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巻ノ百伍拾九 どじょうにょろにょろ の巻

 木浦の村を辛くも脱出した大作はお園、未唯、ほのか、メイ、藤吉郎を引き連れて虎居を目指して西に向かう。

 村外れまでのんびり歩いて行くと見渡す限りの原っぱが広がっていた。何だか知らんけど随分と土地が空いているような、いないような。

 いやいや、空いてるんだけれども。


 良く見ると少し離れたところで三人の子供たちが草刈りをしている。

 藤吉郎くらいの年格好の娘が中腰で草を刈る。その娘より一回り小さい娘がそれを拾う。もう一人の娘は竹で編んだ大きな篭を背負っていて、それに回収しているようだ。


 そう言えば、原っぱの割りには草がぼうぼうに生い茂っていたりはしない。

 もしかして、こいつらが毎日せっせと草刈りしてるせいなのか? いったい何の目的で? わけが分からないよ。


「こんな原っぱを草刈りして何がしたいんだろな。もしかして、フィールド・オブ・ドリームスみたいな野球場でも作るつもりなのか? 閃いた! 俺たちで世界初の女性プロ野球リーグを作ったら……」

「百姓って暇さえあれば草採りしているわよね。きっと、草肥を作るために採ってるんじゃないかしら。草なんてすぐに生えてくるし、タダだから採り放題だもの」

「そ、そうなんだ。草肥って腐葉土みたいな物だろ。それほど栄養は無いんじゃね? どうせならコンポストとかで生ゴミや糞尿と混ぜて堆肥を作れば良いのにな。いやいや、ひょっとするとこれってビジネスチャンスじゃね? 金の匂いがしてきたぞ!」

「お金に臭いなんてするのかしら? 糞や尿は臭うけど」


 お園が鼻を摘まむ真似をしながら顔を顰めた。

 うぅ~ん。言われてみれば臭いのは勘弁だな。とは言え、煙硝を作るためにも大量の尿を集めねばならん。まあ、糞便は要らないから分離して回収すれば良いか。


「それはそうと、こんなに土地が有り余ってるとは知らなかったな。もしかしてこれって使えるんじゃね? 二宮尊徳みたいに荒れ地を片っ端から開墾すればワンチャンあるかも知れんぞ。墾田永年私財法ってまだ失効していないんだろ?」

「たぶん手が足りないんじゃないかしら。もし、手の空いた人がいたらきっととっくに耕してると思うわよ」


 大作の思い付きに対してお園から冷静な突っ込みが入る。

 だが、これくらいの反論は想定内だ。余裕の笑みを浮かべながらゆっくりと一同を見回した。


「だったら畜力を増強すれば良いんじゃね? 耕起や代掻きに使う牛や馬のレンタルビジネスを始めてみるとかさ。牛鍬(うしぐわ)馬鍬(まぐわ)くらいならこの時代にもあるんだろ?」

「東国では田畑で馬を使うけれど西国では牛の方が良く見かけるわね。何か故があるのかしら」

「気になるのはそこかよ~! 牛は胃が四つもあるし反芻もするから餌の消化吸収が良いって聞いたことあるぞ。要するに燃費が良いってことだ。それに比べて馬は燃費が悪いから食事時間が長くなるんだそうな。走るスピードは馬の方が早いけどな」

「胃って胃の腑のことね。五臓六腑って言うけど胃の腑が四つだと五臓九腑なのかしら?」


 その発想は無かったわ! やっぱ、目の付けどころがお園だな。大作は心の中で賞賛を送る。


「ちなみに牛の胃袋は一つ目から順番にミノ、ハチノス、センマイ、ギアラだぞ。そのうちに、もつ鍋でも食おうな」

「牛の胃の腑なんて美味しいのかしら。私、あんまり食べたくないわ。そんなことより牛と馬ってつまるところ、どっちが良いのかしら」

「一長一短なんじゃね? 適材適所って言うだろ。まあ、重要なのはユーザーのニーズに応えることだ。とりあえず両方用意して様子見だな」


 食いしん坊のお園にも苦手な物ってあったんだ。それはともかく、牛や馬に関しては前向きに検討してみよう。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。


「話は変わるけど泥鰌(どじょう)農法って知ってるか? 『所さ○の目がテン!』でやってたぞ。田んぼの畦に泥鰌を放し飼いにすると雑草の芽を食べるんだそうな。それに連中が泳ぐと水が濁るだろ? すると光が当たらないから雑草が伸びにくくなる。そしたら草取りの手間が省けるじゃん」

