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巻ノ百伍拾七 ギブアンドテイク の巻

 翌朝、大作は少しだけ寝坊した。目を覚ますと隣にいたはずのお園の姿が見当たらない。部屋の中を見回すと何人かの巫女が掃除したり髪を梳かしたりしていた。

 ここは思いきり元気良く挨拶しておくか。大作は超ハイテンションで大声を張り上げる。


「ブォンジョールノ、シニョリーナ!」

「ぼ、ぼんじょぉるの……」


 名前も知らない若い巫女が目を点にしながらも返事を返してくれた。大作は薄ら笑いを浮かべながら手を振ると巫女軍団の宿舎を出る。

 まずは母屋だか幹部食堂だか良く分からない大きな建物を目指して歩く。遠目でも大勢の娘たちが集まっているのが見えたのだ。

 そこに辿り着くと、ずらりと並んだ竈の上でたくさんの大きな鉄鍋が湯気を立てていた。その周りで巫女やくノ一たちが忙しそうに朝食の支度をしている。

 何だか『紅()豚』でおばさんたちがパスタを茹でているシーンみたいだな。どうして宮(ざき)アニメに出てくる食べ物ってみんなあんなに美味そうに見えるんだろう。

 大作がそんなことを考えていると、それに気付いたお園が手を休めて微笑んだ。


「漸うと目を覚ましたのね、大佐。もうじき朝餉ができるわよ。それまでに歯でも磨いてくれば?」

「いや、食べてから磨くよ。って言うか、食事の当番制はどうなったんだ?」

「人足の方々が二百人もいらっしゃるのよ。何か上手いやり方を考えないといけないわね。とてもじゃないけど手が回らないわ」

「えぇ~~~っ! ちょっとは頭を使えよ。そんなん自分たちで作らせれば良いじゃん。人足はまだまだ増えるんだぞ。奴らの中からKP勤務を当番で回せば良いんだよ」


 人足は千人くらいまで増えるんだ。そうなったらどうするつもりだったんだろう。もうちょっと自分たちで考えて行動して欲しいんだけど。そんなことを考えながら大作も食器を並べるのを手伝う。

 さすがに二百人の人足の配膳は自分たちでやらせているらしい。何人かの人足が現れると幾つもの大きな鉄鍋を運んで行った。

 ぼ~っとそれを見送っていた大作の背後から突然、声が掛かる。


「大佐殿、今朝は随分と緩緩されておったな。らじおたいそうは相済んで仕舞うたぞ」

「か、か、加賀守様、おはようございます。いやあ、出席カードにスタンプを貰い損ねてしまいましたな。あははは……」

「左様であるか。それは惜しいことじゃったな」


 例に寄って重嗣が鷹揚に頷いた。相も変わらず居候の癖に偉そうなことこの上ない。

 今日こそ理由を見付けてこのおっさんを追い返さなくては。大作は心の中で決意を新たにした。




 手早く食事を済ませた大作は食器を洗い、歯を磨きながら考える。

 今日は六月十六日の月曜日だっけ。何をするんだったかな。頭の中の予定表をチェックする。チェックしたのだが……


「さぱ~り重い打線!」

「急に何を言い出すのよ、大佐」


 すぐ隣で歯を磨いていたお園が怪訝な顔で振り向いた。


「いやあ、今日は何をするつもりだったか思い出してたんだよ」

「どうせ、思い出せなかったんでしょう。まずは紙幣や貨幣を作るんじゃなかったかしら。それと、採れた金を虎居に持って行って青左衛門様や野鍛冶、轆轤師の方々に算用を済ませなきゃならないわ。あと、検品の済んだ四十丁の鉄砲も若殿にお届けしなきゃいけないわね。それから……」

「五平どんから鹿や猪の退治を頼まれてるって話はしたわよね? 本に難儀してるみたいよ。私、昨日にも念押しされたわ」


 お園と反対側で歯を磨いていたほのかが話に割り込んできた。

 歯を磨きながら話をするなんて行儀悪いことは止めて欲しいんだけどなあ。大作は心の中で小さく呟くが口には出さない。


「よし、そんじゃあ今日は金を持って虎居に行くとするか。鉄砲の納品はちょっとだけ先延ばししよう。テストの名目で人足たちに訓練を積ませたいんだ。ついでに訓練の一環として害獣駆除も行おう。一朝一夕…… じゃなかった、一石二鳥だろ? 昨日の成績優秀者を十人ほど見繕ってくれ。五平どんがきたら一緒に村まで行って貰う。俺たちは暫く様子を見てから虎居へ向かうよ」

