームのメンバーは平等じゃなかったかしら。もしかして、巫女とくノ一で差をつけるつもり? そんなこと、御仏が許しても巫女頭領の私が許さないわよ!」
お園のボルテージが一瞬にして最高潮に跳ね上がった。ギラギラと目を輝かせ、手を振り回しながら早口で捲し立てている。ヒトラー最後の十二日間かよ!
って言うか、もう完全に瞬間湯沸し器(死語)だな。もういっそ、お得な深夜電力を利用した電気温水器でも導入したら良いんじゃね?
エコキュートとか、凄いお得らしいし。でも本体価格もお高いんだけどな。
だったらもう、太陽光発電を導入した方が良いかも知れん。いやいや、それよりも……
「大佐! ねえ、大佐ったら! 聞いてるの? 何とか言ってちょうだい!」
「どうどう、落ち着いて。確かに俺はチームのメンバーは平等だと言ったな。だけど、平等と公正は違うって知ってるか?」
そんなことを言いながら大作はスマホに有名な画像を表示させる。箱に乗った三人の少年を描いた物だ。
「英語で言うと平等はEqualityだな。一方で公正のことはEquityっていう。この二つの言葉は似て非なる物なんだ」
「びょうどうとこうへい?」
「例えばだな、例えば…… 山ヶ野での食事を一人一日四合だとしよう」
「えぇ~~~! 私、四合じゃ足りないわ!」
突如としてお園から大ブーイングが発せられる。いったい、その小さな体のどこからこんな大声が出るんだろう。ぶっちゃけ、耳が痛いぞ。
そんな本音を包み隠したまま、大作は唇に人差し指を当ててウィンクした。
「これはあくまでも例え話だよ。食べたきゃいくらでも好きなだけ食べてくれ。ただし、もし太り過ぎても自己責任だぞ。それでだな。話を戻して良いか? 小さな未唯も四合、採石場で働いてる人足の方々も四合。これって平等だと思うか?」
「平等なんじゃないかしら? 未唯は四合で足りると思うわ」
「私は全く以て足りないわよ。そりゃあ、お屋敷で座ってるだけなら足りるかもしれないけど。でも、今日みたいに半日も歩き続けたらそんなんで足りる筈が無いでしょう!」
完全に火が点いたお園の怒りは容易には鎮火しそうに無い。これはもう、駄目かも分からん。
いや、まだだ。まだ終わらんよ! 宮沢賢治を特殊召喚! 大作は心の中で絶叫する。
「君は『雨にも負けず、風にも負けず』と言った人の話を知ってるかね? 一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べる人だ。大の大人が二千百キロカロリーで足りるんだ。小柄なお前なら足りるんじゃないのかなあ」
「前に入来院のお殿様は戦の折りには日に五合の白米を振る舞うって申されてたわよ」
「いやいや、林先生が言ってたぞ。むしろ栄養価だけなら玄米の方が上らしい。でも、玄米は食物繊維が何倍もあるから消化吸収が悪くなる。だからこそ、しっかりと噛んで食べないといけないんだ。戦の時に白米を食べるっていうのにはちゃんとした意味があると思うぞ」
「ふ、ふぅ~ん」
何だか知らんけど、例に寄って話が脱線しかけているような。とは言え、中途半端は嫌だな。大作は話のオチだけは付けておくことにする。
「結局のところ、玄米食の最大の問題はアブシジン酸なんだ。この、発芽抑制因子には毒性がある。やっぱ、米だって人に食べられたくはないんだろうな。毒キノコや渋柿と同じことだよ」
「え、え、えぇ~~~! お米に毒があるですって! でも、みんな毎日食べてるわよ。そんなことが知れたら大事じゃないかしら?」
「そは真にござりましょうか? 儂らは生まれてから何十年も毒を食らっておったと申されまするか!」
よっぽどショッキングな話題だったのだろうか。それまで黙っていた銀細工職人の老人までもが身を乗り出して声を荒げた。
効いてる、効いてる。唖然とした顔の老人を見て大作は一人ほくそ笑む。
「No problem. ご安堵召されませ。炊く前にたっぷりと水に浸け、芽を出してやれば宜しゅうございます。これを発芽玄米と申すそうな。さすれば、アブシジン酸の毒性を消すことが叶いまする」
「おお、左様にござりまするか。それを伺って安堵致しました。少しでも柔らこう炊きたいが故、常から水には十分と浸しております」
「私もよ。でも、次からはもっと水に浸けた方が良いのかしら。ふやけちゃうくらいに」
それまで固かったみんなの表情が一斉に綻ぶ。何か知らんけど良い感じだ。
さて、そろそろ本題に入ろうか。大作は懐に手を入れると金塊を探す。探したのだが……
無い、無いぞ! まさか、落としたんじゃなかろうな?!
「あれ? さっきの金はどうしたっけ?」
「これのことね。はい、どうぞ」
勿体ぶった手つきでさっきの金塊をお園が懐から取り出した。ずっしりとした重量感のあるそれからは微妙な生暖かさが感じられる。
「ありがとう。落としたのかと思ってドキッとしたよ。さて、銀細工職人殿。本日は折り入ってお願いがございます。この金で金貨を作って頂けませぬでしょうか」
「きんか? 簪のことはもう宜しいのでございましょうか?」
「かんざし? ああ、あの頭に挿す奴ですな。とりあえずアレは竹か木で作れば宜しゅうござりましょう。それより目下の急務は金貨にござります。金貨を制する者が世界を制す。どうか、この大佐めにお力をお貸し下さりませ」
芝居がかった口調でそう言うと大作はその場にジャンピング土下座する。
背後でシンクロしているらしい女性陣や藤吉郎の小さなため息が聞こえた。