「何だか風が吹けば桶屋が儲かるみたいな話ね。いったい、どれくらいの泥鰌が入用になるのか見当も付かないわ」

「某は泥田で捕えた泥鰌を売ったり食したりしておりましたぞ。そのお役目、是非とも某にお任せ下され」


 藤吉郎が目を輝かせて話に食い付いてきた。この積極性はどこから湧いてくるんだろう。青左衛門に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいもんだ。

 それはそうと、これって何だか聞いたことあるような話だな。大作は秀吉に関するエピソードを記憶の底から引っ張り出す。


「閃いた! じゃ無かった、思い出した! ネットで読んだことあるぞ。泥鰌売りの与助ってエピソードだろ。やっぱ、あの話って本当だったんだな」

「そは真にござりますか? まさか、某が泥鰌売りを生業としておったことが大佐の耳にまで届いていようとは。俄かには信じがたい話にござりますが」


 藤吉郎が不安気に眉を顰めた。その表情は何だかとっても疑わしそうに見える。

 不信感は早めに取り払わなければ。大作は大袈裟に手を振り回しながら精一杯の自然さを装う。


「そんな怖い顔すんなよ。全部、スマホに書いてあるんだ。スマホさえあれば世の中の大抵のことは分かるんだぞ。何だったらお前がいつ死ぬか教えてやろうか?」

「いやいやいや、ご勘弁下さりませ。そればかりは遠慮しておきます」


 顔を引きつらせた藤吉郎が小刻みに首を振る。どうやら本気で怖がっているらしい。

 だが、その言葉に反応してお園が満面に邪悪な笑みを浮かべた。


「入来院様がいつ亡くなるかは分からないんだけどね」

「まあ、何でもかんでも分かるわけじゃないからな。不確定性原理ってあるだろ? 粒子の位置と運動量の積はプランク定数より大きくなるとか何とか。話を戻すけど、泥鰌はタンパク質が多いしトリプトファンとかカルシウムやコンドロイチンなんかも豊富らしいな。丸鍋、ぬき鍋、柳川鍋。他にもフライにしたり、甘露煮、マリネ、エトセトラエトセトラ。色んな食べ方が楽しめるぞ。秋が待ち遠しいな」

「じゅるる~」


 嬉しそうな顔のお園が思わず涎を垂らしそうになる。まあ、本当を言うとそんなに美味しい物でも無いんだけどな。大作は心の中で呟くが顔には出さない。

 実は一度だけ柳川鍋を食べたことがある。でも、不味くは無かったという程度の感想しか無いのだ。何だかちょっと泥臭かったような。


 どじょうにょろにょろ三んにょろにょろ、合わせてにょろにょろ六にょろにょろ。

 昔は無尽蔵にいた泥鰌がニ十一世紀には環境省レッドリストに登録されてしまうとは情けない。


 そんなことを考えていた大作はメイの言葉で現実に引き戻される。


「だけど、大佐がそんなことを気にするなんてどういう風の吹き回しかしら。もしかして、名主職のことを考えてるいるの?」

「みょうしゅしき? 何だっけそれ。いやいや、思い出したよ。でもなぁ…… あの、天才化学者ラヴォアジエだって徴税請負人なんてやってたせいで断頭台の露と消えたんだぞ。俺はこの若さで死にたくないんだよな」

「大佐は死なない。私が守るもの……」


 お園がボソっと得意の名セリフを呟いた。だが次の瞬間、全員の口からから一斉に声を上がる。


「私も守るわよ!」

「私めだって守るわ!」

「未唯もよ! 未唯も!」

「そ、某もお守り致します!」


 今度は守る競争かよ。勝手にやってろ! 大作はみんなからの言葉を右から左に聞き流す。


「まあ、名主職に関してはくノ一たちの調査報告を待とうよ。でも、これってHOIに例えると何に当たるんだろうな。序盤で建てる工場みたいな物か? だったら寺領にした方が良いのかも知れんぞ」

「大殿がどう思われるかが大事なんじゃないかしら。寺領が増えることが祁答院様にとって利にならなければきっと良い顔はされないわよ」


 面倒臭そうな顔をしながらも、ほのかが相槌を打ってくれた。

 もし、全員に無視されたらどうしよう。大作はちょっとだけ心配だったのだ。


「大殿にとってのメリット? そんな物あるのかな。さぱ~り分からん。寺領って言うなればタックスヘイブンみたいな物だろ? あれって所得税や相続税を下げる代わりに富裕層を引き込んで経済を活性化させようって作戦だよな。法人税を下げれば企業も誘致できて雇用が増える。資産課税を軽減すれば資金を持った金融機関の誘致も見込める。ばんざ~い、ばんざ~い!」