「分かったわ。すぐに支度させるわね。ところで、此度は誰を連れていくつもりなのかしら?」


 歯を磨き終わったほのかが口を漱ぎながら答えた。

 だ~か~ら~! 口を漱ぎながら喋るなよ~! 大作は心の中で絶叫する。


「それはいつものメンバーで良いんじゃね? お園と未唯は鉄板だろ。それと藤吉郎は何か作業が残ってたよな?」

「印刷と足踏み式脱穀機を片付けてしまわねばなりませぬ」


 横でまだ歯を磨いている藤吉郎が答える。

 お前らな~! いやいや、歯を磨きながらこんな話を始めた俺が悪いんだな。大作は謙虚に反省する。


「そうだったな。そうなると菖蒲もいた方が良いか。でも、それって代わり映えがしないな。できたらローテーションを組んで全員にキャリアを積んで欲しいんだけど」

「それより私やほのかはどうしていつもお留守番組なの? こっちに着いてからずっと留守番よ。元々、私は大佐を守るためにいるんじゃなかったかしら?」

「そう言えば、私めも大佐と一緒にいるのがお役目だった筈よ? いったい、何でこんなことになっているのかしら?」


 歯を磨きながらメイが不満を口にして、ほのかもそれに乗っかる。


「しょうがないじゃんかよ。組織が巨大化すると責任も重くなる。人間関係だって変化して行くんだ。変化を拒む者は時代に取り残されるぞ」

「何を訳の分からないこと言ってるの、大佐。決めたわ。私、大佐と一緒に虎居へ行くわ。これはリーダー代行の決定よ。ほのかも一緒にきて頂戴」

「いやいや、メイこそ何を言ってるんだよ。リーダー代行は山ヶ野にいなくちゃならんだろ?」

「そんなこと誰が決めたのかしら? どのみちリーダー代行が行くって言ってるんだからしょうがないわよ。今はメイがここの(おさ)なんだから」


 唐突なメイの思い付きにほのかがすかさず賛同する。この二人がタッグを組んだら歯向かうのは無謀かも知れん。って言うか、歯向かうメリットも無いし。

 こんなことで時間を浪費してもしょうがない。大作は考えるのを止めてあっさりと白旗を上げた。


「分かった分かった、降参だ。お前らも一緒に行こう」

「ありがとう、大佐。きっと役に立ってみせるわ」

「私めも役に立つわよ」


 今度は役に立つ競争かよ! 大作は心の中で悪態をつくが決して顔には出さない。にっこり笑って軽く頷いておく。


 サツキの様子を伺うとちょっと不満そうに見えなくも無い。機嫌を取っておいた方が良いかも知れん。

 そう考えた大作は目の前まで素早く移動すると片膝をついて跪いた。


「留守の間はサツキ。お前がリーダー代行代理だ。加賀守様のこと、返す返すもお頼み申す」


 そう、弱々しい声で懇願するように囁く。そして手を取って力なく握り締めた。




 待つこと暫し。ほのかが人足たちの中から鉄砲の上手い奴を十人ほど選んで戻ってくる。

 それとほとんど同時に五平どんも村から老婆たちを引き連れてやってきた。


「おはようございます、五平どん。(おうな)の方々の読み書きは如何にございますかな?」

「滞り無く進んでおりまするぞ。されど折角、読み書きができるようになっても読む物がござりませぬ。物語や集などは手に入りませぬでしょうか?」

「ご安堵下さりませ。いま、こちらの藤吉郎が虎居にて印刷業を立ち上げようとしておるところにございます。まもなく大量の出版物が安価に提供できることでしょう。ところで、本日は凄腕のハンターを十人ばかりご用意致しました。必ずや彼らが村に仇名す害獣どもを皆殺しにしてくれることでしょう。では、五平どん。村までご同行をお願いできますかな?」

「へ、へえ。ただいま」


 五平どんを先頭に大作、お園、未唯、ほのか、メイ、藤吉郎、菖蒲が木浦の村に向かって出発する。

 同行するメンバーには散々迷った末に蒸留塔とエタノール担当の牡丹、紙と印刷が担当の紅葉、農機具が担当の菖蒲、スピーカーや聴音機が担当の楓を選んだ。

 その後ろには愛と舞に続いてニ十数名の巫女軍団。最後尾には人足から選抜された十名の凄腕ハンターが鉄砲を担いで行進する。


 黙っていると間が持たない。しかたがないので大作は愛想笑いを浮かべながら五平どんに話し掛ける。


「五平どん。今回、駆除の対象となるのは鹿と猪で宜しかったでしょうか?」


 間違ったバイト敬語として槍玉に挙げられることの多い『よろしかったでしょうか』を大作はわざと使った。過去の出来事について確認の意味で使う場合はまったく問題の無い表現なのだ。


