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巻ノ百伍拾八 切れ!メビウスの帯 の巻

 五平どんの強引な勧誘に乗せられた大作たちは木浦の村の名主を訪ねる。そこで会った村の名主、上園五郎兵衛の口から発せられた言葉は衝撃的な物だった。


「大佐殿、この上園五郎兵衛を『ふかちろん』の門徒として入信させて頂きとう存じます。加地子かじし万雑公事(まんぞうくじ)を含めて名主職みょうしゅしきの一切を永代寄進させて下さりませ」


 うぅ~ん、まいったなあ。大作は暫しの間フリーズしていた頭を何とか無理矢理に再起動させる。

 近隣の村と友好関係を築くっていうのはとっても重要なことだ。それに、食料なんかも遠い虎居よりは近くの村から買った方が早いし。

 知識チート物で定番の農業改革を行うのも面白そうだ。ちょうど退屈していたから暇つぶしにも持ってこいだろう。


 とは言え、うまい話には棘がある、じゃなかった。裏があるって言うしなぁ。

 相手が棘なら棘取り器を使うとかザイロン製手袋をするとか、やり様はいくらでもある。でも、裏に関してだけはどうしようも無い。

 大作はほうじ茶の入った茶碗を傾けながら助けを求めるようにお園の顔色を窺う。だが、次の瞬間……


「熱っう! あっちっち~~~!」


 大作は涙目になりながら犬のように舌を出してハァハァと荒い息を付いた。お園が出来の悪い子をあやすように優しく微笑み掛ける。


「大佐はラングドシャなんでしょ? もっと用心した方が良いわよ」

「Don't worry about it. ちょっと油断してただけだ。それより『うまい話には裏がある』って言うだろ。この命題の対偶は『うまく無い話には裏が無いこともある』ってことなのかな?」

「それって向き付け可能性のことを言ってるのかしら? メビウスの帯とかクラインの壺ってことよね」

「うぅ~ん。そうなのかな? そういや、ニコ動で『球を切らずに裏返す』って動画を見たことがあるぞ。まあ、アレは現実には不可能なんだけどな」


 そんな話をしていると急に脇腹を突かれる。慌てて振り向くとほのかが小首を傾げていた。


「めびうすの帯ってどんな帯なのかしら」

「き、気になるのはそこかよ~! 着物の帯とかじゃないぞ。紙をテープ状に…… やって見せた方が早いな。名主様、少しばかり紙と糊を頂けますかな。反故紙でも古新聞でも、紙であれば何でも構いませぬ」

「お、おぅ。弥生、紙と糊を持って参れ」


 待つこと暫し。さっき、ほうじ茶を出してくれた中年女性が美濃紙みたいな薄っぺらい紙と碗を持ってきてくれた。碗の中には白っぽいネバネバした物が少しだけ入っている。

 買い置きの糊なんてあるわけ無い。きっと、ご飯粒から作ってくれたんだろう。大作は丁寧に礼を言ってそれを受け取る。


 続いて紙を細長く折ってナイフで帯状に切り分ける。そして、その一枚を手に取ると帯の端を半回転させて反対側の端に糊付けする。


「これがアウグスト・フェルディナント・メビウスの作られたメビウスの帯にござります。メビウスの輪とも申しますな。さて、これに線をずぅ~っと引いて行くとどうなると思われまするか?」


 そう言いながら大作はボールペンで帯の真ん中をなぞり出す。全員の視線が集まる中、名主が遠慮がちに口を開いた。


「大佐殿は何とも稀有なる物をお持ちじゃな。その筆はいったいどのような絡繰りになっておるのじゃろうか?」

「気になるのはそこでございまするか~! とりあえず線がどうなるのか知りたくありませぬか? ね? ね? ね?」


 引き攣った笑みを浮かべながらも大作は手を止めない。しばらくすると小さな輪に引いた線が一回りして最初の場所に戻ってくる。大作はドヤ顔で顎をしゃくりながら絶叫した。


「どうよ!」

「???」


 なぜだ~! なぜ奴を認めてこの俺を認めねえんだよ~! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。内心の焦りを隠しつつ、言葉を続ける。