「まさか、土倉や替銭屋を寺領の内に建てるっていうの? そんな阿呆なこと聞いたこともないわ」


 メイも露骨に興味無さそうな表情で目も合わせずに相槌を打つ。そんなに関心が無いんなら無理に話を合わせてくれなくても良いのに。

 って言うか、京の大寺院は金貸しとかで儲けてたんじゃないのか? 大作は早くもこの話に飽き飽きしてきた。


「だったら堺との貿易とか地域通貨発行の話と絡めてみようよ。まあ、ぶっちゃけ無理なら無理で結構だ。こっちから頭を下げてまで頼む話じゃ無いしな。それに、寺領が無理なら五平どんに名義だけ借りるって手もある。その時はペーパーカンパニーでも作ろう」

「紙を作るのね。そう言えば、前から安い紙を作るって言ってたものね」

「そうそう、紙を作るペーパーカンパニーだ」


 もう限界。これ以上、この話を続けたら退屈で死んでしまう。大作は強引に話を打ち切った。


 元はと言えば空き地を開墾しようなんて言い出したのは大作だ。だが、そんな昔のことは覚えていないんだからしょうがない。

 大作の記憶力はハンフリー・ボガードとどっこいどっこいなのだ。




 暇を持て余した大作はバックパックからアルトサックスを取り出す。そしてメイの篠笛とのジャムセッションが唐突に始まった。

 それを聞いていたお園が適当に歌い出し、未唯も適当に踊る。ほのかと藤吉郎は少し離れたところから黙ってそれを見守っていた。


「どしたん? 二人とも。クーベルタン男爵が言ってたぞ。こういうのは参加することに意義があるんだ」

「そ、某は歌も踊りも苦手な故、お役に立てず申し訳ござりませぬ」

「それより大佐、私めのスネアドラムはいったいどうなってるのかしら? 作ってくれるって言ってから、もう二十日も経ったんだけれど」


 ほのかが急に氷のように冷たい目で睨み付けてくる。目付き怖!

 大作は思わずお園を盾に逃げようとする。しかしまわりこまれてしまった!

 数メートルは離れていた筈なんだけどなあ。もしかして縮地か? さすが腐ってもくノ一だ。いやいや、腐って無いけどな。

 そんな失礼なことを考えながらも大作は必死に逃げ道を探す。探したのだが…… 逃げられるわけ無いやん。大作は考えるのを止めた。


「ごめんごめん、忘れてたよ。でも、お前も悪いんだぞ。俺の物覚えが悪いのを知っていて俺に任せてたんだからな。言うなれば自己責任だ」

「酷い開き直りね。見貶(みおと)したわ。でも、私めは悪く無いわよ。だって、大佐に任せなかったんだもの。実を言うとね。大佐が留守の間に今井様にお願いしてみたのよ。そうしたら横川の職人に作って頂けることになったの。早くこないかなあ。私めのスネアドラム」


 さっきまでの怖い顔は演技だったんだろうか。嬉しさのあまり、ほのかの頬が緩みっぱなしだ。


「そりゃあ良かったな。サックスに笛にドラム。これで小さいけど吹奏楽団の完成だ。ちなみにブラスバンドとは違うぞ。ブラスバンドに木管楽器はいないからな。篠笛は勿論、なんとびっくり、サックスすら木管楽器なんだ。リードが葦で作られてるからなんだってさ」

「ふ、ふぅ~ん。そうなんだ。でも、何だか変なの。こんなに光り輝いているのに木管楽器だなんて」


 未唯が不満そうに口を尖らせて頬を膨らませる。

 大作はその頬を人差し指で突っつく。未唯が恥ずかしそうに身を捩り、お園がちょっとだけ表情を歪ませた。


「まあ、俺たちがいくら文句を言ったところで世界は何も変わらんよ。ガンジーは申された。『世界を変えたいなら、まず自分が変われ』ってな。全身義体の少佐も似たようなこと言ってただろ。それに、ゴルフクラブにだってメタルアイアンってあるじゃん。こうなったら未唯、お前がサックスは金管楽器だって言い張ったらどうじゃろ?」

「それって、前に言ってた『嘘も百篇言えば本当になる』ってことかしら?」


 お園の表情が少し固い。こいつ、理屈に合わない話は嫌いなんだっけ。何とかリカバリーできんもんかな。大作はここぞとばかりに無い知恵を絞る。


「こんな風に考えてみ。一足す一は三とかなら嘘だって決まってる。でも、サックスが金管か木管かだなんて定義の問題じゃん。エスカレーターで右を空けるのと左を空けるののどっちが正解か? なんて言われて論理的に説明できるか? 多数派に合わせるしか無いんだよ。ここにいるみんながサックスは金管楽器って言えばそれが正解。それで良いじゃん?」

「……」


 無言の抵抗か? みんなそんなにサックスを木管楽器にしたいのか?