「さ、左様にございますな。宜しゅうお頼み申しまする」

「ところで、皮や肉は寺で頂いても宜しいですかな? 鹿皮は武具に、猪毛は歯ブラシに、肉は薬として使おうかと思うております」

「ご随意にお使い下さりませ。儂らは獣を退治して頂けるだけで幸いにございます」


 五平どんが卑屈な笑みを浮かべながら揉み手をする。大作は自分のポジションを脅かされているような気がしてちょっとイラっとした。

 口ではそんなことを言っているが信用して大丈夫なんだろうか。書面によらない贈与契約は民法第五百五十条により、物を渡していなければいつでも取り消すことができるのだ。

 とは言え、いざとなったらこっちには鉄砲がある。たかが肉や皮のために命を懸けるような馬鹿じゃないことを祈るばかりだ。


「ちなみにネットで見た話によれば鹿狩りは初矢、猪狩りは留矢を射た者の手柄となるそうですな」

「良くご存じで。その通りにございます」

「何で鹿と猪で違うのかしら。私、その故を知りたいわ」


 ほのかが小首を傾げて呆けた顔をする。また、ほのかのどちて坊やかよ。大作は心の中で舌打ちするが決して顔には出さない。


「鹿は動きがスピーディーだろ。それに比べて猪はタフそうだからじゃないかな。まあ、そんな感じでハンターのみなさんには成果報酬を出してくれ。頼んだぞ、ほのか」

「えぇ~~~っ? 私めは大佐と一緒に虎居に行くわよ!」


 ほのかが素っ頓狂な大声を上げる。その、あまりにも激しいリアクションに大作はちょっと感心した。


「じゃあ、誰が害獣駆除チームの監督をやるんだ?」

「リーダー代行はメイよ。あんたが決めなさい。言っとくけど私めは大佐に付いて行くからね。だって、リーダー代行補佐なんだもの」

「わ、私が決めて良いの? だったら私も大佐と一緒が良いわ。だって、そのために付いてきたのよ」

「分かった分かった、降参だ。害獣駆除の面倒は愛と舞が見てやってくれ。人身事故だけには気を付けてな」


 あわよくばここでメイとほのかを置き去りにしようとした大作の策略は呆気なく失敗したらしい。まあ、初めから期待していなかったんだけど。


「ぶっちゃけ、怪我人さえ出さなきゃ獲物なんて捕れなくても良いぞ」


 五平どんに聞こえないよう大作は愛と舞の耳元に口を近付けると小さな声で囁く。


「愛、分かった!」

「舞、分かった!」


 元気良く返事をする二人の顔にも連れて行って欲しいと書いてあるかのようだ。とは言え、これ以上の同行者はちょっと辛い。次回のお楽しみにということにしておこう。


 そんな話をしている間にも木浦の村が見えてきた。まだまだ先は長いし、余計なイベントは真っ平だ。大作はあっけらかんとした調子で話し掛ける。


「それでは五平どん。拙僧はこれにて失礼致します。ハンター協会のみなさん。獣どもにたっぷりと鉛弾をくれてやって下さりませ。奴らには人類に敵対したことを心底から後悔させてやりましょう。アディオス アスタ・ルエゴ!」

「お、お、お待ち下さりませ、大佐様。お忙しいところを申し訳ござりませぬが、名主の屋敷までお出で頂けませぬでしょうか。此度の獣退治のお礼を……」

「いやいや、礼には及びませぬ。我らは鉄砲と鉛弾を提供し、皮と肉を頂く。ギブアンドテイクにございます」

「そうおっしゃらず、お顔だけでもお見せ頂けませぬか。これだけのことをして頂きながら、礼も申し上げずに済ましては儂が名主に叱られてしまいます。どうか後生ですから一目だけでも名主に会ってやって下さりませ」


 必死の形相で懇願する五平どんの様子は明らかに尋常ではない。何か分からんけど危険な香りがプンプン匂ってくる。例えば家族を人質に取られて大作を連れてこいと脅されているとか?