「このように、メビウスの帯には裏も表もござりませぬ。南蛮ではこの特徴を生かしてエンドレステープやインクリボン、研磨や搬送用ベルトなどに利用されておるそうな。さて、この線に沿って帯を二つに切り分けたら何が起こると思われますかな?」


 そこで大作は言葉を区切ってみんなの顔をゆっくりと見回す。残念ながら反応はイマイチ芳しく無いようだ。だが、いまさらここで止める訳にもいかん。

 大作はナイフを使って輪を切り分けようとした。したのだが……


「難易度が高過ぎるだろ~!」


 折った紙ならともかく、輪になった紙をセンターで二つに切り分けるのはナイフでは難し過ぎる。それに手を切りそうで怖いし。


「度々で申し訳ございませぬが、名主様。鋏をお借りできますかな?」

「お、おぅ。弥生、鋏を持って参れ」


 しばらくすると、さっきの中年女性が鋏を持ってきてくれた。もしかして、この人に頼めば何でも持ってきてくれるんだろうか。

 (つばくらめ)の子安貝とか火鼠の皮衣を持ってこいって言ったらどんな顔をするんだろう。大作は想像して吹き出しそうになったが空気を読んで我慢する。


 それはそうと持ってきてくれた鋏は和裁なんかで使う、U字型の握り鋏だった。大作は再び丁寧に礼を言ってそれを受け取る。

 ちなみに、現代で主流となっているX字型の鋏は室町時代にはすでに華道で使われていたそうな。だが、このタイプの鋏が世間一般で使われることは明治時代まで無かったらしい。


「灯明の芯を切るのに使っておった物故、煤で汚れておるようじゃな。ご容赦下され」

「いえいえ、鄧小平は申された。白猫であれ黒猫であれ鼠を捕るのが良い猫だ。鋏なんて切れさえすれば見てくれはどうでも宜しいのです。では、気を取り直して切って行きますぞ~! どうなるかな~? どうなるかな~?」


 さっぱり盛り上がらない一同を前に、大作のハイテンションが空回りする。だけど、結果さえ出せばこいつらの見る目も変わるはず。

 閃いた! アルプス一万尺にオリジナルの歌詞を付けて歌おう。


「輪っかをチョキチョキ 鋏で切~るよ ど~んな形に なるのかな? ヘイ

 ランラララ ラララ ランラララ ラララ ランララララララ ランランランランラ~ン」


 大作は即興で変てこな歌を歌いながら一心不乱に紙を切る。

 って言うか『歌を歌う』って何だか変な感じだな。語彙が重複しているようなしていないような。でも広辞苑に例文として載ってるってことは誤用じゃ無いんだろう。

 そんなことを考えている間にも輪を一回りしてスタート地点までの切断が完了する。輪は二つになることなく一つの巨大な輪になった。


「いかがですか、お客さん? 輪を二つに切ったつもりが大きな輪になっちゃった~! 何だこりゃ~!」

「ふ、ふぅ~ん」

「ちなみに、この輪は二回捻った状態なので表裏が分かれております。つまりメビウスの帯ではございませぬ。不思議でしょう? 面白いでしょう? 凄いでしょう? ね? ね? ね?」

「……」


 お呼びで無い! こりゃまった失礼致しました! まるでお通夜だな。大作は頭を抱え込む。

 いや、まだだ! まだ終わらんよ! もうちっとだけ続くんじゃ。それが人類の夢だから!


 大作は大急ぎでメビウスの帯をもう一本作る。そして鋏とセットにしてメイに押し付ける。


「今度は帯の幅の三分の一の辺りで切ってみ? どうなるかな~? どうなるかな~?」

「こんなのどうもならないわよ。どうせもっと大きな輪ができるんでしょう?」


 そんなことを言いながらメイは不承不承といった顔で輪を切り進む。輪を二周したところでちょうど切り終わった。


「何なのこれ~! 輪が二つになってるわ!」

「二回捻りの大きな輪と小さなメビウスの帯だ。しかもそれがホップ絡みになってるんだぞ。こんなの見たことあるか?」

「そうね。これは不可思議だわ。どうなってるのか見当も付かないわね」


 さっきのは見当が付いたのかよ~! こいつらのリアクションこそ、よっぽど予測不可能だぞ。だったらこいつはどうや?