 だが、金管楽器は滅びん! 何度でも甦るさ! それが、人類の夢だから!


「そ、そうだ、こんな謎なぞ知ってるか? 古そうな笛ってな~んだ? 分かるかな~ 分かんないだろ~な~ 答えはフルートでした! ちなみにフルートも木管楽器だぞ」

「……」

「フ、フルートを知らない? 知らないんだ~…… こりゃまった、失礼いたしました!」


 場が完全に沈黙に包まれる。大作は黙って唇を噛み締めることしかできなかった。




 ほとぼりが冷めるのを待って大作は性懲りもなく無駄話を再開する。だが、受けを狙えば狙うほど場が白けて行くのは何故なのだろう。

 もしかして人数が多すぎるのか? 女三人寄れば姦しいって言うんだっけ。だけど、今回は未唯と藤吉郎が余分だ。

 そうだったのか! この異分子がいつもの仲良し四人組の人間関係をギクシャクさせていたとは。この海のリ○クの目をもってしても読めなかったぞ!

 そうと決まればこの二人をどうにかして切り離さねば。大作は灰色の脳細胞をフル回転させる。しかしなにもおもいつかなかった!

 しょうがない。これはもう潔くギブアップだ。小さくため息をつくと両手を広げ、肩の高さで手のひらを上に向ける。


「それにしても虎居ってどうしてこんなに遠いんだろうな。二十キロって五里くらいだろ。五里霧中って感じだぞ」

「真ならば今ごろは虎居で暮らしている筈じゃなかったの? どうしてこんなことになってるのかしら」

「忍びがこないからだな。本当なら半月前にきてた筈なんだ。まさかくノ一が十人やってくるなんて夢にも思ってなかったんだもん」

「その話は済んだはずよ、大佐。くノ一は女の忍びだって言ったわよね」


 メイがそうピシャリと言い放つと真っ直ぐから視線を向けてきた。

 男女雇用機会均等法を盾に取られたら何も言えん。居た堪れなくなった大作は黙って目を反らす他にない。


「いやいや、メイを責めてるんじゃないよ。俺の不徳の致すところだな。空が青いのも公衆電話が赤いのも全部が全部、俺の責任なんだ」

「こうしゅうでんわって赤いの?」

「昔は青とか黄色とか色々あったんだよ。それはともかく、あと半月もあれば忍びもきてくれるはずさ。そうなれば今度こそ虎居に住めるぞ」


 口ではそんなことを言いつつも大作は全然期待していない。どう考えたって最重要戦略拠点の山ヶ野を留守にはできないのだ。そうなると移動手段の改善しかないのか。

 自転車、トロッコ、グライダー。アイディアだけなら幾らでもある。だけどどれも非現実的だ。もっと実現可能な案は無いものだろうか。

 ポクポクポク、チ~ン。閃いた! 大作はスマホに写真を表示させる。


「嘘か本当か知らんけどローマ人は紀元前一世紀には板バネの付いたワゴンに乗っていたんだそうな。たぶん嘘だろうけど。それか、二輪で超軽量なハンサムキャブみたいなのを作ってみてはどうじゃろ。人力車を馬で引っ張るようなイメージだ」

「こんな物を馬に曳かせるつもりなの? 何だかちょっと馬が気の毒になるわ」

「軽くて大きな車輪なら多少の段差くらい乗り越えられるかも知れん。乗り越えられんかも知らんけどな。転がり抵抗が小さければ背中に荷を載せるより曳いたほうがずっと楽な筈だ。空気入りチューブなんて作れないからエアレスタイヤを作らなきゃならんな。車輪側面のX型スポーク構造で荷重を支える。強度の不足はスポークの本数や車輪の数で補おう。接地圧を下げるため、六輪とか八輪の独立懸架にするのも良いかも知れんぞ。夢が広がリング!」