 そんなことをして何のメリットがあるんだろうか? その理由はさぱ~り分からない。だが、警戒だけはしておいた方が良さげだ。

 無理矢理スルーするという手もあるが、それでは敵に主導権を握られたままだ。ここは敢えて罠に嵌った振りをして逆襲するのが吉だろう。

 大作は頭をフル回転させると素早く考えを纏めた。


「分かりました、五平どん。名主様にご挨拶させて頂きましょう。ちなみに『させて頂く』は正しい日本語ですぞ」

「有り難きことにございます。ご無理を申し上げて相、済みませぬ」


 五平どんが露骨に安堵の表情を浮かべる。やっぱりこいつは何か隠しているようだ。大作の疑念が確信へと変わる。

 ほのかとメイに向き直ると口元を押さえて囁くように告げた。


「ハンターチーム各員に実弾装填と火縄への点火を命じろ。巫女軍団の通常業務は休止。散開して別命あるまで周辺を警戒させろ。チーム桜は俺とお園を守れ」

「御意」


 ほのかが足早にハンターチームへ向かうと小声で短く指示を下す。メイが不思議なハンドサインを送るとくノ一たちも素早く輪形陣を組んだ。

 暫く進むと名主の屋敷とやらが見えてくる。バイト求人で訪れて以来、一月半ぶりの訪問だろうか。

 回りの家よりちょっとばかしマシな伝統的な日本家屋には何の変化も見受けられない。


「何か知らんけど日の出山荘とちょっとだけ似ているな」

「ひのでさんそう?」

「ロナルド・レーガン大統領と中曽根康弘首相がロンヤス関係になったところだよ。キャンプ・デービッドみたいなもんだ」

「ふ、ふぅ~ん」

「まあ、何にせよ今回のトップ会談を切っ掛けにこの村と山ヶ野の友好関係が進展すれば良いなあ」


 降って湧いた首脳会談にwktkを抑えきれない大作は無駄口を叩いて気を落ち着かせる。

 いやいや、罠かも知れないんんだっけ。気を引き締めて掛からねば。このままじゃ期待と不安でストレスがマッハだぞ。


 そんな無駄話をしているうちにも、いよいよ屋敷の前に辿り着いた。

 大作はお園に頼んで巫女軍団に屋敷の周囲を取り囲むように散開してもらう。


「ハンター・ワンからハンター・ファイブは正門前で待機。外敵の侵入に備えろ。藤吉郎と菖蒲が指揮を執れ。蟻一匹通すな。ハンター・シックスからハンター・テンは同行せよ」

「……?」


 全員の瞳が不安げに揺れる。この表情は堪らんな。大作は一人ほくそ笑む。


「鉄砲を持った奴の半分はここで外を向いて立っていろ。残りは一緒にきてくれ」


 大作とお園が先頭に立ち、未唯がオプションのようにくっつく。ほのか、メイ、牡丹、紅葉、菖蒲、楓がそれを取り囲む。その後ろには鉄砲を構えた五人の人足というとんでもない集団が門を潜る。


「頼もう! 大佐にございます!」


 まるで道場破りでもするかのように大作は腹の底から大声を張り上げた。

 待つこと暫し。静かに引き戸が開くとしょぼくれた中年の男が顔を現す。


「へ、へぁ!?」 


 そこそこ上等な着物を着た男は一月半前にも会ったことのある名主その人だ。

 まるで討ち入りのような謎の集団を見て腰を抜かさんばかりに驚いている。とりあえず最初の一手は成功らしい。


「本日は害獣駆除のため、この村にお邪魔を致しました。ご挨拶に罷り越しましてございます」

「お、お、お久しゅうございます、大佐殿。儂は上園五郎兵衛にございます。此度は獣退治のためにお骨折り頂いたということにございますか? これはこれは感謝に堪えませぬ。ささ、どうぞお上がり下さりませ」