 大作は一回半捻ったメビウスの帯を作る。それを鋏とセットにして……


「名主様もやってみられませ。この一捻り半したメビウスの帯をセンターで切ると如何なる輪ができると思われまするか?」

「うぅ~む。分からん。さっぱり分からんぞ」


 口ではそんなことを言いながらも名主は興味津々な顔で鋏を動かす。やがて三葉結び目状の帯が1本できあがった。


「何じゃこれは! 二つの輪? では無さそうじゃな。一つの輪が結び目になっておるのか? さても面妖な!」


 良かった~! 驚いて貰えて何よりだ。ようやく大作はほっと安堵の胸を撫で下ろす。何だか肩の荷を下ろした思いだ。


「さて、あまりに居心地が良すぎて長居したようにございますな。そろそろお暇させて頂きましょう。名主様。ほうじ茶、美味しゅうございました。拙僧はもう走れませぬ」


 そう言いながら大作は深々と頭を下げる。お園以下の面々も揃って床板に額を擦り付けた。


「いやいやいや、大佐殿。名主職永代寄進のこと、いまだ御返事を頂いておりませぬぞ。是非とも儂の名主職をお買い上げ下さらぬか?」

「みょうしゅしき? 何だっけ? 何か聞いたことあるような、無いような……」

「もぉ~う、大佐ったら。段銭(たんせん)とか棟別銭(むねべつせん)のことだって言ってるじゃない。年貢や公事を寄進するって申されてるのよ」

「あぁ~あ? 思い出した! でも、寄進って言ってるのにお買い上げってどういうことだ? タダじゃ無いのか? タダより高い物は無いんだぞ」


 ほのかの突っ込みに対して大作は怪訝な顔で問い返す。だが、ほのかはちょっと小馬鹿にしたように微笑んだ。


売寄進(うりきしん)って聞いたこと無いかしら? そんなの珍しくも何とも無いわよ」

「大佐殿、儂は欲に目が眩んでおる訳ではありませぬぞ。売寄進を装うは徳政令や悔返しを案じてのこと。お信じ下されよ」


 ちょっと狼狽えた様子の名主がまるで弁解するかのように早口で捲し立てる。何だか怪しさ大爆発なんですけど。

 って言うか、金山では金がザクザク採れるんだ。名主職なんて税金の収納代行業だろ? きっと面倒臭いだけだぞ。できたら関わり合いになりたくないな。

 でも、近隣の村との関係悪化は避けたい。何とかお互いに傷つかずに有耶無耶に済ます方法は無いのか? 大作は頭をフル回転させる。

 しかし、名主の口から出た言葉で大作の思考は強制終了させられた。


「木浦の村は凡そ二百五十反の稲田から四百石の米が穫れ申す。他に畑も百五十反はござれば公方年貢と加地子得分を合わせて銭百八十貫文になり申す。常ならば十年から八年分を頂きたいところじゃが此度は大負けに負けて五年分の銭九百貫文で如何じゃろう?」


 名主が揉み手をしながら卑屈な愛想笑いを浮かべる。大作は自分の役目を取られた気がしてイラっとした。

 いやいや、そんなことより話が何だか変だぞ。細かいところで辻褄が合っていないような、いるような。大作はスマホを起動すると電卓を叩く。


「二百五十反から四百石とは真にございますか。上田でも一反から一石五斗って書いてありますぞ。一石六斗も穫れるなど俄かには信じがたいのですが。まさか、籾米の話ではありませぬな?」

「いやいや、玄米ですぞ。上田の斗代は一石七斗でござろう。儂の村にも上、中、下田がござるが大方は中田である故、一石五斗ほどじゃな」

「で、でもネットには中田一反三百歩から一石三斗の米が穫れるって書いてあるのですが……」

「大佐、しっかりしてちょうだい。一反は三百六十歩よ」


 呆れた顔のお園から厳しい突っ込みが入る。が~んだな。穴があったら入りたいぞ。大作はまたもや阿呆みたいな勘違いをしていたことに気付く。『それもこれも太閤検地なんてやったお前が悪いんだろ~!』と心の中で逆切れしながら睨みつけると藤吉郎はきまり悪そうに目を反らした。