 大作は有頂天で捲し立てた。だが、お園は苦虫を噛み潰したような顔で首を傾げている。いったい馬車の何が気に入らないんだろう。


「板バネなんて作れるのかって? 板バネが鉄である理由は何かあるんでしょうか? 木や竹じゃダメなんでしょうか? 跳び箱の踏切板にロイター板っていうのがあるだろ。人を二人ほど乗せるだけならそんなんで十分だよ。って言うか、ヨーロッパじゃこんなん当たり前だぞ。モーツァルトだって子供のころから演奏旅行で馬車の旅に明け暮れてたんだってさ。お尻が痛いってぼやいてたらしいけどな」

「ふ、ふぅ~ん」

「何だよ? 『私、乗らない。馬車、嫌いだもの……』とか言わないのか?」

「それって私の真似のつもり? あんまり似てないわよ」


 例に寄ってお園がぷぅ~っと頬を膨らませる。だが、目が笑っているので本気で怒っているわけでは無さそうだ。


「未唯は似てたと思ったわ」

「某も似ていると思いました」

「私も思ったわ。くりそつ(死語)だったわよ」

「私めも、私めも!」


 とうとう似てる競争かよ! くるところまできたな。もう、勝手にせい。大作は心の中で小さくため息をついた。




 それはそうと、もし馬車を走らせるんだったら道路整備もしなきゃならんかも知れん。大作は退屈しのぎにフェルミ推定を試みる。

 山ヶ野から虎居まで約二十キロ。馬車が擦れ違えるようにしようと思ったら幅は三メートルくらいは必要だろうか。ってことは六万平米ってことだ。

 二十一世紀ならアスファルトだろうがコンクリートだろうが一平米当り数千円で舗装できる。仮に五千円として三億円だ。

 とは言え、この時代にそんなことしようと思ったらいったい幾ら掛かるんだろう。ローマンコンクリートにしろポルトランドセメントにしろ単価の見当がまったく分からん。

 仮に一平米で百文として銭六千貫文だ。金山がフル稼働すれば一月分の利益にも満たない端金だ。許容範囲内ではあるんだけどどうしたもんじゃろう。


 しかめっ面をしながら大作は電卓を叩く。お園が薄ら笑いを浮かべながら声を掛けてきた。


「大佐ったら、また性懲りもなく阿呆なことを考えてるんじゃないでしょうね」

「いやいや、今度の今度こそ真面目な話だぞ。虎居まで五里の道を舗装したらどうかなあって計算してたんだ」

「地獄への道は善意で舗装されているんだったわね。でも、いったいどれほどの手間が掛かるのかしら。見当も付かないわ」


 しまった~! 金よりもマンパワーの方がよっぽど大問題だったんだ。一人一日一平米だと仮定すると六万人日。六百人で百日かよ。

 農閑期になれば何とかなるかも知れん。でも、それだと完成は早くても半年後だ。それまでは歩きかよ……

 まあ、どっちみち板バネとか車輪が無いと馬車は作れん。とりあえずセメントやコンクリートと並行して青左衛門に開発させよう。大作は考えるのを止めた。




 その後も歌ったり無駄話をしながら山道をひたすら西に向かう。もしかして歩きながら幹部会をやれば時間を無駄にしないで済んだんじゃね?

 大作は今ごろになってそんなことに気付くが完全に後の祭りだ。まあ、次からはちょっとでも時間を有効活用しよう。

 太陽が頭の上を通り過ぎるころ、虎居の城下が見えてきた。


「えぇ~っと。俺たち何しにここにきたんだっけ?」


 お園ががっくりと肩を落とす。と思いきや、挑発的な薄ら笑いを浮かべ得ている。他の面々も小さくため息をつきながらも小馬鹿にしたように鼻で笑う。

 もしかして、もしかすると行動パターンが読まれてるのか? 奴らの適応力を舐めていたかも知れん。大作は内心の動揺を強靭な精神力で抑え込む。


「お、お、覚えてるぞ。お前らをちょっと揶揄っただけだよ。ア、アレだよアレ? 金! そうだ、金を持ってきたんだっけ」

「金? そんな物、持ってきたかしら?」

「重いからってみんなで分担して持ったじゃん。まさか、置いてきたのか?」


 そんな阿呆な。ちょっとしたパニックに陥って大作の声が裏返った。だが、女性陣は悪びれもせずに胸を張って答える。


「私めの金は牡丹が持ってくれたわよ」

「私は重そうにしてたら紅葉が運ぶって」

「未唯の金は菖蒲にお願いしたの」

「私は自分で持つって言ったのに楓が……」


 大作は小さく唸り声を上げると頭を抱えてその場に座り込んだ。


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