 一瞬、パニックに陥りかけていた男は五平どんとアイコンタクトを取るや一瞬で立ち直る。

 何だか知らないけど凄い精神力だ。ここはもう一押ししておくべきか? 大作は邪悪な笑みを浮かべると人足の方を振り返った。


「我らの手に掛かれば獣など恐るるに足りませぬ。ハンター・シックス。空に向かって一発打っ放してご覧に入れろ」

「は、はぁ?」

「何でも良いから、打っ放せ!」


 大作は一番近くにいた人足から半ば強引に鉄砲を奪い取ると南西の空に向かって撃つ。あっちなら山しか無いから人に当たることは万一にも無いだろう。

 物凄い轟音が轟き、耳がキーンとなる。もうもうと立ち込める白煙でみんながむせ込んだ。


「もぉ~~~う! 急に何てことするのよ、大佐!」


 目を吊り上げたお園が声を荒げる。くノ一の面々も呆れ果てて何も言えないって顔だ。

 次の瞬間、門から血相を変えた藤吉郎と菖蒲が飛び込んでくる。さらに、その後ろからは鉄砲を構えた五人の人足が続く。


「こら~! 鉄砲を人に向けるなって言っただろ~!」


 大作の絶叫が大して広くも無い名主の屋敷の隅々にまで響き渡った。




「申し訳次第もござりませぬ。何卒ご容赦下さりませ」


 板間の座敷に通された大作は例に寄って床板に額を擦り付ける。もう、何回目かも分からん。背後ではお園以下、ずらりと並んだ娘や人足たちもシンクロしている気配がする。

 ワンパターンも極めればいつかは芸の域に達するんじゃね? 大作は心の中で他人事みたいに呟く。


「もう、いい加減に頭をお上げ下さりませ。幸い誰も手傷を負うた者はおりませぬ。次から気を付ければ宜しかろう」


 そう言うと、上園五郎兵衛と名乗った名主は小さくため息をついた。

 ため息つきたいのはこっちだよ~! 無理強いされたから嫌々ながらきてやったんだぞ。大作は心の中で逆切れするが決して顔には出さない。


「お許し頂けるのでござりますまするか? 名主様の寛大なお心に感謝の念も耐えませぬ。それでは拙僧はこれにて失礼をば」


 長居は無用と見た大作は咄嗟に逃亡を図る。しかし回り込まれてしまった!


「いやいや、いま茶を淹れております。それまでごゆるりとお待ちくださりませ。なんぞ有り難いお話でも聞かせて頂けませぬか」


 名主は大作をガッチリ捕らえて決して帰そうとしない。ハンター達はお園の指示で害獣駆除に行ってしまった。くノ一が残っているとは言え、大作は心細くてしょうがない。

 とりあえずバックパックからスタンガンと催涙ガススプレーを取り出すと両手の中で弄ぶ。


 暫くすると中年女性がお盆に茶碗を載せて運んできた。百姓と違ってちゃんとした小袖を着て紐みたいな帯を結んでいる。この人は名主の何なのだろう。

 茶碗は一見すると粗末そうにも見える。だが、大作には高価な茶碗の良さとかがさっぱり分からない。こんなのでも意外と高いのかも知れない。

 ちなみに、茶碗は二つしか無い。名主と大作の分だけということらしい。

 茶碗の中を覗き込むと茶色い液体が入っていた。勿体ぶった割に抹茶じゃなくてほうじ茶かよ! この貧乏人め。大作は心の中で嘲り笑う。

 まあ、そうはいっても山ヶ野だって麦茶なんだけれど。


「これは、ほうじ茶にございますか。低カフェインなのにカテキンたっぷりで健康的ですな」

「お口に合えば宜しいのですが。時に大佐殿。本日は折り入ってお願いがございます。是非ともお聞き届け下さりませ」


 そう言うと名主は深々と頭を下げる。お願いときたか。最初に鉄砲隊を見せたのが効いてるのかも知れん。大作は黙ったまま名主の顔色を窺う。

 暫しの沈黙の後、痺れを切らしたように名主が口を開いた。


「大佐殿、この上園五郎兵衛を『ふかちろん』の門徒として入信させて頂きとう存じます。加地子かじし万雑公事(まんぞうくじ)を含めて名主職みょうしゅしきの一切を永代寄進させて下さりませ」

「ふかちろん? かじし? まんぞうくじ? みょうしゅしき?」


 大作はさぱ~り分からんと言った顔で呆ける。ほのかがそれを見かねたように小声で耳打ちした。


「不可知論って大佐が言い出した話よ。神様がいるかいないか分からないって」

「トマス・ヘンリー・ハクスリーだっけ? 何でここでそんな話が出てくるんだろうな? みょうしゅしきってのは何だ?」

「私めも筑紫島のことは良く分からないわ。でも、段銭(たんせん)とか棟別銭(むねべつせん)のことじゃないかしら? きっと、この村の年貢や公事を寄進するって申されてるのよ」

「えぇ~~~!」


 大作の絶叫が狭い室内に轟き響く。

 例に寄って宇宙人か未来人の陰謀か? 不可知論の勧誘活動なんてやった覚えも無い。そんな物に入信希望なんて怪しさ大爆発だ。

 これは絶対に何かの罠に間違い無い。ハンター協会を野に放ったのは失敗だったんだろうか。くノ一にバルスを発令すべきか? 巫女軍団はどこで何をやってるんだ? 大作の脳は熱暴走寸前にフル回転していた。


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