 それはともかく、三百歩で一石三斗なら三百六十歩なら一石五斗六升になる。ってことは、この部分は信じて良さそうだ。


 だが、拙僧の追求は百八式まであるぞ! 大作は心の中で絶叫する。


「されど、公方年貢と加地子得分を合わせてというのは如何な物にござりましょう。公方年貢って大殿に納める分のことでは? それを拙僧に売り付けることなどできませぬでしょうに」

「ぎ、ぎくう! いやいや、儂としたことが勘違いしておったようじゃな。うぅ~む、しからば加地子得分を四年分の銭三百六十貫文で如何じゃ?」


 ダメだこいつ、早くなんとかしないと! どう考えても交渉相手として信頼性が低すぎるぞ。

 こんなことになるんなら今井宗久を連れてくれば良かった。奴だって専門外だろうけど商売人としてのアドバイスくらいは貰えたかも知れん。後悔先に立たずんば孤児を得ずだな。


 それはともかく、大幅ディスカウントしてでも売りたいだなんて何か裏があるに決まっている。

 どうせ、複数の抵当権や法定地上権が複雑に絡み合っているとかそんなところだろう。

 そもそも、勝手に寺領を増やすなんて大殿の許可を得ずにやったら不味いんじゃね? だったらこの件はペンディングだな。大作は考えるのを止めた。


「名主様、お話は確と承りました。この件は持ち帰って前向きに検討させて頂きます。必ずやご期待に沿えるよう努めます故、吉報をお待ち下さりませ」

「な、何じゃと。どうにかして、この場で(いら)へを頂く訳には参らぬか? 実を申さばこの辺りの銭が急に消え失せてしもうてな。このままでは六月晦日の夏成(なつなし)が払えぬのじゃ。どこぞの阿呆が銭を根刮ぎ掻き集めておるそうな」


 そう吐き捨てるように言うと、名主が心底から忌々しそうに顔を歪める。

 が~んだな。またもや俺が犯人だったとは。大作は頭を抱えたくなった。


「ま、まあ何とかなるのではござりませぬか? 世の中はケセラセラですぞ」


 そう言うが早いか、大作は捻っていない普通の輪を手早く二個作った。そして、それを十字にクロスするように貼り付ける。


「ところで、この二つの輪っかをそれぞれ真ん中で切ってやると、どんな輪っかになると思われますかな?」

「これって捻っていないわよね。だったら二つの輪になるはずよ。繋がった四つの輪になるんじゃないかしら」

「そうかしら? 輪は四つになるけど繋がっていないと思うわ」

「二つの輪と二つの輪が交わっておるのではなかろうか?」


 みんなが思い思いに予想を口にする。効いてる効いてる。輪だと思った段階でお前らの負けは確定なのだ。

 大作は卑屈な笑みを浮かべると鋏で輪を切り進む。そこに出現したのは輪ではなく、四角だった。


「桝形じゃ、桝形じゃぞ! まさか輪を切って桝形を作るとは。つくづく和尚は驚かしき御仁じゃな。あっぱれ、あっぱれ!」


 何か知らんけど今までで一番受けてるんですけど。やはり、輪から四角ができるってインパクトが大きかったんだろうか。

 だったらアレも行けるか? 大作は二つの輪を斜めに貼り合わせる。


「切ってみたい人?」

「未唯にも切らせて。私、まだ切らせて貰ってないわ」

「そ、某も切ってみとうございます」

「私めに切らせてちょうだい! なんたって、私めはリーダー代行補佐なのよ!」


 ほのかが急に声を荒げると紙と挟みを引ったくるように奪い取った。

 えぇ~~~っ! 普通、こんな場面で権力を振りかざすか? それはちょっとアレだぞ。大作は内心で眉を顰めながらも黙ってそれに従う。


 得意満面で紙を切るほのか。黙ってそれを見守る面々。一同の間に何とも形容しがたい空気が漂う。やがて輪が切り開かれた。


「やはり菱形じゃったか。そう思うておったのじゃ」

「私も斜めに貼り合わせた時から角が斜めになると思ってたわ」

「そうよね~ 未唯もきっとそうだと思っていたのよ」

「某もそのようになると思うておりました」


 みんなが勝ち誇ったように似たようなことを言う。まさに勝ち馬に乗るって感じだ。だったら切る前に言っとけよ! 大作は心の中で嘲り笑う。

 ふと、ほのかに視線を向けると唇を噛み締め、今にも泣き出しそうな悔し気な顔をしている。『なぜよ~! なぜ奴を認めてこの私めを認めないのよ~!』って言う心の叫びが聞こえてくるようだ。

 ここは一つフォローしといた方が無難かも知れん。大作は馬鹿にしていると思われない程度の笑みを浮かべて声を掛ける。


「一つ言い忘れてたけど、ほのかは人に誉められる立派なことをしたんだぞ。胸を張って良いな。おやすみ、ほのか。頑張れよ!」

「おやすみ? なんでおやすみなの? ねえ、なんで?」


 うわぁ~! またもやどちて坊やかよ。とは言え、これに論理的な説明なんてできるわけが無い。勢いで乗り切ろう。


「エヴァリスト・ガロアは申された。『je n'ai pas le temps 僕にはもう時間がない』と。さて、名主様。銭のことについては拙僧に腹案がござります。実を申さば本日、虎居へと赴くのもそのことで大殿にご相談があってのこと。さすれば、名主職の儀は今暫くお待ち下さりませ。必ずやクライアントにとってベストなソリューションをプロポーザルさせて頂く所存にござります。然らば今度こそそれにて。アウフヴィーダーゼーエン!」


 言うが早いか大作は脱兎の如く部屋を飛び出す。これ以上のロスタイムは致命傷になりかねないのだ。

 みんなは付いてきているんだろうか。残念ながら気にしている余裕は無い。屋敷の外に出ると振り返ることもなく西を目指して一目散に駆け出した。




 村外れが見えてきたところで大作はようやく歩を緩めた。肩で息をつきながら後ろを振り返るとほのか、メイ、牡丹、紅葉、菖蒲、楓が涼しい顔をして立っている。さすがはくノ一だ。体力では叶いそうも無い。道端でへたり込んでいる藤吉郎とは偉い違いだ。

 遠くに目をやると、お園と未唯が遥か彼方からのんびり歩いてくるのが見える。何てマイペースな奴らなんだろう。


「ほのか、メイ。二人であの名主のことを洗ってくれないか。叩けば埃が出てきそうだろ? 絶対に何かあるはずだ」

「名主様のお屋敷を清めよってこと? リーダー代行補佐の私めが?」

「何でリーダー代行の私が掃除なんてしなきゃならないのかしら。きっと、あの弥生って方がするわよ」


 不満そうに二人が首を傾げる。って言うか、仕事を選ぶなよ~! 掃除だって大事な仕事だろうに。

 そう言えば、三船敏郎は綺麗好きでいつも事務所の前を掃除してたそうな。大作は心の中で無駄蘊蓄を呟くが口には出さない。


「分かった分かった。そんじゃあ、牡丹、紅葉、菖蒲、楓。お前らに頼めるか。名主の身辺を嗅ぎ回れ。きっと叩けば埃が出る筈だ」

「香を嗅ぎ合はすのでござりまするか?」

「名主様を叩いて宜しいのでござりましょうか?」

「いやいや、そうじゃないよ。火のない所に煙は立たぬって言うだろ。言わない? 言わないんだ……」


 まあ、良いや。こいつらだってくノ一の端くれ。情報収集くらいで手古摺るような役立たずだったらそのまま首にしてやろう。

 大作がそんなことを考えている間にもお園と未唯がやってくる。


「いきなり走り出すなんてどうしたの? 名主様が呆れていらしたわよ」

「返す返すも名主職永代寄進のこと頼み申し候って申されてたわ。どうするつもりなの、大佐?」

「うぅ~ん。なるようになるんじゃね? 為せば成る為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」

「うふふ、何だか早口言葉みたいね。なせばなるなさねばならぬなにごともならぬはひとのなさぬなりけり。なせばなる……」


 未唯が嬉しそうに微笑むと何度も何度も繰り返す。

 その言葉を聞き流しながら大作は名主職永代寄進とやらの一件を心の中のシュレッダーに放り込んだ。


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